2017-06

こんなことは,今までなかった。




☆ 斉藤茂男(1928年3月16日 - 1999年5月28日)が共同通信社時代に書いた『妻たちの思秋期~ルポルタージュ日本の幸福』は家父長主義(パターナリズム)ジェンダーに支えられた高度経済成長が脆く崩壊していく図式を見事に描いてみせた。このパターナリズムがいまだにこの国をガラパゴスの呪縛に留めるまさに「呪怨」であるのだろう。

☆ 思秋期という言葉を作ったのは間違いなく阿久悠で,この曲と同じ時期に岩崎宏美が歌った。彼女の代表作のひとつでもある。だがしかし1977年を遥かに後に見ると,「秋の気配」もまた思秋期であること,それは前掲の斉藤の署名の含意としてだが,それを感じさせられるのだ。

☆ ところでWikipediaの記述によると小田和正自身は「もし、女に捨てられたような経験があったとしたら、あんなに傲慢にはならんでしょう。“嘘でもいいから ほほえむふりをして”みたいな、そんな都合のいい話はないわけでさ(以下略)」という主旨の話をしているそうだが,そんなに傲慢な主人公には思えないのである。

☆ おそらくこの曲を支持する女性のかなりの部分は,主人公の男が傲慢どころか繊細で今まさに「女に捨てられようとしている」としか感じられないのではないだろうか。それはこの曲の最後のリフ部分(僕の精いっぱいのやさしさを/あなたは受け止めるはずもない=つまり前述で小田が触れた部分の直後の歌詩)で,男自身が認めているからだ。この男は女から捨てられるのが分かったから「僕があなたから離れていく」と思うことでその「現実」を受け入れざるを得なかったのだ。女性達にはそれが見えているのである。彼女達が「何とかトラディショナル(新しいのと横浜産の2つあった)」を脱いでフツーの主婦になっても,いずれ来るものが「思秋期」であることを,この曲と同じ地平の片隅で気付いていたのである。

「秋の気配」 (オフコース 1977年8月25日 作詩・作曲 小田和正)



☆ 舞台が港の見える丘公園というとB'zの「Time」(1992年5月27日 "BLOWIN'"カップリング)もそうだ。こっちもこっちでドロドロの不倫劇なのだが,男の頼りなさというか情けなさが妙に同レベルでシンクロしているような気もする。このコメントについては申し訳ないが2曲とも個人的に非常に好きな曲なので書いていることに他意はない(不快に感じたらお詫びしたい)。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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