2018-05

「雨に泣いてる・・・」 (柳ジョージ&レイニーウッド 1978年12月1日)




☆ ニュー・ミュージックがフォークから来ているポピュラー系とロック系に再分解し,ニューウエイブありテクノありと分裂を続ける中で正統派のブルースロックを引っ提げて柳ジョージ&レイニーウッドはシーンに出てきた。基本は60年代までのR&B,言い換えればニュー・ソウル以前の黒人音楽とそれに影響された白人ロックがベースにある。それってそのまま(ゴールデン)カップスのことじゃないかと言われれば「まあその通り」ということになり,70年代前半のブルース/R&B系ロックシーンが関西中心に動いていたのに対して関東は横浜のサーキットがあり,九州は異端児然としてサンハウスがいたという観がある。

「雨に泣いてる・・・」


☆ でも柳ジョージはともかく,上綱克彦も石井清登も横浜のシーンから出てきた訳ではない。この二人がそれぞれ音楽的な核になっていたのがこのバンドだと思うが,やはりフロントマンとしての柳の存在が大きくなりすぎてしまった時点からバンドのバランスが崩れていったのではないのかなと思う。とは言えフォーク系のニューミュージックが旋風を巻き起こし,RCサクセションは廃盤に捨て置かれていた78年暮れ,ショーケンのバックアップ(彼が主演したTVドラマの主題歌)を得たとはいえ,この曲(元はセカンド・アルバムのタイトル曲。英詩を日本語詩に替えてのシングル・カット)を見過ごさなかった日本のポピュラー音楽シーンは「ニューミュージック」の「次」を見つけ出そうとしていた。

☆ シングルを聴いても,どうしてもフロントマンとしての柳のヴォーカルや「泣き」のギターに耳が行ってしまうのだが,この一部の隙もない引き締った演奏やコーラスにバンドの力量の高さは容易に分かる。それをいやというほど感じさせるのはテンポを落とすブリッジ部分で,ここに彼らのブルース・ロックの解釈が現れているのだが,どうしてもその次のギターソロに耳を奪われてしまう。このギャップが最終的にバンドの命取りになったとは思うが,この曲の段階ではまだまだそういうことを少しも感じさせない。やはりバンドとしても勝負曲だという意識もあったのかもしれない。

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コメント

柳ジョージ

「和製クラプトン」を本人はどこまで意識していたのか不明ですが、当時は服装やギターまで似た感じだったので、ひねくれ気味なギター少年は、「どこがクラプトンなんだよ」と、かえって意固地になったりしました。

今こうして聴くと、ギターは良い音しているし、しゃがれた声も見事で、レイドバックした時期のクラプトンよりギターがいい感じだなんて思い、勝手なものです。

その後、上綱や石川の名前は、ニューミュージックやフュージョン系の雑誌の記事でたまに見かけたような記憶で、セッションミュージシャンになられたり、どこかのバックバンドに加わったのでしょうか。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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