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2020-01

「水無し川」 (かまやつひろし 1975年11月)


初出:2012年3月11日

☆ ムッシュにとって『あゝ、我が良き友よ』(1975年4月5日)は,フォークの時代にごった煮の音楽世界を出しましたという作品だったのだろう。実際に「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」の「語り」は,シャンソン的というよりどこか東洋的幽玄を思わせる。「シンシア」でのよしだたくろうとのコラボから始まり,フォーク・ビレッジ(当時はスポンサーがライオンになっていたと思う)の司会(今でいえばDJというよりキャスター的)とこのアルバム。シングル「我が良き友よ」の懐古趣味的ヒットと一連の流れがあって,一方で「フォーライフ・レコード」旗揚げ事件から始まるショウビズに対するニューミュージックという「居場所」の登場と音楽よりそれを担う若者たちの意識が変化していく中,松本隆=吉田拓郎作品でフォーマットはフォークだが,意外と歌の中身はそういう世代の本音を見ていた感もあった。

「水無し川」(作詩:松本隆 / 作曲:吉田拓郎 / 編曲:瀬尾一三)



☆ 本音といえば,離婚騒動を抱えていた吉田拓郎が作品至上主義的シングル「となりの町のお嬢さん」で自身のフォーライフ旗揚げをしたことにこの曲を引用して,こっちの歌詩に拓郎のホンネがあるよね,なんてクレジットも見ずに若者(当時)は知ったか話で盛り上がったものだった。そういう連中が拓郎の次のシングルに飛び付いたのは言うまでもない。ただ,瀬尾一三の編曲によるこの曲のコーダは「明日に向かって走れ」的ではあるなあ。

2020年1月7日付記

☆ 松本隆は「都会の人」であり,彼がこの時代に描いた『微熱地図』は,都会人の目で見た「都会に来て,そこに住む人々の生活模様」だった気がする。それは阿久悠や阿木燿子的「時代の気分」とは微妙にずれていて,この「ずれ」は,はっぴいえんど以降の「割と普遍的な物語」を描いていくという彼の一貫した姿勢だという気もする(この時代の松本隆作品で「その色」が最も出ているのは筒美京平と組んだ太田裕美の一連の作品だと思う)。

☆ 瀬尾一三が上手くアレンジして都会っぽさを出しているものの,この曲は当時も今も「フォーク」と呼びならわされてきたポピュラー音楽のカテゴリにすっぽりとはまる作品だと思う。そのことは作曲者の吉田拓郎も意識していただろうと思うし「拓郎節」に見合ったフォークの形にしたのは,かまやつさんが拓郎と組んでヒットさせた「シンシア」の延長線上にこの曲を置けば男のメンタリティとしての「やさしさ」に触れざるを得ないからだろう(主人公の相手役の女のヒトは「黒い長髪」だし^^)。

☆ その肌触りが何とも心地良かったのは当時も今もあまり変わるところが無い(世代的なものだとは思っている)。だから「昭和歌謡」なんて言葉を好きなように使う人達には「この曲も広い意味での "昭和歌謡" だよ」と伝えたい。なぜならこの曲には今はない戦後昭和のエートスというかメンタリティがあるから。

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テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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