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2018-08

24時間のシンシア



☆ ぼくの基本的な認識では,70年代までは歌手がアイドルをやる時代だったので,アイドル期を超えた女性歌手はそこで引退するか,女優になるか,歌手のままでいるかという選択を迫られていた。たいていの人が女優の道を選んだ。アイドルが出来るくらいだから何処かに華があるわけだし,仕事が面白くなってきた人もいただろうし,当時のショウビズは結婚しても仕事を続けられる数少ない職業の一つでもあったから。

☆ それが変わってくるのは70年代にウーマン・リブと言い,その後ジェンダー論に昇華していった女性・男性論の進展を社会が受容していったからで,(専ら為政者サイドも)いろんな理由があって自由主義社会を「開放」していく戦略を取ったことがその流れに棹差した。で,80年代になるとアイドルが歌手をやる時代に代わっていて,秋元が小泉に歌わせたように「職業としてのアイドル」が確立されると,あとは何でもありの世界になっていく。

☆ 歌手がアイドルをやる時代の歌手の中でもシンシアは知的で自覚的な女性だったと思う。彼女が最終的に一回歌手を辞めたのは(アイドル全盛期の「引退」騒動を除く。その後短期間復帰するが引退と解釈している)詳しい事情は書かないが,そういうショウビズの仕組みに嫌気がさした部分も大きかったと思う。シンシアのアルバムには『午後のシンシア』はあるが『夕方』や『夜』はない(「人恋しくて」,「夜霧の街」と "夜霧のコンサート" は例外)。本当は22時のシンシアも(アルバムという形で)聴いてみたかったし,27時のシンシアだって知りたいと思っただろう。でもたぶんぼくたちは18時より後のシンシアは知らないまま彼女は幕の向こう側に帰っていった。

「春の予感 -I've been mellow-」 (作詩・作・編曲:尾崎亜美 1978年1月21日)
セットからも分かるようにCX「夜のヒットスタジオ」。いうまでもなく直前の歌は「迷い道」(渡辺真知子)。




以下Wikipediaのこの作品の解説より引用
> 1978年、資生堂春のキャンペーン・ソングに起用された本楽曲は、シンガーソングライター・尾崎亜美が他者に楽曲提供をした初めての作品にあたる。作詞・作曲・編曲すべてを尾崎が担当しているが、南沙織の全シングルA面楽曲中、作詞・作曲・編曲すべてが同一の作家によるものは本楽曲のみである。尾崎は同曲で、東京音楽祭ゴールデンカナリー賞作詞賞を受賞した。

近々「遊びに行きます」。しばしのさよなら
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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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