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2019-07

【追記あり】「Highway Star」 (Deep Purple 1972年3月=アルバムリリース)


初出:2012年5月7日
マシン・ヘッド(SACD/CDハイブリッド盤)マシン・ヘッド(SACD/CDハイブリッド盤)
(2011/08/17)
ディープ・パープル

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☆ 日産自動車にはディ-プ・パープル・フリークがいて,こっそりワンボックスの特別仕様車にこの曲のタイトルを付けたという「都市伝説」がある(真に受けて同社広報に訊きに行かないように^^;)。「ハイウエイ・スター」という曲の魅力はハード・ロック(70年代末からはヘヴィ・メタルの名称が復活し現在に至る)のフォーマットのひとつの完成形で,それまでのプログレッシヴ・アプローチを決して無駄にしていないこと,キーボードとギターがそれぞれソロのパートを持ち,ヴォーカルのパートと分業して長い曲に構成力を持たせている=飽きさせないこと,ジョン・ロードのバロック風の間奏,それぞれの楽器の(意外に)高い演奏力。こうしたアプローチは元よりジャズの特権のようなものだった。しかしジャズのように基本となる旋律をその場の雰囲気と解釈で自由自在に操る(だから「名曲あって更に名演あり」と言われる)のではなく,形式により再現可能なロック音楽のフォーマットの中で,それを試みるというそのアプローチ自体が「プログレッシブ(前衛的)」なものだったと言える。




☆ 言うまでもなく「ハード・ロック」のフォーマットはブルース・ロックの進化形のひとつであり,ディープ・パープルはブルース的なアプローチにプログレッシヴ・ロック的構成力を持ち込み,ジェフ・ベックが考えつき(『ベック・オ・ラ』)ジミー・ペイジが進化させた(レッド・ツェッペリン)ヴォーカルvsメイン楽器(主にギターだが,パープルの場合はギター,キーボードとの三つ巴になるところが特徴的)という70年代ロックのフォーマットがこの第2期ディープ・パープルの登場で完成する。この曲はそのアプローチの豊かな果実と言って良い。まだディジタルにはほど遠い時代の作品ではあるが,それゆえ聴く者は演奏者の飛び散る汗まで感じることが出来るのである。それはこの形式の音楽にとっては幸せなことに違いない。

2019年7月27日

☆ CASEという言葉が現在の自動車産業の課題になっているそうだが,ぼくたちが1960年代後半に小学生向けの絵本というか図鑑というか(当時はこの手の書籍は小学館よりポプラ社の方が強かった)そういう本で見たクルマの中でいまだに実物を見ないものがある。それはエアカーと書いてあった。エアカーのイメージは当時のアニメドラマ「スーパージェッター」(筒井康隆も脚本を書いたと聞く)の主人公の愛機「流星号」で,車の後部から鉄腕アトムのような炎というかそういうものが出ている以外のイメージはリニアモーターカーに近い。ぼく(ら)は,エアカーは車輪の無い車,空中に浮いて滑るように走るクルマをイメージしていた。

☆ これはドローンとは全然違う(爆)。ドローンは空飛ぶクルマというより飛行機の小さいのでしかない。いまニュースで見ることがある『空飛ぶクルマ』の実験車両は全部ドローンの進化形というか変化形としか思えない。のりもの図鑑か何かで見たエアカーは,とうぶんぼく達の前にはその姿を現すことはないだろう。

2019年7月28日追記
☆ ところで「ハイウエイ・スター」のクルマは二輪であろうと思われる。だって歌詩にわざわざ「しっかり掴まれよ(Hold tight)」なんて書いてあるからね。そうすると,この歌詩の流れは間違いなくブルース・スプリングスティーン「明日なき暴走」に繋がる訳で,ただの爆走(暴走)に理由と物語が加わって「ロックの歌詩」が進化することになる。音楽の「時代(共鳴)性」はこんなところにもみられるのだ。

☆ もう一つ。この歌の詩の中に車を潜水艦に喩えるところがあるが,これは逆に四輪で幅広・低重心のクルマ(その頃は「スーパーカー」と呼ばれて,カードが子供のおもちゃにもなっていた)のことだろう。だから60年代のカミナリ族はマフラーを切って轟音を挙げるのを好んだが,70年代の暴走族(旧車會のみなさま,ごきげんよう)は車高を落とす「シャコタン」と轟音の竹槍マフラーに美学を求めた(金持ちならケーニッヒの正規改造車に高いカネが使えた。これなら捕まる(パクられる)心配がなかったからね)。

☆ ほな,もう一丁。2番の歌詩でクルマを彼女に(エアロスミスの「バック・イン・ザ・サドル」やRCの「雨上がりの夜空に」のように逆も成り立つ)喩えるのは,船がクルマのベースになるから。海が女性名詞で船も女性名詞(だったでしょ?違ってたらコメント欄で「優しく指導して」)。でもって車も女性名詞なのかなと。そう言えばGMのCEOメアリー・バーラは親子二代のGM社員だったと思うが,クルマ好きの経営者をカーガイ(Car Guy)という(日本では現在これを一番主張しているのが豊田章男)のにあわせて自称「カーギャル(Car Gal)」だそうな。このGalはアイルランド訛りでもちろんGirlのこと。またダイバーシティより以前からGirlに年齢制限はないのも周知の事実。



☆ 小さい声で言っておくが,どんなロックや歌謡曲だって50年経ったらクラシックだからな。その辺の音楽権威主義者ども,よく聞いとけよ(爆走)。
PS.あまり思い出したくない話だが,最近の重大事件で久しぶりに「捕まえる」という意味で「パクられる」という言葉を使う人間を(報道で)見た。
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Good day U.K.



大和総研ロンドンリサーチセンター 菅野泰夫シニアエコノミストのリポートより

> ジョンソン新党首は、イートン校を経て、オックスフォード大学を卒業したエスタブリッシュメントであり、英国の政治家には珍しく多言語を操る(フランス語、イタリア語も堪能)国際派として知られる。オックスフォード大学では古典を専攻し、これまでに数々の首相を出したオックスフォード大学雄弁会の会長を務めた。

The Eton Rifles (Paul Weller) Released 26 October 1979


英新首相にジョンソン氏、トランプ氏との「ブロマンス」は続くのか 7/24(水) 16:03配信

【AFP=時事】 英国の新首相に選出されたボリス・ジョンソン(Boris Johnson)氏と、米国のドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領の「化学反応」は大げさに宣伝されている──。この化学反応をめぐっては英米の「特別な関係」を復活させる絶好の機会との見方も出ているが、気まぐれな2人がうまくやっていくのは想像するよりも難しいだろう。

23日の英首相選の決選投票で前ロンドン市長のジョンソン氏が選出されると、トランプ氏はすぐさま「偉大になるだろう!」とツイッター(Twitter)に投稿し、「ボリス」を祝福した。

 英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット、Brexit)に対するテリーザ・メイ(Theresa May)首相の対応について「大失敗」とののしったツイートとは大きく異なり、ジョンソン氏への祝福の投稿は、トランプ氏の強い関心をはっきりと表すものとなった。

 トランプ氏とメイ氏の下で、英米間の同盟関係の絆は弱まった。そしてキム・ダロック(Kim Darroch)前駐米英大使がトランプ政権のことを「無能」と評した公電の流出で両国の関係は最悪の状態に陥った。

> だが、米ニューヨーク生まれのジョンソン氏が「英米同盟関係に対する親近感に根付いた親米的態度を明らかに示している」との見方を示すのは、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)元首相の補佐を務めたナイル・ガーディナー(Nile Gardiner)氏だ。同氏は現在、保守系米シンクタンク「ヘリテージ財団(Heritage Foundation)」に所属している。

■乱れた金髪の似た者同士
> 英保守党の新党首に選ばれたジョンソン氏は、EUを離脱し、米国と緊密な関係を築くことを表明している。反グローバル化を掲げるトランプ氏はこれを全面的に支持している。

> ガーディナー氏は「米国と英国の両首脳は、ロナルド・レーガン(Ronald Reagan)とサッチャー以来の緊密な関係を築くだろう」と指摘する。

> ポピュリズムを振りかざしているところや乱れた金髪の髪形など、ジョンソン氏とトランプ氏は似た者同士に見える。地政学的分析を専門とするコンサルティング会社ユーラシア・グループ(Eurasia Group)のイアン・ブレマー( Ian Bremmer)氏は「右寄りでポピュリズム思考、政治的に正しいことに反発し、反体制的でもある点で、原則的に2人ともイデオロギー的には同胞だ」と述べた。

> だが、よく見ると2人の関係は「もっと不安定で不確かだ」とも話す。

> 「ボリス・ジョンソンとドナルド・トランプは似た性格で、メディアに対する態度も似ている」と、ブレマー氏はAFPのインタビューで述べているが、その一方で、「両者ともイデオロギー的ではなく、数々の問題よりも自分自身のことに関心を持っている」と指摘している。

> この分析は、トランプ氏自身の発言によって裏付けられている。同氏は23日、ジョンソン氏のことを「英国のトランプ」とたたえたのだ。

■立ちはだかる「アメリカ・ファースト」
> ジョンソン氏とトランプ氏の関係は常に親密だったわけではない。

> トランプ氏は大統領選に出馬した2015年、ロンドンの一部がイスラム過激派によって危険な区域になったと話した。当時ロンドン市長だったジョンソン氏はこの発言に対し、ニューヨークの一部は「ドナルド・トランプに会うという現実的な危険」があるから行かないとやり返している。

> それ以来、短期間外相を務めたジョンソン氏はトランプ氏から距離を置いていた。また、トランプ氏のイラン政策にも反対している。

> トランプ氏は、ブレグジット後の英国と「素晴らしい」貿易協定を締結することをちらつかせており、ジョンソン氏もトランプ米大統領のそうした言葉に触れ、欧州から離脱しても悲惨なことにはならないと主張している。だが、米英の貿易協議はやはり緊張をはらんだものとなるだろう。

> ロンドンにある欧州改革センター(Centre for European Reform)のルイージ・スカツィエリ(Luigi Scazzieri)氏は、「2人の指導者は親和性があるが、両者の利害は必ずしも一致していない」と指摘。「米国と貿易協定を締結するというジョンソン氏の野望は、トランプ氏の『アメリカ・ファースト(米国第一)』という本能によってくじかれるだろう」と話す。

> 「トランプ氏は英国との貿易交渉で譲歩するとは思えない。英国に農業と医療サービス分野を解放するよう要求し、米国の利益を最大化しようとするだろう。このような要求があれば、両者が合意に至ることは不可能になる」

【翻訳編集】 AFPBB News

Going Underground (Paul Weller) Released 14 March 1980


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「More Than a Feeling(宇宙の彼方へ)」(ボストン 1976年9月)


初出:2011年2月28日

☆ 先日,内舘牧子のエッセイを読んでいたら映画の邦題が原題のカタカナ版ばかりで寂しいような内容だったが,洋楽も洋画と似たようなもので気の利いた邦題をつける人がどんどん減っていった。

☆ ボストンのデビューシングルの邦題は,おそらくアルバム・ジャケットとブラッド・デルプのスーパーヴォーカルの成せる技だとは思うが,それにしても曲のイメージを上手く捉えて見事なタイトルと言えると思う。下に掲げた歌詩はそこ(宇宙の彼方)までは連れて行ってくれないが(爆),ある朝起きたら何かが変わっていたという「変身」パターンの深い歌詩だと思う。

More Than a Feeling (Tom Scholz)


I looked out this morning and the sun was gone
今朝,外を見た時 陽は既に去っていた
Turned on some music to start my day
ぼくは一日をスタートさせようとラジオのスイッチを入れた
I lost myself in a familiar song
そして聞き覚えのある曲に魂を奪われた
I closed my eyes and I slipped away
ぼくは目を閉じ,その音楽の世界に滑り込んでいった

It's more than a feeling (more than a feeling)
それは全ての感覚を超越していた(感性を超えていた)
When I hear that old song they used to play (more than a feeling)
ずっと昔にかけたことのある筈の,その古い曲を聴いた時
I begin dreaming (more than a feeling)
ぼくの中で夢が広がり始めた(感性を超えたまま)
'till I see Marianne walk away
マリアンヌ(自由の女神)が歩き去るまで
I see my Marianne walkin' away
ぼくは女神がそこから歩き去るのを見ていた

So many people have come and gone
あまりにもたくさんの人々が行き交う中
Their faces fade as the years go by
彼らのことはいつの間にか忘れ去られてしまう
Yet I still recall as I wander on
でもぼくはさまよい歩きながら,その人達を呼んでいる
as clear as the sun in the summer sky
なつぞらに燦然と輝く太陽のように

It's more than a feeling (more than a feeling)
When I hear that old song they used to play (more than a feeling)
I begin dreaming (more than a feeling)
'till I see Marianne walk away
I see my Marianne walkin' away

When I'm tired and thinking cold
この暮らしに飽きて,心が寒々とするとき
I hide in my music, forget the day
ぼくは音楽の中に身を隠し,嫌な一日を忘れようとする
and dream of a girl I used to know
そしてかつて馴染んでいた女の子の幻影がそこにある
I closed my eyes and she slipped away
ぼくはそっと目を閉じ,彼女はそこへ滑り込んでいく
She slipped away
彼女は静かに滑り込んでいく

It's more than a feeling (more than a feeling)
When I hear that old song they used to play (more than a feeling)
I begin dreaming (more than a feeling)
'till I see Marianne walk away

2019年7月15日
☆ 1976年はアメリカン・ロックにとって重要な結節点だったと思う。ボストンとフォリナーの登場は当時ハード・プログレ(今はなぜか「アメリカン・プログレ・ハード」と呼ばれるようだ)という新しいジャンルを開拓した。それまでのアメリカン・ロックは地域性(ウエスト・コースト/イースト・コースト/サザン・ロック)が重要視されていたが,アメリカン・ハード・プログレは重厚な音と分かりやすい曲調というこれから10数年の音楽(メインストリーム・ロック)を形成する画期となった。

☆ 上に書いた古いレビューでは主人公がどう変わったのかを読み切れなかったが,ヘタクソなりに訳してみて曲のテーマが温故知新(古いモノの中に新しいものを見出す)が転機になるということにあるところから,トム・ショルツ自身の体験が反映していることが想像できる。

☆ この曲やアルバムが出た当時のアナログ技術を考えると,作品は驚異的であり,一部に「これは人工的に合成した音(ギター・シンセサイザー=そういうモノがあったのかどうかついぞ知らないのだが)の使用だ」という断定もあり,ショルツは次のアルバム(『Don't Look Back』 1978年8月2日)の注意書きにわざわざ「このアルバムではシンセサイザー類は一切使用していない」と書くくらいこの噂に悩まされたようだ。

☆ ただシングルやこのようつべのPVを見てもショルツ自身が少なくともエフェクターをフル活用して「ボストンの音」を紡ぎ出しているのは分かる。この「力強さ」こそが80年代を通じてメロウメタルやパワーバラードなどの形で再演されるメインストリーム・ロックの鍵だった。だから1976年はロック音楽の歴史の結節点だと,ぼくは考えている。

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「Everybody Wants to Rule the World(ルール・ザ・ワールド)」 (Tears for Fears 1985年3月18日)



初出:2013年8月1日

シャウト+7シャウト+7
(2011/11/09)
ティアーズ・フォー・フィアーズ

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☆ 世の中に「金字塔」と呼ぶべきアルバムが何枚か存在する。もっとも,見方を変えればリスナーの数だけその人にとっての「金字塔アルバム」が存在するともいえるが,ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下TFFと略す)の『Songs from the Big Chair』は,少なからぬ人にとって80年代の金字塔作品に挙げられるものだと言えるかもしれない。

☆ この曲は『Songs from the Big Chair』からの3枚目のシングルとして1985年3月に英国でリリースされ,翌月には最高位2位を記録している。米国ではこの曲はアルバムからのファースト・シングルとしてリリースされ,7月8日,15日の2週にわたり全米No.1に輝いた。それはTFFにとって全米攻略の第一歩になった。ちなみにこの曲の前後のNo.1ヒットはワム!「恋のかけひき(Everything She Wants)」とブライアン・アダムス「Heaven」でまさに当時の新しいスターたちの活躍が窺えるチャートだった。



Everybody Wants to Rule the World
(Roland Orzabal, Ian Stanley, Chris Hughes)

Welcome to your life
君の暮らしにようこそ
There's no turning back
引き返すことはできないけど
Even while you're sleep
君が眠っている時ですら
We will find you
わたしたちは君を容易(たやす)く見つけるだろうから

Acting on your best behaviour
君はここで最上の振舞いを示すことで
Turn your back on mother nature
母なる自然の元に帰ることができよう
Everybody wants to rule the world
誰もが自分の思ったように物事を進めようとするものさ

It's my own design
これはわたしが自分で設計したものだ
It's my own remorse
そしてわたし自身の悔恨でもある
Help me to decide
わたしが決断することを助けてほしい
Help me make the
わたしを助けてほしい
most of freedom and of pleasure
放縦と快楽の大部分を作り出しながら
Nothing ever lasts forever
決して永遠に続くことがないことから
Everybody wants to rule the world
誰もがこの世界を自分のものにしようとしているのだ

There's a room where the light won't find you
その光がきみを照らすことができない余地がある
Holding hands while the walls come tumbling down
その壁が崩れ落ちる前に手を取って抜け出す余地が
When they do I'll be right behind you
それがなされた時,わたしはきみのすぐ背後にいるだろう

So glad we've almost made it
われわれがそれをほとんどなし得たことを喜びたまえ
So sad they had to fade it
奴らがその力を褪せさせなければならないことは残念だ
Everybody wants to rule the world
だって誰もが世の中を自分の思い通りにしたいと思っているのだから

(間奏)

I can't stand this indecision
わたしはこういう優柔不断なことに耐えられないのだ
Married with a lack of vision
向こう見ずな結婚のようなことには
Everybody wants to rule the world
誰だって自分の結婚生活を想った通りに進めたいものだろう

Say that you'll never never never need it
きみはそんなものは絶対の絶対の絶対に願え下げだと言えるか
One headline why believe it ?
その一行の見出しを信じるのはどういう訳だ
Everybody wants to rule the world
だれもが自分の望んだように物事を進めたがっているのに

All for freedom and for pleasure
Nothing ever lasts forever
Everybody wants to rule the world

☆ Wikipedia(En)の解説によると,この曲はアルバムに最後に収録された。ローランド・オーザバルはシャッフル・ビートで作ったこの曲を最初,他の作品と毛色が違うことを理由にアルバムに収録するのを躊躇(ためら)っていたが,最終的にアルバムに収録されることとなり,ヒット(特に全米での大ヒット)につながった。

☆ ここで歌われている「世界」とは,当時エスカレートしつつあるように見えた米ソ軍拡競争下の世界で,曲もそれに対する皮肉を込めた異議申し立て(いわゆる「反核運動」)という面もなきにしもあらずだったが,第一義的にはそうではなく,それぞれの人々の身の回りの小さな「世界」のことである。そういう意味でこの曲はミニマリズム的な世界観がある。それは「個と個」という小さな世界,いや宇宙の衝突や相克,葛藤が個々に与えるものについての洞察ともいえるのだ。

2019年7月9日付記
Credits and personnel

Tears for Fears :
Roland Orzabal – guitar, keyboards, vocals
Curt Smith – bass guitar, lead vocals
Ian Stanley – keyboards, LinnDrum programming, Oberheim DMX
Manny Elias – drums, Oberheim DMX

Additional personnel :
Neil Taylor – second guitar solo
Chris Hughes – producer, drums, Oberheim DMX, MIDI programming
Dave Bascombe – engineer

週間チャート
No.1:全米(ビルボードHot100,キャッシュボックス),カナダ,ニュージーランド
最高位2位:豪州,英国,オランダ,アイルランド
最高位3位:ベルギー
伊,西独:最高位11位
スイス最高位13位
南ア:最高位14位
仏:最高位18位
墺:最高位19位

年間チャート(1985年)
米(キャッシュボックス:3位,ビルボード:7位)
ニュージーランド:9位
カナダ:19位,オランダ:20位,英国:24位,
ベルギー・オランダ:31位,豪州:36位,伊:86位

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「夢の夢(#9 Dream)」(John Lennon 1975年1月31日)


初出:2016年12月7日「ぼくは幸福な夢を見ていた,たぶん。」

「夢の夢(#9 Dream)」 (John Lennon)


So long ago
それはとても昔のこと
Was it in a dream, was it just a dream?
あれは夢の中だったよ,ただの夢だったんだ
I know, yes I know
ぼくは覚えてる,そうとも覚えているんだ
Seemed so very real, it seemed so real to me
すごくリアルな出来事として,ぼくにとってはそうだったんだ

Took a walk down the street
街をそぞろ歩きしていたんだ
Thru the heat whispered trees
熱にうなされた木々の間をを抜け
I thought I could hear (hear, hear, hear)
ぼくはそこで何かの声が聞こえた(確かに,ぼくには,聞こえた)
Somebody call out my name as it started to rain
雨がそっと降り始めるように,誰かがぼくの名前を呼んでいるのだ

Two spirits dancing so strange
ふたつの心は不思議な踊りを踊っているようで

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

Dream, dream away
夢だったんだ,過ぎ去っていく夢だったんだ
Magic in the air, was magic in the air?
辺りは魔法にかけられたかのように,魔法にかけられたかのように
I believe, yes I believe
でもぼくは信じている,そう,ぼくは信じてる
More I cannot say, what more can I say?
それ以上,どんな言葉にも表せないのさ,どう言えば良いというのだ

On a river of sound
河の流れる音が聞こえる
Thru the mirror go round, round
鏡を抜けて,ずっと,ずうっと
I thought I could feel (feel, feel, feel)
ぼくはそのさまを感じることができた(そうとも,ぼくは,感じた)
Music touching my soul, something warm, sudden cold
その音楽がぼくの心に触れる時,何か生暖かい感触の後,突然冷たく変わるのを
The spirit dance was unfolding
魂がそこで踊っているさまを

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

☆ 1975年の冬,これは74年からの続きの冬。ジョン・レノンの『Walls And Bridges(心の壁、愛の橋)』からのセカンド・シングル。9という数字が縁起が良いとか最強だとかいうのは賭け事の世界と占いの世界だろうが(そういえば両者は結構隣接している気がする)この曲に満ち溢れている多幸感は最初に聴いた時から強く印象に残っている。そういえばジョージ・ハリソンも80年代後期に『クラウド・ナイン』を発表している。ナインという数字は日本では「苦」に通じるという迷信があるが,どうもそういうことでもなさそうな気がする。

☆ ジョンのことを考えてみると,この後ロックンロールのオールディーズをカヴァーしたアルバムとベスト盤を出してハウスキーパー(主夫業)をすることで70年代後半をパスした。彼とヨーコにとってはそれは悪いことではなかったと思う。特に80年代に入る瞬間(1980年12月)にジョン・レノンという人間が吹き消されてしまったことを考えれば,それは彼等にとっての良き(方向に向かう)夢の始まりだったのかもしれない。

☆ さすがにここでぼくもジョンと同じ夢を見たなどと宣(のたま)うつもりはないが(苦笑),ぼくはぼくなりに何かの夢の欠片(かけら)をこの曲に感じていたことは確かだ。この曲の存在が同時期の他のヒット曲とは違うという感覚はその頃からぼくの中にはあった。それが何なのかはわからない。確かにわかることは,今ではそれはこの曲の邦題の通りの「夢の夢」と化して,もうどこにもない(ジョン・レノンがこの世のどこにもいないように)ということだけかもしれない。

☆ 今さらのように村上春樹の「蛍」と「ノルウエイの森」を再読しているのだが,死のもたらす喪失感を感じることが出来るのは生者だけであるという当たり前のことに何度も魂を揺さぶられるのである。

2019年7月7日追記

☆ Wikipediaのこの曲の解説を見ていると,pousséがpussy(子猫だが俗語で女性器)に聞こえるだとか,”曲のバックで囁いているのは私よ”争いだとか,かなり下世話な話が書いてある(笑)。そういう話はジョンがいなくなった後に伝承を巡る検証のように書かれているのだろうが村上春樹的「やれやれ😥」感は否めない(爆)。

☆ こういう曲を過去のショーケースから取り出して感じることは,最初の文章にも書いた多幸感だ。ジョンとヨーコが(彼の浮気が原因で)「シュールな別居生活」を送っていたことは当時リア厨だったぼくですら知っていた。ぼくは幸運にして「シュールな別居生活」なるものを現在まで体験したことがないので(自爆),ふたり(ジョンとヨーコ)にとってどういうものだったのかは分からない。ただその後にショーンが生まれたことでジョンは大きく変わったのは確かだし,彼にとって大事なものが何だったのかは分かる。この曲の多幸感はしかしその事実とは関係ない。考えようじゃ,オトコのいい加減さの顕(あらわ)れでもある。しかし作品のクオリティの高さがそういう下世話な話を軽く笑い飛ばしてしまう。そんな事情を知ったところで,この曲の価値は微動だにしませんよということだろう。それはそれで,かなり幸せなことであり,そういう作品にリアルタイムで出会えたことは喜ばしいことなのであろう。

PERSONNEL
The musicians who performed on the original recording were as follows:
John Lennon – vocals, acoustic guitar
The 44th Street Fairies: Lennon, May Pang, Lori Burton, Joey Dambra – backing vocals
Ken Ascher – clavinet
Jesse Ed Davis – guitar
Nicky Hopkins – electric piano
Arthur Jenkins – percussion
Jim Keltner – drums
Bobby Keys – saxophone
Eddie Mottau – acoustic guitar
Klaus Voormann – bass guitar


最高位
全米 Billboard Hot100:9位、CashboxTop100:10位
全英:23位、全加:35位、日本(オリコン):97位

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【追記あり】「マーマレイド・グッドバイ -Marmalade Goodbye-」 (山下達郎 1988年10月19日=アルバムリリース)


☆ ポピュラー・ソングにはその作品が作られた時代が反映される。バブルの時代に山下達郎はただ一言「ぼくはおしゃれじゃないから」と書いて,その時代の喧騒から抜け出す主人公を描いた。この曲に関する(彼自身の)解説はWikipediaの『僕の中の少年』の各曲解説の中にあるので,そちらを参照していただきたい。このアルバムが異彩を放つのは,彼の今までに発表したアルバムの中で唯一タイトルが日本語であることや私生活や自分の感情を抒情的に曲の中に表すことを極力避けている彼にしては珍しく私生活や私的感情を垣間見ることができる部分が多くあることだ。

「マーマレイド・グッドバイ -Marmalade Goodbye-」
(作詩・作曲:山下達郎)


☆ 例えばアルバム冒頭曲の華やかさや掉尾を飾るタイトル曲の主題は明らかに彼ら夫妻に生まれた子供のことを暗示しているし,この曲と「蒼茫」には明らかに時代に対する彼のスタンスが明示されている。それはWikipediaの「解説」を見る限り意識的なものではないが,そうであるからこそ,図らずも時代の本質を衝くことになったのだと思う。それと同じ感覚をぼくは村上春樹の『ダンス、ダンス、ダンス』の中でも強く感じている。あの小説を書いた時,村上は日本にはいなかったと思う。しかし彼が描いたもの,たとえば五反田君のマセラッティに象徴されるもの,あれは紛う事なきあの時代の日本のバブルの煌びやかさであり,空疎さであったと思う。

2019年7月20日追記
☆ ポピュラー音楽の制約はその音楽が創られた時代(背景)を多かれ少なかれ反映することである。作品を創るきっかけは作家が見聞きした出来事であるから(絵画・彫刻・詩・小説から音楽・映画・演劇まで総ての表現芸術に共通),作品の背景から時代感を掴むきっかけになりうる(もちろん芸術に関しては「近代社会以降の話」という限定もあるが)。

☆ 山下達郎に関して言えば「おしゃれ」という単語がこの曲の詩以外に見当たらないという事実がある。彼の深層心理の中にバブルといわれ始めていた時代に対する違和感があったことは間違いなく,その崩壊前後の作品である「ターナーの汽罐車 -Turner's Steamroller-」(1991年8月25日リリース)には彼の個人的な(目撃した)出来事を通じて,その時代を覆いつつあった閉塞感が絵のようにぼんやりと表出されているのである。



☆ この曲でCMタイアップの最後となったホンダ・インテグラは元々ファミリー層をターゲットにしたクイントという車種だった。クイントは名前の通り5ドアのクルマで当時のホンダはシビック,バラード,クイント,アコード,プレリュードあたりがラインナップだったが,商品力の弱かったバラードとクイントがそれぞれCR-Xとインテグラに代わり80年代ホンダの快進撃が始まる。この時代には2代目 AB/BA1型プレリュードがラベル「ボレロ」を使ったCMで大当たりして「デートカー」の王者として君臨していた(それを追い落としたのが日産S13型シルビアで当時の日産はマッキンゼーの教示を受けたセグメント戦略をポストモダン手法のCM手法で広めることに同社の商品力が追いついた上げ潮の時代だった)。あと『僕の中の少年』絡みの話で定番をひとつ挙げると「踊ろよ、フィッシュ」のANA沖縄ツアーのキャンペンガールはそれが実質デビューの石田ゆり子。

☆ 夏だ!海だ!タツローだ!の話はまた後で。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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