2017-04

どんな☆も,最初はただのエントリー(新人)。





☆ いちばん最初にマドンナの名前というか動画というかそういうものを見たのは「11PM」かなんかだったと思う。80年代に入ってもまだこの番組には「先物買い」の要素が残っていた(特に「水曜イレブン」)。だからその辺だろうと思う。見たのはたぶん「エブリバディ」なんだと思う。あるいはそれとも違う何かの映像だったかもしれない。というのもその後に見たこのPVほかとは違っていたような気がするので。ただそこから「マドンナ」という若い女の子が注目されているということだけが分かった

☆ 「エブリバディ」はビルボードのダンスチャートには入ったがHot100には入らなかった。ただ,これを全米でディストリビュートしたのがサイアー(Sire)レーベルで,このレーベルにはトーキング・ヘッズがいたので,そのあたりで某氏(有り体に言えば今野雄二)あたりのアンテナに引っかかったのではないか。それで「水曜イレブン」なら話の辻褄は確かに合ってくる(笑)。

☆ 彼女がナショナルチャート(ビルボードHot100)に入るには,この曲とその次のシングル「バーニング・アップ(これが彼女のデビューアルバムの邦題になった)」の更に次に出した「Holiday」まで待たされることになる。つまりそれまではマドンナはダンス・ポップ歌手と評価されていた。この下積み時代はデビューから1年近く続くことになるが,彼女はアルバムを作るというよりシングルを積み重ねてアルバムにまとめ,さらにシングルを出していくという戦略を取った。要するにラジオ局のエアプレイリストに入るための努力をしていたのである。

☆ 4枚目のシングル「ラッキー・スター」は83年9月にリリースされたがリリース時にはさほどの注目を受けていない。そして5枚目のシングルが「ボーダーライン」で,この曲でマドンナはタイトル通りビルボードTop10の境界線を初めて突破する作品となる。

Borderline (Reggie Lucas)



☆ 「ボーダーライン」はまだ粗削りのひとりのポップ・シンガーの卵(エントリー)の姿が物語風に記録されている。この曲は彼女にとって本当の「きっかけ」となった作品で,譬えて言えばスプリームス(シュープリームス)の「Where Did Our Love Go?(愛はどこへ行ったの)」みたいなものだろう。そういえば曲を歌った本人が気に入っていなかったという点もこの2曲は似ている。それでも「以前名前を聞いたことがある歌手がどうやら大きなヒットを出したようだ」という感じでTVKの「ビルボードTop40」を見ていた記憶がある。

☆ まだエントリーだった頃の彼女の名前を二つに割ってMad+Onnaと書いたのは伊丹由宇だったと思うが,今思い出してもなかなか洒落た命名だった。それくらいナイフみたいにキラッとしたところのある若いエントリーだったのだ。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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