2017-11

グルーヴとは何か(スタッフ'76年末の珠玉の名演から考える)






☆ Groove という単語は,元々は溝(みぞ)という意味だった。今でも英和辞典を見れば真っ先に「(木材・石材・金属の表面に刻んだ)溝, 溝筋, わだち, 水路;(レコード盤の)溝.」と書いてある。この一番最後のレコード盤の溝が転じてグルーヴになっていくのだが,いわゆるグルーヴやグルーヴィという表現はジャズ・エイジに生まれたようである。またポピュラー音楽でいう「ノリ(の良さ)」が一般語に転じて,最高潮とか調子がいいとか最新のといった,いわゆる「カッコイイ系」の言葉として定着したようである。

☆ だからサイモンとガーファンクルが'67年に「59番街の歌」で "Feelin 'Groovy" と歌った時には「ノリノリだぜ」というニュアンスだし,アース・ウインド・アンド・ファイヤーの「レッツ・グルーヴ」も全く同じノリになる。ちなみにアースのこの曲の日本版がウルフルズの「ガッツだぜ!!('95年)」という感もある(笑)。

☆ グルーヴはだけど,上に置いたスタッフの「ザッツ・ザ・ウエイ・オブ・ザ・ワールド」(アースの曲で元々リチャード・ティーの持ち曲)みたいなものが本質じゃないかなと思う。ティーの最初のピアノ・タッチでニューヨーク「ボトムライン」は熱狂する。一瞬で魔法をかけたかのように。この「間」と「余韻」がティーのグルーヴだとすると,それに続くグルーヴはスタッフという唯一無比の空間を作り出した6人のグルーヴだと思う。

☆ 良く聴けば,それぞれの楽器が干渉しつつもその干渉が響き合って,さらに「間」と「余韻」を深めながら曲が進行していく。それぞれの楽器は控えめにソロを取り(典型は曲のコーダ部分。いまだかつてあんなコーダは知らないし,これからも聴くことはないだろう),その全体が緩やかな(これがスタッフのグルーヴの本質でもあるが)流れとなってライブハウスを満たしていくのである。

☆ だがそれは単なる心地良いBGMであると同時に,原曲の詩が持つ強いメッセージを決して疎かにしない「たおやかさ」に満ちている。この曲の持つ当時の人種問題という背景は,いま(2016年)米大統領選の中で,欧州のテロの嵐の中で,同じように問いかけられ続けている。たとえ作者のモーリス・ホワイトがこの6人の過半の仲間入りし(鬼籍に入っ)たとしても。それは曲の最後に聞こえるメッセージと共に曲の寿命を超えてリアルなメッセージとして生き続けてもいる。

☆ 40年前の年末に奇跡のように起こったグルーヴは,現代的な意味を持って,今も生きた(Live)音楽としてここに遺っている。こういうものが,僕にとっては,永遠のグルーヴなのだと思う。

関連記事
スポンサーサイト

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング

FC2ブログランキング

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

最近のエントリ

最近のトラックバック