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2019-12

「雨の日と月曜日は(Rainy Days and Mondays)」 (カーペンターズ 1971年4月23日)【7月7日校正2稿】


Rainy Days and Mondays (Paul Williams / Roger Nichols)

Talkin' to myself and feelin' old
Sometimes I'd like to quit, nothin' ever seems to fit
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down

What I've got they used to call the blues
Nothin' is really wrong, feelin' like I don't belong
Walkin' around,
Some kind of lonely clown
Rainy days and Mondays always get me down

Funny, but it seems I always wind up here with you
Nice to know somebody loves me
Funny, but it seems that it's the only thing to do
Run and find the one who loves me
(No one who loves me)

What I feel has come and gone before
No need to talk it out
We know what it's all about
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down

【Short interlude】

Funny, but it seems that it's the only thing to do
Run and find the one who loves me

What I feel has come and gone before
No need to talk it out
We know what it's all about
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down

☆ Wikipedia 英語版のこの曲の解説より
> The song was composed in 1971 by the then fairly unknown composers Roger Nichols and Paul Williams. It was released as the first track on the album Carpenters, popularly known as the Tan Album, and the B-side on the single is "Saturday", written and sung by Richard Carpenter.
> この作品は1971年に当時は全く無名の作詩・作曲家チームだったロジャー・ニコルズとポール・ウイリアムズによって作られた。この曲はTan Albumとして名高いカーペンターズの同名アルバムの1曲目に収録されており,シングルのB面曲「Saturday」は作者でもあるリチャード・カーペンターが自ら歌っている。

☆ プロジェクトとしてのカーペンターズ,またそのキーマンとしてのリチャード・カーペンターの「目利き力」が,このグループを凡百のポピュラーソンググループと隔絶させている。ニコルズ/ウイリアムズ(彼らはどちらも詩と曲が書けるという意味ではレノン=マッカートニーに近いソングライター・チームだと思う)を事実上世の中に送り出した。リチャードの目利き力はこの後レオン・ラッセルやニール・セダカなど様々なソングライターの作品を取り上げていった。

☆ カーペンターズは70年代前半のミドル・オブ・ザ・ロードであり,その正統性がユーミン流に言えばプチブルジョワジー好みの音楽(小市民ポップス=一種のポリティカル・コレクトネスのポピュラー音楽的なアイコン(象徴))としていわれなき(多分にイデオロギーがかった)揶揄と非難を受けてきた。そのことが彼らの音楽の「正当性」を失わせ,現代に至るまで極めてアンダーレイテッドな評価に甘んじていることは度し難いと強く感じている。

☆ 70年代前半にリチャードとカレンが取り上げたのは小市民の「良い子(娘)」のための健全なポップスなどではない。個化・孤独化する都会生活の中でささやかに生きていく人たちに寄り添う音楽だ。その歌詩の主題はミニマリズムを遥か手前で予期しているし,彼ら自身はみずからが受けた「世間的(ステロタイプな)非難や揶揄」を理不尽なものと感じつつ,答えを音楽で示していくと決めた一種の作品至上主義がある。そこには厳しい孤独があり,カレンの死に繋がる非情さもあった。

☆ 時代的誤解と過小評価の問題は60年代だったらビーチ・ボーイズやキンクスも当てはまる。もっともカーペンターズは基本的な立ち位置がショウビズの線上にあるから60年代のバンドの過小評価とはまた別の問題を抱えていると言える。それはロックとソウルを中心とするポピュラー音楽の分化過程に起因している。

☆ ただ彼ら兄妹が見出してレコード盤に刻み込んだ「現在の孤独」は上っ面のポピュラー音楽として消化された後に,パンドラの匣の底に佇んでいる。それは50年近くたった今でも変わらぬ光を鈍く放っている。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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