2017-04

さくらの花の満開の下


初出:2014年3月28日
Shilhouette~シルエットShilhouette~シルエット
(2013/07/24)
松田聖子

商品詳細を見る


「チェリーブラッサム」(松田聖子 1981年1月21日)
 作詩:三浦徳子 / 作曲:財津和夫 / 編曲大村雅朗
CX「夜のヒットスタジオ」 (オケ=ダン池田&ニュー・ブリード)



☆ 桜の花は咲き始めると一直線に満開になりそのまま散って葉桜になる。日本人は余程この「あっさり感」が好きなのだと思う。宴会で酒盛りをしていると花びらが一枚また一枚と降って来るところも,また趣があって良い。まさに花見酒の心境に違いない。

☆ 松田聖子の4枚目のシングルは70年代型の「歌謡曲」が今で言う「J-POP」へ移行する時期の意義ある作品だった。この曲の詳しいレビューはどこか別の場所に譲るとして,大村雅朗のコンテンポラリー(あくまで1981年1月時点で)なロック・アレンジは,基本的に彼女のデビュー・アルバムの路線を継承しているのだが,むしろそのシンプルな一直線さが桜の花の満開の季節に良く似合っていた。惜しむらくはこれが1月後半新譜だったことだが,すでに頂点に立ちつつあった松田にとっては何のハンデにもなっていなかった。

2017年4月2日追記
☆ 本当は別のを用意していたのだけれど,「東京のソメイヨシノが満開になった」ニュースに合わせてこれに差し替え。この少し後に松田聖子のコンサートを見に行った時「髪を切ろうかなと思っているのだけれど,どう思う?」というMCがあった。実際にはその時の歌(「夏の扉」)が変形レイヤードの「聖子ちゃんカット」の最後のシングルになった。ちなみにその時の会場の反応は賛否相半ばという感じだった。ついでに言うと会場の男女比率は3対1~4対1くらいだったかな。

☆ 当時いろいろ言われたことが,この曲の時期にもまだ尾を引いていたけれど,松田聖子というヒトは「歌が好きで歌手になった」ことが最大の強みだった(この時期の「アイドル扱いされていた女性歌手」は,82年組あたりまでは間違いなく歌手志望の女の子が過半だった。勿論モデルさんや女優志願の子が手っ取り早くパブリシティを得るために歌手としてシングルを出す例もそれなりに多かったが)。それが「ぶりっ子批判」を乗り越えて歌手松田聖子を確立させる原動力だったことは間違いない。親を説得し倒して久留米を出たことに比べれば,そんなことは松田聖子にとっての障害ではなかったのだと思う。

SEIKO JAZZ(通常盤)SEIKO JAZZ(通常盤)
3,456円
Amazon



 
PS.とはいえ,娘さんも一本立ちして,ご本人もますますお盛んなようですが,松田聖子がジャズを歌う時代になったのかとも(平岡正明が生きていたら何と言っただろうか...)。
スポンサーサイト

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

«  | HOME |  »

プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング

FC2ブログランキング

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

最近のエントリ

最近のトラックバック