2017-08

「Partners in Crime」(Rupert Holmes 1979年10月5日=アルバムリリース)


パートナーズ・イン・クライム/ルパート・ホームズ
¥1,512 Amazon.co.jp


初出:2006年10月8日

☆ AORの名盤というより,典型的なニューヨーカーの作品であり,そういう意味ではビリー・ジョエルやポール・サイモンと比較しても良いほどのシンガー・ソングライターだ。AMGで彼の項を引くと,似たようなアーティストの欄にドン・マクリーンやフィービー・スノウ,キャロル・キングの名前が見える。ビリーとの最大の差は前者が『ピアノ・マン』以降,基本的にシンガー・ソングライターというスタンスを崩さなかったのに対して,ルパートは彼自身のキャリア上の成功が遅れたこともあって,歌手よりも作詩・作曲者としての活動が先にあったところであろう。お馴染みバーブラ・ストライサンドなどルパートを高く評価するミュージシャンは多かったが,ミュージシャンとしての成功の時期はそれほど長くはない。

☆ 父親が米国空軍に勤務していたので英国で生まれたルパート・ホームズ(世代的にもAmerica=グループ名=の三人に似ている)は,幼少の頃に米国東海岸に移り,そこで成人した。ルパート・ホームズのバイオグラフィーを見て感じる違和感はこれが理由なのだが,この作品を聴いても解るように,まさに70年代末のニューヨークという舞台があって存在する作品だ。何というのか,この路線がそのまま80年代の日本でお洒落なドラマ風の世界に展開していった感じはあって,康夫ちゃんあたりに「あんたのせいよ」とでも一発かましておいたほうが良いように思えるのだが(^▽^;)。

2015年7月22日

☆ 1980年頃の「ニューヨーク短編集」は,英国生まれの米国人ルパート・ホームズが描いていた。ルパートのこの作品は絶対アーウィン・ショーなどの流れの上にあると思う。その上,彼は優秀な音楽家でもあった。この時代の音に乗った物語はただのお洒落と言うにはどれもほろ苦く,ウディ・アレンほどキツくはないが,ペーソスに溢れていた。

Partners in Crime (Rupert Holmes)



She's under-age and she's underweight
And she's one month hooked and she's two months late
She comes from Wyoming
And he named her Desiree

She hit New York like a farm-fresh egg
Hits a frying pan, she's too proud to beg
So she works on the sidewalk
He administrates her pay

She calls him Swagger 'cause of his hat
He adopted her in three seconds flat
By the bus station doorway
Where he found her half-alive

He is her family and in return
He beats up on her and takes all she can earn
And she needs him so badly
Losing him she'd never survive

Him and her, me and you
We do it to each other whatever we do
Hand in hand, arm in arm
It's always been the two of us doing us harm
It's the same deal every time
We're all of us partners in crime

She is a buyer for Bloomingdale's
He's division head of commercial sales
They met at the office
Odds we one to one they'd meet

Work is the great aphrodisiac
It's that nine-to-five gets 'em in the sack
Afternoons at the office
Evenings at the health retreat

And all day long he just balls her out
'Bout some shipment due on the air freight route
But when they leave the office
Guess who gets the upper hand?

She's into power, he's into pain
And beneath her heel, he will long remain
And he needs her so badly
Loves it when she takes command

Him and her, me and you
We do it to each other whatever we do
Hand in hand, arm in arm
It's always been the two of us doing us harm
It's the same deal every time
We're all of us partners in crime

If there's a heaven, if there's a hell
It's made up of those who we love so well
And we make hell or heaven
As we do when we're alive

Two people meet and they fix their deal
And they get what they deserve
And they want the way they feel
And we need love so badly
Losing it we'd never survive

Him and her, me and you
We do it to each other whatever we do
Hand in hand, arm in arm
It's always been the two of us doing us harm
It's the same deal every time
We're all of us partners in crime

☆ この時代,お洒落な都会的な物語と言うより,都会に生きる人や人々の関係を描いてルパートに勝る人は全米にもたくさんはいなかったと思う。それは確かにロックという音楽のカテゴリーが年齢を重ねていくしるしでもあった。

2017年8月30日追記



☆ たまたま先週末の記事のおまけに書いた柚木麻子『BUTTER』の中にカポーティーの『ティファニーで朝食を』のヒロイン,ホリー・ゴライトリーの名前が出てくる。このホリー・ゴライトリーという人物は,ある種の女性性を象徴するキャラクターだと思う。もう少し現実的でずる賢くすると峰不二子になりかねないところもあるが(爆),決して彼女は男の目から見た「かわいい女」ではありえない。ありえないところが彼女の彼女たる由縁であり,ルパート・ホームズがこの曲で描いている女性達にも,そういう部分があるように思える。


☆ ところで小説中のゴライトリーの台詞をそのままタイトルにした漫画があって,かなり人気もあるようだが。この老人(ぼく)はうっすらとした違和感を感じるのである(自爆)。
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「Who'll Be The Fool Tonight(今夜は気まぐれ)」 (Larsen- Feiton Band 1980年8月)


初出:2011年9月20日
Larsen / Feiten Band / Full MoonLarsen / Feiten Band / Full Moon
(2005/05/31)
Larsen-Feiten Band

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☆ 日本のAORファンはかなり細かいレア・アイテムを見出し評価する点で世界一だと思うが,クロスオーヴァー系の評価がイマイチのような気がする。80年代初めに一世を風靡した(と言っても「ある一角のみで」)ラーセン=フェイトン・バンドも00年代半ばあたりを境に再発も途絶えている気がする(あの時は初代「フルムーン」も含めほぼ全部のカタログが手に入った)。だからこの曲のように時々アップしたくなるのはまあ贔屓の引き倒しみたいなものである(苦笑)。上記2イン1はそのラーセン=フェイトン・バンドの80年代に出た2枚のカタログを一つにまとめたもので(他の音源も無さそうなので)70分で活動の全体を俯瞰できるお買い得品である(爆)。

☆ この曲は今どきアラ5の元祖ニュートラ姐ちゃん様の1980年御用達である名曲中の名曲。そういえば山下達郎がどうやらバジー(バズ・フェイトン)のファンらしくて,ソングブックでたまに名前が挙がっていた気がする。ただし彼がニール・ラーセンに言及した話は寡聞にして知らない。個人的にはこのアルバムを皮切りにニール・ラーセンの作品を遡る形になった。

2017年8月28日追記


☆ この曲の魅力は鮮やかさにあると思う。もちろんバズ・フェイトンの流麗なギターソロも格好良いのだが,ニール・ラーセンのキーボードのサポートもさりげなく決まっている。ホーンセクションがそれに立体感を付け,いかにもこの時代の「おしゃれな音」だったなあと思わせるものがある。フルムーンの初期のアルバムを聴くと,この人達はフュージョンを5年早く始めたのだなと思わせるほどキマッた音だった。デヴィッド・ボウイの(『レッツ・ダンス』の時の)コピー文句ではないが,この曲には「時代が追いついた」感がある。しかし,何よりも決まっているのはこのアルバムジャケットで,これはブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』と並ぶ名ジャケだと思う。

Who'll be the fool tonight (Buzz Feiten)


I was captivated
ゾッコンだ全く
And I waited for you, babe
お前をずっと待ってたんだぜ、おれは
Every lonely night
孤独に過ごした夜毎に

So fascinated
すっかりやられちまった
Hesitated just a bit too long
うかうかしてたらこの始末
You got me wonderin, if
お前のせいで俺はメロメロさ

I'll be missing you
もしおれがお前を見失ったら
Will he be kissing you
あいつがお前にキスしようとしたら
I guess we're gonna have to wait and see
俺はあんぐり口を開けたままそれを見るしかないのさ
Who'll be the fool tonight
誰が今夜のカモになっちまうんだか

Cmon baby
来いよベイビー
Who'll be the fool tonight
今夜のカモは誰なのさ
Cmon baby
来いよベイビー

Now sweet sensation
誘惑の甘い罠は
All around you
今やお前の身体を包み込もうとしてるけど
Oh, you better look before you leap
いや、焦り出す前にもう一度考えた方がいい
Gonna keep on tryin, babe
ちょっとは落ち着いて考えてみろよ,ベイブ

I want you close to me
俺はお前に側にいて欲しいのさ
Then we would be just like those lovers that I see
ちょうど、あそこにいるカップルみたいな具合に俺たちもなるんだよ
Now ya got me wonderin, if
お前が俺をメロメロにしたんだぜ

I'll be missing you
もしおれがお前を見失ったら
Now baby, will he be kissing you
そうさベイビー,あいつがお前にキスしようとしたら
Wo--ah baby, I guess we're gonna have to wait and see
たくもう,ベイビー
哀れな俺たちはあんぐり口を開けたままそれを見過ごすしかないのさ

Who'll be the fool tonight
誰が今夜のカモになっちまうんだか
I guess we're gonna wait
俺達がそんな羽目になっちまうんじゃないのか
Cmon baby
来いよベイビー
Who'll be the fool tonight
今夜のカモは誰なのさ

I guess we're gonna wait
俺達がそんな羽目になっちまうんじゃないのか
Cmon baby
来いよベイビー
Who'll be the fool tonight
今夜のカモは誰なのさ
I guess we're gonna have to wait and see
俺たちはあんぐり口を開けたままそれを見過ごすしかないのさ

I'll be missing you
もしおれがお前を見失ったら
Will he be kissing you
あいつがお前にキスしようとしたら
I guess we're gonna have to wait and see
俺たちはあんぐり口を開けたままそれを見過ごすしかないのさ

Who'll be the fool tonight
今夜のカモは誰なのさ
I guess we're gonna wait
俺達がそんな羽目になっちまうんじゃないのか
Cmon baby
来いよベイビー
Who'll be the fool tonight
今夜のカモは誰なのさ

I guess we're gonna wait
俺達がそんな羽目になっちまうんじゃないのか
C'mon baby
来いよベイビー
Who'll be the fool tonight
今夜のカモは誰なのさ
I guess we're gonna have to wait and see
俺たちはあんぐり口を開けたままそれを見過ごすしかないのさ

Oh baby...
ああベイビー

I guess we're gonna wait
俺達がそんな羽目になっちまうんじゃないのか
I guess we're gonna wait
俺達がそんな羽目になっちまうんじゃないのか
I guess we're gonna have to wait and see
俺たちはあんぐり口を開けたままそれを見過ごすしかないのさ

全米最高位は1980年10月11日と18日の29位。

PERSONEL
Guitar, Vocals – Buzz Feiten
Keyboards, Vocals – Neil Larsen
Drums – Art Rodriguez
Percussion – Lenny Castro

Bass – Willie Weeks
Alto Saxophone – Kim Hutchcroft
Tenor Saxophone – Larry Williams
Trombone – Bill Reichenbach
Trumpet – Chuck Findley

Engineer – Rick Ruggieri, Tom Flye
Engineer, Mixed By – Al Schmitt
Mastered By – Mike Reese
Producer – Tommy Lipuma


☆ しかしこの歌詩のノリ(グルーヴ)はブラコン的だと思う。

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謎の大ヒット曲シリーズ① 「Popcorn」 (Hot Butter 1972年)


Popcorn (Gershon Kingsley)



① バンド及びこの曲について(YouTube 投稿者 parsec85 氏の解説)
Hot Butter was an instrumental cover band fronted by the keyboard player Stan Free.
ホット・バターはキーボードプレイヤーのスタン・フリーが中心となって結成されたインストゥルメンタルのカヴァーバンドだ。
The other band members were Dave Mullaney, John Abbott, Bill Jerome, Steve Jerome, and Danny Jordan.
他のバンドメンバーはDave Mullaney, John Abbott, Bill Jerome, Steve Jerome, and Danny Jordanだった。
They are best known for their 1972 cover of the Moog synthpop instrumental, "Popcorn", originally recorded by its songwriter, Gershon Kingsley in 1969.
彼らの作品で知られているものは1972年のムーグ・シンセポップ・インストゥルメンタル曲「ポップ・コーン」だが,これはGershon Kingsleyの1969年作品のカヴァーだ。
The track became an international hit and sold a million copies in France alone, one of that country's fastest million sellers.
このカヴァー曲は世界的にヒットし,フランス国内だけでも100万枚(ミリオンセラー)となり,この国で最も早くミリオンセラーに到達した曲としても知られている。
Sales in the United Kingdom topped 250,000, and with big sales in the United States, the disc amassed over two million globally.
英国では25万枚以上を売り上げNo.1ヒットとなり,米国などでも大ヒットしたこの曲は全世界で200万枚以上を売り上げている。

② この曲について(Wikipedia英語版より)
Hot Butter's version of "Popcorn" became the second primarily electronic-based piece of music to reach the American popular music charts, three years after "The Minotaur" by Dick Hyman & His Electric Eclectics.
ホットバター・ヴァージョンの「ポップコーン」は電子楽器をベースに用いたアメリカのポピュラー・ソングとしては,この曲の3年前のDick Hyman & His Electric Eclecticsの「The Minotaur」に続くものとなった。
The Hot Butter recording peaked at no. 9 on the Billboard Hot 100 and no. 4 on the Easy Listening chart.
ホットバターの「ポップコーン」はビルボードHot100の最高位は9位,イージーリスニング・チャートの最高位は4位だった。
The single had great success in Australia where it reached no. 1 for 8 weeks.
この曲が最大の成功をおさめた国のひとつは豪州で,No.1を8週間続けている。
It was also no. 1 in Switzerland, where it topped the chart for 10 weeks and stayed for 17 weeks in the top 10.
同じように大ヒットを記録したスイスでは10週間No.1を続け,トップ10には17週間滞在した。
In Norway, it was no. 1 for 6 weeks and featured for 21 weeks in the top 10.
ノルウェーでは6週間No.1を続け,トップ10には21週間ものあいだ滞在した。
It was also no. 1 in Germany and reached no. 5 on 22 July 1972 in UK and no. 15 in Canada - October 1972.
またこの曲は西独でもNo.1となり,英国の最高位は5位,カナダは最高位15位。これらは1972年10月のことである。
In France, this version of "Popcorn" is the 131st best-selling single of all time, with about 900,000 sales.
フランスでは90万枚以上を売り上げ,同国でのシングル盤売り上げ記録の131位にあるという。




☆ 日本でこの曲がどれくらいヒットしたのかはよく知らない。しかし,ぼくが子供の頃からこのメロディはありとあらゆるラジオCMのBGMとしてひっそり,もしくはこっそり使われていた。

BUTTERBUTTER
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☆ 微妙にピッチが違うよね日本盤と本国盤。。。
☆ で,下の方の『バター』ネタ(笑)。今さらだけど,佐藤正午に直木賞を贈るの30年遅かったよねえ。このロジックだったら次回は片岡義男で、その次は椎名誠でいいよねえ...

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「―Cupid―」 (松原みき 1981年4月21日=アルバムリリース)


-CUPID--CUPID-
2,571円
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☆ 松原みきが日本のポピュラー音楽がJ-POPと呼ばれる時代には早すぎた存在だったことは今さら言を俟たないだろう。どんな世界にも先駆者はいて,そのかなりの者は「栄光無き存在」で終わる。栄光があればよいのではない(だってひとたび何かあれば地に引き摺り下ろして石までぶつけようと手ぐすね引いて待っている者たちまでいる始末だから)。しかし栄光がないが故に,それが悔しいが故に,ある人達にとっては忘れ難い存在となる人もまたいる。ファンとは平たく言えばそういう存在なのだろう。

「―Cupid―」 (作詩:三浦徳子 / 作曲:伊藤銀次 / 編曲:大村雅朗)


☆ その潜在的な力量,表現力,ヴォイシング全てを取っても,松原みきのあまりにも早過ぎる頂点である。あまりにも早過ぎて,かえって永遠になることもあると,凡庸なファンのひとりとしては思ってしまう。


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「恋のバン・シャガラン」 (シルヴァー 1976年6月)


シルヴァー・ファーストシルヴァー・ファースト
(2014/06/25)
シルヴァー

商品詳細を見る


初出:2014年9月19日
☆ ポピュラー音楽にとっての1976年の位置付けは,洋楽の中で80年代に続く大きな流れが幾つか表面化した年だったと言えると思う。ニューヨークに起こったパンクが大西洋を渡りロンドンで(ファッションを巻き込んで)発火しつつあった。ジャズとロックとソウルはあからさまにクロスオーヴァーし始めた。ポスト・ヴェトナムの時代にディスコが炸裂しはじめていた。これらの流れから片方でニューウエイブが起こり,他方にフュージョンとAORとブラコンが起こった。

☆ シルヴァーの「恋のバン・シャガラン」はウエスト・コースト・ロックがAORに変わっていく時代を先駆けた作品のひとつだったと思う。当時は日本でもそれなりにヒットした曲だった。

Wham Bam (Shang-A-Lang) (Rick Giles) 3:32
全米最高16位(1976年10月)


Starry nights, sunny days
星の降る夜も,眩しい日差しの中でも
I always thought that love should be that way
ぼくは自分の恋がこのままであって欲しいと願っていた
Then comes a time that you're ridden with doubt
でも時が過ぎ,きみの中に疑いの心が募っていく
You've loved all you can and now you're all loved out
きみはきみにできるすべてのものを愛していたのに,その愛を今や遠ざけようとしている
Oooh-oooh baby, we've been a long, long way
ああ-ねえ,ベイビー。ぼくたちはずっとこの長い長い道を歩んできたんじゃないか
And who's to say where we'll be tomorrow
それなのに二人の明日は何処にあるのと誰が言うのかい
Well my heart says, no
ああ,ぼくも心ではこんな日が来るとは言いたくないよ
But my mind says, it's so
だけどぼくの気持ちの中にはそうなっても仕方がないのかなとも思えるのさ
That we've got a love
ぼくたちはまだ愛し合っているけれども
Is it a love to stay
この愛の中に本当に留まっていてもいいのだろうか

[Chorus]
We've got a wham, bam shang-a-lang
ぼくたちはほんの行きずりの
And a sha-la-la-la-la-la thing
ようなものになってしまったのかい
Wham bam shang-a-lang
ほんの通りすがりの
And a sha-la-la-la-la-la thing
ような仲になってしまったのかい

Looking at you I wanted to say
君の瞳を見つめながら,ぼくは言いたい
I think a little emotion goes a long, long way
ほんのささいな感情の行き違いが,こんなに長い間にこじれてしまったのか
Careful now don't get caught in your dreams
どうしようもないことに陥らないよう,今は心を配るしかないのか
Look out baby this is not what it seems
良く考えてみてベイビー,本当はそんな事じゃないんだ
Oooh-oooh baby, you've been so good to me
ああ-ねえ,ベイビー。きみはずっとぼくによくしてくれたじゃないか
But please don't make it what it's not
だけど,どうかそうじゃないって決めつけないでくれないか
Well, I thought we agreed on what we need
ああ,ぼく達はお互いを必要としているって思っているはずだろ
So listen to me and I'll tell you what we've got
だからぼくの言うことを聞いて,ぼく達がいままでに築き上げてきたものを話すから

We've got a wham, bam shang-a-lang
だけどぼくたちは,ほんの行きずりの
And a sha-la-la-la-la-la thing
ようなものになってしまったのかい
Wham bam shang-a-lang
ほんの通りすがりの
And a sha-la-la-la-la-la thing
ような仲になってしまったのかい

I think you're seeing what I'm saying
たぶんきみはぼくが話している姿を眺めるのだろう
'Cause I hear you singing to the tune I'm playing
ぼくがこの曲を演奏するときに君がそれを口ずさんでいたから
Now that it's said and we both understand
でも今ではその歌詩はお互いが理解し話されたものとしてあるはずだ
Let's say our goodbyes before it gets out of hand
この事態が手に負えなくなる前にさよならを言うことになるのだろう
Bye, bye baby, I'd really like to stay
さよなら,ぼくのベイビー,本当はまだきみと一緒にいたかった
But we'll remember the best time in our lives
だけどぼく達はお互いの人生の中の最高の時を分かち合ったことはずっと覚えていくだろうね

We've got a wham, bam shang-a-lang
そしてぼくたちは,ほんの行きずりの
And a sha-la-la-la-la-la thing
ようなものになってしまうのかい
Wham bam shang-a-lang
ほんの通りすがりの
And a sha-la-la-la-la-la thing
ような仲になってしまうのかい

2017年8月23日付記
☆ この曲はワン・ヒット・ワンダーに近いが,確かにワンダフルな名曲で(全米最高位16位,全加最高位27位)日本でも結構オンエアされていた。76年の夏秋シーズンはこうしたヒット曲がかなり多かったと思う。この曲は年間チャートでも70位に入っているから,最高位に比べてヒットのスケールは大きかったとも言える。原題は「Wham Bam(もしくはWham Bam Shang-A-Lang)」で,意味は訳詩の通り(気になる人はアルクの「英辞郎」で「Wham Bam」を検索されたし=爆=)これでは邦題のつけようもなく,苦し紛れに "bam shang-a-lang"を人の名前に譬えて「恋のバン・シャガラン」という解ったような解らないようなタイトルに仕上がった。これはこれで傑作邦題だと思う。原意に近い邦題だったら「行きずりの恋(だったの?)」になっちゃうのでサマにならんな(爆)。

☆ そういう訳でこの曲に関する資料がとても少ない(だったらCDを買わんかい!>_<;)。ただ元々「緩め」の曲をストリングスでキュッと締めた編曲のセンスは特筆すべきだろう。このインパクトがマイナーコード大好きな本邦のリスナーにアピールした感じはある(歌詩が分かっていればもう少し受けたのではないかとも思う)。


PS.☆ この曲をフィーチャーした映画『Guardians of the Galaxy Vol. 2』が今年上映されるらしいという最新情報を英語版Wikipediaで見た。興味のある方はどうぞ。


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「So Long Mrs.」 (村田和人 1983年6月25日=アルバムリリース)


ひとかけらの夏ひとかけらの夏
2,808円
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☆ それは蒸し暑い夏の夜だった。ぼくは高校の友人の知り合いの彼女(同じ高校を出ていたが面識はなかった)と待ち合わせの約束をしていた。ぼくたちは一度だけデートの真似事をしていた。渋谷で会って当時宇田川町にあったタワレコに寄って,あまりに天気が良かったので神南のNHKを横目に代々木公園まで「ぼんやり」しに行った。帰り道にセンター街の喫茶店でお茶しながら,次の約束をした。その約束の日がその夜だった。

☆ 今さらどこで待ち合わせしたのか忘れてしまった。彼女が勤めていた会社は二重橋の近くで,家は武蔵境の駅から歩いたほうが近い三鷹にあった。ぼくは待ち合わせ場所にほぼ時間通りに着いたが彼女の姿はなかった。1980年代の初めにはソーシャル・ネットワーキング・サービスどころか携帯電話もポケットベルも実用品ではなかった。ぼくはその場所に30分ほど佇んでいた。当時の有名な政治家が「人待ちをするのに30分は待つべきだ」と書いていたのを読んでいたからだ。しかし予想した通り30分は蒸し暑く流れ去り,ぼくは彼女の実家に電話をかけた。彼女の弟とおぼしき男性にどこどこで30分待ったが来なかったので帰りますと伝えてほしい旨告げて,汗と失意に塗れながら帰った(自爆)。

☆ それから数年後,ぼくは関西にいたが,なぜか彼女からエアメイルが来た。誰かお節介なヤツがぼくの転居先を教えたようだった。ぼくは不思議な気持ちでその葉書を読んだが,そこにどんなことが書いてあったかはすっかり忘れてしまった。たぶん差出地であるニューヨークの街のことと一緒に日本に戻ったら結婚する旨が書いてあったような気がする。

☆ どうしてだろう?とぼくは思った。彼女はあの日,残業仕事か会社の友達か将来の結婚相手との時間をぼくに優先した。もしかしたら最初から「けっちん」喰らわすつもりだったのかもしれない(ぼくはそういう状況に慣れていたから,そのことは特に恨めしく感じてはいなかった)。なのにどうして今頃とぼくは思った。この話はこれでお終いで,その後彼女がどういう人生を歩んだのかぼくは知らない。

「So Long Mrs.」 (作詩:安藤芳彦 / 作曲・編曲・歌:村田和人)
KBS (京都放送) 交通安全キャンペーン「第12回京都かたつむり大作戦」(1987年)のライブから


↓ こちらもお奨めします
https://www.youtube.com/watch?v=Knl0kW3Xcj0


☆ でもこのライヴ,師匠(山下達郎)の引用「ビッグ・ウエイブのテーマ(別名「魔法を教えて」)で締めるとはシブいねぇ(゚∀゚)。しかし1987年のKBSってバブル紳士の巣窟だったのでは...それはともかく,こういうシチュエイションの歌では大滝さんの「木の葉のスケッチ」(『EACH TINE』収録。ただし大滝さんの歌の主人公は元ヨメと出逢った)なんかもあるけど,たいてい商店街で出会うことになる彼女は左の薬指にリングをしているんだな。そうでないと歌詩にならないのかもしれないけど,切ないものですなあ。。。

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「夕立」 (井上陽水 1974年9月1日)


二色の独楽二色の独楽
2,160円
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☆ 昔まだアフロヘアーだったころの陽水にどこかのインタビュアーが「どうしてそんな髪形をしているのか」と訊いたので,彼は顔色一つ変えず「あることのしすぎだからです」と答えたそうだ。これはもちろん悪い冗談で,今だったら「なんたらハラスメント」の類である(笑)。陽水がアフロヘアーだったのは75年頃まで(フォーライフレコード設立時)だったような気がする。

☆ 「夕立」は「氷の世界」を裏返した作品だと思う。この頃は歌謡曲とフォークしかなかったので,この曲の括りは「フォーク」だったが,「氷の世界」同様にこれはソウルっぽいロックというしかない。ちなみに中村とうようの雑誌名を業界が乗っ取った「ニュー・ミュージック」という言葉は既に存在していたので,これからは「ニューファミリー」が「ニューミュージック」を聞く「ニューライフ」だとシャープの人(当時)は思ったかもしれない(笑)。ちなみに中村とうようがシャープが70年代後半にコーポレート・サインとして使っていたコピー「New Life Now」を死ぬほど毛嫌いしていたのは有名な話である。

「夕立」 (作詩・作曲:井上陽水、編曲:星勝)
(NHKホールライブ 1982/3/7)



☆ 井上陽水は矢沢永吉などと同じビートルズ・チルドレンだと思うが,忌野清志郎と親しかったせいか,この時期はかなりソウルフルである。後日RCを聴きだした頃,陽水が一種のゲートウエイの役割を果たしたかなと思う。

☆ 気になったことがあったので,例の役立たず(うたまっぷ)でこの曲の検索をした。しかしやはり役立たずにはこの曲が収録されていなかった。オワコンやなあ,うたまっぷ○| ̄|_。

☆ それで「歌詞タイム」で調べるとこうあった。
Wah・・・夕立だ

☆ このWahという部分も当時よく訊ねられていた。「あそこはなんと歌っているんですか?」。イノウエさんは「適当に歌っています」と答えたかったのだろうが前者のような「問題」にしたくなかったのか「さあ自分でもわかりません」とか答えて煙に巻いていた(笑)。個人的にはWaopと聞こえる。


☆ 最初に書いた「インタビュー」の話。質問者はアフロヘアーという髪型を知らず,「どうして髪の毛がそんなにチリチリなんですか?」と尋ねたのだったと思う。
☆ 今だったらYouTubeで70年代の「Soul Train」の動画が山ほどあるので,アフロヘアーが「ソウル革命」の一つの象徴であることは容易に分かると思う。陽水の髪型=ソウルとくれば出所は清志郎かなとおもうけれど,寡聞にして清志郎のアフロヘアーは見たことがない(たぶんしたこともないと思う)。ちなみに個人的に一番インパクトのあったアフロヘアーはロサンゼルスのレコーディングから帰ってきた時(だったと思う)の山口百恵で,周囲がすぐに元の髪型に戻させた(のではないだろうか=爆)。

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「8月17日」 (EPO 1987年4月21日=アルバムリリース)


GO GO EPOGO GO EPO
2,935円
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「8月17日」 (作詩・作曲:EPO)


☆ MIDIがエポの再発をなかなか進めないのでイライラしています(苦笑)。MIDI(Dear Heart)時代は言わば彼女の「商業作品至上主義」時代であり,ミュージシャン・エゴとの相克の時期だったことは,彼女自身が語っているところでもある。でもぼくは先ほどの「」の中から "商業" の2文字を消し去りたいと思う。それほど1985~90年の彼女の作品クオリティは凄かった(それ以降が劣るという意味ではまったくないが)。渋谷陽一もたまに彼女を捕まえて(=番組に呼んで)は「何故だか売れる○○○○,何故か売れないEPO」なんて冷やかしていた(それに対して彼女も「来たな,渋谷陽一」なんて返していて,まあノンビリした時代のようにも見えたのだけれど=笑=)。

☆ ストーンズの真似をしたわけではないだろう「Goning To A Go Go」から賑やかに始まる1987年作品『Go Go Epo』の静かなクロージング曲である「8月17日」は,85年(8月5日リリース)の「音楽のような風」の衣鉢を継ぎつつ,その後の彼女の音楽的方向性(『Supernatural』以降)を先取りしたものがあった。ここには静かに息づく情念がある。それは紅蓮の炎でもなくむしろ蒼い炎と呼んだ方がいいかもしれない。決して醒めているのではなく,ほのかな諦念を孕みつつ,記憶の彼方へと流れつつある「かつての恋人」の姿が映っている。

☆ この情景はなんだろう。黄昏,夏の日差しは強い余熱を残しながら去りつつある。それは主人公の終わった恋の余熱に似ている。友達にも戻れないままふたりは別れていく。失ったもの,失いつつあるもの,失ってしまってもう取り戻せないもの,そんなさまざまな感情が日差しの余韻と共に熱を保ちつつ,少しずつ消えていく情景だ。その切なさがアルバム全体の幕を下ろすに相応しい余韻だと言えるのだろう。



☆ きょうの小ネタ。メールボックスにアナゾンAnazon)」というところから「発送の連絡」が来ていた(爆)。

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「Purple Rain」 (Prince 1984年9月26日)




初出:2012年11月2日

Purple Rain (Prince)
I never meant 2 cause u any sorrow
I never meant 2 cause u any pain
I only wanted 2 one time see u laughing
I only wanted 2 see u laughing in the purple rain

Purple rain purple rain
Purple rain purple rain
Purple rain purple rain

I only wanted 2 see u bathing in the purple rain

I never wanted 2 be your weekend lover
I only wanted 2 be some kind of friend
Baby I could never steal u from another
It's such a shame our friendship had 2 end

Purple rain purple rain
Purple rain purple rain
Purple rain purple rain

I only wanted 2 see u underneath the purple rain

Honey I know, I know, I know times are changing
It's time we all reach out 4 something new
That means u 2
U say u want a leader
But u cant seem 2 make up your mind
I think u better close it
And let me guide u 2 the purple rain

Purple rain purple rain
Purple rain purple rain

If you know what Im singing about up here
Cmon raise your hand

Purple rain purple rain

I only want 2 see u, only want 2 see u
In the purple rain

Words : 2 = to,4 = for,u = you

Notes:(From English Wikipedia)
> After recording the song, Prince phoned Jonathan Cain from Journey asking him to hear it, worried it might be too similar to "Faithfully", a Journey single composed by Cain which had recently been in the charts. Cain reassured Prince telling him the songs only shared the same four chords.
☆ この曲のレコーディング後,プリンスはジャーニーのジョナサン・ケインのところへ電話をかけ,この曲を聴かせたうえで,ケイン作のジャーニーのヒット曲「フェイスフリー」に似てないだろうかと尋ねた。それに対してケインは「似てるとしてもそれは同じ4つのコードを使っているからだよ」と言い,彼を安心させたという。

2017年8月19日付記
☆ 7月8日付のJapan Mail Mediaで作家の冷泉彰彦氏がプリンスの死に関して非常に興味深い指摘をしている。
引用元 JMM [Japan Mail Media] No.957 Saturday Edition(2017年7月8日)
■ 『from 911/USAレポート』第745回
「アメリカを蝕む鎮痛剤中毒の闇」冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)

> トランプ大統領は就任以来、多くの大統領令を発令しており、その多くはイスラム教信者の多い国からの入国禁止など極端な政策であったり、オバマ時代の政策を「引っくり返す」ためのものでした。ですが、3月29日に発令された「オピオイド濫用と戦う特別委員会設置令」は違います。
(中略)
> このオピオイドというのは鎮痛剤です。原材料はケシの実から抽出される成分ですから、モルヒネやアヘンの仲間ですが、米国では鎮痛剤として広く使われています。勿論、強い薬ですから医師の処方が必要です。では、どうして濫用が社会問題になっているのかというと、何よりもオーバードース(過剰摂取)による死亡事故が激増しているからです。
(中略)
> 一体どうしてこんな深刻な事態になってしまったのでしょうか?
> 1つには、余りにも安易に処方がされ続けたという問題があります。オピオイドは1990年代に鎮痛効果のある処方箋薬として利用が拡大し、21世紀に入ると製薬ロビーの活動などもあって、使用量がどんどん増えていったのです。本来は、末期ガンの緩和ケアなど、激しい痛みへの対処に使う薬ですが、例えば手術後の疼痛管理、出産後、骨折などといった中レベルの痛みの管理から、更には腰痛や慢性疼痛などの管理にまで処方箋が乱発されていきました。
(中略)
> 2つ目の問題は、行政がかなり甘かったということがあります。後述するフェンタニルの浸透という2016年以降、そしてその実態が明らかになってきた現在は「臨戦態勢」という雰囲気が出てきましたが、それ以前のオピオイド中毒だけの時点では「厳罰主義」が取れていなかったのです。
(中略)
> 3つ目ですが、昨年から急速に増えているフェンタニル、あるいは更に強力なカーフェンタニルという合成薬剤の問題があります。これはオピオイドの100倍あるいは1000倍という効果があり、それこそ皮膚を通じて吸収されただけでも効果があることから、末期ガン患者の緩和ケアなどに「しか」使えない強い薬です。ですから、これは、処方箋の乱発で出回っているのではありません。
> 今現在言われているのは、中国の化学メーカーが大量生産している薬剤が、主として2つのルート、1つはメキシコ経由、1つはカナダ経由で北米に入ってきているという説です。メキシコ経由のものは「大口」であって、一度に大量の薬剤が送られるとか、同時に錠剤製造マシンをセット販売するケースもあるというような報道があります。またカナダの場合はチェックが厳しいので乾燥剤のパックに詰めて偽装した小口のものが入ってきているそうです。
> どうして中国から入ってくるのかというと、中国では経済成長に従って近代的な医療が爆発的に普及した一方で、モルヒネとかオピオイドなどの「麻薬に類する」鎮痛剤に関しては厳しい規制があったわけです。そこで例えば手術後の痛みの緩和や、末期ガンなどの場合に投与する鎮痛剤としては「麻薬由来」のものではなく「純粋に人工的なもの」であれば認可されていたという米国とのカルチャーの違いがあったと考えられます。
> そこで当局の監視を逃れた一部のメーカーが、国際物流システムに乗せて北米への密売をやっていたようで、この件に関してはオバマ政権が中国に対して厳しい取り締まりを申し入れるとともに、カーフェンタニルの流通禁止措置を要求し、中国も事態を重く見て協調しているわけですが、既に相当量が流入しているのです。
> 具体的には、地下市場においてヘロインに混ぜて流通させるということですが、NBCの報道によれば現在この「フェンタニル混入のヘロイン」の「震源地」というのは、オハイオ州のモンゴメリー郡(郡庁所在地はデイトン)だそうで、人口50万の郡で、今年2017年の1月から5月で800人死亡(推定値、前年比では倍増)という悲惨な状況になっています。
> モンゴメリー郡の保安官事務所は、毎日運び込まれる死体を検死する一方で、徹底的な取り締まり体制を敷いているのですが、州間高速道路70号線75号線の交差する場所という、交通の「便利さ」が災いしてどんどん薬剤が流入する状況だそうです。
> 昨年2016年の4月に亡くなった歌手のプリンスの場合も、演奏家につきものの関節痛に対して鎮痛剤を処方される中で中毒症状に陥り、最終的にはフェンタニル混入の薬剤を服用して死亡しています。プリンスの場合は、フェンタニル混入の危険な薬剤であるにも関わらず錠剤の形状はオピオイド系の中程度の強度のものに似せていた「偽薬」であったようですが、服用に至った経緯はまだ良く分かっていません。
> いずれにしても、処方箋の乱発、行政の対応の甘さ、そして強力なフェンタニルの地下市場における爆発的な浸透という3つの要素が重なることで、年間7万から8万の死者という異常な事態になっているのです。ちなみに、死因は過剰摂取ですが、具体的には基本的に呼吸中枢をやられての呼吸不全による死亡です。

(後略)

☆ この記事は抑えた筆致でプリンスが薬禍の犠牲者である印象を与えている。そのことはせめてもの救いではあるが,いろいろなことを考えさせられた。彼の『パープル・レイン』の30周年盤が3年遅れ(かつミュージシャン自身の死後)発表されたことをせめてもの慰めに,改めて彼とその音楽的業績を追悼したいと思う。

R.I.P. Prince Rogers Nelson(June 7, 1958 – April 21, 2016)
See more
http://deaconblue.blog38.fc2.com/blog-entry-1517.html



☆ 『パープル・レイン』の30周年盤を聴いて思うのは「音がクリアになった」こと。例えば「When Doves Cry」などアナログ時代に聴いていたあの熱っぽい湿気の高さがすっかり取り払われて,非常にスッキリしている。それは「薄味」になったということではなく,この湿度高く妙にユルいファンクが,革新さを増して迫ってくる感覚があった。『パープル・レイン』は無意識のターゲットである『スリラー』に対置した曲があって,「When Doves Cry」は「ビリー・ジーン」,「Let's Go Crazy」は「(今夜は)ビート・イット」,タイトル曲はタイトル曲と言えると思う。当然ミネアポリス勢は若さをトレードマークに革新を叫ぶ訳だが(苦笑),その意図が今回のリマスターでより明確に輪郭を掴めることは素晴らしいと思う。唯一素晴らしくないことは,そこに殿下の姿がないことである。殿下にはあっちでもマイケルと張り合ってもらいたい,「俺の方が凄いんだぜ」と。

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朱夏(その2) 「嵐の季節」 (甲斐バンド 1978年10月5日=アルバムリリース)




「嵐の季節」 (作詩・作曲:甲斐よしひろ)



☆ ライブで叩き上げてきたミュージシャンは絶対的に強い。70年代の日本ではそんなミュージシャン達がごろごろしていた。しかもマネージメントが近いところに集まっていて,それはこの国のショウビズを歌謡曲からニュー・ミュージックを経てJ-POPに移動させる原動力となった。そのラインにいたミュージシャンは井上陽水であり忌野清志郎であり浜田省吾であり山下達郎であり,そして甲斐よしひろだった。このラインの背景にひとつの事務所が浮かんでくるが,今さらショウビズの話はしない。なぜなら名前を挙げたミュージシャン達は全て浮き沈みはあったがライブで徹底的に鍛えられ(生きている者は皆)現役のミュージシャンであるからだ。

☆ フォークブームの掉尾を飾るように上京しヒット曲にも恵まれたものの,一時的なブームの後で長いロードで鍛え上げざるをえない時代を越え,ようやく手応えを感じ始めた時,本当のスポットライトが注ぎ込む。それはフォークがニュー・ミュージックとパッケージを変えることで音楽のあり方を変えることを求められる代わりにシーンへの切符を次々に渡されるという状況だった。もともとの「フォーク・ブーム」とは関係無いところから音楽を目指した者達は,語るべき言葉と音を用意しシーンの中に堂々と乗り込んでいく。それは短かった春の次にやって来る「夏の時代」だった。

☆ 誰とは書かないが,この時代にデビューしたある作家のことを思い出す。上目で睨みつける顔を肖像写真に使っていたのは彼が描く小説の世界と濃密な関係があったのだろうが,その地べたからの視線(目線?そんな「へたれたコトバ」は当時存在しなかった)は世の中を捉まえようとする作家の強烈な意思を感じさせた。そういう人は当然今も現役で怒涛の如く書き続けているし,近影をみても本質は変わらない視線に相変わらず射竦(すく)められることになる。

☆ この世界に似ているのだ。このアルバムに流れる甲斐よしひろの視線あるいは視点が。それは明らかに自分の目の前に来た夏を捉まえんとする視点である。この意思があってCMのタイアップは成功を約束されたのであろう。しかし大事なのは露出の機会ではなく,捉まえる意思の強さなのである。

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朱夏 (「サンシャイン ロマンス」 (オリジナル・ラブ 1993年5月7日)から)


EYESEYES
2,366円
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Wikipedia の解説
> 青春とは、元は春を表す言葉である。古代中国の五行思想では、「春」には「青(緑)」が当てられる。同様に、「夏」を「朱(赤)」、「秋」を「白」、「冬」を「玄(黒)」に当て、それぞれ「青春(せいしゅん)」、「朱夏(しゅか)」、「白秋(はくしゅう)」、「玄冬(げんとう)」という。これらは季節を表す言葉であり、これが転じて、日本では特に「青春」について人生における若く未熟で、しかしながら元気で力に溢れた時代を指すようになった。ちなみに、「青春」以外が人間の年代を表す言葉として用いられることは、一般的な用法ではない。

☆ 木原龍太郎の詩の視点からこの曲を読み解くと,前年の作品「THE VENUS」(1992年4月8日)の延長線も窺えるが,実際は違うのではないかと思う。「THE VENUS」の描く "夏の終わり" は,彼にとっての「(青)春の終わり」だったのではないか。そしてこの曲の夏は文字通り「朱夏のはじまり」としての夏だったのではないかと思われるのだ。

「サンシャイン ロマンス」 (作詩:木原龍太郎 / 作曲:田島貴男)
(Original 1993.05.07 Release /
※ “New Version” 1993.12.08 Release)


☆ それは「THE VENUS」のヒロインが水平線にその姿を消した=ひとつの季節の黄昏=後に,新たに生まれていく季節(とうぜん別のヒロインが主人公の横にいる)を象徴するものとして彼女の姿があり,さらにまた「いつかは暮れる世界と憂う人々にさよならを告げ」ることで,新しい季節を受け入れていく主人公の姿が見えるからでもある。そういう意味で二つの作品の間には「人生の季節」の移り変わりが潜んでいるのだ。だからここに歌われる「夏」は単なる季節としての「夏」ではなく,人生の夏の日,つまり「朱夏」なのである。

☆ 田島貴男の曲は「楽曲至上主義」の代表的作品ではあるが,60年代の歌謡曲(例えば原信夫が作曲して美空ひばりが歌った「真赤な太陽」(1967年5月25日)を典型とする)からの継承がハッキリ窺える。それは日本のポピュラー音楽が豊穣なものであることの証明に他ならないと思うのだ。

PERSONEL
オリジナル・ラヴ ORIGINAL LOVE
田島貴男 : ヴォーカル、コーラス、ギター
宮田繁男 : ドラムス
木原龍太郎 : キーボード
森宣之 : サックス
村山孝志 : ギター

プロデューサー : 田島貴男
アレンジメント : オリジナル・ラヴ
<ゲスト・ミュージシャン>
ベース : 沖山優司
パーカッション : 三沢またろう
トランペット : 荒木敏男
トロンボーン : 村田陽一
テナー・サックス : 平原まこと
コンピューター・プログラミング : 岸利至

レコーディング・エンジニア : 森岡徹也 (SME) 太田安彦 (SME)
ミキシング・エンジニア : 太田安彦 (SME)
マスタリング・エンジニア : 中里正男 (ONKIO HAUS)

沖山優司 appears by thecourtesy of PONY CANYON, VIBRASTONE


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日本経済新聞 2017年(平成29年)8月10日号(朝刊 第47221号)


カバーズカバーズ
2,057円
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☆ 日本経済新聞の1面コラム「春秋」に忌野清志郎の名前が載っている。1988年6月22日の『COVERS』発売中止広告の話だ。コラムニストは東芝の有価証券報告書(PwCあらた監査法人が同日=2017年8月10日に提出予定。実際に「有報」は提出されたが,コラムが予見した通り「限定つき適正」意見に「救われた」ようである。それは半ばどうでもいいのだが,反原発をテーマに「ラブ・ミー・テンダー」を歌っているかの記載になっているが,これは正しくない。

☆ 「サマータイム・ブルース」は明らかに反原子力発電所がテーマで,人気(ひとけ)が無い海岸で泳いでいて,どうして誰も泳がないのかとあたりを見回したら原子力発電所が立っていたからだという歌詩は,確かにアルバム発売前年のソ連・チェルノブイリ原子力発電所事故や10年ほど前の米・スリーマイル島原子力発電所事故をモチーフにしている。

☆ これに対し「ラブ・ミー・テンダー」は反核ソングであり,原子力発電所は(表面上)関わっていない。東芝EMIがこのレコードの発売を中止した背景は,昨今の同社の窮状に繋がる「原子力ムラ」からの圧力があったことは容易に想像できる(コラムニストの指摘通り)。しかし反核には二つの意味が隠されていると思われる。ひとつは米ソの(といいつつ「主役」は米国の)核兵器にある。もうひとつは,原子力の平和利用という大義名分でプルトニウムをせっせと貯めこんでいく作戦を取った当時の自民党政権(この時は竹下登に代わっていたが,実際に推し進めたのは中曽根康弘であり,その知恵袋になった面子が讀賣新聞社の歴代の首脳陣である)に対しても吐かれた「毒舌」であったからだ。

☆ コラムが皮肉に触れているように,東日本大震災は福島原子力発電所事故を引き起こしたが,幸か不幸か忌野清志郎が癌で亡くなったのはその2年ほど前のことだった。そして「ラブ・ミー・テンダー」の矛先は(彼が後年タイマーズの曲として痛罵した)北朝鮮に移り,東芝はERの中にいる。

☆ こんなコラムが載るほど世の中は大きく変わってしまったのかと立ちすくんでいるのだ。

Three Mile Smile (エアロスミス 1979年11月1日=アルバムリリース)
(Steven Tyler/ Joe Perry)



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そして彼女はセロニアスを解析した。




☆ 山中千尋がセロニアス・モンクをトリオで弾く。時あたかもモンク生誕百年(あたり...というのもモンクの生年には確か複数説がある)で,その記念すべき(だろう)年にあわせたレコーディングだから一度は聴いてみたくなる。そして聴いた感想は,タイトルのとおりだ。

☆ ここに取り上げられたセロニアス・モンク作品は,確かにセロニアス・モンク作品の「主旋律の音」がする。だがしかし,それはセロニアスの(特に1950年代にリヴァーサイドやプレスティッジに残した)音ではない。山中千尋という別の性能が解析しきった「音」である。それはセロニアス・モンクというとんでもない才能に対する彼女の控え目にして大胆な(だからアルバムタイトルが『モンク・スタディーズ』なのであるが)挑戦だった。

☆ セロニアスが亡くなって直ぐに彼のトリビュート盤が出た(CDで探しているのだが見つからない)。その中にはドナルド・フェイゲンやジョー・ジャクソンのわりと正統的な演奏があり,一方でWas(Not Was)の大胆な解釈の演奏もあった。この受け止め方のレンジの広さがセロニアス・モンクというひとりの「風変わりなジャズ・ミュージシャン」の音楽のレンジの広さであるのだと,当時ぼくは思ったものだ。そして90年代になって輸入CDでリヴァーサイドやプレスティッジ時代のモンクの演奏(50年代の比較的進行の遅い彼のピアノ,特にソロ演奏)を聴いて,改めてこのミュージシャンの音に対する本能というか「音のゆらぎ」に対する感性というか確信のようなものを感じた。

☆ 山中千尋はセロニアスを聴きこんで,このスタディーに挑戦したのは明らかだ。この音はモンクじゃないなどと単純に原理主義的に決めつけるべきではない(笑)。もしこのアルバムの「間」と「リズム」に「違和感」を感じるだけでアルバムを評価するのであれば,50年代にセロニアスの音に出逢って評価できないまま「バップの高僧(Monkという名前じたいに「高僧」という意味がある)」などと言って敬して遠ざけた人達の二の舞を舞っているだけなのだろう。そこに違和感が発生すれば,彼女の目論見は半分,成功している。ただそれに留まるのであれば,セロニアスの壁はまだ彼女には高かったということになる。たぶんそれは実際にライブという場で聴いてみないと答えにならないのかもしれない。

☆ それにしても薄い。歌詩カードがないアルバムが薄いことは納得できない。昔のジャズのLPはそれなりに解説があった筈だ。90年くらいまでの洋盤ロックだってそうだ。いくらネットで便利になったからと言って,そのアルバムが出た時点で解説を書く人間を養成せずにポピュラー音楽が生き残れると思うのか?

☆ DVDは凄かった。これを見ながらぼくが思ったことは,山中千尋のイメージするセロニアス・モンクは「うねり」なのではないか,ということ。どの曲からも「うねり=グルーヴ」が伝わってくる。それは50年代のモンクのグルーヴとは当然異なるが,そこには確かに通底するものがある。



☆ 上に示したアルバムはそんな彼女が選んだセロニアス・モンク入門編。『モンク・スタディーズ』では取り上げられそうもない「ストレート・ノー・チェイサー」で始まり,同じ理由から選ばれていると思われる「ラウンド・ミッドナイト」(ファイブ・スポットのライブ!)や「ブリリアント・コーナーズ」「ブルー・モンク」なんて曲が並んでいる。ふむふむ。

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「Nowhere Man」 (The Beatles 1966年2月21日)




Nowhere Man (Lennon–McCartney)



He's a real nowhere man
あるところに除(の)け者がいた
Sitting in his nowhere land
誰も寄り付かない場所でじっと座っている
Making all his nowhere plans for nobody
誰に話すこともできない,たったひとりの地獄を抱え込んで

Doesn't have a point of view
どんな見解も持てないまま
Knows not where he's going to
この先どうやって生きていくかの目処(めど)もない
Isn't he a bit like you and me?
でも彼はきみやぼくとはちっとも似てない異邦人なんだろうか?

Nowhere Man, please listen
除け者の君へ,耳を傾けてくれないか
You don't know what you're missing
君は自分が見失いつつあるものに気付いているだろうか
Nowhere Man, the world is at your command
除け者の君は,世の中がじぶんの思い通りにならないことに気付いているのだろうか

He's as blind as he can be
彼はできる限り,世の中のことから目を塞(ふさ)いでいる
Just sees what he wants to see
自分が見たい光景だけを見ようとしている
Nowhere Man can you see me at all?
だけど除け者の君には,目の前のぼくの姿が本当に見えているのだろうか?

Nowhere Man, don't worry
除け者の君へ,心配しなくてもいいんだよ
Take your time, don't hurry
少しずつ時間をかけて,焦らずにこっちに来てごらん
Leave it all till somebody else lends you a hand
誰かが君の手を貸してほしいと言い出す時までに

Doesn't have a point of view
Knows not where he's going to
Isn't he a bit like you and me?

Nowhere Man, please listen
You don't know what you're missing
Nowhere Man, the world is at your command

He's a real Nowhere Man
Sitting in his nowhere land
Making all his nowhere plans for nobody
Making all his nowhere plans for nobody
Making all his nowhere plans for nobody

☆ インターネットの掲示板が流行りだした時代から,こういう人々をたくさん見てきた。ぼく自身が今もそうであるように「自分の見たい光景だけしか見ようとしない」人達がソーシャル・ネットワーキング・サービス(サービスの名を騙(かた)るビジネスだと,ぼくは確信している)に集まってくる。彼らはそこで自分がNowhere Manでないことを知る。だけどその「島」は(スポーツの試合を見に来て偶然一緒になった人々のように)やはりNowhere Manの集まりでしかなく,そんな閉塞した空間の中では思考は純化し,基本化し,過激化する(基本化と過激化は同じRadicalという言葉で表される)。

☆ さはさりとて,この歌が自分のことを歌っていることも,ぼくは知っている。知っているだけでは何にもならないことは,ジョンが歌うとおりであるけれど。



☆記事を書くために何回か繰り返して聴いているうちに, この曲のベースラインをヘッドフォンで聴くと気持ちが良いことを知った。
それからこの曲の親戚にバッド・フィンガーの「嵐の恋(No Matter What)」がいそうな気がする。

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「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」 (サザンオールスターズ 1981年6月21日)


初出:2006年2月18日

ステレオ太陽族ステレオ太陽族
2,365円
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☆ 『ステレオ太陽族』はサザンオールスターズの勢いがいちばん無かった時代の作品。だから駄作というのは当たらない。クレジットにも出てくる故八木正生氏の粋なアレンジが光る「ラッパとおじさん(Dear M.Y’s Boogie)」もあれば,高樹澪の(スクリーン)デビュー作で彼等が初めて音楽監督をした『モーニング・ムーンは粗雑に』から名作の呼び声高い「栞(しおり)のテーマ」まで佳曲が揃っている。

☆ しかし,先行シングルとしてカットされたこの曲「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」は,まるっきり当たらなかった(Wikipediaのこの曲の解説にはご丁寧にも「サザンオールスターズのシングルとしてはオリコン最低位と最低売上枚数作品である。」と記載されている)。この曲の土台になったのは,映画『ア・ハード・デイズ・ナイト(ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!)』のアルバムに収録されていた "You can't do that" だ。一見違う曲のようだが,明らかに元歌を換骨奪胎しており,アレンジの隅々に元歌を想起させるような工夫を凝らしている。

☆ "You can't do that" という曲は,このアルバムが発売された当時,ビートルズのライブのセットリストには必ず入っている曲だった。たいていオープニングの「ツイスト&シャウト」に引き続いて演奏されたと思う。リード・ヴォーカルは勿論ジョン。



☆ そう。このシングルはジョン・レノンが射殺された後にその事件を土台にして書かれた作品だ。だから我々からすれば名前も書きたくない犯人の名前が歌われている。ジョンがヴォーカルの曲で,しかも"You can't do that"というタイトルの曲をわざわざ元歌に選んだところに桑田佳祐の衝撃と怒りを感じるが,そこは一筋縄ではいかない彼のこと,そんな内心を微塵も見せないおちゃらけ風の展開とわざとらしい掛詞などですっかり装飾されている。だからかもしれないが,当時はジョン・レノンのことを歌ったものだという話以上の評価はなかった。

☆ このアルバム発売時のサザンオールスターズのツアータイトルは「サザンオールスターズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」だったし,最近は口にしないものの桑田のビートルズからの影響は,彼の家族との関係にも繋がっているので,けっこう奥が深い。まだジョンが存命の頃,桑田が評して「スケベの寸止め」という絶妙の言葉でジョンを褒め称えたことがあった。

☆ 冬季オリンピック(注釈:トリノ オリンピック 2006年2月10日~26日)の開会式にオノ・ヨーコが出て来て,ピーター・ゲイブリエルにジョンの代わりをして貰い「イマジン」を歌って貰ったのは,少しだけ複雑な気がする。ジョンはそこにいないことを思い知らされるからだ。しかし,この現実を生きながら見なかった彼は,幸せだったのか,不幸せだったのか。。。

You Can't Do That (Lennon–McCartney)



2017年8月5日付記



☆ サザンオールスターズというか桑田佳祐にはずいぶん蒙を啓かれた。彼がいなければセロニアス・モンクも弘田三枝子も聴くようにはならなかったと思う。モンクとミコってレンジの広さが彼のミュージシャンとしての幅だと思う(残念ながらサザンを聴く前からエリック・クラプトンは聴いていたのだが=笑=)。だからこのブログもどきにもときどき場違いにセロニアス・モンクが登場する訳だが,元は全てこのアルバムで桑田佳祐が八木正生の手を借りたことに始まり,その数年後にセロニアス自身が亡くなってしまったからでもある。



☆ セロニアスに関しては村上春樹もエッセイ集を残しているし,好きなものはやはり集まってくるのかなという気もする。





☆ 一読したが,当方からも言いたいことが有るような無いような。。。
この曲に関してひとつだけ指摘しておけば「そんなこたぁね(え)だろ」の後の歌詩は「よく見りゃ "What can I do" 」と歌っても何の違和感もないこと。"What can I do"=俺に何が出来る とは桑田の目から見たジョンがM.C.(殺害犯)に「言いたい台詞」が潜んでいるのである。そしてそれは "You can't do that" とも当然に対をなしていること。それくらい読んでから書いてくれよ(^^)。

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「ホット・サマー・ナイト(Hot Summer Nights)」 (ナイトNight 1979年)


☆ 結構ヒットしたのに後が全然わからないというバンドは,たいていセッション・ミュージシャンの覆面バンドだったりするが,1979年の夏にまるでその年の天候を言い当てかのようなヒットを飛ばした(全米最高位18位)のがL.A.のスタジオ・ミュージシャンのユニットナイト(Night)の「ホット・サマー・ナイト(Hot Summer Nights)」だ。Wikipediaの解説を読むと,「Hot Summer Nights」の作者はウォルター・イーガンというニューヨーク出身のミュージシャンで,この曲も豪州でチョッとしたヒットだったらしい。それをカバーしたナイトのこの曲は当然豪州では大ヒットし(最高位3位),ニュージーランド(28位),オランダ・ベルギー(共に21位),カナダ(23位)とそれなりにヒットし,日本でもディスコでは良くかかったヒット曲だったはすだ。

Hot Summer Nights (Walter Egan)

There was a time, not too far gone
When I was changed by just a song
On the radio, in my car
The pounding electric guitar
Then the time came to make our stand
We started up a four-piece band
And the heat felt like spotlights
In the heart of a hot summer night, yeah
Hot summer nights
Hot summer nights

Return with me to when times were best
We were friends that could pass any test
We shared our hopes, our dreams, and our goals
And the fundamental roll
As we sang in the hot, dark rooms
Happy just to play our tunes
We felt good when we did it right
We felt good on a hot summer night, yeah
Hot summer nights
Hot summer nights, yeah

So it lives, and it always will
Those songs we sung are in us still
Ringing out with all their might
In the heart of a hot summer night, yeah
Hot summer nights
Hot summer nights, yeah

YouTube投稿者(PilotOfTheAirwaves1氏)の解説
> A sextet group, which consisted of lead female vocalist Stevie Lange & lead singer/guitarist Chris Thompson, who was also lead vocalist/guitarist for Manfred Mann's Earth Band. A #18 hit in 1979.

☆ バンド最大のヒットは実はこの曲ではなく,「If You Remember Me」という曲(1979年 全米最高位第17位)なのだが,どういう訳だか日本ではこの曲のプロモーションは殆どなかったようで,寡聞にして知らない。だけど,上記解説を読むとヴォーカリストはマンフレッド・マンズ・アース・バンドにも在籍があったようで,かなりの実力派だったんだなと思う。

Hot Summer Nights (Walter Egan)
※作者のオリジナル盤(こういう時YouTubeは便利だなあ)


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「Honey Coral Rock」 (Suiff = Live at 新宿厚生年金会館ホール 1977年11月19日)




Honey Coral Rock (Eric Gale)



投稿者 pampa777 氏のNote
Live at SHINJUKU KOUSEINENKIN HALL Tokyo Japan, 19th Nov 1977.
Steve Gadd.Chris Parker.Richard Tee.EricGale.Cornell Dupree.Gordon Edwards.

☆ お酒飲まない人はゴメンナサイ。たまたま某アサヒビールから "8月2日は「ハニーの日」" などというメールが届いていたので(爆)ハニーな曲を探しておりました。ところでハニーと言えば短絡的にキューティーがくっつく世代の皆様こんばんは(爆)。Wikipediaで見ていたのですが,元祖のキューティーハニーはアンドロイドもので,1973年に永井豪が当初からメディアミックス作品として作っていたらしい。初代ハニーの声は増山江威子さんなので峰不二子の原型か(なわけない)。。。

☆ で,話は色気を急激に失ってスタッフの曲に変わる(爆)。「ハニー・コーラル・ロック」はもともとエリック・ゲイルの作品で彼の1974年のソロ作『Negril』に収録されている。その曲にかなり大幅なアレンジを施した(同名異曲に近い)のがスタッフの2作目『MORE STUFF』に収録されたヴァージョンで,上記Noteを見るとその年の来日公演(記載に間違いがなければクリス・パーカーが加わっている唯一の来日公演だが)のテイクであるようだ。

Honey Coral Rock (Eric Gale 1972年)


Honey Coral Rock (Eric Gale 1977年)


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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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