2017-11

The Clash 「Safe European Home」(1978年11月10日=アルバムリリース)

動乱(獣を野に放て)動乱(獣を野に放て)
(2005/11/23)
ザ・クラッシュ

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Safe European Home
(STRUMMER, JOE / JONES, MICK / SIMONON, PAUL / HEADON, TOPPER)


Well, I just got back an I wish I never leave now
ああくそ,やっと戻って来られたぜ。そして今は二度とこっから離れたかない気持ちだぜ
(Where'd you go?)
(どこ行ってたんだよ?)
Who that Martian arrival at the airport, yeah?
あの火星人来襲みたいな空港の騒ぎはどいつの仕業なんだよ,ええっ?
(Where'd you go?)
(だからどこ行ってんだよ?)

How many local dollars for a local anesthetic?
たく,どんだけ闇ドルや闇クスリがはびこっていやがるんだか?
(Where'd you go?)
(だからどこ行ってんだよ?)
The Johnny on the corner was very sympathetic
あそこの角にいたヤローも妙に馴れ馴れしかったりしてさ
(Where'd you go?)
(だからどこ行ってんだよ?)

I went to the place where every white face
おれが出掛けた先は白人の顔を見たら
Is an invitation to robbery
何かをふんだくってやろうと思いつくような連中の巣だったのさ
An sitting here in my safe European home
この大欧州の安らぎの家に戻れて座りながらこう思うのさ
Don't wanna go back there again
あんな場所にはもう二度と戻るかってね

Wasn't I lucky, wouldn't it be lovely?
おれは幸運だったし,そりゃ素敵なことだったとでも言うのかよ?
(Where'd you go?)
(どこ行ってたんだよ?)
Send us all cards and have a lay in on Sunday
あらゆるカードを配って寛ぎの日曜日にでも送り出されたって言うのかい?
(Where'd you go?)
(だからどこ行ってんだよ?)

I was there for two weeks, so how come I never tell now
おれはあそこに2週間もいたんだぜ,どれだけその時のことを話したくないか分らねえだろ?
(Where'd you go?)
(だからどこ行ってんだよ?)
That natty dread drinks at the Sheraton Hotel, yeah?
(Where'd you go?)
ドレッドロック流の飲み物をシェラトン・ホテルで優雅にいただきましたなんてことだってえのか?

I went to the place where every white face
おれが出掛けた先は白人の顔を見たら
Is an invitation to robbery
何かをふんだくってやろうと思いつくような連中の巣だったのさ
An sitting here in my safe European home
この大欧州の安らぎの家に戻れて座りながらこう思うのさ
Don't wanna go back there again
あんな場所にはもう二度と戻るかってね

Ah-ah, ah-ah, ah-ah

They got the sun and they got the palm trees
そこには輝く太陽や椰子の木なんてものも確かにあったさ
(Where'd you go?)
(どこ行ってたんだよ?)
They got the weed and they got the taxies
マリファナ煙草もタクシーも使い放題だったぜ
(Where'd you go?)
(だからどこ行ってんだよ?)

Whoa, the harder they come and the home of ol Bluebeat
だけどよ,あそこが「ハーダー・ゼイ・カム」の舞台でブルービートの故郷だとしても
(Where'd you go?)
(どこ行ってたんだよ?)
I'd stay and be a tourist but can't take the gun play
おれはしがないただの旅行者でありたかったんで,ドンパチ騒ぎに巻き込まれに来たわけじゃないんだ!
(Where'd you?)
(ん?)

I went to the place where every white face
おれが出掛けた先は白人の顔を見たら
Is an invitation to robbery
何かをふんだくってやろうと思いつくような連中の巣だったのさ
An sitting here in my safe European home
この大欧州の安らぎの家に戻れて座りながらこう思うのさ
Don't wanna go back there again
あんな場所にはもう二度と戻るかってね

What? Rudie come from Jamaica, Rudie can't fail
ああ?ジャマイカから来たおまいら,そこの与太者ども,しくじるんじゃねえぞ
Rudie come from Jamaica, Rudie can't fail
Rudie come from Jamaica, 'cause Rudie can't fail
Rudie come From Jamaica, Rudie can't fail

Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie can't fail
Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie can't fail
A-Rudie loot and a-Rudie shoot and a-Rudie come up then back down

Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, come up then back down
Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie cant fail
Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie, Rudie he cant fail

Nice guy European home
イケメンの欧州の家
Explosive European home
爆弾テロの欧州の家
And twenty-four Track European home
24トラックの欧州の家
[Incomprehensible]
[その後の歌詩は解読不能につき省略]


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☆ この作品はザ・クラッシュのセカンド・アルバム『Give 'em enough rope(動乱(獣を野に放て))』の1曲目の曲である。ただし1978年もしくは79年に米国でクラッシュの初アルバムとしてリリースされた盤は曲順が異なっていたと記憶している。世の中には歌詩を誤解される作品がある。典型なのは今世紀の初めごろにアメリカのネオコン(新・保守派)団体がよりによってザ・フーの「Won't get fooled again(無法の世界)」を「反革命の作品」として称賛した(考えるまでもなくピート・タウンゼントにとってこれ以上の屈辱はなかったと思われる)ことだろうが,この曲も字面だけ追えばクラッシュは「白い暴動(シングル)」で黒人(主にロンドン在住のジャマイカ人)たちとの連帯を歌っていたくせになんだこの歌詩は...となってしまう。それが誤解であることは曲の最後に繰り返される歌詩からも明白である。ただし贔屓の引き倒しにならないように付言しておけば,クラッシュが揶揄したのはアメリカ合衆国だけではなく,この曲にはジャマイカでの(主に)ストラマーの個人的な体験も大いに影響しているということだ。歌詩を訳すときにはそのことをかなり考慮して相当「ひん曲がった」訳にしているが,これはいつもの流儀である。

※ ちなみにこの曲の中にボブ・マーレイ&ザ・ウエイラーズ(natty dread)とジミー・クリフ(the harder they come)の作品名が出てくる。

☆ このアルバムを発売することで,クラッシュはパンクの初期衝動依存症を綺麗に脱した。もっともそのことはパンク=初期衝動=ソリッドなビートという図式をドグマ(教義)のようにしていた一部のパンク・ファンにとっては「裏切り行為」以外の何でもなかった。ぼくはこの曲はクラッシュのそうした「パンクという様式(スタイル)」に対する爆破行為だと感じた。破壊衝動ではなくスタイル自体を破壊することでクラッシュはパンクでありながらポスト・パンクの道を進み始めた。たとえ音的に「ハード・ロックとどこが違うんだ」と揶揄されたとしても「こんな歌詩のハード・ロックを知っているか?」と訊き返すことが答えになっただろう。実際に『Give 'em enough rope』は畳み込む最初の3曲につづいてガラッとムードを変えていく。そのバリエイションは彼等の記念碑になる『London Calling』へと繋がっている。

☆ クラッシュがこの曲を発表した1978年暮れの欧州では至る所で赤色テロが横行していた。赤色テロとは本邦で言うところの新左翼系過激派による誘拐や爆破行為である。今ではイスラム原理主義者の専売特許のように思われているこうした行為が,まだ東西冷戦体制が有効であったこの時代にはむしろ欧州内の問題として存在したのである。この曲を現代(2010年代)の情勢に合わせて読み直せばそういうことになるが,極右だった家族の死がきっかけで極左に転じたジョー・ストラマーにとって打倒すべき敵は資本主義的帝国主義(この時代の帝国主義は金融資本主義である点で今の新・帝国主義=佐藤優に類似するが,やはり東西冷戦というバックグラウンドと西側・東側のムスリムへのコミットメントの差は考慮すべきである)だったので,曲の背景にはそれらの総本山である米国(をはじめとする西側諸国)の支配者達への嫌悪感が流れている。

☆ もうひとつ指摘しておくなら,ストラマーとジョーンズが作った「クラッシュの音」の指向性にはベーシックな部分でモット・ザ・フープルがあることをこの曲から再確認させられるということだ。『Mott(革命)』と『The Hoople(ロックンロール黄金時代)』の後期2作からの影響を濃く感じさせられる。もちろんそれが『ロンドン・コーリング』でのガイ・スチーブンス(モット・ザ・フープルのアルバムプロデューサー)の起用に繋がるのだが,それだけでなく「バイオレンス・ロック」の異名を取った彼等の音楽的破壊衝動をパンク/ニューウエイブ・シーンの中に再現しようという試みがこのアルバムの前半にある。モット・ザ・フープルの影響は意外に広く,クイーン(彼等のヘッドライナーとして一緒にコンサートツアーを行った)が代表的だが,意外なところではRCサクセションを挙げておける(さてどこでしょう?)。いろんな意味でモット・ザ・フープルは再評価が必要だと思う。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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