2017-07

「恋のウー・アイ・ドゥ”Ooh I Do”」(Lynsey De Paul 1974年5月)


シュガー・アンド・ビヨンド・アンソロジー1972-1974 (直輸入盤帯ライナー付国内仕様/2枚組紙ジャケット仕様)シュガー・アンド・ビヨンド・アンソロジー1972-1974 (直輸入盤帯ライナー付国内仕様/2枚組紙ジャケット仕様)
(2013/03/27)
リンジー・ディ・ポール、LYNSEY DE PAUL 他

商品詳細を見る


初出:2006年6月3日

☆ ずっと昔から探していた曲がある。なかなか見つからなくて困っていたが,先日いつもお世話になるネットショップのヨーロッパ盤(たぶんオランダ盤と思われる)のレア物のコンピレイション盤コーナーに入っていたのを見つけて買った。曲は「恋のウー・アイ・ドゥ(Ooh I Do)」ミュージシャンはリンジー・ディ・ポールというイギリスのアイドル歌手(だとズーッと思っていた。実はアイドル系には違いないが,シンガー・ソングライターだったことが分かった)。

☆ またこの曲が入っているアルバム『Taste Me Don't Waste Me』等は,2003年にリイシューされているのに,なぜか全部廃盤で手に入らない(言い換えると国際的せどり商品として,バカ高い値段がマーケットプレイスでつけられている)。

☆ AMG でリンジー・ディ・ポール(Lynsey De Paul)を引いてみると,彼女のベストヒットは"Sugar Me"で,全英チャート第5位。この曲「恋のウー・アイ・ドゥ」は最高位第25位だとか。これ以外にも全部で14曲のTop40ヒットがあるそうだ。また,モット・ザ・フープルの"Roll Away the Stone(土曜日の誘惑)"でイアン・ハンターと掛け合いの声を入れているのも有名だ。

☆ 当時(1974年)は「土曜日の誘惑」も「恋のウー・アイ・ドゥ」も地元ではチョッとしたヒット曲だった。だから全英チャートでそこまでヒットしていなかったのは意外な気がする。あれはもしかして世界中で一番ヒットしていたのか?(謎爆)

☆ タイプとしては,ル・ベッツ「シュガー・ベイビー・ラブ」のようなスペクター・サウンドで,グラム・ロックがきっかけになってスペクターの再評価が起こっていたことを感じさせる。ル・ベッツは90年代に日本でやたらBGM化されていたのに,この曲は忘れられていて残念だ。今でも多少は歌の歌えそうなグラヴィア・アイドルがいたら是非カヴァーしていただきたい(爆笑)。

☆ AMGを見るとディ・ポールは,80年代以降は映画女優やTV番組のホステス(司会者の意味)として活躍しているので,そういう意味ではイギリスのショウビズ界ではまあまあ成功した人なのだろう。日本の70年代アイドルが中途で挫折してしまうのとは対照的な気がするが,その辺がショウビズの奥行きの差なのかもしれない。

2014年5月2日

☆ これ,かなりヒットしたんです。日本で。ラジオのヒットチャート番組の相当上のほうまで行って,何度も聴いた記憶がある。Wikipedia(En)のLynsey de Paulの項目にも,こんなことが書いてあった。

> After appointing Don Arden, her new manager at the end of 1973, de Paul released "Ooh I Do", which hit the charts in the UK, Netherlands and Japan.

☆ ちなみに英国では最高位25位。オランダやベルギーでもTop20のヒットだったらしい。
Ooh I Do (Lynsey de Paul / Barry Blue)



☆ この頃,この曲とかル・ベッツの「シュガー・ベイビー・ラブ」とかフィル・スペクター(サウンド)の再評価みたいな感じが英国シーンにはあったようだ。一方,彼女はELOのロイ・ウッドとかモット・ザ・フープルとも親しく,モットの曲(「Roll Away the Stone(土曜日の誘惑)」にゲストで出ている。

☆ むかしこの曲を探すのに相当苦労して,ようやく欧州盤のレア・トラックス集で見つけてネットの輸入盤店で買ったことがある。今は...便利な時代になりました(苦笑)。

2017年7月31日付記
☆ ル・ベッツの「シュガー・ベイビー・ラブ」はあのつんざく高音ファルセット(爆)の効果か,いまだにバラエティ番組のBGMなどによく使われるが,同じようなフィレス・トリビュートの流れにあるこの曲はいまや隠れた名曲というか(カバーに使った国内仕様輸入盤のプライスタグを見て呆れた(´_ゝ`)。リンジーも亡くなっており(11 June 1948 – 1 October 2014),この曲は永遠のセブンティーズ・レアレティーズになりそうな悪寒だ。

☆ いまの日本にリンジー・ディ・ポールを聴く人がどれくらいいるか分からない(だから上記アマゾンのレア盤・プライスタグがあるんだろうが=苦笑)。でも意外ときょうびのアイドルさん(単体^^;)に歌ってもらいのは一法ではないかと...



☆ この曲のカヴァー・アーチストに小島麻由美と読めるローマ字氏名があったんだけど...
☆ 最初のコラムで触れたネット輸入盤店さんとはその後ドロップシッピング的なキャンセルが複数回あったので使うことも無くなってしまった。リンジーも亡くなっていて,時の流れをしみじみ感じてしまう。
スポンサーサイト

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

総括しろと言ったのは(アルバート)アイラーか(アルフレッド)アドラーか(自爆)




☆ 書いているうちに何がなんだか分からなくなる現象がある。タモリの「オールナイト・ニッポン(Mr.TAMORI's SHOW)」のしゃべくりなんかはその典型だったが(爆),この連載もどきもそういうものに陥っている(自爆)。この本の分析はそれなりにいいところを衝いているのだが,残念ながらデータ出典の採り方がいまひとつで,例えばこの数カ月くらい「週刊新潮」がひっそり連載している当事者関係者のオーラル・ヒストリーの方が面白い。そんなことを書いてはせっかくここまで纏めた著者に悪いかもしれないが,それなりに地道の宣伝したつもりなのでご容赦願いたい(#^.^#)。

☆ バブルの陽気さについて著者の指摘は分からなくもない。佐藤優ではないが(彼はこの時代モスクワにいてバブルとポストモダンの洗礼を受けてないことを強調する。また投資を含む投機に嫌悪感を持っていると思われる),時代の分析力(読み込む力とそれを為政者・指導者に伝える力。要は「インテリジェンス」に括られそうだ)が足りな過ぎた。イイオモイというものはなかなか記憶から離れないのである。だからバブルから10年近く経っても護送船団方式の幻想と出世双六の誘惑に負けて「ノーパンしゃぶしゃぶ」なんて醜聞でエリート様が自滅していくのである。

☆ そういうものはそういうものとして「したたかに現実を見ていく(見抜く)力」,誰がゲームチェンジャーで誰がルールを作ろうとしているのか。それに割り込めないにせよ,彼等に一目置かせるにはどうすれば良いのか。こういうことを考え抜くのが「現実主義」であろう(そういう意味で高坂正堯教授は正しかった。不肖な弟子が「自称保守論壇」で喚いているが)。現実を忘れることは必要であっても,そこから距離を保つ努力はしなければいけないのである。これがバブルの苦い教訓だった気がする。

☆ その文脈で「オヤジギャル」を見ればジェンダーの分解過程であり,この発想の延長線にはオトコオンナ(どこかの元大臣になったばかりの政治家を彷彿させるが)しか生まれない。またU野T鶴子女史を筆頭とするフェミニスト諸姉もジェンダーフリーには及んでいないとしか思えない。バブルとは背伸びして崖から落ちた日本の「背伸び時代」だったのではないだろうか。そんな気がする。



=了=


☆ しかしこのタイトル,中上健次にもお嬢様にも見せられたもんじゃない(恥)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

 「Jazzy Night」(松原みき Album :1980年9月21日/Single:1981年12月5日)






☆ これはsunny1600vrさんが2008/11/25 にアップロードしたもの。作成者コメントは「松原みきさんの「Jazzy Night」、そのアルバム版とシングル版のミックスです。ステレオ再生できたなら、左がアルバム版、右がシングル版です。バッキングはほぼ同じですが、歌い方と終わり近くの歌詞がちょっとだけ違います。」とある。

Album Version(左チャンネル)
作詞:三浦徳子/作曲:林哲司/編曲:林哲司(3:47)
PERSONEL
.富樫春生(keyboards)、難波弘之(keyboards)、岡沢茂(bass)、林立夫(drums)、今剛(E. guitar)、斎藤ノブ(percussion)、数原晋(trumpet)、岸義和(trumpet)、新井英治(trombone)、ジェイク・H・コンセプション(A. sax)

Single Version(右チャンネル)
☆ YouTubeの解説にあるとおり,詩を少し変え,歌だけ入れ直しているヴァージョンと推定。YouTubeのwhatanelegantladyさんの指摘には説得力がある(後述)。シングルカットは最後の方で一音だけ(意識的に)トーンを変え,コーダが7秒弱早いように思う。

☆ この時期の彼女の作品は何となく「ふらつき感」があった。元々ニュー・ミュージックという制約の中で歌手を始めた彼女だったが,素養にジャズやソウルがあることはあまり表面に出していなかった。当時のシーンを見れば,例えばソウル的な部分が出せた例は渡辺真知子だし,もう少しフェミニンな場所には門あさ美がいたし,(本人の意志と裏腹に)もっとアイドル的な場所には石川優子や竹内まりや,EPOがいた。だからといって沢田聖子みたいにフォークに寄り添う線は最初から無い訳で,場所を確保するのが難しかったのだと思う(同じ悩みはとみたゆう子なんかにもあった筈)。でなければ旧作2曲でシングルにするという典型的急場しのぎは無かったんじゃないかと思う。

☆ 今さら考えても無駄なことであるが,女性歌手でこういうシングルが出る時は結構ヤバい場合がある。典型的には歌手の方から「煮詰まったので(精神的にも肉体的にも疲れてしまったので)少しお休みをいただきます」的な話が出てくる場合だ(強いて名を挙げないが70年代のトップ・アイドル歌手に頻出したケース)。でも彼女の場合そういう形跡はない。何というかプロデュースの側の迷いがそのまま作品に出ている感じなのだ。

☆ 三浦徳子が書いた「Jazzy」という言葉には,歌詩にも1か所さりげなく出てくるが,明らかに「ブルー」という感覚がある。蔭とか,翳とか。オリジナルが収録されているセカンド・アルバム『Who Are You?』はどちらかと言うとニュー・ミュージックのフィールドに「クセ球を投げ込みたかった」感(例えば「夕焼けの時間です」)はあるけれど,結果的に混ざってしまった直球的な作品(「Rainy Day Woman」やこの曲)の方が記憶に残る作品だった。その作品集の中に置けば「Jazzy Night」は端正な作品で,You Tubeでwhatanelegantladyさんの指摘する「アルバムバージョンは気だるく歌っているので好きではありません」という感想は,最初に書いたブルーという感覚を彼女が意識的に表現したからだろう。当然シングルにする場合(しかも歌を入れ直している),もっとインパクトのあるというか,この曲の場合ならコントラストを強めた歌い方になる訳で,両者の違いはそういうところにあるのではないかと思う。



「うたまっぷ」って,どんだけ使えないサイトになってしまったのやらorz...

☆ みき姐の今回のベスト&レアのレア曲にマンハッタン・トランスファーが元ネタの曲があって,どうせ歌うなら本家を歌えばいいと思いながらコンサートに行くと,彼女もそう思っていたのか,「トワイライト・トーン」をセット・リストの中に入れていた(-∀-)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Flashdance...what a feeling」 (Irene Cara 1983年4月11日)


初出:2006年5月28日




Casablanca 811440
Composed By Irene Cara/Keith Forsey/Giorgio Moroder
Chart-topped from 05/28 to 07/02/1983 (6weeks)



☆ アイリーン・キャラというシンガーは,出世作の「Fame」にしてもこの曲にしても,こぶしが利いた歌い方をする。そして高音域では少しハスキーがかっているが,非常にウエットな声質で日本人だったら間違いなく演歌歌手で食べていけたと思うが(笑),その彼女が1980年代を象徴するこの曲を歌ったのは非常に意義深い気がする。

☆ オリジナル・サウンドトラック『フラッシュダンス』は,無名の新人女優ジェニファー・ビールズを一躍有名にし(その反動が10年近くあったのは,彼女にとっては不幸だったかもしれないが),この曲とMichael Sembello(彼もまたこの曲でワン・ヒット・ワンダーの仲間入りをする事になるが)「Maniac」の2曲の全米No.1ヒットを生み,アルバムは米国だけで200万枚を突破するチャートバスター・アルバムとなった。この年に『Thriller』(Micheal Jackson)という20世紀最大のモンスターアルバムがリリースされなかったら,名実共に1983年を代表する作品となり,ミュンヘン・ディスコから始まった作曲家ジョルジオ・モロダーにとっても誇らしい記念碑となった作品でもある。

☆ モロダーらしいキーボード主体の作品で,既にテクノポップの方法論を吸収し「打ち込み」で作られているのはさすがだ。このシングルは,その打ち込みで作った音とヴォーカル(メインとバック)だけのシンプルな構成の作品なのに,そういうサウンド・プロダクトの面からも80年代のメイン・ストリームを切り開いたものと言って良いと思う。短くも大仰なイントロに続いて,アイリーンがゆっくり歌いだすところは,ミュージカル的な歌唱だ。そしてキーボードに導かれるようにピッチを上げていくヴォーカルが滑り出していくこの感覚が当時は新鮮だったし,今聴いても感慨を持ってしまう。

☆ 『Flashdance』に続く道のりは『Saturday Night Fever』から始まっている。当然,そこには「スタジオ45」に象徴されるディスコ音楽の白人(嗜好)化があり,全ての道程はマイケル・ジャクソンとマドンナに収斂してしまうのが1980年代前半の結論でもあるのだが,それはステージ・ダンサーという職業が陽の当る存在となる過程でもあった。更に言えばジェーン・フォンダのワークアウトが象徴する「健康の世代」がこれを強烈にバックアップしていた。ウォーターゲートとヴェトナム敗戦で,米国のリーダーシップは国の内外から打撃を受け,米国自体がリカヴァーすべき時期だった。ソ連はアフガニスタン出兵という致命的な過ちを犯しながらもまだその指導力は健在で,レーガンが米ソの対立軸で国の威信を取り戻そうとしたことは戦略的には間違っていなかった。

☆ しかし,米国内では既に厭戦気分は極端な個人主義(=ミニマリズム)へ変貌しつつあった。エリート達,特に70年代にその地位を勝ち得た都会の高学歴の女性達は「自分探し」の罠に簡単に落ちていた。そして自分探しのある面での象徴がワークアウトやエアロビクスによる「健全な自分」の回復であり,そうした時代のトレンドにジェニファー・ビールズの演じたヒロインの姿はジャスト・フィットしたのである。


☆ この映画でデンゼル・ワシントンが探していた「女」を演じているのが12年後のジェニファー・ビールズだ。

2017年7月26日追記
☆ この原稿は最初のシングル・レビューとして書いたもので,書いた時にはまあ会心作と思っていたが殆ど反響もなかった(自爆)。今さらだが「フラッシュダンス」的なものの原型は「ロッキー」に見られ,主人公がロッキーほど崩れた場所からの復活ではない点は「サタデー・ナイト・フィーバー」に近く,でも自分の夢を実現するというストーリーは鉄板シナリオと言えなくもない。ただこのサントラ(既述のようにジョルジオ・モロダーが係わっている)とデヴィッド・ボウイの『レッツ・ダンス』(こちらはナイル・ロジャースが係わっている)とマイケル・ジャクソンの『スリラー』(こっちはクインシー・ジョーンズが係わっている)で,1980年代はポスト・ディスコのダンス音楽の時代であることが見えてきたような気がする。

☆ その一方にラップ/ヒップ・ホップの興隆があるのだが,これについてぼくは語る資格がない。



☆ 今さらだけど付記しておくが,ジェニファー・ビールズが掴んだばかりの栄冠を失った理由は,肝心のダンスシーンが吹き替えだったことがバレたことだった。確かにそれはうまくなかったが,その後復活したことを見ても分かるように女優としての素質に問題があったわけではなかった。こういうスティグマは一度押されると長年の重荷になる傾向があるが,本当にそれでいいのかなという思いもある。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Night Crawler」 (Bob James 1977年10月14日=アルバムリリース)


ヘッズ+1ヘッズ+1
1,080円
Amazon



初出:2013年2月21日
☆ ボブ・ジェームスやアール・クルーをイージー・リスニングのように聴いていた。コンテンポラリー・ジャズやフュージョンというより,スムーズやウエイブの元祖と言った方が当たっているかもしれない。クールでありながら熱もきちんと持っている。そういう都会の音楽として聴いていた。同じような感覚は『ストリート・ライフ』の頃のクルセイダーズにもあった気がする。

2014年9月5日
☆ ボブ・ジェームスの5枚目のアルバム『ヘッズ』に入っていた曲。英語版Wikipediaでこのアルバムを見ると "Genre Jazz fusion, Smooth jazz" とあって,確かにそういう評価になるだろうなと思う。初期の彼がムソルグスキー(「はげ山の一夜」)を取り上げていたことを思うとかなりの方向転換だが,同じムソルグスキーを取り上げたEmerson, Lake & Palmerのカール・パーマーも1981年にはASIAを結成していたのだから,現代音楽の「音楽性」のレンジはそれなりに広いのだと思う。

Night Crawler (Bob James)


☆ このアルバムは2曲のオリジナル(もう1曲はアルバムタイトル曲)と4曲のカヴァーで構成されている。コンテンポラリーなヒット曲が2曲(ボズ・スキャッグスの「We're All Alone(二人だけ)」とピーター・フランプトンの「I'm in You」)が入っているのでイージーリスニングと間違われていた時期もある(笑)。面白い選曲だとは思うが,60年代のモータウンやボルト/スタックスなどのブラック・ミュージックがアルバムで他人のカヴァーを頻繁に取り上げていたのを彷彿とさせ,些(いささ)か興味深く感じた。

2015年5月1日
ヘッズ+1ヘッズ+1
(2015/02/18)
ボブ・ジェームス

商品詳細を見る


Personnel
Bob James - Arp Odyssey, Arranger, Clavinet, Fender Rhodes, Harpsichord, Keyboards, Oberheim, Piano, Arranger, Conductor
Eric Gale - Guitar, Electric Guitar
Steve Khan, Jeff Layton, Jeff Mironov - Guitar
Steve Gadd, Idris Muhammad, Allan Schwartzberg, Andy Newmark - Drums
Gary King, Alphonso Johnson, Will Lee - Bass
Ed Walsh - Synthesizer Programming
Richard Tee - Keyboards
Ralph MacDonald - Percussion
Hubert Laws - Flute
David Sanborn - Alto Saxophone
Grover Washington, Jr., Michael Brecker - Tenor & Soprano Saxophone
Randy Brecker, Jon Faddis, John Frosk - Flugelhorn, Horn, Trumpet
Lew Soloff, Marvin Stamm - Flugelhorn, Trumpet
Wayne Andre, David Taylor, Tom Mitchell Jr. - Trombone
Peter Gordon, Brooks Tillotson, James Buffington - French Horn, Horn
Jim Buffington - French Horn
Phil Bodner - Bass Clarinet, Alto Flute, Oboe, Alto Saxophone, Viola, Wind
George Marge - Flute, English Horn, Oboe, Recorder, Soprano Recorder, Baritone Saxophone, Sopranino Recorder, Wind
Eddie Daniels - Clarinet, Flute, Tenor Saxophone, Viola, Wind
Gerry Niewood - Alto Flute, Alto & Tenor Saxophone, Wind
Michael Mainieri, Jr. - Vibraphone, Backing Vocals
Gloria Agostini - Harp
Jonathan Abramowitz, Charles McCracken, Alan Shulman - Celli, Cello
Al Brown and His Tunetoppers, Lamar Alsop, The Manny Vardi Strings - Viola
Max Ellen, Concert Master, Harry Cykman, Barry Finclair, Paul Gershman, Harold Kohon, Diana Halprin, Marvin Morgenstern, John Pintavalle, Max Pollikoff, Matthew Raimondi - Violin
David Nadien - Concert Master, Violin
Patti Austin, Vivian Cherry, Gwen Guthrie, Lani Groves - Lead and Backing Vocals

2017年7月24日付記
☆ ボブ・ジェームズ,アール・クルー,スタッフは当時(1980年頃)いろんなところで聴いていた。「アスペクト・イン・クロスオーバー」のような番組もあったし,他にも当時ぼく達が「エア・チェック番組」と呼んでいた幾つかのレコードかけ流し番組の常連だったこともある。また最初のコラムに書いているようにイージーリスニング的なBGMとしてあちこちで「引用」されていた(代表例はNHK-FM「軽音楽をあなたに」でのスタッフ「My Sweetness(いとしの貴女)」)こともある。ニュー・ウエイブの英国盤は輸入レコード店に行かざるを得なかったので,フュージョン系は総じて低コスト(カセットテープ代と録音時間の制約=例えば深夜だったり=に耐えること)で済んだ。これは実に有難かったし,その恩返しというわけでもないがサラリーパーソン(変な言葉)になって懐にある程度余裕ができ,CDの価格が下がってから片っ端から買っていった。

☆ こういう音楽を聴いていたのは,ひとつには(それなりにせざるを得なかった)勉強のBGMだったせいもあるが,むしろこういう曲がかかる機会を捉え,少しずつ録音しマイ・ヴァージョンのコンピレーションにしていくのが面白かったからだと思う。あの頃はまだクルマどころか免許もなかったし,異性同性含めこんな音楽を一緒に聴くような同好の士もいなかった(これについては今も変わらない)。だから独りでやるカードゲームのように延々とこういうテープを作ってはぼんやり聞いていた。実に暗~い青春ではないか(自爆)。そんなもの暗い青年にとって彼らの音楽はお洒落だったし,都会的だったし,何より心地良かった。その音楽の中にどこか思索的なところを見つけて聴いていたのだと思う。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

そろそろまとめなくちゃ




1.24時間戦えますかのファースト・ヴァージョン
☆ 著者も正確に書いているように(P.191),時任三郎が自分の芸名をもじった牛若丸三郎太として「勇気のしるし」(作詩:黒田秀樹、作曲:近藤達郎)を歌ったのは,リゲインの発売後1年近く経った1989年5月だった。ちなみにこれを見たからかどうかは知らないが,時任三郎の芸名をもじることをした人はもう一人いる。言うまでもなく「警部補 古畑任三郎」のシリーズを書いた三谷幸喜だ(爆)。で,リゲインの最初のCMは「24時間戦えますか」とディジタル音声で問いかけるもので,どことなくテイストが後のケンミンの「アンドロメタビーフン」(知っている人は知っている90年代CMの怪作)に似ていた(再爆)。

2.閑話休題(Wikipediaの記述について)
☆ Wikipediaの「バブル時代」の項目にこういう指摘がある。

> バブルを描いた娯楽作品など
> 当時制作され、時代の空気を反映している作品
> 楽曲J.BOY(浜田省吾) - 1986年9月4日に発売された同名アルバムのタイトル曲。バブル経済に浮かれる日本を冷静に描いている。

☆ 編集してもよかですか(爆)。浜田省吾については別に書くことになるが,この曲よりも適した作品があるので差し替えたい(再縛)。
※楽曲 詩人の鐘(浜田省吾) - 1990年6月21日に発売されたアルバム『誰がために鐘は鳴る』の収録曲。バブル景気に浮かれる日本を冷静に捉えた楽曲。
なお,曲の解説の後半部分は『誰がために鐘は鳴る』の同曲の解説をそのまま引用した(再爆)。

3.バブルはマホとマハの時代だった。



☆ バービーボーイズを前回出した時,実はいまみち(イマサ)が描いたバブル時代の男女の姿は大昔のイスパニアにいたマホやマハの現代版じゃないのかと思ったのだ。マハと聞いてプラド美術館にある2枚の絵(書こうと思ったがやっぱ止めておこう。前とか後とか=自爆=)を思い出した人がいたかもしれないが,それはフランシスコ・デ・ゴヤの一生を巡る堀田善衛の長い長い評伝本を読んでいた途中で気が付いた。

☆ もちろん,いまみちはその時代の男女の姿を描いているので,別に古(いにしえ)のスペイン王国を持ち出さなくても,花のお江戸の鯔背(いなせ)なお兄さんと粋なお姐さんを思い出しても構わないのだが,バブルの時代の全盛期に江戸情緒をジャパネスク(ジャポネスク)などと呼んで振りまわしたお歴々がいるので,むしろ崩れ方ならこっちのほうが近い気がしたマホとマハに目が行ったという具合である。

4.ハナモク
☆ バブルのいちばん強力な時代にはオジサン週刊誌に「男なら自分の小遣いくらい株で稼げ」といった㌧でもない連載もあったし(爆笑),それが一番バブル的な出来事のような気もする。別の例を出せば地上げで建てたビルを転売するためにすぐに壊した話というのもあったが(経済やくざ的発想であるが,なんとなくジョン・メイナード・ケインズ的でもある=爆=),もうひとつ,この時代のキーワードに「ハナモク」があったことを指摘しておく。

☆ ハナモクの対語は花金である。つまり週休二日制が定着したバブル期には木曜日の夜を遊びつくしても金曜日を乗り切ればあと2日休めるというもの凄いポジティブ思考が存在したのである。これも前回さらっと触れた坪井千夏嬢(当時)が実在していれば間違いなく先頭に立って実践していただろう(再爆)。

5.まとめ
☆ 高度経済成長の末期に井上陽水は「東へ西へ」で経済成長の歪みを皮肉ったのだが,バブルの時はオリバー・ストーン監督映画『ウォ-ル街』でマイケル・ダグラスが扮したゴードン・ゲッコーが株主総会で宣(のたま)った「グリード・イズ・グッド(貪欲は善である)」がトリクルダウンして国民のかなりの部分の「気分」に浸透していたという気がする。その「東へ西へ」はバブル後に時任三郎の後を受けリゲインのCMキャラクターになった本木雅弘がカヴァーし,それを聞いたらしい陽水がセルフカヴァー集『ガイドのいない夜』(1992年11月20日)で再度カヴァーした。この曲のキャッチボールが,この国のバブルの景色のようにも思える。

「Diamonds」 (作詩:中山加奈子 / 作曲:奥居香)





☆ マホとマハは戦前にもあった(江戸時代の江戸にもいた)。戦前ならモボとモガで,江戸時代は鯔背と粋だ(この「粋」は女性限定。対語として「鯔背(いなせ)」がある)。だから桑田佳祐が「いなせなロコモーション」を書いたのは実に正しい。ロコモーションは総じて鯔背の仕事であるから(爆)。
☆ バブルが過ぎれば,「あの人たち勝手放題して日本をこんなにしちまって」と恨まれるけれど,やってる時は皆何も考えちゃいないのだろうと思う(阿久悠の「青春時代」の歌詩のように)。この曲でもさらっと歌っているように「何も悪いことしてないよ」と言いたいのだろうね。当事者達は。いや,もしかしたら「Diamonds」のプリプリは,「ジギー・スターダスト」のボウイをバブル日本(Japan)に連れてきて性転換したようなものなのかもしれない。それは単純な開き直りなどではなく,本当に本質としてキラキラ(ギラギラ)したものに触れていた時間だったのかもしれないのである。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「カンナ8号線」 (松任谷由実 1981年11月1日=アルバムリリース)




初出:2006年7月30日

カンナ の花の色は,それこそいろいろあるが,リンク先に示した真赤な花のイメージが強い。昔,まだ大地がアスファルトに覆いつくされる前のこと。夏の花と言えば,向日葵ガーベラグラジオラスダリヤ(ダリア) と様々あるが,リンクした殆どのページの花が赤い(向日葵とダリヤは別だけど)のはどうしてだろう。また,カンナとグラジオラスの違い にあるように両者はよく似ているが全然別の種の植物だというのも興味深い。ちなみにこれを検索していて最も興味深く感じたのは,向日葵がキク科の植物だということだった。

☆ カンナ8号線の8号線 は,東京都市計画道路環状第8号線(通称名:環八通り)と言うそうだ。東京湾があるから環状にならないだろうなどというツッコミは慎太郎の前で言い給え(爆)。ユーミンのコンサートでこの曲が盛り上がっていた頃など,まだ世田谷区と大田区の道が殆どだったのだろう。この道は羽田空港に向かって延びている。本当は羽田空港から都心部を回避して広がっている産業道路という使命があったのだろうと思われるが,全然違う道になってしまったのはユーミンひとりの手柄でもない(苦笑)。

「カンナ8号線」 作詩・作曲 : 松任谷由実 編曲 : 松任谷正隆

チェックのシャツが風に膨らむ
後姿を
波をバックに焼き付けたかった
目蓋の奥に

それは儚い日光写真 
切ない陽炎
胸のアルバム閉じる日が来るの
こわかったずっと

雲の影が貴方を横切り...

想い出に惹かれて 
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は 
もうどこにもいない

カンナの花が燃えて揺れてた 
中央分離帯
どこへ行こうか待ち遠しかった 
日曜日

恨まないのも可愛くないでしょう
だから気にせずに

ドアを開けて波を聴こうよ...

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

2017年7月21日追加

アルバム参加ミュージシャン
(出典:Wikipedia「昨晩お会いしましょう」)
キーボード:松任谷正隆
ドラム:林立夫、島村英二
ベース:高水健司、岡沢茂
エレクトリック・ギター:松原正樹
アコースティック・ギター:松原正樹、吉川忠英、瀬戸龍介
パーカッション:斉藤ノブ、Pecker
サキソフォン:Jake H. Conception
トランペット:中沢健次、岡野等
フルート&ピッコロ:衛藤幸雄
リリコン:村岡建
ストリングス:トマト・ストリングス・アンサンブル
コーラス:松任谷由実、BUZZ、山本潤子、田井康夫、タイムファイブ、伊集加代子、鈴木宏子、和田夏代子、杉真理
シンセサイザー・プログラミング: 浦田恵司

☆ この曲に関する上記Wikipediaの解説は以下のとおり。

> 朗々としたエレキ・ギターの演奏で知られるミディアム・ナンバー。ユーミンのライブの定番曲である。誰もが見過ごすような中央分離帯のカンナの花にかつての恋心の輝きを投影するという、ユーミンならではの着想が光る。曲名はカンナの花と環状8号線にかけている。ベストアルバム『Neue Musik YUMI MATSUTOYA COMPLETE BEST VOL.1』『SEASONS COLOURS -春夏撰曲集-』にもそれぞれ収録されているが、前者についてはイントロを数秒カットした状態で収録されている。

☆ 荒井由実の「乙女チック路線」をまっすぐに伸ばしたところにある作品だと思う。カンパチ(お魚みたいだな^^;)は羽田空港の近くが起点なので晴海をイメージさせる「埠頭を渡る風」(1978年10月5日)とは少しテイストが違うけれど,明らかにこれらの作品は荒井由実の成長線上にある。ユーミンの主要な楽曲テーマのひとつに「失われつつある若さ(青春)」があるのは「あの日に帰りたい」1曲でも容易に想像がつくが,彼女なりの現実主義が顔をのぞかせるこの歌詩こそ,この曲のテーマであろう。

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

☆ ヒトはどんなに嫌でも年を取らざるを得ないし(その先には死が待っている),どんな人もそれを避けることはできない。恋愛や若さの「死」は(望むと望まざるとにかかわらず)その人を「成長」させる。この成長は必ずしも進歩や前進とも限らず,退歩や退行となることもあるわけで(そのひとりが,いまこうして,こんなものを書いている),彼女の見る「現実」もまたそういうものなのである。

カンナ

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「You're So Vain (うつろな愛)」 (カーリー・サイモン 1972年11月)




初出:2013年4月3日
   2015年7月12日

☆ かなり昔の話(2003年)だが彼女がこの曲の「秘密」をオークションにかけて落札した人に「教えた」という話題があった。秘密や謎はそのままでいい事の方が多いが,この曲の英語版Wikipediaには興味深い記述が載っている。

http://en.wikipedia.org/wiki/You%27re_So_Vain

2017年7月19日追記
> In August 2003 Simon agreed to reveal the name of the song's subject to the highest bidder of the Martha's Vineyard Possible Dreams charity auction. With the top bid of $50,000, Dick Ebersol, president of NBC Sports and a friend of Simon, won the right to know the name of the subject of "You're So Vain". A condition of the prize was that Ebersol not reveal the name.Ebersol said Simon allowed him to divulge a clue about the person's name: "Carly told me that I could offer up to the entire world a clue as to what she'll tell me when we have this night in about two weeks. And the clue is: The letter 'E' is in the person's name."

☆ この記述によると,その人物のイニシャルは「E」らしい。しかし,同じWikipediaにウォーレン・ベイティが2007年のインタビューでその人物は自分のことだと語っていることが記されている。

In a 2007 interview Warren Beatty said, "Let's be honest. That song was about me."Simon had said in 1983 that Beatty "certainly thought it was about him — he called me and said thanks for the song..."

「正直なところを言えば,これはぼくのことを歌った作品なんだ。サイモンは1983年に「ベイティはたぶんこの曲は自分のことを歌っていると気付いているわ。-だって彼ったら私のところにわざわざ電話をかけて来てぼくのことを歌にしてくれて有難うって言ったのよ」と話したことがあったからね。」

LYRICS:
You're So Vain (Carly Simon)



[Whisper:] Son of a gun.
(囁き:)このろくでなし

You walked into the party like you were walking onto a yacht
あなたは泊まっているヨットにひょいと飛び乗るように,パーティーに現れた
Your hat strategically dipped below one eye
あなたは狙いすましたかのように,帽子で片目を隠したの
Your scarf it was apricot
その時のあなたは杏子色のスカーフを身につけていたっけ
You had one eye in the mirror as you watched yourself gavotte
あなたはガボットを踊るのを見ていた時も片目で鏡を見ていたの
And all the girls dreamed that they'd be your partner
女の子達は皆,あなたの踊りの相手になることを夢見ていたんだから
They'd be your partner, and...
踊りの相手になれればって,だけど...

You're so vain, you probably think this song is about you
あなたって虚しい人ね,きっとあなたは,この歌が自分のことのように思えるでしょう
You're so vain, I'll bet you think this song is about you
あなたって虚しい人。賭けてもいい,あなたはこの歌が自分のことだと思ってる
Don't you? Don't You?
そうじゃないの?違うって言える?

You had me several years ago when I was still quite naive
そうやってあなたはまんまと初(うぶ)なわたしを手に入れたの,何年か前にね
Well you said that we made such a pretty pair
そしてあなたはこう言った「ぼく達は最高の組み合わせさ」ってね
And that you would never leave
そしてあなたはそこから離れないふりをしていた
But you gave away the things you loved and one of them was me
でもあなたは時々,自分の好きなもののことをほかの人に漏らしちゃうの。そのうちのひとりが,わたしだったけれど
I had some dreams, they were clouds in my coffee
わたしはこう感じていた,そんなのはわたしのコーヒーに写った雲のようなものだって
Clouds in my coffee, and...
わたしのコーヒーに写った雲のようなもの,だけど...

You're so vain, you probably think this song is about you
You're so vain, I'll bet you think this song is about you
Don't you? Don't You?


I had some dreams they were clouds in my coffee
Clouds in my coffee, and...

You're so vain, you probably think this song is about you
You're so vain, I'll bet you think this song is about you
Don't you? Don't You?

Well I hear you went up to Saratoga and your horse naturally won
それから聞こえてきたあなたの消息は,サラトガの競馬場で持ち馬がいつも勝った話だとか
Then you flew your Lear jet up to Nova Scotia
そうかと言えば,自家用ジェットでノヴァ・スコシアまで飛んで行って
To see the total eclipse of the sun
それは皆既日食をみんなで見るためだとか,そんなことばかり
Well you're where you should be all the time
だけどあなたがあちこちで忙しくしている時や,
And when you're not you're with
お忍びで何処かに行く時にも,その傍らには
Some underworld spy or the wife of a close friend
何人かの暗黒街の見届け人だか友人の奥さんだか知らない人たちがいつも一緒なの
Wife of a close friend, and...
友人の奥さんだかなんだか知らない人たちが,だけど...

You're so vain, you probably think this song is about you
You're so vain, I'll bet you think this song is about you
Don't you? Don't You? Don't You?

You're so vain, you probably think this song is about you
あなたって虚しい人ね,きっとあなたは,この歌が自分のことのように思えるでしょう
You're so vain, I'll bet you think this song is about you
あなたって虚しい人。賭けてもいい,あなたはこの歌が自分のことだと思ってる
Don't you? Don't You?
そうでしょ,そう思うでしょ?


☆ "vain"がこの曲のキーワードで,ここでは虚飾というイメージを強めている。「うつろな愛」という邦題も,曲から受けるどこか投げやりな印象(それは専らカーリーの声質に起因している)に良く合っていると思うが,これを「虚しい」と訳す理由は,この曲のオリジナル・シングルでデュエットするミック・ジャガーが3年前(1969年)に出したローリング・ストーンズのアルバム(『ギミー・シェルター』)の中で「Love In Vain(むなしき愛)」を歌っているからだ。ちなみに最近このオリジナル・ヴァージョンのYouTubeは削除され続けており(おそらくミックの権利絡みの理由と思われる)残念ながら綺麗なヴァージョンは見つけられなかった。

☆ もちろんカーリーの代表曲であり,キャロル・キングの「It's Too Late」と並ぶ70年代ピアノ系女性シンガーソングライター作品の頂点に位置する曲だと思う。


【7月20日追記】



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

永遠なんてものは,永遠にない。



☆ それはなんだか訳の分からないまま始まった。叛乱と言えば叛乱だったし,ぼくは今でもあれは革命の一種だったと思っている。その叫びらしきものは十数年経って再確認してみた時にも,やはり周囲を圧倒する異様なものであったし,それは何ものかが彼女たちの口を通して言わさしめたものだとしか思えなかった。

☆ 結局それが大人の思惑で「素敵な商売」(こう書いた「週刊朝日」の記事を,ぼくは死ぬまで許さないだろう)に昇華してしまい,ぼくは1970年の大学生ほどではなかっただろうが(明らかにレベルが違うことは認める。そのあとの人生を見ても分かる),何ものかに傷つき,挫折した。

☆ 永遠なんてものは,永遠にない。その場にいた証人たちも,いや当事者すら,間違いなく「いなくなってしまう」。この「いなくなってしまう」ものの前に,永遠はただひたすら,無力でしかない。

☆ であるとすれば,あの夜の日比谷野外音楽堂から40年の距離を隔てて(その光景ですら,関係者限定のフイルムのお流れをチラ見しただけで),ぼくにいったい何が言えるだろう。たぶんそれは「そこにそういう真実があり,真実はそこにしかなかった」ということなのだろう。



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

アッシ―とメッシ―はどこに?




☆ 2010年代に「デートマニュアル」などというものがあるのかどうか知らない。四半世紀近く前のバブル時代だってマニュアル追従「レーダーマン(戸川純^^;)」が女の子の笑い者だったのは事実だし,男と女の場にそれを持ち込んで一発で関係が終わった例なんて掃いて捨てるほどある(爆)。でも前回見たようにイタ飯の知識を自分の舌で会得し親と共有で分不相応なハイソ・カーか,せいぜい脱臭装置で煙草の臭いを消した親父のマークⅡ(X70系など)を用意し,いそいそと白馬の騎士気取りでアッシー君の栄誉に浴した若者は少なからずいたと思う。

☆ でもどこかの美容整形外科ではなく(笑)この時代から「いつか王子様が」と本気で考えていた夢子さんは圧倒的少数派で,バブルのプールをすいすいと泳ぐ皆さんは顎足の不自由なく泳いでいた。それが全てのように思われても困るが(苦笑),一方でそういう揶揄にも拘らずアッシー・メッシーに甘んじた男の子もそれ相当存在したということだ。そういえばバブル末期のビジネスに今のウーバーに近いクルマの時間貸サービスがあった。要するにレンタカーナンバーの「わ」や「れ」でない外車(ポルシェ,フェラーリ,メルセデスなど)を用意して1日オーナーとして貸し出すサービスだっだ。

☆ ユーミンの記述は酒井順子に先を越されており,迫力がない(笑)。確かに『ディライト・スライト・ライト・キス』(1988年11月26日)あたりのインタビューで,彼女はこの本が記しているようなリサーチの後「鶴の巣籠(ごも)り状態」を経て作品に仕上げるということを話していたような気がする。ただ「プロジェクト・ユーミン」としては,『サーフ&スノー』から一貫してリゾートというコンセプトにあり(ホイチョイより早い),バブルに関しては時代の方が追いついた感が強い。だけど彼女の賢いところはオーディエンスと共に成長するという姿勢を90年代まで捨てなかったところにある。それは彼女が若かったころからそういう「跳ねっかえった」部分をベースに持っていたからではないか。彼女は絵空事は書いていないし,ましてや煽ってもいない。それは今でも本質的に変わってないと思う(それにしても酒井順子はもう少し彼女の「曲も聴いて」本を書いてほしかった)。

☆ むしろバブルならリゾートマンションであり日本ではほぼ徒花と化した感のある「コンドミニアム」の盛衰についても触れてほしかった(もっともこれはバブルより「バブル崩壊後」のテーマだったかもしれない。

「女ぎつねon the Run(Original‘‘Big Bowl’’Version)」 (BARBEE BOYS 1987年9月9日=アルバムヴァージョン)


PS.
☆ いまみちともたかが,無意識の中でバブルの本質に触れていることは,バービーボーイズが90年代を乗り越えられなかったという皮肉な事実によっても証明されるかもしれないが,彼らについては別に触れたい。ところで最近映画にもなったこの話(2006年3月刊)は明らかにバブル時代あるいはその直前を描いている。



☆ それとこの章に出てくる女子の典型と思われる人物のその後を描いたような作品はこんなところにもある。





☆ この世代のオヤジ達の世代は「戦後強くなったのは靴下と女だ」とハラスメントな愚痴を宣(のた)っていたのだが,この曲の中で杏子が「もう結構」と切り捨てた瞬間に,この「ハラスメントな愚痴」は世代間バトンパスを終えたのだろう(自爆)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

西海岸幻想とバブルへの階段(らしきもの)




初出:2010年7月17日(一部改稿)
☆ 村田和人の登場は思い切り衝撃だった。それまでフォークとニューミュージックとブルースとロックとパンクとテクノしかなかったところに彼は軽々と舞い降りたのだから。

☆ 当時のいわば「意識高い系」の御仁が,この曲の上っ面(それすら見る「能力」もなかった)だけで,あるところに "西海岸礼賛の軽薄な歌い手に「ホテル・カリフォルニア」の意味も分からないくせに" みたいな暴言を書いていた。1969年にオルタモンドのミック・ジャガーの目の前で何が起きたかとか,でかい音でイーグルスをかけろとフェイゲンとベッカーに言われた仕返しをドンとグレンがどうやったのかとか,そういう事の意味も分かっちゃないそういう奴には「ブライアンン・ウイルソンがいかにサーフィンの達人だったか」と言えば,知った顔で頷くのだろう(爆笑)。

☆ その手の子供だましに引っ掛かるような奴にはミドル・オブ・ザ・ロードを誤解なくこの国でやっていく覚悟など見えもしないし分かりもしないのだ。たぶん死ぬまで。

(注釈)イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の中で「1969年からここにはスピリッツは置いてない」という歌詩がある理由は,その年の初めにオルタモンドのスピードウエイで開催されたローリング・ストーンズのフリーコンサートの最中に会場警備を引き受けていた「ヘルズ・エンジェルス」がミックを狙撃しようとしていたように見えた黒人少年を殴り殺した事件が起ったこと。
・スティーリー・ダンの『ザ・ロイヤル・スキャム(幻影の摩天楼)』中の曲「Everyhing You Did」の歌詩中に「でかい音でイーグルスをかけろ(Turn up the Eagles the neighbors are listening)」とある。痴話喧嘩のBGMにされたドン・ヘンリーとグレン・フライの仕返しは「ホテル・カリフォルニア」の歌詩の中でこう反撃した。「彼らはそれをスティーリーのナイフで刻もうとしていたが,獣一匹殺せやしなかった(They stab it with their steely knives, But they just can't kill the beast)」
・ブライアン・ウイルソンはサーフィンをしなかったし,水泳は苦手だった。ビーチ・ボーイズでサーフィンと来ればブライアンの弟のデニース・ウイルソン(1944年12月4日 - 1983年12月28日 皮肉なことに水難事故で死去している)。


2017年7月14日追記

「電話しても」 (村田和人 1982年4月21日)


☆ 村田和人が「電話しても」でデビューした頃,ぼくはまだ全然ビーチ・ボーイズを聴いていなかった。当時の知人に傑作だと渡された『ペット・サウンズ』のカセット・テープも,何回か聞いてそのままにしていた。だから上に書いた「意識高い系」氏への皮肉は単純に氏の教条主義的な物言いに反発したに過ぎない(自爆)。

☆ 村田和人(1954年1月2日 - 2016年2月22日)は,ビーチ・ボーイズのベスト盤のタイトルでもある『終わりなき夏(Endless Summer)』を生きたミュージシャンだった。個人的には最初の2枚のアルバムや山下達郎のツアーでのバックヴォーカルなどのイメージが強く,これがまた山下自身が認めていた「夏だ!海だ!タツローだ!」的マーケティングに載ったこと,さらに言えば,山下が自らのレーベルとして立ち上げたムーン・レコードのミュージシャンとして村田のデビューに関わったことがあって,そういうラインに彼の立ち位置が決まっていくこと自体は必然的な面もあったと思う。

☆ 西海岸幻想というものが生まれた時期は60年代後半ではないかと思う。1967年にスコット・マッケンジーが「花のサンフランシスコ(1967年5月13日)」を歌ったことはその象徴かもしれない。RCサクセションの「トランジスタ・ラジオ(1980年10月28日)」の詩で清志郎と思われる主人公が聴いていたベイ・エリアからのホットなナンバーはたぶんマッケンジーの曲やジェファーソン・エアプレインの「あなただけを("Somebody to Love" 1967年4月1日)」だっただろう。

☆ ヒッピー文化がマンソン・ファミリーによるシャロン・テートらの殺害事件やオルタモンドの悲劇で崩壊した後(=だから中西部からやって来たイーグルスに「1969年以来ここにはスピリッツは置いていない」と歌われてしまう),西海岸が日本の青年に与えたものは幻想でしかなかった(そうではなかった人物もいる。例えば少年だった今の孫正義とか)。その幻想はドゥービー・ブラザーズの『ミニット・バイ・ミニット』の中敷きに写っていたマリファナのジョイントみたいなものでしかなかったから(爆)上記のような「教条主義」を生むわけだが,そうではない西海岸は林檎の樹(アップル(コンピューター)・コーポレーション)やフェアチャイルド(セミコンダクター。後にそこからロバート・ノイス,ゴードン・ムーア,アンディー・グローブらがスピンアウトしてインテルを創業する)の成長と共にシリコン・バレーを形成していく。

☆ 山下や村田が良く分かっていたように,西海岸の文化は東海岸に対する対抗文化(カウンター・カルチャー)であり(その恩恵をぼく達もこうして享受しているのだが),東海岸の街角でドゥー・ワップが育ったように西海岸のガレージからサーフィン/ホット・ロッドが,そして80年代にはヘヴィ・メタルが(東海岸からは言うまでもなくラップ/ヒップ・ホップだが)育っていったのである。

☆ そーゆーこと(この書き方も80年代初期っぽいが)を知らずに湘南や千葉の海岸で大きな波を待つ(前者は非常に条件が厳しかった。例えば小田急江ノ島線でサーフボードを運搬することからして^^;)ことの延長線上に西海岸があれば,その先にはやはりバブルっぽいものが波の数ほど抱きしめられたいと待ち構えていたことだろう。

2016年1月10日の演奏(電話しても/村田和人 山本圭右 20160110 T'S studio)




☆ その「意識高い系」氏が存命なら,改めてお尋ねしたいものだ。
「2016年までスピリッツを失わなかったミュージシャンシップをまだ貶めたいのか?」と。
☆ そういえば1967年のL.A.と言えば,ドアーズの「ハートに火をつけて」があった。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「雨は毛布のように」 (キリンジ 2001年6月13日)


雨は毛布のように雨は毛布のように
(2001/06/13)
キリンジ

商品詳細を見る

初出:2014年6月27日
☆ 北青山時代後期のキリンジの代表作の一つ。6月リリースだったこともあってこの時期の定番曲。雨の曲はいろいろあって,それでセレクトした秀悦な作品集(雨と仲良くなる19の方法=2004年,続編=2005年)なんてのもあった。どっちかにこの曲も入れて欲しかったな(笑)。

「雨は毛布のように」 (作詩:堀込泰行 / 作曲:堀込高樹)
Featuring aiko(Backing Vo),Yui Kawaguchi(Dance Performance)



☆ この曲のテーマって,たぶん「雨降って地固まる」なんだろうな。主人公たちが上手く行くといいね。

↓ 本日のゲストVoの最新作(初出:2014年6月27日時点)
泡のような愛だった (初回限定仕様盤)泡のような愛だった (初回限定仕様盤)
(2014/05/28)
aiko

商品詳細を見る


2017年7月12日付記
☆ 雨が多いことは幸せなことだということがどうしても理解できない幸せな国に住んでいるぼく達は,降る雨を見ながらさまざまな曲を書いてきた。キリンジだってそのキャリアのいちばん最初の方で「雨を見くびるな」という "秀逸な観察記録" を書いているし(笑),上のコラムに書いたように,その時の物語があまりに突き放したものだったからなのか,この曲はやけに優しい。

☆ 北青山後期のキリンジは,まるでスティーリー・ダンとゲイリー・カッツのような冨田恵一とのコンビネーションで『3』と『Fine』という日本のポピュラー音楽史に残ってもおかしくない(その割にアンダーレイテッドな)アルバムをものしている。その一連の作品群に置くと,この曲のやさしさは,やや線の細さを感じさせるところがある。だけどそのことはこの曲の価値を貶めるものでもなく,ものすごくレベルの高いポップスをこんなに分かりやすく表現できる彼らは,この時代には唯一無二の存在だったと改めて思わざるを得ない。




☆ 幸田真音の連作小説がここに出ている理由は,付記の最初の行に関係があります(笑)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Breakdown Dead Ahead」 (Boz Scaggs 1980年3月)



初出:2011年7月19日
   2013年4月1日

☆ 日本でのソフト'ン'メロウ路線とは対照的に,アメリカでのボズ・スキャッグスのシングルはこの曲にしろ「リド・シャッフル(B面が「ウィー・アー・オール・アローン」)」にしろステーション好みのアップビートなシャッフルが選ばれがちだった。だから80年代AOR的文脈でボズを語ると,米国では「ん?」と思われたかもしれない(笑)。

☆ この曲のルカサーのソロは,「キッド・シャールメイン」(スティーリー・ダン)でのカールトンのソロと同じくらい好きだ。これくらいシェイクしてないとグルーヴは出ないよね(^o^)v。

Breakdown Dead Ahead
(David Foster / Boz Scaggs 4:33 #15 17/05/80 Billboard HOT100)



I call ya
電話するけど
You ain't in
おまえはどっかに行ってる
What's this cold reaction
何この冷たい反応?
Where've you been
何処行っちまったんだよ
Oooooh, baby, let it on the line
やれやれ,ベイビー,居場所くらいはっきりさせろよな
This is last call and you say that's all
これが最後の呼び出しだとして,お前はこれっきりよって言うつもりかい
You can take it fine
そろそろ物事すっきりさせたが良い頃合いだぜ

I'm sorry but
全くもって残念なことに
It don't make sense
まるで無意味じゃないか(苦笑)
You're pullin' just right out on first offense
これがおまえからの先制攻撃だって言うんなら
Oooooh, baby, play it smart
まったく,ベイビー,もう少し賢くいこうぜ
For you go south with your big mouth
おまえが大口叩いてミナミに行くって言うんなら
Let it take your heart
ちょっとばかしその気持ちを測らせて貰おうか

Danger, there's a breakdown dead ahead
ヤバいぜ,そっちはどん詰まりに一直線さ
Maybe you're in way above your head
とてもじゃないがおまえの手に負えるこっちゃないぞ
I may burn, (I may burn)
おれはカッとなって
Might upset you
おまえの気持ちを損ねるかもしれないが
But you know I'd never let you down
それでもおれは一度だっておまえをガッカリさせたりしてないだろ

I told ya
この間もそうさ
No more lyin'
もう嘘はつかないって言ったじゃないか
No more tears fallin'
おまえに涙を流させないって
Stop your cryin'
もう泣くんじゃないって言っただろ
Ooooh, baby (ooooh, baby)
ああそうさ,ベイビー
I'm your fan
おれがいるじゃないか
Before you go back to your side track
おまえが道を踏み外し,そこから戻りたいのなら
Baby understand (understand)
どうすればいいか分かってるだろ(分かるよな)

Danger there's a breakdown dead ahead
ヤバいぜ,そっちはどん詰まりに一直線さ
And just maybe you're in way above your head
いやホント,とてもじゃないがおまえの手に負えるとこじゃない
I may burn, (I may burn)
おれはカッとなって
Might upset you
おまえの気持ちを損ねるかもしれないが
But you know I'd never let you down
それでもおれは一度だっておまえをガッカリさせたりしてないだろ

No, no, no
そうだろ
No, no, no, no
絶対にそうだろ
No, no, no, no, no, no, no
間違いなくそうだろ,そうだよね

[Instrumental Interlude]

Danger, there's a breakdown dead ahead
ヤバいぜ,そっちはどん詰まりに一直線さ
And just maybe you're in way above your head
いやホント,とてもじゃないがおまえの手に負えることじゃない
I may burn, (I may burn)
おれはカッとなって
Might upset you
おまえの気持ちを損ねるかもしれないが
But you know I'd never let you down
それでもおれは一度だっておまえをガッカリさせたりしてないだろ
No, no, no
そうだろ

Danger, there's a breakdown dead ahead
ヤバいぜ,そっちはどん詰まりに一直線さ
And just maybe you're in way above your head
いやホント,とてもじゃないがおまえの手に負えるとこじゃない
I may burn, (I may burn)
おれはカッとなって
Might upset you
おまえの気持ちを損ねるかもしれないが
But you know I'd never let you down
それでもおれは一度だっておまえをガッカリさせたりしてないだろ
Down, down, down
一度だってね

(Danger)
(あぶない)
No, no, no
ダメだよ
(Breakdown dead ahead)
(そっちはどん詰まり)
(Danger, breakdown dead ahead)
(ヤバいぜ,そっちはどん詰まり)

Personnel
Rick Marotta – drums
David Foster & Don Grolnick – keyboards
Lenny Castro - percussion
David Hungate – bass
Steve Lukather – guitar

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

ブームとはストラテジーであった(笑)




☆ CX(フジテレビ)の月9(説明するまでもなく「欽ドン」の後を受けたドラマ枠)がいまだに続いている(そろそろ過去形か)若手の登竜門となっていったのは,1987年度第4クール(1988年1月4日 - 3月21日)の「君の瞳をタイホする!」あたりからだろうと思う。橋本以蔵、関澄一輝が脚本を書き,山田良明、大多亮がプロデュースしたこの作品で名を挙げたのは三上博史と工藤静香だろうとぼくは思うが,その三上博史のキャラクターがマニュアル先行型と分類しているエピソードがドラマの中にあった。

☆ この与太シリーズの中途で示した「見栄講座」(1983年)やマル金・マル貧で一世を風靡した「金魂巻」(渡辺和博 1985年)のように世の中を二分法(90年代後半から「勝ち組/負け組」となり,2010年代には「1%対99%」になった)で見る風潮は,まあ昔からあるのだが,バブルの時代は「背伸びしたら何とかなるんじゃないか」という時代でもあったような気がする。その背伸びの仕方が(ここで名を挙げて悪いとは思うが)「Hot Dog Press」的なものや「Big Tommorow」的なものに集約されていたのがこの時代だったような気がする。一方でそういうマテリアル・ワールドにウンザリした連中をニュー・エイジが捉え始めていたのがこの時代とも思えるのだ。

☆ さて,そこでテキストに戻る(爆)。2章のタイトルが全てを表していて「ブーム=必死」。例の「必死だな(藁)」の,元祖・本家みたいなものである。イタ飯が鯛めしでもスパゲッティ屋(壁の穴とか洋麺屋とか。ちなみに先月創業者が亡くなったピエトロが洋麺屋を始めたのは1980年)でもないものに昇格していった(その割に全国に名を馳せたのはデザートのティラミスだったりする訳だが)という本書の指摘はまあ正しい。ちなみにイタ飯が飽きられる頃にエスニックブームになり,90年代前半の冷夏とコメ不足の時には鯛めしならぬタイ米が登場したりするが,まあそれは別の話。

☆ 合コン,合ハイは80年前後のキャンパスにもあった。要は(これを書くと御年配の世代から糾弾されるのだが)70年安保で全共闘が崩壊して新左翼運動が四分五裂した後の「キャンパス=ワンダーランド」世代の「サークル文化」が一気に全盛期に突入した頃には,そんなものは標準装備されていたのである(本書でもその辺を後付けで補足している)。ちなみにとんねるずの「一気」(言うまでもないが「一気飲み」に引っ掛けた合コンソング)は1984年12月リリースだ。

☆ ステイタスと言うならハイソ・カーになる。これだって最初はカミナリ族からの長きを誇るスパルタン・スポーツ車全盛だったのが,1978年にマツダがロータリースポーツRX-7を出したあたりから風向きが変わり始め,1982年11月にホンダ・プレリュード(AB/BA1型)が出て,ラベルの「ボレロ」をBGMに颯爽と走る姿はFF車ということと関係ないクルマの価値を多くの人に見出させた。そう。これが「ハイソ・カー」の文字通りはしりだった。

☆ 思うにハイソ・カーの頂点にあったのは2代目トヨタ・ソアラ(Z20型 1986年1月発売)だった。この車はセンチュリー(トヨタ)とかプレジデント(日産)とかデボネア(三菱)といった社長御用達車を除き日本で最も値段の高いクルマ(普通乗用車)だったから。そのあと日産がスカイラインGT-Rを復活させたり(BNR32型 1989年5月)して,日本の自動車価格の上限は少しずつ上昇していくようになる。で,バブルの頃にはBMW3シリーズ(E30型 1982年 - 1994年)が「六本木のカローラ」などという渾名を貰い(爆),その頃は存在したサーブなどをホイチョイの人達が妙な試験紙にしていた(女の子が付き合う男の影響を受けて外車の名前を憶えていく時のプロセスとかいう話=再爆=)。

☆ バンドブームにつても言及されているが,これはどっちかと言えばバブル直後という印象が強い。バブルの頃までは個人的にはエピック・ソニーのバンドやミュージシャンの印象が強い。むしろその前史としてのボウイーやBUCK-TICKを挙げるべきじゃないかとも思う。ところで赤坂小町って知ってますか(笑)。昨年まで復活していたPの前身バンド名です。

☆ スキーについては上越新幹線と関越自動車道,あとはトマムやサホロなんかのイメージが強い。そうとう後の話だが「ウゴウゴ・ルーガ」の「きょうのことば」に「関越渋滞」というのがあった(爆)。リゾートマンションの「いま」を思えば遠い昔の記憶である。

☆ ファッションは良く分からないのでパス。ただ音楽系だったら80年代には渋谷の宇田川町(タワレコの最初の店があった)やその周辺,吉祥寺,西新宿(ブートの宝庫)あとは南青山(都88系統の進路沿いに「ハイド・パイパー・ハウス」が見えていた)とかの印象が強い。




テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Kiss On My List」 (Daryl Hall & John Oates 1981年1月24日)


初出:2006年7月2日
モダン・ヴォイス(紙ジャケット仕様)モダン・ヴォイス(紙ジャケット仕様)
(2005/12/21)
ダリル・ホール&ジョン・オーツ

商品詳細を見る

☆ グレン・フライとドン・ヘンリーには新参者("New Kid In Town")扱いされたホール&オーツだが,ミュージシャンとしてのキャリアには殆ど差がない。数年間の試行錯誤を経て彼等が辿り着いたロックン・ソウル路線は「リッチ・ガール」の全米No.1で認められはしたものの,デヴィッド・フォスターをプロデューサーに迎えた2作は,通好みの音作りが災いしたのか,決定的なヒットとはならなかった。この時代の2作 "It's a Laugh" "Wait For Me"はようやくTop20入りという成果にとどまったが,前者はウォール・オブ・サウンドを生かしたもので,後者はニュー・ウエイブの影響を彼等なりに昇華した名作であったにも拘らずの結果はレコード会社を落胆させるには十分なものだった。そのことは,当時ダリル・ホールがロバート・フリップと組んだソロアルバム『Sacred Songs』が発売中止(延期)となったことからも分かる。

☆テクノ・ポップがようやく認知され始めた時代にリズムボックスをイントロに用いたのは,新味があった。基本的には "Wait For Me" やそのシングルが収録されたアルバム『X-Stasic』の路線を自然に延長させている。敢えて違いを探すとすれば,彼等自身がプロデュースすることで,より音の輪郭を際立たせたという点にあるかもしれない。ダリル・ホールの歌い方はともすれば一本調子なのだが,キーボードの強いリズム感がそれを補って物語をうまく展開させる効果を持たせている。

☆ ホール&オーツの作品は歌詞も聴かせどころがあり,この作品でもいい隠し味になっている。韻の踏み方も気持ち良い。この作品の成功は,ホール&オーツに足掛け6年の黄金時代をもたらすが,それは彼等二人や彼等を取り巻く女性達のチームワークの良さがもたらしたものであるし,ホール&オーツ流のロックン・ソウルがニューウエイブ以降の第2期ブリティッシュ・インヴェンジョンに対してアメリカン・ロックが用意した答えとなったからだろう。

2010年7月16日
☆ ブレイクすべくしてブレイクした感があるのは「後からの感想」かもしれない。「リッチ・ガール」から「イッツ・ア・ラーフ」「キッス・オン・マイ・リスト」を経る雌伏期を経て時は熟したというべきかもしれない。だって本質は変わってなかったのだから,世間が彼らに追いついたと言うべきかもしれない。

2017年7月7日

Kiss on my list (Daryl Hall / Janna Allen)


My friends wonder why I call you all the time,
友達はみんな不思議がってぼくに尋ねるのさ,どうして君のところにいつも電話してるのかって
What can I say?
何を話してるのか?ってね
I don't feel the need to give such secrets away
ぼくはそれを特に隠し立てするような必要も感じてないんだけれどね
You think maybe I need help though I know I am right, all right
君はたぶん,ぼくは自分が何の問題もないのに誰かの助けが必要だと思ってるんだろうね,うん
I'm just better off not listening to friends advice
ぼくはね,そういう親切な助言を脇に寄せた方がむしろ良いんだと思っているんだけどね

When they insist on knowing my bliss,I tell them this
友達がぼくが夢中になっているものが知りたいと言い募るのなら,こう言うしかないのかな
When they want to know what the reason is
彼らがその理由をどうしても知りたいって言うのなら
I only smile when I lie, then I tell them why
ぼくはうまく誤魔化す時のようにニコッとして,その理由を教えてあげるのさ

Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss is on my list of the best things in life
それは君のキスがぼくのリストのてっぺんに載っているからさ
Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss, your kiss I can't resist
それは君のキス,君のキスをぼくは拒むことができないから
Because your kiss it's what I miss when I turn out the lights
それは君のキス,それこそがこの部屋の明かりを消す時に,無かったらさびしいものだから

I go crazy wondering what there is to really see
ぼくはそれがそこにちゃんとあるかどうかを考えるとたまらない気持ちになってしまう
Did the night just take up your time, cause it means more to me
それが君の時間をただ奪っているだけで,そのことがぼくにとってそれ以上のことを意味していたんじゃないかと
Sometimes I forget what I'm doing, I don't forget what I want, I want
時々ぼくは自分が何をやっているか分からなくなってしまう,ぼくは自分が求めていることを忘れちゃいけないはずなのに,うん
Regret what I've done, regret you? I couldn't go on
自分がやってきたことを後悔する,君のことを後悔するのかって?そんなこと出来やしない

But if you insist on knowing my bliss,I'll tell you this
でもぼくが夢中になっているものが知りたいと君が言い募るのなら,こう言うしかないのかな
If you want to know what the reason is
君がその理由をどうしても知りたいって言うのなら
I only smile when I lie, then I'll tell you why
ぼくはうまく誤魔化す時のようにニコッとして,その理由を教えてあげるのさ

Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss is on my list of the best things in life
それは君のキスがぼくのリストのてっぺんに載っているからさ
Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss, your kiss I can't resist
それは君のキス,君のキスをぼくは拒むことができないから
Because your kiss it's what I miss when I turn out the lights
それは君のキス,それこそがこの部屋の明かりを消す時に,無かったらさびしいものだから

(I really miss you, baby)

Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss is on my list of the best things in life
それは君のキスがぼくのリストのてっぺんに載っているからさ
Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss, your kiss I can't resist
それは君のキス,君のキスをぼくは拒むことができないから
Because your kiss it's what I miss when I turn out the lights
それは君のキス,それこそがこの部屋の明かりを消す時に,無かったらさびしいものだから

Because your kiss, your kiss is on my list
それは君のキス,君のキスがぼくのリストに載っているから
Because your kiss, your kiss I can't resist
それは君のキス,君のキスをぼくは拒むことができないから
Because your kiss is on my list of the best things in life
それは君のキスがぼくのリストのてっぺんに載っているからさ
...

以下Wikipediaからの引用
> Kiss on My List:キッス・オン・マイ・リスト(1981年4月11日付〜4月25日付、3週連続全米No.1、同年年間第7位。様々なコンピレーションCDに収録される際、ラヴソングとして扱われる事が多い。ところが実際はアンチ・ラヴソングである。ダリル・ホール自身、「君のキスは最高に素敵な物の一つとしてリストに載っているけど、唯一無二ではない。そういう歌だからね。みんなは『君を愛している。君がいなければ僕は死んでしまう』という内容の歌だと思っているけど、本当はその正反対なのさ」と語っている。)

最高位(全米以外)
カナダ:7位,全英・全豪:33位

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Four Horsemen(四人の騎士)」 (The Clash 1979年12月14日=アルバムリリース)




Four Horsemen (Joe Strummer / Mick Jones)




Well they we're given the grapes that go ripe in the sun
That loosen the screws at the back of the tongue
But they told no one where they had begun-four horsemen

They were given all the foods of vanity
And all the instant promises of immortality
But they bit the dust screamin' insanity!-four horsemen

One was over the edge, one was over the cliff
One was lickin' em dry with a bloody great spliff
When they picked up the hiker he didn't want the lift
From the horsemen

But you!
You're not searching, are you now?
You're not looking anyhow
You're never gonna ride that lonely mile
Or put yourself up on trial
Oh, you told me how your life was so bad
An' I agree that it does seem sad
But that's the price that you gotta pay
If you're lazing all around all day
Four horsemen coming right through
Four horsemen and they're pissing by you
They make you look like you're wearing a truss
Four horsemen and it's gonna be us

Well they gave us everything for bending the mind
And we cleaned out their pockets and we drank 'em blind
It's a long way to the finish so don't get left behind
By those horsemen

And they gave us the grapes that went ripe in the sun
That loosen the scews at the back of the tongue
But we still told nothing 'bout what was to come
Four horsemen

☆ この曲,キリスト教の知識がなかった頃には,当時このアルバムの解説を書いた女の子と同じで4人=クラッシュ(当時)だと思っていた。

Wikipediaの解説(ヨハネの黙示録の四騎士)

> ヨハネの黙示録の四騎士(ヨハネのもくしろくのよんきし)は、『ヨハネの黙示録』に記される四人の騎士。小羊(キリスト)が解く七つの封印の内、始めの四つの封印が解かれた時に現れるという。四騎士はそれぞれが、地上の四分の一の支配、そして剣と飢饉と死・獣により、地上の人間を殺す権威を与えられているとされる。

> 日本語では「騎士」といわれるが、「馬に乗る者」(英語では「Horseman」)の意訳であり、原典には身分階級としての「騎士」に相当する単語は無い。

☆ だからこの曲の日本語訳で「ん?」と思ったら,このことを思い出して欲しい(笑)。訳詩はしないが,個人的に気になっているのは,この時期のジョー・ストラマーにこうした「終末思想」の影響が感じられることだ。それは,コッポラの映画「地獄の黙示録(Apocalypse Now 1979年8月15日全米公開)」やスリーマイル島原子力発電所事故(1979年3月28日 言うまでもなく,「ロンドン・コーリング」の歌詩「Nuclear error」のこと)や新冷戦(Wikipediaでは1979年-1985年)や反核運動などこの時代の影響が大きいと思う(同じことはXTC「Living through another Cuba」などにも如実に表れている)。またクラッシュ自身で言うと「ロンドン・コーリング」のシングル(1979年12月7日発売)のB面にウイリー・ウイリアムズのレゲエ作品「ハルマゲドン・タイム(Armagideon Time=発音的には "アルマギディオン・タイム" に近い)」をわざわざ収録している事でも分かる。

☆ ポピュラー音楽にはその音楽が成立している「時代」の影響が多かれ少なかれ反映する。ましてやクラッシュのような「政治的なバンド」の場合,それは決定的と言っても良いだろう。政治学者はもちろん文化人類学者も音楽評論家もこんな基本的なことを忘れているから,後からこうして辿って考えてみることも無意味なこととは思えないのである。言うなればポピュラー音楽考古学みたいなものだ(苦笑)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「SWEETEST MUSIC」 (竹内まりや 1980年12月5日)


Miss MMiss M
2,097円
Amazon





初出:2006年3月10日

☆ 別に本人が望んだ訳でもないのに,この時代の女性ニューミュージック歌手のプロフィールインチキに満ちている。今頃思えば常識問題なのだが,15歳前後でデビューするアイドル歌手セールスで張り合うために大卒や短大卒ミュージシャンの年齢一、二歳詐称されていたのがこの時代だった。今更当時の竹内まりやはどうだったかなどと野暮なことはつっつかない(So,don't mess around about that!)。要するに自作自演分だけアイドル歌手より高級だと言わせたかったのである。愚かしさを通り越して可愛い気を感じるが(爆笑)。


☆ もちろん,そういう事務所レコード会社の方針と戦う間に女性ミュージシャン実力をつけるか消耗するかのどちらかになる。どっちかと言えば後者が圧倒的に多い。さえあれば青年向けグラビア雑誌で一皮脱がそうなんてろくでもないこと考えるのが多かったから。しかし,この作品のまりやのように「いい加減にして」を作品主張されると,誰も文句をつけなくなってしまう


☆ アルバムの冒頭がタイトルにした「SWEETEST MUSIC」で,この曲のまりやが一番伊東ゆかりに似ている(声質が同じだというのは当時からまりや本人も認めていた)。それは曲のファンキーな感じが,伊東ゆかりを育てた米軍キャンプでのバタ臭さと思いがけなくシンクロしているからなのだと思う。確かに結婚後の方が寡作かつ佳作が多いとは思うが,歌手:竹内まりやが完全に花開いたのはこの曲のヴォイシングに違いないと思っている。



2017年7月3日追記
☆ という訳で,個人的にはこの曲のまりやが彼女のトータル作品の中で一番格好良いと確信している(最初に聴いてから37年近く経った今でも)。何だかそれだけで終わってしまいそうなので(自爆)もう少し書くよ(苦笑)。

☆ 竹内まりやのWikipediaを見ると,彼女のバタ臭さのルーツは60年代の歌謡ポップスにあることが分かる。伊東ゆかりは確かに60年代にはベタな歌謡曲に転じているが,60年代半ばまで(「人形の家」以前)の弘田三枝子を聞いていたというところは,成るほどと思える。ぼくはピンキー(今陽子)や園まり,小川知子,いしだあゆみ,黛ジュン,ザ・ピーナッツなど綺羅星のような60年代女性歌手のトップはゆかりとミコだと確信しているので(要はあなた,贔屓の引き倒しでしょ^^;),ミコを聞いてゆかりの声質を持つ竹内まりやが好みにならない訳が無いのである(再爆)。

☆ この曲の頃はアイドル的な人気(=売られ方)に彼女自身が嫌気がさし云々というのはWikipediaの解説にあるとおりでご主人との馴れ初めも良く分かる。だからニューミュージックの歌手が全編英語詩の曲をシングルに出すということがどれほど「理解されなかった」かも手に取るようにわかる(日本のショウビズはそれほど狭い世界だったし,本質は今でも変わってない。単にタレントさんの管理(マネジメント)が甘くなっただけである)。それでも「Sweetst Music」のファンキーなまりやは,何処のバブルタレントよりも格好良いのである。



【7月4日追記】
☆ この曲のまりやのヴォーカルは,50~70年代の米国女性歌手の「強いヴォーカル」を強く意識していると思う。50年代以降のポピュラー音楽で,女性ヴォーカルはスキーター・デイヴィスやダイアナ・ロスみたいな例外もあったけれど総じて「強い」。それは例えば70~80年代でもスティーヴィー・ニックスからベリンダ・カーライルに至るヴォーカルラインが象徴していると思う。まりやのヴォイシングは,そういった(彼女が聞き育ってきた)正統的な(ミドル・オブ・ザ・ロード的な)ヴォーカルラインを強く意識しているのだと思う。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

バブルのファッション(第1章)より(その1かな?)




☆ デザイナーズ/キャラクターズの全盛期は確かにバブルと一致する。ディスコの黒服と言えばピンと来る中年以降の御仁も少なくないだろう。しかし〇Ⅰ〇Ⅰや109がせっせとこれらの洋服を売り,村上春樹と安西水丸がその舞台裏を覗いていた頃(興味ある方は『日出る国の工場』(1987年4月1日=現在は新潮文庫収録)を見られたし),世はバブル景気のまだ入り口だった。バブル景気がバブル経済とイコールにならない理由はこの年の10月に「ブラックマンデー」が発生し,一時的に経済危機状況に陥ったからだ。そのためM副総裁が「乾いた薪の上に座っている」と警告してもS総裁は公定歩合を上げることができなかった訳で,後の「鬼平」の危惧どおり経済は暴走を始めていた。だからこの時点ではバブル景気の第一波から第二波に移行する腰折れ期になっていたというのが実情であろう。何かだんだん口調がマーケット・アナリスト(それもエリオット波動の説明)口調になってきた(#^.^#)。

☆ 朝シャンの話が出ているが,バブルのさなかにライオンが「ちゃん リン シャン(by 薬師丸ひろ子)」ことソフトインワンを発売し(1989年3月),朝シャンの時短に貢献したことも忘れ難い(爆)。ところでこのDCブランドに関するこの本の整理はこんな感じだ。

「こうして,1989年になるとDCブランドをさして「定番」という言葉が,よく用いられるようになってくる。(略)」P.28。

☆ ひとことで言えばマンネリブランド化したということだろう。DCも発端は最先端のモードだったが,例えばファイブフォックスなんかを見ても分かるように企業として資本主義のレールの上に乗る以上ブランドのマンネリ化(=ブランド範囲拡大。まず児童向けブランドの創出)は必要なことであり,90年代末の子供服を席巻したナルミヤインターナショナルが彗星になりつつあるのは年齢層を上に拡大することの難しさなのだろうと思う。

☆ それでも(トゥーリアの死亡事故=1988年1月5日)にもかかわらずボディコンはお立ち台に生き延びた。例えばヴェルファーレはバブルの後1994年12月のオープンである。だからワンレングスとセットになったボディコンはバブルどまりだったかもしれないが,年齢層を微妙に下げながら(ギャル文化とシンクロしつつ)ボディコン・ミニスカ・扇子の三点セットはその次の世代までは生き延びたのである。

☆ この本では別のところで触れていたと思うが,「ファッション=お洒落」がドラマから拡散していくのもこの時代だ。CX木曜劇場「抱きしめたい!」(1988年7月7日~9月22日)が火付け役だっただろうと思う。あの頃からのドラマにはクレジットの後の方で「衣装協力」がずらりと並び,これがファッション雑誌の役割を果たしていた。そういうお洒落の「トレンド」はいつの時代にもあるのだけれど,80年代後半からは「マーケット・イン」的なタイアップが主流となる(そこから「スタイリスト」や「ハウスマヌカン」といった職業が認知されるようになる)。タイアップの全盛時代(特にポピュラー音楽で)はバブル崩壊後の90年代前半だが,この時代にその素地ができた。つまり強い購買力を持ったF1F2層が消費をリードし始めたのである。

Never Gonna Give You Up (Rick Astley 1987年6月1日)
(Mike Stock, Matt Aitken, and Pete Waterman)





☆ 前回のバナナラマほどじゃないが,バブルと言うとストック/エイトキン/ウォーターマンが思い浮かぶ。リック・アストレーは顔と声が微妙にアンマッチな気がするが,まあどうでもいいか(笑)。トレヴァー・ホーンのZTTからこのチームを経てユーロビートに行ったという路程があり,その間ボディコンは不滅だった(と思うので,ぼくは著者とは少し考えが違うんだな)。
【2017.07.02 補遺】リック・アストレーの声を改めて聴いていて,彼が座った場所にはトニー・ハドレー(スパンダー・バレエ)がいたのかなと思った。確かにこの時期にスパンダー・バレエはセールスを落として所属レコード会社(クリサリス)と揉めることになる。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

«  | HOME |  »

プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング

FC2ブログランキング

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

最近のエントリ

最近のトラックバック