2017-06

「10カラット・ラブ」 (松原みき 1981年4月21日=アルバムリリース)


-CUPID--CUPID-
2,571円
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☆ 『―Cupid―』は,松原みきを「ニュー・ミュージック」からどうやって離陸させるかという1980~81年にはいささか難問だった問題に対する回答としてのアルバムだった。この当時,こんなアプローチで先行していたのはジャズ畑の笠井紀美子くらいだったのではないか。どちらも答えは「フュージョン」だったわけだが,その時点で10年のキャリアがあり,押しも押されぬ日本の代表的女性ジャズシンガーのひとりだった笠井がハービー・ハンコックの元に飛び込んでむしろ引っ掻き回すほどの活躍を見せた(アルバム『バタフライ(with ハービー・ハンコック)』1979年)のに対し,足掛け3年目の松原は物怖じせずに西海岸のフュージョン・グループDr.STRUTと渡りあっている。この辺はソロデビュー盤の半分をシカゴで録った1976年の山下達郎に相通ずる部分をも感じてしまう。

「10カラット・ラブ」 (作詩:三浦徳子 / 作曲:亀井登志夫 / 編曲:大村雅朗)



☆ 一聴すれば解るが,これはファンク・ジャズ・ヴォーカルである。それも,もの凄くファンキーでソウルフルなヴォーカルをぶつけている。さっきの笠井紀美子との類比で言えば,笠井がハービー・ハンコックの音を再度バラバラにして自分の音を再構築してみせたのに対して,松原は物怖じすることなく堂々とファンキーなフュージョン・サウンドと互角に渡り合っている。この時点で松原みきは軽々と「ニュー・ミュージック」の壁を飛び越えているのだが,残念なことにこの「音」は当時の「ニュー・ミュージック」のシーンには数年分早過ぎた。好きじゃない言い方だがアーティスティックであり過ぎたのだと思う。それはいささか前衛風のアルバム・ジャケットやら同世代の女流作詩家達と張り合う中で,やや先鋭化してしまった三浦徳子の詩とも相まって,アイドルに近い「王道」を彼女に望んでいた時代のニーズとの「ずれ」を逆に見せてしまったのかもしれない。

PERSONEL
Dr.STRUT David Woodford (sax.)
Claude Pepper (drums)
Peter Freinberger (bass)
Tim Weston (guitar)
Kevin Bassinson (keyboards)
Everett Bryson (percussion)

数原晋 (trumpet), 岸義和 (trumpet), 小林正弘 (trumpet), 新井英治 (trombone), 中沢忠孝 (trombone), 井口秀夫 (trombone), 杉本勝行 (trombone), 向井滋春 (trombone solo)



This column is dedicated to Mr. Tencarara (Author of 永遠の歌姫~松原みきを想う~テンキャララの後悔日誌)
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「知識」 (吉田拓郎 1974年12月10日=アルバムリリース 廃盤 )




☆ 『今はまだ人生を語らず』が再発できない理由は,A1「ペニーレーンでバーボン」の3番に「つんぼ桟敷」という言葉があるからだということになっている。ぼくはそこだけではないと思っている。同じような理由でオミットされていた井上陽水「自己嫌悪」(アルバム『氷の世界』収録)が復活しているからだ。本当に再発できない理由は,この歌詩の流れにある

テレビは一体誰のためのもの
見ている者はいつもつんぼ桟敷
気持ちの悪い政治家どもが
勝手なことばかり言い合って


ここなんだと思う。90年頃にいちばん力のあった誰だとは言わないが(爆),気持ちの悪い奴らが言いがかりをつけているというのがおそらく真相だろう。これに唯々諾々と従っているような会社だから今の為体(ていたらく)なのかもしれないが。

知識 (作詩・作曲:吉田拓郎)



☆ たくろうの「知識」で揶揄されているのは,近年見事にフェイド・アウトした「パイプのおっさん」だろうと想像はつくが(爆),むしろ彼のように引き際を弁(わきま)えた大人から遥か遠く離れた似非知識人たちがデヴィッド・バーンがそのバンド名で予言した通りトーキング・ヘッズ(もとい「コメンテーター(ズ)」)として,一日中液晶やらプラズマやら有機ELやらの画面を占領している事実ではないかと思う。

☆ 日本語は呼吸をするたびに劣化しているような気がする。粉飾決算を不適切会計と言い,ポルノスターを艶系女優と呼び,泣きべそを号泣と喚(わめ)き,苦言を激怒と盛る。バカじゃないかと思う。本当に拓郎が歌うように

理屈ばかりをぶら下げて
首が飛んでも血も出まい

こんな日本に誰がした。。。

我々がしたのである。





☆ この記事はもう少し前に用意していたのですが,事情により少し遅れて出すことになりました。

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「雨に微笑みを(Laughter In The Rain)」 (ニール・セダカ 1974年10月)


Sedaka's BackSedaka's Back
(1998/07/14)
Neil Sedaka

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初出:2012年3月7日
☆ ニール・セダカは1939年3月13日生まれなので間もなく73歳の誕生日を迎える(記事掲載時=2012年3月)。彼がシンガー・ソングライター(当時はそんな言い方は無かったが)として最初に活躍したのは1950年代末から60年代前半。最初の全米No.1ヒット「Breaking Up Is Hard To Do(悲しき慕情)」は1961年のこと。ちなみに「恋の片道切符」は彼の作品でなく日本でのみ大ヒットした。平尾昌章(昌晃)がカヴァーしてヒットした(日劇ロカビリー黄金時代)が,平尾昌晃とニール・セダカは何となくイメージ的に繋がりが良い。

☆ アメリカン・ポップスの黄金時代が暗転するのは,ロカビリーや初期のロックンロールが,ビーチ・ボーイズなどのガレージ・サウンドを経て(というより,ほぼ同時に)ブリティッシュ・インヴェンジョンを受けてのことだろう。50年代末のヒーローが「イエスタデイズ・ヒーロー」になっていくのは一瞬といえる時間だった。

☆ それから10年近い不遇の時を経て,ソングライターの後輩でもあるエルトン・ジョンの全面的助力と支援を得たとはいえ,1970年代を代表するソフト・ロックの代表作品を引っ提げて「セダカの復活(Sedaka's Back)」が成功した。ちょうど同じ時期にポール・アンカもヒットを飛ばしており,ヒットのサイクルというのはこういう時代には残っていたのかもしれない。

☆ 「雨に微笑みを」は自らの不遇の時代のことを歌った作品であるそうだが,背景を別にしても「3分間の芸術」というポピュラー・ソングの真髄に触れた作品であることは間違いない。

2017年6月26日付記



☆ この歌詩は恋人(パートナー)と一緒のところを歌った歌詩だけど,もう少し捻って自分の幼い娘に置き換えても外れないような気がする(ニール・セダカにはお嬢さんがいたと思うが,この曲のヒットしている時期には子供ではなかった)。窯変訳詩なんて気取っているがこんなふうに訳してみた(汗)。

Laughter in the Rain (Neil Sedaka / Phil Cody)



Strolling along country roads with my baby
幼い娘と一緒に田舎道を散歩していた
It starts to rain, it begins to pour
急に雨が降り出して,見る間に土砂降りになってしまった。
Without an umbrella we're soaked to the skin
傘の準備なんかしてなかったから,ぼく達はすっかりびしょ濡れになって
I feel a shiver run up my spine
背筋がゾッとするほどの寒気を感じていた
I feel the warmth of her hand in mine
その時ぼくは,娘が繋ぐ手の温かみが身に沁みたんだ

Oh, I hear laughter in the rain,
ああ,ぼく達は降りしきる雨の中で思わず声を上げて笑い出すしかなかった
Walking hand in hand with the one I love
愛しい我が娘と手を繋いで歩きながら
Oh, how I love the rainy days
うん,こんな雨の日だったらどれほど愛しく思えるだろう
And the happy way I feel inside
ぼくはなぜだか心の中が幸せで暖かくなるのを感じていたんだ

After a while we run under a tree
それから少し歩いたぼく達は,近くの大きな樹の下で雨宿りをした
I turn to her and she kisses me
ぼくは彼女の方を振り向き,彼女はぼくの頬にくちづけた
There with the beat of the rain on the leaves
その間じゅう,雨粒が木の葉を激しく叩いていたけど
Softly she breathes and I close my eyes
彼女の穏やかな息遣いを聞きながら,僕は自分の目をそっと閉じたんだ
Sharing our love under stormy skies
こんなに激しい嵐の中で,ぼく達は愛しい気持ちを分かち合っていたのさ

Oh, I hear laughter in the rain,
ああ,ぼく達は降りしきる雨の中で思わず声を上げて笑い出すしかなかった
Walking hand in hand with the one I love
愛しい我が娘と手を繋いで歩きながら
Oh, how I love the rainy days
うん,こんな雨の日だったらどれほど愛しく思えるだろう
And the happy way I feel inside
ぼくはなぜだか心の中が幸せで暖かくなるのを感じていたんだ

I feel the warmth of her hand in mine
ぼくは,彼女の手の温もりを心の中に感じていたんだ

Oh, I hear laughter in the rain,
ああ,ぼく達は降りしきる雨の中で思わず声を上げて笑い出すしかなかった
Walking hand in hand with the one I love
愛しい我が娘と手を繋いで歩きながら
Oh, how I love the rainy days
うん,こんな雨の日だったらどれほど愛しく思えるだろう
And the happy way I feel inside
ぼくはなぜだか心の中が幸せで暖かくなるのを感じていたんだ

Repeat and Fade

☆ この曲は1962年の「Breaking Up Is Hard TO Do(悲しき慕情)」以来の全米No.1となった。ブリティッシュ・インヴェンジョンに吹き飛ばされた前世代のシンガー・ソングライターという烙印を押された彼は63年以降トップ40からも見放されていた。その彼に手を差し伸べたのは70年代を代表するシンガー・ソングライターだったエルトン・ジョンだった。

☆ この訳詩は(ぼくの訳詩らしきものは大抵そうなのだが),敢えてブロークンに訳している。例えば「I hear laughter in the rain」は自分ひとりが聞いたのではなく,二人(恋人同士でも,あるいはこの訳のように親子でも)が思わず笑いだしたからその笑い声が聞こえたというニュアンスで訳している。この曲のエピソードと実際の歌詩(Wikipedia英語版に解説がある)とは実はかなり距離があるのだが(作詩をしたPhil Codyは大麻煙草を燻らせながら僅か5分でこの歌詩を書いているそうだ!),それでもそのエピソードの心象風景に沿った歌詩に訳している。


YouTubeは74年のオリジナル・シングルに83年のテレビ画面を上手くフィットさせていて合わせ技一本のような優れものだと思う(^o^)

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顔周辺からスタートする




☆ バブルって現象を取り上げる時に,ここまでさんざ書いてきたことは一つ一つがバブルのバックグラウンドや基礎になっているということ。第一回の時にサヨクさんさながらに「上部構造」なんて調子こいてしまったが,そういうものはあらゆる時代のあらゆる「文化」に共通するものだ。要はその時代の為政者の許容する範囲を見るには,その時代の風俗を見れば分かる(ところもある)。70年代の為政者は60年代末の混乱状況を鑑み「どの部分を緩め,どの部分を引き締めるか」を考えた。女性解放運動や反公害運動,消費者運動,この辺りは過激化しなければ基本的に放置した。フリーセックスはある程度監視した(一連のわいせつ裁判に繋がる)。公安系は引き続き強く引き締めた。それでも一部の労働運動や三里塚闘争のような国家権力対新左翼的な闘争はまだ残っていた(そうだよね,パンタ)。

☆ バブルが生まれる部分は当然この「緩んだ部分」になる。封建時代的に表現すれば「お上のお目こぼし」って奴だろう。それは髪型から始まる。人間が主張するものと言えば顔,服装,発言,行動だ。70年代は60年代後半のヒッピー文化の影響が少しずつ薄れていく過程だった。まず制約が少ない学生(殆どが大学生)周辺からそれは広がる。山下達郎が昔話していたが,長髪でJB(ジェームズ・ブラウン)のコンサートを見に行ったら周囲にいたリーゼントの兄ちゃん達から髪の毛を引っ張られた(=長髪野郎がこんなところに来るなという意味)。ここでは髪の毛の長さがほとんどイデオロギーと化している(爆)が,70年代初頭はまだそういうナイフみたいな雰囲気が残っていた。これもこの年代を降りるにつれて緩み出すのである。

☆ バブルを象徴する女の子のイメージは「ワンレングスの髪を靡かせてボディ・コンシャスな服を身に纏っている」。むかしF1の実況を始めた頃の古舘伊知郎がある日本の(バブル的な)資本が入ったチーム(そこには後年のF1に多大な影響を与えたデザイナーがいて空力を重視したデザインを設計していた)を「走るワンレン・ボディコン」と称していたが(再爆),こういうことである。しかし,個人的な見解だがワンレングス+ボディコンの聖地はむしろ関西だったと思う。特に大阪の女の子には「長い黒髪+ウエストを引き絞って太いベルトをなぜかそこに沿える」という勝利の方程式があって,レイヤーやソバージュが一定の支持を得ていた東京の女の子とはそれなりに違うのではないかとも思うのである。

☆ そう言えばメイクも70年代初頭はまだサイケっぽいというか派手目(字の如く睫毛やアイシャドウがことごとく派手。特にブルー系が優勢だったが,パンクロック以降はニナ・ヘイゲンみたいな黒メイクも一定の支持を得ていた)だったのが,どこかのレナウンではないがシンプルライフな揺り戻しと共にナチュラルメイクに変わって行き,「派手メイク=お水」という図式が何となく出来あがっていった気がする。

☆ でもまあ,これはバブル時代に現場にいた人々のコスチューム(を形成する顔周辺)に過ぎず,確かにバブルの要素ではあるが,バブルの本質にはまだ距離があるとしか言えないのである。

I Heard a Rumour (Bananarama 1987年6月29日)




☆ 素敵なほどしょうもなさすぎるバナナラマ!

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「As(永遠の誓い)」 (Stevie Wonder 1977年10月)




初出:2007年10月21日
As (Stevie Wonder)


As around the sun the earth knows she's revolving
太陽の周りを地球が回っていることを知っているように
And the rosebuds know to bloom in early May
そして,5月になれば薔薇の蕾がだんだん開いていくことを知っているように
Just as hate knows love's the cure
ちょうど憎しみを癒すものが愛であることを知っているように
You can rest your mind assure
あなたはその心を休めることができるだろう
That I'll be loving you always
わたしがあなたをいつも愛し続けているから

As now can't reveal the mystery of tomorrow
今日が未知なる明日の不思議を示すことができないように
But in passing will grow older every day
それなのに過ぎ行く毎日の中で私たちが年老いていくように
Just as all is born is new
ちょうど全てのものが新しく生まれ変われるように
Do know what I say is true
私が言うことの正しさがわかってもらえるでしょうか
That I'll be loving you always
わたしはあなたをいつも愛し続けているのです

Until the rainbow burns the stars out in the sky---ALWAYS
虹が空を突き抜けて星のあいだに燃えながら架かっていったとしても---いつでも
Until the ocean covers every mountain high---ALWAYS
海がすべての山を覆い尽くすまで高くなったとしても---変わることなく
Until the dolphin flies and parrots live at sea---ALWAYS
イルカが空を飛び,オウムが海に住むようになったとしても---いつのときも
Until we dream of life and life becomes a dream
私たちが夢見ているものが,実現されないただの夢になってしまったとしても

Did you know that true love asks for nothing
真実の愛が誰のもとにも訪れなかったことを知っていたろうか
Her acceptance is the way we pay
愛は私たちがそれに費やしたようにしか受け入れてくれないのに
Did you know that life has given love a guarantee
あなたは私たちの暮らしが愛を得ることによって
To last through forever and another day
いつの日までも続くことを保証していたことを知っていただろうか

Just as time knew to move on since the beginning
時間というものがその始まりからずっと動き続けているように
And the seasons know exactly when to change
そして季節が移るべき時期を得て移り変わっていくように
Just as kindness knows no shame
親切な行ないは何も恥ずかしいことではないように
Know through all your joy and pain
たとえあなたがあらゆる楽しみも痛みも経てきたとしても
That I'll be loving you always
わたしはあなたをいつも愛し続けているのでしょう

As today I know I'm living but tomorrow
今日を生きている私が,明日になってしまえば
Could make me the past but that I mustn't fear
過去のものになってしまったとしても,私は恐れてはならないのです
For I'll know deep in my mind
たとえわたしの心の奥底で
The love of me I've left behind
愛するものから離れていくことになるとしても
Cause I'll be loving you always
わたしはあなたをいつも愛し続けているのでしょう

Until the day is night and night becomes the day---ALWAYS
昼と夜がさかしまになったとしても---いつでも
Until the trees and seas just up and fly away---ALWAYS
樹や海が飛び上がって去っていったとしても---変わることなく
Until the day that 8x8x8 is 4---ALWAYS
8の3乗が4になってしまったとしても---いつでも
Until the day that is the day that are no more
この世のお終いの日が来たとしても

Did you know that you're loved by somebody?
あなたは誰かに愛されているということを知っていただろうか?
Until the day the earth starts turning right to left---ALWAYS
たとえ地球の自転が逆さまになったとしても---いつでも
Until the earth just for the sun denies itself
たとえ太陽がそのことを拒否したとしても
I'll be loving you forever
私はあなたを永遠に愛し続けるでしょう
Until dear Mother Nature says her work is through---ALWAYS
敬愛する母なる自然が,その使命は終わったと語ったとしても---いつでも
Until the day that you are me and I am you---AL~~~~~~WA~~~~~~~AA~~~~~~~AA~~~~
あなたがわたしで,わたしがあなたになってしまったとしても
Until the rainbow burns the stars out in the sky~~~~~AA~~~~~~~~AA~~~~~~~
AA~~~~~~~~~AA~~~~~~~YS~~ALWAYS
虹が空を突き抜けて星のあいだに燃えながら架かっていったとしても---いつでも

We all know sometimes lifes hates and troubles
われわれは皆,知っている。人生には憎しみと困難に満ちており
Can make you wish you were born in another time and space
そのゆえにあなた達が別の時代に別の場所に生まれればよかったと願っていることを
But you can bet you life times that and twice its double
でもあなた達はあなたの人生を二度賭けることができたとしても
That God knew exactly where he wanted you to be placed
神は二度とも,神がそこにあるべきと考える場所にあなたを 置いていくだろう
so make sure when you say you're in it but not of it
だからあなたが生きている場所がここであろうとなかろうと,はっきりさせなければならない
You're not helping to make this earth a place sometimes called Hell
あなたはこの地球を時に地獄と呼ばれる場所にする手助けをしてはならない
Change your words into truths and then change that truth into love
真実の言葉を知り,あなたの言葉をそれに置き換え,真実の愛がこもった言葉にしなければ
And maybe our children's grandchildren
そしてわたしたちの子供たちのそのこどもたちのこどもたちや
And their great-great grandchildren will tell
もっともっと先に生まれてくる子供たちにも同じ言葉が伝わりますように
I'll be loving you
そのようにわたしはあなたを愛していくでしょう

Until the rainbow burns the stars out in the sky--Loving you
虹が空を突き抜けて星のあいだに燃えながら架かっていったとしても---あなたを愛している
Until the ocean covers every mountain high--Loving you
海がすべての山を覆い尽くすまで高くなったとしても---あなたを愛している
Until the dolphin flies and parrots live at sea--Loving you
イルカが空を飛び,オウムが海に住むようになったとしても---あなたを愛している
Until we dream of life and life becomes a dream--Be loving you
私たちが夢見ているものが,実現されないただの夢になってしまったとしても---あなたを愛している
Until the day is night and night becomes the day--Loving you
昼と夜がさかしまになったとしても--あなたを愛している
Until the trees and seas up, up and fly away--Loving you
樹や海が高く,高く飛び上がって去っていったとしても--あなたを愛している
Until the day that 8x8x8x8 is 4--Loving you
8の4乗が4になってしまう日があったとしても--あなたを愛している
Until the day that is the day that are no more--Loving you
この世のお終いの日が来たとしても--あなたを愛している
Until the day the earth starts turning right to left--Be loving you
たとえ地球の自転が逆さまになったとしても--あなたを愛している
Until the earth just for the sun denies itself--Loving you
たとえ太陽がそのことを拒否したとしても--あなたを愛している
Until dear Mother Nature says her work is through--Loving you
敬愛する母なる自然が,その使命は終わったと語ったとしても--あなたを愛している
Until the day that you are me and I am you--
あなたがわたしで,わたしがあなたになってしまったとしても
Now ain't that loving you
それでもあなたを愛し続けるでしょう
Until the rainbow burns the stars out in the sky
虹が空を突き抜けて星のあいだに燃えながら架かっていったとしても
Ain't that loving you
それでもあなたを愛し続けるでしょう
Until the ocean covers every mountain high
海がすべての山を覆い尽くすまで高くなったとしても
And I've got to say always
それでもわたしはいつも口ずさむでしょう

Until the dolphin flies and parrots live at sea~~AL~~~WA~~~AYS
イルカが空を飛び,オウムが海に住むようになったとしても---いつの日でも
Until we dream of life and life becomes a dream-Um AL~~WA~~AYS
私たちが夢見ているものが,実現されないただの夢になってしまったとしても---いつの日でも
Until the day is night and night becomes the day-AL~~~~WA~~AYS
昼と夜がさかしまになったとしても--いつの日でも
Until the trees and seas just up and fly away-AL~~WA~~~AA~~~~~
樹や海が飛び上がって去っていったとしても--いつの日でも
Until the day that 8x8x8 is 4~~~~~AA~~~~~~~AA~~~~~~~AA
8の3乗が4になってしまう日があったとしても--いつの日でも
Until the day that is the day that are no more-AA~~~~AA~~AA~~~AYS
この世のお終いの日が来たとしても--いつの日でも
Until the day the earth starts turning right to left-AL~~~WA~~~A~~~AA
たとえ地球の自転が逆さまになったとしても--いつも
Until the earth just for the sun denies itself-~~AA~~~AA~~~AA~~~AYS
たとえ太陽がそのことを拒否したとしても--いつの日でも
Until dear Mother Nature says her work is through-AL~~~WAYS
敬愛する母なる自然が,その使命は終わったと語ったとしても--いつの日でも
Until the day that you are me and I am you
あなたがわたしで,わたしがあなたになってしまったとしても
Until the rainbow burns the stars out in the sky
虹が空を突き抜けて星のあいだに燃えながら架かっていったとしても
Until the ocean covers every mountain high
海がすべての山を覆い尽くすまで高くなったとしても
Until the dolphin flies and parrots live at sea
イルカが空を飛び,オウムが海に住むようになったとしても
Until we dream of life and life becomes a dream
私たちが夢見ているものが,実現されないただの夢になってしまったとしても
Until the day is night and night becomes the day
昼と夜がさかしまになったとしても
Until the trees and seas just up and fly away
樹や海が飛び上がって去っていったとしても
Until the day that 8x8x8 is 4
8の3乗が4になってしまう日があったとしても
Until the day that is the day that are no more
この世のお終いの日が来たとしても
Until the day the earth starts turning right to left
たとえ地球の自転が逆さまになったとしても
Until the earth just for the sun denies itself
たとえ太陽がそのことを拒否したとしても
Until dear Mother Nature says her work is through
敬愛する母なる自然が,その使命は終わったと語ったとしても
Until the day that you are me and I am you
あなたがわたしで,わたしがあなたになってしまったとしても...



☆ きょうは違う内容を用意していたのですが,あるニュースを聞いて急遽差し替えを決めました。

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「Talking in Your Sleep」 (The Romantics 1983年9月)


In HeatIn Heat
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☆ ザ・ロマンティックスはデトロイト出身のバンドで結成は1977年,同年にデビューシングルが出て,アルバムデビューは80年。このアルバムは全米最高位61位とまずまずの成果を挙げたが続くアルバムは不発。めげずにバンドは1983年に9月にアルバム『In Heat』とシングル「Talking in Your Sleep」を発表。シングルは当初は動きがなかったものの,MTVが効果を示し始めたこの年の暮れからチャートを上昇,ダンスチャートで首位に立ち,最後はビルボードHot100最高位3位(ビルボード。キャッシュボックスは4位)の大ヒットとなった。その他の国ではカナダ1位,スウェーデン5位など英国を除く広い地域でヒットし,英国ではバックス・フィズがカヴァーした盤が15位のヒットとなっている。オリジナル盤が出なかったのは,おそらく原盤権を獲得するディストリビューターがいなかったからだろうと思われる。この後ヒットには恵まれなかったが,バンド自体はメンバーを変えながら活動を継続している

Talking in Your Sleep (Canler, Skill, Palmar, Solley, Marinos)


When you close your eyes and you go to sleep
おまえは瞳を閉じて眠りに就く
And it's down to the sound of a heartbeat
そしてそれはお前の鼓動の中に降りていく
I can hear the things that you're dreaming about
ぼくにはおまえが夢見たことが聴こえる
When you open up your heart and the truth comes out
おまえが閉ざした心を解き放つとき,ほんとうのおまえが現れる

You tell me that you want me
おまえはぼくに何を望んでいるのか話すだろう
You tell me that you need me
おまえはぼくの何が必要なのか話すだろう
You tell me that you love me
おまえはぼくのことをすきだと話すだろう
And I know that I'm right
そしてぼくには分かる。ぼくは全然構わないのだと
'Cause I hear it in the night
だってぼくはその全てを昨夜のうちに聴いてしまっているから

I hear the secrets that you keep
ぼくにはおまえが隠している秘密が聴こえる
When you're talking in your sleep
その眠りの中でお前が話していることが
(Repeat)

When I hold you in my arms at night
夜になるとおまえはぼくの腕に抱かれる
Don't you know you're sleeping in the spotlight
おまえは知らないのだろう。その眠りがスポットライトの中にあることを
And all your dreams that you keep inside
そしておまえがひた隠しにするあらゆる夢の中に
You're telling me the secrets that you just can't hide
おまえはもはや隠しえない秘密をぼくに話すことになる

You tell me that you want me
You tell me that you need me
You tell me that you love me
And I know that I'm right
'Cause I hear it in the night

I hear the secrets that you keep
When you're talking in your sleep
(Repeat 3Times)

When you close your eyes and you fall asleep
おまえが瞳を閉じてすっかり眠りの中に入っている時にも
Everything about you is a mystery
おまえにまつわる全ては,ぼくにとっての謎だから

You tell me that you want me
You tell me that you need me
You tell me that you love me
And I know that I'm right
'Cause I hear it in the night

I hear the secrets that you keep
When you're talking in your sleep
(Repeat 4Times)
I hear the secrets that you keep...
(Fade)

☆ あまり関係ない話かもしれないが(謎),寝言であらぬ人の名前が出てきたりすると,あとで困ったことになりますね(爆)。この曲から連想されるのはローラ・ブラニガンの「セルフ・コントロール」。テーマが微妙に被っていることや,それなりに刺激のあるMVも共通している気がする。



そう言えば,このYouTubeのコメント欄が髪型のことで盛り上がっているが(爆),こういう髪型は80年前後のネオ・ロカビリー(ストレイ・キャッツなどを筆頭とする)の頃からかなり見られた(日本だったら横浜銀蝿だな)。こうした「盛った髪型」はパンク/ニューウエイブ期の流行のひとつで,例えばちょっと前にYouTubeだけ紹介したエイミー・マンがティル・テューズデイでデビューした頃の髪型なんかでもYouTubeのコメント欄は専ら若いリスナー間で結構な論議になっていた(爆)。

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「ロング・トレイン・ランニン(Long Train Runnin')」 (The Doobie Brothers 1973年)




Long Train Runnin' (Tom Johnston)



☆ この曲の疾走感が良いのか,時々クルマのCMに使われている。いま(2017年)はスバルのレヴォーグのCMにギラ・ジルカという人のカヴァーが使われているが,ドゥービーズのオリジナルは90年代にトヨタがチェイサー(X90系)などの宣伝に使っていた(1994年10月25日CDシングル発売)。この車のコマーシャルはWBSかどこかで見たのだが,いかにも夜のCMに相応しい感じのフィルムだった記憶がある。

☆ Wikipediaの解説によると,トム・ジョンストンは最初この曲を気に入っておらずインスト曲として使おうと考えていた(確かにこの曲が収められた『キャプテン・アンド・ミー』にはインタールード風のインスト曲が1曲入っている)。ジョンストンを説得したのはプロデューサーのテッド・テンプルマンでジョンストンは詩を加えアルバムからのファースト・シングルとして発売,全米最高位8位となるヒット曲になった。

☆ 途中のいかにもブルーズ然としたハーモニカはジョンストン。曲全体の疾走感の中にこの間奏が入っていることでドゥービーズのバックボーンがロックンロールのバックボーンであるブルーズにあることを示している。「豪快」という言葉は,70年代中期のこのバンドを象徴するイメージであるが黒人音楽をベースにしたマルチ・リズムに特色を持つこのバンドの本質は時期によりテイストがどう変わろうとも一貫していた。このことだけは強調しておきたい。

1982年の「フェアウエル・ツアー」のライブ



☆ ドゥービーズの歴史を見ると,ジョンストンが抜けてマクドナルドがリードした時期に一度「お終い」にして(このツアーの通り1982年)それから6年ほど経ってジョンストンが戻ってきて再起動(再結成というよりリブートでしょ,このバンドは^^)して,さらに紆余曲折を経ることになる。その辺がどこかのバンドとはかなり違うのだが,その「二つの話題」にはもう触れたくない。

PERSONEL(YouTube投稿者WestLAGuy氏のNoteによる)
Here's another track from the live Doobie Brothers concert in 1982 at Santa Barbara, part of their Farewell Tour. This time it's Cornelius Bumpus handling the lead vocal. Super rhythm section of Bobby La Kind on congas and bongos, Chet McCracken timbales and Keith Knudsen on drums; the soaring guitar playing of Patrick Simmons and John McFee. Wow !

☆ コーネリアス・バンパスがジョンストンの代役をしっかり決めて(ブルースハープの代わりにサックスを吹く八面六臂と言って良いだろう)このバンドの陽性な部分が伝わってくる。音楽はこうでなくちゃと思う(o‘∀‘o)*:◦♪。

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Clock of the Heart(四の舞...いつまでやっとるんかい!)




☆ 著者によるとこの本が解説したいことは「バブル期に,その震源地たる東京で,何が起こっていたか。人々はどんな気分で,何を考え,何をして暮らしていたのか」だそうだ(まえがき P.3)。方法論としては間違っていないと思うのだが,個人的にバブルが最初に発生した場所は東京ではなく大阪だと思っている。その結末は「イトマン事件」として世に知られることになるが,この大阪の雰囲気(東京がなんぼのもんじゃい⇒東京に攻め上る=典型例は広域暴力団を含むバブル紳士及び吉本の芸人軍団)が東京に伝染していき,東京で元々発生していたマーケティング優先,感性指向,軽薄短小,ハイテク,政治力学,ニューアカ(デミズム)とニューエイジ(新・新興宗教ブーム)により増幅されたもの,それが東京バブルだったのではないか。

☆ バブルの宗教はいまだ有力な「拝金教」である。拝金教と新自由主義は名の如く「コインの表裏」だったし,1:99(ウォール・ストリートを占拠せよ運動)やトマ・ピケティや左派系政治家のミニブームでも分かるように今でもそうである。つまりバブルの本質部分は破裂を乗り越えてのうのうと生き延びているのが実態で,そこから見ればバブルなど単なる徒(あだ)花でしかないのもまた明白である。そういうしたたかな前提に立てば,新自由主義の何処がここまで膨れて破裂したのかを政治経済学的に検証する価値は確かにあると思う。でもそれはこの本の目的ではない。この本には考現学のアプローチでこの時期(時代とも言いにくい)を探りたいという思いがあるようで,それはアカデミズムではないが少なくともその礎石にはなり得ると思う。

Time(Clock Of The Heart) (Culture Club 1982年11月19日)



☆ ところで「いつまで総論のところで止まっているのか(怒られる前にギャラリー全員の立ち去る靴音が聞こえるので^^;)」,ということで次回からは少し各論に入ろうと思います。


☆ ダイヴァーシティなきょう日から見るとトム・ロビンソンが異議申し立てをしていた1978年とジョージ・オ’ダウド(ボーイ・ジョージ)が登場した82年ではかなり様相が違っていた。間にイアン・デューリーの「ヒット・ミー」だとかダイアー・ストレイツの「Les Boys(アルバム『メイキング・ムービーズ』収録)」などを挟んだからかもしれない。それでも彼の名を全米に広めた「Do You Really Hurt Me(君は完璧さ)」のMVは異化がテーマだったが。

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うたかた(三の舞)





☆ アルビン・トフラーの描いた「プロシューマー」は,様々なヴァリエイションを生むことになる。その一つは数年前に持て囃された「ノマド」だし形を変えればベンチャー企業家だってそうかもしれない。知的生産に絞り込めばアイフォーンのアップルのように生産せずに製品を企画する生き方などプロシューマー的生き方かもしれない。でも「究極のプロシューマー」は内田樹などが嘆息する「消費しか知らない若者」ということになるし,そういう人達にちゃっかり商売をしようとすればホイチョイ・プロダクション(ズ)のような生き方がそうかもしれない。


☆ バブルに向かう時代の空気の一つに「ニュー・アカデミズム」があった。しかし,70年代から「ニュー何とか」という言葉がどれだけ使い捨てされたことだろう。「ニュー・ファミリー」然り「ニューミュージック」然り。


☆ 1970年代くらいまでの「戯画」で「変わり者」は哲学書(なぜかジャン=ポール・サルトルの名前だけ書いてあったりする)を手に小難しいことを話すのがステロタイプ(ステレオタイプ)だった。80年代に哲学はどこかに行ってしまう(そんなことはないことは2000年代の中島義道などを見れば分かるけど)。その代りにニュー・アカデミズムが風の又三郎のようにやって来て,すぐにニュー・エイジに入れ替わった(歌舞伎みたいに)。


☆ その時代の「動力」となったキーワードが「感性」である。今ごろこの言葉を使えば一笑に付されるだろうが,マッキンゼーやボストン・コンサルティング・グループにフィーが払えない連中は仕方がないので代用していた。哲学の後退と感性の興隆は,元々軽佻浮薄を促進しつつあった世相を強力に後押ししたと思う。後者の目から見て前者は嘘っぽく見えたか「ダサい(この時代に起源をもつ言葉でもある)」。もっと世の中は軽やかに乗り越えられる筈だという根拠のない自信が出来上がりつつあった。それは今だったら「レジリエンス」と呼ばれる「たおやかさ」には進まず,むしろとんねるずの素人芸のような勢いとしたたかさに進んでいく。

☆ 山本七平ではないが,日本という国は「空気」のあり方がそのまま時代を作ってきた印象がある。必ずしもそれは日本人に普遍化させられないことだと橘玲は言うが,バブルからその破裂までの日本と今の日本とを見て共通するものを考えた場合,ぼくには前者に軍配を上げざるを得ないのだ。

You Spin Me Round (Like a Record) (Dead or Alive 1984年11月5日)





R.I.P. Peter Jozzeppi "Pete" Burns(5 August 1959 – 23 October 2016)

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借景から始まる


FIGHT OR FLIGHTFIGHT OR FLIGHT
1,572円
Amazon



TWO PUNKS (作詩・作曲 / 森山達也)
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E04193


☆ 明治維新がもたらしたものは日本の西洋化(西欧化)だった。それはキャッチアップ型資本主義のプロトタイプとなった世界で数少ない成功例だった(その最大の理由は非西欧人が助力を受けながらも最終的には独力でやり遂げたから)。このプロトタイプは例えば民族自決が当然のものとして語られるようになった1960年代に「開発独裁」という形でアジアの非共産主義国家(非共というより反共と言うべきであろうが)に引き継がれ,矛盾を抱えながら20世紀後半に多くの成功例を生み出すことになる。

☆ この「西欧化=キャッチアップ」の神髄は模倣から始まる。模倣ということは必ずしも劣化したコピーキャットではない。そこには学習があり自己の技術としての消化・吸収・再創造の過程がある。かつてこの国で行われた「工業化」の本質はそういうことであったし,ここ20年ほど同じ方法論で周辺諸国・地域から「お礼」されているのも同じストーリーである。

☆ 政治経済がそうであれば文化もまた同様のプロセスを辿る。例えば「翻案」というジャンルがある。文芸だけでなく音楽・舞台・映画その他芸術の全般においてそれは見られる。当たり前の話だが翻案は剽窃(パクり)ではない。翻案すべきお手本をいかに自家薬籠中の物に窯変させていくかというプロセスの第一歩に過ぎない。その意味で翻案は借景のようなものであり,それを自分のものにする過程において初めてオリジナルな創造物に近付くことができるのである。




☆ ムーブメントとしてのブリティッシュ・パンクが1970年代半ば(当時)の若いミュージシャンに与えた影響の典型例が上に掲げたザ・モッズ「Two Punks」であり,アナーキーの「Tokyo's Burning」であることは論を俟たない。それは確かに借景から始まっている。共にクラッシュの曲を原景に持ちながら,後者はピストルズの言葉(「God Save The Queen」)をも借り,日本のタブー(と彼らが認識していたもの)に切り込んで行き,永遠に排除(の割にオリジナルをYouTube で...)される逆栄冠を手にしたし(苦笑),後者はクラッシュのファースト・アルバムからさまざまな借景を得ながら最後に辿り着いた結論(=選ばれないことを敢えて選ぶ)によって,めんたいロックを飛び超え,この時代の(ごく一部の)若者に聖歌(アンセム)を与えたのである。




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「Maureen」 (Sade 1985年11月4日=アルバムリリース)


プロミスプロミス
1,944円
Amazon



Maureen
(Sade Adu / Andrew Hale / Paul Denman)


Maureen
ねえ,モーリーン
It's hard to explain
何と言えばいいのかしら
I'm never going to see you again
もう二度とあなたとは逢うこともないのね
And you'll never meet my new friends
そして私から新しいお友達を紹介されることもないのね
Maureen, I miss you
モーリーン,あなたがいなくなってとても寂しいの
I just can't explain
この気持ちをどう表せばいいのかしら
I'm never going to see you again
もう二度とあなたのところに遊びに行くことはできないのね
I wish you could meet my new friends
あなたに私の新しいお友達をみんな紹介したかったのに

Walking along the subway listening to
地下道をずっと歩きながら
Loving you is easy acapella
あなたの「ラヴィング・ユー」のアカペラを聴いた日のことを思い出すの
You were a souped-up car in that rent-a-go-kart town
あなたはゴーカート場でパワーアップヴァージョンのクルマに乗って...
And I miss you, Maureen
ああ,あなたがいなくなってとても寂しいの

We're as thick as thieves
わたし達は本当のともだちだったわ

Maureen maureen
モーリーン,ねえモーリーン
Remember when my mother said to me
お母さんが話したことばを思い出して
Sade don't you come home to late
シャーデー,夜遅くまで遊び歩いちゃダメよ
Till you're back I stay awake
あなたが戻ってくるまで私は心配して起きてたのよ

And maureen
そう,モーリーン
With the boys you could tell at a glance
あなたは男の子をチラッと見ただけで
You'd say he looks good
彼,イカしてるわって教えてくれる
Let'd hope he can dance
あの子と踊れるといいのにってね
Wicky wacky party to the..
チョッとイカれたパーティーだったわ,あの夜は...

Where are we going tonight
ねえ今夜どこに行こうか
And what will you be wearing
あなたはどんな服装で来るつもりなの
Shone like a souped-up car in that rent-a-go-kart town
ゴーカート場のパワーアップヴァージョンのクルマみたいなピカピカの服で
And I miss you maureen, I miss you girl
でももうあなたがここにいないなんて寂しいわモーリーン,本当に寂しいの

You were my best friend
あなたがわたしの本当のともだちだったの
I'm never going to see you again, maureen
もう二度とあなたのところに遊びに行くことはできないのね
And you'll never meet my new friends
そしてあなたはもう二度と私の新しいお友達に会うこともないのね
You really were a pearl in my world, maureen
あなたはわたしの世界を輝かせる真珠のような存在だったのよ,モーリーン

Maureen
モーリーン
It's hard to explain
何と言えばいいのかしら
You'll never call round to see me again
あなたはもう二度とわたしと逢うことはないのね,この世では
You'll never meet my new friends
あなたはもう二度と私の新しいお友達に逢うことはないのね

Never meet my new friends
もう二度と私の新しいお友達に逢うこともないのね
Never meet my new friends
もう二度と...
Never meet my new friends
もう二度と...
[Repeat to fade]

☆ アルバムの中にレビューだったか彼女(アドゥ)のインタビューだったかは忘れたが,この曲のことが載っていて,その中で彼女は「悲しいことを悲しくない形で表現したかった」という意味の発言をしていた。たぶんこのストーリーの通りで,ゴーカートの事故で亡くなった女友達がこの曲の主人公である。安手のドラマ仕立てにすれば霊安室で彼女の遺体と向き合っている情景まで浮かんでくる。このアルバムのレビューでどこかの女流の大家(評論家兼作詩家のあなたですよ,Y.R.さん。)がアルバムトップの「Is It a Crime」を評して「お洒落ポップスだと思っていたらこんな情念みたいな歌が歌えるのかと感心した」みたいな,まるで早瀬優香子が八代亜紀のカヴァーをしたかのような頓珍漢な批評を書いていたが(爆),そうじゃなくてこの曲を歌詩を含めてチャンと聴いたのかいって訊きたかった(再爆)。


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「The Look of Love」 (ABC 1982年5月7日)




☆ この異様にドラマティックなアレンジはある意味「ニュー・ロマンティックス」時代の典型で,70年代のロキシー・ミュージック(前半でも後半でも良い)のニュー・ロマンティックス的解釈ともいえるが(苦笑),少し意地悪く言えばこういう「虚仮威(こけおど)し」がこの時代に見られた一つの雰囲気だった(当然,その雰囲気は日本の「バブル時代」にも繋がっていく)。当時は高い輸入盤を買うのが面倒臭くて(笑),国内盤シングルを買ったような記憶が...

The Look of Love
(Martin Fry / Mark White / Stephen Singleton / David Palmer / Mark Lickley)



☆ アルバム・ジャケットはまるで007か安手のハードボイルド(俗に言う「パルプ・フィクション」の表紙)みたいで(爆),1982年にはグッと魅力的でもあった。何というかあの頃の英国のシーンは片方にオルタナ(オータナティヴ)やヘヴィー・メタルといった硬派な連中がいて,反対側にはこのバンドとかキッド・クレオールとかすぐ後に出てくるカルチャー・クラブみたいな軟派な連中がいた。2トーンは下火になり,その中からデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズやUB40が出てきていたし,ケイト・ブッシュ,トーヤ(ウイルコックス),リーナ・ラヴィッチ,ニナ・ヘイゲンといった女性歌手も相当な強者(つわもの)揃いでクリッシー・ハインドやアニー・レノックスなんてまだかなり大人しい方に見えたものだ。他にもダイアー・ストレイツやストラングラーズのように英国以外では受けそうもなかったバンドからもはや終焉を迎えつつあったザ・ジャムやザ・ポリスもいたわけだから。。。

☆ 単純な結論を言えば,この時代のイギリスは60年代中期に匹敵する百花繚乱のシーンだったと思う。


PS.とは言え,このひょうきんなMVを見る限り,もしかするとこの曲はこのMVもヒットの要因だったのかもしれない。そういう曲はカルチャー・クラブの成功に見られるように80年代には増えてくる。

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うたかた(二の舞)




1.優雅な生活が最高の復讐である(Living Well is the Best Revenge)



☆ 1980年代の前半。何処からともなくこの言葉が聞こえてきた。ひとつ確実に覚えているのは村上春樹で,彼がスコット・フィッツジェラルドについて書いた何かに「それ」はあった。最近読む機会があったので村上春樹の本をいろいろ読んでいたら,フィッツジェラルドの『夜はやさし』の中に出てくるようだ。ただそれとは別に幾つかの方向からこの言葉は響いていた。あやしいのは「本の雑誌」か「(ニュー)ミュージック・マガジン」あたりなのだが,意外に「GORO」あたりからだったかもしれない。

☆ バブルのベースになったことはボブ・ディランの歌ではないが「時代は変わる」ということだったと思う。80年代の初めにはコンピューターは現在の姿に向けて変身しつつあった。それはアルビン・トフラーが『第三の波』で想定した通りだし,日本電気(NEC)などは早くもコンピューターとコミュニケーション(C&C)をキャッチフレーズにしていた。何かが変わるという点で冷戦構造もデタント(緩和)と緊張(レーガン政権)の狭間にあったことは,アンディ・パートリッジが1980年に「Living through another Cuba」で「我々は真ん中にいる子豚チャンだ」と吠えたとおりだった。

☆ そういえばバブル時代を経ていまだに「日本の上下」に誤解されている本がある。

2.ジャパン・アズ・ナンバーワン(ナンバーワン国家として(仮定法)の日本)



☆ エズラ.F.ヴィーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』はちょうど大学に入った頃,教養課程の某教授に夏休みの課題図書として読むことを指示された(レポートも書いて出したはず)。読んだ時の第一印象は「これは日本礼賛本ではないぞ」ということだった。日本の社会構造がアメリカのそれとどう違っていて,対米でどういう点が強みになっているかという分析が本の主題だったからである。ところがそれから40年近く,最近になっても,最上段の本や別の人々(多数の企業経営者・学者・官僚・政治家などを含む)のあちこちでこの本を日本礼賛本であるかのように受け止め,それを暗黙の前提として話を進めている文章を飽きるほど見ている。

☆ あのねえ。ヴォーゲル教授がやったことは「ストラテジック・アナリシス(戦略的分析)」以外の何でもないの。だから今世紀に入って教授が中国に関して同様の分析を試みているのも当然のこと。この人はアメリカの国益を考えてそういう本を著しているのであって,媚日派とか知日派とかいうのはトンデモナイ誤解だよ。ただこの「誤解」がバブルの動力になったのは確かだ。喩えが悪いが,どこかの偉い人に連れて行ってもらった夜のお店で,日ごろ絶対に相手にされないような綺麗なお姐さん達にチヤホヤされて舞い上がった夜郎自大みたいなもので,字義通りに言い換えれば,夜郎国の王様が中国の皇帝の使者(単に通過するだけの人)に向かって「その中国という国は儂の国と同じくらい大きいのか?」と尋ねるようなもので,綺麗なお姐さんだか合衆国だかは知らないけれど内心「なにこのダサオヤジ」と思っていてもハイハイとやり過ごすくらいの器量は持っている。たまにやり過ぎと思えば,産業スパイ事件や対共産圏輸出規制違反などという口実で思い切り叩く,そうすればいいやと思っているわけだ。

☆ でも夜郎国の王様みたいな日本国の勘違いな人達は,産業の高度化の重要性や社会保障拡大に対する適正な負担(分かっていたのは田中角栄と大平正芳の二人だけだったようだが=分かっていても出来なかった宮澤喜一は論外),「今日が良ければそれで良し」政策を弥縫的に(付け焼刃で)進めていくしかなかった。そんなこと考える前にまだイデオロギーに固執していればよかった人達はそれにすら劣ることになる。

☆ そこで世の中はどう言い出したか? 「これからは感性の時代だ」。この「感性」というヤツがバブルの最高のカタリスト(触媒)だったのである。(以下「三の舞」に続くが,どこまで舞うつもりだ?)

Missing You (John Waite 1984年6月)


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こちらロンドン




☆ こちら,ロンドン。よぅ,ジョー。今日も元気かい?こっちはテリーザが下手打ってまたもや「ハング・パーラメント」の悲劇だよ。まったく君が予言したように,氷河期が来るっていうのに太陽はにじり寄ってきているようなフラストレーションが重~い雲のように「にわかムジャヒディン」が暴れるこの街にのしかかって来ちまった。もう本当にウンチって感じだよ。

☆ まったくボンクラばくち打ちのデーヴィッドちゃんのおかげで「ブレグジット」が決まってから,ポンドが叩き売られてフランス旅行がお楽しみになった以外に何にもいいことなかったぜ。フランスに行ったところでお姐ちゃんの尻を追いかける足で突撃テロを避けまくるなんて全くサイテー以外の何物でもないよ。おまけにロチルドの若番頭みたいなエマニュアル・マクロンなんてまるでキャメロンがドーバー海峡を渡ってきたかのようなのが,成り行きで大統領になっちまって,ここもどうなることやら。

☆ そう言えばジョー,こんな話もあるんだ。むかし君たちが熱心に支援していたサンディーノの子ども達は今世紀になって政権に返り咲いたよ。だけどいつの間にか中国の援助と資本を入れてパナマ運河のバイパスみたいな計画をぶちあげているぞ。そうそう。パナマと言えば老ノリエガ将軍がついに君のところに行ったみたいだぜ。えっ?あんなヤツは反対側だろって?それこそ「コントラ」な話じゃないか(爆)。パナマと言えば「パナマ文書」なんてのもあったし,レーガンはノリエガよりもずっと前にそっちに行ったし,関係者がどんどんこの世からいなくなっちまう。因果な話だね。

☆ そう言えば君が褒めていたアナーキーのギタリストが先日君のとこに行ったと思うので暇だったらジャムってくれよ。よろしくね。以上こちら,ロンドン。本日も暗転なり。






英総選挙、保守党敗北=過半数割れも政権維持へ-EU離脱に影響
 【ロンドン時事】欧州連合(EU)離脱交渉などが争点になった8日投票の英下院(定数650)総選挙は、9日までに開票をほぼ終え、メイ首相率いる与党・保守党が議席を減らして過半数(326)を割り込んだ。事実上の敗北で、解散・総選挙の賭けに出た首相には想定外の裏目の結末となった。保守党は第1党を維持したため、首相は他党の協力を仰ぎながら多数を確保し、新政権の樹立を目指す。党内では首相の責任を問う声が強まりそうだ。
 首相はEUとの経済関係より移民規制を重視する「ハード・ブレグジット(強硬な離脱)」を掲げて選挙戦に挑んだが、有権者の幅広い支持を得られなかった。政権基盤は弱まり、離脱への道のりは混沌(こんとん)としてきた。
 最新の集計によると、議席数は保守党が318(改選前330)、最大野党・労働党が261(同229)、EU残留派の自由民主党が12(同9)、野党・スコットランド民族党(SNP)が35(同54)。
 英BBC放送によると、首相は9日、バッキンガム宮殿でエリザベス女王に面会し、続投の意向を伝える方針。スカイニューズ・テレビは、英北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)が保守党に協力すると報じた。DUPは10議席を獲得した。労働党のコービン党首が首相に退陣要求を突き付けており、首相は動揺を鎮めるため、一刻も早い組閣が必要と判断したもようだ。(2017/06/09-20:19)

・テリーザ=テリーザ・メアリー・メイ(Theresa Mary May、1956年10月1日 - )第76代英国首相
・ハング・パーラメント=議院内閣制の政治体制において、立法府でどの政党も議席の単独過半数を獲得していない状態
・にわかムジャヒディン=2017年6月3日英ロンドン中心部のロンドン橋周辺で7人が死亡したテロ事件。なお「ムジャヒディン」とは「イスラム聖戦士」のこと。
・デーヴィッドちゃん=デイヴィッド・ウィリアム・ドナルド・キャメロン(David William Donald Cameron、1966年10月9日 ‐ )第75代英国首相
・エマニュアル・マクロン=エマニュエル・ジャン=ミシェル・フレデリック・マクロン(フランス語: Emmanuel Jean-Michel Frédéric Macron, 1977年12月21日 - )第25代フランス大統領(第5共和政)
・サンディーノの子ども達=サンディニスタ民族解放戦線。1979年に中米ニカラグアで革命を成功させ,ダニエル・オルテガが大統領となる(1985年)。その後アメリカの支援を受けた右派「コントラ」との間で内戦となる。またその過程で「イラン・コントラ事件」が起きる。
・老ノリエガ将軍=マヌエル・アントニオ・ノリエガ・モレノ(Manuel Antonio Noriega Moreno [maˈnwel noˈɾjeɣa], 1934年2月11日 - 2017年5月29日)。パナマ共和国の軍人、政治家。1983年から1989年の間、独裁者として君臨した同国の最高司令官(将軍)。
・アナーキーのギタリスト=逸見泰成。2017年6月4日、死去。57歳没。元妻JILL(PERSONZのヴォーカリスト)への殺人未遂容疑で実刑を食らう。アナーキーはクラッシュの「ロンドンズ・バーニング」のカヴァーを出している(この項はまた別の話)。

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「One Night in Bangkok」 (Murray Head 1984年10月)




☆ もの凄くヒットした曲だ。No.1になった国を挙げる。豪州,ベルギー,ドイツ,オランダ,南アフリカ,スペイン,スイス。最高位2位だった国はオーストリア,フランス,ニュージーランド。3位だった国はアメリカ,カナダ,スウェーデン,ノルウェー。この他アイルランドとポーランドで7位,イタリアで9位,マレーの母国英国だけが12位と上位10曲入りを逃している。ちなみに全米・カナダでのヒットのピークが1985年5月。

One Night in Bangkok
(Lyrics Tim Rice · Björn Ulvaeus / Compose Benny Andersson · Björn Ulvaeus)



☆ この曲のWikipediaの解説にあるように,元々はミュージカル「チェス」のために作られた曲で,ABBAの2人のB(ビョルン・ウルヴァースとベニー・アンダーソン)が係わっている。今年もバンコクの「そういう面」を扱った映画が複数上映されていたが,ティム・ライスの描くバンコクはやや潔癖にして辛辣である。また歌詩にラップが導入されており,これは翌年の全米チャートでNo.1になったファルコ「ロック・ミー・アマデウス」なんかに連なっている気がする(実際に欧州では「ロック・ミー・アマデウス」はこの曲に前後してヒットしている)。

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ラスト・パス (「白いページの中に」(柴田まゆみ 1978年8月25日)


初出:2008年7月29日
(YouTube削除のため省略)
2011年9月24日
白いページの中に&モア・トラックス白いページの中に&モア・トラックス
(2004/12/16)
柴田まゆみ

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☆ 1990年代の半ばまで,この曲は封印されていた。復刻盤ドットコムというサイトで「復刻不可能曲リスト」の常連だった。理由は知らない。ただ現在この曲の版権を持っているテイチクがオムニバスの中にこっそりこの曲を入れることに成功して,ようやく(というより初めてCDで)聴くことができた。
「白いページの中に」 (作詩・作曲:柴田まゆみ 編曲:古川健次)
1978年8月25日リリース 最高位23位(オリジナル・コンフィデンス調べ)



☆ この曲が好きなので,ここでも何度か取り上げている。彼女が結局プロ活動をしなかった理由や今世紀になって突然封印を解いてアルバムを出した理由は知らない(Wikiもなかった)。ただ,あの暑かった夏のことや硬派で鳴らしていた同級の男がなぜかこのフォーク・ソングを好きで聴いていたことなどを脈絡無く思い出させる。なにもいいことの無かった17歳にもなぜか甘酸っぱい曲なのである。

2017年6月5日追記
☆ 直前に書いている話。同じ高校に「サッカー小僧」がいた。この曲が好きだという話を彼から直接聞いたのではない。彼はぼくをガリ勉野郎と思っていたし,ぼくは彼を硬派気取りと思っていた。気が合うはずがない。互いにとっての上策は「相手にしないこと」である。

☆ この曲の話を耳にした前だったか後だったか忘れてしまった。その日の体育の時間はサッカーだった。ぼくはなるべくボールの来ない場所(後衛)を守り,彼は当然のようにフォワードにいた。試合中ぼくの所にボールが来る機会はほぼなかった。その唯一の時,ぼくの前方は大きく開いていてそこには彼しかいなかった。ぼくは考えることもなく,どうせこっちには蹴らないだろうという顔をしていた彼に向けてロングボールを送った。ボールは誰もいない空間を真っ直ぐ彼の方へ飛んでいき,彼はそれを受けて言った「ナイス・パス」。

☆ その後,彼は六大学に進んだが,その頃の友人から聞いた話では大学ではサッカーとは全く関係のないサークルに入っていたそうだ。この話はこれでお終いである。人生にはこんなこともあるということだ。あれはたぶん僕が彼に送った最初で最後のパスだったのだろう。いまとなってはこの曲と同じで苦くも甘くもない思い出として残っている。


☆ 上のYouTubeの投稿者のコメントによると,彼女はこの曲を出した後,直ぐに結婚・引退したそうだ。また複数のブログで確認したが,2004年に発売された音源は1992年に収録されたものだという。

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うたかた(序)1.01





☆ この間『1984年の歌謡曲』の感想みたいなものを書いたが,ここ数カ月バブル(及びその後)に関する書籍がかなり出ている。どっちかというとバブルの経済的側面に関して30年が時効になるのかは知らないが当事者や関係者が「それぞれの理由により」重たい口を開き始めた。それが某東洋経済誌の「バブル検証」特集という流れになり(笑)この本に辿り着いた。

☆ ただ,この本の著者はバブルの東京にいたわけではなく(あとがきにそのことが触れられている),どちらかというと1985~91の年代的再検証という感じでジャーナリスティックでもアカデミックでもやや中途半端の感がある。また当人が現場にいなかったということはこの本の弱みと言え,かなり丹念に検証しているものの,検証の対象にズレがあるきらいもある。

☆ 本来的には「バブルの時代(仮に著者の意見を取り1985~91とするが)」に関しては,最良の素材は当事者のオーラル・ヒストリー(例えば いとうせいこう,あるいは泉麻人とか山田五郎とか)であり,Fast(次善)はその時代のやや尖がった雑誌であり,Slow(並)はその当時の若者~中年男性(女性)向け雑誌と写真誌であり,Late(参考程度)は一般週刊誌(ポスト・現代・宝石/セブン・微笑・女性)であり,それ以下が新聞および新聞系(隔)週刊誌(AERAなど)であろう。それは「情報感度」の問題だと思う。情報感度の低い人達がたまたま起こった事象(例えば宮崎勤のケース)に反応して「おたく文化」に関心を示すといった例では,相当遅れているとしか思えないからだ。

☆ さらに「バブル」という定義そのものが曲者なのである。経済事象としてのバブルはこの本の最初に定義しているところだが,「この本」的なバブルの起点である1985年は「プラザ合意」の年であり,バブルに繋がる内需主導経済を招かざるを得ない「超円高」がそこにあったことを考えるべきだ。N証券のK天皇(失笑)が「ウォーターフロント銘柄」(皮肉にも「その土地」が今東京都を揺るがしている)の一大推奨販売に走ったのは1986年。こういう視点がなくて(経済)バブルは語れない。

☆ ところがその一方で構造主義が「ニュー・アカデミズム」として注目されたこと(さすがにこの本でも指摘している)1980年代前半の「空気」(先駆者はジャンル違いながら,間違いなく『なんとなく、クリスタル』である)はバブルを誘発する土壌だった。花が咲くには土がいるという当たり前の話である。その辺を「上部構造」と「下部構造」と気取ることもないのだろうが,結局「バブル」の総体とは,そういうものの全てが絡み合ったものだったはずで,その辺にこだわるべきなのだろう。

☆ ところでカテゴリ名のA.K.A.は「優雅な生活が最高の復讐である」というスペインの諺だ。なんでこのタイトルなのかなのかは,また別の話。

Voices Carry ('Til Tuesday 1985年3月28日 全米最高位8位)





PS. ☆ この「Voices Carry」がヒットした頃思っていた。なんで電電公社(当時)は薬師丸ひろ子(「あなたを・もっと・知りたくて」1985年7月3日)じゃなくて,この曲をCMに使わないんだろうって。

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「You On My Mind」 (Swing Out Sister 1989年2月24日)



You On My Mind
(Andrew Connell, Corinne Drewery, Paul Staveley O'Duffy)


Friends say I'll get over you soon
みんなは「じきに立ち直るから」って慰めてくれるけど
Thoughts of you come back to fill me with gloom
でもあなたへの思いは,今でも私の心の中を憂鬱で満たしてしまうの
Time forgets but I'm not over you yet
時間が忘れさせてくれるっていうけど,私はまだあなたのことが忘れられないの
There's no sense of asking why
どうしてって言われても,どうしようもないの
Until the tears run dry
私の頬を濡らす涙が乾いてくれるまでは

There's no one but you on my mind
誰でもない,あなただけが私の心の中で生きている
Searching for a perfect ending that we'll never find
完璧なさよならをしたいのに,どうしてもそれを見つけられないの
If we could make it work this time
今この時にそれができれば良かったのに

Years have flown by since you've been gone
あなたが去ってから,年月は飛ぶように流れ去っていったわ
This broken heart of mine's been waiting too long
私は折れた心を抱えたまま,ただここでじっとしているだけなの
All alone without you I can't carry on
あなたなしのひとりぼっちで,そんな心を抱えたままじゃ歩いていけないわ
There's no sense of asking why
どうしてって言われても,どうしようもないの
Until I'm there by your side
あなたと一緒に歩いていくことができないのなら

There's no one but you on my mind
誰でもない,あなただけが私の心の中で生きている
Searching for a perfect ending that we'll never find
完璧なさよならをしたいのに,どうしてもそれを見つけられないの
If we could make it work this time
今この時にそれができれば良かったのに
We could plant tomorrow's dreams now together
私たち二人が将来への夢をここに植えるとすれば
In a garden to last forever more
そこは永遠の緑に満ちて
All the flowers would grow
百花繚乱するその庭に
From the seeds we'd sow...
わたし達がその最初の種を蒔いていたに違いないのに

There's no one but you on my mind
誰でもない,あなただけが私の心の中で生きている
Searching for a perfect ending that we'll never find
完璧なさよならをしたいのに,どうしてもそれを見つけられないの

If we could make it work this time
今この時にそれができれば良かったのに
There means no sense of asking why
どうしてって言われても,どうしようもないの
Waiting until the tears run dry
私の頬を濡らす涙が乾くのを待つ間は

If I could make it change your mind
あなたの気持ちを変えられないのなら
If we could make it work this time
今この時にそれができれば良かったのに
There means no sense of asking why
どうしてって言われても,どうしようもないの

Waiting until the tears run dry
私の頬を濡らす涙が乾くのを待つ間は
If we could make it work this time
今その時にそうなってほしいというのに

Songwriters: CONNELL, ANDREW/DREWERY, CORINNE/O'DUFFY, PAUL STAVELEY

You On My Mind lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC, Universal Music Publishing Group, BMG RIGHTS MANAGEMENT US, LLC

☆ ほんの短い期間だったが,車通勤している時期があった。開局して間もないJ-WAVEで毎朝,この曲が良くかかっていたのを思い出す。スウィング・アウト・シスターについて言えば,このセカンド・アルバムでマーティン・ジャクソンが抜け,何となくdip in the poolみたいなデュオになった。Wikipediaの解説を見るとジャクソンはもう少しビート優位(あの頃だったらストック=エイトキン=ウォーターマンみたいなものか)のポップ音楽を志向しており,コリーンとアンディはもっと「映画的」な音楽(何というか野宮真貴時代のピチカート・ファイヴ的な)を志向していた。前作で言えばタイトル曲とか「トワイライト・ワールド」の延長線上にある感じがする。


テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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