2018-05

「破れたハートを売り物に」 (甲斐バンド 1981年9月21日)



☆ 甲斐よしひろは本質的なロマンチストである。甲斐が書いてきた卓越した作品(「翼あるもの」,「Lady」,「安奈」,「Season」など)には共通のヒロインがいて,それは甲斐よしひろが作り出した(実在しない)ひとつのイデーである。イデー(イデア)はプラトンの言葉で大辞林にはこう書いてある「プラトン哲学の中心概念。個々の事物をそのものたらしめている根拠である真の実在」。

「破れたハートを売り物に」(作詩・作曲:甲斐よしひろ)
※「(マイナス)シングル・コレクションVol.2 (1990年12月19日)」ヴァージョン



☆ 良く知られた「シンセ・ドラムが躍動し過ぎる」シングル・ヴァージョンから肝心のシンセ・ドラムを差し引いたヴァージョンで,メッセージ性はこちらの方が高い。この曲のヒロインも実在しない。いまだに「ひとりぼっち」の主人公の心の中に密やかに棲んでいるだけの存在である。甲斐よしひろは当時この曲について「ひとりぼっちは嫌だ」がキーワードだというようなことを話しているが,それはこの曲の主人公の存在自身であり,彼を取り巻いている関係性のない「世間」との対比でもある。

☆ 近代に個人主義が確立することで,多くの(若い)人は地縁や血縁の軛(くびき)から自由になった。しかし「自由になる」ということは,同時に「すべての物事に自分で責任を持つ」ということでなければならない。そこに「孤独な群衆(デヴィッド・リースマン)」が発生する理由があり,その「孤独」の中からいかに新しい「関係性」を他者との間で取り結んでいくのかという課題が,この時代の主力テーマになっていくのである。

☆ ポピュラー音楽の世界はそうしたセンシティヴな要素が一番表面に出てくる世界であり,甲斐やほぼ同世代である浜田省吾や山下達郎にも同じようなテーマが歌(歌詩)づくりのバックグラウンドになっている(歌詩の現れ方に差はあるが,松山千春なども同じ指向を持っている)。

☆ この曲の主人公は,つかこうへいの言う「傷つくことだけ上手になって」いる存在で,彼がが引き摺るものは甲斐が採取したプレスリーの曲名(ただし曲名のみ)「One Broken Heart for Sale」である。で,これを書くとまたぞろ「剽窃ですか」と言い出す手合いが出てくるのだが,じゃあその「売り物」は誰に対して「売り物にしているのか?」と問いたい。あのね。この主人公は「マッチ売りの少女」と同じなのだよ。そのハートは(さしあたって,もしかすると少女と同じように死ぬまで)自分にしか「売れない」のだよ。だからこの曲は「One」が入らない。むしろ「Every Broken Heart for Sale」なのである。ひとりの問題なんじゃない。群衆ひとりひとりの問題を(不肖^^;)甲斐よしひろが代表して歌っているのだ。

☆ そのメッセージは「漂泊者(アウトロー)」の「誰か俺に愛をくれ」「ひとりぼっちじゃ生きられないさ」と双子をなす。それは「どこにもいない=どこかにいる」,「おまえ」を「見つけ出して」,「二人で」「越えていく」ことを夢見て「さまよう」という図式である。これがロマンチズムでなくて何だというのか。

Live Act Against AIDS '93 (Unplugged Version)


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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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