2017-06

本邦泡沫語辞典(002) 号泣





> デジタル大辞泉の解説
> ごう‐きゅう〔ガウキフ〕【号泣】
> [名](スル)大声をあげて泣くこと。泣き叫ぶこと。「遺体にとりすがって号泣する」
> [補説]文化庁が発表した平成22年度「国語に関する世論調査」では、本来の意味とされる「大声をあげて泣く」で使う人が34.1パーセント、本来の意味ではない「激しく泣く」で使う人が48.3パーセントという逆転した結果が出ている。

☆ 文化庁の調査は平成23(2011)年2月~3月頃に実施された。この調査の3年後に兵庫県で号泣議員なるものが登場した(2014年7月1日)。この「野々村議員(当時)」の一件あたりから「号泣する」という言葉が明らかな泡沫語になっていった。




☆ NHKのどこかの放送局の気象キャスターが号泣したというニュースがあって,ようつべでその際の映像なるものを見たのだが,この女性の名誉のためにも言わせてもらうが,ああいうのは「号泣」とは言わない。文化庁が本来の意味と言っている「大声」などどこにもなく,本来の意味ではない「激しく泣く」にも全く当たらない。ああいう泣き方はその昔からこう言われていた。「彼女は,思わず,べそをかいていた。」

☆ そうなのだ。今どきの芸能マスコミさんが大袈裟に「号泣する」と書くと,その8割以上は上に書いた「べそをかく」以上のモノではない。つまり「号泣(する)」の泡沫語化は現在進行中なのである。ヘンな世の中である。そう言えば「号泣」の泡沫語化が進むにつれて「(泣き)べそをかく」という表現が絶滅しかけている。そちらの方が問題かもしれない。日本語の表現は立体的であるべきと思う。漢語のようにおなじ「なく」を「哭く」や「啼く」と書いて区別しないとしても。




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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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