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2019-09

Street Fighting Man (The Rolling Stones 1968年8月=米国リリース)



Street Fighting Man (Jaggar / Richards)


Ev'rywhere I hear the sound of marching, charging feet, boy
Cause summer's here and the time is right for fighting in the street, boy

But what can a poor boy do
Except to sing for a rock 'n' roll band
Cause in sleepy London town
There's just no place for a street fighting man
No

Hey! Think the time is right for a palace revolution
But where I live the game to play is compromise solution

Well, then what can a poor boy do
Except to sing for a rock 'n' roll band
'Cause in sleepy London town
There's no place for a street fighting man
No

Hey! Said my name is called disturbance
I'll shout and scream, I'll kill the king, I'll rail at all his servants

Well, what can a poor boy do
Except to sing for a rock 'n' roll band
Cause in sleepy London town
There's no place for a street fighting man
No

Wikipedia(日本版)解説より
> 歌詞は、1960年代後半に世界中で起こっていたベトナム反戦運動に強い影響を受けており、1968年3月にロンドンの米大使館前で起こった大規模な反戦デモ(ジャガー自身も参加した)や、同年5月に起きた五月革命が、この歌詞を書かせる原動力となった。歌の中でジャガーは変革の必要性を強く説いているが、サビでは「貧乏な餓鬼に何が出来るんだ?ロックバンドで歌う以外に」という自嘲的なフレーズが聴かれる。この歌詞の内容と、同年に起こったシカゴでの暴動の余波を受け、本曲はいくつかのラジオ局で放送禁止になった。

> ジャガーはこの曲について、1995年のインタビューで「今の時代に共鳴する歌とは思えないし、そんなに好きな歌でもない」と語っているが、コンサートでは頻繁に演奏されており、また多くのコンピレーション・アルバムに収録されている。

Personnel

Mick Jagger – vocals, percussion
Keith Richards – amplified acoustic guitars, bass guitars, slide guitar
Brian Jones – sitar, tamboura
Charlie Watts – drums

Dave Mason – shehnai, bass drum
Nicky Hopkins – piano

☆ 最近,我が国の1968年をテーマにした新書が発刊された(『1968年』 中川右介著:朝日新書)。1968年というと半世紀前のことになる(正直,ゾッとする^^;)。この年は荒れた年でこの曲が全米リリースされた8月に起きた最大の事件はワルシャワ条約機構軍のチェコスロバキア侵攻(チェコ事件 8月20-21日)だろう。また,この年は米大統領選挙(共和党候補リチャード・ニクソンが,民主党候補ヒューバート・ハンフリーを破った)の年で,8月には5-6日に共和党大会がフロリダ州マイアミ,22-30日には民主党大会がイリノイ州シカゴで開催されたが,後者はシカゴ暴動を招く大荒れの大会となり,ストーンズのこの曲はそのとばっちりを受け全米で放送禁止となった(その結果ビルボードHot100の最高位は48位止まり)。この年の米国は本当に荒れており,4月にはマーチン・ルーサー・キングJr.(キング牧師)が,6月には民主党の大統領候補最右翼と言われたロバート・ケネディ上院議員(もちろん兄は故ジョン・F・ケネディ元大統領)が暗殺されている。荒れる68年はフランスにも飛び火していて,5月にはパリで学生の大規模な暴動(5月革命)が発生し,これが遠因となって翌年,シャルル・ド・ゴール将軍は大統領を辞任することになる。

☆ 1968年が荒れたのは,ある意味で必然的だった。この年に20歳だった若者は,「戦争を知らない子供達」(1947-8年生まれ)。1947年はわが国でも「ベビーブームの年」と記憶されているように,「戦争の反動」が出生数の激増を招いた時期だった。言い方は悪いが,このことは「世代で輪切り」すると「世界中が中国(人間で溢れているという意味)になった」ということでもある。日本でのこの世代を堺屋太一が「団塊の世代」と名付けたように,西欧や米国(だけでなく,例えば東欧のチェコスロバキア=当時=)は「若い国=若者が多い=世代間対立が起きやすい」の図式が成り立っていた(ちょうど浜田省吾がその9年後に「まだ若かったロックンロール」と歌ったように)。

☆ そのロックンロールはミック・ジャガーの言にある「哀れな厨房にロックンロールバンドでもやる以外に何ができる」に象徴されるように対抗文化(カウンター・カルチャー)の代表だった。ウィキペディアの賢いライターはミックのこの歌詩を「自虐的なフレーズ」と書いているが,それは皮相的な評価で,前の年にジョン・レノンが「レボリューション」の歌詩に「毛主席の肖像写真を掲げて歩いたって,世の中はこれっぽっちも変わらないぜ」と歌ったことと同期している。ジョンが「(文化大革命時の)紅衛兵の猿真似だ」と断じたように,ミックは「ロックンロール・バンドで歌うこと(が自分のできる暴動だ)」と主張しているのである。「自分にできることやれ(やる)」と告げているのだ。

☆ さて,超一流のエンターテイナーとしてのミック・ジャガーが1995年に語ったことは27年前の彼自身への裏切りであろうか?そういうシニカルな視点は,ポピュラー音楽家が長生きした時に受ける最大のデメリットだろうと思う。反面,「街の暴れ者」達はその命脈を断つことなく,どの世代からも同じように登場していく。その場所が(寺山修司が「書を捨てて」向かった)リアルな街角であろうと,電脳空間の中であろうと,「暴れ者」達や「やんちゃ」の本質は何一つ変わりはしない。「ストリート・ファイティング・マン」のメッセージは,「若者」という集団が生まれる限り「有効」であるのだ。


☆ そういえば泉谷(しげる)が一時期バックバンドの名を「ストリート・ファイティング・マン」にしていたな(爆)。
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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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