2017-06

うたかた(三の舞)





☆ アルビン・トフラーの描いた「プロシューマー」は,様々なヴァリエイションを生むことになる。その一つは数年前に持て囃された「ノマド」だし形を変えればベンチャー企業家だってそうかもしれない。知的生産に絞り込めばアイフォーンのアップルのように生産せずに製品を企画する生き方などプロシューマー的生き方かもしれない。でも「究極のプロシューマー」は内田樹などが嘆息する「消費しか知らない若者」ということになるし,そういう人達にちゃっかり商売をしようとすればホイチョイ・プロダクション(ズ)のような生き方がそうかもしれない。


☆ バブルに向かう時代の空気の一つに「ニュー・アカデミズム」があった。しかし,70年代から「ニュー何とか」という言葉がどれだけ使い捨てされたことだろう。「ニュー・ファミリー」然り「ニューミュージック」然り。


☆ 1970年代くらいまでの「戯画」で「変わり者」は哲学書(なぜかジャン=ポール・サルトルの名前だけ書いてあったりする)を手に小難しいことを話すのがステロタイプ(ステレオタイプ)だった。80年代に哲学はどこかに行ってしまう(そんなことはないことは2000年代の中島義道などを見れば分かるけど)。その代りにニュー・アカデミズムが風の又三郎のようにやって来て,すぐにニュー・エイジに入れ替わった(歌舞伎みたいに)。


☆ その時代の「動力」となったキーワードが「感性」である。今ごろこの言葉を使えば一笑に付されるだろうが,マッキンゼーやボストン・コンサルティング・グループにフィーが払えない連中は仕方がないので代用していた。哲学の後退と感性の興隆は,元々軽佻浮薄を促進しつつあった世相を強力に後押ししたと思う。後者の目から見て前者は嘘っぽく見えたか「ダサい(この時代に起源をもつ言葉でもある)」。もっと世の中は軽やかに乗り越えられる筈だという根拠のない自信が出来上がりつつあった。それは今だったら「レジリエンス」と呼ばれる「たおやかさ」には進まず,むしろとんねるずの素人芸のような勢いとしたたかさに進んでいく。

☆ 山本七平ではないが,日本という国は「空気」のあり方がそのまま時代を作ってきた印象がある。必ずしもそれは日本人に普遍化させられないことだと橘玲は言うが,バブルからその破裂までの日本と今の日本とを見て共通するものを考えた場合,ぼくには前者に軍配を上げざるを得ないのだ。

You Spin Me Round (Like a Record) (Dead or Alive 1984年11月5日)





R.I.P. Peter Jozzeppi "Pete" Burns(5 August 1959 – 23 October 2016)

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借景から始まる


FIGHT OR FLIGHTFIGHT OR FLIGHT
1,572円
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TWO PUNKS (作詩・作曲 / 森山達也)
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E04193


☆ 明治維新がもたらしたものは日本の西洋化(西欧化)だった。それはキャッチアップ型資本主義のプロトタイプとなった世界で数少ない成功例だった(その最大の理由は非西欧人が助力を受けながらも最終的には独力でやり遂げたから)。このプロトタイプは例えば民族自決が当然のものとして語られるようになった1960年代に「開発独裁」という形でアジアの非共産主義国家(非共というより反共と言うべきであろうが)に引き継がれ,矛盾を抱えながら20世紀後半に多くの成功例を生み出すことになる。

☆ この「西欧化=キャッチアップ」の神髄は模倣から始まる。模倣ということは必ずしも劣化したコピーキャットではない。そこには学習があり自己の技術としての消化・吸収・再創造の過程がある。かつてこの国で行われた「工業化」の本質はそういうことであったし,ここ20年ほど同じ方法論で周辺諸国・地域から「お礼」されているのも同じストーリーである。

☆ 政治経済がそうであれば文化もまた同様のプロセスを辿る。例えば「翻案」というジャンルがある。文芸だけでなく音楽・舞台・映画その他芸術の全般においてそれは見られる。当たり前の話だが翻案は剽窃(パクり)ではない。翻案すべきお手本をいかに自家薬籠中の物に窯変させていくかというプロセスの第一歩に過ぎない。その意味で翻案は借景のようなものであり,それを自分のものにする過程において初めてオリジナルな創造物に近付くことができるのである。




☆ ムーブメントとしてのブリティッシュ・パンクが1970年代半ば(当時)の若いミュージシャンに与えた影響の典型例が上に掲げたザ・モッズ「Two Punks」であり,アナーキーの「Tokyo's Burning」であることは論を俟たない。それは確かに借景から始まっている。共にクラッシュの曲を原景に持ちながら,後者はピストルズの言葉(「God Save The Queen」)をも借り,日本のタブー(と彼らが認識していたもの)に切り込んで行き,永遠に排除(の割にオリジナルをYouTube で...)される逆栄冠を手にしたし(苦笑),後者はクラッシュのファースト・アルバムからさまざまな借景を得ながら最後に辿り着いた結論(=選ばれないことを敢えて選ぶ)によって,めんたいロックを飛び超え,この時代の(ごく一部の)若者に聖歌(アンセム)を与えたのである。




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「Maureen」 (Sade 1985年11月4日=アルバムリリース)


プロミスプロミス
1,944円
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Maureen
(Sade Adu / Andrew Hale / Paul Denman)


Maureen
ねえ,モーリーン
It's hard to explain
何と言えばいいのかしら
I'm never going to see you again
もう二度とあなたとは逢うこともないのね
And you'll never meet my new friends
そして私から新しいお友達を紹介されることもないのね
Maureen, I miss you
モーリーン,あなたがいなくなってとても寂しいの
I just can't explain
この気持ちをどう表せばいいのかしら
I'm never going to see you again
もう二度とあなたのところに遊びに行くことはできないのね
I wish you could meet my new friends
あなたに私の新しいお友達をみんな紹介したかったのに

Walking along the subway listening to
地下道をずっと歩きながら
Loving you is easy acapella
あなたの「ラヴィング・ユー」のアカペラを聴いた日のことを思い出すの
You were a souped-up car in that rent-a-go-kart town
あなたはゴーカート場でパワーアップヴァージョンのクルマに乗って...
And I miss you, Maureen
ああ,あなたがいなくなってとても寂しいの

We're as thick as thieves
わたし達は本当のともだちだったわ

Maureen maureen
モーリーン,ねえモーリーン
Remember when my mother said to me
お母さんが話したことばを思い出して
Sade don't you come home to late
シャーデー,夜遅くまで遊び歩いちゃダメよ
Till you're back I stay awake
あなたが戻ってくるまで私は心配して起きてたのよ

And maureen
そう,モーリーン
With the boys you could tell at a glance
あなたは男の子をチラッと見ただけで
You'd say he looks good
彼,イカしてるわって教えてくれる
Let'd hope he can dance
あの子と踊れるといいのにってね
Wicky wacky party to the..
チョッとイカれたパーティーだったわ,あの夜は...

Where are we going tonight
ねえ今夜どこに行こうか
And what will you be wearing
あなたはどんな服装で来るつもりなの
Shone like a souped-up car in that rent-a-go-kart town
ゴーカート場のパワーアップヴァージョンのクルマみたいなピカピカの服で
And I miss you maureen, I miss you girl
でももうあなたがここにいないなんて寂しいわモーリーン,本当に寂しいの

You were my best friend
あなたがわたしの本当のともだちだったの
I'm never going to see you again, maureen
もう二度とあなたのところに遊びに行くことはできないのね
And you'll never meet my new friends
そしてあなたはもう二度と私の新しいお友達に会うこともないのね
You really were a pearl in my world, maureen
あなたはわたしの世界を輝かせる真珠のような存在だったのよ,モーリーン

Maureen
モーリーン
It's hard to explain
何と言えばいいのかしら
You'll never call round to see me again
あなたはもう二度とわたしと逢うことはないのね,この世では
You'll never meet my new friends
あなたはもう二度と私の新しいお友達に逢うことはないのね

Never meet my new friends
もう二度と私の新しいお友達に逢うこともないのね
Never meet my new friends
もう二度と...
Never meet my new friends
もう二度と...
[Repeat to fade]

☆ アルバムの中にレビューだったか彼女(アドゥ)のインタビューだったかは忘れたが,この曲のことが載っていて,その中で彼女は「悲しいことを悲しくない形で表現したかった」という意味の発言をしていた。たぶんこのストーリーの通りで,ゴーカートの事故で亡くなった女友達がこの曲の主人公である。安手のドラマ仕立てにすれば霊安室で彼女の遺体と向き合っている情景まで浮かんでくる。このアルバムのレビューでどこかの女流の大家(評論家兼作詩家のあなたですよ,Y.R.さん。)がアルバムトップの「Is It a Crime」を評して「お洒落ポップスだと思っていたらこんな情念みたいな歌が歌えるのかと感心した」みたいな,まるで早瀬優香子が八代亜紀のカヴァーをしたかのような頓珍漢な批評を書いていたが(爆),そうじゃなくてこの曲を歌詩を含めてチャンと聴いたのかいって訊きたかった(再爆)。


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「The Look of Love」 (ABC 1982年5月7日)




☆ この異様にドラマティックなアレンジはある意味「ニュー・ロマンティックス」時代の典型で,70年代のロキシー・ミュージック(前半でも後半でも良い)のニュー・ロマンティックス的解釈ともいえるが(苦笑),少し意地悪く言えばこういう「虚仮威(こけおど)し」がこの時代に見られた一つの雰囲気だった(当然,その雰囲気は日本の「バブル時代」にも繋がっていく)。当時は高い輸入盤を買うのが面倒臭くて(笑),国内盤シングルを買ったような記憶が...

The Look of Love
(Martin Fry / Mark White / Stephen Singleton / David Palmer / Mark Lickley)



☆ アルバム・ジャケットはまるで007か安手のハードボイルド(俗に言う「パルプ・フィクション」の表紙)みたいで(爆),1982年にはグッと魅力的でもあった。何というかあの頃の英国のシーンは片方にオルタナ(オータナティヴ)やヘヴィー・メタルといった硬派な連中がいて,反対側にはこのバンドとかキッド・クレオールとかすぐ後に出てくるカルチャー・クラブみたいな軟派な連中がいた。2トーンは下火になり,その中からデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズやUB40が出てきていたし,ケイト・ブッシュ,トーヤ(ウイルコックス),リーナ・ラヴィッチ,ニナ・ヘイゲンといった女性歌手も相当な強者(つわもの)揃いでクリッシー・ハインドやアニー・レノックスなんてまだかなり大人しい方に見えたものだ。他にもダイアー・ストレイツやストラングラーズのように英国以外では受けそうもなかったバンドからもはや終焉を迎えつつあったザ・ジャムやザ・ポリスもいたわけだから。。。

☆ 単純な結論を言えば,この時代のイギリスは60年代中期に匹敵する百花繚乱のシーンだったと思う。


PS.とは言え,このひょうきんなMVを見る限り,もしかするとこの曲はこのMVもヒットの要因だったのかもしれない。そういう曲はカルチャー・クラブの成功に見られるように80年代には増えてくる。

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うたかた(二の舞)




1.優雅な生活が最高の復讐である(Living Well is the Best Revenge)



☆ 1980年代の前半。何処からともなくこの言葉が聞こえてきた。ひとつ確実に覚えているのは村上春樹で,彼がスコット・フィッツジェラルドについて書いた何かに「それ」はあった。最近読む機会があったので村上春樹の本をいろいろ読んでいたら,フィッツジェラルドの『夜はやさし』の中に出てくるようだ。ただそれとは別に幾つかの方向からこの言葉は響いていた。あやしいのは「本の雑誌」か「(ニュー)ミュージック・マガジン」あたりなのだが,意外に「GORO」あたりからだったかもしれない。

☆ バブルのベースになったことはボブ・ディランの歌ではないが「時代は変わる」ということだったと思う。80年代の初めにはコンピューターは現在の姿に向けて変身しつつあった。それはアルビン・トフラーが『第三の波』で想定した通りだし,日本電気(NEC)などは早くもコンピューターとコミュニケーション(C&C)をキャッチフレーズにしていた。何かが変わるという点で冷戦構造もデタント(緩和)と緊張(レーガン政権)の狭間にあったことは,アンディ・パートリッジが1980年に「Living through another Cuba」で「我々は真ん中にいる子豚チャンだ」と吠えたとおりだった。

☆ そういえばバブル時代を経ていまだに「日本の上下」に誤解されている本がある。

2.ジャパン・アズ・ナンバーワン(ナンバーワン国家として(仮定法)の日本)



☆ エズラ.F.ヴィーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』はちょうど大学に入った頃,教養課程の某教授に夏休みの課題図書として読むことを指示された(レポートも書いて出したはず)。読んだ時の第一印象は「これは日本礼賛本ではないぞ」ということだった。日本の社会構造がアメリカのそれとどう違っていて,対米でどういう点が強みになっているかという分析が本の主題だったからである。ところがそれから40年近く,最近になっても,最上段の本や別の人々(多数の企業経営者・学者・官僚・政治家などを含む)のあちこちでこの本を日本礼賛本であるかのように受け止め,それを暗黙の前提として話を進めている文章を飽きるほど見ている。

☆ あのねえ。ヴォーゲル教授がやったことは「ストラテジック・アナリシス(戦略的分析)」以外の何でもないの。だから今世紀に入って教授が中国に関して同様の分析を試みているのも当然のこと。この人はアメリカの国益を考えてそういう本を著しているのであって,媚日派とか知日派とかいうのはトンデモナイ誤解だよ。ただこの「誤解」がバブルの動力になったのは確かだ。喩えが悪いが,どこかの偉い人に連れて行ってもらった夜のお店で,日ごろ絶対に相手にされないような綺麗なお姐さん達にチヤホヤされて舞い上がった夜郎自大みたいなもので,字義通りに言い換えれば,夜郎国の王様が中国の皇帝の使者(単に通過するだけの人)に向かって「その中国という国は儂の国と同じくらい大きいのか?」と尋ねるようなもので,綺麗なお姐さんだか合衆国だかは知らないけれど内心「なにこのダサオヤジ」と思っていてもハイハイとやり過ごすくらいの器量は持っている。たまにやり過ぎと思えば,産業スパイ事件や対共産圏輸出規制違反などという口実で思い切り叩く,そうすればいいやと思っているわけだ。

☆ でも夜郎国の王様みたいな日本国の勘違いな人達は,産業の高度化の重要性や社会保障拡大に対する適正な負担(分かっていたのは田中角栄と大平正芳の二人だけだったようだが=分かっていても出来なかった宮澤喜一は論外),「今日が良ければそれで良し」政策を弥縫的に(付け焼刃で)進めていくしかなかった。そんなこと考える前にまだイデオロギーに固執していればよかった人達はそれにすら劣ることになる。

☆ そこで世の中はどう言い出したか? 「これからは感性の時代だ」。この「感性」というヤツがバブルの最高のカタリスト(触媒)だったのである。(以下「三の舞」に続くが,どこまで舞うつもりだ?)

Missing You (John Waite 1984年6月)


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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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