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2019-02

この辺りから、メインストリーム・ロックの時代になる。



Jump(Released December 21, 1983)
(Eddie Van Halen, Alex Van Halen, Michael Anthony and David Lee Roth)



☆ 最近(曲が発表されて35年以上経つ)になっても,どこかのCMがコッソリ使っているこの曲。当時の渋谷陽一なら明快に「産業ロック」と決定したと思うが(それも,むべなるかな。),2019年の今から思えば,この辺りからメインストリーム・ロックというものが生まれてきたような気がする。

☆ ぼくの思う「メインストリーム・ロック」は,明るく明快でありながら一定の重さを保っているロックンロール作品ということになる。この「(音の)重さ」がポイントで,それが強調されるようになる背景はカセット・テープレコーダーの普及と音質向上があると思う。言い換えるとアナログ時代の最後の音的変化(音そのものの変化はカセットテープの進化があり,音を聴く環境の変化には当然カーステレオとウォークマンの普及)がある。

☆ ヴァン・ヘイレンの当時のビジュアルを見ると腕にタトゥーもないし(よく見てないからかな?),80年代のヘヴィーメタルの嵐が吹く前のハード・ロックののんびり感がある気がする。「ジャンプ」という曲はエディがキーボードとギターでキーとなるメロディを作り上げているが,CM好みのインパクトあるイントロから流れ出すメロディはギターソロを除けばどこか「もったり感」があるし,その辺が例えば初期パンクのエッジの効き過ぎた鋭さ(=音的には脆い)と好対照だ。当然ニュー・ウエーブの連中からは「オールド・ウエーブ」と嗤われていたけれど,音の傾向を別とすればハード・ロックがミドル・オブ・ザ・ロードに立つことで「メインストリーム・ロック」が生まれたという構造は否定しがたい。

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【再放送】 「魔女のささやき」(総集編)



2015年3月23日

Live in HollywoodLive in Hollywood
(2012/03/06)
Linda Ronstadt

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☆ 「魔女のささやき(Witchy Woman)」は,1972年6月1日にリリースされたイーグルスのファースト・アルバムからのセカンド・シングルで,彼らにとって初のTop10ヒット(最高位第9位)となった。この「魔女のような女性」がリンダ・ロンシュタット(ロンシュタッドと言う人もいるが,以後この表記に統一したい)だ。そう断言できるのは,この曲の作者であるドン・ヘンリーとバーニー・レドン(バーニー・リードンとも呼ばれるが,レドンに統一したい)らが彼女のアルバムのレコーディングのバック・バンドとして西海岸に呼び寄せられたからだ。

イーグルス・ファーストイーグルス・ファースト
(2005/12/21)
イーグルス

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リンダ・ロンシュタット(紙ジャケット仕様)リンダ・ロンシュタット(紙ジャケット仕様)
(2014/08/27)
リンダ・ロンシュタット

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☆ 魔女というのは,ひとことで言えば「恋多き女」。自分が惚れっぽいのもそうだろうし,無意識過剰なフェロモン芳香剤みたいなもの(なんだか蛾に対する灯のようだが)かもしれない。だけど結果として彼女は魔女というより「うたの神様」の使いだったんだろうなと思う。今日はこの辺にして,最初に掲げたライブのレビューは次回にしよう(苦笑)。

2015年4月8日

☆ このアルバムに関してはアマゾンのレビュアーの人が書いているように,コアなファン以外は買わない方が良いと思う。カセット起こしは言い過ぎだけれど(苦笑),曲がブツ切りでトータルとしてのライブ感が全くない。何だか本人とのインタビュー(勿論そんなものは無いので収録されていないが)の合間にライブで曲を紹介している,そんな感じがする。音源的にもバランスが悪いし,総体的に言ってコレクターズ・アイテム以上の価値はないと思う。

☆ ただ,そんなレビュアー諸氏も認めているのが,この時期がリンダのキャリア上絶頂期と言っていいこと(ちなみに同内容のDVDもあり,アマゾンの該当商品のページにセット(?)リストがあるが,『Mad Love(激愛)』のツアーのもののようだ。どうでもいい話だが,この時代に「激○」が流行っていた。火元は篠山紀信と小学館(「GORO」誌)と思われるが,東洋水産が「激めん」というカップ麺を売り出して,三橋美智也が「サタデー・ナイト・フィーヴァー」風衣装で「激めんでフィーバー・フィーバー」とやって大受けしていた。そんな時に「マッド・ラヴ」なんてタイトルが出てくれば「激愛」もむべなるかなである(爆)。

☆ 前作『Living In The USA』でエルヴィス・コステロの「アリスン」(彼のデビュー作収録)を取り上げ(コステロに散々こき下ろされ)たリンダは,ロックンロール回帰の風潮(ビリー・ジョエルも『グラス・ハウス』を出している)に敏感に反応したのだと思う。ただ元々「歌い上げ型」でエモーション溢れるリンダが,ニュー・ウエイヴっぽい音にトライしてもコステロではないがオーヴァープロデュースになるうらみはあったかなとも思う。

Hurt So Bad



PERSONEL
Dan Dugmore; guitar and pedal steel
Bob Glaub: bass
Russell Kunkel: drums
Peter Asher: percussion & backing vocals
Danny Kortchmar : guitar
Kenny Edwards: banjo, guitar $ backing vocals
Billy Payne: keyboards
Wendy Weldman: backing vocals

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「Stayin' Alive」(Bee Gees 1977年12月13日)



初出:2009年1月12日
Saturday Night FeverSaturday Night Fever
(2007/07/31)
The Bee Gees

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☆ たまたま『Saturday Night Fever』を代表する曲のひとつであったために極めて不当に評価されているこの曲は,あらゆる意味で革新的な一曲だった。勿論,1975年に「Jive Talkin'」で全米No.1を獲ったことがビージーズのディスコ路線を決定的にしたのは事実であり,その線上でのアプローチは翌年の「You should be dancing」の1位で確立されていたとは言える。当時,全米チャートから彼らのこの路線変更を知っている者にとって「Stayin' Alive」というのは当然のヒットであり,そのことがこの曲の当面の評価を定めてしまったと言えるかもしれない。一方でビージーズとマーク・レスター(映画:「小さな恋のメロディ」の主役)がいまだに頭の中でリンクを貼っていた古くからの「洋楽ファン」にとってビージーズのこの行為は「売れ線ディスコ路線に魂を売った行為」でしかなく,彼らは最初それを罵りその後無視した。

☆ 後者には相変わらず「How Deep Is Your Love(愛はきらめきの中に)」(77年末のビルボード・アダルト・コンテンポラリーチャートで1位を走っていた)のような曲が用意されていたのだが,いかんせんシングル・カットの順番から,彼らが最初に「耳にした」のはこの曲であり,そういう煩(うる)さ方は「失われた愛の世界」のような曲を聴いて初めてホッとする事になる(笑)。

☆ この曲の革新性は,ファンク/ディスコとメロディ/ハーモニーの完璧な融合にある。それはラップにしてもおかしくない速さと,それを難なく歌いこなす力量,フィリップ・ベイリー(E,W&F)も顔負けの強力なファルセット...言い換えれば70年代の黒人音楽が持つ要素の全てを取り入れ,綺麗に消化した上で,ただのパロディではなく,彼らなりのリスペクトをこめたアンサーとしている点と言い換えられるだろう。それは70年代中盤以降の黒人音楽と白人音楽とのクロスオーヴァー(AOR)のコア(核)でもある。たまたまそれがディスコの時代(ディスコの白人化,世相風俗化,流行)にピタッと照準を合わせたことから巨大な相乗効果を生んだのである。

☆ 「Saturday Night Fever」自体は,例えばその7年後に封切られたPrinceの「Purple Rain」同様,ごくありふれた(映画評論家様がB級と呼ぶ)映画である。ストーリーも平凡,ダンスのシーンも今から思えば古典的だ(と踊れもしない者が書いても説得力が全然ないが)。しかし当時の「ディスコ」がどういう場所であったかを知るには格好の材料だった。全然関係ないように思われるかもしれないが,この映画の時代(1977年)の夏にはニューヨークは歴史に残る「大停電」に見舞われ,市の財政は破綻寸前だった(昨今の比ではない)。その閉塞感が当地の「ディスコ・ブーム」の根底にあり,それは「ご教訓」めいた映画の終わり方の背景に隠れたトーンでもある。

☆ つまり1977~78年の「ディスコでフィーバー(ほぼ日本語^^;)」は,そういった「時代の渇き」に対して出された「飲み物」であり,大人しくて美しい「How Deep Is Your Love」の次に出されたこの曲は,セカンド・シングルでありながら,同時に時代の「渇き」に対して出されたアペリティフとして決定的な意味を持ったのである。

☆ ただこのシングルのレビューとして気をつけてほしいことは,そうした「タイミングの良さ」が,この曲に本来以上の効果を与え,その虚像が作品の持つ本来的な「革新性」を覆い隠してしまったということがずっと見落とされているということだ。レコード時代の商業作品として空前絶後の成功を収めたアルバムの代表曲としてではなく,(例えばディオン以降の)ブルーアイド・ソウルの系譜で1970年代という時代を代表する作品のひとつとしてボズ・スキャッグスの「ロウダウン」やホール&オーツの「Rich Girl」(共に76年)と並ぶ作品であることはもっと評価されてもいいと思う。

GreatestGreatest
(2008/01/13)
Bee Gees

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Stayin' Alive (Barry Gibb / Robin Gibb / Maurice Gibb)




Well, you can tell by the way I use my walk,
I'm a woman's man: no time to talk.
Music loud and women warm.
I've been kicked around since I was born.
And now it's all right - it's O.K. -
And you may look the other way.
We can try to understand the New York Times' effect on man.
Whether you're a brother or whether you're a mother,
You're stayin alive, stayin' alive.
Feel the city breakin' and ev'rybody shakin'
and we're stayin' alive, stayin' alive.
Ah, ha, ha, ha, Stayin' Alive.
Ah, ha, ha, ha, Stayin' Alive.

Well now, I get low and I get high
And if I can't get either I really try.
Got the wings of heaven on my shoes
I'm a dancin' man and I just can't lose.
You know it's all right, it's O.K.
I'll live to see another day.
We can try to understand the New York Times' effect on man.
Whether you're a brother or whether you're a mother,
You're stayin alive, stayin' alive.
Feel the city breakin' and ev'rybody shakin'
and we're stayin' alive, stayin' alive.
Ah, ha, ha, ha, Stayin' Alive.
Ah, ha, ha, ha, Stayin' Alive.

Life goin' nowhere. Somebody help me.
Somebody help, me, yeah.
Life goin' nowhere.
Somebody help, me, yeah.
Stayin' Alive

2012年11月8日

サタデー・ナイト・フィーバー スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]サタデー・ナイト・フィーバー スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]
(2011/03/25)
ジョン・トラボルタ

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☆ むかし大滝(詠一)さんが山下(達郎)さんの「悲しみのJody」(アルバム『メロディーズ』冒頭曲)を称して「日本初のファルセットで歌い通したポピュラー作品」と(本人に)話していたが,ファルセットだけで出来たヒット曲は他に何があるだろうと考えた。有名なところではマイケル・ジャクソンの「Don't Stop Till We Get Enough(今夜はドント・ストップ)」があり,この曲もかなりの部分がファルセットで歌われていることに気付いた。

☆ だが曲をよく聴いていると,ファルセットではなく,地声で歌われている部分がある。

Life goin' nowhere.somebody help me.
Somebody help me, yeah.
Life goin' nowhere.somebody help me, yeah.

この部分の歌詩の「行き場のなさ。誰かに救ってほしいという孤独感」は前段で歌われるダンス・フロアのきらびやかさや踊りなら誰にも負けないという主人公のプライドとは好対照になっている。映画の評価は,ごくありふれたニューヨークのイタリア系青年の青春物語(いわばドイツ教養小説のディスコ時代版)というところだが,だとしてもダンス競技会のシーンには差別の二重構造が垣間見えるし,それが主人公を目覚めさせるという展開が安直だったとしても,単なるその時代の若者風俗を描いただけの作品にはしたくないという制作側の意図を少しは感じることが出来る。ギブ兄弟の歌はその意図をこの部分だけ地声で歌い,コーダの部分で繰り返すことで浮かび上がらせている。

☆ 都会で(貧困の中で)生き抜くこともStayin' Aliveであれば,恋人と今の生活を少しでも良いものにしたいともがくのもStayin' Aliveである。もちろんダンス・フロアの王者として君臨し続けることは文字通りのStayin' Aliveであろう。曲の中に出てくる新聞の名前が大衆紙のポストやデイリー・ニューズではなく高級紙のタイムズであるところにも「そこにある格差(あるいは階差)」を滲ませる小道具としての役割を感じさせる。

☆ 1977~78年はヴェトナム戦争の後遺症が全米に蔓延し,ニューヨークは大停電を経験し,治安も最悪の状態だった。数年後に大学で習った国際公法の教授は,ニューヨークの街を歩く時は必ずジャケットのポケットに低額紙幣を突っ込んでいたという。ホールドアップにあった時,手を挙げて顎で下をしゃくれば泥棒はポケットに手を突っ込んで紙幣を抜いて立ち去るからだ。これを慌てて財布を出そうと胸に手を入れたりすれば(護身用の銃を出されると誤解され)撃ち殺されるということだった。そういう状況も含んでのStayin' Aliveなのである。

☆ 確かにダンス映画,音楽映画,青春映画でありその映画自体が起爆剤になって「ディスコ・ブーム」は頂点へと突き進んでいく。しかし映画自体も含め,後代がもっと複眼的に評価し直すべきものがこの作品にはあるのだと思う。事実上の主題歌としてのこの曲もまた然りだと思う。

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「ソリチュード」 (彩恵津子 1989年3月=アルバムリリース)






☆ 寄る辺なさを描いてこの当時の彼女の右に出る人はいなかった。もちろん彼女の声質が演ずる部分がその大半を占めていたとは思うけれど,世の中が「元気いっぱい主義」に満ち溢れていた(その後の半世紀分くらい使ってしまったのではないだろうか)ので,決してそれは表面には出てこなかったと思う。むしろこの時代から見てもどこか「古風な」女性を描いているようにも思う。あるいは「静かな情念」とでもいうべきか。

☆ 舞台装置は上等なのだろう。長距離飛行。「エアポート・ダンス」と同じ空港から。ギリシアに行く隣席の彼女はたぶんフランクフルトあたりで乗り継ぎで次の街に行くことになる。一方主人公はそこから最終目的地に行くのだろう。飛行機という密度(と圧力)の高い狭い空間の中で,映画を見るでもなく,本を読むでもなく,彼女は自分を思い,彼を想い,互いの関係性と恋心を玩(もてあそ)んでいる。

☆ 彩恵津子が出て来た時「お嬢様ポップス」というヘンな言葉で週刊宝石かどこかが紹介していた。世の中はパロディに近い形でお嬢様が跋扈していた(それを掬い取ってひっくり返したのが中尊寺ゆつこ(「お嬢だん」、「スイートスポット」)だと思う)。彼女に「お嬢様ポップス」の自覚があったかどうかは知らない。ただ87年頃の「ひなまつりコンサート」に出た時に「自分の(作品の)ブランドを作っていきたい」と話していたのは覚えている。その視線の先には当然ユーミンを頂点とするシティ・ポップがあっただろうし,それと並び立つようにブラック・コンテンポラリー・ポップもあっただろう。だから彼女がブティックハウスのようなブランドを自らの力で作ろうと考えたなら,その声質を生かし切るのが望ましい戦略であり,お門違いの「和風な曲」を毎朝テレビで流すこと(「澪つくし」の主題歌のこと)ではなかったと思う。

☆ でもレコードセールス(CDの時代にこの言い方はどうかとも思うが)とは別に,彼女は曲がりなりにもEtsuko Sai というブランドは立ち上げられたのではないかと思う。少なくともテイチク時代のアルバムを通して聴けば,それは理解されるのではないだろうか。



☆ 主人公の最終目的地がスペインのトレド辺りだったら絵になりそうだけど...

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1980年頃のパワー・ポップ


☆ パワー・ポップという言葉は90年代後半にもあったが,ぼくが聴いていたのはニュー・ウエイブ初期のそれだった。何をパワー・ポップと言うかはそれこそ人それぞれだと思うし,エルヴィス・コステロやジョー・ジャクソンのようにパワー・ポップ・バンドから万華鏡のように変化したミュージシャンも少なくないから。ぼく個人がパワー・ポップ(バンド)と思っているのはモーターズとブラム・チャイコフスキーあたりだ。ここはニック・ロウやイアン・デューリーらのパブ・ロックとも違うし,もちろんモーターヘッドのようなヘヴィ・メタルとも違う。

☆ パワー・ポップをギター・サウンドとして理解するならモーターズのファーストやそこから分かれたブラム・チャイコフスキーの作品がそうだろうと思う。ぼくはパンクの政治性には最初拒否反応が少しあったので(程なく変わった),ニュー・ウエイブはパワー・ポップ系とニューロマに連なるエレクトリック系から入っていった。そういう意味でもこの辺の音には馴染みが深い。

Strange Man, Changed Man
Bram Tchaikovsky's first album title track released March 1979



☆ ぼくはこのアルバム(LP)は米国盤で買ったので,アルバムのトップはこの曲だったような気がする。アルバムを出したレーダーというレーベル(昨年CDで再発が出ている)はスティッフを離れた後のコステロもリリースしていたのではなかったかと思う。彼もモーターズの時はニック・ガーヴェイとアンディ・マックマスターにバンドの「顔」を取られてヴォーカリストとしてはサブに徹していたが,自分のリーダーアルバムになると水を得た魚のように歌っている。次の曲("Lonely Dancer")にシームレスで続くため途中でぶつ切りになってしまうのは残念だが,それでもパワー・ポップってこういう音だったんだよねといえる音なのだ。



☆ しかしそれにしてもいい加減な芸名である(ブラームス+チャイコフスキー)。

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「冬のオルカ」 (キリンジ 1997年11月1日)


2 IN 1~10TH ANNIVERSARY EDITION~2 IN 1~10TH ANNIVERSARY EDITION~
(2008/03/19)
キリンジ

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☆ 堀米兄弟は1977年封切りの映画『オルカ』を見たのだろうか(少なくともテレビで)。スピルバーグが『ジョーズ』で当ててから(嫌な言い方だ)動物パニック映画が少し流行した。でも怖い動物映画ならヒッチコックの『鳥』や70年代の『ウイラード』とかいろいろあって,よく考えたら『エクソシスト』に始まるオカルト物より早い時期からホラー映画の一ジャンルだったと思う。ぼくはへたれチキンなのでホラーやオカルトやパニック映画はからきし駄目であるので(苦笑),これらの映画は見るというより聴く(マイク・オールドフィールド「チューブラー・ベルズ」=『エクソシスト』のテーマとして知られる元祖ミニマル・ミュージックだったり,『ジョーズ』のテーマと共に登場する安岡力也(「俺たちひょうきん族の "ホタテマン" )だったり,幼い日のマイケル・ジャクソン(「ベンのテーマ」)だったりする)のだが。

「冬のオルカ」 (作詩・作曲:堀米泰行)



https://www.uta-net.com/song/49183/

☆ スタンピードと言われたらドゥービーズの5thアルバムを思い出すし,そこからシングル・カットされたモータウンのカバー曲 "Take Me in Your Arms (Rock Me a Little While)" の邦題「君の胸に抱かれたい」は,キリンジのメジャーデビュー後の5thシングルと同名だし。ダウンビートと言われたらニューヨークのジャズ雑誌(五つ星評価で「スイング・ジャーナル」と双璧だ(爆))だし,同名の曲は南佳孝が来生えつこに詩を書いてもらって82年の彼の7thアルバム『セブンス・アベニュー・サウス』に収められているし。でも世界中で唯一の「冬のオルカ」はここにしかないし。。。

☆ もうすぐ暦だけ春になるけど,「いつか来た」ではない「いつか来る夏」のために冬のオルカは放物線を描きながら摩天楼に向かっていくのだろう。そこには微熱少年が風をあつめていた頃の衣擦れは無いのかもしれないが。



☆ 今頃気付いたが「開けゴマ」は「夏への扉」(R.A.ハインラインの小説か,それを土台にした山下達郎の曲)だな。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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