2017-10

総括しろと言ったのは(アルバート)アイラーか(アルフレッド)アドラーか(自爆)




☆ 書いているうちに何がなんだか分からなくなる現象がある。タモリの「オールナイト・ニッポン(Mr.TAMORI's SHOW)」のしゃべくりなんかはその典型だったが(爆),この連載もどきもそういうものに陥っている(自爆)。この本の分析はそれなりにいいところを衝いているのだが,残念ながらデータ出典の採り方がいまひとつで,例えばこの数カ月くらい「週刊新潮」がひっそり連載している当事者関係者のオーラル・ヒストリーの方が面白い。そんなことを書いてはせっかくここまで纏めた著者に悪いかもしれないが,それなりに地道の宣伝したつもりなのでご容赦願いたい(#^.^#)。

☆ バブルの陽気さについて著者の指摘は分からなくもない。佐藤優ではないが(彼はこの時代モスクワにいてバブルとポストモダンの洗礼を受けてないことを強調する。また投資を含む投機に嫌悪感を持っていると思われる),時代の分析力(読み込む力とそれを為政者・指導者に伝える力。要は「インテリジェンス」に括られそうだ)が足りな過ぎた。イイオモイというものはなかなか記憶から離れないのである。だからバブルから10年近く経っても護送船団方式の幻想と出世双六の誘惑に負けて「ノーパンしゃぶしゃぶ」なんて醜聞でエリート様が自滅していくのである。

☆ そういうものはそういうものとして「したたかに現実を見ていく(見抜く)力」,誰がゲームチェンジャーで誰がルールを作ろうとしているのか。それに割り込めないにせよ,彼等に一目置かせるにはどうすれば良いのか。こういうことを考え抜くのが「現実主義」であろう(そういう意味で高坂正堯教授は正しかった。不肖な弟子が「自称保守論壇」で喚いているが)。現実を忘れることは必要であっても,そこから距離を保つ努力はしなければいけないのである。これがバブルの苦い教訓だった気がする。

☆ その文脈で「オヤジギャル」を見ればジェンダーの分解過程であり,この発想の延長線にはオトコオンナ(どこかの元大臣になったばかりの政治家を彷彿させるが)しか生まれない。またU野T鶴子女史を筆頭とするフェミニスト諸姉もジェンダーフリーには及んでいないとしか思えない。バブルとは背伸びして崖から落ちた日本の「背伸び時代」だったのではないだろうか。そんな気がする。



=了=


☆ しかしこのタイトル,中上健次にもお嬢様にも見せられたもんじゃない(恥)。
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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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