2017-10

Clock of the Heart(四の舞...いつまでやっとるんかい!)




☆ 著者によるとこの本が解説したいことは「バブル期に,その震源地たる東京で,何が起こっていたか。人々はどんな気分で,何を考え,何をして暮らしていたのか」だそうだ(まえがき P.3)。方法論としては間違っていないと思うのだが,個人的にバブルが最初に発生した場所は東京ではなく大阪だと思っている。その結末は「イトマン事件」として世に知られることになるが,この大阪の雰囲気(東京がなんぼのもんじゃい⇒東京に攻め上る=典型例は広域暴力団を含むバブル紳士及び吉本の芸人軍団)が東京に伝染していき,東京で元々発生していたマーケティング優先,感性指向,軽薄短小,ハイテク,政治力学,ニューアカ(デミズム)とニューエイジ(新・新興宗教ブーム)により増幅されたもの,それが東京バブルだったのではないか。

☆ バブルの宗教はいまだ有力な「拝金教」である。拝金教と新自由主義は名の如く「コインの表裏」だったし,1:99(ウォール・ストリートを占拠せよ運動)やトマ・ピケティや左派系政治家のミニブームでも分かるように今でもそうである。つまりバブルの本質部分は破裂を乗り越えてのうのうと生き延びているのが実態で,そこから見ればバブルなど単なる徒(あだ)花でしかないのもまた明白である。そういうしたたかな前提に立てば,新自由主義の何処がここまで膨れて破裂したのかを政治経済学的に検証する価値は確かにあると思う。でもそれはこの本の目的ではない。この本には考現学のアプローチでこの時期(時代とも言いにくい)を探りたいという思いがあるようで,それはアカデミズムではないが少なくともその礎石にはなり得ると思う。

Time(Clock Of The Heart) (Culture Club 1982年11月19日)



☆ ところで「いつまで総論のところで止まっているのか(怒られる前にギャラリー全員の立ち去る靴音が聞こえるので^^;)」,ということで次回からは少し各論に入ろうと思います。


☆ ダイヴァーシティなきょう日から見るとトム・ロビンソンが異議申し立てをしていた1978年とジョージ・オ’ダウド(ボーイ・ジョージ)が登場した82年ではかなり様相が違っていた。間にイアン・デューリーの「ヒット・ミー」だとかダイアー・ストレイツの「Les Boys(アルバム『メイキング・ムービーズ』収録)」などを挟んだからかもしれない。それでも彼の名を全米に広めた「Do You Really Hurt Me(君は完璧さ)」のMVは異化がテーマだったが。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング

FC2ブログランキング

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

最近のエントリ

最近のトラックバック