2017-08

喫茶店の黄金時代






☆ あべ静江はよく考えたらミスDJの元祖みたいな存在だと思う。1973年5月25日にリリースされた「コーヒーショップで」(作詩:阿久悠 / 作曲:三木たかし / 編曲:馬飼野俊一)は,名古屋嬢だったしーちゃんを一気に全国区にしてしまったが,この曲の1番に出て来る城が名古屋城ではチョッとイメージが違う感じがある。なんとなく松本城(ということは学生は信州大学)がイメージされてしまうのだけど実際どうだろう?

☆ 阿久悠はこの手の「青春日記帳」の名手で,こういうスケッチ風の抒情詩を書かせると松本隆と双璧だけど,それでもこの時代随一だったなあと思う。1973年という「時代感」は,全共闘のピークから連合赤軍事件を経て,明らかに倦怠感(すぐ後に命名されて「シラケ世代」)に変わっていく一瞬のところだろう。御三家も三人娘も代替わりするのがこの時期で,後の世代が「昭和歌謡」と名付けるのは専らこの70年代がピークとなっていく。




☆ 喫茶店と言えばガロ「学生街の喫茶店」に止めを刺す。Wikipediaにもあるように作詩した山上路夫は具体的な店のイメージを持っていなかったそうだ。興味があるのはこの曲(1972年6月20日リリースだがWikipediaにもあるように実際には73年冬・春シーズン最大のヒットである)のモデルになったお店ではなく,そのお店でかかっていたボブ・ディランの曲が何だったのだろうということ。意外と「Blowin' in the Wind」じゃないかなと思う。というのも日本のフォークブーム(特に70年安保やベトナム反戦に向けた)はプロテスト・ソングとして立ち上がっていること。この反対側にショウビズが用意したグループ・サウンズを持ってくるのは容易いがそんな単純な話でもない。いずれにしてもそういうコアなプロテスト・ソングの系譜が中村東洋らの熱心な支援もあり本来の意味での「ニュー」ミュージックに繋がっていったからだ。

☆ 彼等にとっての「ニュー」は,ヌーベル・ヴァーグなどと同じで,「古き者を打倒し打ち立てるべし」あるいは「それらに代わってしまえ」という意思があった。だからショウビズのコマーシャリズムに再構成(リストラクチャリング)され取り込まれた後に彼等は決したこの言葉を使わなかったのだ。そういう時代の雰囲気にあったボブ・ディランは『ナッシュビル・スカイライン』や『新しい夜明け』ではない気がする。

☆ 喫茶店のフォーマットはこの時代に確立した,と書けばそれは嘘っぱちである。そもそもの形の喫茶店は60年代には出来上がっていた。ただ70年代に入ると大衆化していった。理由は明白で外食が産業としての産声を上げ,(昼間に)外で食べることや飲むことの敷居が低くなったのである。



☆ しーちゃんのようつべのコメントで沢口靖子と比較しているコメントが若干あったが,このジャケから見れば卓見かもしれない。
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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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