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2018-02

「Afternoon Delight」 (Starland Vocal Band 1976年4月)




☆ ウィキペディア(英語版)でスターランド・ヴォーカル・バンドの欄を見てみると,この曲以外にHot100に3曲チャートインしていることが分かった。ただしいずれも60~70位台なのでチャートの面からみれば事実上のワン・ヒット・ワンダーになる(1976年7月10日,17日付)。

Afternoon Delight (Bill Danoff)


Gonna find my baby, gonna hold her tight
Gonna grab some Afternoon Delight
My motto's always been "When it's right, it's right."
Why wait until the middle of a cold, dark night?

When everything's a little clearer in the light of day?
And we know the night is always gonna be here anyway?

Thinkin of you's working up my appetite
Lookin' forward to a little Afternoon Delight
Rubbin' sticks and stones together make the sparks ignite
And the thought of lovin' you is getting so exciting

Skyrockets in flight!
Afternoon Delight!
Afternoon Delight!
Afternoon Delight!

Started out this morning feeling so polite,
I always thought a fish could not be caught that didn't bite.
But you got some bait a-waiting and I think I might
Like nibblin' a little Afternoon Delight

Skyrockets in flight!
Afternoon Delight!
Afternoon Delight!
Afternoon Delight!

Be waiting for me, baby, when I come around.
We can make a lot of lovin' 'fore the sun goes down

Thinkin' of you's workin' up a' appetite
Lookin' forward to a little afternoon delight
Rubbin' sticks and stones together make the sparks ignite
And the thought of lovin' you is getting so exciting

Skyrockets in flight!
Afternoon Delight!
Afternoon Delight!
Afternoon Delight!

Afternoon Delight!

(A madrigal fugue)

Afternoon Delight!

☆ あえて訳詩は書かない(爆)。とはいえ「午後のお楽しみ」といえばピンと来る人にはピンとくるだろうし,名画座に行った人ならとある洋画の邦題が思い出されることと思われる(再爆)。もともと曲が全米No.1になった頃に地元の洋楽番組(ラジオ)でちょっとした話題になっていて,「(村上春樹ふう)やれやれ...」というのがその番組常連ゲストのチャートマニア氏の所感だった(爆)。ここまで書いてお気付きにならない人のためにもうひと言書き添えると「真昼間からよくやるよ」。

☆ だけどこういうタイプのヴォーカルグループの華はこの時期が最後だった気がする。本邦でもハイ・ファイ・セットが登場しサーカスがそれを追う形になって「大人向けポップス(アダルト・コンテンポラリー)」が少しは根付くかなと思われたけど,そこが終点になってしまったことは惜しまれる。そしてまあ半分は色物かもしれないがヴォーカル・グループとしての実力はちゃんと示しているのだから,そういう意味で「ラジオ・オンエア」に耐えうる曲だったのかなあとも思われる。

最高位
No.1:全米,カナダ、第5位:ニュージーランド、第6位:全豪、18位:全英、22位:蘭
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ぼくを「こども農場」に連れてって 「Junior's Farm」 (Paul McCartney & Wings 1974年10月25日)




Junior's Farm (Paul McCartney)


You should have seen me with the poker man
きみは,ぼくがポーカーをやっている男と一緒にいるのを見たのかもしれないね
I had a honey and I bet a grand
その時ぼくは「いいひと」と一緒で派手に賭けてたということらしいけど
Just in the nick of time I looked at his hand
ぼくが間一髪でヤツの手を見抜いたんだって,とにかくそんなことさ

I was talking to an Eskimo
ぼくはエスキモーの人と話をしていたんだよ
Said he was hoping for a fall of snow
かれはその時,もっと雪が降り積もればいいのにねと言ったとか
When up popped a sea lion ready to go
「あしか祭り」(注1)を見に行く準備ができたって飛び上がってさ

Let's go, let's go, let's go, let's go
じゃあ,行ってみよう,みんなで,一緒に,行こうじゃないの
Down to junior's farm where I want to lay low
「こども農場」にさ。そこで寝転んで思いっきり手足を伸ばすのさ
Low life, high life, oh, let's go
悪しき暮らしも,良き暮らしもなく,まあ,行こうじゃないの
Take me down to junior's farm
ぼくを「こども農場」に連れてってくれよ

At the Houses of Parliament
議会では上院も下院も
Ev'rybody's talking 'bout the President
だれもが大統領がこの先どうなるのかって話を止めようとしない(注2)
We all chip in for a bag of cement
ぼくらはその話の断片をセメント袋の中にこっそりと詰め込んでいくのだけれど

Olly Hardy should have had more sense
オリヴァー・ハーディー(注3)なら,もっと気の利いたリアクションで行くだろうね
He bought a gee-gee and he jumped the fence
かれなら「お馬さん」を買って,それに乗ってそこの塀を飛び越えていくかもしれないね
All for the sake of a couple of pence
そんなネタで2,3ペンスもいただけるって分かればね

Let's go, let's go, let's go, let's go
Down to junior's farm where I want to lay low
Low life, high life, oh, let's go
Take me down to junior's farm

Let's go, let's go,
Down to junior's farm where I want to lay low
Low life, high life, oh, let's go
Take me down to junior's farm
ぼくを「こども農場」に連れてってよ
Ev'rybody tag along
みんな付き添いでおいでよ


I took my bag into a grocer's store
ぼくは袋片手に食料品店(注4)に入ってみた
The price is higher than the time before
食料品価格は以前よりずいぶん高くなっていた(注5)
Old man asked me why is it more
おやじ(注6)がぼくに訊いた「なぜこんなふうになっちまうのかね?」

I said you should have seen me with the poker man
そこでぼくは言った。「きみも,ぼくがあのポーカー野郎と一緒にいるところを見てるのかもしれないね」
I had a honey and I bet a grand
「ぼくが「いいひと」を伴って派手にやってたなんて話をさ」
Just in the nick of time I looked at his hand
「あいつの持ち札を間一髪で見破ったとか,そういう話をさ」

Let's go, let's go, let's go, let's go
Down to junior's farm where I want to lay low
Low life, high life, oh, let's go
Take me down to junior's farm
Let's go, let's go,
down to junior's farm where I want to lay low

Low life, high life, oh, let's go
Take me down to junior's farm
Ev'rybody tag along
Take me down to junior's farm

Take me back, uh
ぼくを連れ戻してくれよ,ああ
Take me back
あそこに戻してよ
I wanna go back
ぼくは戻りたいんだ
Yeah, yeah
ああ,そうさ

(注1) 「あしか祭り」(村上春樹『カンガルー日和』(1983年9月)所収)は,この曲より10年近く後の話。単に歌詩の "sea lion" からの思いつき
(注2) この議会が米国議会ならリチャード・ニクソンに対する弾劾の話(ニクソンの辞任は1974年8月9日)になる
(注3) オリヴァー・ハーディー(オリ・ハーディー)はアメリカの俳優,コメディアン,映画監督
(注4) 食料品店(グロサリー・ストア)は,いまの感覚ならコンビニなど
(注5) 第4次中東戦争(欧米ではヨム・キプール戦争とも)の影響(第1次石油ショック)で諸物価が高騰した。のちに首相となる当時の蔵相福田赳夫はこれを「狂乱物価」と命名した。
(注6) ”Old man”を「おやじ」と訳し直したのは小鷹信光訳の『赤い収穫』(ダシール・ハメット)を読んでから。そう言えばスリー・ディグリーズもこの手で訳し直せるなと思いついたので追加。

☆ いまさら言うまでもないけど,ポールという人は本当にいろんなタイプの曲をものしていて,この曲はその中でも最もポップ/ロック色の強い作品の一つである。ヘッドホンで聴いていると彼のベースが小気味良く唸っているのがわかる。ドライブ感の強い作品はオンエア・フォーマットとしての狙いを明確にしたものであるから,当然のように大ヒットした。本邦はレコード売上とリクエストカードの数が全くパラレルなチャートしか持ち合わせていなかったので,あとで出てくる最高位の記録に「かすりもしない」が(苦笑),洋楽番組の74年は「ジェット」「バンド・オン・ザ・ラン」「ジュニアーズ・ファーム」で相当長い期間ポールとウイングスがチャートを占めていたのである(シリア・ポールさんなどにお尋ねになればわかる=爆=)。

☆ ポール自身もアメリカのマーケットをかなり強く意識した時期だったと思う。ビートルズの4人のソロ活動がシンクロし始めてくるのは,73年にリンゴがセルフ・タイトルのアルバムを成功させてからだと思う。ジョージは著作権の話が揉めていたから制約があったが,ジョンは74年に『心の壁、愛の橋』でエルトン・ジョンを巻き込みながら改めてロックンロールのメインストリームに戻ってくる。そのジョンとの(よくない)関係に一区切りつける形でポールはウイングスの活動を進めていくことになる。そういう文脈の上にオンエア・オリエンテッドな,今の表現を使えば「メインストリーム・ロック」的な音でアプローチをかけたのが74年のウイングスで75年はそこから一歩離れ,76年はウイングスというバンドに活動の中身まで変えていく。そういうポールの考えを後付けだけどぼくは考えてしまうのだ。

☆ たぶんヨーコがショーンを生んでジョンが主夫(ハウスキーパー)宣言する一方でコンピ盤『ロックン・ロール・ミュージック』やパーロフォンからのビートルズの全シングル再発などのムーヴメントがあった76年が,このバンドを歴史の方に押しやる本当の第一歩の年になったのではないのかなと,ぼくは思ってしまう。

PERSONNEL
Paul McCartney — vocals, bass, background vocals
Linda Mccartney — keyboards, background vocals
Denny Laine — guitars, background vocals
Jimmy McCulloch – guitars, backing vocals
Geoff Britton – drums

最高位
第3位:全米(ビルボードHot100;キャッシュボックスは4位)、ニュージーランド
第9位:ノルウェー、第10位:全加、第12位:全豪、第16位:全英

ちなみに,ポール・マッカートニー&ウイングス名義での曲の発表はこの曲が最後で,次のシングル「あの娘におせっかい(Listen to What the Man Said)」(1975年5月16日)以降はウイングス名義となる。

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長い,長い時(「Long, Long Time」(1970年6月))




☆ 英語版Wikipediaからリンダの軌跡を追う。ストーン・ポニーズから独立した形でソロ活動を始めるリンダだったが,1969年3月に初のソロアルバム『Hand Sown ... Home Grown』を発表する。タイトルの通りA①~⑥が "Hand Sown" サイドでB⑦~⑪が "Home Grown" サイドとなる。このアルバムは完全な不発で次の『Silk Purse』が発売されるまで売上げは1万枚に届かなかったという。

☆ 『Silk Purse』に至る過程に興味深いことが書いてあった。

> Ronstadt's second solo album, Silk Purse, was released in March 1970. Recorded entirely in Nashville, it was produced by Elliot Mazer, whom Ronstadt chose on the advice of Janis Joplin, who had worked with him on her Cheap Thrills album.
> ロンシュタットのセカンド・ソロ・アルバム『シルク・パース』は1970年3月にリリースされている。このアルバムはエリオット・メイザーのプロデュースの元,ナッシュビルでレコーディングされているが,ロンシュタットにアドバイスしたのは彼女が『チープ・スリル』のアルバム制作に加わった縁のあったジャニス・ジョップリンだったという。

☆ ブルーズに葬られた女王,ジャニスがリンダの歌手としての才能はカントリー・ベースにあることを見抜き本場のナッシュビルでのレコーディングを勧めたというのであれば,これはなかなかの美談である。またリンダのベースがL.A.でジャニスはサン・フランシスコをベースにしていたことを思えば西海岸のシーンが独立していたのではなく相互に影響を与え合っていたことがわかる。



☆ 彼女にとっては満足のゆく出来ではなかったらしいこのアルバムからヒットらしいヒットが生まれたのは皮肉かもしれない。リンダはこの時期ボブ・ディランやジャクソン・ブラウンなどの作品を歌っており,いま改めて聴いてもさほど悪い出来ではなかったのが,彼女の時は3枚目のソロアルバム『Linda Ronstadt』(1972年1月)でもまだ来なかった。結局リンダはキャピトルからアサイラムに移籍し,そこで決定的な出会いをするのである。

Long, Long Time (Gary White)


☆ 1970年にヒットしたこの曲は1976年に発売された彼女の『Greatest Hits』の中でも「古めかしく」聴こえていた曲だが,この曲の歌唱でリンダは「情熱をこめて歌い上げる」という彼女の「歌い方」を完成させていると思う。
最高位
全米:25位(ビルボード),26位(キャッシュボックス)
全加:15位


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「真夜中のドア」の「真夜中」を追う


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真夜中のドア〜Stay With Me (作詩:三浦徳子 / 作・編曲:林哲司)


☆ ぼくはこの曲の「時制」のことを考えていた。曲に描かれているエピソード「真夜中のドアをたたき 帰らないでと泣いた」「あの季節」は何時か?というお話だ。

☆ 何時だか分からないからその時点をXとする。曲を辿ると「あなたの心」が「離れていった」のは「二度目の冬が来て」からである。冬の途中で年が変わるのが北半球特有の厄介さなので(苦笑),ある理由からその時点Xを2月としておく(理由はあとで)。すると後は引き算の世界で,Xから見ると2年前の春~秋がこの二人が出会った時点となる。そういうことがありそうなのは(学齢)新年度の4月だとか夏休み~新学期である7~9月とかになる。曲のリリースが1979年11月5日なので,1977年の7月あたりに仮置きしておく。で,そこで出逢ったふたりはその年(77年)の冬はハッピーに通過し,78年の冬には(詩の展開上)彼氏の心が離れて,79年2月にはこのカップルは破綻している。

☆ ここで「2月」と書いた謎解き。といってもこれは完全な「後付け」であり,だいいちみき姐のファンなら気付いているかもしれない。答えは同じ三浦徳子が書いた「ニートな午後3時」(1981年2月5日)の歌詩の中にある。「テーブル囲むお茶の時間に 何気なく問い詰めた」のはFebruaryだったでしょ。そしてその「次の週には」「8階」の彼女の「部屋から消えていた」のであるから。

☆ そうすると彼女が「真夜中」に「たたく」のは誰の,どこのドア?普通に考えたら「(元)彼氏の部屋」になるだろう。でもそれは成り立たない。だって彼女は「帰ってきて」とは泣いてなくて「帰らないで」と泣いているからだ。自分の部屋でもなく彼の部屋でもない。だけどドアがあるものは部屋だけじゃない。彼氏の車のドアかもしれない。そして彼はその車に乗って「新しい彼女」の元へ「帰ってしまう」のである。これだと「帰らないで」の方向は合う。

☆ ところで以前「ニートな午後3時」をプロファイルした時,「ある日突然」電話をしてきた彼は「西5番街」(ニューヨークだか何処かの地下街のようだ)で待ってると言い,彼女は「私は(そこに)居ない」と書いた。あの時書いたように,これは居留守ではなく彼女の意思表示なのである。だってこの時点の彼女は過去という「花束」を「歩道に」「まき散らして」しまうヒトなのである。巻き散らかされた花束は彼女の足跡と同じものであり,記憶か記録でしかない。そして「未来を愛して」いる彼女がそれを宣言したのはApril。この二つに1979年(もしくは「ニートな午後3時」がリリースされた1981年)という年号を嵌め込めばお終いである。

☆ もっとも1981年を取り上げるとすれば「真夜中のドア」で彼女が元カレに出くわすのは81年の11月になり,はてさて珈琲の染みがついたグレイのジャケットを二冬も愛用する人なのだろうかという気がしなくもない。まあ「相変わらず」なんだからその辺は大目に見るか(爆)。






☆ あと歌詩で時制が難しそうなのは「私は私 貴方は貴方」(と言ってた)、「恋と愛とは違うものだよ」(と言われた)会話があった「ゆうべ」のこと。結局これは破綻した年の冬に二人が偶然出会って話をしたということでけりがつくと思う。先ほどの結論は変わらず,昨夜(ゆうべ)は1979年もしくは1981年の11月頃で丸く収めてしまおうと思う(破綻したカップルを丸く収めてどうするんだ^^;)。




☆ しかしこの曲の後藤次利のベースはよくもまあチョコチョコ動くなあ。あと何回でも言っておくけど,彼女がこの曲をレコーディングした時は初めてのレコーディングに挑む19歳だったということ。これは特にスージー鈴木氏に強調しておきたい(爆)。

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「ナイルパーチの女子会」 (柚木麻子:文春文庫)




☆ ぼくは佐藤優のしつこい読み手で(笑),同世代人として敬服している部分が多いのだが,彼もまた優秀な読み手である。良い物書きはほぼ間違いなく優秀な読み手である。もっとも世の中には天才的書き手がいるので良い読み手であることは必要条件ではなく十分条件だと言えるのかもしれない。

☆ 読み手として優れていることが物書きの十分条件だと思う理由は,たとえば又吉直樹のように優秀な読み手が優れた小説を世に問うことができることからも分かる。ぼくは『火花』は純文学だと認識しているし(芥川賞を獲ったからではない。むしろ逆の関係だ),その後に彼の出した新書本で彼が優秀な読み手であることを確認できた。『劇場』は『火花』の主題をさらに追求しており,文学として磨きがかかっていることも理解できる。

☆ 優秀な読み手とは単に古典文学を読んできた人ということではない。一般紙を意味を持って毎日読んでいれば誰でも優秀な読み手になる切符の一枚や二枚手にすることが出来るのではないかと思う。つまり「あるものごと」に関して記者が自らの主観を交えた記事を書くという行為を理解できるというのがその切符で,新聞に書かれたことを真に受けただけでは(記者の主観がどこなのかに理解が及ばない状態)ではその切符は得られない。ドナルド・トランプがその切符を見切ったうえで「偽(フェイク)ニュースだ」とつぶやいているのであれば,この爺さんは実は政治家として優秀で「㌧だ食わせモノ」ということになる。

☆ 読みとしての佐藤優は村上春樹をはじめとする日本の作家にも通底している。ただし彼は自分の持ち時間に限界があることを厳しく意識しているので,読める本の範囲を限定している。だからという訳ではないが,佐藤優というフィルターはHONZのようなものであり,ある意味で読書ガイドの役に立つと個人的に理解しており,そこで柚木麻子が出てきたことには,それなりに意味があると思っている。

☆ じつはこのフェイク書評はこれで終わりである(爆)。「ナイルパーチの女子会」は山本周五郎賞と高校生の選ぶ直木賞(微妙な名称で「BUTTER」が直木賞獲り損なったこともあってさらにビミョーなものがあるのだが)を獲っている。確かに若い(思春期の)読者が読むべき本だと思う。印象深いキャラクターは(仮面を被っていた)マイルドヤンキーの女の子だが,そこにぼくは階級というものをやはり見てしまう。ぼくらの一つ半前の世代が掲げたものが(北方謙三の書名だが)『あれは幻の旗だったのか』という思いをそれなりに持っていること(そういう点で見れば今月の「私の履歴書」は興味深かった。)であったことを思えば,もはやこの小説の主人公に誘惑(されもしないのだが)場面をみさせられる上級管理職と同じ年代に達しているぼくらがどんな旗も掲げていなかったことこそが,この国に階級をひそやかに(再度)持ち込む結果となったのかもしれないというほろ苦さを感じてしまう。しょせん「おじさんの繰り言(世迷い言)」でしかないのだが。

☆ 二人の主人公の女性(受け取ってくれるならマイルドヤンキーの女の子にも)にこの曲を贈りたい。



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「The Queen Is Dead」 (ザ・スミス 1986年6月16日=アルバムリリース)




初出:2007年8月29日

The Queen Is Dead (Morrissey / Johnny Marr)


(Take me back to dear old Blighty)
(A.J. Mills / Fred Godfrey / Bennett Scott)
Oh ! Take me back to dear old Blighty,
おお,私を偉大なこの祖国に帰したまえ。
Put me on the train for London Town,
わたしを大ロンドンへ戻る列車に乗せたまえ。
Take me anywhere,
どこからでも拾い上げ
Drop me anywhere,
どこにでも戻したまえ。
Liverpool, Leeds or Birmingham
リヴァプールでもリーズでもバーミンガムでも 。
But I don't care,
だが私は気にしない。
I should like to see my ...
私が...

I don't bless them
あたしにはそんなこと祝福できないわ。

Farewell to this land's cheerless marshes
この陰鬱な沼地にさようなら。
Hemmed in like a boar between arches
去勢された雄豚のようにアーチのなかに閉じ込められて,
Her very Lowness with a head in a sling
彼女はまるで頭を三角巾で吊るしているように落ち込んでいる。
I'm truly sorry - but it sounds like a wonderful thing
まったく難儀なことで - でもなんだか素敵なことのように響くのはなぜ。。。

I said Charles, don't you ever crave
あたしは言ったの「チャールズや,そんなに出したいのかい。
To appear on the front of the Daily Mail
デイリー・メールの一面トップにその写真をでかでかと,
Dressed in your Mother's bridal veil ?
あなたのお袋様の結婚式のベール姿で。。。
Oh ...
ああ...なんて姿。

And so, I checked all the registered historical facts
そしてそう,あたしはすぐ調べたわよ。似たような歴史的事実がどこかに載っていないかって。
And I was shocked into shame to discover
あたしはそれがあったのを見つけて,ビックリして恥ずかしさで真っ赤になったの。
How I'm the 18th pale descendant
あたしったら18世紀の何だか知らないけど遠い親戚の末裔に名前が載っているのよ!
Of some old queen or other
同じくらい古い女王様(エリザベス1世)だかなんだかの。

Oh, has the world changed, or have I changed ?
ああ,世の中が変わってしまったの?それとも変わったのはあたし?
Oh has the world changed, or have I changed ?
世の中とあたしのどちらが変わってしまったの?
Some 9-year old tough who peddles drugs
9歳児が立派にも薬の売人をやっている国なんて,
I swear to God
あたしは神かけて誓うわ。
I swear : I never even knew what drugs were
神かけて誓う:あたしが9歳の頃には,そんな薬があったことも知りませんでした。
Oh ...
なんなの...

So, I broke into the palace
だからあたしは心を決して宮殿に忍び入ったの。
With a sponge and a rusty spanner
その辺にあったスポンジと錆びついたスパナを握り締めて。
She said : "Eh, I know you, and you cannot sing"
女王はおっしゃいました「あら,わたくしは貴方のことを知っておりますわよ。貴方がマトモに歌えないことも一緒にね。」
I said : "That's nothing - you should hear me play piano"
あたしは申し上げたの。「陛下,そんなことにはお構いなく,あたしの弾くピアノをお聴きになって」

We can go for a walk where it's quiet and dry
それからあたし達は少しだけ散歩をしたの。外は静まり返っていて,足もとは乾いていたわ。
And talk about precious things
そしてあたし達はちょっとした高貴な会話を楽しんだの。
But when you're tied to your Mother's apron
でも貴方がお母様の膝掛けを結ぶ時分には,
No-one talks about castration
だれも去勢された件については語らなかったわね。
Oh ...
まあ...

We can go for a walk where it's quiet and dry
それからあたし達は少しだけ散歩をしたの。外は静まり返っていて,足もとは乾いていたわ。
And talk about precious things
そしてあたし達はちょっとした高貴な会話を楽しんだの。
Like love and law and poverty
愛や法や貧困についての高貴な話だったわ。
Oh, these are the things that kill me
ああ,その事実だけでもあたしの魂は奪われてしまいそう。

We can go for a walk where it's quiet and dry
それからあたし達は少しだけ散歩をしたの。外は静まり返っていて,足もとは乾いていたわ。
And talk about precious things
そしてあたし達はちょっとした高貴な会話を楽しんだの。
But the rain that flattens my hair ...
だけど,あの嫌な雨があたしの髪の毛にかかって,あたしの気分を萎えさせたけれど,
Oh, these are the things that kill me
ああ,それまでの出来事はあたしの魂を奪ってしまったわ。
All their lies about make-up and long hair, are still there
メイクアップや長い髪についてのウソ偽りは,まだその辺に残っているでしょ。

Past the Pub who saps your body
パブで精力を使いきって,
And the church who'll snatch your money
教会に行けば有り金合切召し上がられて。
The Queen is dead, boys
女王は死んでいるのよ,テッドの坊や達。
And it's so lonely on a limb
孤独でのっぴきならない状態なの。

Past the Pub that wrecks your body
パブで身体を駄目にして,
And the church - all they want is your money
あんたのお金だけが目当ての教会にいそいそと出掛けるなんて 。
The Queen is dead, boys
テッドの坊や達,あの女王は死んだも同然よ。
And it's so lonely on a limb
孤独でのっぴきならないのは,皆同じなのよ。

Life is very long, when you're lonely
孤独を感じるほど,人生は長すぎるの。
Life is very long, when you're lonely
孤独な人生は,長すぎるの。
Life is very long, when you're lonely
孤独者には,人生は長すぎるの。
Life is very long, when you're lonely
あたしにもおまえ達にもあの女王にも,この人生は長すぎるのよ。

2018年2月16日付記
☆ エリザベス2世(Elizabeth Alexandra Mary)は1926年4月21日に生まれ,25歳の1952年2月6日に即位した。それから34年後の1986年にザ・スミスはこの傑作をナパーム弾のように大英帝国に炸裂させた。それからさらに6年を経た1992年11月24日にギルドホールで開催された戴冠40周年のスピーチにおいてその年(1992年)を「ひどい年(annus horribilis)」と称した。2018年はその「ひどい年」から四半世紀以上を経ている。

☆ 『ザ・クイーン・イズ・デッド』が10年前の『ホテル・カリフォルニア』とは違う意味でその国のその時代を表現し尽した曲であることは言を俟たない。それは『ホテル・カリフォルニア』のスター・システムの監獄が「ハウス・オブ・カード」の虚業を示すように,『ザ・クイーン・イズ・デッド』の無力な怒りの告発は権威というものが示すものに対する底無しの憎悪を,どれほど攻撃的かつ美しく描き切れるかという闘いの記録でもある。

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「やさしく歌って(Killing Me Softly with His Song)」 (ロバータ・フラック 1973年1月21日)


やさしく歌ってやさしく歌って
(2013/04/24)
ロバータ・フラック

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初出:2013年7月3日(訳詩追加:2018年2月14日)

☆ 1972年と73年。歌の神様はロバータ・フラックを見出した。最初に起こった奇跡は彼女が1969年のデビューアルバムに収録した曲「愛は面影の中に(The First Time Ever I Saw Your Face)」がクリント・イーストウッドの初監督作品『恐怖のメロディ(Play Misty for Me)』に取り上げられ全米No.1に輝いたことだった。「愛は面影の中に」は1972年度のグラミー賞でRecord Of The Year(最優秀レコード賞)を獲得した。

☆ その年,ロバータは偶然飛行機の中であるメロディーに出会う。それはロリ・リーバーマンという女性歌手が歌った曲でリーバーマンの経験を元にノーマン・キンベルが詩を書き,チャールズ・フォックスが曲を書いた「やさしく歌って」という曲だった。Wikipediaの解説によるとリーバーマンが見たのは無名時代のドン・マクリーンだったという。

☆ この曲を気に入ったロバータは自らレコーディングし,シングルとして発表するとその僅か4週間後に曲は全米No.1に輝いた(1973年2月24日から5週連続)。そして彼女はこの曲で73年度のグラミー賞の3部門(最優秀レコード,最優秀楽曲,最優秀女性ヴォーカル)を独占するのである。長いグラミーの歴史の中で最優秀レコード賞を2年連続受賞したのは他にU2がいるのみである。


Killing Me Softly With His Song (Charles Fox / Norman Gimbel)



Strumming my pain with his fingers
わたしの痛みをそっとつま弾いて
Singing my life with his words
わたしの暮らしをその言葉で歌ってくれる
Killing me softly with his song
彼の歌がわたしをそっと癒してくれる
Killing me softly with his song
彼の歌がわたしをそっと癒してくれる
Telling my whole life with his words
わたしの人生を彼の言葉は語り尽してくれる
Killing me softly with his song
そして彼の歌はわたしをやさしく癒してくれるの

I heard he sang a good song
わたしは彼が素敵な曲を歌っているのが聞こえた
I heard he had a style
わたしは彼はステキな歌い手だと思ったの
And so I came to see him
だからわたしはそこに行った
To listen for a while
ほんの少しの間,彼の歌を聴きたくて
And there he was this young boy
そして彼はほんの少年のようだったのに
A stranger to my eyes
わたしの目には全然違ったヒトに見えたの

Strumming my pain with his fingers
Singing my life with his words
Killing me softly with his song
Killing me softly with his song
Telling my whole life with his words
Killing me softly with his song

I felt all flushed with fever
その時わたしは自分の顔が火照っていることに気付いたの
Embarrassed by the crowd
大勢の人の中で気まずく感じてた
I felt he found my letters
彼がわたしの彼への手紙を見つけて
And read each one out loud
そして彼はそれを朗々と読み上げているように感じていたの
I prayed that he would finish
わたしは思わず彼がその歌を早く終わらせてって願ったわ
But he just kept right on
だけどその歌はまさにその時,歌い続けられていたの

Strumming my pain with his fingers
Singing my life with his words
Killing me softly with his song
Killing me softly with his song
Telling my whole life with his words
Killing me softly with his song

He sang as if he knew me
彼はまるで私を知っているかのようにその歌を歌っていた
In all my dark despair
わたしの絶望の奥底の中までも
And then he looked right through me
そのとき彼の視線はわたしを真直ぐ貫いていたの
As if I wasn't there
あたかもそこにわたしがいないかのように
And he just kept on singing
そして彼はその歌を歌い続けた
Singing clear and strong
ハッキリと力強く,その歌を

Strumming my pain with his fingers
Singing my life with his words
Killing me softly with his song
Killing me softly with his song
Telling my whole life with his words
Killing me softly with his song

[Break]

Strumming my pain with his fingers
Singing my life with his words
Killing me softly with his song
Killing me softly with his song
Telling my whole life with his words
Killing me

He was strumming my pain
Yeah, he was singing my life
Killing me softly with his song
Killing me softly with his song
Telling my whole life with his words
Killing me softly
With his song

2018年2月14日付記

☆ ソフト&メロウという言葉がポピュラー・ソングの流行語になる遥か前から,この歌は永遠の生命を得ていたと思う。女のヒトのキラー・センテンス(殺し文句)に「やさしくして」というのがあった頃の話だ。有り体に言えば "Killing Me Softly" って,この「やさしくして」そのものなので,邦題は歌の本質を衝いている。彼女のシンガーとしての力量は[Break]のところに如実に出ているにもかかわらず,全体的にそれを抑えた(控えたと言えるかもしれない)ところもこの曲の価値を上げている。単調なフレーズの繰り返しに堕することなく,曲の余韻を徐々に深めていく。そこには少しずつ継ぎ足されていく感情が交(まじ)り合い,主人公の女性の心裡(心の内側)を「言葉(歌詩)ではなく,歌そのもので」感じさせていくのである。

☆ 冬の寒い夜にホットココアの温もりは身体に染み渡る。ロバータのこの歌はそんな感じがしませんか?

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「The Edge of Heaven(エッジ・オブ・ヘブン)」 (Wham! 1986年6月18日)


ザ・ファイナルザ・ファイナル
1,836円
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☆ ワム!の事実上の最後のシングルで,発売直後(6月22日)に1週だけ全英NO.1になった(マドンナの「パパ・ドント・プリーチ」に1位を譲っている)。1986年は英国のポップ/ロック・シーンが転機を迎えた時期だろうと思う。ニュー・ウエイブの時代が本当に終わり,クラブ文化がチャートの主体となっていく。彼らの解散(というよりジョージ・マイケルの単独化)がその流れに棹差した(加速したという意味)ことは間違いない。

The Edge of Heaven (George Michael)



☆ ジョージ・マイケルの才能は全く衰えておらず,むしろピークはやりたいことを全部やってしまったソロ1作目にあるのだが,ワム!というある意味「能天気ポップ」な無邪気さが翳りを持ちながらも最後までキープされていることには一種の感慨を覚えてしまう。もっとも「フリーダム」(1984年9月13日:英、85年7月:米)以降の「作品至上主義」にエピキュリアンであるアンドリュー・リッジリーは「自分の居場所」を悩む(当時のリッジリーなら「悩みを忘れさせるものへの依存」だっただろう)ことになる。この「分裂」はボーイ・ジョージとは違った悩みだっただろうと思うが,この時期にデュラン・デュランは緩やかに,スパンダー・バレエは急激に下降線を辿ったことも「この時代」の終わりを意味していたように思える。

☆ 時代は賑やかな「ビート至上主義(ZTT⇒ストック/エイトキン/ウォーターマン⇒ユーロビート)」かオータナティブを抜け出した「クラブ・ミュージック」,もしくはアトランティック・クロッシングして来た「ラップ/ヒップ・ホップ」に席を譲っていくのである。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

僕の彼女を紹介します(どこの映画の題名寸借じゃ!)内容変更あり




Breakfast In America (Richard Davies / Roger Hodgson)
Supertramp Breakfast in America live en paris 1979 HD


Take a look at my girlfriend
ぼくの彼女を紹介します
She's the only one I got
かけがえのないたった一人の彼女だよ
Not much of a girlfriend
大した話じゃないかもしれないけど
Never seem to get a lot
ぼくには得難いことなのさ

Take a jumbo across the water
ジャンボジェットに乗って大西洋を一っ飛び
Like to see America
アメリカさんを見に行くために
See the girls in California
カリフォルニアの素敵な女の子達を見てみなよ
I'm hoping it's going to come true
こんなお嬢さんたちとお近づきになりたくってたまらないね
But there's not a lot I can do
だけどぼくに出来ることなんて,ほとんど有りはしないのさ

Could we have kippers for breakfast
ニシンの燻製(キッパー)を朝食に出してもらえたら
Mummy dear, Mummy dear
ねえホントに,お願いだから
They got to have 'em in Texas
テキサスだったらいっぱい手に入るんだろ,それ
Cos everyone's a millionaire
だから皆んな百万長者になっちゃうんだ

I'm a winner, I'm a sinner
ぼくは勝者で,とんだ罪作り
Do you want my autograph
ここに署名して欲しいんだろ
I'm a loser, what a joker
ぼくは負け犬,とんだ道化者
I'm playing my jokes upon you
いつだってきみのことを弄(いじ)り倒してるのさ
While there's nothing better to do
他にすることが何もない時にはね

.....

Don't you look at my girlfriend  (Girlfriend),
ぼくの彼女を紹介されたくないのかい (彼女ねえ...)
She's the only one I got
かけがえのない,たったひとりのさ
Not much of a girlfriend (Girlfriend),
大した話じゃないかもしれないけど (彼女ねえ...)
Never seem to get a lot  (What's she got? Not a lot)
ぼくには得難いことなのさ
(彼女がどうしたって? それも大したこっちゃないんだろ)

Take a jumbo across the water
ジャンボジェットに乗って大西洋を一っ飛び
Like to see America
アメリカさんを見に行くために
See the girls in California
カリフォルニアの素敵な女の子達を見てみなよ
I'm hoping it's going to come true
こんなお嬢さんたちとお近づきになりたくってたまらないね
But there's not a lot I can do
だけどぼくに出来ることなんて,ほとんど有りはしないのさ

.....

☆ 「Breakfast In America」(1979年6月)は同名アルバム(1979年3月29日)からのセカンド・シングルとしてカットされた。全米ではファースト・シングルだった「ロジカル・ソング(The Logical Song 1979年3月)」ほどのヒットでなかったが(ビルボード最高位:62位(ちなみに「ロジカル・ソング」は6位(キャッシュボックスは4位))),英国では最高位9位とヒットした。Wikipedia(英語版)には記載がないが,本邦では日立の(どの製品か忘れたけど)CMタイアップがあって「かなり」ヒットした。ちなみにこのシングルに関する英語版Wikipediaにはこんな解説がある。

> The lyrics tell about a person who has never been to the United States, and fantasizes about it.
> 歌詩はアメリカに行ったことがないくせに,そのこと(アメリカ行き)を夢見ている人物について歌われている。

なるほど。

PERSONNEL
Roger Hodgson: piano, lead vocals, harmonium, electric guitar
Rick Davies: harpsichord, backing vocals
John Helliwell: clarinet, backing vocals
Dougie Thomson: bass
Bob Siebenberg: drums
Slyde Hyde: trombone, tuba

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ロックのことば(2) あの娘,本当に彼と行っちゃったの? (1964年)



☆ パンク/ニューウエイブ史上最大の「問いかけ」は,1960年代のガール・グループが発した。シャングリラス(The Shangri-Las)1964年No.1ヒットLeader of the Packの冒頭の問いかけ "Is she really going out with him?" である。
Leader of the Pack (Dee Snider)


☆ 1960年代にアメリカにヘルズ・エンジェルスがいたように,日本にもカミナリ族という暴走族の元祖がいた。さすがに70代で旧車會をなさっているご機嫌なシルヴァー人材がどの程度現存しているかは,ぼくも寡聞にして知らない。ただ直訳の「暴走族のリーダー」では当時の世相や交通警察関係のリアクションを見るまでもなく邦題としては些(いささ)か不適切であったので,「黒いブーツでぶっ飛ばせ」というやや無難なタイトルに落ち着いている。

☆ この曲の直前(1964年10月31日~11月21日)のNo.1がスプリームス(シュープリームス)のセカンド・ナンバー・ワン曲「Baby Love」なので,ガール・ポップの競演の感がある。ただ今回はシャングリラスの話ではないので,曲の作者が80年代に(こちらも)カルト的人気を誇ったハード・ロック・バンドのツイステッド・シスターを率い,セルフカヴァーしているなんて話も含めてここまでにしておきたい。

☆ 十二支で一回りした1976年,この囁きは大西洋を越えてロンドン・パンクを発火させる。言うまでもなくザ・ダムド「ニュー・ローズ」(1976年10月26日)冒頭の囁きである。

New Rose (Brian James)


☆ ローズは言うまでもなく英国(イングランド)を指し,そこだけ拡張すると一種の革命歌やプロパガンダと曲解されそうだが,ブライアン・ジェイムズがやりたかったのは単なる破壊であって,そこから先のことはクラッシュだとかストラングラーズ(やや怪しいが)に任せておけという感じだったのだろう。それにしてもプロデュースしたニック・ロウの英断(笑)で一切手の入ってない一発録りが「パンク」の本質を遠慮なく示しているのだが,デイヴ・ヴァニアンは何の思い付きでこのセリフを口にしたのだろうか?そしてこの囁きを聞いてそれをそのまま曲にしてしまった(1978年9月/再発:1979年5月3日)者がいる。ジョー・ジャクソンだ。

Is She Really Going Out with Him (Joe Jackson)


☆ ジャクソンは曲のモチーフとしてこのセリフを使っているだけだが,彼の音楽履歴から考えてもシャングリラズスのオリジナルは間違いなく耳にしていると思う。しかし曲を書くきっかけはどう考えてもデイヴ・ヴァニアンの囁きでとしか思えない。こうしてこの「問いかけ」はジャクソンのデビュー曲名としてパンク/ニューウエイブ史にその名を刻むことになったのである。

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「Goodnight Tonight」 (Wings 1979年3月23日)


220px-Wings_-_Goodnight_Tonight.jpg

Goodnight Tonight (Paul McCartney)


Don't Get Too Tired For Love
ぼく達の愛にもうウンザリだなんて思わないで
Don't Let It End
終わりをつけようなんてしないで
Don't Say Goodnight To Love
愛にさよならをなんて言わないで
It May Never Be The Same Again
そんな情けないことまた言い出しちゃダメだよ
Don't Say It!
それ言っちゃダメ!
Don't Say It!
Say Anything But Don't Say Goodnight Tonight
今夜は何を言っても構わないけど
さよならだけは言わないで

Don't Say It!
Don't Say It!
Say Anything But Don't Say Goodnight Tonight

Don't Say It!
Don't Say It!
You Can Say Anything But Don't Say Goodnight Tonight

Don't Say It!
Don't Say It!
Say Anything But Don't Say Goodnight Tonight

Don't Say It!
Don't Say It!
Say Anything But Don't Say Goodnight Tonight

Don't Get Too Tired For Love
Don't Let It End
Don't Say Goodnight To Love
It's A Feeling That May Never End

Don't Say It!
Don't Say It!
Say Anything But Don't Say Goodnight Tonight

Don't Say It!
Don't Say It!
Say Anything But Don't Say Goodnight Tonight

Don't Say It!
Don't Say It!
You Can Say Anything But Don't Say Goodnight To

☆ ポールもついにディスコ(でかかる曲)やっちゃったのか!というのが当時のリスナーの素直な感想。特にイントロや間奏のスパニッシュ風のギターソロは思わず「サンタ・エスメラルダ!(爆)」という反応もあった(再爆)。でも彼の創る曲は本当に分かりやすいポップなものだった。

☆ PV見てると,なんだかサザンオールスターズがやりそうなことを先取り(サザンはこの頃新曲「いとしのエリー」をリリース)してたみたいな気がする(笑)。でもこの曲にはどこか「お遊び感」があって,どことなく軽さを感じる。たぶんそれはポールが「時代の音」を意識した音創り(流行)にこだわったからだと思う(その反対「不易」の代表曲は77年の「Mull of Kintyre(夢の旅人)」)。訳詩もそれを意識してあちこちの曲の邦題などをさりげなく流用したりしてそれなりに遊んでみますた。

PERSONNEL
Paul McCartney - lead vocals, acoustic and electric lead guitars, bass, drums
Linda McCartney - harmony and backing vocals
Denny Laine - backing vocals, lead guitar
Lawrence Juber - backing vocals, lead guitar
Steve Holley - backing vocals, percussion

最高位
1位:カナダ(2位のものもある)、4位:全米(キャッシュ・ボックス)、
5位:全米(ビルボード)、全英、6位:豪州、ニュージーランド
9位:アイルランド、ノルウェー、24位:蘭、ベルギー、36位:西独
77位:日本(オリコン?)

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The Motors 「Dancing The Night Away」 (1977年9月9日)




初出:2011年2月21日
☆ モーターズはパブ・ロック・ムーブメントのバンド,ダックス・デラックスのニック・ガーヴェイとアンディ・マックマスターが中心となり結成されたニュー・ウエイブ・バンドである。彼等はヘヴィ・メタルのバンドと一緒のステージに立っても何の違和感もないギター・ポップ・サウンドを引っ提げてシーンに登場した。彼等の登場はニュー・ウエイブに「パワー・ポップ」という新しいジャンルを確立させた。

Dancing The Night Away (Andy McMaster / Nick Garvey)


☆ これは「オールド・グレイ・ホイッスル・テスト」でのライブ演奏だが,アルバムヴァージョンと寸分たがわぬ長さで演奏し切っている所が凄い。これが「パブ・ロック」で鍛えられた演奏だと言わんばかりで小気味良い。最初のアルペジオを弾いているのがガーヴェイで後のソロを弾いているのがブラム・チャイコフスキーである。

2018年2月2日追記
☆ ニューウエイブになった頃に「パワー・ポップ」というサブカテゴリがあった。モーターズはこのカテゴリの先駆者である。パワー・ポップという言葉は90年代にも音楽ジャンルとして存在したが,モーターズからスタートするこの時代のパワー・ポップはエルヴィズ・コステロのアトラクションズにしてもジョー・ジャクソン・バンドにしてもフォーピースのギター・ポップ・バンドと言った方が良いと思う。ただモーターズの音を作っていたアンディ・マクマスターは優れたキーボーディストでもあったので,モーターズ自身の代表曲はギターポップではない。それがバンドの寿命を縮めてしまったことは非常に残念なことであった。


☝ アルバムヴァージョンです。「オールド・グレイ・ホイッスル・テスト」での彼らの演奏が完全に「この音を再現しきっている」ことが良く分かると思います。(差し替え:2018年2月3日)

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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