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2018-12

Musically_Adrift '77 Presents Selected Musicians 第3夜 RC SUCCESSION



「ダーリン・ミシン」(1981年12月24日 日本武道館)



「トランジスタ・ラジオ」



「スローバラード」(1980.04.05.久保講堂 Featuring 小川銀次)



「雨上がりの夜空に」(1980.04.05.久保講堂)








音楽無罪
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Musically_Adrift '77 Presents Selected Musicians 第2夜 山口百恵(バス通り裏編)



「ちっぽけな感傷」 (6th Single 1974年9月1日)
(作詩:千家和也 / 作・編曲:馬飼野康二 オリコン最高位:第3位)



「白い約束」 (11th Single 1975年12月21日)
(作詩:千家和也 / 作曲:三木たかし / 編曲:萩田光雄 オリコン最高位:第2位)



「パールカラーにゆれて」(14th Single 1976年9月21日)
(作詩:千家和也 / 作曲:佐瀬寿一 / 編曲:船山基紀 オリコンNo.1)



「赤い絆」(20th Single 1977年12月21日)
(作詩:松本隆 / 作曲:平尾昌晃 / 編曲:川口真 オリコン最高位:第5位)



「謝肉祭」(29th Single 1980年3月21日)
(作詩:阿木燿子 / 作曲:宇崎竜童 / 編曲:大村雅朗 オリコン最高位:第4位)



「ロックンロール・ウィドウ」(30th Single 1980年5月21日)
((作詩:阿木燿子 / 作曲:宇崎竜童 / 編曲:編曲:萩田光雄 オリコン最高位:第3位)





バス通り編選曲:
①「としごろ」(1st Single 1973年5月21日) ⇒14Y.O.
②「ひと夏の経験」(5th Single 1974年6月1日) ⇒15Y.O.
③「ささやかな欲望」(10th Single 1975年9月21日) ⇒16Y.O.
④「横須賀ストーリー」(13rd Single 1976年6月21日) ⇒17Y.O.
⑤「夢先案内人」(17th Single 1977年4月1日) ⇒18Y.O.
⑥「秋桜」(19th Single 1977年10月1日) ⇒18Y.O.
⑦「いい日旅立ち」(24th Single 1978年11月21日) ⇒19Y.O.
⑧「しなやかに歌って」(27th Single 1979年9月1日) ⇒20Y.O.
⑨「さよならの向こう側」(31th Single 1980年8月21日) ⇒21Y.O.
⑩「曼珠沙華」(16thスタジオアルバムタイトル曲=1978年12月21日) ⇒19Y.O.

☆ この人が急成長したのは75年の秋から冬にかけてだろう。74年が「百恵ちゃんの年」だったことから75年もそのまま続くと思われたが,ジュンペー(桜田淳子)の巻き返しと岩崎宏美の登場でかなり苦しい1年だったと思う。だけどそういう時期があって76年に一気にこの時代の代表曲をものにする。バス通り裏編の選曲は作詩・作曲・編曲のペアリングの妙にポイントを置いているのだけれどお分かりいただけましたでしょうか?

☆ バス通り裏編の最後の曲に関しては,来年レビュー予定。この年齢になってまさか山口百恵のレビューをするとは思わなかった(笑)。

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Musically_Adrift '77 Presents Selected Musicians 第1夜 Sam Cooke(サム・クック)



Samuel Cook (January 22, 1931 – December 11, 1964), known professionally as Sam Cooke, was an American singer, songwriter, and entrepreneur.

You Send Me (Sam Cooke)


Released September 7, 1957
全米No.1(ポップチャート/ブラックチャート)


Wonderful World (Lou Adler, Herb Alpert, Sam Cooke)



Released April 14, 1960
全米最高位:12位(ビルボードHot100),2位(R&Bチャート)、全英最高位:27位

Twistin' The Night Away (Sam Cooke)



Released January 9, 1962
全米最高位:9位(ビルボードHot100),No.1(R&Bチャート)、全加最高位:6位


Little Red Rooster (Willie Dixon)

Oreginally Released by Howlin' Wolf October 1961
Cooke recorded his interpretation of Willie Dixon's song, calling it "Little Red Rooster"on February 23, 1963
全米最高位:11位(ビルボードHot100),7位(R&Bチャート)


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「12月の雨の日」 (はっぴいえんど Live 1985.6.15 国立霞ヶ丘陸上競技場)





シングル「12月の雨の日 / はいからはくち」(はっぴいえんど 1971年4月1日)
(作詩:松本隆 / 作曲:大滝詠一)



☆ この曲は叙景詩に近づいた抒情詩だといえる。抒情詩万能のフォーク・ソングに一石を投じた感がある。また主張と言語の軛(くびき)にあった当時のロックに対しても強力なアンチテーゼであったことは間違いなく,松本隆という人は本質的には「アヴァンギャルド傾向」があったんだなと思わざるを得ない。

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Musically_Adrift '77 Presents "さよなら平成くん"第3夜



千年紀末に降る雪は (作詩・作曲:堀米高樹)



Album Released Nov.18 2000

Refer to http://deaconblue.blog38.fc2.com/blog-entry-1593.html

☆ 誰もこの兄弟がセント・ジョンの街から流れてきたなんて思ってないから,悪しからず。

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Musically_Adrift '77 Presents "さよなら平成くん"第2夜









☆ これ1980年になるんだな。石橋凌24歳。いやあ若い,声が(^0^)。本日の東京証券取引所に謹んでこの曲を捧げるよ。

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Musically_Adrift '77 Presents "さよなら平成くん"





↑ たぶんパリのシャンゼリゼ通りだろ




☆ レディー・ガガが「スター誕生」のリメイクで女優デビューするそうだが,あのシチュエイションは昔からポピュラー・ソングの題材になってきた。

①ほぼ同じパターン
「愛の残り火(Don't you want me)」(ヒューマン・リーグ):ウエイトレスの女の子は大スター。男の方は...
「喝采」(ちあきなおみ):こちらも女の子は大スターで,男は亡くなってしまう...
②変奏曲パターン
「スーパースター」(レオン・ラッセル/カーペンターズ):男女入れ替わり。男は有名ギタリストになるが,女の子はウエイトレスのまま。

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Talking Blue 誰が「歌謡曲」を終わらせたか?(下)



(承前)
☆ さて,異議申し立て者の音楽であった「ニュー・ミュージック」が世代交代を逆手に取られる形で前世代のパフォーマーであるショウビズのメインストリームに再吸収されることによって「歌謡曲」はその立ち位置を失っていく。前世代だけでなく同世代の創造者(シンガー・ソングライター)が歌謡曲にアプローチを始めた背景には,この「人の問題」がある。70年代半ばの時点でシンガー・ソングライターが継続的職業になる可能性はまだ大きくなかった(たとえ音楽出版に手がかりを得た拓郎,陽水が小室等と泉谷しげるを巻き込んでレコード会社を設立したとしても)。だから荒井由実時代のユーミンも山下達郎もいずれは制作者サイドに回るということを可能性に置きながら音楽活動をやっていたと思われる(ユーミンは実際,いずれはライター(作家だが彼女の場合は作詩も作曲もバラで出来る才能があった。後年の「呉田軽穂」はその名残である)になるだろうと当時話していた)。

☆ 昔の「芸事の世界」の尾を引く(作詩家・作曲家の先生のもとに弟子入りする。これに近いのが北島三郎ファミリー)歌謡曲ほどではないにしろ,シンガー・ソングライターが世に出るには制作サイドとの協調が必要であり,制作サイドにはいわば前世代の先輩たちが押さえていた(代表例が平尾昌晃やミッキー・カーチス)し,ショウビズの事務所はナべプロ,ホリプロ,田辺エージェンシーなどそういう事務所が押さえて隙間にヤマハが入り込んできた形になった。こういう構造にラジオ時代からポピュラー音楽とのコラボレーションを意識し始めていた放送業界がこれに一枚噛んでくる。さらに既存の芸能事務所に対抗するようにテレビは若いタレントの供給源を目指し,ラジオの若いディレクター達は若い「新進ミュージシャン」に活動の場を与えるだけでなく個人的なサポートまでした。そうやって音楽を作っていくという過程は「ニュー・ミュージック」の名にふさわしい部分があったことも事実だ。

☆ 結局,そういう構造(利権構造)が歌謡曲のコロモをニュー・ミュージック(括弧をつけないのは中村東洋の定義と関係ないから)経由でJ-POPに変容させたと言えるのだが,「歌謡曲の終わり」を何処に置くかは人それぞれだろうと思う。なかにし礼(『歌謡曲から昭和を読む』ほか)は70年代後半(少なくとも彼が黒沢年男に「時には娼婦のように」を書いた頃)に置いているようだし(あるいは松田聖子の歌手デビュー前といっても良いのか),中川右介(『阿久悠と松本隆』)はもう少し後(伊達歩=伊集院静,売野雅勇や秋元康が売れっ子になる頃)に置いているようだし,スージー鈴木は1984年を一つの分岐点を考えているようだ。

☆ ぼくは少し違う。ぼくが特定している「最後の歌謡曲」は,昭和と平成をまたぐ時期に発表された竹内まりやの連作(「駅」:中森明菜に提供(1986年12月24日=アルバムリリース/本人のカヴァーは1987年8月12日=アルバムリリース),「シングル・アゲイン」(1989年9月12日),「告白」(1990年9月18日。後二者はAX「火曜サスペンス劇場」エンディングテーマ))だと思う。特に「シングル・アゲイン」の山下達郎によるアレンジは,彼自身がいかに「歌謡曲的アレンジ」と異なるアプローチを取るかを命題とし,それに成功したこともあって,歌謡曲の幕引きに相応しいと思う。そして興味深いことに今年出た竹内の最新シングル(「小さな願い」2018年10月17日)のカップリング曲に60年代後半~70年代前半の歌謡曲のテイストを感じさせる作品が入っていたことで,これは彼女の視点からの「歌謡曲のレビュー」のように,ぼくには思えた。



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Talking Blue 誰が「歌謡曲」を終わらせたか?(上)



☆ 「昭和歌謡」という「あいまいなポピュラー音楽界の流行語」がようやく終息(収束)しつつあるが,これは用語的には正確なのだ。なぜなら昭和のはじめ頃まで「歌謡曲」という言葉そのものがなかったからだ。当時,日本のポピュラー音楽(邦楽)は「流行歌」と呼ばれていた。「歌謡曲」という言葉は軍部だか何だか知らないがそういうお歴々が「時局柄 "軟弱な" 言葉は怪しからん」と言って「流行歌」の呼び名を変えさせたものだから。だから古賀メロディーも生まれた当初は歌謡曲(まして「演歌」)ではなく流行歌であったのだ。

☆ 「歌謡曲」という言葉は1980年代半ば頃まではバリバリの現役であった。もっとも本来的な「歌謡曲」が存在し得た期間は昭和時代をほぼ包含しているので,そういう意味で「昭和歌謡(=昭和の御代に歌われた曲)」という定義は間違っていない。しかし,演歌,軍歌,ジャズ(歌謡),歌謡ポップス,ムード歌謡,グループサウンズ(GS),フォ-クソング,アイドル歌謡,日本(語)のロックをひっくるめて「昭和歌謡」と言われても...という気がする。おそらく「昭和歌謡」という言葉を使いたい人は90年代後半頃から流行り出した「歌年鑑」的な把握を試みているのだろう。

☆ 先に述べたように「歌謡曲が歌謡曲であった期間」は,確かに戦前の一時期と戦後昭和(1945~1989)の大部分を指していることは間違いなさそうだ。だから「昭和歌謡」じゃないかという論旨はそれなりに成り立つ。だけどXTCのアンディー・パートリッジではないが人口に膾炙する音楽はすべからく "This is POP" に過ぎない訳で,精緻華麗な分類に何かの意味があるかといえば,あまり無いような気がする。

☆ そういう「歌謡曲」が変質していく過程に「ニュー・ミュージック」があった。ここで言う「ニュー・ミュージック」は中村東洋たちが「従来のショウビズ音楽(既製品の「歌謡曲」であり,彼の視点からは「体制側の音楽」)へのカウンター・カルチャーとしての用語であり,それを体制(ショウビズ)側に「乗っ取られた」と感じた彼は「ニュー・ミュージック」という言葉を自ら葬り去る(正しい判断だと思う)。中村の見たカウンター・カルチャーは,やはりボブ・ディランであり,それも「異議申立者(プロテスト者=プロテスタントと書くと特定の宗教に繋がるためあえてこういう書き方をしている)」としてのディランの立ち位置だったと思う。そしてボブ・ディランという「変容し続けること」を自らの音楽の核心に置いたミュージシャン(パフォーマー)の変わっていく様を横目で見ながら,中村は世界中の「異議申し立て音楽」(こう言い切ることは一種の偏見であり,それに対する批判は甘受する)の案内者としての地位を確立していくのである。

☆ ショウビズは首尾よくフォークやロックから「ニュー・ミュージック」を切り出すというか奪い取るのだが,それは音楽制作者における世代間承継が関わっている。音楽制作には音楽そのものの制作とその興行という二面がある。昔流に言えば前者はレコード会社や一部の有力な作詞家,作曲家が牛耳っていたし,後者は後に反社と呼ばれるようになった素敵な面々を含む様々な人々の利権の上にあった。また歌謡界と同時並行のように戦後日本の娯楽の王者だった映画界,それと入れ替わったテレビ(放送)界というものも見逃せない。

☆ 戦後,進駐軍と呼ばれた占領軍(大半が米軍)が持ってきたものは『知ってはいけない』の2冊の新書本に記(しる)されたもののほかにビッグ・バンドのスウィング・ジャズがあった。これは戦前のジャズ(国内だけでなく上海なども含む)から繋がっている部分でもあったが,そこから現在の主要な芸能事務所が生まれていることは明白な事実である。さて1001というスタンダード本から始まった日本のジャズ歌謡はブギウギの一大ブームを巻き起こし戦後第一世代の流行歌手たちを生み出していく。歌手は歌を歌い続ければ30年も経つと夏場に「懐かしのメロディー」に呼んでもらえるというのが1990年頃までの風習だったが,バンドマンはそうはいかない。そこで裏方職業としての音楽制作サイドや芸能事務所が生まれてくる。

☆ この構造が頭に入っていないと(そろそろ時間切れの人やすでに故人となった人も多いが)日本のショウビズを背負ってきた人たちの姿がなぜ今のショウビズにまで影(あえて「暗い」とは書かん=苦笑=)を落としているかが分からなくなる。昔も今もショウビズという世界はナマモノである。人は死して名(レコード=記録)を残すかもしれないが,所詮は「生きてるうちが花なのよ=死んでしまえば「お化け」になる」の世界である。そして勝ち抜くまではレッドオーシャンで,勝ち抜いたところでブルーオーシャンがあり得ないのはつい先日紹介したクイーンの曲のとおりである。こうして世代交代を繰り返しながら本質的には同じようなものを再生産するのが大量生産=大量消費=資本主義社会なのだ。そのポピュラリティに「芸術」の名で対抗したくとも,せいぜい「黴(かび)の生えた音楽」(中村東洋)と貶(けな)されるのが関の山なのだろう。もちろんこの発言はポピュラー音楽側の依怙贔屓(えこひいき)なのだが,クラシック音楽が現代楽器を用い現代的に再解釈される過程(それは驚くほどジャズやロックのようなポピュラー音楽に通底する)は,鑑賞音楽としての普遍性という立ち位置で見てみればポピュラー音楽と大差ないようにしか見えないのだ。(続)

Out of Touch (Daryl Hall and John Oates 1984年10月4日)



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Talking Blue (1)ポピュラー音楽における「詩」と「曲」



☆ ポピュラー音楽について語るとき(こういう言い方が十二分におこがましいのは承知の上で),それが「音楽」について語っているのか「詩(詞)」について語っているのかで,その内容は大きく変わってくる。この点で難しいのはボブ・ディランのように専ら詩について語られる要素が大きい(結果として彼は「ノーベル文学賞」を受けた)ものの,作品としてなら60年代の「風に吹かれて」や「ライク・ア・ローリング・ストーン」を例に出すまでもなく,そしてそれ以上に70年代の「ローロングサンダー・レビュー」や今に続くコンサートツアーからも明白なように,プレイヤー(パフォーマー)としての彼の存在はポピュラー音楽に対して巨大な影響を与え続けている。

☆ ディランもそうだが,エルヴィス・プレスリー,ザ・ビートルズ,セックスピストルズのように,その時代の「文化」にインパクトを与えた存在(特にピストルズがそうだが^^;),それはポピュラー音楽というジャンルを超えた存在になることがある。「存在が違うんだ」と言われれば返す言葉もなくなり,そこで散会となる(笑)。それはどこかの格闘技の「瞬殺」のようなもので,絵にはなるが音楽にはなっていない。妙な譬(たと)えだが,落語は噺(はなし)があって落語なのであり,枕で終わっては(吉原じゃあるまいし)落語とは言えないというのと同じことなのだろう。

☆ 詞(ことば)からポピュラー音楽を見ていくと,例えば酒井順子が松任谷由実に迫ったアプローチのようになる。確かに松任谷は「鶴の巣ごもり」状況から彼女の音楽における「詩の世界」を構成しているので,酒井のそれは詞(詩)の面では概ね正しいが,音楽として捉えるとかなり物足りない。

☆ またポピュラー音楽のにおける詩の場合,その詩が生まれた背景(そのワンテーマで30分ないし60分のドキュメンタリー番組が作れる)が与える影響も少なくない。スティーヴ・ジョブズの伝記を読むと70年頃に彼が通っていたところで絶叫療法を受けていたという話があり,同じ療法を受けていたジョン・レノンがそれをそのまま「マザー」という作品で再現していることが分かる。セラピーを受けたことと詩作とは直接的な繋がりはないかもしれないが,深い影響があることは間違いない。その当時はそういう裏面史は大多数の人々には知られていなかったので,結果として某女史のレビューのように届けられた作品だけが拡大解釈されていくことになる。

☆ そういうことは後講釈だから今なら何とでも言えるのかもしれないが(苦笑),これもまたポピュラー音楽の持つ特徴のひとつである。摂食障害が知られてなかった時代のカレン・カーペンターの死は本当に気の毒なものだったと思うし,ドラルド・トランプがオピオイドの害を声高にツイートする前にプリンスは亡くなってしまった。ポピュラー音楽の担い手にはそういうことは多々あるのである。

Wake Me Up Before You Go-Go (Wham! 1984年5月14日=英、8月=米)





☆ ワム!の全米における出世曲(No.1)であるこの曲はヴォーカルとともに鳴り響くタンバリンでお分かりのように,ジョージ・マイケルがホランド=ドジャー=ホランド(モータウンサウンド)を自家薬籠中の物にしたことでこの成功(本国英国での彼らの「イメージ」を大きく変えた)を得た。そこから先のソングライターとしてのジョージ・マイケル(1963.6.25~2016.12.25)に関してはここで言うこともないだろうR.I.P.。それにしても昨年のクリスマスにきちんと追悼として「ラスト・クリスマス」を掛けた局がどれくらいあったのだろうか?

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「Bohemian Rhapsody」 (Queen 1975年10月31日)



Bohemian Rhapsody (Freddie Mercury)


Is this the real life?
これが現実なのか?
Is this just fantasy?
それともただの空想なのか?
Caught in a landslide,
大崩落に巻き込まれ
No escape from reality.
現実から逃避できる場所もない

Open your eyes,
目をしっかり見開いて,
Look up to the skies and see,
顔を空に向け,認識するんだ,
I'm just a poor boy, I need no sympathy,
ぼくは哀れな少年で,誰の情けも要らないんだ
Because I'm easy come, easy go,
それも勝手気ままに生きてきた報いで
Little high, little low,
良いことも酷(ひど)いことも殆どありゃしなかった
Any way the wind blows doesn't really matter to me, to me.
どっちみち世の中はなるようにしかならないし,
今さらぼくにとって,それはどうでもいいことなんだ

Mama, just killed a man,
ママ,人を殺してしまったんだ
Put a gun against his head,
そいつの頭に銃を突きつけ,
Pulled my trigger, now he's dead.
引き金を引いたら,奴は死んじまった
Mama, life had just begun,
ママ,ぼくの人生は始まったばかりだというのに
But now I've gone and thrown it all away.
今やここを立ち去って,
地獄の底に投げ込まれようとしているんだ

Mama, ooh,
ああ,ママ
Didn't mean to make you cry,
悲しませたくはなかったんだ
If I'm not back again this time tomorrow,
もしこの時を,明日に取り返すことが出来なかったとしても
Carry on, carry on as if nothing really matters.
何事も起こらなかったかのように,
素知らぬ顔をして生き続けることが出来なかったとしても

Too late, my time has come,
もうダメだ,ぼくの番になってしまった
Sends shivers down my spine,
背筋がゾクゾク震え
Body's aching all the time.
身体中に痛みが塗(まみ)れていく
Goodbye, everybody, I've got to go,
ああみんな,さようなら,ぼくは行かなければならない
Gotta leave you all behind and face the truth.
あなた方みんなに背を向け,
自分のしでかしたことに向き合わなきゃいけないんだ

Mama, ooh (any way the wind blows),
ああ,ママ(なるようにしかならないよ)
I don't wanna die,
ぼくはこんなことで死にたくないよ
I sometimes wish I'd never been born at all.
こんなことなら,いっそ生まれてこなきゃよかったんだ

I see a little silhouetto of a man,
ぼくは男の小さなシルエットを見ている
Scaramouche, Scaramouche, will you do the Fandango?
そこの臆病者よ,臆病者,おまえはファンダンゴを踊ろうとでもいうのか?
Thunderbolt and lightning,
轟く雷鳴と稲光は
Very, very frightening me.
とてもとても,ぼくを恐れさせるのだ
(Galileo) Galileo.
(Galileo) Galileo,
Galileo Figaro
Magnifico-o-o-o-o.

I'm just a poor boy, nobody loves me.
ぼくはただの哀れな少年で,誰からも愛されなかった
He's just a poor boy from a poor family,
彼は貧しい家に生まれた,ただの哀れな少年
Spare him his life from this monstrosity.
この途轍もない災難に彼の人生を巻き込ませるんじゃない

Easy come, easy go, will you let me go?
勝手気ままに生きてた者を,無罪放免してくれるのか?
Bismillah! No, we will not let you go. (Let him go!)
神(アラー!)の名の下(もと)に!お前を解き放つ訳にはいかぬ(彼を解き放て!)
Bismillah! We will not let you go. (Let him go!)
神(アラー!)の名の下(もと)に!お前を解き放つ訳にはいかぬ(彼を解き放て!)
Bismillah! We will not let you go. (Let me go!)
神(アラー!)の名の下(もと)に!お前を解き放つ訳にはいかぬ(彼を解き放て!)
Will not let you go. (Let me go!)
お前を解き放つ訳にはいかぬ(彼を解き放て!)
Never let you go (Never, never, never, never let me go)
お前を解き放つ訳にはいかぬ(どうしても,どうやっても,それでも行かせてくれないのか)
Oh oh oh oh
No, no, no, no, no, no, no
Oh, mama mia, mama mia (Mama mia, let me go.)
ああ,何てこった,何てこった(何てことを,行かせてくれ)
Beelzebub has a devil put aside for me, for me, for me.
ベルゼブブ(蠅の王)が悪魔をぼくの許(もと)に送り込んだんだ,ぼくの処に,ぼくのとこに

So you think you can stone me and spit in my eye?
それでもおまえは,ぼくを石打ちの刑にして
ぼくの顔に唾を吐きかけることが出来るというのか?
So you think you can love me and leave me to die?
それともお前は,こんなぼくに愛を注いで
この死地から救い出すことが出来るというのか?
Oh, baby, can't do this to me, baby,
ああ,ベイビー,そんな酷いこと,ぼくにしてくれるなベイビー
Just gotta get out, just gotta get right outta here.
ここから出してくれ,出してくれるだけでいい
ここから早く,ぼくを連れ出してくれ

(Ooooh, ooh yeah, ooh yeah)

Nothing really matters,
全ては何でもなかったんだ
Anyone can see,
誰が見ても分かるだろう
Nothing really matters,
何てことなかったんだよ
Nothing really matters to me.
ぼくにとっては,何でもないことだったんだ

Any way the wind blows.
それでも,なるようにしかならないのさ

Notes:
Galileoはガリレオ・ガリレイだろうから,知者もしくは科学者の比喩
Figaroは道化であるが真実を見抜く者の隠喩であろう
Magnificoは貴人。むしろメディチ家のロレンツォ・イル・マニーフィコを想起させ,偉大な方よ...くらいの意味

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「We will rock you ~ We are the champions (Queen 1977年10月7日)


We Will Rock You (Brian May)




Buddy you're a boy make a big noise
おい,そこの小うるさい小僧,お前のことさ
Playin' in the street gonna be a big man some day
いつか大物になる日を夢見て,街中そこらで派手にやらかしてる
You got mud on yo' face
その割にゃ,お顔に泥が付いてますぜ
You big disgrace
とんだ不名誉だ
Kickin' your can all over the place
足下の缶々をあっちこっちに蹴飛ばして
Singin'
歌え

We will we will rock you
俺達がお前等(ら)を揺さぶってやるぞ
We will we will rock you
俺達がお前等をビビらせてやろう

Buddy you're a young man hard man
おい,そこの粋がった若いの,お前のことさ
Shoutin' in the street gonna take on the world some day
街角で喚(わめ)き散らしながら,いつか天下でも取ってやろうってえのかい
You got blood on yo' face
その割にゃ,お顔に返り血が飛んでるぜ
You big disgrace
何たる不名誉
Wavin' your banner all over the place
お前の幟(のぼり)をただ振り回しているだけ

We will we will rock you
俺達がお前等を揺さぶってやる
(Sing it!)
(歌うんだ!)
We will we will rock you
俺達がお前等をビビらせてやる

Buddy you're an old man poor man
おい,そこの哀れなジイさん,あんたのことだ
Pleadin' with your eyes gonna make you some peace some day
憐れみを瞳に宿して,いつか永遠の心の平和ってのを手に入れようというのかい
You got mud on your face
その割にゃ,お顔に泥が付いてますぜ
Big disgrace
何たる不名誉
Somebody better put you back into your place
いつの日にかどなたかがあんたに平和をもたらしてくれるってか

We will we will rock you
俺達がお前等を揺さぶってやる
(Sing it!)
(歌うんだ!)
We will we will rock you
俺達がお前等をビビらせてやる

(Everybody)
(みんなで)

We will we will rock you
俺達がお前等を揺さぶってやる
We will we will rock you

(Alright)
(いいぜ)

☆ Buddyは訳しにくい単語だ。平たく言えば「相棒」なのだが,70年代映画によくあった(というかその後そういうパターンの映画が多く出たが)バディもの(ひょんなことから相棒になって事件に巻き込まれていく)のオープニングのイメージで「おい,そこの」というニュアンスを出してみた。それに合わせて言葉も少し伝法な物言いにしている。

We Are the Champions(Freddie Mercury)



I've paid my dues
おれはずっと義務を果たしてきた
Time after time
来る日も来る日も
I've done my sentence
おれはずっと刑に服してきた
But committed no crime
だけどどんな罪も犯していなかった
And bad mistakes
そして酷(ひど)い間違いを
I've made a few
少しはやっていたかもしれない
I've had my share of sand kicked in my face
いじめられ,砂を噛むような思いも随分と味わってきた
But I've come through
だがおれは,その全てに耐え抜いてきた

And I need to go on and on, and on, and on
今のおれに必要なことは,前進,前進,また前進し続けることなのだ

We are the champions my friends
我々こそが闘士なのだ,友よ
And we'll keep on fighting till the end
そして我々は最後の審判が下るまで,
この戦いを続けなければならないのだ
We are the champions
我々こそが闘士である
We are the champions
我々こそが闘士なのだ
No time for losers
敗者達に与えられる時は無い
'Cause we are the champions of the world
なぜか?それは我々がこの世界の闘士であるからだ

I've taken my bows
おれは喝采に応えるように何度も頭を低くした
And my curtain calls
そして何時までも止まぬカーテンコールに
You brought me fame and fortune and everything that goes with it
あなた方がおれに名誉と幸運と,
それに纏(まつ)わるあらゆるものをもたらしてくれた
I thank you all
あなた方への感謝は絶えることはないだろう

But it's been no bed of roses
だがしかし,安楽な暮らしが続くことはない
No pleasure cruise
快楽の海を征(ゆ)く遊覧船など,何処にも無いのだ
I consider it a challenge before the whole human race
おれは思う,これはあらゆる人類に対する
ひとつの大きな挑戦なのだと
And I ain't gonna lose
そしておれは,その戦いに負けることは決して許されないのだ

And I need to go on and on, and on, and on
今のおれに必要なものは,前進,前進,そして前進すること

We are the champions my friends
我々こそが闘士なのだ,友よ
And we'll keep on fighting till the end
そして我々は最後の審判が下るまで,
この戦いを続けなければならないのだ
We are the champions
我々こそが闘士である
We are the champions
我々こそが闘士なのだ
No time for losers
敗者達に与えられる時は無い
'Cause we are the champions of the world
なぜか?それは我々がこの世界の闘士であるからだ

We are the champions my friends
And we'll keep on fighting till the end
We are the champions
We are the champions
No time for losers
'Cause we are the champions

☆ Championを邦題(「伝説のチャンピオン」)の通りに訳すと,Wikipediaのこの曲の解説にあるような批評(歌詞のチャンピオンというのは自分たちのことを指し、自分たちが世界一だと思い上がっているのではないか)になる。だがWeblio辞書で "champion" を検索すればここに訳した「闘士」という意味がある。よく考えれば分かるように「一つのクラス(競技会・コンクール・コンペティション)」にチャンピオンは基本的に「ひとり」の筈で,それが複数形になるのは(曲が出た当時は)バンドとしてのクイーンを指しているのだろうと理解され,上のような批評になったのだと思う。Wikipediaの記事はこれに続いて「後にブライアン・メイは「この曲は自分たちをチャンピオンだと歌っているのではなく、世界中の一人ひとりがチャンピオンなのだと歌っている」と反論している。」と書いているが,ブライアン・メイの発言の「チャンピオン」も,もしかすると「王者(最終勝利者)」ではなく「闘士=挑戦者」であるかもしれない。

☆ 考えてみるまでもなく,競技会やコンクールやコンテストは,それぞれは一度きりかもしれないが,「競い合い」としてはずっと続いていく。一度優勝してもそれはキャリアの一部にしかならず,戦いは続いていく。むしろ王者という地位(bed of roses)に安住することは,すなわち敗北への直進路になることを思えば,一度勝利者になっても戦いは終わらないという厳しさをフレディは歌っており,字面で批評する人より先の地点に彼は立っていたということになる。

☆ この曲がフットボールをはじめとする多くのスポーツで好まれるのは,戦いに終わりがない(=半面それに携わる自分は有限の存在であることも無意識に感じている)ことを本能的に分かっている人々が,せめて眼下のこの戦いには勝ち抜こうという意思を持っているからだといえ,そのことをフレディの曲よりブライアンの曲が明白に語っているからこそ,今日もどこかの競技場や中継放送の画面で我々はそれを耳にするのだと思う。


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二次元女性のウエスト問題を考える


☆ 纏足(てんそく)は中国の満州族が昔行っていた習慣で,女性の足は小さいほうが良いという宗教的なのかどうかは知らないが美意識に基づく風習で,女の赤ん坊が生まれた時から小さな靴の中に押し込んで足を成長させない,それが美人の基準の一つになったと習った気がする。これは漢民族には耐え難かったろうと思うが,とにかく清朝成立後長い間そういう風習があったらしい。

☆ これに似たようなことは欧州ならば18世紀くらいまでの王侯貴族の女性下着でもあった。ここで突然犬の話に飛ぶが,犬が怪我か何かで薬を顔の周囲に塗った時に,誤ってそれを舐めないように付ける器具のことをエリザベス・カラーと言う。その名前を知らない頃はあれを見て「ひまわり犬」と呼んでいて笑われた。エリザベスの名前は女王エリザベス(といっても現在の連合王国(少なくともイングランド)女王ではない。エリザベス一世のほうだ。彼女の肖像画を見ると確かに(畏れ多くも)犬がつけているようなデカいひまわり状のカラーをつけている。近現代女性の服飾の歴史はこうした拘束からの解放が一つのテーマであった。これも失礼を顧みず申し上げれば,ウイメンズ・リバティとノーブラはほとんど同時にやってきたような気がする。

☆ その文脈で考えると今の二次元アニメに氾濫する女性キャラクターの大半は纏足ならぬ纏束状になっている。それもヘンテコリンなことに衣服でそうなっているのではなく身体の造形じたいがそうなっていて(内臓はどうなっているんだ?),下着で矯正する必要などこれっぽちもないのである。そしてどういう寄せ方をすればそうなるのかわからないが脂肪はほとんどすべて胸に集中し,どう考えてもバランスの取れない造形になってしまっている。

☆ それが一種の偏った美学だというのはもちろんオトコの端くれなので理解しない訳でもない(苦笑)。そしてまた女性側でもナチュラル・ビューティーはある程度の統制が必要であるという認識はジェーン・フォンダがワークアウトをやり始めた後に少しずつ同性間の支持を得てきたことも想像に難くない。だがそれにしてもだ(再苦笑)。あれは生態的に不自然過ぎると思ってしまい,その違和感がぼくをしてこういうアニメーションの世界から遠ざけてしまうのである。

Time Passages (Al Stewart / Peter White)

Released:September 1978(US),November 1978(UK)



トーチソングの件,まとまりませんでした。ゴメンナサイ。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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