2017-08

「キラー・クイーン」 (クイーン 1974年10月11日)




☆ 最初に聴いた時は少し違和感があった。当時の友人にクイーンを絶賛しているヤツがいて,その音楽の新しさを彼が評価していたからだ。彼の言うクイーンの新しさは,ハード・ロックとクラシック音楽の融合で,それは既存ロックの進化形であるプログレッシブ・ロックとも異なっており,似た傾向を示していたディープ・パープルがハード・ロック色を前面に押し出すようになったので,クイーンのやっているアプローチは彼ら独自のモノになっているという理屈だった。たまたま初めて聞いた彼らの曲が「Seven Seas Of Rhye(輝ける七つの海)」だったこともあり,クイーン=ハード・ロックという図式がぼくの頭の中にも出来ていたこともある。

☆ ここからかなり大幅に話が脱線するが,「Seven Seas Of Rhye」を初めて聴いたのはBCL(ブロード・キャスト・リスニング)でソニー・スカイセンサーのダイヤルを回して見つけた落合恵子のミニ番組だった。ちなみにBCLとは1970年代にソニーのスカイセンサーを皮切りに松下などがこぞって参戦した高性能トランジスタラジオとかアマチュア無線などを駆使して国内外の放送局(ローカル局や外国の日本語放送局)を聞き,受信した証拠としてベリカードを入手するという,インターネットに先駆けるウエブ活動だった(褒め過ぎだろ^^;)。当時は国内の中波局のタイムテーブルとベリカードの写真を添えた一覧が売り物の「ランラジオ」という雑誌が自由国民社だったと思うが出ていたくらいである。

☆ 当時落合女史は文化放送からフリーになった直後くらいだったと思う。文化放送という局は,ぼくらから見れば,東京ローカルみたいな存在で(ラジオ関東=後のアール・エフ ラジオ日本ほどではなかったが),難聴局でもあった。ぼくらは西の街に住んでいたので大陸や半島の中波局が日本語放送も含めて大幅に混信してくるので(それは初期タモリの芸のベースにもなっている),とにかく東日本の局を受信するのは一苦労であった。しかも25時になると「オールナイト・ニッポン」が始まるため受信出来てもどこの局の「オールナイト・ニッポン」なのかを判別することはほぼ不可能だった(爆)。

☆ そんな厳しい条件下(笑)近県のローカル局の放送枠に彼女の名前があったので,名高きレモンちゃんの声を聞くべくスカイセンサーを駆使した結果にこの曲に辿り着いたのである(自爆)。

Seven Seas Of Rhye (Freddie Mercury)



☆ ピアノとギターによるその曲のイントロを聴いただけで,ぼくは彼のクイーン評を一瞬で正当なものであると感じた。最後のおちゃらけみたいなコーダは良く分からなかったが(爆),それでも全体的に格好良いという評価に収まった。で,次のシングルを期待して待っていたら,この曲が出てきたので,ぼくは「何か違う」気がした。凝った曲だとは思ったが,どこか気取った感じがしたのだ(今だったらもう少し肯定的に「おしゃれ」だと感じたかもしれない)。しかもこの違和感は全く別の理由で爆発的に増大した(笑)。この曲はクイーンの大出世曲だったが(全英2位,全米12位),おそらく本国以上に人気が爆発したのが日本だったのである。理由は良く分からない。あえて勇気を振り絞って書いてみると(笑),昨今のビジュアル系を40数年前に先取りしていた当時のクイーンが「少女趣味」のスイートスポットに偶然ミートしてしまったからではないかと思う。

Killer Queen (Freddie Mercury)



☆ クイーンが爆発的に売れたことは,(誠に失礼ながら)洋楽にもそういう「ミーハー層」が存在していることをレコード業界に明らかにした。邦楽がヤングアイドル(だってそうだろアンダー15でばんばんティーンズの女の子達がデビューしていたのだ)なら,洋楽にもGS以来絶えて久しいミーハー路線が可能だと彼らレコード業界人は気付いたのだ(笑)。その結果,60年代初めのような「アイドルを探せ!」状態となった洋楽が見つけた切り札は言うまでもなくスコットランドのタータンチェック集団,ベイ・シティ・ローラーズだった。BCLがいつの間にやらBCRに化けてしまった!1970年代の日本のポピュラー音楽(邦・洋楽)の「爆発的ブーム」と言うと,「たいやきくん・BCR・ピンク・レディー」の三点セットになると思うが(爆),クイーンの成功はそういうものの素地となった気がする。

☆ この曲だけでなく,クイーンの曲に出てくる「小道具」達は,あとから「こんなものだったのか」と気付くことがいっぱいあって,このバンドを聴き続ける楽しみのひとつになっていた。で,この曲の出だしに「モエ・エ・シャンドン」が出てくる。このフランスを代表する企業(今ではLVMH)の醸造する発泡酒(シャンパン^^)の実物を見たのは酒屋ではなく,テレビ。フォーミュラ・ワンの表彰台名物 "シャンパン・ファイト" で,だった。あのでかいモエ・エ・シャンドンが女王のキャビネットにどれだけ常備されていたのかは,詩を書いたフレディしか知らないとは思うが,この曲のおかげで,後年いろんな場所でこのお酒とそれを注いでいただく方を含めて多少のご縁ができたことは今更ながら幸甚なことであった(再爆)。


☆ ちなみに,ン十年前に仕事で上京した時,表参道のクレヨンハウスを覗きに行って,お土産にディック・ブルーナのウサギのコースターか何かを買ったのでした(#^.^#)。
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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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