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2017-11

「Cruel to Be Kind(恋するふたり)」 (Nick Lowe 1979年8月31日)




Cruel to Be Kind (Nick Lowe / Ian Gomm)


Oh, I can't take another heartache
ああ,また痛い思いをしなきゃならないなんて,ぼくはゴメンだよ
Though you say you're my friend
きみは知らん顔でお友達でいましょうね,なんて言うけど
I'm at my wits' end
こっちはもう思案に暮れるしかなくて
You say your love is bonafide
きみは「あなたの誠実な気持ちは分かるけど
But that don't coincide
それとこれとは両立しないのよ」って言うのさ
With the things that you do
あなたが思ってるとおりに物事は進まないの
And when I ask you to be nice, you say
それじゃどうすれば物事が良い方向に進むのかと訊けば,
きみは言うのさ

You've gotta be cruel to be kind in the right measure
あなたはわざとつれなく当たるしかないのね,まったくのところ
Cruel to be kind, it's a very good sign
わざとつれなく当たることは,物事が良い方向に進むしるしよ
Cruel to be kind means that I love you, baby
わざとつれない態度を取るのは,あなたのことが好きってこと
(You've gotta be cruel)
(つれないんだね)
You've gotta be cruel to be kind
あなたもつれないそぶりをするしかないのよ

Well, I do my best to understand, dear
さて,ぼくは恋する人を精いっぱい理解したいとは思うのだけど
But you still mystify
きみはいつもぼくに謎をかけてくるから
And I want to know why
どうしてなのか知りたくなるのさ
I pick myself up off the ground
ぼくは地面から立ち上がり,自分を立て直すのさ
To have you knock me back down
きみが何回もぼくをぶっ倒すその度にね
Again and again
何度も何度も
And when I ask you to explain, you say
そしてぼくがその理由を訊くとき,きみはこう言うのさ

You've gotta be cruel to be kind in the right measure
Cruel to be kind, it's a very good sign
Cruel to be kind means that I love you, baby
(You've gotta be cruel)
You've gotta be cruel to be kind

(Ooh-ooh-ooh-ooh)

Well, I do my best to understand, dear
But you still mystify
And I want to know why
I pick myself up off the ground
To have you knock me back down
Again and again
And when I ask you to explain, you say

You've gotta be cruel to be kind in the right measure
Cruel to be kind, it's a very good sign
Cruel to be kind means that I love you, baby
(You've gotta be cruel)
You've gotta be cruel to be kind

(Cruel to be kind) Oh, in the right measure
(Cruel to be kind) Yeah, it's a very, very, very good sign
(Cruel to be kind) It means that I love you, baby
(You've gotta be cruel)
You've gotta be cruel to be kind

(Cruel to be kind) Oh, in the right measure
(Cruel to be kind) Yes, it's a very, very, very good sign
(Cruel to be kind) It means that I love you, baby
(You've gotta be cruel)
You've gotta be cruel to be kind

(Cruel to be kind) Oh, in the right measure
(Cruel to be kind) Yes, it's a very, very, very good sign

NOTES Wikipedia(日本版及び英語版)を元に
☆ ブリンズレー・シュウォーツは,1969年に自らの名前を冠したバンドを結成した。バンドは1970年に同名のファースト・アルバムを製作した。レコード会社は彼らのデビューがセンセーショナルになることを目論み,バンドをわざわざニューヨークのフィルモア・イーストに連れて行きお披露目しようとした。ところがこれが大失敗しバンドにとって致命傷となってしまった(何となく60年代のキンクスが全米でしくじった話に似ているが,彼らほどやんちゃな話ではない(爆)。

☆ バンドは1974年までに6枚のスタジオアルバムを残して解散。メンバーはソロになったり,他のバンドに移ったりした。例えばブリンズレー・シュウォーツはグレアム・パーカーのバンドザ・ルーモアに移った。その中でニック・ロウとイアン・ゴムはソロ活動を始め,70年代末にそれぞれが全米Top20ヒットを記録する。

☆ ニック・ロウといえばパンク・ロック期の代表的レーベルのひとつスティッフ・レコーズ(設立者のひとりデイヴ・ロビンソンはシュウォーツのマネージャー)でのプロデュース活動が有名だ。パンク・ロックの最初のアルバムと言ってよいザ・ダムド『Damned, Damned, Damned(地獄に堕ちた野郎ども)』(1977年2月18日)でロウはバンドの演奏するままに任せてパンクの初期衝動をいかんなく発揮させたし,エルヴィス・コステロを世に送り出したのも彼である。また,パブ・ロック時代からの盟友デイブ・エドモンズとのバンドであるロックパイル(この言葉の意味は「セックス・ピストル」と同義)は『セカンズ・オブ・プレジャー』(1980年10月)を残しているが,ロウとエドモンズの出会いはブリンズレー・シュウォーツの末期だった。

☆ 「恋するふたり(Cruel to Be Kind)」は,ブリンズレー時代の作品で,ニック・ロウとイアン・ゴムの共作。ポップな曲調に反して歌詩は英国特有のひねたユーモア(キンクスに代表される)がうかがえる(この路線はXTCが引き継いでいく)。邦題は曲の内容と微妙に合っていないのだが,その理由は以下のとおり。

The video to the song was one of the first music videos aired on MTV, and is a combination of actual footage of Lowe's wedding to Carlene Carter, as well as a humorous re-enactment of the wedding, featuring Carter as herself, Dave Edmunds as their limo driver, Terry Williams as the photographer, Billy Bremner as the baker, and Jake Riviera (Nick's manager at the time) as the best man. The wedding took place on August 18, 1979, at the Tropicana Motel in West Hollywood. All family stayed there for the wedding and reception (also featured in the video). Filming for the video took so long that Lowe was actually late to the wedding.

☆ この当時ニック・ロウはカーリーン(カレン)・カーターと結婚した。初期MVとして有名なこの曲のビデオはそのついでに作ったもの。なんとなくエアー演奏の様子がコステロの「オリヴァーズ・アーミー」を彷彿とさせるのだが(笑),まあ「再現ビデオ」をプロモーションに使ったというお気楽感に満ちている(爆)。ちなみに出演者はリムジンの運転手にデイブ・エドモンズ(友情出演:爆),バンド(ロックパイル)のメンバーでは写真屋にTerry Williams,パン屋にBilly Bremner,介添人にロウの当時のマネージャーJake Rivieraがいて,当然主役の二人は本人役である。結婚式はシングルリリースの2週間ほど前の8月18日ウエスト・ハリウッドのトロピカーナ・ホテルで行われた。両家ご家族ご一同様がホーム・ビデオならぬミュージック・ビデオに総出演しているという世にも珍しい作品になっている。

☆ この曲のデータで興味を引くのは最高位。全英,全米,全加,全豪の四か国でチャートインしているが最高位は揃って第12位。ちなみに全米ではアダルト・コンテンポラリー・チャートの最高位第36位というのもあるが,まさか「パンク・ロックの仕掛人」の曲がアダルト・コンテンポラリーチャートに入るとは誰も思わなかったのではないか(爆)。

Lowe stated, "I wrote that when I was with a band, Brinsley Schwarz, that I was with from the early '70s to about the mid-'70s. ... We recorded it on a demo, it never came out, and when I signed to Columbia Records the A & R man there at the time suggested I record it again. And I didn’t think it would do anything, but he kind of bullied me into it."

> ロウは次のように述べている。「この曲は70年代の初めから半ばにかけて,ブリンズレー・シュウォーツで演っている頃に書いたもの。ぼくらは曲のデモ盤を作ったが当時は表に出ることはなかった。その後,ぼくがコロムビア・レコーズと契約した時にアーチスト担当がこの曲をもう一度レコーディングし直したらどうだろうと言い出した。その時ぼくは今さらこれをレコーディングし直したところでしかたないと思っていたが,彼が無理やりそれをぼくに押し付けたんだ。」

☆ ヒット曲は往々にしてこうやって生まれるものである。
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「Midnight Train to Georgia(夜汽車よ!ジョ-ジアへ)」 (グラディス・ナイト&ザ・ピップス 1973年8月)




Midnight Train to Georgia (Jim Weatherly)


Notes (Wikipedia 日本語・English を参考にまとめた)
☆ グラディス・ナイトは1960年代後半のモータウンを支えた一人で絶頂期はダイアナ・ロスと二分するモータウンの女性シンガーだった。しかし70年代に入りロスがソロ・シンガーとしての絶頂期に向かっていったのに対し,ナイトは自分に対するモータウンの処遇に不満を持ち新興レーベルだったブッダに移籍する。このレーベルは60年代後半にニューヨークで創業し,60年代後半のバブルガム・ポップの代表選手である1910フルーツガム・カンパニーなどがヒットを飛ばして軌道に乗った。ブッダレーベルはソウル・ムーヴメントにも興味を持ちアイズレー・ブラザーズの『イッツ・ユア・サング』(1969年)などを発表していた。

☆ 「Midnight Train to Georgia(夜汽車よ!ジョージアへ)」は,ジム・ウエザリーのペンによる作品だが,元々のタイトルは「Midnight Plane to Houston」といい,彼の1972年作品『Weatherly』の1曲だった。この曲に目を付けたのがシシー・ヒューストン(ホイットニー・ヒューストンの母でもあるゴスペル/ソウル・シンガー 1933 ~ present)だった。ただし彼女はカヴァーするにあたりタイトルと歌詩の一部を書き換えるようウエザリーに依頼し,「Midnight Train to Georgia」となった。

☆ グラディス・ナイト&ザ・ピップスはモータウンから離れブッダで作品を発表することになったが,ウエザリーの出版社が彼らのこの曲をオファーしたのはシシー・ヒューストンが曲をリリースした1973年(米国盤のタイトルは「Midnite Train to Georgia」)だった。グループはこのオファーを受け,シングルをリリースすると9月1日付初登場71位があれよあれよという間に8週間後の10月27日にはローリング・ストーンズ「悲しみのアンジー」を押しのけ堂々のNo.1に輝き,かつてのモータウンの同僚エディ・ケントリックスの「キープ・オン・トラッキン(パート1)」に1位を譲るまでの2週間首位を保った。

☆ ビルボードのソウルチャートでは逆にエディ・ケントリックスから1位を奪い(10月20日付),ビリー・プレストンの「スペース・レース」に1位を譲るまでの4週間首位を保った。よく考えるとここに出てきたミュージシャンはどこかでつながりがある。ストーンズはケントリックスのいたテンプテーションズを広くカヴァーしているし,プレストンは言うまでもなくストーンズの70年代ツアーには欠かせないミュージシャンである。そしてナイトとケントリックスはかつてモータウンの同僚だった。こう考えるとソウル・パワー全盛期はニュー・ソウルとディスコの中間になるこの辺りなのかもしれない。

Midnight Train to Georgia (Jim Weatherly)
※ Purrfection Version (DJDiscoCatV2氏の独自編集超長尺盤 8:07)


☆ この曲は70年代ソウルというより,70年代ポピュラー音楽を代表する名曲のひとつである。この曲でグラディス・ナイトは当然のように第一線に返り咲き,74年のグラミー賞(Grammy Award for Best R&B Vocal Performance By A Duo, Group Or Chorus)を獲得した。ナイトはロスをいちばん意識していたと思うし,アレサ(フランクリン)やチャカ(カーンのいたルーファス)にもライヴァル意識を燃やしていたことは想像に難くない。そしてこの曲は彼女が一時的にもそれらライヴァルを制した証でもあるのだ。

☆ それにしてもディストリビューションの問題はあったかもしれないが,ディスコ(70年代に入る時には当然ありました)を超えた本邦ポピュラー音楽シーンでのニュー・ソウルや彼女の評価が90年代のクラブ・ムーヴメントのレア・グルーヴ人気(基本的には渋谷系のルーツ探しあたりがきっかけだと思うのだが)まで待たされ,なおかつそこでもアンダーレイテッドであることに,ぼくは不満を持っているのだ。というのも,この曲の有名な邦題「夜汽車よ!ジョージアへ」を見ていると,なぜここに「感嘆符(!)」がついているのだろうと思うからである。思うに,この曲の邦題を付けた人はグラディス・ナイトの苦闘時代に思いを馳せて彼女のカム・バックを密かに祝いたかったのではないか。この「!」にぼくはそんな思いを勝手に感じるので,この人(邦盤の担当者)の思いがなかなか通じていないことに微かな苛立ちを覚えてしまったりするからでもあるのだ。

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「Loan Me a Dime」 (Boz Scaggs 1969年8月=アルバムリリース)



☆ ボズ・スキャッグスは1965年に1枚のアルバムをリリースして(数年前に日本でも紙ジャケで発売された),スティーヴ・ミラー・バンドに参加,その後ソロに転じた。このアルバムは彼が25歳の時の作品である。元々ブルース・ロックをやっていたミュージシャンが1969年にアトランティック・レーベルからアルバムを出せば,それはホワイト・ソウルではなくマッスル・ショールズの音になる。このいかにもブルーズ然とした長い長い曲をデュエイン(デュアン)・オールマンらと録音したことで彼の名声は一部の通好みロックファンの間に響き渡ったのだ。

Loan Me a Dime (Fenton Robinson 演奏時間 12:30)


☆ むかし有名な評論家が指摘したように「さはさりとて,ジャケットの傾斜はケーブルカーの街サンフランシスコである」。ここが彼のベースなのである。

PERSONEL posted by Sandy Sandaver
• Boz Scaggs – guitar, vocals
• Tracy Nelson – background vocals
• Jeanie Greene – background vocals
• Duane Allman – guitar, dobro, slide guitar
• Joe Arnold – tenor saxophone
• Barry Beckett – keyboards
• Ben Cauley – trumpet
• Charles Chalmers – tenor saxophone
• Joyce Dunn – background vocals
• Roger Hawkins – drums
• Eddie Hinton – guitar, slide guitar, dobro
• Mary Holliday – background vocals
• David Hood – bass
• Jimmy Johnson – guitar
• Al Lester – fiddle, violin
• Gene "Bowlegs" Miller – trombone, trumpet
• James Mitchell – baritone saxophone
• Floyd Newman – baritone saxophone
• Terry Manning – engineer
• Irma Routen – background vocals
•Donna Jean Godchaux née, Thatcher – background vocals

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「Are You Receiving Me?」 (XTC 1978年9月)


GO2GO2
1,543円
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Are You Receiving Me? (Andy Partridge)


Are you receiving me?
ぼくを受け止めてくれないの?
You are deceiving me I know, see I know
きみって自分の気持ちを誤魔化してるだろ,そうじゃないの
Are you receiving me?
You are deceiving me I know, see I know

When we're out walking
ふたりで散歩する時だって
Your mouth ain't where it's supposed to do the talking
きみの口はここぞって処じゃ閉じたまんまだよね

When we're in kissing
キスしようかなって時になると
Your lips are missing, are they out on loan to someone else
きみの唇って誰か別の人に貸し出し中って感じで逃げていくしさ
Are you listening?
ねえちゃんと聞いてる?

Are you receiving me?
You are deceiving me I know, see I know
Are you receiving me?
You are deceiving me I know, see I know

When we're out walking
Your mouth ain't where it's supposed to do the talking

When we're in kissing
Your lips are missing, are they out on loan to someone else
Are you listening?

Are you receiving me?
You are deceiving me I know, see I know
Are you receiving me?
You are deceiving me I know, see I know

I put it in a letter, what could be better?
ラヴレターかなんかで伝えた方が良いのかな?
I put it in a note, one night I wrote
真夜中に書き付けでも書いてればいいのかな
I put it in a telegram, just like the son of Sam
連続殺人鬼の「サムの息子(デビッド・バーコウィッツ)」みたいに
マスコミに電報でも送ればいいっていうの

Babe there's something missing
ねえきみ,ぼく達の間から何かが失われていくと思わない
Your TV's just hissing
きみのテレビが出している雑音みたいにさ

Are you receiving me?
You are deceiving me I know, see I know
Are you receiving me?
ぼくを受け止めてくれないの?
You are deceiving me I know, see I know
きみって自分の気持ちを誤魔化してるだろ,そうじゃないの

Are you receiving me?
ぼくを受け止めてくれないの?
Are you receiving me?
Are you receiving me?
Are you receiving me?

☆ XTCのセカンド・アルバム『Go2』(1978年10月6日)の直前に発売されたシングルで,アナログ時代はアルバム未収録(CD化された時に同アルバムのボーナス・ディスクとして収録された)作品。初期のXTCを特徴づけるバリー・アンドリュースのキーボードが炸裂している1曲。ただこのシングル/アルバムの発売後,アンドリュースはグループを離れ,いくぶん地味目のソロシングル1枚を発表し,ロバート・フリップやエイドリアン・ブリューらとリーグ・オブ・ジェントルメン(まるで小林信彦の小説だな。薬師丸ひろ子が映画の主演で歌も歌ってるヤツ^^;)を結成する。

☆ でもこの曲の演奏ではチェンバースが抜けた後の1980年12月22日ハマースミス・パレのライブ(BBC Radio1Live in Concert)が圧巻。『チョークヒルズ&チルドレン』の記述ではこの日のアンディは風邪気味で声がガラガラで,それを押してアンコールのこの曲まで歌い切った。このライブは当時NHK-FMでもオンエアされ,その後BBCのライブを扱うレーベルからCD化されている。

XTC -BBC RADIO 1 Live in Concert
- Hammersmith Palais, London, 22nd Dec 1980

☝ 全56:27のうちラストのこの曲は53:10あたりから。


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「Message in a Bottle(孤独のメッセージ)」 (The Police 1979年9月)


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初稿:2008年1月13日記 2017年11月22日一部改稿

Message In A Bottle (Sting)


Just a castaway, an island lost at sea, oh
難破した俺は絶海の孤島に辿りついた
Another lonely day, with no one here but me, oh
孤独の日々が始まる,ここには俺ひとりしかいない
More loneliness than any man could bear
孤独が募っていくことに誰が耐えられるというのだろう
Rescue me before I fall into despair, oh
誰でもいいから自暴自棄になってしまう前に俺が救い出してくれ

I'll send an s.o.s. to the world
俺は世界中にに遭難信号を発信する
I'll send an s.o.s. to the world
俺は世界中にに遭難信号を発信する
I hope that someone gets my
俺の願いはただひとつ
I hope that someone gets my
俺の願いはただひとつ
I hope that someone gets my
誰かが俺の流した
Message in a bottle, yeah
瓶の中の手紙を読んでくれること
Message in a bottle, yeah
瓶の中の手紙を読んでくれること

A year has passed since I wrote my note
俺が手紙を託して一年が経とうとしていた
But I should have known this right from the start
だが俺はこれがほんの始まりに過ぎないと知らされていた
Only hope can keep me together
唯一希望だけが俺を生き永らえさせていた
Love can mend your life but
愛情は君の暮らしを取り繕ってくれるかもしれないが
Love can break your heart
だけどそいつは君の心を痛めつけることもできるのだ

I'll send an s.o.s. to the world
俺は世界中にに遭難信号を発信する
I'll send an s.o.s. to the world
俺は世界中にに遭難信号を発信する
I hope that someone gets my
俺の願いはただひとつ
I hope that someone gets my
俺の願いはただひとつ
I hope that someone gets my
誰かが俺の流した
Message in a bottle, yeah
瓶の中の手紙を読んでくれること
Message in a bottle, yeah
瓶の中の手紙を読んでくれること

Walked out this morning, don't believe what I saw
今朝俺は浜辺に出掛けて,自分の目を疑った
Hundred billion bottles washed up on the shore
数限りないほどの瓶がそこに打ち上げられていた
Seems I'm not alone at being alone
何てこった。孤独に苛(さいな)まれていたのは俺ひとりじゃなかったんだ
Hundred billion castaways, looking for a home
数限りないほどの孤独な心達が,帰るべき家を求めて彷徨(さま)っているのだ

I'll send an s.o.s. to the world
俺は世界中にに遭難信号を発信する
I'll send an s.o.s. to the world
俺は世界中にに遭難信号を発信する
I hope that someone gets my
俺の願いはただひとつ
I hope that someone gets my
俺の願いはただひとつ
I hope that someone gets my
誰かが俺の流した
Message in a bottle, yeah
瓶の中の手紙を読んでくれること
Message in a bottle, yeah
瓶の中の手紙を読んでくれること
Message in a bottle, yeah
瓶の中の手紙を...

Sending out at an s.o.s.
遭難信号を発信せよ
Sending out at an s.o.s.
Sending out at an s.o.s.
Sending out at an s.o.s.
Sending out at an s.o.s.
Sending out at an s.o.s...

2012年5月14日記


☆ 漂流者が瓶の中に手紙を入れて海に流す。誰かがこのメッセージを拾って救いに来てくれないかと。希望だけを持って待ち続けたある朝,海辺に出てみると,数え切れないほどの瓶が流れ着いていた。自分と同じように何百万もの孤独な魂が戻るべき家を求めて瓶を流していた。人間を観察するゴードン・サムナー(スティング)の視点は,都会を砂漠と表現する代わりに瓶の中のメッセージが自分だけのものではない,都会に住む一人ひとりがそういう孤独な魂を抱えていると歌っている。だから邦題の「孤独のメッセージ」は歌の中身を言い当てており,素晴らしい。

☆ 英国では1位(他にアイルランドやスペインでも1位),米国では76位,カナダでは2位(他にオランダでも2位),フランスでは3位。日本でもA&Mがプロモーションを活発化したので初ヒットとなった。後年この曲のタイトルを借りた映画もあったし,ブログの初期には「ボトルメール」といって,誰に届くのか分からないメッセージを流すお遊びがあった。スティングが描いてきたのは「個」の時代であり,彼のポリス時代の詩はミニマリズムの文学とシンクロナイズしていると思う。それはあの時代の空気だったようにも思う。

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「ファッシネイション」 (門あさ美 1979年9月5日)




☆ 門あさ美が出てきた時,確かファッション・ミュージックだったかファッショナブル・ミュージック(用語的にはこっちだと思うけど)というコピーがついていたと思う。そのキャリアの全部をミステリアスな薄膜に閉じ込めることができた彼女の成功は,SNSがプロモーションからスキャンダルまですべての機能を担うような今日ではまず出来っこない技になってしまった。

「ファッシネイション」 (作詩・作曲:門あさ美)


☆ 「ファッシネイション」は有り体に言ってしまえば官能(エクスタシー)の歌である。歌というものがそもそも有していた機能の一つに「それ」があるのだから,彼女は(たぶん)狙ってその本質を衝いたのだと思う。だから歌手はその表側に出てはならず,薄ぼんやりしたヴェール(ソフト・フォーカス)の向こう側に居なくてはならなかったし,彼女はそういう位置を最初から望んでいたのだと思う。この画像がWikipediaにも記載されているように数少ない画像の一つであり,なおかつ画面がしっかりソフト・フォーカスになっていることは何よりもそのことを雄弁に物語っていると思う。


☆ 色々脱線ネタはあるのだが,やはり書かない方が良いだろう(爆)。


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「You Make It So Hard (To Say No) [つのる想い] 」 (Boz Scaggs 1974年3月=アルバムリリース)




初出:2013年3月9日 歌詞掲載のみ
You Make It So Hard (To Say No)(Boz Scaggs)


I have had my eyes on you
Oh, since the day I learned to laugh at myself
Caught you laughing too
Then you went your way, oh, and I went mine
It´s strange that in another place
That joke should hit me in my face

But you, oh, you make it so hard, baby
To say no, no, no, oh
You, yes, you, baby, make it so hard
To say no, no, no, no

All that glitters is not gold
Just like good jokes get old
That spark that makes you think of me
Don't make things like they used to be

You might say that I have changed
It's just that things are rearranged
And as I once looked out for you
Now it's your turn to see me through

Cause you, oh baby, you make it so hard, girl
To say no, no, no, no
You, oh baby, you make it so hard
To say no, no, no, no

You know I tried to get you out of my mind
But now I'm to the point I find
I just can't leave and not have kissed you
You know I could never resist you

Cause you, oh, you make it so hard
To say no, no, no, no
You, oh, you're making it so hard, baby
To say no, oh, to say no, no, no, no

You are making it so hard
(Girl, you know what you're trying to do)
To say no, no, no, no...

2稿:2014年7月30日
ヒッツ!ヒッツ!
(2004/02/18)
ボズ・スキャッグス

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ヒッツ!(エクスパンディッド・エディション)ヒッツ!(エクスパンディッド・エディション)
(2014/06/25)
ボズ・スキャッグス

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☆ 2枚のアルバム。元々は上のジャケットで1980年に出た。ただし本国である米国盤と日本盤では2曲ほど差し替わっていた。米国盤に入っていたのがこの曲「You Make It So Hard (To Say No)」と「Dinah Flo」で,これらはマイナーヒットだったけど,彼が70年代前半に全米で放ったヒット曲。日本盤では日本でもメジャーになった後のヒット曲「Hollywood」と日本で知られるようになった時期のアルバムタイトル曲「Slow Dancer」に差し替えられている。「スロー・ダンサー」を選んだのはおそらくソフト&メロウ路線に印象が近いホワイト・ソウルのバラッド曲だからだろう。ただ,この選曲。玄人筋には受けが悪かった。彼らは当然のように言うわけです(笑)「なんで "Dinah Flo" が入ってないんだ」と。

☆ その「ダイナ・フロー」もソウルフルというかダイナミックなリフを置いた格好良い曲だったけど,個人的には(そういう事情を知らずに輸入盤屋で米国盤を買っていた=笑=)この曲の方が好きだった。

☆ ボズ・スキャッグスはデュエイン(デュアン)オールマンとの共作で有名な「ローン・ミー・ア・ダイム」などに代表される,どちらかといえばアーシーなサザン・ソウルの影響を受けてきたが,この曲あたりからもう少しアーバンな(喩えが良いかどうか躊躇するが,強いて言えば70年代モータウン的な)路線に進み始め,やがて名盤『シルク・ディグリーズ』で,ブルー・アイド・ソウルシンガーとしては空前の成功を収めることになる。ただしボズ自身は彼のルーツでもあるサザン・ソウルやおそらくその延長線上としてのR&Bやジャズに音楽の方向を定めていった。流行りものの時期を過ぎた後に第一線からしばらく遠ざかったこともあったが,基本線は決して崩さないシンガーだと思う。

スロー・ダンサースロー・ダンサー
(1997/09/01)
ボズ・スキャッグス

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☆ 余談だけど,この『スロー・ダンサー』が紙ジャケットCDで復刻する時,一度だけ日本盤仕様ジャケットで復刻している。ジャケットは彼がブリーフの水着を着て浜辺を歩いている写真(上記参照)で,LPが出た当時の邦題は『シスコの顔役』である。恐るべしCBSソニー(当時)洋楽部!!(再爆)。

2017年11月18日追記
☆ ボズ=AORのレッテルの前の彼はブルージーでアーシーなサウンド(盟友スティーヴ・ミラーと共に)を起点に,少しずつブルー・アイド・ソウル→ホワイト・ソウルにアプローチを変えていった。『スロー・ダンサー』で言えばタイトル曲はその後の彼の看板となったソフト’ン’メロウなバラードであるし,この曲は彼にとってはルーツに近いソウルフルな歌唱である。どちらが良いというのではなく,どっちもボズ・スキャッグスというミュージシャンだと思う。前回の「夜のシモーヌ」もそういうことを考えて聴けば,なるほどこれがボズ・スキャッグスにとっての本来的なホワイト・ソウルのあり方なのかということが見えてくるのではないか。


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「King of the World」 (Steely Dan 1973年7月=アルバムリリース)


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King of the World(Walter Becker / Donald Fagen)


Hello one and all
やあ諸君
Was it you I used to know
諸君はぼくがかつて知っていた君達であろうか
Can't you hear me call
ぼくの名を呼ぶ声が聞こえないのかな
On this old ham radio
この古臭いアマチュア無線で
All I got to say
ぼくが話したいことはといえば
I'm alive and feeling fine
自分はまだ生きていて,気分上々ということだ
If you come my way
もし君達が僕を捕まえにやって来るのなら
You can share my poison wine
ぼくが残した毒入りワインでも分かちあってもらおう

CHORUS:
No marigolds in the promised land
約束の土地に咲くマリーゴールドはもはや無く
There's a hole in the ground
大地には穴ぼこが残されているだけだ
Where they used to grow
それらのものがかつて生まれ育ったしるしとして
Any man left on the Rio Grande
リオ・グランデ川の流れに乗って去って行った者こそが
Is the king of the world
世界の王たるものであったのだ
As far as I know
ぼくが知るのは,そういうこと


I don't want your bread
ぼくは別に君のパンが欲しいのではない
I don't need your helping hand
ぼくは別に君の助けを借りるつもりもない
I can't be no savage
ぼくは別に獰猛な人間でもなければ
I can't be no highwayman
その辺に潜んでいる追剥ぎの仲間でもない
Show me where you are
何処に居るのか知らせてくれ
You and I will spend this day
この日を二人で過ごしたいのだ
Driving in my car
ぼくの車を走らせて
Through the ruins of Santa Fe
サンタ・フェの廃墟を抜けて進もうじゃないか

CHORUS

I'm reading last year's papers
ぼくが読んでいるのは去年の新聞で
Although I don't know why
どうしてだかは知らないけれど
Assassins cons and rapers
殺し屋とか詐欺師とか強姦魔なんて連中は
Might as well die
せいぜいくたばっちまった方が良いのさ

If you come around
もしも君がやって来たら
No more pain and no regrets
これ以上痛みや後悔を感じることは無くなるだろう
Watch the sun go brown
太陽が茶色に灼けるのを見て
Smoking cobalt cigarettes
蒼空に紫煙を燻らせていればいいのさ
There's no need to hide
いまさら逃げ隠れする必要なんかないだろう
Taking things the easy way
さっさとなるようになっちまえばいいんだ
If I stay inside
もしぼくがここに潜伏していたとしても
I might live til Saturday
土曜日までは確かに生きていられるかもしれないね

CHORUS

Personnel
Steely Dan
Donald Fagen – acoustic and electric pianos, synthesizer, lead vocals
Walter Becker – electric bass, harmonica, background vocals
Denny Dias – electric guitar, mixing
Jeff "Skunk" Baxter – electric and pedal steel guitars
Jim Hodder – drums, percussion, background vocals

Additional musicians
David Palmer, James Rolleston, Michael Fennelly – background vocals

Notes(From Wikipedia English)
In his 1999 autobiography A Cure for Gravity, British musician Joe Jackson described Countdown to Ecstasy as a musical revelation for him, that bridged the gap between "pure pop" and his jazz-rock and progressive influences, while furthering his attempts at songwriting.

☆ スティーリー・ダンのセカンド・アルバム『エクスタシー(Countdown to Ecstasy)』の掉尾を飾る隠れ名曲。70年代後半の華麗で奇妙なスティーリー・ダン・ワールドの萌芽が早くもこの曲の中にはある。ホーボー(流れ者)とか無法者という存在は西部劇の時代から大恐慌の時代に至るアメリカのアウトサイダーの典型であり,ベッカーとフェイゲンが曲の題材によく使っている。もっともダンの音楽歴が進むにつれてそれはアップデイトされ,最後は60年代末のサンフランシスコから70年代末のカリブ海に至る華麗なるドラッグ・ワールドと化してしまうのだが。

☆ ところで曲の中に出てくる
No marigolds in the promised land
という一節が気になっていろいろ見ていたら,最近読んだこの本に(またそれかよ)...


☆ この本の中でエピソードとして出てくる「死者の日(Día de Muertos)」の花がマリーゴールドで,Wikipediaの「死者の日(メキシコ)」の解説には「メキシコでは死者の花とも呼ばれるマリーゴールド」なんて紹介のされ方をしている。逆にWikipediaの「マリーゴールド」の解説には「メキシコでは死者の日の祝祭を彩る花として大量に栽培される」と書いてあった。

☆ アメリカの南部は米墨戦争(1846-48)まではメキシコ合衆国の領土だった。リオ・グランデ川(本当はリオが「川」でグランデが「大きな」だから,サハラ砂漠同様に重言になってしまう)は,その流域が元のメキシコ(今のアメリカ)から今のメキシコにわたっているので,当然メキシコの文化的なものの影響は色濃く残っているだろう。そう考えると「世界の王」たるお尋ね者の主人公はリオ・グランデ川を辿ってメキシコに逃げようとして追っ手に包囲されている(なんだか「明日に向かって撃て!」みたいだな)という感じが出てくる。

☆ この北アメリカ的なものと南アメリカ的なものの出会いはダンの音楽(詩)の中では有力な世界観を持っており,それは『ガウチョ』まで一線で辿ることができると思う。

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「You're sixteen (you're beautiful and you're mine)」 (Jonny Burnette 1960,Ringo Starr 1973)


初出:2011年11月19日
25 Greatest Hits25 Greatest Hits
(2005/05/31)
Johnny Burnette

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☆ ジョニー・バーネットは1950年代後半にロカビリー歌手として大人気を博した。彼自身は予期せぬ事故で亡くなってしまうが,その代表作の一つに1960年作品「You're Sixteen(you're Beautiful and you're mine)」がある(全米最高位8位,全英最高位3位)。
You're sixteen(you're beautiful and you're mine)
(Robert B. Sherman, Richard M. Sherman)


リンゴ(紙ジャケット仕様)リンゴ(紙ジャケット仕様)
(2008/06/18)
リンゴ・スター

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☆ このロックンロール作品を1973年に自分の名を冠したソロ作でカヴァーしたのがリンゴ・スターで,このカヴァーは彼の代表的なヒット曲の一つになった(全米No.1 1974年1月26日~2月1日)。
You're sixteen (Robert B. Sherman, Richard M. Sherman)


Ho!

You come on like a dream, peaches and cream,
Lips like strawberry wine.
You're sixteen, you're beautiful and you're mine. (mine, all mine)

You're all ribbons and curls, ooh, what a girl,
Eyes that sparkle and shine.
You're sixteen, you're beautiful and you're mine.
(mine, all mine, mine, mine)

You're my baby, you're my pet,
We fell in love on the night we met.
You touched my hand, my heart went pop,
Ooh, when we kissed, I could not stop.

You walked out of my dreams, into my arms,
Now you're my angel divine.
You're sixteen, you're beautiful, and you're mine.

You're my baby, you're my pet,
We fell in love on the night we met.
You touched my hand, my heart went pop,
Ooh, when we kissed, I could not stop.

You walked out of my dreams, into my car,
Now you're my angel divine.
You're sixteen, you're beautiful, and you're mine.
You're sixteen, you're beautiful, and you're mine.
You're sixteen, you're beautiful, and you're mine.

All mine, all mine, all mine.
All mine, all mine, all mine.
All mine, all mine, all mine, all mine, but I do.
(You are mine!)

What shall we do with the drunken sailor?
What shall we do with the drunken sailor?

PS.上の歌詩のうち最初のひと言は掛け声。最後の2行は曲のコーダでリンゴが呟いている言葉。

☆ さて,この曲を若いころ聴いていたのがビリー・オーシャンで(バーネット盤だったら10歳なので,おそらくリンゴ盤を23,4の頃に聴いたのだろう),上の歌詩のある部分が耳に残った。それは "You walked out of my dreams, into my car" という部分だったのだが,長じて人気ミュージシャンとなったビリーはこれにヒントを得たタイトルでシングルを発表。代表曲「カリビアン・クイーン」に続く2枚目の全米No.1ヒットとなる。それがこの「Get Outta My Dreams, Get into My Car」。もちろんタイトルだけが多少関係があるだけで曲は何の関係もない。



☆ ちなみにこのエピソードは,確かまだケーシー・ケイサムがナビゲートしていた頃のアメリカンTop40で聞いた。ケーサムはバーネットの曲とリンゴの曲をかけたあとでこの曲を紹介していたと記憶する。

2017年11月15日付記
☆ ビリー・オーシャンが全米1位を獲ったのは1988年4月9日と翌週16日。前後のNo.1もマイケル・ジャクソン(「Man in the Mirror」)とホイットニー・ヒューストン(「Where Do Broken Hearts Go」)で,ブラック/ダンス・コンテンポラリーの黄金期だ。

☆ この曲の作詩作曲者のシェーマン兄弟は20世紀のポピュラー音楽(劇音楽・映画音楽含む)に多大な貢献をしてきた。ジョニー・バーネット版「You're sixteen」のYouTubeを見れば(聴けば),この曲のしっかりした楽譜(スコア)があることが良く分かる。おそらく「ロックンロールの時代」の音楽は直前のポピュラー音楽に比べてスピーディーであることが特徴となっていたことがここからも分かる。

☆ 歌手としてのリンゴ・スターはビートルズの中では風変わりな曲を歌っている(カントリー曲「アクト・ナチュラリー」,スローバラード「グッド・ナイト」,そしてビートルズ時代唯一のNo.1曲「イエロー・サブマリン」などなど)。ソロになってからもスタンダード集だったりカントリー集だったりとほかの三人がやってない(かつ彼が興味のあった)曲を歌うことをやってきた。と言いながら彼はビートルズ後に3曲のNo.1曲を持っており,シングル曲ミュージシャンとしてはむしろ70年代前半の方がよほど人気があった(笑)。



☆ 「You're sixteen」では,原曲の「ロックンロールのスピード」を敢えて落とし,途中でジャグ・バンド(合衆国南部で興った)につきものの楽器「カズー」のような音(ポール・マッカートニーが「マウス・サックス」という形で「カズーふう」の音)を出している。このカントリーっぽいアレンジとリンゴの「へたうま」ヴォーカルがピッタリ合致したことや,前作「(想い出の)フォトグラフ」がジョージ・ハリソンとの共作で彼の2作目のNo.1だったことなどから,「ビートルズ再結成?」説が大いに盛り上がっていたこともあって,No.1になったのではないかと思う。

NOTES
全米No.1:1974年1月26日(直前のNo.1はニルソン「Show and Tell」,直後のNo.1はバーブラ・ストライサンド「The Way We Were(追憶のテーマ)」),全米はビルボード/キャッシュボックスともNo.1,ニュージーランドでもNo.1になっている。他の国の最高位は以下のとおり。(2位:カナダ,アイルランド、4位:英国、6位:豪,蘭,ノルウェー,スイス、19位:西独、74位:日本)
☆ 本邦の74位はどうかと思われるかもしれないが,新・三人娘、新御三家だけでなく演歌も強力だった歌謡曲全盛時代にオリコンのチャートに入っただけでも大健闘といえる。ちゃんと売れたのだ(爆)。

PERSONEL(ウィキペディア日本版より)
リンゴ・スター - ボーカル、ドラムス
ニッキー・ホプキンス - ピアノ
ジム・ケルトナー – ドラムス
ジミー・カルヴァート - ギター
ポール・マッカートニー - マウス・サックス
クラウス・フォアマン - ベース
ハリー・ニルソン - バッキング・ボーカル
ヴィニ・ポンシア - ハーモニー・ヴォーカル


☆ 個人的な話で恐縮だが,ちょうどこの頃ポピュラー音楽(ロックなど)を聴き始めた時期であり,世の中(当時の日本のポピュラーファンの世界)はハード・ロックとプログレッシヴ・ロックとビートルズファンとそのほかのファン(カーペンターズだったりフレンチ・ポップスだったり,イージーリスニングだったり)で成り立っていたような気がする(笑)。この曲はビートルズ入門編にはちょうどお誂(あつら)え向きだった気がする。ジョンとポールがいちばん難しかった時代だったでもあるし。

☆ 80年代の初めごろ糸井重里が彼のラジオ番組でRCサクセションの「スロー・バラード」を「高校生(カップル)のラブ・ソング」と絶妙な比喩をしたことがあったが,この曲の歌詩もこの当時(60年代前半)流行った「スウィート・シックスティーン系」のもので他愛ないと言えばそうだけど,まあ確かに可愛い歌詩ではあると思う(笑)。

☆ しかしビリー・オーシャン。いきなり曲の出だしで "Who's that lady?" だって(笑),おいおいそれは15年くらい前のアイズレーズの曲じゃないか(爆)。

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愚かにも彼はそれを信じて 「What A Fool Believes」 (The Doobie Brothers 1979年1月)



初出:2011年10月17日(大幅改稿)

☆ 異論があるのを承知で書くならば,ドゥービー・ブラザーズというバンドは,マルチ・リズムでソウル・ミュージックの影響を反映させたアメリカン・ロック・バンドである。このコンセプトで見てみると「チャイナ・グローブ」や「ザ・ドクター」のようなトム・ジョンストン時代の曲でもこの曲でも同じ地平にある。ましてモータウンの代表的チーム、ホランド/ドジャー/ホランドの「君の腕に抱かれたい」をロックンロール・ヴァージョンにしてカヴァーしている事実は,このことを補強こそすれ否定するものではない。

☆ この曲の特徴はマルチ・リズムを生かした独特のシンコペーションにあり,すぐに亜流が出てきたがリズムパターンとして定着するまでには至らなかった。なんだかんだ言っても,やはり難しいのだろう。ところで曲の作者であるケニー・ロギンスとマイケル・マクドナルドが演奏したヴァージョンを以前聴いたことがあるが,そこではドゥービーズの特徴であるマルチ・リズムを抑えた,よりAOR的なアプローチで演奏されている。ロギンスにはこちらの方が心地良かったのだろう。

2017年11月13日付記

What A Fool Believes (Michael McDonald / Kenny Loggins)



He came from somewhere back in her long ago
彼は彼女がまだ彼の許にいた大昔の記憶に戻っていった
The sentimental fool don't see
その愚かしい感傷は彼に気付かせなかったのだ
Tryin' hard to recreate
もはや元に戻るには遅すぎることや
What had yet to be created once in her life
かつて彼女の暮らしの中にあったものを
再び生み出すことなどできないことを

She musters a smile
彼女は彼の「昔は良かった」話に
For his nostalgic tale
なんとかして微笑みを返すけれど
Never coming near what he wanted to say
決して彼が言い出したいことには近づこうとしない
Only to realize
はっきり分かっていることがひとつある
It never really was
もうそんな昔のふたりには決して戻れないということ

She had a place in his life
彼女にもかつては彼の暮らしの中に居場所があった
He never made her think twice
そのことを彼は一度だって振り返ろうとしなかったけれど
As he rises to her apology
彼が彼女の謝罪の言葉を聞いて思わず立ち上がった時に
Anybody else would surely know
周囲の者は確かに分かったのだ
He's watching her go
彼女が出ていくのを彼は見送ることしかできないことを

But what a fool believes he sees
それなのに愚かにも彼は信じているのだ
No wise man has the power to reason away
誰にその理由を放置する力があるというのか
What seems to be
物事がそのように流れていくその先には
Is always better than nothing
虚しさの他に何があるというのか
And nothing at all keeps sending him...
そして全てを失ってしまう。そのことが彼を...

Somewhere back in her long ago
彼女を遠い昔の日々に戻す時
Where he can still believe there's a place in her life
そこには確かの彼女の居場所もあったと今でも信じていいけれども
Someday, somewhere, she will return
だから,いつか,どこかで,彼女は彼の許に還ってくると彼は信じてしまう

She had a place in his life
He never made her think twice
As he rises to her apology
Anybody else would surely know
He's watching her go

But what a fool believes he sees
No wise man has the power to reason away
What seems to be
Is always better than nothing
There's nothing at all
But what a fool believes he sees...

Personnel
Patrick Simmons - guitar, vocals
Jeff "Skunk" Baxter - guitar
Michael McDonald - keyboards, synthesizers, lead vocals
Tiran Porter - bass guitar, vocals
John Hartman - drums

Additional players
Bill Payne - synthesizer (with Michael McDonald)

最高位
No.1:全米('79/4/14)、全加
第5位:ニュージーランド、第10位:蘭、12位:豪、28位:アイルランド、31位:全英

☆ この曲が80年のグラミーで最優秀曲(Song of the Year and Record of the Year)を獲った時,一部に異論があった。確かにどちらかの賞は他のミュージシャン(敢えて名前は挙げないが大変貌を遂げた黒人グループのバラード曲とだけ指摘しておく)が獲っても相応しかったと思う。ただ,この曲の持つ意味はシンコペーションを特徴的に使った曲のアレンジにあったのではなく,その歌詩が時代の雰囲気を良く示していたからではないかという気がする。それはこの年の暮れに封切られたこの映画に色濃く出ていないだろうか?


☆ ドゥービーズがグラミーを獲ったのは,まさにこの時代の空気に乗ったからで,いかにライオネル・リッチーがその後の時代を代表する優れたバラード・シンガーに成長したからといって,この「空気」には勝てなかったのかもしれないと思うのだ。

Kenny Loggins - What a Fool Believes (from Outside: From The Redwoods)


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「Simone」 (Boz Scaggs 1980年4月=アルバムリリース)



初出:2011年10月24日
☆ 『Middle Man』はデヴィッド・フォスター色が非常に強い作品で,このアルバムから「Look What You've Done To Me(燃えつきて)」の収録されたLP盤の『Hits!』が出る頃までが,ボズがAOR的に持てはやされた時期だった(そのあまりの異常な盛り上がりに渋谷陽一はやっかみ半分で「アメリカの五木ひろし」のあだ名を献上したほどである(爆))。

Simone (David Foster / Boz Scaggs)


☆ 既にどこかで書いたが,この曲は最初のリリースでは「夜のシモーヌ」という邦題が付いていて,今は「シモン(僕の心をもてあそぶ)」というタイトルに変わっている。80年代の終わり近く802の誕生する前の関西にいた時期にFM大阪の平日夜のミニ帯番組でこれがテーマ曲になっていて毎日のように聞いていた。だから個人的には「夜のシモーヌ」の方がしっくり来る。

☆ 『Middle Man』にも「You Can Have Me Anytime」のような珠玉のバラード(この曲のコーダでのカルロス・サンタナのソロは素晴らしい!)が収められているので,渋谷御大のくすぐりも故なしとは言わないが,この時期のボズ・スキャッグスはむしろこうした曲の方を好んだような気がする。また,アメリカのマーケット(ステーションでのエアプレイという意味)でも「Breakdown Dead Ahead」がシングル・カットされていることからも同様のことがうかがえる気がする。

PERSONEL
Boz Scaggs – guitar, vocals
David Hungate – bass
Jeff Porcaro – drums
David Foster – synthesizers, keyboards, string arrangements
David Paich – additional synthesizer
Larry Fast – synthesizer programming
Michael Boddicker – synthesizer programming
Steve Porcaro – synthesizer programming
Paulette Brown – background vocals
Venetta Fields – background vocals
Bill Thedford – background vocals

2017年11月11日追記
☆ 最近は本日(11/11)のことを独り身の日と言うらしいが,独り身の20男(当時)が営業日報を書きながら,さて明日は何処に訪問しようか(真面目な意味でもそうでない意味でも),いやその前にこの後どこのスナックでクダをまこうかなどと考えながら疲れ切った頭と身体でぼんやり聞いていたのがこの曲だったりする。

☆ デヴィッド・フォスターの作品はどことなくリリカルで,この時代(アルバムリリース時ではなく,この曲を営業日報を書きながら聞いていた当時はいわゆるバブルに入っていた時期でもある)の雰囲気に実に良く合っていた。もちろん現実にシモーヌどころかスナックのお姐さんだって振り向きもしないのだから,悪酔いする前に2、3度マイクをお借りしたあとはニッコリ笑って明朗会計でおうちに帰るというのがオチだった。

☆ 最初の記載に書いたように『ミドル・マン』の評価は高くない。どちらかと言えば「売れ線狙い」と解されたようで(そりゃそうだ。いくらなんでもこの曲を「ローン・ミー・ア・ダイム」みたいな曲と比較する方が無体というものだ(爆)),AMGその他のレイティングは3.0とすこぶる低い。そこで物申すわけだが(苦笑)歌うたいとしてのスキャッグスの真骨頂はこのフォスターの甘いあま~いサウンドで光るのである。類比するならブライアン・フェリーにおける『ベイト・ノワール』(1987年10月:ちなみにAMG評価は4.5)みたいな位置にあると思う。

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聖子ママは大忙し(「Lady Madonna」(The Beatles 1968年3月15日)



Lady Madonna (Lennon–McCartney)


Lady Madonna
聖子ママは大忙し
Children at your feet
足元で子供たちは大暴れ
Wonder how you manage to make ends meet
どうやってこの決着つけようかしらと大弱り

Who finds the money
ところでお金の当てはあるの?
When you pay the rent?
何時になったら家賃が支払えるの?
Did you think that money was heaven-sent?
まさかお金は天からの授かりものなんて思ってなかったでしょ?

Friday night arrives without a suitcase
金曜の夜にはスーツケースがどっかにいっちゃってるし
Sunday morning creeping like a nun
日曜の朝は尼さんみたいにそっと寄ってくるし
Monday's child has learned to tie his bootlace
月曜日には子供達は靴紐の結び方を身を以て学ぶしかないので
See how they run
彼らが慌てて走り出すのを見てごらん

Lady Madonna
聖子ママは大忙し
Baby at your breast
胸元には赤ん坊がしがみついてる
Wonders how you manage to feed the rest
さてどうやって残りのおっぱいをやろうかなと思いながら

Ba-ba-ba-baaa ba-ba ba-ba-baaa
Ba-ba-ba-baaa ba-ba baaa ba-baa ba-baa
Wa-ba-ba-baaa ba-ba ba-ba-baaa
See how they run

Lady Madonna
聖子ママも一休み
Lying on the bed
寝台に横に伸びては
Listen to the music playing in your head
ヘッドフォンでお気に入りの曲を聴いている

Tuesday afternoon is never ending (ba-ba-ba-baaa)
火曜日の午後はいつまでも終わらなかったし
(Ba-ba ba-ba-baaa)
Wednesday morning papers didn't come (ba-ba-ba-baaa)
水曜はポストに朝刊が来てないし
(Ba-ba baaa ba-baa ba-baa)
Thursday night your stockings needed mending (ba-ba-ba-baaa)
木曜の夜には靴下のほつれを直さないとまずくなってるし
(Ba-ba ba-ba-baaa)
See how they run
そんなドタバタ具合を見てやってよ

Lady Madonna
Children at your feet
Wonder how you manage to make ends meet

☆ タイトルはMadonnaは聖母だから日本語でいちばん座りが良いのが「聖子」というだけの話。たった2分16秒で嵐を呼ぶこのドタバタぶりはママドルと呼ばれた松田聖子というよりも野原みさえの方が明らかに適任(爆)。しかしビートルズ(むしろポールと特定すべきで,どう考えてもジョンがあの時期にこんな詩を書けるはずがない)が凄いのは,一方で愛だ平和だとやっていながら,ごく平凡な主婦の毎日をサラッと絵にした曲を作ってしまうところ。勿論バランスを取るためにB面にジョージの「ジ・インナー・ライト」を入れるというシングルの妙もまたビートルズだった(笑)。



PERSONNEL
The Beatles
Paul McCartney – lead vocal, piano, bass, handclaps
John Lennon – backing vocal, lead guitar, handclaps
George Harrison – backing vocal, lead guitar, handclaps
Ringo Starr – drums, drums (with brushes), handclaps

Additional musicians and production
Ronnie Scott – tenor saxophone
Bill Povey – tenor saxophone
Harry Klein – baritone saxophone
Bill Jackman – baritone saxophone
George Martin – production
Ken Scott – engineering
Geoff Emerick – engineering

最高位
No.1:英、墺、豪、蘭、スイス、ニュージーランド
第2位:加、ノルウェー、西独
第3位:ベルギー、アイルランド
第4位:米(ビルボード)

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「たどりついたらいつも雨ふり」 (ザ・モップス 1972年7月5日)




☆ 最近,東芝EMIだったレーベルからの再発がかなりイイトコロまで進んでいて,何度か目のRCサクセション(フォーク時代)だけでなく,モップスのカタログも再発に入っているようだ。

☆ ぼくはサイケデリックロックをやっていた頃のモップスは聴いていなかったが,この曲はほぼリアルタイムで聴いている。たぶん氷室京介も子供の頃にこれを聞いて後からカヴァーする気になったんだろうと思う。それくらい「決まってる」曲だった。いま気付くのはAメロの部分が7・5調の変形(7語が8語)であること。このやまとことばの語配列がメロディに綺麗に乗っていること。そしてそれをBメロで短い語を連ねてそれをだんだん長くして最後は字余りに等しい言葉数とブルース・ロックの迫力で崩していく「崩し方」が格好良いのである。

☆ 曲の来歴についてはWikipediaを少し引用する。
> 元々は吉田拓郎がアマチュア時代に所属していたGSバンド「ダウンタウンズ」の曲で『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』に出場した際に演奏していた曲である。 タイトルも「好きになったよ女の娘」だった。
> 1970年前後はロックよりもフォークの方が、言葉を音楽に乗せるという点で先行していたため、フォークシンガーから楽曲提供を受けて、言葉を大事にする部分を残してロックを作ってみたらどうだろう、というホリプロのプロデューサー・奥田義行の発案を受けてアルバム『モップスと16人の仲間』(1972年7月5日発売)が製作された。 この中で吉田が上記の「好きになったよ女の娘」の歌詞を書きなおして提供した「たどりついたらいつも雨ふり」が飛び抜けて出来が良かったため、アルバム発売と同時にシングルカットして出した。オリコン週間チャート最高26位ながらも、約14万枚を売り上げ、モップス最大のヒットになった。1973年の公開の日活映画「濡れた荒野を走れ」では挿入曲として使用された。 星勝は「モップスが模索してきた日本のオリジナル・ロックがこの作品で、ある程度到達できた」と話している

「たどりついたらいつも雨ふり」 (作詩・作曲:吉田拓郎 / 編曲:モップス)


☆ 当時のぼくの認識は「拓郎の曲をモップスというロック・バンドが歌った曲がヒットしている」というものだった。どちらかというと作家としての吉田拓郎を評価するという感じに近かった。でも鈴木ヒロミツのヴォーカルは迫力があったし格好良いと感じたのも間違いない(繰り返すがヒムロックもそう思ったと思う)。

☆ その後の彼は刑事ドラマで一躍有名になったし,NHKの歌番組の司会(今でいうMCに近い)をやって,たぶん彼がサイケデリックなGSをやっていたことやそのバンド名が60年代の大人が若者を小馬鹿にして顔を顰めながら言った台詞「なんだお前,モップのような頭(髪型)をして!」からつけられたことなんか知らなかっただろう10代~20代前半の女性歌手と並んでいたことは印象が残る(一番の得意技は岩崎宏美と太田裕美を両手に花にして...(以下略))。

☆ モップスがホリプロの非歌謡曲系マネジメントに乗っていたことが,星勝を名プロデューサーにし,RCサクセションを結果的に世に出す遠因にもなった。この時期のショウビズの動きはロック・メディアにとって語られない部分かもしれないがきちんと研究すべきだと思う(まあそんなことをする暇人は何処にも居そうも無いのが残念だが)。


☆ 略のところのこたえ:宏美と裕美でひろみTwo

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「The Headmaster Ritual」 (The Smiths 1985年2月11日=アルバムリリース)




☆ 1984年頃にはザ・スミスがいちばん注目されるべきバンドだという声がブリティッシュ・ニュー・ウエイブ小僧の間では定番になりつつあった(当然そういう連中はデュラン・デュランやカルチャー・クラブのブームをせせら笑っていた)。自分が手にしたのはスミスのスタジオ・アルバムとしては2作目になる『ミート・イズ・マーダー』だった。このアルバムを購入した経緯は以前何度か書いた柄にもないデートの途中の宇田川町時代のタワレコである(要するに女の子に精一杯粋がったワケよ^^;スミスとTFTで=自爆=)。

☆ そっちの方の哀れな顛末な何回となく書いたので省略するとして(再爆),問題はその日買った2枚の英国盤(そうです粋がってわざわざ英国盤で買った)だった。よく考えると2枚とも英国のバンドのスタジオ盤としては2作目のアルバムだった。片方(つまり『ミート・イズ・マーダー』)は本国では絶大な評価を受けたが(No.1)他はさっぱり(下記参照)。他方(『Songs From The Big Chair』)は英米をはじめ世界中でこのデュオ・ユニット(ティアーズ・フォー・フィアーズ)の大出世作となった。作品の立ち位置が全然異なるので単純な比較はできないが,どちらも1980年代を代表する英国ロックの名盤には違いない。という訳で「転んでも只では起きなかった」という負け惜しみを書いておく(再々爆)。

The Headmaster Ritual (Morrissey / Johnny Marr)


Belligerent ghouls
run Manchester schools
spineless swines
cemented minds
Sir leads the troops
jealous of youth
same old suit since 1962
he does the military two-step
down the nape of my neck
I wanna go home
I don't want to stay
give up education
as a bad mistake
mid-week on the playing fields
Sir thwacks you on the knees
knees you in the groin
elbow in the face
bruises bigger than dinner plates
I wanna go home
I don't want to stay

Belligerent ghouls
run Manchester schools
spineless bastards all
Sir leads the troops
jealous of youth
same old jokes since 1902
he does the military two-step
down the nape of my neck
I wanna go home
I don't want to stay
give up life
as a bad mistake
please excuse me from the gym
I've got this terrible cold coming on
he grabs and devours
kicks me in the showers
and he grabs and devours
I want to go home
I don't want to stay

☆ モリッシーの歌詩はサリンジャーのホールデン・コールフィールド (Holden Caulfield=The Catcher in the Ryeの主人公)を否が応でも思い出させる。彼は自分自身を投影したと思われるこの主人公の口を駆使して彼が入れられた寄宿学校の全て(それはホールデンの口癖で言えばPhoney(えせ,いんちき,嘘っぱち)に値する)を否定する。ただホールデンが多少なりとも(大いに屈折はしているのだが)強がりを示そうとする=そしてより酷い失敗に繋がっていく=のに対し,この主人公は「イヤよイヤよ」と呟きまくっているのだ。

☆ それは当時増井修などが指摘していたように「弱者であることを最後の武器(拠り所)にする」というモリッシーの方法論の顕われと言って良く,ロックをオトコジェンダー的なものから解放する働きを示したとも言える。このダイバーシティを遥か昔に先取りする動きはパンク/ニューウエイブの中でもトム・ロビンソンや(やや逆説的ながら)イアン・デューリーらに見られていたが,スミスはそれをはっきり旗印として掲げたことで少なくともカルト・ヒーロー(実態はそれ以上であるし,音楽的貢献は計り知れない)としての地位を確立したとも言えると思う。

☆ 音楽的な面ということでいえば,レコードに針を落として最初にこのイントロが聞こえてきた時,正直ノックアウトされた。アコギのイントロが凄い曲はたくさんあるが(自分の好みでいえばアイズレー・ブラザーズ「ハーヴェスト・オブ・ザ・ワールド」など),この曲のイントロはその中でも1,2を争う傑作だと思う。



☆ なぜか英語版のWikipediaにも書いていないが,この曲の最も優れたカヴァーはレディオヘッドのそれで,YouTubeのコメント欄にもそういうコメントは少なからずあった。

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「Lido Shuffle」 (Boz Scaggs 1977年2月=米,4月15日=英)




☆ むかし『シルク・ディグリーズ』について書いた時にも触れたが,このアルバムの全てが「AOR」の括りになっているというのは,ちょっとした勘違いであって,このアルバムは1976年という制作時点でのボズ・スキャッグスというひとりのミュージシャンが辿った経路を示すものだと思う。だからディスコ的なブルー・アイド・ソウルの「ロウダウン」があり,彼の出発点に近い「ジャンプ・ストリート」があり,当時のリズムの流行を意識した「ラブ・ミー・トゥモロウ」があり,本邦での彼のイメージを決定づけた「ウィ・アー・オール・アローン(二人だけ)」があり,彼の好みと思われるような「何て言えばいいんだろう」やこの曲や「ジョージア」がある。実はボズというミュージシャンのあらゆる面が含まれた「ごった煮」のアルバムなんじゃないかと思うのだ。

Lido Shuffle (David Paich / Boz Scaggs)


Lido missed the boat that day
He left the shack
But that was all he missed
And he ain't comin back

At a tombstone bar
In a jukejoint car
He made a stop
Just long enough
To grab a handle off the top

Next stop Chi town
Lido put the money down let em roll
He said one more job ought to get it
One last shot 'fore we quit it
One for the road

Lido.. woah oh oh oh
He's for the money
He's for the show
Lido's waiting for the go

Lido.. woah oh oh oh
He said one more job ought to get it
One last shot 'fore we quit it
One more for the road

Lido will be runnin'
Havin' great big fun
Until he got the note
Sayin' tow the line or blow it
And that was all she wrote

He'll be makin' like a bee line
Headin' for the border line
Goin' for broke
Sayin' one more hit ought to do it
This joint aint nothin' to it
One more for the road

Lido.. whoah oh oh oh
He's for the money
He's for the show
Lido's waiting for the go

Lido.. woah oh oh oh oh oh oh
One more job ought to get it
One last shot then we quit it
One more for the road

Lido.. woah oh oh oh
He's for the money
He's for the show
Lido's a waitin' for the go
Lido.. woah oh oh oh

☆ シャッフルだからリズム隊が格好良い。(デヴィッド)ペイチのムーグも曲の終盤に効果的に煽っている。ボズの歌唱はといえば,こちらはもうノリノリで決めてくる訳で,あまり楽しい歌詩でもないが(爆)なんとなく楽しくなってくる。なおこの曲のB面が「二人だけ」で(日本盤もそうなっている)でこの2曲がアルバムの「締め」の2曲なので,もしかしたら最高のカップリングかもしれない(笑)。

PERSONNEL
• Boz Scaggs – lead vocals, guitar
• Fred Tackett – guitar
• David Hungate – bass
• Jeff Porcaro — drums
• David Paich — keyboards, moog synthesizer
• Horns – Vincent DeRosa, Jim Horn, Paul Hubinon,
Dick Hyde, Plas Johnson, Tom Scott,
Bud Shank
最高位
豪州:第2位、全加:5位、全米:11位、全英:15位

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「ネグレスコ・ホテル」 (BORO 1983年1月1日)




☆ 井上大輔(忠夫)は,1960年代を代表する名曲「ブルー・シャトウ」(ジャッキー吉川とブルーコメッツ 1967年3月15日)の作者として我が国のポピュラー音楽の歴史に名を刻む人である。でもぼくは個人的に彼の作・編曲の頂点にこの曲を推したい。イントロから示される荒涼感は,和モノAORを軽く突き抜けている。それはBOROの書いた詩ともシンクロして,映画的な情景を容易に浮かばせる「力」を持っている。「ブルー・シャトウ」に聴ける哀愁感は確かに日本人のメンタリティに強くアピールして(Wikipediaのブルーコメッツの解説が指摘するように)GSの日本化(=歌謡曲化)を招いたのは事実である。だがしかし,同じアメリカのロックンロールやリズム&ブルーズを母体としても英国に行けば英国流になるし,豪州や北欧に行けばやはりその風土の影響を受けて音楽のフレーム自体が変わっていく。ヨナ抜き音階だけが和風な作品でないのと同じように,ジャズやロックだって和モノに変化するのが音楽の本質だ。なぜなら,それがその時代にその場所で生きている人々が「聞いている」音楽というポピュラー音楽の特性であるからだ。

☆ 日本の風土と日本語。それをひとつの制約として捉えたとして,そこからいかに離れていくかが70年代の日本のポピュラー音楽の抱えた問題であった。最も大きな問題としては言語にあり,別の問題としては音楽の取り込み方があった。日本語という制約から自由になるために日本語を捨てるという選択もあったが,そこに踏みとどまり「日本語でロックを語ること」から日本の70年代ロックの進歩が始まった。たぶん同じことは75/57調という言語的制約を飛び越えようとした90年代以降の日本のラップ/ヒップホップのミュージシャン達にもあったのだと思う。

☆ そういう制約から離れて楽曲至上主義的なアプローチを目指したミュージシャンも多かった。90年代半ばくらいまでの山下達郎はその典型だと思う。井上大輔のこの曲にもそうしたアプローチを感じる。曲のタイトルに採られた「オテル・ネグレスコ」は南仏ニースのリヴィエラ海岸にある著名な5つ星ホテルで,BOROの詩の描くアメリカ西部の情景とはかなり違うのだが,そういう感慨に有無を言わせないのがこの曲であり,アレンジである。

「ネグレスコ・ホテル」 (作詩:BORO / 作・編曲:井上大輔)



☆ おそらくこの「荒涼(荒寥)感」はBOROの感情を溢れさせたヴォーカルが招く部分が大きいのだと思う(実はこの曲が大好きでカラオケでたま~に歌うのだが,そのたびに自爆してしまう=笑=)。ヴォーカルの持つ熱量の高さを確(しっか)りと受け止め,余韻さえ残させる端正なアレンジは上質の洋酒のようにほろ苦く,薫り立つ。ノーブルと言っても良いくらいだ。この曲はそのヒットの大きさと関係なく,1980年代を代表する曲の一つに挙げられるべき作品であると思う。

NOTES (削除された別のYouTube投稿者の記載による)
「シンビーノ」CMソング 
アルバム「A LITTLE BEST SONGS」収録 
アルバムのミュージシャンクレジットはこちら↓
【Guitars】 速水清司・今剛【Bass】上阪さとる・美久月千春 
【Keyboards】深町栄・難波正司・山田秀俊 
【Percussion】成田昭彦・浜口茂外也 
【Drums】鈴木二朗・林立夫 森本尚幸




☆ そういえばこの曲が(それなりに)ヒットしていた頃に,BOROがCX「夜のヒットスタジオ」に出たことがあって,他の出演者のセットが全て終わった後に,なんとなく別セットで歌い始めるまで「出演ないのかな?」と訝しく思ったことを思い出す。あれだったら「ミュージック・フェア」の方が良かったかもしれない(笑)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「ミセス・ロビンソン」 (サイモン&ガーファンクル 1968年4月5日)




Mrs. Robinson (Paul Simon)



And here's to you, Mrs. Robinson
さて乾杯しましょうか,ロビンソン(の奥)さん
Jesus loves you more than you will know, wo wo wo
神の御子は貴女が思っている以上に貴女を愛していらっしゃる
God bless you please, Mrs. Robinson
貴女に神様のご加護が有りますように,ロビンソンさん
Heaven holds a place for those who pray, hey hey hey
天国は真摯に祈る者達のためにあるものなのですからね,ええそうです
Hey hey hey
ええ,そうですよ...

We'd like to know a little bit about you for our files
私たちは少しだけ貴女についての調査をやらせていただいたのですが
We'd like to help you learn to help yourself
貴女ご自身にも少し知っといて貰いたいところがあるんですよ
Look around you, all you see are sympathetic eyes
もう少し周囲をよく見てくださいな,あなたを取り巻いているのは憐みの瞳たちですよ
Stroll around the grounds until you feel at home
気を落ち着かせるためにその辺を少し散歩なさってはどうでしょう

And here's to you, Mrs. Robinson
でもこれは貴女のためですよ,ロビンソンさん
Jesus loves you more than you will know, wo wo wo
神の御子は貴女が思っている以上に貴女を愛していらっしゃる
God bless you please, Mrs. Robinson
貴女に神様のご加護が有りますように,ロビンソンさん
Heaven holds a place for those who pray, hey hey hey
天国は真摯に祈る者達のためにあるものなのですからね,ええそうです
Hey hey hey
ええ,そうですよ...

Hide it in a hiding place where no one ever goes
誰かが来る前にそれを隠すべきところに隠しておかないとだめですよ
Put it in your pantry with your cupcakes
あのカップケーキの素と一緒に食糧棚の中あたりに押し込んでおかないと
It's a little secret, just the Robinsons' affair
こんなのは,ロビンソン家の中じゃほんのちょっとした隠し事なんでしょ
Most of all, you've got to hide it from the kids
子供の頃からたくさんやってた,そんな隠しものの一つだったんじゃないですか

Coo coo ca-choo, Mrs. Robinson
ほんのちょっとしたことですよ,ロビンソンさん
Jesus loves you more than you will know, wo wo wo
神の御子は貴女が思っている以上に貴女を愛していらっしゃる
God bless you please, Mrs. Robinson
貴女に神様のご加護が有りますように,ロビンソンさん
Heaven holds a place for those who pray, hey hey hey
天国は真摯に祈る者達のためにあるものなのですからね,ええそうです
Hey hey hey
ええ,そうですよ...

Sitting on a sofa on a Sunday afternoon
日曜の午後にソファに腰を落ち着かせ
Going to the candidates' debate
大統領候補の公開テレビ討論を見守っている
Laugh about it, shout about it
それを見ながら失笑したり,思わず大きな声でテレビに反論したりしても
When you've got to choose
やがて貴女が物事を決めていかざるを得ないんですよ
Every way you look at it you lose
すべての方法が敗北に繋がっているように思えたとしてもね

Where have you gone, Joe DiMaggio?
そういえばあの強打者のジョー・ディマジオさんは今ごろどうしているんでしょうね
A nation turns its lonely eyes to you, wo wo wo
この国はその寂しげな瞳をあなたに捧げるでしょうに,ええ,たぶん
What's that you say, Mrs. Robinson
そしてこれをどう言えばいいんでしょうね,ロビンソンさん
'Joltin Joe' has left and gone away, hey hey hey
あの「凄いジョー」もグラウンドを去って遠くに行ってしまうって,そうですよね
Hey hey hey
ねえ,そうですよね

☆ この曲は歌詩の中に「ジーザス」という言葉が出てくる最初の全米No.1曲。サイモン&ガーファンクルにとって2曲目の全米No.1ヒットであるが,彼らの最初のNo.1である「サウンド・オブ・サイレンス」にも「馬鹿ども」という当時としてはあまり好ましくない歌詩が入っている。この時期のポール・サイモンの歌詩は曲に比べてやや過激なのかもしれない(笑)。ポール・サイモンとジョー・ディマジオの件は,Wikipediaの「ミセス・ロビンソン」の項及び「ジョー・ディマジオ」の項を参照。なおマリリン・モンローが彼の妻だった時期があり,二人が新婚旅行で来日した際に出されたメニューが現在のロイヤルホストの源流になるレストランに残っている(これは「ジョー・ディマジオ」の項,もしくはロイヤルホールディングスのHPを参照)。

最高位
全米No.1(1968年6月1,8,15日)、全英第4位、アイルランド・オランダ第5位、スイス6位、スペイン7位、ノルウェー8位


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NOTE:
June 5 1968 – U.S. presidential candidate Robert F. Kennedy is shot at the Ambassador Hotel in Los Angeles. Sirhan Sirhan is arrested. Kennedy dies from his injuries the next day.
1968年6月5日米国大統領候補ロバート・ケネディが、大統領選挙のキャンペーン期間中である、1968年6月5日の夜にカリフォルニア州ロサンゼルスで銃撃された。ケネディは、カリフォルニアおよびサウス・ダコタのアメリカ合衆国大統領予備選挙を勝ち抜いたあと、アンバサダーホテルの調理場を通過途中に銃撃を受け、26時間後に病院で死亡した。
☆ この曲がNo.1になっている間に,この大統領候補暗殺事件が起きている。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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