2017-10

化粧品の関ケ原


サーカス ベスト DQCL-2110/サーカス



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☆ 1970年代半ばから80年代いっぱいにかけて,資生堂とカネボウ化粧品が日本のポピュラーソングに貢献した大きさは計り知れない。

Belle~カネボウ・ヒット・ソングス/白井貴子&CRAZY BOYS



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☆ その中で両社のCMソングがバランスを取った上(実はこの表現は個人的に使いたくなかった)に,セールスもそれに相応しい「対決」を挙げるとすれば,1978年夏を外すわけにはいかない。資生堂は矢沢永吉が「時間よとまれ」で日本中にそのソングライターとしての才能を再認識させ,カネボウはまだ無名だったコーラスグループのサーカスをこの1曲でスターダムにのし上げた。サーカスの曲はフレンチ・ポップスの翻案(作詩:Pierre Delanoe 日本語詩:竜真知子 / 作曲:Michel Fugain / 編曲:前田憲男)で,いかにも「サウンド・イン・S」向きだったのだが(笑),楽曲としても甲乙つけ難い2曲が同時期にチャート上位にいたという,ある意味日本のポピュラー・ソングにとって幸せな時代であった。

「Mr.サマータイム」 (サーカス 1978年3月25日)



☆ 楽曲(外国曲の翻案)としての「Mr.サマータイム」を考えた場合,日本語詩を書いた竜真知子が先駆する作品として描いたのは明らかにハイ・ファイ・セットの「フィーリング」(1976年12月1日,日本語詩:なかにし礼)だっただろう。実際,80年代のアイドルブームが到来しなかったなら,「サウンド・イン・S」的なアダルト・コンテンポラリーのマーケットが成立する可能性が無いわけでもなかったと思う。この両グループを筆頭にタイム5やイブが活躍していたのだから。それはCM曲の対バンだった矢沢永吉にも言えた。彼がソロになってまずロッカーとしての自己を確立した。それはヤザワという人間の「居場所」を作る総仕上げだったし,その次にはミュージシャン(有り体に言えばソングライター)としてのヤザワの居場所を高らかに宣言することで,彼自身に纏わりついていたパブリックイメージを打破する必要があったし,それを誰より希求していたのは彼自身であったからだ。

☆ このように1978年夏には,ステップアップした形でのポピュラーソングのマーケットが生まれる可能性があった。時代は確かにフォークやロックやソウルをベースにした「ニュー・ミュージック」がポピュラーソングのマーケットを拡大しつつあり,従来型のショウビズは70年代のアイドルが曲がり角にあったし,演歌はマイナー音楽からの脱却に苦しんでいた(そして「カラオケ演歌」を選び取ることになる)。あらゆる可能性があり,共通の意識が「80年代」という次の時代の区切りであった。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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