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2019-11

言ってはいけないこと=さかしまの定義 (じいさん学 第4講)



☆ プライドの高い人とか国なんてのが,世の中にはある。自尊心と書くくらいだから「自分第一主義」の気配がする(笑)。ところがプライドの中には厄介なものが混じっている。そういうのを「さかしまのプライド」という。

Saturday in the Park (Robert William Lamm)


☆ 「さかしま」って何だ?「さかさま」の間違いじゃないのか。確かに「逆さま」のことではあるのだが,元々は1冊の本に遡るようだ。ジョリス=カルル・ユイスマンス(Joris-Karl Huysmans, 1848年2月5日 - 1907年5月12日)の作品 À rebours に訳者の澁澤龍彦が付けた邦題『さかしま』が起源らしい。

☆ 「さかしま」という言葉にはどことなくひねくれ感が漂っている。素直に「さかさま」と書けばいいところを,ざわざわ「さか(し)ま」と書くのである。Wikipediaのこの書物の項にはこう解説してある。

> 1884年に刊行され、象徴主義、デカダンスの作品として、モーリス・メーテルリンク、ポール・ヴァレリーやオスカー・ワイルドなどに影響を与えた。「さかしま」は「逆さま」「道理にそむくこと」といった意味(英訳では"Against the Grain"または"Against Nature")。「デカダンスの聖書」とも評される。

☆ さて今度は「デカダンス」である。とある女性(名前はあえて挙げない)のビヨン...いや止めておこう。そういう意味ではなく「退廃」でしょという声が聞こえそうだから(苦笑)。で,しつこく「デカダンス」の項目に移ると

> デカダンス(フランス語: décadence)は退廃的なことである。
> 特に文化史上で、19世紀末に既成のキリスト教的価値観に懐疑的で、芸術至上主義的な立場の一派に対して使われる。フランスのボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、イギリスのワイルドらを指す(デカダン派を参照)。

☆ デカダンスの立ち位置は啓蒙主義⇒ロマン主義の流れにあるだろう(ぼくは学者ではないので細かいことは分からん^^)。既存のものへの懐疑から理性優先主義とその反動としてのロマン主義があり,既成秩序への疑念が様々な形で表面化してきたのが19世紀末だと思われる。社会主義や無政府主義もそうだろうし,デカダンスも同じとは言わないが既存の「キリスト教的価値観」への異議申し立て(ここにはたぶんマックス・ヴェーバーのプロテスタンティズムも包含されるのだろう。要は昔々ゲージツ系の若者達がまるで共産主義者のように「プチブル(小市民)」と嗤い飛ばしたあの態度みたいなやつ)なのだろうと思う。

☆ そう考えていくと「さかしまのプライド」は一見プライドを放棄しているようにみえて,実はもっと強固にプライドを維持していることになる。こういうところには用心して近づかない方がよさそうに思える。その典型的な話がやくざに関する話だ。

Gangsters (The Specials 1979年5月4日)



☆ この話はどれほど多くのノンフィクション・ライターが口を揃えるように書いているだろうか,という話だ。とても単純な話で

: やくざに向かって「やくざ」と言ってはいけない。
: やくざが「やくざ」と自称するのは構わない。

☆ あたりまえのことだ。「やくざ」とは「役に立たない」という意味だから,たかだか取材相手から "あなた方「役立たず」の皆さんは..." などと言われたら,それこそ看板で生きている人間の看板に泥を塗りつけるようなことだから。では,なぜ極道の皆様は自ら「役立たず」を意味する「やくざ」を自称するのだろう?

☆ これが「さかしまの定義」である彼らのプライドだということになる。「やくざ」という言葉を本物のやくざに使っていいのは,やくざ本人を別にすれば生涯のカウンターパートであろうマル暴の刑事ということになる。この辺はミステリ/ハードボイルド/警察小説などでおなじみの「文法」であるはずだが,改めて「さかしまのプライド」の強固さに対する感慨を覚えるのである。

☆ やくざの話とは関係ないのだが,日本のロックにもこうした「さかしまのプライド」を描いた名作がある。

TWO PUNKS (作詩・作曲:森山達也)



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「Black Friday」 (Steely Dan 1975年5月)



☆ スティーリー・ダンが初来日したのはリユニオン後の1994年だったが,確かそのセットリストに「Black Friday」が入っていて,背景映像にチッカーテープ(株価が右から左に流れるもの(日経CNBCで見られる))が流れていて思わず笑ってしまったのを覚えている。

☆ 世の中に "Black ○○day" は6種類あると思われる。7種類でないのは日曜日には市場が無いからで,日曜日は残念なことに "Bloody"(流血の)という日が数多ある。以下Wikipedia英語版で一部を紹介する。

Monday
28 October 1929 – Stock markets in the United States began to crash, prior to Black Tuesday.⇒いわゆる「大恐慌」のとどめの2日の片方(翌日に続く)。
19 October 1987 – Black Monday (1987) Stock markets around the world crashed, shedding a huge value in a very short time.⇒いわゆる「ブラック・マンデー」。
29 September 2008 – September 2008 stock market crash. Following the bursting of the US Housing Bubble, stock markets around the world crashed, leading to the Great Recession.⇒いわゆる「リーマン・ショック」に係わるもの。

Tuesday
29 October 1929 –いわゆる「大恐慌」のとどめの2日のもう片方。

Wednesday
16 September 1992 –いわゆる「ポンド危機」。負けたのはイングランド銀行,勝ったのはジョージ・ソロスとスタンレー・ドラッケンミラー(クオンタム・ファンド):『ビッグ・ミステイク』によると,スターリング・ポンド売りのアイディアはドラッケンミラーの発想でソロスはそれを大々的にやるよう指示したという。

Thursday
October 24, 1929, the start of the Wall Street Crash of 1929 at the New York Stock Exchange. "Black Tuesday" was the following week on October 29, 1929.⇒あまりにも有名な「暗黒の木曜日」。

Friday
October 25, 1929

Black Friday (shopping) Wikipedia 日本版より
ブラックフライデー(英語: Black Friday)とは、11月の第4木曜日の翌日にあたる日のことである。小売店などで大規模な安売りが実施される。
アメリカ合衆国では感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日は正式の休暇日ではないが休暇になることが多く、ブラックフライデー当日は感謝祭プレゼントの売れ残り一掃セール日にもなっている。買い物客が殺到して小売店が繁盛することで知られ、特にアメリカの小売業界では1年で最も売り上げを見込める日とされている。また、年末商戦の幕開けを告げるイベントでもある。
日本語では黒字の金曜日とも訳される。

KARAOKE


お手本
Black Friday (Walter Becker / Donald Fagen)


Billboard Hot 100 1975年
5/24:76位(New Entry) ⇒ 5/31 63位 ⇒ 6/7 52位 ⇒ 6/14 43位 ⇒ 6/21 37位(最高位) ⇒ 6/28 37位 ⇒ 7/5 42位 ⇒ 7/12 100位外

PERSONNEL
Donald Fagen – Lead vocals, piano, keyboards
Walter Becker – Bass & guitars. Lead guitar on “Black Friday”
Special Guests:
Hugh McCracken – Guitars
Denny Dias – Guitars
Rick Derringer – Guitars
Dean Parks – Guitars
Elliott Randall – Guitars
Larry Carlton – Guitars
Michael Omartian – Piano & keyboards
David Paich – Piano & keyboards
Victor Feldman – Vibraphone & percussion
Wilton Felder – Bass
Chuck Rainey – Bass
Jeff Porcaro – Drums & dorophone
Michael McDonald – Background vocals

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「お富さん(春日八郎 昭和29=1954=年8月)」


初出:2006年10月7日

春日八郎ベストセレクション春日八郎ベストセレクション
(2007/04/11)
春日八郎

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「お富さん」 (作詩:山崎正 / 作曲:渡久地政信)


粋(いき)な黒塀(くろべい) 見越(みこ)しの松に 婀娜(あだ)な姿の 洗い髪(がみ)
死んだはずだよ お富さん 生きていたとは お釈迦様でも
知らぬ仏の お富さん エ-サォ- 玄冶店(げんやだな)

☆ 昭和歌謡というか戦後を代表する歌謡曲の第一級の作品である「お富さん」は,その軽快なテンポと春日八郎の歌唱がマッチして時代を超えたヒット曲となった(昭和29年リリース。この曲の潜在的な影響力があったのは,それから30年間ほどであろう)。

☆ かつて存在したお富さんの紹介サイトにもあるように(以前もどこかで書いた話だったと思うが),この作品の歌詞は江戸歌舞伎を題材に引いている。完璧だと思うので,そのサイト「昭和歌謡とわれらの世代」 by Ringo House の記述をそのまま引用する。

> この歌の歌詞は、歌舞伎の有名な演目である「与話情浮名横櫛」(よわなさけうきなのよこぐし)の一場面「源氏店」(げんじだな)から題材を得ている。それまでの春日八郎の歌の傾向からすれば、いや、というより、バラエティに富んだ流行歌が数多く存在した歌謡曲全体を見渡しても非常に珍しいテーマであった。

> そして、この芝居で最大の見せ場が「源氏店」の場で、他人の妾であったお富さんと許されざる恋に落ちた与三郎は相手の男にばれてメッタ切りにあい、お富さんは海に落ちた。九死に一生を得た与三郎は三年後、松の木が見える黒塗りの塀の家で死んだはずのお富さんと出会うというシーン。そこで与三郎の「しがねえ恋の情けが仇」の名セリフが出てくるわけだが、山崎正の歌詞はこの部分を実にうまくメロディにはめ込んでいる。

☆ 説明文に誤記があるので朱字で訂正している。「玄冶店(げんやだな)」は当時の実在地名なので,当時の習俗上そのまま使うことは憚られた。そこで「冶」と字のつくりが似ている「治」(ちなみに「冶」という字の読みにも「じ」があるという複雑さ!)を使うと「げんじ」と呼べるので,これに「源氏」の字を当てるという鯔背(いなせ)ぶりだ。

☆ ここ数年「艶女(アデージョ)」とか「ちょい悪」とかの類の詰まんねえエセ日本語が氾濫しているが,もう少し江戸の鯔背(いなせ)に学んだらどうだと言いたい。こういう場面ですぐに「粋」を使いたがるが,女がで男は鯔背だ。だから昔「いなせなロコモーション」をシングルカットしたサザンの桑田は結果的に正解ということになる。婀娜(あだ)と艶(あで)やかは語感が近い。そして婀娜を辞書で引くと「女性の色っぽくなまめかしいさま」と書いてある。誰が考えても「婀娜女(アダージョ)」が正解だろう。(´∀`)


2019年11月28日付記

☆ この当ブログの古典(自爆)は,掲載当時それなりのレスポンスがあった(苦笑)。上記に紹介したサイトは既に無いためWikipediaのお富さんの項から引用する。

> 「お富さん」は作詞を山崎正、作曲を渡久地政信が担当し、当初キングレコードのスター歌手であった岡晴夫が歌う予定だったが、岡がコロムビアレコードに移籍したため、急遽若手の春日に歌わせたところ、リリースから4か月で40万枚、最終的に125万枚を売り上げるセールスとなり、春日の出世作となった。

> 「お富さん」は当時宴会で歌われていた猥褻なお座敷ソングに代わる、いくらか軽い調子で替え歌のしやすいものを狙って作曲した、と渡久地は述べている。沖縄出身で奄美大島育ちの渡久地は、四分の四拍子のリズムのなかに八分の六拍子をアクセントとして加えたブギウギのリズムを基に、手拍子や軽快なヨナ抜き音階など沖縄音楽・カチャーシーの要素と、チンドン屋のリズムの影響を受けた奄美新民謡の要素を織り込みながら曲を書いた。

☆ この曲は「チャ・チャン・ガ・チャン(「ガ」のところが休符)」のリズムで手拍子を打てる。このノリが戦後歌謡のグルーヴになった。

> 作詞の山崎はキングレコードからの復古調のものをという要求に応じて、戦前・戦中の諸芸能の世界では定番だった歌舞伎の『与話情浮名横櫛』(通称:切られ与三郎)からセリフを大量に取り入れている。ただし、山崎は特に歌舞伎に通じていた訳でもなく、作曲した渡久地に至っては「カブキは嫌いで、見た事もない」と述べている。「粋な黒塀」「見越の松」「他人の花」といった仇っぽい名詞句を何も知らない子供までもが盛んに歌ったが、 そのアウトロー的な歌詞は教育上の社会問題となり、NHKが子供が「お富さん」を歌う事の是非を問う討論番組を組むほどだった。

☆ 歌謡曲(ポピュラーソング)の歌詩というものは,いつの時代も物議を醸す(物が出てくる)。この後の大ヒット曲だって子供には「夜明けのコーヒーを二人がどういう状態で飲むのか」(「恋の季節」:作詩 岩谷時子 1968年7月20日)なんて気にも留めないし,「胸騒ぎの腰つき」(「勝手にシンドバッド」:作詩 桑田佳祐 1978年6月25日)がいかなるものかも想像すらしないものである。知らないから問題だというのは例の「寝た子を起こす」論になる訳だが,流行歌は取りあえず「時の流れに身を任せ」て消えてしまうから目くじらを立てるなとなっていく。討論番組を組むというのはそれだけ時代がナイーヴだったからで,こういう時代背景を考えずに単純に現代との対比やそれに基づく類比をしてはならないのである。

☆ ところが歌舞伎のポピュラリティーは現代より当時の方がもっとあったことは間違いない。実際,北村薫が父親のことを描いた『いとま申して』三部作を読んでいると昭和初期の歌舞伎(役者)は現代のロックミュージシャンと同じくらいのポピュラリティがあるし,歌舞伎自体も例えばクラシック音楽のような「教養としての素養」として扱われていたことが分かる。これが,ぼくが子供の頃には「伝統芸能」扱いとなり,少しずつ今の形に近くなっていった(その間には看板役者の代替わりも当然あった)。歌舞伎にポピュラリティがあったと言っても,それは「大人の娯楽」としてあったからで,子供が無邪気に口にするのは憚られる部分は,確かにあった。

☆ 「昭和歌謡」という言葉を簡単に使っている人達が意識しているかどうかは分からないのだが,古い流行歌のリズムは七五調が基本になっている。宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」が「ど演歌」と呼ばれたのは,彼のだみ声のせいだけでなく,リズムが七五調だったからだろう。もっとも中島みゆきは素知らぬ顔で「わかれうた」を七五調で書き,朗々と歌って大ヒットさせたという例外もある(笑)。

☆ 春日八郎は岡晴夫を意識してこの歌を朗々と歌い大ヒットさせた。実は戦後の混乱がまだ残っている時代は「暗い歌」より「明るい歌」が望まれたのだと思う。この歌の題材は全く明るくないにもかかわらず(実際こういうのを "修羅の道" という^^;),お座敷ソングになったのはまさにこの朗々とした歌いっぷりにあったのだと思う。

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1979年11月24日付 Billboard Hot100


Hot10
1 No More Tears (Enough Is Enough) Barbra Streisand/Donna Summer
2 Babe  Styx 最高位No.1
3 Still Commodores 最高位No.1
4 Dim All The Lights Donna Summer 最高位2位
5 Heartache Tonight Eagles
6 Please Don't Go KC And The Sunshine Band 
最高位No.1
7 You Decorated My Life Kenny Rogers
8 Send One Your Love Stevie Wonder
9 TUSK Fleetwood Mac
10 Pop Muzik M 最高位No.1

☆ 「No More Tears (Enough Is Enough)」はバーブラ・ストライサンド,ドナ・サマーの双方にとって4曲目のNo.1ヒット(ドナにとっては最後のNo.1)。ディスコ・クイーン,ドナはこの時期が絶頂期で『バッド・ガールズ』からのシングル第三弾「Dim All The Lights」がまだ第4位にいる。スティックスの「ベイブ」は彼らに初めて,かつ唯一のNo.1をもたらした。コモドアーズ「Still」はライオネル・リッチー節全開の見事なバラード。

☆ しかし6位「Please Don't Go」(KC And The Sunshine Band)のTKレコーズと「No More Tears」「Dim All The Lights」のカサブランカ・レコーズがこの後程なく倒産するとは当時誰も想像できなかっただろう。改めて見てみるとこんな分類。

(ディスコ系)
1 No More Tears
4 Dim All The Lights
10 Pop Muzik

(アダルト・コンテンポラリー系)
2 Babe

(ブラック・コンテンポラリー系)
3 Still
6 Please Don't Go

(メインストリーム・ロック)
5 Heartache Tonight ※カントリー・ロックとも
9 TUSK

(カントリー系)
7 You Decorated My Life

(サウンドトラック)
8 Send One Your Love ※ただし商業映画ではなく植物の生態を描いた科学映画

☆ 全くバラバラなチャートであることが分かる。実際,ケニー・ロジャーズはこの頃からがキャリア最高の黄金期だし,Mのロビン・スコットは坂本龍一とコラボ作品を創るがそこまで,イーグルスもフリートウッド・マックも活動停止に進み,ドナはディスコ・クイーンからのイメージチェンジに苦しむ。バーブラに至っては変なストーカー紛いの被害を受ける始末で,スティックスは代表作『コーナーストーン』に続きこの後も良作を何作か出すという感じ。

Babe (Dennis DeYoung)



PERSONNEL
Dennis DeYoung - vocals, keyboards
Tommy Shaw - guitar solo
Chuck Panozzo - bass guitar
John Panozzo - drums
1979年12月8日付No.1
【最高位】
No.1:米国(Billboard/Cashbox),カナダ,南ア
3位:豪州,ニュージーランド
6位:英国,11位:蘭,18位:ベルギー

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「カイシャ夫婦」の考察 (じいさん学 第3講)


☆ われわれが生まれた瞬間から縁を持つ法律は民法になる。この法律にはヒト(自然人)も定義しているし,意思表示という切り口から人がどこから始まり,その権利はどこまで有効になるか書いてある(例えば胎児の権利は出生により遡って有効になる(遡及効)なんて話)。

☆ 実際「民法」は冠婚葬祭ではないが,ヒトの一生に直接係わる法律である。ここは別に「じいさんのやさしい法律教室」ではないので,枕はこのあたりにしたいところだが(苦笑),カンコンソウサイのコンとは関係なさそうな話をしようとしている。それが「カイシャ夫婦」の話だ。

Saturday in the Park (Chicago 1972年7月13日)



☆ と,言いつつ,もう少し「じいさんのやさしい?法律教室」が続く。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と書いてあるのは日本国憲法(第24条1項)で,この条文に「両性」と書いてあるから,同性婚ができない(事実婚は当事者が法律上の権利保護を受けられない(そうなりにくい))。だから憲法改正の対象が自衛権に関する項目でなくこの条項であれば賛成という人も少なくはない。

☆ では民法にはどう書いてあるか。「婚姻は、戸籍法 (昭和22年法律第224号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。」(第739条1項)とまあ具体的な手続論に入っている。著名人がブログなどで「入籍しました」と嬉しそうに書いている時は,この手続をしたことになる。とまあ,こういう話を始めると石川達三の『青春の蹉跌』の冒頭部分みたいになってくるのでそろそろ本題に戻さなければいけない(自爆)。

We've Only Just Begun (The Carpenters 1970年9月12日)
(Paul Williams; Roger Nichols)



☆ 「カイシャ夫婦」とは何か?この言葉から考えられる平凡な二つのパターンを挙げる。① 社内恋愛もしくは社内結婚したカップル(がそのまま勤務している)、② 社内の不倫カップル。①は夫婦そのもの,もしくはその予備軍だし,②は事実婚もしくはそれを前提とする関係であることが大部分だ。でも「カイシャ夫婦」には③の道がある。その「第三の道」とは

③ 仕事上のパートナーでありながら「何となく親密すぎる」リレーションシップ

こういうペアがいるでしょ。「シティーハンター」みたいなの(古っ!)。これです。この人達です(爆)。

☆ こう書くと「夫婦って言うけど同性間が最初から排除されているのはおかしいじゃない」という声が聞こえてきそうだ。確かにそうなんだけど,LGBTという話でなく同性間のリレーションシップの場合はむしろ「社内政治」で語られる部分が多い。もちろん「カイシャ夫婦」の構成要素に「社内政治」があって利害得失の関係上「ひっついている」(⇒そういう人は往々にして「腰巾着」と揶揄されている)場合もある。だからそういうケースを別として,あまりそういう利害関係がない部分での「傍から見ても親しすぎるリレーションシップ」についてのみ「カイシャ夫婦」とさせていただきたい。

I Won't last a day without you (The Carpenters 1974年3月25日)
(Paul Williams; Roger Nichols)



☆ 「カイシャ夫婦」のペアは仕事ができる(基本的に。あるいはドラマやアニメや映画的に)。息もあっている。それだけだったら,どこのプロジェクトにもみられる。課内全員が「お友達」のような暖かな組織も多い。が,物事には閾値というか限界がある。「カイシャ夫婦」はどうみても「越えている」のである。

☆ 別の角度から見れば「カイシャ夫婦」には依存関係(片方は明確な依存であり,他方は意識せざる共依存であろう)があり,それはフツーの「信頼関係」を超えているように傍から見えるのだ。誰も口に出して言わないが,心の底では羨ましいと思っている。その深層心裡においては,ハッキリ鬱陶しいと思っている。

☆ むかしむかしそんな「カイシャ夫婦」と同じ部署になったことがある。片方は優秀な幹部候補生でもちろん妻子持ち。もう片方は入社時から優秀で知られた実務家でこちらは独身。で,ある日偶然この二人が会社を休んだ。たぶん偶然だろうし,ぼくがその部署にいた時にそういうことはその後二度と無かったのだが,それでも「彼女の同僚」達はざわざわしていた。それから余り経たない時期に忘年会があり,やはり少しだけ座が乱れた。オンナゴコロも微妙だが,「カイシャ夫婦」も微妙な存在だと思った。

I need to be in love (The Carpenters 1976年5月21日)
(Richard Carpenter / John Bettis / Albert Hammond)




じいさん「ココロの川柳」集
カストリの 域に達して ひと安心
果たしたる コミットメントに どや顔で
でも次の 手持ちがなくて 青くなり
なせばなる 開き直りで ネタ探し
(おそまつ...)

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特別補講「くたばれ黒転金曜日」(音楽と「文字」「絵」のみ^^)








👇
Script by Southern Rocker

Track 1 from their fourth album “Katy Lied” released in 1975 copyright ABC Records. This was their first release after the breakup of the original five member lineup due to conflicts over touring and recording schedules. Becker and Fagen were no longer interested in touring. The album was recorded using the best session musicians available, and features Michael McDonald, Jeff Porcaro and Larry Carlton. The album achieved Gold status within a couple of months and went Platinum in 1993. Recorded from CD. Written by Walter Becker & Donald Fagen and produced by Gary Katz. RIP Walter Becker, Hugh McCracken, Wilton Felder, Jeff Porcaro, Victor Feldman, Phil Woods, Jimmie Haskell & Bill Perkins. Featuring:

Donald Fagen – Lead vocals, piano, keyboards & sax
Walter Becker – Bass & guitars. Lead guitar on “Black Friday” & “Bad Sneakers”
Special Guests:
Hugh McCracken – Guitars
Denny Dias – Guitars, lead guitar on “Your Gold Teeth II”
Rick Derringer – Guitars, lead guitar on “Chain Lightning”
Dean Parks – Guitars, lead guitar on “Rose Darling”
Elliott Randall – Guitars, lead guitar on “Throw Back The Little Ones”
Larry Carlton – Guitars, lead guitar on “Daddy Don’t Live In That New York City No More”
Michael Omartian – Piano & keyboards
David Paich – Piano & keyboards
Phil Woods – Alto sax on “Doctor Wu”
Jimmie Haskell – Horn & horn arrangements on “Throw Back The Little Ones”
Bill Perkins – Horn on “Throw Back The Little Ones”
Victor Feldman – Vibraphone & percussion
Wilton Felder – Bass
Chuck Rainey – Bass
Jeff Porcaro – Drums & dorophone
Hal Blaine – Drums on “Any World (That I’m Welcome To)”
Michael McDonald – Background vocals
Myrna Matthews – Background vocals on “Everyone’s Gone To The Movies”
Sherlie Matthews – Background vocals on “Everyone’s Gone To The Movies”
Carolyn Willis – Background vocals on “Everyone’s Gone To The Movies”

※歌詩は上のYouTube参照。
(Note)
Muswellbrook, New South Wales(英語版Wikipediaより抄)

Muswellbrook is a town in the Upper Hunter Region of New South Wales, Australia,about 243 km (151 mi) north of Sydney and 127 km (79 mi) north-west of Newcastle.

The Steely Dan song "Black Friday" from the 1975 album Katy Lied contains the lyrics:
"When Black Friday comes,
I'll fly down to Muswellbrook, gonna strike all the big red words from my little black book.
Gonna do just what I please, gonna wear no socks and shoes, with nothing to do but feed
all the kangaroos."

> Songwriter Donald Fagen explained the lyrics in an interview with Paul Cashmere of Undercover Music; "I think we had a map and put our finger down at the place that we thought would be the furthest away from New York or wherever we were at the time".




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「ORANGE MECHANIC SUICIDE」 (ORIGINAL LOVE 1988年8月/Reissue 2000年10月24日)



「ORANGE MECHANIC SUICIDE」 (作詩・作曲:田島貴男)

☝GJ!

このヴァージョンを初めて聴いたのは『変身』(1999年3月17日)の時だったので,結構なインパクトを受けた記憶がある。その後,2000年の暮れかもう少し後に洋盤CD店に行ってこのCDとバズコックス『スパイラル・スクラッチ』を見つけ狂喜して即買ったのを思い出す(爆)。まだネットショッピングもそれほどなかった時代で(その2年後ならアマゾン,4年経たずに楽天で買い始めたが),歴史的名盤のリイシュー(というより初CD化)が2枚も出てくるなんて地方のアナログショッピングの時代にはキセキに近かった。

☆ Wikipediaのこのアルバムで目が留まったところ。
> このアルバムが制作されるに至るまで、オリジナル・ラヴはその音楽性を幾度か変化させてきたが、その経緯について田島は「そもそもレッド・カーテンを作ったきっかけっていうのは、自分の曲がたくさん出来ちゃってたから、それを発露したかったんです。具体的に“どういう音楽をやりたいんだ?”ってヴィジョンはなかったんだけど…オリジナル・ラヴもそうなんだけど…レッド・カーテンをやることによって“ポップな音楽っていうのは、どういう音楽なんだろう?”っていうことを探していきたかったっていうか、そんなことをやってた気がしますね」
> 「だからなのか、僕たちがやってたことは、その当時からどこにも入らないような感じでしたね。当時“ネオGS”って呼ばれているバンドたちがあって、結構盛り上がってたんですよ。僕らも彼らが作ったコンピ盤[『ATTACK OF... MUSHROOM PEOPLE』 1987年4月15日発売 MINT SOUND RECORDS LP:MSR-1004]に参加したから、そういった人たちとのくくりで見られることも多かったけど、ネオGSをやっているっていう意識はやっぱりなかったな。ヘンなニュー・ウェーブっていうか、聴きようによっちゃあ、サイケにも聴こえるし、モノクローム・セットっちゃあモノクローム・セットとも言える、煮え切らないサウンドだったんじゃないですかね」

☆ このアルバムを聴いた時点(2000年代初頭)のぼくの感想は「ネオアコ」と「アーバン・ブラック」のクロスオーヴァー。たじまん発言にモノクローム・セットが出てくるのが興味深い。彼らがラフ・トレードからヴァージン(ディンディスク)に移った1980年前後の作品は当時ヴァージンの国内ディストリビューターだった日本ビクターの洋楽部から出ていてそれなりにしっかり聴いているので(笑),この曲などにもその影響の一端はあるのだろうが,むしろラーズ以降のマンチェスターのネオアコシーンに近い気もする。

☆ 『RED CURTAIN –Original Love early days–』(2011年3月2日)の対談(ライナー)ではXTCの名が出ていたが,XTCであれば,スティーヴィ・リリーホワイトの「重低音ポップ」後の路線(『English Settlement』~『Mummer』あたり)の感じがある。昔この曲の変化を取り上げて「ネオアコからアーバンブラックへ」と書いたら,ファン度の高い人間と間違われチョッと困ったことがあった。CDなら相当聴き込んだが,遂にバンド時代のORIGINAL LOVEは行けずじまいだったから。

ORIGINAL LOVE
TAKAO TAJIMA : YAMAKI Acoustic Guitar, Vocals
TAKASHI MURAYAMA : 6st-Electric Guitar, 6st & 12st W-Neck Electric Guitar
MAKOTO ORI : Bass, Keyborads
YUKIHIRO AKIYAMA : Drums, Percussions

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「Rock'n Me」 (The Steve Miller Band 1976年8月)



初出:2012年4月7日(未成 歌詩・抄訳・YouTube追加:2019年11月17日:19日多少修正^^;)

FLY LIKE AN EAGLE: 30TH ANNIVERSARYFLY LIKE AN EAGLE: 30TH ANNIVERSARY
(2006/06/28)
Steve Miller

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☆ 英語版Wikipediaにしっかり指摘しているが,この曲のリフはフリー「All Right Now」である(そこまで断言はしていないが,もう少し上品にこう書いている)。

> The song's bridge riff bears a heavy resemblance to the main riff of All Right Now by Free.

☆ 確かにガッと音を入れて,それに続いてつま弾くところはフリーの名曲の影響が色濃く出ている。もっともスティーヴ・ミラー御大も元はと言えばブルース・ロックから始めた人なので,ブルース的なリフを効果的に使ったとは言えると思う。

Rock'n Me (Steve Miller)


Well I've been lookin' real hard
ああ,全くずっとキツイ感じだったぜ
And I'm tryin' to find a job
しかも何とかして仕事を見つけなきゃいけなかったんだ
But it just keeps gettin' tougher every day
だけど日に日に状況ってヤツがしんどくなってきてさ
But I got to do my part cause I know in my heart
でもまあ俺(おい)らはそんな中でも自分の役割をしっかりやってたのさ
I got to please my sweet baby, yeah
あの娘を喜ばさなきゃいけないって分かってたからな

Well, I ain't superstitious
ああ,俺らは別に縁起を担ぐ方でもないし
And I don't get suspicious
ましてや疑り深いってこともない
But my woman is a friend of mine
だけど俺らの彼女からすればあくまでも友達の一人だってことで
And I know that it's true that all the things that I do
でもまあ,俺らがすることの全ては正解な訳で
Will come back to me in my sweet time
甘~いひと時がちゃんと戻って来るってことさ

So keep on rock'n me baby
だから,俺らを乗せてくれよ
Keep on a rock'n me baby
ずっとこのままノリノリで
Keep on a rock'n me baby
だから,俺らを乗せてくれよ
Keep on a rock'n me baby
このノリで俺らと決めてくれ

I went from Phoenix, Arizona
アリゾナのフェニックスにさ,行ってたんだ
All the way to Tacoma
タコマの方からぐるっと回って
Philadelphia, Atlanta, L. A.
フィラデルフィアだとかアトランタとかロスまで行ってね
Northern California where the girls are warm
北カリフォルニアじゃ女の子はみんな暖かい心で
So I could be with my sweet baby, yeah
だから俺らも自分の彼女と居られたらなあって思ってたのさ

Keep on a rock'n me baby
Keep on a rock'n me baby
Keep on a rock'n me baby
Keep on a rock'n me baby
Baby, baby, baby
Keep on rock'n
Rock'n me baby
Keep on a rock'n
Rock'n me baby

Don't get suspicious
そうそう疑り深くなるんじゃないよ
Now don't be suspicious
今じゃ誰も何も疑っちゃないだろ
Babe, you know you are a friend of mine
だからさ,君は俺らの大切な友達のひとりだってこと
And you know that it's true
マジなことって分かってるだろ
That all the things that I do
俺らがずっとやってきたことはみんな
Are gonna come back to you in your sweet time
ここに戻ってお前さんと甘~い時間を過ごすためだったってことをさ

I went from Phoenix, Arizona
All the way to Tacoma
Philadelphia, Atlanta, L. A.
Northern California where the girls are warm
So I could hear my sweet baby say
で,俺らも彼女がこう言うのを聞きたくなったって訳さ

Keep on a rock'n me baby
あたしと決めてベイビー
Keep on a rock'n me baby
ずっとこのままのノリで
Keep on a rock'n me baby
このまま決めてよベイビー
Keep on a rock'n me, rock'n me, rock'n
あたしと決めてベイビー,決めてね,決めて
Baby, baby, baby
ベイビー,ベイビー,ベイビー
Keep on a rock'n me baby
Keep on a rock'n me baby
Keep on a rock'n me baby

☆ スティーヴ・ミラーという人は朗々と歌う印象がある。「ジョーカー」や「アブラカダブラ」は淡々と歌っている印象が強いが(この2曲がその他のNo.1作品)「フライ・ライク・アン・イーグル」や「ジェット・エアライナー」やこの曲のような歌い方の方が彼っぽい気がする。それと,この曲はアメリカの色んな町の名が出てくるが,サンフランシスコのシーンを引き継いだヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「ザ・ハート・オブ・ロックンロール」に繋がるような感じがする。

2019年11月17日追記

☆ スティーヴ・ミラー・バンドとして2作目のNo.1(1976年11月6日付)ヒットのこの曲。息の長いヒットだったのでチャート推移はこうなる。

Billboard Hot 100 1976年
8/14 85位(New Entry)→70位(8/21)→56位(8/28)→37位(9/4)→27位(9/11)→23位(9/18)→21位(9/25)→18位(10/2)→13位(10/9)→11位(10/16)→10位(10/23)→3位(10/30)→No.1(11/6)→6位(11/13)→7位(11/20)→11位(11/27)→23位(12/4)→76位(12/11)→ランク外(12/18)

☆ 「Rock'n Me」がトップに立った近在のヒット曲を挙げると
Walter Murphy & The Big Apple Band 「The Fifth of Beethoven(運命'76)」
:10/9付 No.1
Rick Dees & His Cast Of Idiots 「Disco Duck」
:10/16付 No.1
Chicago 「If You Leave Me Now(愛ある別れ)」
:10/23~30付 No.1
「Tonight's The Night(Gonna Be Alright) (今夜決めよう)」
:11/13~'77 1/1 ☆8週連続No.1

☆ ディスコ旋風第一陣が吹き荒れた1976年夏~秋のチャートが落ち着く(シカゴのピーター・セテラとロッド・スチュワートがこの年を代表するバラードヒットを飛ばす)場面で,この時期唯一のロックンロール・ヒットだったのがこの曲。

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無人講義











【告知】
理由があって通常講義を1週間延ばすことにしました。

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「Sweet Home Alabama」 (Lynyrd Skynyrd 1974年6月24日)


初出:2007年3月17日
セカンド・ヘルピングセカンド・ヘルピング
(2006/06/21)
レーナード・スキナード

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Sweet Home Alabama
 (Ed King - Ronnie Van Zant - Gary Rossington)



Big wheels keep on turning
列車は走り続けるのさ
Carry me home to see my kin
故郷の親戚に会うために俺を連れて行く
Singing songs about the Southland
南部のことを歌ったあの歌を口ずさみながら
I miss Alabamy once again
アラバマ娘にまた逢い損なったら
And I think its a sin, yes
それは罪深いことじゃないか

Well I heard mister Young sing about her
そこで,俺はヤング氏が彼女について歌ったのを聞いたんだ。
Well, I heard ole Neil put her down
そして,俺はニールさんが彼女のことを書き留めたのを聞いた
Well, I hope Neil Young will remember
だけど,俺にはニール・ヤングさんには覚えておいて貰いたいことがある
A Southern man don't need him around anyhow
「南部の男」はどっちにしても,お前さんに用はないってことさ

Sweet home Alabama
アラバマは素敵な故郷
Where the skies are so blue
空はどこまでも青い
Sweet Home Alabama
素敵な故郷,アラバマ
Lord, I'm coming home to you
そうとも,俺はお前の元へ戻って来たんだ

In Birmingham they love the governor (boo boo boo)
バーミングハムでも州知事は好かれているぞ (まさか,ね)
Now we all did what we could do
今では俺たちは,自分に出来ることはきちんとやって来た
Now Watergate does not bother me
今ではウォーターゲート事件は俺たちを悩ますことはない
Does your conscience bother you?
キミの良心は,そんなにキミを苦しめているのかい
Tell the truth
本当の事を言ってみろよ

Sweet home Alabama
アラバマは素敵な故郷
Where the skies are so blue
空はどこまでも青い
Sweet Home Alabama
素敵な故郷,アラバマ
Lord, I'm coming home to you
そうとも,俺はお前の元へ戻って来たんだ
Here I come Alabama
俺はアラバマに戻ってきたのさ

Now Muscle Shoals has got the Swampers
マッスル・ショールズのスタジオではスワンプ・ロックをやる連中が溢れている
And they've been known to pick a song or two
そこで奴らは1曲か2曲書き留めるのさ
Lord they get me off so much
どうか俺らをそこから引き離さないでくれ
They pick me up when I'm feeling blue
奴らは俺が憂鬱な時に元気づけてくれる
Now how about you?
お前はどうなのさ

Sweet home Alabama
アラバマは素敵な故郷
Where the skies are so blue
空はどこまでも青い
Sweet Home Alabama
素敵な故郷,アラバマ
Lord, I'm coming home to you
そうとも,俺はお前の元へ戻って来たんだ

Sweet home Alabama
アラバマは素敵な故郷
Oh sweet home baby
素敵な故郷さ,ベイビー
Where the skies are so blue
空はどこまでも青くて
And the governor's true
州知事は正しい行政を行っている
Sweet Home Alabama
アラバマは素敵な故郷
Lordy
そうだろ
Lord, I'm coming home to you
俺は,お前の元に戻って来たんだ
Yea, yea Montgomery's got the answer
州都モントゴメリーがその答えだ

【Notes】
・Neil Young:カナダ出身のシンガー・ソング・ライター。バッファロー・スプリングフィールド,CSN&Y,スティルス=ヤング・バンドで活躍。クレージー・ホースを率いて今もなお現役バリバリの「戦うミュージシャン」のひとりであり,アメリカン・ミュージックの最も重要なミュージシャンのひとりである。「A Southern man」は,彼の作品。

・Birmingham:アラバマ州バーミングハム市。アフリカン・アメリカンの公民権運動発祥の地。

・Watergate:ワシントンにあったビルの名前ならびにそのビルの名を冠した20世紀米国政治史上最大の疑獄事件。再選を図るリチャード・ニクソン大統領(共和党)の意を受けた大統領再選委員会のメンバーが1972 年にこのビルの中にあった民主党全国委員会事務局に侵入し,盗聴器をしかけようとして未遂に終わった事件。1974 年、ニクソン大統領は引責辞任。この事件をスクープしたワシントン・ポスト紙の記者ボブ・ウッドワード(当時30歳)は,現在もアメリカを代表する第一線のジャーナリストとして著作を多く出している。

・Montgomery:アラバマ州の州都モントゴメリー市

2稿:2015年6月8日
セカンド・ヘルピング/レーナード・スキナード
¥1,851 Amazon.co.jp


Sweet Home Alabama
(Ed King, Gary Rossington, Ronnie Van Zant)




PERSONEL
Lynyrd Skynyrd :
Ronnie Van Zant – lead vocals
Ed King – lead guitar, backing vocals (first "woo" at the end of the last chorus)
Leon Wilkeson – bass guitar, backing vocals (second "woo" at the end of the last chorus)
Bob Burns – drums
Billy Powell – piano
Allen Collins – rhythm guitar (left channel)
Gary Rossington – rhythm guitar (right channel), acoustic guitar (left channel)

Additional personnel :
Al Kooper – backing vocals (left channel)
Clydie King – background vocals
Merry Clayton – background vocals

Produced by Al Kooper

2019年11月14日追記
☆ アラバマ州は合衆国南部に位置している。四方は東西南北の順にジョージア,ミシシッピ,フロリダ,テネシーの各州があるディープ・サウスというのがどこを指すのかわからないが,州の愛称がThe Heart of Dexie(南部の心臓部)ということだから,まあここもそうなんだろう。アラバマの名はネイティブ・アメリカンであるチョクトー族の言葉を語源とするようで,後年はアラバマ族が自らの部族名としたという。

☆ アラバマと言えばクリムゾン・タイドだ。これはスティーリー・ダンの「Deacon Blues」の歌詩に出てくるアラバマ州立大学のフットボールチームの愛称で,後年この名を冠した映画(1995年5月12日全米封切 トニー・スコット監督作品)も公開されている。

☆ この曲やアラバマ州についてはWikipediaのそれぞれの項目解説が適切であると思うので,ここに付言することはありません。
【CHART】
Billboard Hot100 1974
93位(7/27:New Entry)→72位(8/3)→56位(8/10)→44位(8/17)→36位(8/24)→28位(8/31)→22位(9/7)→18位(9/14)→14位(9/21)→10位(9/28)→9位(10/5)→19位(10/12)→15位(10/19)→8位(10/26:最高位)→8位(11/2)→44位(11/9)→93位(11/16)
☆ チャート歴を見て興味深いのは,初登場順位と最終(17週目)順位が同順位で,これ以外にも同順位を2度繰り返すものが二つ(8位と44位)あったり,一度順位を落としてから最高位に到達したりしていること。
カナダ:第6位,英国:31位(2008年リバイバル時:44位),スイス:51位,豪州:56位,西独:87位

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二項対立(「EASY ACTION」(The Street Sliders 1987年7月22日))


☆ 世の中にThe Street Slidersの作品が無い(見たところ2014年再発盤含め,全て廃盤)という状況は少し勿体無いように思う。このバンドはキャラクターを立てる(ポストモダンの80年代に共通のテーマ)ことに成功し,記憶に残る活動をしてきたからだ。

☆ 彼等の代表作を聴けば,このバンドが主に1970年代前半(『スティッキー・フィンガーズ』から『ブラック・アンド・ブルー』まで)のローリング・ストーンズのアーシーで粘っこい音を彼らなりに消化してアップデートしていたことが理解できよう。それは単純なコピーではなく,醸し出すグルーヴによってそろそろ始まりつつあった当時のバンドブームを先駆し,差別化することに成功した。Wikipediaのこのバンドの項には,次のような評価があり,ほぼ賛成だ。

> ブルースを基調にした音楽性と、時代に媚びることのない姿勢は、2000年の解散までぶれることがなかった。

「Easy Action」 (Joy-Pops / 村越弘明)



☆ Joy-Popsは,HARRY(村越弘明)と蘭丸(土屋公平)の共同名義。歌詩が物議を醸したのは昔の話で(笑),「じいさん学」のところで触れたように「風刺には批評性が必要」という条件は満たしている。本来的には「ウチら」と「お宅ら」の二項対立をテーマにしているから,いまみちともたか(バービーボーイズ)の詩の世界に近い。カリカチュアの対象には「それで商売してるんだろ?」という皮肉な問いかけもあれば,「お宅らは勝手にやれば。ウチらはウチらでやらしてもらうから。でもまあ、なんかださいよね。お宅さぁ」くらいのは滲んでいるだろう。そういう毒をあっさりというかちゃっかり自分のものにしているしたたかさこそ,当時の「差別化とセグメンテーション大好きな」ポストモダンな人たちに受けただろう。シンプルにキャーキャー言ってる関東圏の女の子達の方が,よほど純粋でよかったのだが(爆)。

☆ くどいけど(自爆)「毒」のあり方をもうひとこと。二項対立は一神教に見られるように人類にとってかなり長いテーマである。算数だか数学だかで「集合」論の基礎を学んだ時に「集合と補集合」という話があったが,一神教の教義はあれに収まる(神様の世界と,「それ以外」)。「ウチら」と「お宅ら」の差異・差別化は「大きな物語」を捨てるというポストモダンのベースにある考え方に則っているから,特にロックンロール以降のこの音楽のようなカウンターカルチャー出身の文化活動には背骨のようなものでもあるし,そこに気付かないまま「オータナティヴ」を気取ると,逆にこの曲のターゲットになってしまうというピエロ的な展開すらありうる。

☆ 「ウチら」の引き立て役としての「お宅ら」は同時に「ウチら」の限界であり,アキレス腱である。そこまで承知したうえでこの二項対立を使わないと「木乃伊取りがミイラになる」ことに気付かないだろう。偉そうに愛だの人生だの語ろうが,目先の流行りに振り回されながら自己満足に浸るのも,「お宅ら」で勝手にやってよ(=EASY ACTION)。「ウチら」はウチらで気楽にやらさせてもらいまっさ(=EASY ACTION)。つまり野暮を野暮と言わずに(言えば自分も野暮になってしまう)切り抜けるってことを二項対立を使って軽く揶揄しているところが,決まってるのだ。

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もし大門未知子がドラッカーの『マネジメント』を読んだら (じいさん学 第2講)


☆ タイトルは前回話したパロディの一例であるが,このタイトルには幾つかの要素と前提がある。
① 必読書 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』 (岩崎夏海 2009年12月4日)
② 必見 「ドクターX~外科医・大門未知子」の本編もしくは派生作品、あるいは本作について書かれた複数の報道・評価記事
③ ①において解説されるP.ドラッカー『マネジメント』要点の理解
④ ②の作品としての特徴(もしくはそれに対する評価・批判内容)

☆ タイトルを解く鍵は「このドラマの視聴者は何を望んでいるか」。キーワードは「予定調和」と「勝利の方程式」。裏鍵は「なぜ俳優は定番化したシリーズ作品に出演することを躊躇(ため)うのか」。はてさて。



☆ マンネリブランドという言葉を初めて聞いたのはバブル崩壊の頃だったかもしれない。当時のマンネリブランドの代表が,今や大西洋を股にかけた大規模買収合戦(M&A)の当事者であるルイ・ヴィトン(モエ・ヘネシー)とティファニーであることがジジイ的感慨を覚えさせるところはあるが(苦笑)。マンネリブランドには,この他に「ラー系」(シャネラーが代表選手)もあった。

☆ ブランドはWikipediaによれば「ある財・サービスを、他の同カテゴリーの財やサービスと区別するためのあらゆる概念」だという。その線で言えば「マンネリブランド」は誰もが持つ(マンネリ化)状態になっても「他の同カテゴリーの財やサービスと区別する」ことが可能な概念(を持つ商品)と言い換えられる。このことを格好良く言えば「ロイヤルカスタマー」を持つ商品となるだろう。

☆ 大門未知子が(読むとも思えないが)ドラッカーを読めば自分の顧客が「状況」であることを意識するだろう。それは「失敗が許されない極限」であり「余人を以て代え難い」状況である。これって「この人が出てこないと話が解決に至らない」状況と読み替えられるだろう。そして予定通り「その人」が「決め台詞(例:「私,失敗しないので」)」などと共に登場し,その状況を解決する。そいういうのを「予定調和」などと称しているが,「そういう展開を見ること」で一種の「カタルシス」を得るところに,こういう作品(小説から舞台・映画・テレビドラマ等に至るまで)の「マンネリブランド」性が存在するのだ。

☆ 「予定調和」の話はライプニッツの「モナド論」に載っているとある人のブログに書いてあったので,Wikipediaで見るとこう書いてある。

> ライプニッツは、現実に存在するものの構成要素を分析していくと、それ以上分割できない、延長を (ひろがりも形も) 持たない実体に到達すると考えた。これがモナドである。(略)モナドは部分を持たない厳密に単純な実体であるから、複合的なもの同士が関係するような意味で「関係」することはできない(略)厳密に相互に独立している。
> (略)モナドの自然的変化は内的な原理から生ずる。ちょうど、あらかじめ時刻を合わせた二つの時計のような意味での、神の創造の時点で予定・調整された「調和」である。(後略)

☆ 「神の創造の時点」まで遡ることはないが(笑),少なくとも「おはなし」が書かれ(書き終わっ)た時点では,結末が見えている。言い換えるとドラマが始まり,主人公がその話に絡んできて,その回のテーマに主人公が直面すれば,必ずその問題に対する解(ソリューション)が与えられるという意味で「予定調和」という意味に同一性らしきものを与えることができる。



☆ こういう話を好む人たちがいる。年輩の人に多いが「見ていて安心できる」とほぼ口を揃えて言う。それが若い人などから見れば「退屈で鬱陶しい」ということになったとしても,昔のようにテレビが一家に一台という訳でもなく,ましてやスマートホンやゲームなど画面を楽しむ娯楽は彼らが生まれ,育つ頃には既に溢れるように存在した。「チャンネル権」の争奪の必要はなくなり,それぞれが見たいものを心置きなく見る(時間差視聴のための録画機器も揃った)。そうすればスポンサーの資金に依存する民間放送は何を重視するか?言うまでもなく「ロイヤルカスタマー」だ。結果として「マンネリブランド」を画面に確立することができれば,民間放送局にとっては「勝利の方程式」が成立したことになり,「一度当たった番組」が「なかなかやめられない」という状況が始まる。

☆ 保守的という言葉には複数の意味がある。ぼくが若い頃からこういう言い方(貶し方)があった。

「あの人も年齢(とし)を取って "守りに入る" ようになったな」

☆ 別にじいさんになって突然早朝野球に目覚めた訳ではなく,保守的になったとか,もっと辛らつに「自分の地位を守るようになった」なんて意味で使われている。「守るべきものがない」というのは昔のロックの歌詩には溢れていた。当然その裏側には「だから何なんだ」という年長者への潜在的な挑戦意識が備わっている。ところが「30(40)過ぎは信じるな」で10代,20代を駆け抜けた過去はどこへやら,という50代~70代が如何ほど居ることか!それは生命体の宿命である。不老長寿なんて周囲に迷惑をかけることを望みはじめ(爆),抗加齢(アンチエイジング)だのピンピンコロリだのに血道をあげ「健康のためなら死んでもいい」と思うようになれば立派なホシュピタリアンである。そういう人々が目指すものは(マーケットは?)A:予定調和!

☆ ところで,この話には重要な要素が抜けている。それは「そういう人々が見ているテレビの画面に登場する俳優達も,視聴者と同じだけ年齢を取る」という当たり前の事実である。自分のキャリアが一つの代表作に「閉じ込められる恐怖」はたぶん渥美清さんも感じていただろう。この恐怖は俳優にしかわからない。「多くの人が望んでいます」は彼ら彼女らに最初は勲章のように近づき,気がつけば身体をグルグル巻きにしている。米倉涼子が何だかんだ言われながらブロードウエイへの出演を続けようと目指すのは「自分のために踊り(by氷室京介)」たいからで,同時にそれは「操る糸」を引きちぎりたいからだ。

☆ ザッツ・オール。シー・ユウ!


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「Hard Times」 (Boz Scaggs 1977年10月) 一部訂正あり


初出:2008年1月29日(You TubeとPERSONNEL,チャート追記:2019年11月4日)
ダウン・トゥー・ゼン・レフト(紙ジャケット仕様)ダウン・トゥー・ゼン・レフト(紙ジャケット仕様)
(2005/11/23)
ボズ・スキャッグス

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Hard Times (B. Scaggs)
From the album "Down Two Then Left"
Recorded February 1977
Released November 1977
(Single Version)



I am down in the sea of confusion
僕の心は混乱の海の中に沈んでいる
'Neath the waves of no recovery
感情の波に呑まれ,回復はおぼつかない
Swept away by a distant voice calling
遠く離れた電話の声に心を奪われ
Ain't no use in trying to rescue me
もうどうやっても自分自身を救い出すことが出来ないようだ

I am falling
僕は落っこちていく
Back into your spell
君の魔力の元に
Back into your cell of no return
引き返すことの出来ない君の魅力の中へ
No way to rescue me
僕には自分を救い出す方法がもう分からない

I still see you
今でも君を見詰めている
Reaching out
手を伸ばして
To take your hold on me
この身体を抱きしめてくれるのを待ちかねる
Through a crack in the moon
月の裂け目を抜けて
I believed you
僕は君を信じ続けた
But I know this time there ain't no use
けれどもそれは何の意味もないことだと僕は知らされたのだ

I am falling
僕は落っこちていく
(I am falling)
(落ちていく)
Back into your spell
君の魔力の元に
Back into your cell of no return
引き返すことの出来ない君の魅力の中へ
No way to rescue me
僕には自分を救い出す方法がもう分からない

Falling.. back into your spell
落ちていく...君の魔力の元に
Back into your cell of no return
引き返すことの出来ない君の魅力の中へ
No way to rescue me
自分を救い出す方法はもう分からない

I am falling
僕は落っこちていく
Back into your spell
君の魔力の元に
Back into your cell of no return
引き返すことの出来ない君の魅力の中へ
No way to rescue me
僕には自分を救い出す方法がもう分からない

(Falling)
(落ちていく)
Back into your spell
君の魔力の元に
Back into your cell of no return
引き返すことの出来ない君の魅力の中へ
No way to rescue me
自分を救い出す方法がもう分からない

PERSONNEL
Boz Scaggs – lead vocals, guitar solo
Ray Parker Jr. – guitar
Michael Omartian – keyboards, synthesizers
Scott Edwards – bass
Jeff Porcaro – drums
Victor Feldman – claves
Jim Gilstrap – backing vocals
John Lehman – backing vocals
Zedric Turnbough – backing vocals

Chart
Billboard Top 100(1977年)
10/15:84位(NewEntry)→10/22:74位→10/29:62位→11/5:60位→11/12:58位(最高位)→11/19:95位

2018年11月4日追記
☆ 『ミドル・マン』(1980年4月)や映画『アーバン・カウボーイ』からのシングル「Look What You've Done to Me(燃えつきて)」が出た後,そこまでの活動をまとめた『ヒッツ!』(1980年)がリリースされた。LP時代,このアルバムの選曲は日米で異なっていた。確か米国盤の「You Make It So Hard (to Say No)」と「Dinah Flo」が日本盤では「Slow Dancer」、「Hard Times」と「Hollywood」に差し替えられていたのではなかったか。これには当時「口やかましい方々」からクレームがついていた(笑)。

☆ 日本盤の差し替え理由は明白で,『シルク・ディグリーズ』(1976年2月18日)の時にうまく売り出しそこなったボズも『ダウン・トゥ・ゼン・レフト(原題:Down Two Then Left)』(1977年11月)の頃にはすっかり「ソフト&メロウの第一人者」として売り出すことに成功していたからだ。だから本邦でリスナーにリーチした曲が彼のマイナーながらも初ヒットの曲に代わり,『スロー・ダンサー』のオープニングを飾る熱唱よりもよりソフト&メロウ色の強いタイトル曲のほうが日本盤に相応しいという判断だったのだろう(何せLPレコードはAB面合わせて45~47分が限界(=特に90分のカセットテープに収録するには)だったのでCD時代のようにたくさんボーナストラックは入れられなかった)。

☆ でもまあ,『ダウン・トゥ・ゼン・レフト(こちらが現在の表記)』,アルバム自体は最高位11位,プラチナ・アルバムとかなりのヒットだったにかかわらず,シングルは意外ヒットせず,伸びたのは彼のヴォーカルだけだったので(汗),当時の基準では本国のヒット曲集には入れにくかったと思う。

☆ 既出だが『シルク・ディグリーズ』がボズ・スキャッグスというブルーズ・ロック/ブルー・アイド・ソウルを出自とする一人のミュージシャンの音楽的履歴書的な(かつアルバム制作時の立ち位置を明確にした)作品であったのに対し『ダウン・トゥ・ゼン・レフト』は,むしろ『スロー・ダンサー』の頃のソウルフルな歌唱に立ち返る意図を感じる。それは彼のヴォーカルの特徴である「少し粘っこいところのある熱さ」を際立たせているものの,「ロウダウン」のクールネスや「二人だけ」「港の灯」のムーディーさは幾分後退しており,ましてディスコ系が全盛となっていくこの時期には「やや古さ」を感じさせたのかもしれない。シングルのエアプレイの不調はそういうところにあると思うし,彼もその部分は十分に考えて次作『ミドル・マン』制作に挑んだのだろうと思う。

2019年11月6日修正内容
『Down To Then Left』と『Hits!』を聴き直して幾つか修正しました。
① 邦題は最初から『ダウン・トゥ・ゼン・レフト』
② ポーカロがシンセ・ドラムを叩いているのは別の曲なのでPersonnelを修正
③ 日本盤の『Hits!』(LP盤:CD化)で「Hard Times」の収録を確認

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じいさん学の運用と展開


☆ 最初この話はジジイ学にしようかと思っていたのだけれど,自分がジジイであることは書いている自分にしかわからない。すると見る(読む)人によっては,本当はぼくより年下なのにも拘らず「このクソガキ(もしくは「厨房」とか「豎子」とか)は,偉そうに儂のことをジジイ扱いしおる」などと激怒されても,お互いに生産的ではないので(爆),二・三歩後退して「じいさん学」とでも名付けておけば無難かなという実に忖度な選択をして,ここに至った。

Saturday in the Park (Robert Lamm)



☆ 山中千尋の昔のアルバムで彼女がいきなりこのイントロを弾き始めた時はびっくりした(落語の「まくら」のようなものだが)。じいさん学といってもそんな学問は未来永劫現れないだろう。シルバー学だの何だのは商業ベースで腐るほど出てくるだろうから。別にじいさん学でなくてもよかったのだが,ぼくが性的に男(Male)で同一性を保っている以上「ばあさん学」とは言えないというか認められないからそう言っているだけのことだ。

☆ 要はジジイの繰り言(言ってしまった^^;)にタイトルをつけただけのことである。普通ならこの後に締めの言葉を書いて「第一回は無事に終了しました」となるのだが,このブログのパターンでは「このスレは無事終了しました」と書き換えられそうなので第二回の話まで進んでおこうというちゃちなマヌーヴァーに従ってダラダラ書いているのである。

☆ ぼくが(というか性的・自己同一性的に "Male" である者なら生物学的に同一であるとして)紅顔の美少年ならぬ「厚顔のブ青年」だった頃,「本の雑誌社」というミニコミの会社が生まれた。今は月に2回ほど日本経済新聞木曜日のブックレビューを執筆されている方がむかしむかしに始めたガリ版刷りのブックレビューをルーツに持つそのコミュニティ(そこに入れなかったコピーライターの女性が悔し紛れに「ギルド」と称したが,その女性に至っては同じ新聞の朝刊連載小説を執筆する大御所になった)から様々な才能が飛び出していった。その頃の文体は誰が名付けたか「昭和軽薄体」と呼ばれていたのだが,いまだにそのテキストの影響から抜け出すことができない。村上龍の『オールド・テロリスト』ではないが,70近くなって半世紀前にしでかしたことの責任を公安警察から追及されている生涯一過激派の面々のようなしつこさである。

☆ そういえば「アジ演説調」という話し方も,今般の若い方々はご存じないかもしれない。アジ演説自体は今でもある訳で,気が短い首相の選挙応援演説の周りで「あんな人達に負けてはいけないのです」などと失言を誘うのがその党派的=戦略的典型例なのであるが(爆),あれにも古式ゆかしき話法があった。ジジイの身で想像すると,聴衆に対する浸透効果を期待しているのが半分,次に何を言おうか考えているのが半分という具合に思えたが,こんな感じである。

我々わぁ~
日帝のぉ~
反動的支配にぃ対してぇ~

何となく分かるでしょ(笑)。その後の文脈を,隣の某(反)覇権大国ふうに続けると

強烈なるぅ~不満とぉ~
断固たるぅ~抗議をぉ~
この集会においてぇ~
示すものであるぅ~
and so on (und so weiter / et cetera)

とか,そういうテキストに収れんすることになる(爆)。これはメガホン(コードレスマイクとかPAとかないのよ,その頃は)を使って大勢(百名単位)の参加者に主義主張をブチ蒔くには非常に分かりやすい手段だったからだ。

☆ 思うに「パロディ(もしくは風刺)」というものは,対象に対する考察が入っていなければ単なるあおりや嫌がらせと変わらなくなる。そして世の中には手段と目的をわざと反対にして,誰それを攻撃するためにパロディ的手法を使い「あれはパロディ(風刺)ですから」といけしゃあしゃあと仰る御方がいる。もちろんそれは程度問題で,あまりやりすぎると「名誉毀損(に対する損害賠償請求)」という対抗手段を取られてしまうことになる。そうでなくてもSNS(のコメント欄)や掲示板が炎上するのは,この手の話からというのが定番にあるからだろう。

☆ という訳で,お次は次回(目指せカストリ=連続三号^^)。




PS. 念のために書き添えておくけれど「日帝」とは当時の学生運動(サヨク)用語で「日本帝国主義」の略称のこと。

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Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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