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2019-09

「Sorry Seems to Be the Hardest Word(悲しみのバラード)」 (エルトン・ジョン 1976年11月1日)


☆ 1970年代半ば,エルトン・ジョンはとんでもないヒットメイカーだった。Wikipediaから引用するとこうなる。

> 1972年の『ホンキー・シャトー』以降、『ピアニストを撃つな!』(1973年)、『黄昏のレンガ路』(1973年)、『カリブ』(1974年)、『グレイテスト・ヒッツ』(1974年)、『キャプテン・ファンタスティック』(1975年)、『ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ』(1975年)が7作連続全米首位を記録し、1975年には『キャプテン・ファンタスティック』で全米ビルボードのアルバムチャート史上初の初登場1位を記録するなど、この時期に彼は数多くの成果をあげた。

> この時期の作品の中で最も成功したとされるのが、1973年発表の2枚組『黄昏のレンガ路』である。現在もコマーシャルなどで頻繁に使用されるタイトル・ナンバーや、後にリメイクされて幾度もヒットする「風の中の灯のように(キャンドル・イン・ザ・ウィンド)」などを収録したこの作品は、現在も一般的な彼の最高傑作として評される。また、1975年発表のアルバム『キャプテン・ファンタスティック』は、全米ビルボードのアルバムチャートでは史上初となる初登場1位を記録した。1974年に発売されたベスト盤『グレイテスト・ヒッツ』は、彼のアルバムとしては最も大きな商業的成功を収め、米国では歴代15位のベストセラーとなっている。シングルでは「クロコダイル・ロック」「ベニーとジェッツ」「フィラデルフィア・フリーダム」「アイランド・ガール」の4枚の作品が1位。他のアーティストとのコラボレーションも盛んに行い、ニール・セダカとの共演「バッド・ブラッド」、ジョン・レノンとの「真夜中を突っ走れ」「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」なども全米1位に輝いた。

Sorry Seems To Be The Hardest Word (Elton John / Bernie Taupin)



What have I got to do to make you love me
きみがぼくのことを好きになってくれるために,
ぼくは何をしたらいいのだろう
What have I got to do to make you care
きみがぼくのことを気にしてくれるようになるために,
ぼくはどうすればいい
What do I do when lightning strikes me
きみの言葉が稲妻のように僕の体を貫いた時,
ぼくは何をすればいい
And I wake to find that you're not there
そして目を覚まし,きみの姿がそこに無いと分った時に

What do I do to make you want me
きみがぼくを必要としてくれるためには,
ぼくは何をすればいいのだろう
What have I got to do to be heard
その言葉が聞かれるためには,
ぼくはどうすればいい
What do I say when it's all over
全てが終わったときみが言う時,
ぼくはどう言えばいい
And sorry seems to be the hardest word
そして「悪かった」のひと言が,
いちばん言い辛い言葉である時に

It's sad, so sad
それは本当に,本当に
It's a sad, sad situation
どうしようもなく悲しい状況だ
And it's getting more and more absurd
全ての物事が,より馬鹿げた状況になっていく
It's sad, so sad
それは辛く,哀しすぎる
Why can't we talk it over
どうして,ぼくらは言葉を交わすことができないのだ
Oh it seems to me
そう,それはぼくにとって
That sorry seems to be the hardest word
「悪かった」のひと言が,
この世でいちばん言い辛い言葉に思えるのだ


It's sad, so sad
It's a sad, sad situation
And it's getting more and more absurd
It's sad, so sad
Why can't we talk it over
Oh it seems to me
That sorry seems to be the hardest word

What do I do to make you love me
What have I got to do to be heard
What do I do when lightning strikes me
What have I got to do
What have I got to do
When sorry seems to be the hardest word

☆ 1970年代を代表するソングライター・チームの高みがエルトン(曲)とバーニー(詩)であることは間違いないと思う。ただし,彼らのコラボレーションはこの曲を含む2枚組大作『Blue Moves(蒼い肖像:1976年10月26日リリース)』でいったん終わる。エルトンの驀進は当然それに比例した圧力を彼にかけ続け,この作品を一区切りにエルトンはしばしの休息に入る。

☆ 『蒼い肖像』のジャケットに描かれたペインティングには女性の姿が無い。アルバム発売当初から,そのことが噂になっていた。エルトンを描いた映画『ロケット・マン』が封切られ,洋楽ファンはこの映画を通して彼の足跡を辿ることができる。彼は引退していないので「廃線歩き」と一緒にしては失礼だとは思うが(苦笑),こういう形で一人のミュージシャンをレビューする機会があるというのは悪いことではないと思う。

☆ エルトン・ジョンは,作曲家としてはロックンロールからバラードまで書けるレンジの広い人だと思う(そういう意味ではポール・マッカートニーや矢沢永吉に似ている)。70年代(エルトンにとっては20代からアラサーの頃)彼が手掛けたバラードはいずれも珠玉の作品だと思うが,この曲は(曲としては)図抜けている気がする。

PERSONNEL
Ray Cooper – vibraphone
Carl Fortina – accordion
James Newton Howard – electric piano, strings arrangement
Elton John – piano, vocals
Kenny Passarelli – bass

最高位
3位:カナダ,アイルランド
6位:米(ビルボードHot100)
7位:ニュージーランド,米(キャッシュボックスTop100)
11位:英、オーストラリア
※なお米,カナダのイージーリスニング・チャートではNo.1.
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【本文記載】「音楽のような風」 (エポ 1985年8月5日)


「音楽のような風」 (エポ 1985年8月5日)



☆ オープンカフェのイメージを最初に感じたのは,スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』のジャケットあたりじゃなかったかと思う。その頃は既にカフェバーが都会から地方に広がりつつあったし,サントリーは1923で最初のハイボールブームを作り出していた。これも後講釈なんだとは思うが,サントリーがジガーバーを大量出店した頃とカラオケ(クラリオンがせっせと8トラックのカセットが入る機械を増産していた)スナックが流行り出した頃に,バーという業態が高級クラブを除いてオーセンティック・バーを意味するようになったのではないかと思う。しょうもない話だが松本清張の(小説の)時代に出てくるホステスさんは「バーのホステス」さんなんだが,これは今で言えばラウンジのお姐さんあたりになる。すると今で言う「キャバクラのお姐さん」たちは(まだ「ロンドン」のCMが深夜枠で健在だった)旧来のキャバレーのお姐さんたちということになる。

☆ キャバレーの機能は分割され,片方はキャバクラに進化(?)したが,もう片方はたぶん「ライブハウス」に進化した。だから演歌の人達が生きにくくなるわけである。演歌歌手のかつての「営業場所」には,逆毛立てた兄さんだのパンダのようなアイシャドウをした姉さん(1981年頃のニナ・ヘイゲン様参照)だのがたむろしていたわけだから。そして「真っ昼間からお酒も飲めるよ」という業態がレストラン以外にも出てくるようになり,(オーセンティック)カフェが喫茶店とは別に登場することになる。

☆ 「コーヒーを飲む場所」が欧州人にとって持っていた意味は,二重三重に近代国家や現代資本主義の揺籃(ゆりかご)であることはフランス(革命だよ,デムーラン君)だとかオランダ(株式市場)を見れば明快に分かる。そこはまず「情報をやり取りする」場所であり,「意思を表明する場所」であった。だから今のカフェが「おしゃれ一族」のリアルライフ充実(この言葉の短縮後を見るたびに,ぼくは天才 梅津和時が発見した「生活向上委員会」という概念を思い出す=爆=)の場であったとしても,彼ら彼女らの佇まいが既にカフェの本来持っていた意味(「情報」と「意思」)をその服装(と行動)によって「発信」しているという事実を思い,何とも言えない感慨を持つのである(笑)。

☆ 「音楽のような風」の吹く街角のカフェでお茶をするのも一興だが,鏡を見たら諦めるしかないのだろうな。それとも「ワークマン」にいそいそと出掛けて扇風機付きの作業衣でも買い込み,場違いにもリア充な顔でもしてればいいのか(自爆)。

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「Everything Works If You Let It」 (Cheap Trick 1980年5月)


☆ 『武道館』ライブ盤を全米に広めた功績でボブ・ディランとも並び立つ(爆)チープ・トリックが,すっかり人気者になった後に受けたオファーが映画『ローディー』(80年6月13日全米公開)のサントラというか挿入曲というか。映画は題名からも分かるようにコンサートツアーの縁の下の力持ちの話で,『サタデー・ナイト・フィーバー』以降のダンス映画~音楽映画の線上で企画されたもののようだ。

Everything Works If You Let It (Rick Nielsen)

7インチシングルに起因するヒスノイズ有

☆ なかなか格好の良い曲ではあるが,注文が付けられている(笑)。Wikipedia英語版から紹介すると
> In a retrospective review of the Roadie soundtrack, Whitney Z. Gomes of AllMusic stated: "Cheap Trick's killer opener shotguns the protagonist's motto "Everything Works If You Let It" into an unholy marriage of "Spirit of Radio" and "Hey Jude." This George Martin-ated miracle alone blows away side two..."

> 『ローディー』サウンドトラックアルバムの総括レビューの中でレビュアーのホイットニー Z. ゴメスは次のようにこの作品を評価している。「チープ・トリックの演奏するオープニングの決め曲「Everything Works If You Let It (そうしたきゃ何とかなる)」は映画の主人公のモットーを曲名に引用したものだが,この曲自体はプロデューサーのジョージ・マーチンの手掛けた大技によりラッシュの「Spirit of Radio(1979年制作,80年5月シングルリリース)」(のメインメロディー)とビートルズの「ヘイ・ジュード」(のどの部分を指すか不明だが)のあまり芳しくない結婚を成し遂げており,そのA面が素晴らし過ぎるのでB面のことを忘れ去ってしまうのだ...」。

☆ 爆笑モノの辛辣な批評だが,確かにラッシュの曲を聴いた時「あれっ」と思ったのは事実。この当時のラッシュは全米でグングン売れ始めた時期なので,チープ・トリックの曲に対する「改まったお話」は聞かなかったものの(苦笑),同じサントラからシングルカットされたブロンディーの「Call Me」(実にすごい歌詩の曲である。そういう職業を容易に連想させる=再爆=)のバカ受けに対して,ほぼノーヒットに近い全米44位(全加40位)である。売れたら間違いなく「パクリ騒ぎ」になっていたと思うので,こんなものかもしれない。この曲で味噌をつけてチープトリックは80年代前半苦労するが,後半に同じような苦労をしたエアロスミスと一緒に不死鳥のように復活するのである(笑)。

PERSONNEL
Cheap Trick
Robin Zander - lead vocals, rhythm guitar
Rick Nielsen - lead guitar, backing vocals
Tom Petersson - bass, backing vocals
Bun E. Carlos - drums, percussion

Additional personnel
George Martin - producer
Geoff Emerick - engineer


☆ そのWikipediaに紹介されているように,このシングル,日本では歌詩の一部から「グッド・タイムズ・バッド・タイムズ」と,これまた70年代のクラシック・ロックのタイトルを流用した邦題がついている。この曲は後年,まったくアレンジを変えて(ラッシュっぽさを拭い取って)再レコーディングされているが,格好良さはオリジナルヴァージョンに軍配を上げたい。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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