2017-08

「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」 (サザンオールスターズ 1981年6月21日)


初出:2006年2月18日

ステレオ太陽族ステレオ太陽族
2,365円
Amazon



☆ 『ステレオ太陽族』はサザンオールスターズの勢いがいちばん無かった時代の作品。だから駄作というのは当たらない。クレジットにも出てくる故八木正生氏の粋なアレンジが光る「ラッパとおじさん(Dear M.Y’s Boogie)」もあれば,高樹澪の(スクリーン)デビュー作で彼等が初めて音楽監督をした『モーニング・ムーンは粗雑に』から名作の呼び声高い「栞(しおり)のテーマ」まで佳曲が揃っている。

☆ しかし,先行シングルとしてカットされたこの曲「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」は,まるっきり当たらなかった(Wikipediaのこの曲の解説にはご丁寧にも「サザンオールスターズのシングルとしてはオリコン最低位と最低売上枚数作品である。」と記載されている)。この曲の土台になったのは,映画『ア・ハード・デイズ・ナイト(ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!)』のアルバムに収録されていた "You can't do that" だ。一見違う曲のようだが,明らかに元歌を換骨奪胎しており,アレンジの隅々に元歌を想起させるような工夫を凝らしている。

☆ "You can't do that" という曲は,このアルバムが発売された当時,ビートルズのライブのセットリストには必ず入っている曲だった。たいていオープニングの「ツイスト&シャウト」に引き続いて演奏されたと思う。リード・ヴォーカルは勿論ジョン。



☆ そう。このシングルはジョン・レノンが射殺された後にその事件を土台にして書かれた作品だ。だから我々からすれば名前も書きたくない犯人の名前が歌われている。ジョンがヴォーカルの曲で,しかも"You can't do that"というタイトルの曲をわざわざ元歌に選んだところに桑田佳祐の衝撃と怒りを感じるが,そこは一筋縄ではいかない彼のこと,そんな内心を微塵も見せないおちゃらけ風の展開とわざとらしい掛詞などですっかり装飾されている。だからかもしれないが,当時はジョン・レノンのことを歌ったものだという話以上の評価はなかった。

☆ このアルバム発売時のサザンオールスターズのツアータイトルは「サザンオールスターズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」だったし,最近は口にしないものの桑田のビートルズからの影響は,彼の家族との関係にも繋がっているので,けっこう奥が深い。まだジョンが存命の頃,桑田が評して「スケベの寸止め」という絶妙の言葉でジョンを褒め称えたことがあった。

☆ 冬季オリンピック(注釈:トリノ オリンピック 2006年2月10日~26日)の開会式にオノ・ヨーコが出て来て,ピーター・ゲイブリエルにジョンの代わりをして貰い「イマジン」を歌って貰ったのは,少しだけ複雑な気がする。ジョンはそこにいないことを思い知らされるからだ。しかし,この現実を生きながら見なかった彼は,幸せだったのか,不幸せだったのか。。。

You Can't Do That (Lennon–McCartney)



2017年8月5日付記



☆ サザンオールスターズというか桑田佳祐にはずいぶん蒙を啓かれた。彼がいなければセロニアス・モンクも弘田三枝子も聴くようにはならなかったと思う。モンクとミコってレンジの広さが彼のミュージシャンとしての幅だと思う(残念ながらサザンを聴く前からエリック・クラプトンは聴いていたのだが=笑=)。だからこのブログもどきにもときどき場違いにセロニアス・モンクが登場する訳だが,元は全てこのアルバムで桑田佳祐が八木正生の手を借りたことに始まり,その数年後にセロニアス自身が亡くなってしまったからでもある。



☆ セロニアスに関しては村上春樹もエッセイ集を残しているし,好きなものはやはり集まってくるのかなという気もする。





☆ 一読したが,当方からも言いたいことが有るような無いような。。。
この曲に関してひとつだけ指摘しておけば「そんなこたぁね(え)だろ」の後の歌詩は「よく見りゃ "What can I do" 」と歌っても何の違和感もないこと。"What can I do"=俺に何が出来る とは桑田の目から見たジョンがM.C.(殺害犯)に「言いたい台詞」が潜んでいるのである。そしてそれは "You can't do that" とも当然に対をなしていること。それくらい読んでから書いてくれよ(^^)。

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「ホット・サマー・ナイト(Hot Summer Nights)」 (ナイトNight 1979年)


☆ 結構ヒットしたのに後が全然わからないというバンドは,たいていセッション・ミュージシャンの覆面バンドだったりするが,1979年の夏にまるでその年の天候を言い当てかのようなヒットを飛ばした(全米最高位18位)のがL.A.のスタジオ・ミュージシャンのユニットナイト(Night)の「ホット・サマー・ナイト(Hot Summer Nights)」だ。Wikipediaの解説を読むと,「Hot Summer Nights」の作者はウォルター・イーガンというニューヨーク出身のミュージシャンで,この曲も豪州でチョッとしたヒットだったらしい。それをカバーしたナイトのこの曲は当然豪州では大ヒットし(最高位3位),ニュージーランド(28位),オランダ・ベルギー(共に21位),カナダ(23位)とそれなりにヒットし,日本でもディスコでは良くかかったヒット曲だったはすだ。

Hot Summer Nights (Walter Egan)

There was a time, not too far gone
When I was changed by just a song
On the radio, in my car
The pounding electric guitar
Then the time came to make our stand
We started up a four-piece band
And the heat felt like spotlights
In the heart of a hot summer night, yeah
Hot summer nights
Hot summer nights

Return with me to when times were best
We were friends that could pass any test
We shared our hopes, our dreams, and our goals
And the fundamental roll
As we sang in the hot, dark rooms
Happy just to play our tunes
We felt good when we did it right
We felt good on a hot summer night, yeah
Hot summer nights
Hot summer nights, yeah

So it lives, and it always will
Those songs we sung are in us still
Ringing out with all their might
In the heart of a hot summer night, yeah
Hot summer nights
Hot summer nights, yeah

YouTube投稿者(PilotOfTheAirwaves1氏)の解説
> A sextet group, which consisted of lead female vocalist Stevie Lange & lead singer/guitarist Chris Thompson, who was also lead vocalist/guitarist for Manfred Mann's Earth Band. A #18 hit in 1979.

☆ バンド最大のヒットは実はこの曲ではなく,「If You Remember Me」という曲(1979年 全米最高位第17位)なのだが,どういう訳だか日本ではこの曲のプロモーションは殆どなかったようで,寡聞にして知らない。だけど,上記解説を読むとヴォーカリストはマンフレッド・マンズ・アース・バンドにも在籍があったようで,かなりの実力派だったんだなと思う。

Hot Summer Nights (Walter Egan)
※作者のオリジナル盤(こういう時YouTubeは便利だなあ)


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「Honey Coral Rock」 (Suiff = Live at 新宿厚生年金会館ホール 1977年11月19日)




Honey Coral Rock (Eric Gale)



投稿者 pampa777 氏のNote
Live at SHINJUKU KOUSEINENKIN HALL Tokyo Japan, 19th Nov 1977.
Steve Gadd.Chris Parker.Richard Tee.EricGale.Cornell Dupree.Gordon Edwards.

☆ お酒飲まない人はゴメンナサイ。たまたま某アサヒビールから "8月2日は「ハニーの日」" などというメールが届いていたので(爆)ハニーな曲を探しておりました。ところでハニーと言えば短絡的にキューティーがくっつく世代の皆様こんばんは(爆)。Wikipediaで見ていたのですが,元祖のキューティーハニーはアンドロイドもので,1973年に永井豪が当初からメディアミックス作品として作っていたらしい。初代ハニーの声は増山江威子さんなので峰不二子の原型か(なわけない)。。。

☆ で,話は色気を急激に失ってスタッフの曲に変わる(爆)。「ハニー・コーラル・ロック」はもともとエリック・ゲイルの作品で彼の1974年のソロ作『Negril』に収録されている。その曲にかなり大幅なアレンジを施した(同名異曲に近い)のがスタッフの2作目『MORE STUFF』に収録されたヴァージョンで,上記Noteを見るとその年の来日公演(記載に間違いがなければクリス・パーカーが加わっている唯一の来日公演だが)のテイクであるようだ。

Honey Coral Rock (Eric Gale 1972年)


Honey Coral Rock (Eric Gale 1977年)


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「恋のウー・アイ・ドゥ”Ooh I Do”」(Lynsey De Paul 1974年5月)


シュガー・アンド・ビヨンド・アンソロジー1972-1974 (直輸入盤帯ライナー付国内仕様/2枚組紙ジャケット仕様)シュガー・アンド・ビヨンド・アンソロジー1972-1974 (直輸入盤帯ライナー付国内仕様/2枚組紙ジャケット仕様)
(2013/03/27)
リンジー・ディ・ポール、LYNSEY DE PAUL 他

商品詳細を見る


初出:2006年6月3日

☆ ずっと昔から探していた曲がある。なかなか見つからなくて困っていたが,先日いつもお世話になるネットショップのヨーロッパ盤(たぶんオランダ盤と思われる)のレア物のコンピレイション盤コーナーに入っていたのを見つけて買った。曲は「恋のウー・アイ・ドゥ(Ooh I Do)」ミュージシャンはリンジー・ディ・ポールというイギリスのアイドル歌手(だとズーッと思っていた。実はアイドル系には違いないが,シンガー・ソングライターだったことが分かった)。

☆ またこの曲が入っているアルバム『Taste Me Don't Waste Me』等は,2003年にリイシューされているのに,なぜか全部廃盤で手に入らない(言い換えると国際的せどり商品として,バカ高い値段がマーケットプレイスでつけられている)。

☆ AMG でリンジー・ディ・ポール(Lynsey De Paul)を引いてみると,彼女のベストヒットは"Sugar Me"で,全英チャート第5位。この曲「恋のウー・アイ・ドゥ」は最高位第25位だとか。これ以外にも全部で14曲のTop40ヒットがあるそうだ。また,モット・ザ・フープルの"Roll Away the Stone(土曜日の誘惑)"でイアン・ハンターと掛け合いの声を入れているのも有名だ。

☆ 当時(1974年)は「土曜日の誘惑」も「恋のウー・アイ・ドゥ」も地元ではチョッとしたヒット曲だった。だから全英チャートでそこまでヒットしていなかったのは意外な気がする。あれはもしかして世界中で一番ヒットしていたのか?(謎爆)

☆ タイプとしては,ル・ベッツ「シュガー・ベイビー・ラブ」のようなスペクター・サウンドで,グラム・ロックがきっかけになってスペクターの再評価が起こっていたことを感じさせる。ル・ベッツは90年代に日本でやたらBGM化されていたのに,この曲は忘れられていて残念だ。今でも多少は歌の歌えそうなグラヴィア・アイドルがいたら是非カヴァーしていただきたい(爆笑)。

☆ AMGを見るとディ・ポールは,80年代以降は映画女優やTV番組のホステス(司会者の意味)として活躍しているので,そういう意味ではイギリスのショウビズ界ではまあまあ成功した人なのだろう。日本の70年代アイドルが中途で挫折してしまうのとは対照的な気がするが,その辺がショウビズの奥行きの差なのかもしれない。

2014年5月2日

☆ これ,かなりヒットしたんです。日本で。ラジオのヒットチャート番組の相当上のほうまで行って,何度も聴いた記憶がある。Wikipedia(En)のLynsey de Paulの項目にも,こんなことが書いてあった。

> After appointing Don Arden, her new manager at the end of 1973, de Paul released "Ooh I Do", which hit the charts in the UK, Netherlands and Japan.

☆ ちなみに英国では最高位25位。オランダやベルギーでもTop20のヒットだったらしい。
Ooh I Do (Lynsey de Paul / Barry Blue)



☆ この頃,この曲とかル・ベッツの「シュガー・ベイビー・ラブ」とかフィル・スペクター(サウンド)の再評価みたいな感じが英国シーンにはあったようだ。一方,彼女はELOのロイ・ウッドとかモット・ザ・フープルとも親しく,モットの曲(「Roll Away the Stone(土曜日の誘惑)」にゲストで出ている。

☆ むかしこの曲を探すのに相当苦労して,ようやく欧州盤のレア・トラックス集で見つけてネットの輸入盤店で買ったことがある。今は...便利な時代になりました(苦笑)。

2017年7月31日付記
☆ ル・ベッツの「シュガー・ベイビー・ラブ」はあのつんざく高音ファルセット(爆)の効果か,いまだにバラエティ番組のBGMなどによく使われるが,同じようなフィレス・トリビュートの流れにあるこの曲はいまや隠れた名曲というか(カバーに使った国内仕様輸入盤のプライスタグを見て呆れた(´_ゝ`)。リンジーも亡くなっており(11 June 1948 – 1 October 2014),この曲は永遠のセブンティーズ・レアレティーズになりそうな悪寒だ。

☆ いまの日本にリンジー・ディ・ポールを聴く人がどれくらいいるか分からない(だから上記アマゾンのレア盤・プライスタグがあるんだろうが=苦笑)。でも意外ときょうびのアイドルさん(単体^^;)に歌ってもらいのは一法ではないかと...



☆ この曲のカヴァー・アーチストに小島麻由美と読めるローマ字氏名があったんだけど...
☆ 最初のコラムで触れたネット輸入盤店さんとはその後ドロップシッピング的なキャンセルが複数回あったので使うことも無くなってしまった。リンジーも亡くなっていて,時の流れをしみじみ感じてしまう。

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総括しろと言ったのは(アルバート)アイラーか(アルフレッド)アドラーか(自爆)




☆ 書いているうちに何がなんだか分からなくなる現象がある。タモリの「オールナイト・ニッポン(Mr.TAMORI's SHOW)」のしゃべくりなんかはその典型だったが(爆),この連載もどきもそういうものに陥っている(自爆)。この本の分析はそれなりにいいところを衝いているのだが,残念ながらデータ出典の採り方がいまひとつで,例えばこの数カ月くらい「週刊新潮」がひっそり連載している当事者関係者のオーラル・ヒストリーの方が面白い。そんなことを書いてはせっかくここまで纏めた著者に悪いかもしれないが,それなりに地道の宣伝したつもりなのでご容赦願いたい(#^.^#)。

☆ バブルの陽気さについて著者の指摘は分からなくもない。佐藤優ではないが(彼はこの時代モスクワにいてバブルとポストモダンの洗礼を受けてないことを強調する。また投資を含む投機に嫌悪感を持っていると思われる),時代の分析力(読み込む力とそれを為政者・指導者に伝える力。要は「インテリジェンス」に括られそうだ)が足りな過ぎた。イイオモイというものはなかなか記憶から離れないのである。だからバブルから10年近く経っても護送船団方式の幻想と出世双六の誘惑に負けて「ノーパンしゃぶしゃぶ」なんて醜聞でエリート様が自滅していくのである。

☆ そういうものはそういうものとして「したたかに現実を見ていく(見抜く)力」,誰がゲームチェンジャーで誰がルールを作ろうとしているのか。それに割り込めないにせよ,彼等に一目置かせるにはどうすれば良いのか。こういうことを考え抜くのが「現実主義」であろう(そういう意味で高坂正堯教授は正しかった。不肖な弟子が「自称保守論壇」で喚いているが)。現実を忘れることは必要であっても,そこから距離を保つ努力はしなければいけないのである。これがバブルの苦い教訓だった気がする。

☆ その文脈で「オヤジギャル」を見ればジェンダーの分解過程であり,この発想の延長線にはオトコオンナ(どこかの元大臣になったばかりの政治家を彷彿させるが)しか生まれない。またU野T鶴子女史を筆頭とするフェミニスト諸姉もジェンダーフリーには及んでいないとしか思えない。バブルとは背伸びして崖から落ちた日本の「背伸び時代」だったのではないだろうか。そんな気がする。



=了=


☆ しかしこのタイトル,中上健次にもお嬢様にも見せられたもんじゃない(恥)。

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 「Jazzy Night」(松原みき Album :1980年9月21日/Single:1981年12月5日)






☆ これはsunny1600vrさんが2008/11/25 にアップロードしたもの。作成者コメントは「松原みきさんの「Jazzy Night」、そのアルバム版とシングル版のミックスです。ステレオ再生できたなら、左がアルバム版、右がシングル版です。バッキングはほぼ同じですが、歌い方と終わり近くの歌詞がちょっとだけ違います。」とある。

Album Version(左チャンネル)
作詞:三浦徳子/作曲:林哲司/編曲:林哲司(3:47)
PERSONEL
.富樫春生(keyboards)、難波弘之(keyboards)、岡沢茂(bass)、林立夫(drums)、今剛(E. guitar)、斎藤ノブ(percussion)、数原晋(trumpet)、岸義和(trumpet)、新井英治(trombone)、ジェイク・H・コンセプション(A. sax)

Single Version(右チャンネル)
☆ YouTubeの解説にあるとおり,詩を少し変え,歌だけ入れ直しているヴァージョンと推定。YouTubeのwhatanelegantladyさんの指摘には説得力がある(後述)。シングルカットは最後の方で一音だけ(意識的に)トーンを変え,コーダが7秒弱早いように思う。

☆ この時期の彼女の作品は何となく「ふらつき感」があった。元々ニュー・ミュージックという制約の中で歌手を始めた彼女だったが,素養にジャズやソウルがあることはあまり表面に出していなかった。当時のシーンを見れば,例えばソウル的な部分が出せた例は渡辺真知子だし,もう少しフェミニンな場所には門あさ美がいたし,(本人の意志と裏腹に)もっとアイドル的な場所には石川優子や竹内まりや,EPOがいた。だからといって沢田聖子みたいにフォークに寄り添う線は最初から無い訳で,場所を確保するのが難しかったのだと思う(同じ悩みはとみたゆう子なんかにもあった筈)。でなければ旧作2曲でシングルにするという典型的急場しのぎは無かったんじゃないかと思う。

☆ 今さら考えても無駄なことであるが,女性歌手でこういうシングルが出る時は結構ヤバい場合がある。典型的には歌手の方から「煮詰まったので(精神的にも肉体的にも疲れてしまったので)少しお休みをいただきます」的な話が出てくる場合だ(強いて名を挙げないが70年代のトップ・アイドル歌手に頻出したケース)。でも彼女の場合そういう形跡はない。何というかプロデュースの側の迷いがそのまま作品に出ている感じなのだ。

☆ 三浦徳子が書いた「Jazzy」という言葉には,歌詩にも1か所さりげなく出てくるが,明らかに「ブルー」という感覚がある。蔭とか,翳とか。オリジナルが収録されているセカンド・アルバム『Who Are You?』はどちらかと言うとニュー・ミュージックのフィールドに「クセ球を投げ込みたかった」感(例えば「夕焼けの時間です」)はあるけれど,結果的に混ざってしまった直球的な作品(「Rainy Day Woman」やこの曲)の方が記憶に残る作品だった。その作品集の中に置けば「Jazzy Night」は端正な作品で,You Tubeでwhatanelegantladyさんの指摘する「アルバムバージョンは気だるく歌っているので好きではありません」という感想は,最初に書いたブルーという感覚を彼女が意識的に表現したからだろう。当然シングルにする場合(しかも歌を入れ直している),もっとインパクトのあるというか,この曲の場合ならコントラストを強めた歌い方になる訳で,両者の違いはそういうところにあるのではないかと思う。



「うたまっぷ」って,どんだけ使えないサイトになってしまったのやらorz...

☆ みき姐の今回のベスト&レアのレア曲にマンハッタン・トランスファーが元ネタの曲があって,どうせ歌うなら本家を歌えばいいと思いながらコンサートに行くと,彼女もそう思っていたのか,「トワイライト・トーン」をセット・リストの中に入れていた(-∀-)。

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「Flashdance...what a feeling」 (Irene Cara 1983年4月11日)


初出:2006年5月28日




Casablanca 811440
Composed By Irene Cara/Keith Forsey/Giorgio Moroder
Chart-topped from 05/28 to 07/02/1983 (6weeks)



☆ アイリーン・キャラというシンガーは,出世作の「Fame」にしてもこの曲にしても,こぶしが利いた歌い方をする。そして高音域では少しハスキーがかっているが,非常にウエットな声質で日本人だったら間違いなく演歌歌手で食べていけたと思うが(笑),その彼女が1980年代を象徴するこの曲を歌ったのは非常に意義深い気がする。

☆ オリジナル・サウンドトラック『フラッシュダンス』は,無名の新人女優ジェニファー・ビールズを一躍有名にし(その反動が10年近くあったのは,彼女にとっては不幸だったかもしれないが),この曲とMichael Sembello(彼もまたこの曲でワン・ヒット・ワンダーの仲間入りをする事になるが)「Maniac」の2曲の全米No.1ヒットを生み,アルバムは米国だけで200万枚を突破するチャートバスター・アルバムとなった。この年に『Thriller』(Micheal Jackson)という20世紀最大のモンスターアルバムがリリースされなかったら,名実共に1983年を代表する作品となり,ミュンヘン・ディスコから始まった作曲家ジョルジオ・モロダーにとっても誇らしい記念碑となった作品でもある。

☆ モロダーらしいキーボード主体の作品で,既にテクノポップの方法論を吸収し「打ち込み」で作られているのはさすがだ。このシングルは,その打ち込みで作った音とヴォーカル(メインとバック)だけのシンプルな構成の作品なのに,そういうサウンド・プロダクトの面からも80年代のメイン・ストリームを切り開いたものと言って良いと思う。短くも大仰なイントロに続いて,アイリーンがゆっくり歌いだすところは,ミュージカル的な歌唱だ。そしてキーボードに導かれるようにピッチを上げていくヴォーカルが滑り出していくこの感覚が当時は新鮮だったし,今聴いても感慨を持ってしまう。

☆ 『Flashdance』に続く道のりは『Saturday Night Fever』から始まっている。当然,そこには「スタジオ45」に象徴されるディスコ音楽の白人(嗜好)化があり,全ての道程はマイケル・ジャクソンとマドンナに収斂してしまうのが1980年代前半の結論でもあるのだが,それはステージ・ダンサーという職業が陽の当る存在となる過程でもあった。更に言えばジェーン・フォンダのワークアウトが象徴する「健康の世代」がこれを強烈にバックアップしていた。ウォーターゲートとヴェトナム敗戦で,米国のリーダーシップは国の内外から打撃を受け,米国自体がリカヴァーすべき時期だった。ソ連はアフガニスタン出兵という致命的な過ちを犯しながらもまだその指導力は健在で,レーガンが米ソの対立軸で国の威信を取り戻そうとしたことは戦略的には間違っていなかった。

☆ しかし,米国内では既に厭戦気分は極端な個人主義(=ミニマリズム)へ変貌しつつあった。エリート達,特に70年代にその地位を勝ち得た都会の高学歴の女性達は「自分探し」の罠に簡単に落ちていた。そして自分探しのある面での象徴がワークアウトやエアロビクスによる「健全な自分」の回復であり,そうした時代のトレンドにジェニファー・ビールズの演じたヒロインの姿はジャスト・フィットしたのである。


☆ この映画でデンゼル・ワシントンが探していた「女」を演じているのが12年後のジェニファー・ビールズだ。

2017年7月26日追記
☆ この原稿は最初のシングル・レビューとして書いたもので,書いた時にはまあ会心作と思っていたが殆ど反響もなかった(自爆)。今さらだが「フラッシュダンス」的なものの原型は「ロッキー」に見られ,主人公がロッキーほど崩れた場所からの復活ではない点は「サタデー・ナイト・フィーバー」に近く,でも自分の夢を実現するというストーリーは鉄板シナリオと言えなくもない。ただこのサントラ(既述のようにジョルジオ・モロダーが係わっている)とデヴィッド・ボウイの『レッツ・ダンス』(こちらはナイル・ロジャースが係わっている)とマイケル・ジャクソンの『スリラー』(こっちはクインシー・ジョーンズが係わっている)で,1980年代はポスト・ディスコのダンス音楽の時代であることが見えてきたような気がする。

☆ その一方にラップ/ヒップ・ホップの興隆があるのだが,これについてぼくは語る資格がない。



☆ 今さらだけど付記しておくが,ジェニファー・ビールズが掴んだばかりの栄冠を失った理由は,肝心のダンスシーンが吹き替えだったことがバレたことだった。確かにそれはうまくなかったが,その後復活したことを見ても分かるように女優としての素質に問題があったわけではなかった。こういうスティグマは一度押されると長年の重荷になる傾向があるが,本当にそれでいいのかなという思いもある。

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「Night Crawler」 (Bob James 1977年10月14日=アルバムリリース)


ヘッズ+1ヘッズ+1
1,080円
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初出:2013年2月21日
☆ ボブ・ジェームスやアール・クルーをイージー・リスニングのように聴いていた。コンテンポラリー・ジャズやフュージョンというより,スムーズやウエイブの元祖と言った方が当たっているかもしれない。クールでありながら熱もきちんと持っている。そういう都会の音楽として聴いていた。同じような感覚は『ストリート・ライフ』の頃のクルセイダーズにもあった気がする。

2014年9月5日
☆ ボブ・ジェームスの5枚目のアルバム『ヘッズ』に入っていた曲。英語版Wikipediaでこのアルバムを見ると "Genre Jazz fusion, Smooth jazz" とあって,確かにそういう評価になるだろうなと思う。初期の彼がムソルグスキー(「はげ山の一夜」)を取り上げていたことを思うとかなりの方向転換だが,同じムソルグスキーを取り上げたEmerson, Lake & Palmerのカール・パーマーも1981年にはASIAを結成していたのだから,現代音楽の「音楽性」のレンジはそれなりに広いのだと思う。

Night Crawler (Bob James)


☆ このアルバムは2曲のオリジナル(もう1曲はアルバムタイトル曲)と4曲のカヴァーで構成されている。コンテンポラリーなヒット曲が2曲(ボズ・スキャッグスの「We're All Alone(二人だけ)」とピーター・フランプトンの「I'm in You」)が入っているのでイージーリスニングと間違われていた時期もある(笑)。面白い選曲だとは思うが,60年代のモータウンやボルト/スタックスなどのブラック・ミュージックがアルバムで他人のカヴァーを頻繁に取り上げていたのを彷彿とさせ,些(いささ)か興味深く感じた。

2015年5月1日
ヘッズ+1ヘッズ+1
(2015/02/18)
ボブ・ジェームス

商品詳細を見る


Personnel
Bob James - Arp Odyssey, Arranger, Clavinet, Fender Rhodes, Harpsichord, Keyboards, Oberheim, Piano, Arranger, Conductor
Eric Gale - Guitar, Electric Guitar
Steve Khan, Jeff Layton, Jeff Mironov - Guitar
Steve Gadd, Idris Muhammad, Allan Schwartzberg, Andy Newmark - Drums
Gary King, Alphonso Johnson, Will Lee - Bass
Ed Walsh - Synthesizer Programming
Richard Tee - Keyboards
Ralph MacDonald - Percussion
Hubert Laws - Flute
David Sanborn - Alto Saxophone
Grover Washington, Jr., Michael Brecker - Tenor & Soprano Saxophone
Randy Brecker, Jon Faddis, John Frosk - Flugelhorn, Horn, Trumpet
Lew Soloff, Marvin Stamm - Flugelhorn, Trumpet
Wayne Andre, David Taylor, Tom Mitchell Jr. - Trombone
Peter Gordon, Brooks Tillotson, James Buffington - French Horn, Horn
Jim Buffington - French Horn
Phil Bodner - Bass Clarinet, Alto Flute, Oboe, Alto Saxophone, Viola, Wind
George Marge - Flute, English Horn, Oboe, Recorder, Soprano Recorder, Baritone Saxophone, Sopranino Recorder, Wind
Eddie Daniels - Clarinet, Flute, Tenor Saxophone, Viola, Wind
Gerry Niewood - Alto Flute, Alto & Tenor Saxophone, Wind
Michael Mainieri, Jr. - Vibraphone, Backing Vocals
Gloria Agostini - Harp
Jonathan Abramowitz, Charles McCracken, Alan Shulman - Celli, Cello
Al Brown and His Tunetoppers, Lamar Alsop, The Manny Vardi Strings - Viola
Max Ellen, Concert Master, Harry Cykman, Barry Finclair, Paul Gershman, Harold Kohon, Diana Halprin, Marvin Morgenstern, John Pintavalle, Max Pollikoff, Matthew Raimondi - Violin
David Nadien - Concert Master, Violin
Patti Austin, Vivian Cherry, Gwen Guthrie, Lani Groves - Lead and Backing Vocals

2017年7月24日付記
☆ ボブ・ジェームズ,アール・クルー,スタッフは当時(1980年頃)いろんなところで聴いていた。「アスペクト・イン・クロスオーバー」のような番組もあったし,他にも当時ぼく達が「エア・チェック番組」と呼んでいた幾つかのレコードかけ流し番組の常連だったこともある。また最初のコラムに書いているようにイージーリスニング的なBGMとしてあちこちで「引用」されていた(代表例はNHK-FM「軽音楽をあなたに」でのスタッフ「My Sweetness(いとしの貴女)」)こともある。ニュー・ウエイブの英国盤は輸入レコード店に行かざるを得なかったので,フュージョン系は総じて低コスト(カセットテープ代と録音時間の制約=例えば深夜だったり=に耐えること)で済んだ。これは実に有難かったし,その恩返しというわけでもないがサラリーパーソン(変な言葉)になって懐にある程度余裕ができ,CDの価格が下がってから片っ端から買っていった。

☆ こういう音楽を聴いていたのは,ひとつには(それなりにせざるを得なかった)勉強のBGMだったせいもあるが,むしろこういう曲がかかる機会を捉え,少しずつ録音しマイ・ヴァージョンのコンピレーションにしていくのが面白かったからだと思う。あの頃はまだクルマどころか免許もなかったし,異性同性含めこんな音楽を一緒に聴くような同好の士もいなかった(これについては今も変わらない)。だから独りでやるカードゲームのように延々とこういうテープを作ってはぼんやり聞いていた。実に暗~い青春ではないか(自爆)。そんなもの暗い青年にとって彼らの音楽はお洒落だったし,都会的だったし,何より心地良かった。その音楽の中にどこか思索的なところを見つけて聴いていたのだと思う。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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