FC2ブログ

2018-07

「Geno」 (Dexy's Midnight Runners 1980年3月15日)



Geno (Kevin Archer / Kevin Rowland)

全英No.1(Silver Disc)

Geno! Geno! Geno! Geno! Geno!
ジーノ!...
Back in '68 in a sweaty club
時は戻って'68年。汗と人いきれでむせ返るクラブで
Oh, Geno
ああ,ジーノ
Before Jimmy's Machine and The Rocksteady Rub
ジミーズ・マシーン&ザ・ロックステディ・ラブの前に
Oh-oh-oh Geno-o
そ~う~ジーノ!
On a night when flowers didn't suit my shoes
ぼくの靴に花なんか全然似合いもしないその夜
After a week of flunkin' and bunkin' school
寝っ転がったまま単位をしくじった学校を引けた後
The lowest head in the crowd that night
サイテーの頭を抱えて人波に紛れていたその夜
Just practicin' steps and keepin' outta the fights
面倒に巻き込まれないよう用心しながらステップ踏んでいたそのときだった

Academic inspiration, you gave me none
学問的ひらめきなんてものは,何も伝わっちゃこなかったけど
But you were Michael the lover
だけど貴方はその歌のままの「色男マイケル」で
The fighter that won
まさにその夜の勝者だった

But now just look at me
だけど貴方の視線がたまたまぼくを捉えた時
I'm looking down at you
ぼくは貴方に見惚れてしまってたんだ
No, I'm not beinh flash
いや,ぼくは一瞬の閃きに過ぎなかったにしても
It's what I'm built to do
それこそが,これから僕がやっていくべきことだと教えられたんだ

That man took the stage, his towel was swingin' high
その人は舞台に上がり,タオルを勢いよく回し始めた
Oh Geno
ああ,ジーノ
This man was my bombers, my Dexy's, my high
その人こそ,ぼくにとっての爆撃手であり,デキシーであり,ぼくの目指す高みだった
Oh-oh-oh Geno-o
そ~う~ジーノ!

The crowd they all hailed you, and chanted your name
観客は熱狂し,大声で貴方の名前を繰り返す
But they never knew like we knew
でも彼らは,ぼくらが気付いたことには気付きもしなかったんだ
Me and you were the same
ぼくも君も変わりはしないってことにね
And now you're all over, your song is so tame, brrrrr
そして今や貴方の出番は終わってしまい,貴方の歌もありふれたものになってしまう,だけどね
You fed me, you bred me, I'll remember your name
貴方はぼくの音楽を養い,それに生命を与えてくれた

Academic inspiration, you gave me none
You were Michael the lover
The fighter that won
But now just look at me
I'm looking down at you
No, I'm not being flash
It's what I'm built to do

Oh Geno, Woh-oh-oh Geno-o
Oh Geno, Woh-oh-oh Geno-o

☆ 2トーン・ムーヴメントの一番最後に,UB40や(イングリッシュ)ビートらと共にシーンに上がってきたのがケヴィン・ローランド率いるデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズだった。ジャマイカ移民の子供たちはレゲエを英国に持ち込み,スカやカリプソがそれに続いた。ボブ・マーリイがレゲエで英国を覚醒させたあと,スカの復権を旗印に2トーンが登場する(例えばマッドネスはプリンス・バスターをリスペクトし,「ワン・ステップ・ビヨンド」冒頭の「語り」で彼の名を出している)。

☆ 2トーンはスカ・ビートに当時の状況を反映した激しい歌詩を載せた(この方法論はそのまま「ラップ/ヒップ・ホップ」に繋がる)。彼らは自分たちも思ってなかった成功を勝ち得たが,初期パンクと同じような疑問を抱いた。その疑問はスペシャルズの「ラット・レース」の辛辣な歌詩に表現されているのだが,その頃には2トーンの中でも主役が交代し始めていた。

☆ このムーヴメントから出てきた最大の成功者はたぶんUB40だと思うが,彼らはレゲエ・オリジナルのバンドである。デキシーズに至ってはこの曲(「ジーノ」)で歌われているように「ノーザン・ソウル(60年代に米国のR&Bシーンが英国に与えた影響の一つ。クラッシュの「ヒッツビル.UK」なども参照)」の復権を目指す(あくまでもデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズMkⅠだけだが)バンドだった。そういえばダイア・ストレイツの「悲しきサルタン」の中に「若者達はトランペットの入っているバンドにも敬意を払っていた」だったっけ,そういう歌詩があった。まあとにかくこのバンドを皮切りにノーザン・ソウルの小さなリヴァイヴァルが起こり,そのシーンからポール・ヤングが出て来るというのが一連の流れ(2トーンからずいぶん遠くに行ってしまったが)。

☆ この曲に歌われているジーノ・ワシントン&ザ・ラム・ジャム・バンドは後に紙ジャケで国内盤が出た時に偶然見つけて入手した。ノーザン・ソウルは日本ではあまり話を聞く機会がなかったが,英国盤のコンピレーションはそれなりに出ていたし,YouTubeの時代になるとデキシーズもカヴァーした「Seven Days Too Long」のオリジナル盤が聴けたりしたので,こんな感じかというのはなんとなくわかった(気がした)。

☆ 初めてこの曲を聴いた時「時代が変わる」という気がした。パンクはある意味でロックンロールの先祖返りだし,ニューウエイヴの大半も(実験音楽的アプローチだったオータナティヴ一派も含め)何らかの意味での「先祖返り」だったと思う。こうした「回帰性」は流行事象一般に見られ,服飾を含む様々な造形や文芸などでもよく見られる。一種の「温故知新」的アプローチともいえ,別の言葉で言えば「古い袋に新しい酒を注ぐ」ようなものかもしれない。

☆ その「回帰性」がたまたまそのシーンで出くわしたミュージシャンにとっては一つの契機であり,動機でもあるのだが,それが彼の思わぬ形で大衆受けした後には,その様式(スタイル)が「その後のミュージシャン」を縛りつける限界としてその前に立ち塞がることになる。この皮肉の上に流行音楽が存在することは凡庸な聞き手である僕にも気付くことができた。ケヴィンはそこから逃れるためデキシーズMkⅡで「ケルティック・ソウル」を生み出し,MkⅠ以上のフロック(成功)を収めてしまう。それが後代の「凡庸な評価」に繋がってしまったことは,傍(はた)で見ていても「なかなか難しいところ」であった。

スポンサーサイト



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「輝ける七つの海(Seven Seas of Rhye)」 (Queen 1974年2月23日)



☆ 最初に聴いた曲がそのバンド(歌手)に対する印象を決めることはままある。それはポピュラー音楽の宿命のようなもので,たまさか出逢いが良くなかったがゆえに後代に残るビッグ・ネームだが全く縁がありませんでしたとなってしまうパターンは掃いて捨てるほどある。それどころか,その歌手が非常な人気を持つようになってしまうと,これがまた鬱陶しくなってしまったりするわけで,こんなところからアンチ何々が生まれいずることになる。

Seven Seas of Rhye (Freddie Mercury)




☆ この曲がクイーンの聴き始めで良かったと今でも思っている。それもBCL(自分の地域以外の中波(短波)局の受信)で聴いていた(まだフリーになって間もない頃の)落合恵子さんのDJ番組だったのが良かったんだな。最近興味深い本を出されているがお元気なようで何よりです(そして女内田裕也的魁偉な風貌になられておりますが^^;。むかし青山の「こどもの城」に行った帰りにクレヨンハウスに立ち寄ったのもかなり懐かしい思い出だったりする)。

☆ だからクイーンの第一印象は「カッコ良いバンドが出て来た」で,これを(放送で)聞いたのはこの年(74年)の夏休みの頃だったと思うが,まさかその年の冬に「キラー・クイーン」で大発火するとは思わなかった。あれを先に聴いていたらどうだったかわからない。今の耳だったら別にどうということもないのだが,あの怒涛のようなミーハーブーム(YouTubeを見ても分かるように。いや失礼^^;)が先に来たら,そう簡単には好きにならなかっただろう。そういう意味でもヒット曲って「出逢い」だとつくづく思うのだ。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

あの日の空は、たぶん今日の空。



☆ 不思議に思えるようになるには,それなりに時間が要るのだということを知るには,その頃の僕は若過ぎた。たぶん君や君の友達や恋人も同じように感じるのだろう。どうしてこの退屈な空間の中で無為に時間を過ごさなければならないのかと。それがとんでもない贅沢であることを君達も薄々感じているのだろう。でも感じることはあっても,どうすればいいのかという答えは一向に見えないということも。結局,君達は堂々巡りのようにその時間を消費していく。

☆ 1年が憎らしいほど短いのに,どうしてこのたった1日,いや半日が長いのだろう。まるで人生の総てがそこに放棄されているかのように長ったらしく感じるのだろう。温度計は目盛を上げる代わりに30を軽く飛び越えた数字を示し,退屈しのぎに空を見れば,青いというより薄雲を孕んで水色のように見える。真冬の切りつけるような真っ青な空は其処には無い。湿った生温い風がコッソり体力と気持ちの張りを奪っていく。

☆ 時を隔てて,それでもあの日の空は,たぶん今日の空。人生のコーナーを二つは回って,その割に得るものもなく,この生温い風のように一日を凌ぎながら,不覚にも見上げてしまった空は,やっぱり水色。



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

祭・祭のあと


☆ 祭は誰のものか。この国の,たくさんいる神様のものだろう。むかし「日本は神の国」と言ってイデオロギシュな批判を受けた総理大臣がいたが,特定の時期の特定の神道を指したのでなければ,日本は八百万(やおよろず)の神様が争うことなく集っている場所であったはずで,そういう神様がいっぱいいるという意味なら「日本は神の国」であって間違いはない。でなければどうやってこの国の言葉ほど「神」がインフレして価値が高くない場所が世界の何処にある?

☆ 祭がオープンになるかどうかは,その神様を誰が共有するかという話になるのであろう。たぶん最大にオープンな祭では「誰でもいいじゃん」となる。だから真っ当なキリスト教徒達が顰蹙に眉を顰める中,クリスマスという名前のイベントが盛り上がり,どうもその火の粉がハロウィンに燃え移りかけている。こういう祭(的な状況)では宗教と世俗の区別が消えている。

☆ 祭は聖性をどのように開放していくか。これが世俗の世代(西欧であれば啓蒙思想とロマン主義以降)のテーマであった。先日の巴里祭はまさにそういう世俗の勝利を記念した祭であっただろうが,まあともかく祭が大きくなるということは,比例して聖性が喪われていく世俗化の回路を辿ることになるのだろう。



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Let's Go」 (The Cars 1979年6月12日)




Let's Go (Ric Ocasek)



She's driving away
かの女はそのまま走り出す
With the dim lights on
薄く灯りをつけたまま
And she's making a play
それからチョッと気を引く仕草をする
She can't go wrong
悪いようにはならないように
She never waits too long
とはいえ,そんなに長い間待つわけでもない

She's winding them down
かの女は時計のねじを
On her clock machine
巻き始める
And she won't give up
そうなると,自分からは終わらない
'Cause she's seventeen
だって花も恥じらう17歳だからね

She's a frozen fire
かの女は醒めた炎
She's my one desire
そしてぼくが欲しいたった一つのもの
And I don't want to hold her down
だけどぼくはかの女を意のままにしたい訳じゃない
Don't want to break her crown
かの女の最高の状態を壊したくない
When she says
その時彼女はこう言うのさ
"Let's go"
「行くわよ!」

I like the nightlife baby
ベイビー,こんな夜遊びは最高ね
She says
かの女は言うんだ
I like the nightlife baby
こんな夜遊びは最高ね
She says
そうしてこう言う
"Let's go"
「行くわよ!」

She's laughing inside
かの女はほくそ笑んでる
'Cause they can't refuse
誰も断ることはできないから
She's so beautiful now
今だって目を見張るほどの美しさ
She doesn't wear her shoes
靴さえ履こうとしない
She never likes to choose
選ぶのがお気に召さないから

She's got wonderful eyes
かの女の目はステキ過ぎる
And a risque mouth
口元に至っちゃキワド過ぎる
And when I ask her before
そしてそれを求めてみれば
She said she's holding out
彼女は言ったね。お気に召すままって

She's a frozen fire
She's my one desire
And I don't want to hold her down
Don't want to break her crown
When she says

"Let's go"
I like the nightlife baby
She says
I like the nightlife baby
She says
"Let's go"

Ooh
I like the nightlife baby
She says
I like the nightlife baby
She says
"Let's go"

☆ パンクはニューヨークから海を渡ってロンドンに行き,そこで炸裂し,ムーヴメントの揺り戻しとなってアメリカに戻ってきた。ロンドンの事情が合衆国で通用しない以上,そこには独自の新しいものが求められることになる。そういう背景からカーズが注目されるようになる。この辺の事情を考えると当時のアメリカではむしろ後年メインストリーム・ロックと呼ばれる音楽(渋谷陽一は「産業ロック」と評した)が立ち上がってきており,一方でカントリーやソウルといったロック以外の音楽も興隆していた。

☆ 当時アメリカのシーンに足りなかったのは「刺激」であり,カーズやブロンディやナックやトーキング・ヘッズやハートブレイカーズは,そうした「刺激」を与えるものと評価されていたのだと思う。(もちろんその前史としてヴェルヴェッツ,ニューヨーク・ドールズ,パティ・スミス・グループ,ラモーンズ,エディ&ホット・ロッズがあった。だって最初に書いたようにパンクの発祥はニューヨークなんだから。あ,そういえば当時東京にNYLON100%ってクラブがあったな。NYLON=N.Y.+LONDON)

2018年7月15日付記 いろいろバンド名を書いているところでどうしようかなと思って書かなかったバンドがある=ラナウイエズ(およびブラックハーツ)。あと微妙だったのがゴーゴーズ。別にガールグループをアンダーレイトしたわけでなく,どうしようかと思っているうちに忘れてしまった。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「コパカバーナ」 (バリー・マニロウ 1978年6月) 【2018.07.08追記あり】


COPACABANA (SPANISH VERSION)
(Barry Manilow, Jack Feldman, Bruce Sussman)


☆ このヴァージョン。よく考えたら,ちょっと変なのだ。コパカバーナの謂われはリオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)の南部にある海岸の名前を戴いたニューヨーク市(アメリカ合衆国)のナイトクラブで,そのナイトクラブの踊り子(ショーガール)を目指していたローラという女性が主人公のお話ということになる。歌詩の概要はWikipediaで「コパカバーナ(曲)」で検索すると出てくるのでここには書かない。

☆ 変だと言うのは,ブラジルはポルトガル語圏なのにこのヴァージョンはスパニッシュになっていることで,これは考えるまでもなくキューバやメキシコからの人々がニューヨークに集ってサルサ・ミュージックを興隆させていたからという当時の背景もあるのだろう。ディスコ音楽がドナ・サマーを先頭に西独のミュンヘンから大西洋を越えて全米に逆侵攻したことに対してニューヨークのディスコバブル(スタジオ54やトンネルなどを象徴とする)の回答がこの曲だった(もうひとつ,バーブラ・ストライサンドがドナ・サマーと互角に張り合った「ノー・モア・ティアーズ」も挙げておきたい)。

COPACABANA (Original Disco Mix 5:45)


☆ サルサは今では「サルサ・ソース」のことのように思われている(苦笑)が,70年代後半だって「サルサ(ニューヨーク・ラテン)」なんて紹介のされ方をしていた。曲の英語版Wikipediaを見ているとこの曲のヒントは作者であるBruce Sussmanとマニロウとの会話の中にリオにあるコパカバーナ・ホテルが出てきたことがきっかけだったそうだ。

Copacabana (En El Copa) Spanish Disco Purrfection Versión
Mixed by DJDiscoCatV2 7:47


☆ 70年代後半に日本の若者に指し示された(政治闘争の)代替物は「西海岸ライフ」だった。ただここでいう西海岸は「西海岸なう」ではなかった。もしそうだったら,孫正義や西和彦みたいな青年が数百人くらいシリコンバレーだとかパロアルトだとかクパチーノに行ってしまって80年代バブルが来る前にテクノロジー(ソフト)維新でも起こしていただろうから(苦笑)。

☆ 70年代末の西海岸なんたらは,(あえてこういう書き方を求めるのだが)女の子達の「ニュートラ/ハマトラ」と同じで,70年代末に60年代前半(ヴェトナム戦争=フラワー・ムーブメント/ヒッピー以前)の西海岸を描くような絵空事であって,アナーキーが丘サーファーを「あっちによろよろ/こっちにふらふら」とくさしまくったのがその実態に近かったと思う(こんなこと書いたらFineご用達の湘南/チバラギ兄(あん)ちゃんあたりにボコされそうだが(怖))。

Copacabana (At The Copa) [Original LP Version]


☆ 「コパカバーナ」のリミックスはB.P.M.が速い。あのスピードはユーロディスコの速さだ。78年のディスコ・ミックスは優雅にトロいのである。この曲の威力は偉大で筒美京平は庄野真代に「マスカレード」を書き,和泉常寛は大場久美子に「スプリング・サンバ」を書いている。あと,これとはちょっと違うけど大村雅朗は八神純子「みずいろの雨」のアレンジでサンバ・ホイッスルを使っている。当時の日本の歌謡曲(昭和歌謡って何??)が凄かったのは吸収力と窯変力だと思うのだが,こういうのが日本の「ものづくり」と通底しているのではないかとも思っている(=それ自体が限界にある)。

2018年7月8日追記
チャート・アクション(最高位)
仏:2位、ベルギー:5位、蘭:6位(7位)、加:7位、
米(ビルボード):8位、西独:23位、
ニュージーランド:37位

ダンスチャート;加:2位、米:15位
アダルト・コンテンポラリー・チャート:加:3位、米:6位

☆ このチャート・アクションが示すこと。若者はお付き合い程度にこの曲を評価し,中年(この頃は30代からだった)辺りの年季の入ったディスコファンじゃない「流行りモノの大人ディスコ」に夢中になっていたような「セックス・アンド・ザ・シティ」の主人公たちの親世代(爆)がノリノリに受けていたのだろうということ。ぼくの個人史の中ではディスコが異様に盛り上がる時代がバブルだという認識がある。日本では80年代後半から90年代初頭がそれに当る(古(いにしえ)=ワンレン・ボディコン期の「マハラジャ」とかね)。

☆ スパニッシュ・ヴァージョンで思い出すのは「サタデー・ナイト・フィーバー」のダンス・コンテストに出て来たラテンのカップルだとか,リンダ(ロンシュタット)の「ブルー・バイユー」のステーション・プロモーション盤(12インチでブルー・ビニールのスパニッシュ・ヴァージョンでぼくの宝物盤の一枚^^;)。以前も書いたように,この流れがマイアミのTKレーベルの躍進だとか,歌姫グロリア・エスティファンの登場にストレートに繋がっていく。

☆ で,こういうエンタメ本流(Middle of the Road)の作品が一番貧乏くじを引くことになる。マニロウは「歌の贈りもの(I Write the Songs)」と「涙色の微笑(Can't Smile Without You)」のNo.1を持つ70年代後半を代表する歌手(ソングライターでもありNo.1後者のようにカヴァー曲でもヒットを獲っている)であるにもかかわらず,AORをはじめとする評価が低過ぎる。同じような傾向はバーブラ(ストライサンド),ニール・ダイヤモンドなんかもそうだろう(例えばポール・サイモンやボブ・ディランと比べても)。ショウビズはショウビズじゃんというかもしれないが(笑),それでも評価するべきものを評価しなければ「判官びいき」のレア・グルーヴだけでは片(手)落ちというものだろう。

☆ ディスコの話を書いたが,この歌の歌詩はまるで「平家物語」のようだ。古の不夜城,娯楽の殿堂,酒とバラの日々(=酒に酔いつつターゲットの異性にバラを贈る優雅な日々)はディスコ・ビートの彼方に消え,同じようにディスコ・ビートはクラブ音楽とヒップ・ホップに変わり,ディジタル・ビートからボカロと握手会が主役の時代に変わってしまう。そういう諸行無常がポピュラー音楽やそれが属する流行文化の宿命とはいえ,この曲の派手で明るい音に彩られた悲劇は流行というものの「本質」を衝いていて興味深いというより滋味深く感じる。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

«  | HOME |  »

プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング

FC2ブログランキング

カレンダー

06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

最近のエントリ

最近のトラックバック