2017-11

「10カラット・ラブ」 (松原みき 1981年4月21日=アルバムリリース)


-CUPID--CUPID-
2,571円
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☆ 『―Cupid―』は,松原みきを「ニュー・ミュージック」からどうやって離陸させるかという1980~81年にはいささか難問だった問題に対する回答としてのアルバムだった。この当時,こんなアプローチで先行していたのはジャズ畑の笠井紀美子くらいだったのではないか。どちらも答えは「フュージョン」だったわけだが,その時点で10年のキャリアがあり,押しも押されぬ日本の代表的女性ジャズシンガーのひとりだった笠井がハービー・ハンコックの元に飛び込んでむしろ引っ掻き回すほどの活躍を見せた(アルバム『バタフライ(with ハービー・ハンコック)』1979年)のに対し,足掛け3年目の松原は物怖じせずに西海岸のフュージョン・グループDr.STRUTと渡りあっている。この辺はソロデビュー盤の半分をシカゴで録った1976年の山下達郎に相通ずる部分をも感じてしまう。

「10カラット・ラブ」 (作詩:三浦徳子 / 作曲:亀井登志夫 / 編曲:大村雅朗)



☆ 一聴すれば解るが,これはファンク・ジャズ・ヴォーカルである。それも,もの凄くファンキーでソウルフルなヴォーカルをぶつけている。さっきの笠井紀美子との類比で言えば,笠井がハービー・ハンコックの音を再度バラバラにして自分の音を再構築してみせたのに対して,松原は物怖じすることなく堂々とファンキーなフュージョン・サウンドと互角に渡り合っている。この時点で松原みきは軽々と「ニュー・ミュージック」の壁を飛び越えているのだが,残念なことにこの「音」は当時の「ニュー・ミュージック」のシーンには数年分早過ぎた。好きじゃない言い方だがアーティスティックであり過ぎたのだと思う。それはいささか前衛風のアルバム・ジャケットやら同世代の女流作詩家達と張り合う中で,やや先鋭化してしまった三浦徳子の詩とも相まって,アイドルに近い「王道」を彼女に望んでいた時代のニーズとの「ずれ」を逆に見せてしまったのかもしれない。

PERSONEL
Dr.STRUT David Woodford (sax.)
Claude Pepper (drums)
Peter Freinberger (bass)
Tim Weston (guitar)
Kevin Bassinson (keyboards)
Everett Bryson (percussion)

数原晋 (trumpet), 岸義和 (trumpet), 小林正弘 (trumpet), 新井英治 (trombone), 中沢忠孝 (trombone), 井口秀夫 (trombone), 杉本勝行 (trombone), 向井滋春 (trombone solo)



This column is dedicated to Mr. Tencarara (Author of 永遠の歌姫~松原みきを想う~テンキャララの後悔日誌)
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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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