2017-04

「日曜日はストレンジャー」 (石野真子 1979年1月25日)


本日TEXT ONLY



☆ 石野真子の4作目のシングル(作詩:阿久悠 / 作・編曲:筒美京平)である。この作品はアイドル・ポップスの作り方の一例として非常に分かりやすいと思う。まず曲から。この曲のWikipediaにも記載があるようにイントロの前半はフォー・トップスの「It's the Same Old Song(1965年7月9日)」の引用だが,Mighty Clouds of Joyの「タイム」(のベースライン。似た発想は「ヒゲダンス」だな)も同じラインを使っている。要はこのピョンピョン飛び跳ねる音が石野のフレッシュ感(まだ2年目で人気も確立しつつある段階)に合っているという判断があったのだと思う。ここで筒美京平が考えたことは「石野真子に60年代モータウンのポップな部分と当時の流行であるディスコビートをかけ合わせたらどうなるか」ということだったと思う。

☆ フォー・トップスの引用はこの時代に少し見られ(山下達郎は怒っていたようだが)同じ筒美京平作・編曲の田原俊彦「原宿キッス」(1982年5月8日)のイントロは「I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch)」のベースラインをお手本にしている(どこかの女の子のライターがこの曲名に気付かず「モータウンの引用だ」と書いていて=ぼくも見たことがある=どうもそれを山下達郎が見て,自分の番組でとんでもないと怒っていたのだが(理由は不明。小杉理宇造氏のラインから近藤真彦に曲を提供したことと何か関係があったのかもしれないが,考え過ぎだろうか=爆=))。

☆ ここでのポイントはモータウンの二番煎じにしないこと。実際に80年代に近づくにつれて60年代のモータウン楽曲のリバイバルが米英で起きている(ストーンズのように延々と取りあげていたバンドは別にしても)。ポピュラー音楽における60年代モータウンの価値が単なる黒人のティーンエイジャーや黒人音楽好きの白人ティーンエイジャーのためだけのものでなかったことが,この再評価で分かってくるのだが,この時代はその一つ前。だからドクター・ドラゴン(筒美京平)は,数年前から取り組んでいたディスコ風楽曲のアーキテクチャをここに持ち込んだ。そのことは「陽性」のはつらつとしたイメージで石野真子を売り「直し」たかった事務所の意向にも合っていたと思う(「陽性」を強調したかったのは,たぶん先行する榊原郁恵と大場久美子に追いつき,マイナーコードのラインを選んだ石川ひとみに対抗するため)。

☆ で,阿久悠の歌詩。これはタイトルからも明白なようにビリー・ジョエル「The Stranger(1978年3月21日=日本で発売。オリコン最高位2位と英語版Wikipediaに記載)」の引用。大昔このタイトルを面白おかしく解釈した投書を見たことがあるが,阿久悠はビリーの歌詩をちゃんと読み込んでおり,歌詩のテーマである「変身願望」だけをいかにも女の子然としていた石野真子に今で言うコスプレ的に(本当はこの言葉を使うことに若干の抵抗がある)試してみたのである。

☆ 手練れ(てだれ)が「(女性アイドルが歌うような)女の子の歌詩」を書く時には,その曲を聴いている(当時はテレビだけでなくラジオでシングルがかかることもプロモーションだった)ターゲットの諸君にどれだけ「深読みをさせるか」ということを考え抜いている。もちろんそんな曲ばかりではないが,おそらく松本隆は全く意識せずに松田聖子「秘密の花園」の歌詩を書いたかといえば,そんなことはないだろうと思ってしまう(爆)。

☆ 石野真子の1年目の3曲はどちらかといえば「後からついてきます」的な大人し目の(でも案外意志は強そうな)女の子を描いていた。しかしそのラインは少女主義時代(ぼくの「独自研究」 具体的には1978・9年)の石川ひとみともろに被ってしまう。ここで方向転換するなら石野の個性が伸ばせると判断して当然だと思う(実際にそれは成功して「あの時点までは」ちゃんとトップアイドルの近くまで行った)。阿久悠が書いたのは「私だって実はすごいんです」ということをさりげなく石野にアピールさせることであり,それはディスコの様式を借りて彼女の陽性の部分を全開にさせた筒美京平の曲作りの方向とも一致している。

☆ とまあ,ウダウダ書いてきて結論は何かというと,アイドルポップスにとって必要なことはその歌手にとってどういうラインをメインストリームに据えるかということ。いつもいつも書いて恐縮だがダイアナ・ロスが不承不承歌った「愛はどこへ行ったの?」や「ベイビー・ラブ」でスプリームス(シュープリームス)が突然トップアイドルに躍り出ても「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」を貰うまでは彼女は内心半信半疑だったに違いない。あの曲の譜面を貰って初めてダイアナは自分がスターの座に届いたことを実感したのだと思う。そこまで来れば彼女はそれ以降にどんな曲(例えば「ラブ・チャイルド」みたいな曲)が来ても何とも思わなかっただろう。(アイドル)歌手をメインストリームに据えるとは実にそういうことなのである。



☆ これ書いた後にフォー・トップスの「It's the Same Old Song」を聴いていたら,大滝(詠一)さんがこの曲の間奏からのアイディアを「バチュラー・ガール」(稲垣潤一/大滝詠一)に引用しているのに気付いた。今更ながら。。。

スポンサーサイト

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

ソングライター・チームの変遷(その1)





☆ コカコーラのボトラーがファンタの宣伝に「ファンタスティック」というコピーを使っていたのは,70年代も初めの方だったと思う。この宣伝は彼らのターゲットと思われるティーンエイジャーの聴取率が高かった日曜日の昼のラジオ番組にはしっかり入っていた筈だ(笑)。もっともその宣伝効果はファンタジーの形容詞はファンタジックではなくファンタスティックであることを多くの学生に教えたのだから,そこいらの学校や塾の英語教師以上だったかもしれない。

☆ エルトン・ジョン(作曲家)とバーニー・トーピン(作詩家)は1970年代を代表するソングライター・チームのひとつである。もっともエルトンが70年代初頭のシンガー・ソングライターのムーヴメントの中から英国で頭角を現した過程や,実際にこのチームはエルトンの諸作品を創っていくことがメインの作業であったことを思えば,ロックがポピュラー音楽の主流として機能分化していく70年代を象徴していたともいえる。日本でも吉田拓郎や矢沢永吉のように作曲家であるが作詩家ではないソングライターは数多くいたので,彼らにとって重要なことはいかに優れた作詩家をパートナーにつけるかということになる。エルトンとバーニーはその最大の成功例であり,そうであるが故に80年代前半のエルトンの不振の遠因ともなった。

Someone Saved My Life Tonight (Elton John / Bernie Taupin)



☆ 邦題「僕を救ったプリマドンナ」は,おそらく曲の初めに「プリマドンナ」という歌詩があるから,これをインパクトにしたのだろう。直訳すれば「誰かが僕を今夜救ってくれた」なので,やや意味不明な邦題の方が耳に残るということか。この曲に限らず,このソングライターチームの特色は「大きなストーリーをそのまま大きなバラードで表現する」ところにあった(だから少し前の土曜に選んだ曲は数ある例外のひとつ)。エルトンのベストはそのキャリアを反映して数多くあるが,この曲とか「人生の壁」とか「僕の瞳に小さな太陽」とかそういう曲ばかりを選んだバラード・ベストを作れば,大半がこのチームの手による作品となるだろう。

Someone Saved My Life Tonight (1975年6月23日)
NOTES (英語版Wikipediaを参照した)
☆ この曲は全米チャート史上初めて初登場1位となったエルトンの9枚目のスタジオアルバム『Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy(邦題:キャプテン・ファンタスティック)』から唯一シングル・カットされた曲。全米最高位はビルボード第4位,キャッシュボックスNo.1,全英22位(ほかにカナダ2位,ニュージーランド13位など)。トーピンの描く歌詩はまだ無名のミュージシャンだった頃のエルトンとトーピンとの出会いやその後の無名時代の苦悩を描いている。

☆ 70年代半ばに6分45秒もの壮大なバラードはラジオ局向きではないと彼が所属していたMCAレコーズはシングルカット盤の編集を依頼したがエルトンはこれを断った。一部の国でこの曲のチャートアクションは芳しくないのはそのせいである。ところでこの曲の邦盤はどうだったのだろうか?実はこの時期のエルトンのシングルはどれも演奏時間がやたら長く,当時ディストリビュートしていた東芝EMIは困った挙句33 1/3回転のシングルを発売したことがある(確かビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイヤモンズ」のカヴァーだったかと)。でもまあ,よくよく考えてみれば東芝EMIはオデオンもしくはアップル(レーベル)からビートルズの「ヘイ・ジュード」をシングルにしているのだから(当然カットなぞしていない7分盤),別に困ることもなかったのではないか(爆)。

☆ ちなみにこのシングルの前のシングル(1975年2月24日リリース)「フィラデルフィア・フリーダム」(全米No.1・・・記憶違いでなければ全米チャート史上初の初登場第1位シングル曲である)も,オリジナル5分38秒でエディット5分20秒というなんだか訳の分からないシングルエディットをしている。この曲のバックグラウンドはキング夫人(ビリー・ジーン・キング 60~70年代の名高いテニスプレーヤー)があることを英語版Wikipediaに記述がある。曲名が何でも彼女が所属したテニスクラブだとのことで,なんだかスティーリー・ダンの「ディーコン・ブルース」に出てくるアラバマ大の「クリムゾン・タイド」みたいである(笑)。

Philadelphia Freedom (Elton John / Bernie Taupin)



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Mixed Emotions」 (The Rolling Stones 1989年8月17日)





初出:2007年2月2日

MIXED EMOTIONS (M. Jagger/K. Richards)



Button your lip baby
口にチャックをかけなベイビィ
Button your coat
さっさとコートを羽織りなよ
Let's go out dancing
踊りに行こうぜ
Go for the throat
言いたいことは喉の奥に仕舞って
Let's bury the hatchet
仲直りの時間だぜ
Wipe out the past
過去は洗い流して
Make love together
もういちど一緒にやるのさ
Stay on the path
この小径に留まるんだ

You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
With mixed emotions
いろんな気持ちを抱えて生きているのは
You're not the only ship
おまえひとりだけじゃないんだぜ
Adrift on this ocean
人生という大海に浮かんでいるのは

This coming and going
いろんなことがあって
Is driving me nuts
気が変になりそうだったぜ
This to-ing and fro-ing
ことを納めるのにあくせく動き回って
Is hurting my guts
ずいぶん気力を萎えさせられたものさ
So get off the fence now
いいから心の中の柵を取り払って
It's creasing your butt
昔のことは笑って流そう
Life is a party
人生はパーティのようなもの
Let's get out and strut
外に出てふんぞり返って歩き回ろう

You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
With mixed emotions
いろんな気持ちを抱えて生きているのは
You're not the only ship
おまえひとりだけじゃないんだぜ
Adrift on this ocean
人生という大海に浮かんでいるのは
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
That's feeling lonesome
部屋の隅で膝を抱えて震えているのは
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
With mixed emotions
いろんな気持ちを抱えて生きているのは

You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ

Let's grab the world
世間をしっかり掴まえろ
By the scruff of the neck
首根っこのところを押さえるんだ
And drink it down deeply
あとは徹底的に飲み倒してやれ
Let's love it to death
死ぬまでそれを愛するんだ
So button your lip baby
だから口にチャックをかけろ,ベイビィ
And button your coat
コートを羽織るんだ
Let's go out dancing
踊りに行こうぜ
Let's rock 'n' roll
ロックン・ロールしよう

You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
With mixed emotions
いろんな気持ちを抱えて生きているのは
You're not the only ship
おまえひとりだけじゃないんだぜ
Adrift on this ocean
人生という大海に浮かんでいるのは
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
That's feeling lonesome
部屋の隅で膝を抱えて震えているのは
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
With mixed emotions
いろんな気持ちを抱えて生きているのは

Mixed emotions
いろんな気持ちを抱えて生きているのは

You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ
You're not the only one
おまえひとりだけじゃないんだぜ

(Fade Out)

2017年4月26日追記
☆ きょう個人的に少しメンタルにダメージがあることがあった。だから今日はこの歌詩が身に沁みるのだ。
(28日になってスッキリしなかった箇所をようやく修正 「両足抱えて⇒膝を抱えて」)

☆ この曲くらいふっ切れたストーンズは無いと思う。80年代の後半ダラダラと続いた冷戦が「まるでベルリンの壁が崩れ去るように」唐突に終わった。チャーリーのドラムスの一打一打がその壁を崩していくように聴こえたものだ。

↓ ビル・ワイマン在籍最終盤となってしまった1990年東京ドームでのライブ



最高位 全米5位,カナダ1位,オランダ・ノルウェー・ニュージーランド9位,ベルギー14位,スウェーデン15位,アイルランド・オーストリア17位,ドイツ20位,スイス24位,豪州25位,英国35位,フランス41位,日本 不明。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Why Can't We Be Friends?」 (War 1975年4月)



Why Can't We Be Friends?
(Papa Dee Allen, Harold Ray Brown, B. B. Dickerson, Lonnie Jordan, Charles Miller, Lee Oskar, Howard E. Scott)
最高位:全米第6位(ビルボード),第5位(キャッシュボックス)、全加第6位



Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?

I've seen you 'round for a long long time
I remembered you when you drank my wine

Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?

I've seen you walking down in Chinatown
I called you but you could not look around

Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?

I paid my money to the welfare line
I see you standing in it every time

Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?

The color of your skin don't matter to me
As long as we can live in harmony

Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?

I'd kind of like to be the President
So I can show you how your money's spent

Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?

Sometimes I don't speak right
But yet I know what I'm talking about

Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?

I know you're working for the CIA
They wouldn't have you in the Mafi-A.

Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
Why can't we be friends?
...
☆ 1975年4月。春の遠足だったと思うが,観光バスで往復した帰りのバスの中でサイゴン陥落のニュースを聞いた。ベトナム戦争の終結だった。米クリントン政権がベトナム社会主義共和国を承認するのはそれから20年以上経った1995年7月である。

☆ ヴェトナム(の敗戦)はアメリカ人のプライドに大きな傷痕を残したが,この曲が暗示する問題はそれ以外にも二つもある。ひとつは米ソ冷戦構造であり,いまひとつは白人と黒人の対立だ。前者に関してはこの年(1975年)7月17日,ソ連の宇宙船ソユーズ19号とアメリカの宇宙船アポロ18号が地球を周回する軌道上で史上初の国際ドッキングに成功(アポロ・ソユーズテスト計画)した際に,この曲が演奏されたというエピソードがある。

☆ 少し前にも触れたように,70年代半ば白人と黒人の対立は抜き差しならない方向に進んでいた。この曲に遅れること3か月,アース,ウインド&ファイアーは映画『暗黒への挑戦』からそのタイトル曲「That's the Way of the World」を発表。美しいバラードの形を借りて人種差別の不合理さを婉曲にかつ強く非難している。この曲の歌詩はそれに比べても直截なところがある。この時期既にリチャード・ニクソンは辞任しジェラルド・フォードが後を受けて米大統領職に就いていたが,ニクソンが引いた監視網は少なくとも残っていたのではないだろうか。そのことをこの曲の歌詩は笑い飛ばしているが,当然その背後には激しい怒りが渦巻いていたはずだ。

☆ この曲が優れているのは,そうした怒りを内に孕みつつも,我々はこの現実に甘んじていいのか?と問いかけているところにある。それは4月4日に書いた「宇宙のファンタジー」にも通底するし,人種差別とは別の要因として浮かび上がってきた宗教対立にもまた通じることである。そういう意味でこの曲の意義はもっと評価し直すべきなのかもしれない(ある意味それは我々がちっとも進歩していないという実に残念な現実を表しているとも言えるのだが,中東や東アジアの地政学に絡む話でもそう簡単に冷静に慣れない悲しい現実があるので,よくよく考えてこの曲を聴き直した方が良いと改めて思っている。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

土曜の夜の話





☆ モット・ザ・フープルの「土曜日の誘惑(Roll Away the Stone)」は邦題の付け方が微妙な作品のひとつだろうと思う。この曲のブリッジのところでイアン・ハンターがリンジー・ディ・ポールと掛け合いをしているのだが,その中に確かに「土曜の夜」というセリフがある。ただ曲のテーマは,よくある若い男が若い女を口説いているというパターンで,タイトルからして「(心の中にある)重石(おもし)をどけなよ」ということは,さっさと踏ん切りをつけて俺のところに飛び込んで来いという,いかにも「オトコジェンダー丸出し」の作品だ(爆)。まあ,そこまで考えると微妙ながらも「的は外していない邦題」なのかもしれない(再爆)。

☆ そういえばこれも周知の話だが,この曲で印象的なギターを弾いているアリエル・ベンダーとはルーサー・グロスナーの変名だ。当時モット・ザ・フープルではリード・ギタリストだったミック・ラルフスが自作曲があまりに取り上げられないことに業を煮やしてバンドを脱退,ポール・ロジャースらと組んだバッド・カンパニーの有名なデビュー曲「キャント・ゲット・イナフ」でリベンジを果たすのだが,後任として入ったグロスナーには契約上か何かの理由があって名前を一時的に変える必要があったようだ。彼にアリエル・ベンダーという名前を提供したのがリンジー・ディ・ポール。この時代の彼女はアイドル的な人気もあった歌手で「恋のウー・アイ・ドゥー」は日本でもヒットした。いつの時代も若い人たちの周囲は華やかで賑やかだという感慨を抱くのもこちとらがジイサンになった証拠だろう(自爆)。

Roll Away the Stone (Ian Hunter)
1973年11月リリース
全英最高位8位



☆ 若干ややこしい話をすると,モット・ザ・フープルからイアン・ハンターが(入ったばかりのミック・ロンソンと共に)脱退する直前に「Saturday Gigs(モット・ザ・フープル物語)」というシングルを出している。

(Do you Remember)Saturday Gigs (Ian Hunter)
1974年10月リリース



☆ これは邦題の方が正しく(笑),グループを離れる気になったからかどうかは知らないが,イアン・ハンターが書いた物語は確かにモット・ザ・フープルという「少し早くシーンに来てしまったバンド」の登場,失意,どん底,脱・どん底(D.T.B.W.Bかよ^^;)を描いていて,これはこれで興味深い。


☆ 今ごろ(いったん投稿後)気付いたが,掛け合いの最後のリンジーの科白,あれ自分の曲名「Ooh I Do」の自己パロディだ(゚д゚)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

どんな☆も,最初はただのエントリー(新人)。





☆ いちばん最初にマドンナの名前というか動画というかそういうものを見たのは「11PM」かなんかだったと思う。80年代に入ってもまだこの番組には「先物買い」の要素が残っていた(特に「水曜イレブン」)。だからその辺だろうと思う。見たのはたぶん「エブリバディ」なんだと思う。あるいはそれとも違う何かの映像だったかもしれない。というのもその後に見たこのPVほかとは違っていたような気がするので。ただそこから「マドンナ」という若い女の子が注目されているということだけが分かった

☆ 「エブリバディ」はビルボードのダンスチャートには入ったがHot100には入らなかった。ただ,これを全米でディストリビュートしたのがサイアー(Sire)レーベルで,このレーベルにはトーキング・ヘッズがいたので,そのあたりで某氏(有り体に言えば今野雄二)あたりのアンテナに引っかかったのではないか。それで「水曜イレブン」なら話の辻褄は確かに合ってくる(笑)。

☆ 彼女がナショナルチャート(ビルボードHot100)に入るには,この曲とその次のシングル「バーニング・アップ(これが彼女のデビューアルバムの邦題になった)」の更に次に出した「Holiday」まで待たされることになる。つまりそれまではマドンナはダンス・ポップ歌手と評価されていた。この下積み時代はデビューから1年近く続くことになるが,彼女はアルバムを作るというよりシングルを積み重ねてアルバムにまとめ,さらにシングルを出していくという戦略を取った。要するにラジオ局のエアプレイリストに入るための努力をしていたのである。

☆ 4枚目のシングル「ラッキー・スター」は83年9月にリリースされたがリリース時にはさほどの注目を受けていない。そして5枚目のシングルが「ボーダーライン」で,この曲でマドンナはタイトル通りビルボードTop10の境界線を初めて突破する作品となる。

Borderline (Reggie Lucas)



☆ 「ボーダーライン」はまだ粗削りのひとりのポップ・シンガーの卵(エントリー)の姿が物語風に記録されている。この曲は彼女にとって本当の「きっかけ」となった作品で,譬えて言えばスプリームス(シュープリームス)の「Where Did Our Love Go?(愛はどこへ行ったの)」みたいなものだろう。そういえば曲を歌った本人が気に入っていなかったという点もこの2曲は似ている。それでも「以前名前を聞いたことがある歌手がどうやら大きなヒットを出したようだ」という感じでTVKの「ビルボードTop40」を見ていた記憶がある。

☆ まだエントリーだった頃の彼女の名前を二つに割ってMad+Onnaと書いたのは伊丹由宇だったと思うが,今思い出してもなかなか洒落た命名だった。それくらいナイフみたいにキラッとしたところのある若いエントリーだったのだ。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

80年代ブリティッシュ・ソウル


初出:2013年5月1日
T.T.D.T.T.D.
(2002/03/20)
テレンス・トレント・ダービー

商品詳細を見る


☆ 80年代シーンはその前半はMTVの普及でMV(PV)全盛時代になった。それをベースにした80年代後半は様々なタイプのアーティストがデビューし,瞬く間に人気を攫っていった。その中には90年代も引き続き活躍したものもいれば,そうでなかった者もいる。
If You Let Me Stay (Terence Trent D'Arby)



☆ テレンス・トレント・ダービィ(今は改名しサナンダ・マイトレイヤ)もそうした一人で,そのソウルフルな歌唱はデビューの地であるロンドンから海を渡り母国アメリカへ広がった。ノーザン・ソウル以来の伝統を持つ英国好みのシンガーと言えるのかもしれない。彼や同時期にデビューしたスイング・アウト・シスターなどは明らかにロンドンのクラブ・シーンの興隆を伝える第1.5世代だった(第一世代はスタイル・カウンシルやシャーデー,ワーキング・ウイークなど)。

2017年4月19日付記

Holding Back the Years (Mick Hucknall / Neil Moss)



☆ TTD(正確にはアメリカ人で英国から先に火が付いた)以外にも80年代後半に活躍したブリティッシュ・ソウルの歌手は多い。彼の回で触れた人たちだけでなく,ミック・ハックネルの率いたシンプリー・レッドもそうだし,ファイン・ヤング・カニバルズもそうだろう。

She Drives Me Crazy (Roland Gift / David Steele)




テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Let's Get It On」 (マーヴィン・ゲイ 1973年7月15日)



Let's Get It On(Marvin Gaye / Ed Townsend)



I've been really tryin', baby
そろそろ始めようぜ,ベイビー
Tryin' to hold back these feeling for so long
この感じ,ずっと続けるのさ,そのまま,ずっと
And if you feel, like I feel baby
もしもおまえが俺みたいに感じてるのなら
Then come on, oh come on
こっちに来いよ,さあ,おいで

Let's get it on, oh baby
このまま続けようぜ,ああ,ベイビー
Lets get it on, let's love baby
このまま続けるのさ,愛し合おうぜ,ベイビー
Let's get it on, sugar
そのままでいいのさ,シュガー
Let's get it on, whoa
続けるのさ,おぅ

We're all sensitive people
俺達は皆,感じやすいものなのさ
With so much to give, understand me sugar
与えるべきものをたくさん持ってる時はね,
この感じ,分かるだろシュガー
Since we got to be here
ここに辿り着いた時からずっとそうなんだ
Let's live, I love you
俺達らしくいようぜ,愛してるよ

There's nothin' wrong with me
俺には都合の悪いことなんて何んにもないぜ
Lovin' you, baby love, love
ただ愛するだけさ,ベイビー,それだけ,ただそれだけ
And givin' yourself to me can never be wrong
そしておまえが自分を投げ出してくれるなら
俺は決して悪いようにはしないから
If the love is true, oh baby
この愛が本物だと言えるならね,ベイビー

Don't you know how sweet and wonderful life can be?
俺達がどれだけ甘くて素敵な人生が送れるか,分かってるだろ?
I'm askin' you baby to get it on with me, oh oh
だから俺はお前に訊きたいんだ,
このまま俺とずっと一緒にいないかと,ああ,そうさ
I ain't gonna worry, I ain't gonna push
俺はこれっぽちも悩んでないぜ
だからっておまえに無理強いさせたくもないけど
I won't push you baby
決して無理は言わないから
So come on, come on, come on, come on baby
だから来いよ,さあ,こっちに,おいでよベイビー
Stop beatin' round the bush, hey
狩りの獲物を駆り立てるような真似はやめてさ,ほら

Let's get it on, let's get it on
このまま続けようぜ,このまま続けるのさ
You know what I'm talkin' 'bout
俺が何の話してるか,分かってるだろ
Come on baby, let your love come out
さあ,こっちに来て,ベイビー,おまえの愛を俺に見せてくれよ
If you believe in love
俺達の愛を信じることができるのなら
Let's get it on, let's get it on baby
このまま続けようぜ,このまま続けるのさ,ベイビー
This minute, oh yeah let's get it on
この瞬間(とき)を,ああ,そうさ,このまま続けるのさ
Please, let's get it on
だから,このまま続けて
I know you know what I been dreamin' of, don't you baby?
俺がおまえのことをどれだけ想っていたか,
おまえだって分かっていただろ?
My whole body makes that feelin' of love, I'm happy
俺はからだ全体で,おまえを愛したくてたまらないのさ
とても幸せさ
I ain't gonna worry, no I ain't gonna push
俺はもう躊躇しない,でも,無理強いもしない
I won't push you baby, woo
そうさ,無理なことなんて何もしない
Come on, come on, come on, come on darling
だから来いよ,さあ,こっちに,おいでよダーリン
Stop beatin' round the bush, hey
狩りの獲物を駆り立てるような真似はやめてさ,ほら
Oh, gonna get it on, threatin' you, baby
ああ,このまま続けさせてくれ,もっとお前に迫りたいのさ,ベイビー
I wanna get it on
このまま続けたいんだ
You don't have to worry that it's wrong
悪いようにはしないから,何も心配しなくていいぜ
If the spirit moves you
もしおまえがその気になっているのなら
Let me groove you good
俺におまえを気持ち良くさせてくれ
Let your love come down
おまえの愛が俺達のもとに降りてくるようにしてくれ
Oh, get it on, come on baby
ああ,このまま続けさせてくれ,ベイビー
Do you know the meaning?
それがどんなことだか分かってるだろ?
I've been sanctified, hey hey
俺はもう十二分なんだ,そうさ,そうとも
Girl, you give me good feeling
ガール,おまえが俺をこんなに感じさせているんだよ
So good somethin' like sanctified
なんだかもう,聖なるものに触れたかのようにね
Oh dear I, baby
なんとまあ,ああ,ベイビー
Nothing wrong with love
愛があれば何も良くないことなんかないんだぜ
If you want to love me just let your self go
おまえが俺を愛したいと思うのなら,
そのまま突っ走ればいいんだよ
Oh baby, let's get it on
だからベイビー,俺達,このまま続けようぜ

☆ このだらだらのラブ・ソングは,間違いなく1970年代を代表する「口説き文句リスト」のトップページを飾った事だろう(爆)。ここから先の話は「大人向け」なので(笑)そのつもりで。

☆ あまりにも有名なエピソードだが,70年代のマーヴィンのライブでは興奮した(主として)若い女性の観客が穿いていたアンダーを脱いでは彼に投げつけていたという。この話は有名な割にYou Tubeなどで「現場」を確認したことがない(爆)。少なくとも70年代半ばに女性歌手(今でいうアイドル)に若い男性客(その大半は「親衛隊」)が雄叫(おたけ)びながら紙テープを投げつけていたことには覚えがあるが(立ち会ってはいない=苦笑=),この「アンダーパンツ投げ」の伝統はマーヴィンからTP(テディ・ペンディーグラス)に引き継がれた後どうなったのだろう?ちなみにテープ投げは松田聖子が出てきたり山口百恵が引退したころに自然消滅している。

☆ 口説くという行為をここまでセクシィで格好良く歌える人は,男では元々多くなかったし,そういう人達が実際に減っているのか,筆者が年齢(とし)を取って「そういうものを見ようとしなくなった」のかは,何とも言えない(自爆)。それにしてもとんねるずの番組名ではないが「生でダラダラ」以外の言葉が思いつかない名曲である(再爆)。


↑ その名も高い1980年モントルーでのライブ


テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「土曜の夜は僕の生きがい」 (エルトン・ジョン 1973年7月16日)



黄昏のレンガ路黄昏のレンガ路
1,490円
Amazon



☆ 前回の所さんの元ネタは意外とエルトン・ジョンではないかと思っている(爆)。エルトンの7枚目のスタジオ・アルバムで初の2枚組だった『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード(黄昏のレンガ路)』からの先行シングルとして1973年7月16日(月曜日)にシングル・カットされた(最高位:英国 第7位,米国 12位)。

Saturday Night's Alright for Fighting (Compose Elton John / Lyrics Bernie Taupin)



☆ 1973年ってグラム・ロックの全盛期で,このアルバムジャケットの絵に見えるエルトンのブーツも何やらヒールがやたら高いが(爆),当時からこの今日はエルトンには珍しい「ジャンプ・ナンバー」と評価されていた。どっちかと言うとタイトルからしてもモット・ザ・フープル風の不穏さ(したがって次世代であるストラングラーズのそれとはかなり違う=笑=)が漂っているのが73年っぽい。もっともアルバムタイトル曲が暗示する「金ぴかバブル」はむしろイーグルスに3年ほど先行していたかもしれない。

☆ Wikipediaのこの曲の解説(英語版)を見ると,ザ・フーやローリング・ストーンズ的な音作り(実際,フーは91年にカヴァーしている)を指摘している。またクイーンのフレディ・マーキュリーがお気に入りだったらしく,77年以降コンサートで数多く取り上げている。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Sweet Love」 (Anita Baker 1986年8月)


初出:2008年1月9日
RaptureRapture
(1994/06/17)
Anita Baker

商品詳細を見る


☆ 1980年代のスウィート・ソウルで一番好きな曲。もっともアニタ・ベイカーのヴォーカルはただ甘いだけでなく,野太いというか迫力がある。実際に歌ってみればわかるが(笑),この曲は相当な難曲で,おそろしく微妙なバランス感覚が求められる。非常にテクニカルなAメロを持ち,サビのところはシャウトに近い思い切った歌い方を要求される。だけどアニタの力強い歌唱はそんなことを一切感じさせず,典型的なスウィート・ソウルの甘さが溢れ出してくる。

☆ この曲で彼女は,その声質を駆使して溢れ出しそうな感情の迸(ほとばし)りを歌い切っているのだが,こういう歌い方は一歩間違えると自己満足というか「のど自慢」と化してしまうのだが(どこのマイケル・ボルトンとは言わん(笑)),この歌には「感情の寸止め」とでも言えばいいのか,ナチュラルに抑制がかかっていて,その絶妙のバランスがこの曲を80年代を代表する名作に押し上げている。

☆ さっき野太いと書いたが,ただ声(低音域)が太いのではなく,まるで建物の基礎のように彼女の「歌」をしっかり支えている。言うならば頑丈なヴォーカルなのだ。この曲を聴いていてイメージしたのは絶頂期の八代亜紀。どっちも癖があって嫌いな人は絶対受け付けないだろうし,非常に似たようなタイプである(スウィート・ソウルも演歌も本質似ているところがあるというのはある種の人には暴論かもしれないが,何より「歌」が証明していると思うのだが)。

2012年4月12日記
☆ オハイオ州トレド生まれでデトロイトで活動してきたアニタ・ベイカーの28時の時の大出世作で,おそらく80年代のソウル・バラードの最高傑作の一つである。アニタのこのアルバム『ラプチャー(Rapture)』については,アマゾンのレビューが指摘しているように,現代に至るソウル・ディーヴァの基本形を作り上げたと言って良いと思う。それは70年代的スウィート・ソウルにビートと力強さを加味し,ディジタル処理を暗黙の前提にした「ニュー・ニューソウル」だった。この点ではアニタとホイットニー・ヒューストンの役割は非常に大きかった。それは例えば英国のソウル・シーンがシャーデーに代表的なように70年代型のスウィート・ソウルをよりソフィスティケイトしたアップデートを試みた事とは対照的でもあった。

Sweet Love(Anita Baker / Louis A. Johnson / Gary Bias)



☆ 豪華なイントロは甘ったるい70年型ソウル・バラードを思い起こさせる(例えばフィリー・ソウルのように)が,スウィートと言うよりは迫力すら感じさせるアニタの熱情的なヴォーカルは,この曲をクリーミィにする代わりに力強く生き生きとした作品にしていく。それこそが,80年代型のソウル・ディーヴァとしての彼女の立ち位置でもあった。アルバムは翌年(1987)のグラミーで最優秀R&B女性シンガー,この曲は最優秀R&B作品に選ばれている。

2015年12月25日記
☆ アニタ・ベイカーの1986年のブレイクは,60年代のアレサ(アリーサ・フランクリン),70~80年代のチャカ・カーンの継承者という印象が強い。それは強力なライヴァルとしてのサラブレット,ホイットニー・ヒューストンや革新者としてのジャネット・ジャクソンら実に好敵手の揃った時代でもあった。アニタは今の分類ではクワイエット・ストームのはしりのように位置付けられているが,このヴォーカルを聴いてクワイエット・ストームはちょっと気の毒な気がする。クワイエット・ストームがハンチクな音楽だと貶しているのではなく,アニタはどう考えたってアリーサやチャカの系譜に連なるソウル・レディに他ならないからだ。

☆ 例えばアドゥ(シャーデー)をクワイエット・ストームの先駆というのなら納得できる。別にこれはブラック・ミュージックの十八番(おはこ)だった訳じゃなく,例えばスウィング・アウト・シスターのコリーン・ドリュリーだって(特にセカンド・アルバムからの路線では)クワイエット・ストームの本流にいると思う。アニタは確かに80年代のよりソフィスティケイテッドされたスウィート・ソウルの路線に沿ってはいたが,それはたまたまその時代が要請したからに過ぎない(陽水や清志郎がフォークのフォーマットで世に出てきたようなもの)。アニタの本質はやっぱストレートなソウル・シンガーなのだと思う。

☆ それにしても,いつ見ても面白い振付だ。多分本人がエモーションを自然に表現しているだけなのだろう。『ラプチャー』で第一線に躍り出た時の彼女はアラサーだったが,このパフォーマンスはなかなか可愛く感じる(^∇^)。

PS.後で思ったのだけれど,ランディ・クロフォード(クルセイダーズをバックに「ストリート・ライフ」を歌っている)の方がよほどクワイエット・ストームに先行しているなと。

2017年4月14日追記
☆ 上に書いたことで書きたいことは大抵書いているが(笑),アニタが20年早く生まれたら(彼女にも下積み時代があったので)アリーサ・フランクリンの好敵手になっただろう(70年代のダイアナ・ロスに対するグラディス・ナイトのように),当然のことながら,10年早かったらチャカ(カーン)の好敵手だっただろう。ではリアルタイムでは?間違いなくホイットニー・ヒューストンやジャネット・ジャクソンなのだが,若い二人と比較するより音楽的傾向ならやはりシャーデー・アドゥになるのだろうな。

☆ アニタにとってクワイエット・ストームという「時代的な評価」は,ドナ・サマーにとっての「ディスコ」と同じく,ミュージシャンとしての栄光とその限界を刻印したもののようにも感じる。しかし上のパフォーマンスを見れば分かるように彼女は音楽の神様に使える歌姫という名の巫女なのである。恋人同士の体温を超えた何か神々しいものがあり,そこに見えるものの本質は,一種の陶酔の中に身を委ねる彼女は,確かに音楽の神様に選ばれた歌姫の姿であった。



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「It's a Shame」 (The Spinners 1970年6月11日)


初出:2008年4月28日



IT'S A SHAME (Composed By Lee Garrett/Stevie Wonder/Syreeta Wright)



It's a shame, the way you mess around with your man
なんてみっともないんだ,君が僕の心を引っかき回すそのさまは
It's a shame the way you hurt me
なんて恥ずかしいことなんだ,君が僕の心を傷つける仕打ちは
It's a shame, the way you mess around with your man
なんて恥ずかしいことなんだ,君が僕の心を引っかき回すそのさまは
I'm sitting all alone, by the telephone
僕は家に戻り,電話の前の椅子にボンヤリ座って
Waiting for your call, when you don't call at all
君からの電話を待ち続けているというのに,鳴る気配すらないんだ

It's a shame (shame) the way you mess around with your man
なんてみっともないんだ(みっともない),君が僕の心を引っかき回すそのさまは
It's a shame (shame) the way you play with my emotions
なんて恥ずかしいことなんだ(恥ずかしい),君が僕の気持ちをもてあそぶそのさまは
It's a shame (shame) the way you mess around with your man
なんて恥ずかしいことなんだ(恥ずかしい),君が僕の心を引っかき回すそのさまは
You're like a child at play, on a sunny day
君はまるで晴れた日に新品のおもちゃをあてがわれた子供みたいだよ
But you play with love, and then you throw it away
最初は熱心にそれを玩(もてあそ)んで,飽きてしまったらその辺に投げ捨ててしまうんだ

Why do you use me, try to confuse me
君は僕をどうしたいんだ,僕の心をかき乱したいだけなのか
How can you stand, to be so cruel
君のやっていることを思うと僕の心は狂おしくなってくる
Why don't you free me, from this prison
僕を解放してくれないか,この恋の監獄から
Where I serve my time as your fool
僕が自分の時間の全てを君の愚かな僕(しもべ)として差し出しているこの場所から

It's a shame (shame) the way you mess around with your man
なんてみっともないんだ(みっともない),君が僕の心を引っかき回すそのさまは
It's a shame (shame) the way you hurt me
なんて恥ずかしいことなんだ(恥ずかしい),君が僕の心を傷つける仕打ちは
It's a shame (shame) the way you mess around with your man
なんて恥ずかしいことなんだ(恥ずかしい),君が僕の心を引っかき回すそのさまは
I try to stay with you, show you love so true
僕は何とかして君の側(そば)に行って,君への愛が真実であることを教えたいのに
But you won't appreciate, the love we try to make
だけど君は何ひとつ認めようとしないのさ,僕達が育んでいこうとするこの愛を

Oh, it's got to be a shame
ああ,なんて恥ずかしいことだろう

Why do you use me, try to confuse me
君は僕をどうしたいんだ,僕の心をかき乱したいだけなのか
How can you stand, to be so cruel
君のやっていることを思うと僕の心は狂おしくなってくる
Why don't you free me, from this prison
僕を解放してくれないか,この恋の監獄から
Where I serve my time as your fool
僕が自分の時間の全てを君の愚かな僕(しもべ)として差し出しているこの場所から

Got to be a shame (shame) the way you mess around with your man
なんてみっともない(みっともない),君が僕の心を引っかき回すそのさまは
Ohhh, it's a shame (shame) the way you hurt me
ああ,なんて恥ずかしいことなんだ(恥ずかしい),君が僕の心を傷つける仕打ちは
It's a shame (shame) the way you mess around with your man
なんて恥ずかしいことなんだ(恥ずかしい),君が僕の心を引っかき回すそのさまは
You've got my heart in chains, and I must complain
君は僕の心を鎖につないでいる,僕は不満を申し立てるべきなのさ
I just can't be content, oh look at (muttering)
僕は現状に甘んじたりしていない,よく見て欲しいんだ(不平を言うさまを)

Got to, got to, be a shame
ホントに,ホントに,恥ずかしいったらありゃしない...

↓ G.C. Cameronの素晴らしいパフォーマンス!



フリー・ソウル・オブ・モータウン70’sフリー・ソウル・オブ・モータウン70’s
(2004/09/08)
オムニバス、G.C.キャメロン 他

商品詳細を見る





テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「春のストーム」 (彩恵津子 1989年3月21日=アルバムリリース)


初出:2014年4月28日
In BloomIn Bloom
(1989/03/21)
彩恵津子

商品詳細を見る


「春のストーム」 (作詩:彩恵津子 / 作・編曲:岩田雅之)



2017年4月2日記
☆ この間,徳間書店がCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の傘下に入るというニュースがあった。徳間と言えばアサ芸こと「アサヒ芸能」が有名だが,一時期「週刊宝石」というおじさん系週刊誌を出していた。ぼくが彩恵津子のグラビア(といってもモノクログラビア記事=つまりメイングラビアの前後に引っ付いている記事付きの白黒グラビア)を見たのは唯一その紙面だけだった。

☆ バブル最盛期の流行語のひとつに「お嬢様」というのがあって(笑),それと対になるのがメッシー君とかアッシー君などという言葉であったのは当時を知る(大多数の)男女なら多少ほろ苦い思い出と共に思い浮かばれることと思われる(爆)。しかし今ではこんなところに(爆)と使っただけで若い世代の人達から冷たい視線を向けられるのも,些(いささ)か物寂しさを感じさせるのだが。

☆ そのモノクログラビア記事で彼女は他の人達(忘れてしまった)と並んで「お嬢様ポップス」と紹介されていた。これも本人には些か不本意だったかもしれないが,彼女が作詩したこの曲を聴くと,その佇(たたずま)いは「お嬢様ポップス」と書かれることが,意外と本質を衝いているかもしれないとも思った。

☆ この曲の主人公にとっての「ストーム」とは,目の前の彼に対する「狂おしいほどのコイゴコロ」であり,賢い彼女はそれを露ほども見せないのである。人によってはそのことは「あさどい振舞い」に見えるかもしれない。実際,前(さき)に書いたようにメッシー君,アッシー君をフジテレビのF1中継カメラのように駆使して(談:古舘伊知郎=爆=)青春をエンジョイされた「お嬢様」方も掃いて捨てるほどいたからだが,そういう「解釈」は彼女のコイゴコロにはちょっと辛辣過ぎはしないかと思ってしまうのである。

☆ 彩恵津子は天性のノーブルな声を生かし切った歌手だと思う。こういう曲を聴いていても(辛辣な人にとってはカマトトでも),心の奥に渦巻く情念がはっきりしていながら,それはちっとも暑苦しくも生臭くもなく,どこか清清したもっと純情なものに聞こえてしまうのである。この「聞こえてしまう」ところが彼女の天性であり,数多(あまた)の「お嬢様」と彼女のポップスを隔てる唯一の点であったのだ。


☆ あまり言いたくはないが,最近ロードショーにかかっていたこの映画原作小説も,残念ながら「この時代の香り」を非常に強く感じてしまう。これでは「冷たい目で見られ」ても仕方がないのかもしれない。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

土曜小ネタSHOW (不定期開催 第1回)



正気の沙汰でないと (作詩・作曲:所ジョージ 編曲:クニ河内)



☆ このタイトルを見ただけで爆笑する貴方はたぶん40代後半以上であろう(爆)という『TV海賊チャンネル』のテーマ曲。あの頃の土与の夜の乱痴気っぷりは,今の規制だらけのテレビマンにはさぞかし恨めしいことだろうと衷心より同情したい。火をつけた最初は東京12チャンネル時代のテレビ東京で(それ以前の日本テレビ「11pm(土曜日)」は省略する)「独占!おとなの時間」⇒「ナイトショー」ときた流れだろう。そこに文化放送のテレビ版とニッポン放送のテレビ版を狙ったCX「オールナイトフジ」が火をつけて土曜の深夜帯は「エロ解放闘争」になった。あと周辺諸国の顰蹙を買ったNSB(後のラジオたんぱ→らじおNikkei)の短波放送もあったが,まあそれはテレビじゃないので省略。

☆ で日テレの参戦が『TV海賊チャンネル』。その名を馳せたのは「シェイプアップ乱」(徳弘正也 1983~86 少年ジャンプ)の小ネタにも使われた「ティッシュタイム」だが(爆),良く考えるとティッシュという英語の元々の意味は「皮膚」なので,ここまで来ると殆どシャレでは済ませられないことになる(再爆)。で「エロ解放闘争」はお上の目に留まり(悲),早々に終結となるのだが,その途中には所さんの「シカウチさん発言」などいろんなおまけもついていたのである。



所さんの「シカウチさん」発言

☆ フジサンケイグループのプリンスだった鹿内春雄(しかない はるお 1945.05.15~1988.04.16)氏は,1970年代後半から当時パッとしなかったフジテレビを「面白くなければテレビじゃない」の「軽チャー路線」で快進撃をする原動力となった。(この人自身も奥様の話とかいろいろあるが今日は略)その鹿内氏が日テレが仕掛けアークヒルズに引っ越したテレ朝が追従した「エロ開放路線」が単なる過激路線に走ることを批判したことがある。で,批判された対象となった所さんは元々はキャニオンレコードに所属し「オールナイトニッポン」を担当するなどフジサンケイグループとは縁もあったのだが,自分の持ち番組を「権威」から批判されたことに反発した。ただ(いまだにネタになるらしい「月極(つきぎめ)」を「げっきょく」,「(東京都)江東区(こうとうく)」を「えとうく」と読んでいた)所さんは「鹿内(しかない)」氏の名字を「シカウチ」と読んでその名声を高めたのである。

PS. そういえばこの曲に「いい加減にしろよ」のモチーフが隠れてたりして(再爆)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

恋とはどうしようもないもの(第二夜)





Angie (Jagger/Richards)



☆ ストーンズにもバラードの佳曲がいくつかあって,「悲しみのアンジー」はその頂点に立つ作品かもしれない。シングルは1973年8月20日にリリースされ,2か月後の10月20日にビルボードHot100のNo.1となった。同時期のNo.1にはグラディス・ナイト&ザ・ピップスの代表曲「夜汽車よジョージアへ(Midnight Train to Georgia)」などがある。Wikipedia(日本版/英語版)の解説によると,「アンジー」のモデルとなった特定の女性はいないとのこと。ちなみにこの曲が出来た時期に生まれたキースの娘の名前もアンジェラだという。

☆ 曲のポイントとなるのはニッキー・ホプキンスの弾くピアノとニック・ハリソンのストリングス・アレンジだ(後者はもしかして井上陽水『氷の世界』のアレンジをしたヒトではないか?)。しかし今回のテーマは歌詩の主題。曲を聴いただけで原題に「悲しみの」と付け加えた本邦(当時のディストリビューションはワーナー・パイオニア)スタッフのセンスの良さに脱帽したい。こういうシチュエイションは恋愛ソングの定番である。今さら偉そうに言う話でもないが恋愛ソングには①上手く行く系②上手く行かない系があって,ポピュラー・ソングでは②の方が優勢である。なにせ「トーチ・ソング(失恋💔ソング)」なるジャンルが密かに存在するくらいであるから。そういう曲が人口に膾炙していく理由は,やはり人間が「感情の動物」であって,失恋や上手く行かない恋愛の苦しみの方が人の心をより揺さぶるからだろう。このシチュエイションに近いのはそういうハードな状況から抜け出す(あるいは立ち向かう)というものであって,以前にもスプリングスティーンやボン・ジョヴィで紹介したとおりである。

☆ この曲のシチュエイションは色々読める。当時のゴシップネタに沿って不倫ソングとも読める(少し前にオリジナル・ラブ「アイリス」について触れた)。あるいは次回以降に紹介する身分差恋愛系の匂いもする。いずれにせよ本人たちは燃え上がっているのだが,周囲に強力な障害が立ちはだかっており,先行きは上手く行きそうもない気配が濃厚な時,こういう作品が生まれる。そして「アイリス」の時に述べたように,曲の主人公たちの純粋さは周囲や世間の判断や評価とは別に,純粋であるがゆえにそうした「世間的なもの」を超えた何者かが(ちょうどザルツブルクの小枝の結晶が大きくなっていくように),この曲を(利害関係なく)聴く者の心を揺さぶるのである。

PS.「悲しみのアンジー」の歌詩の「引用」例には甲斐バンド「安奈」がある。あれはあれで上手く引用していると思う。


↑ これはまあ「アンジー」の話に引っ掛けた「お約束」。この時点でキャリアに比べかなり高い評価を得たことが彼女にとって吉と出るか凶と出るかは,今からさらに15年くらい先に振り返らないと分からないのではないかと素人目には思う。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

1978年4月4日の選曲から





Play That Funky Music (Rob Parissi)




Hey, Once I was a boogie singer playin' in a Rock and Roll Band
I never had no problems, yeah
Burnin' down one night stands
And everything around me, yeah
Got to stop to feelin' so low And I decided quickly (Yes I did)
To disco down and check out the show
Yeah, they was dancin' and singin' and movin' to the groovin'
And just when it hit me somebody turned around and shouted
Play that funky music white boy
Play that funky music right
Play that funky music white boy
Lay down the boogie and play that funky music till you die
Till you die
Oh ya, ya

I tried to understand this
I thought that they were out of their minds
How could I be so foolish (How could I)
To not see I was the one behind
So still I kept on fighting
Well, losing every step of the way
I said, I must go back there (I got to go back)
And check to see if things still the same
Yeah they was dancin' and singin' and movin' to the groovin'
And just when it hit me somebody turned around and shouted
Play that funky music white boy
Play that funky music right
Play that funky music white boy
Lay down the boogie and play that funky music till you die
Till you die, ya
Till you die

(Gonna play that electified funky music, yeah)

(Hey, wait a minute)
Now first it wasn't easy
Changin' Rock and Roll and minds and things were getting shaky
I thought I'd have to leave it behind
But now it's so much better (it's so much better)
I'm funking out in every way
But I'll never lose that feelin' (no I won't)
Of how I learned my lesson that day
When they were dancin' and singin' and movin' to the groovin'
And just when it hit me somebody turned around and shouted
Play that funky music white boy
Play that funky music right
Play that funky music white boy
Lay down the boogie and play that funky music till you die
Till you die
Oh' till you die

They shouted play that funky music
(Play that funky music)
Play that funky music
(You Gotta keep on playin' funky music)
Play that funky music
(Play that funky music)
Play that funky music
(Come and take you higher, ya)
Play that funky music white boy
Play that funky music right, ya
Play that funky music white boy
Play that funky music right
Play that funky music white boy
Play that funky music right

NOTES(主に英語版Wikipediaからの引用による。以下同)
☆ この1976年4月にリリースされたシングルは,オハイオ出身のRob Parissiが率いた白人ファンクバンドワイルド・チェリーの唯一の全米No.1ヒットであると共に,アベレージ・ホワイト・バンドの「ピック・アップ・ザ・ピーセズ」やK.C.・アンド・ザ・サンシャイン・バンドの「ザッツ・ザ・ウエイ(アイ・ライク・イット)」などと並ぶ1970年代を代表する白人ファンクの名曲である。シングルは,76年4月にクリーブランドのローカル・レーベルでリリースされ,これに注目したエピック・レコードによって全米にプロモートされることとなった。そのためビルボードHot100のNo.1に辿り着いたのは同年9月18日である。そしてそれから1年半少し経って後楽園球場で歌われたことになる。このお皿が「誰の選曲」なのかは容易に検討がつくが(笑),良い選曲であることに間違いはない。

220px-Fantasy_EWF.jpg

Fantasy
(Maurice White / Verdine White / Eddie del Barrio)



Every man has a place
In his heart there's a space
And the world can't erase his fantasies
Take a ride in the sky
On our ship, fantasize
All your dreams will come true right away

And we will live together
Until the twelfth of never
Our voices will ring forever, as one

Every thought is a dream
Rushing by in a stream
Bringing life to the kingdom of doing
Take a ride in the sky
On our ship, fantasize
All your dreams will come true miles away

Our voices will ring together
Until the twelfth of never
We all will live love forever, as one

Come to see victory
In a land called fantasy
Loving life, a new degree
Bring your mind to everlasting liberty

As one, come to see victory
In a land called fantasy
Loving life for you and me
To behold, to your soul is ecstasy

You will find other kind
That has been in search of you
Many lives has brought you to
Recognize, it's your life now in review

And as you stay for the play
Fantasy has in store for you
A glowing light will see you through
It's your day, shining day
All your dreams come true

As you glide in your stride
With the wind as you fly away
Give a smile from your lips and say
I'm free, yes I'm free, now I'm on my way

Come to see victory
In a land called fantasy
Loving life for you and me
To behold, to your soul is ecstasy

You will find other kind
That has been in search of you
Many lives has brought you to
Recognize, it's your life now in review

NOTES
☆ 少し前に「恋ダンス」というのが流行っていたが,そういう「なんとかダンス」の元祖のひとつがこの曲に由来する「ファンタジー・ダンス」であることは1970年代後半にディスコでブイブイ言わせていた諸姉諸兄なら存分にご存知のことと思われる(爆)。ファンタジー・ダンスの起こりが東京なのか大阪なのかは寡聞にして知らないが,もしかしたら後楽園の選曲もなにがしかの影響を与えているかもしれない。実際ぼくがこの年の暮れに地元のAM局のポピュラーベストテンの年間ランキングの投稿の中で投稿者(念のために言っておくがぼくではない=笑=)が選曲の理由に「キャンディーズのファイナル・カーニバルで歌われていた」というのを聞いたことがあるくらいだから(爆),日頃ディスコどころか洋楽にも興味を示しそうもない人達にまで影響を与えていたのかと当時は感心したものである(苦笑)。

☆ Wikipediaで米国盤シングルのジャケット画像を入手して,邦題が「宇宙のファンタジー」になった訳が初めて理解できた。邦盤シングルは確か『All'N'All(太陽神)』のジャケットイラストをそのまま転用したものではなかったかと思う。しかしモーリス・ホワイトは長岡秀星にはずいぶん感謝したのではないかと思う。長岡の描くジャケットはモーリスの宇宙観を見事に理解していた。例えば『魂(スピリット)』でアースのメンバーはピラミッド状に並んでいるのだが,これがモーリスの宇宙観であることは言うまでもない。また,「ファンタジー」の歌詩も例えば「暗黒への挑戦(ザッツ・ザ・ウエイ・オブ・ザ・ワールド)」の歌詩にあるのと同じ感覚である。

☆ もちろん背景にロス暴動に象徴される米国内の人種対立やニューヨーク大停電に象徴されるアメリカのヴェトナム後遺症があり,行き場のないイングランドの労働者の息子たちがフットボール場に向かうのと同じ感覚で彼ら若者はディスコに向かっていったことがあるだろう。モーリスの歌詩はそうした「行き場のなさ」に対するひとつの答えとして,それでも理想を掲げそこに向かうための努力が必要だということを遠回しに呼びかけていたのだ。

☆ ただ結果論ではあるが,そこで歌の主題となっている「この場所から離れて理想の世界に向かう」というコンセプトは,77年9月頃に修正され,確定したキャンディーズの「解散プロジェクトのテーマ=For Freedom」に一致したのであり,この選曲は当然のものだったと言えるのである。

☆ 「Fantasy」は全米では1978年1月13日のリリース(ビルボード最高位32位,全英14位,スウェーデン8位,オランダ6位)である。アルバム発売(1977年11月21日)後のシングルとはいえ,それから3ヵ月で後楽園にこの曲をかけることできたのは,このプロジェクトの集中力の物凄さを示すエピソードと言って良いと思う。



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

さくらの花の満開の下


初出:2014年3月28日
Shilhouette~シルエットShilhouette~シルエット
(2013/07/24)
松田聖子

商品詳細を見る


「チェリーブラッサム」(松田聖子 1981年1月21日)
 作詩:三浦徳子 / 作曲:財津和夫 / 編曲大村雅朗
CX「夜のヒットスタジオ」 (オケ=ダン池田&ニュー・ブリード)



☆ 桜の花は咲き始めると一直線に満開になりそのまま散って葉桜になる。日本人は余程この「あっさり感」が好きなのだと思う。宴会で酒盛りをしていると花びらが一枚また一枚と降って来るところも,また趣があって良い。まさに花見酒の心境に違いない。

☆ 松田聖子の4枚目のシングルは70年代型の「歌謡曲」が今で言う「J-POP」へ移行する時期の意義ある作品だった。この曲の詳しいレビューはどこか別の場所に譲るとして,大村雅朗のコンテンポラリー(あくまで1981年1月時点で)なロック・アレンジは,基本的に彼女のデビュー・アルバムの路線を継承しているのだが,むしろそのシンプルな一直線さが桜の花の満開の季節に良く似合っていた。惜しむらくはこれが1月後半新譜だったことだが,すでに頂点に立ちつつあった松田にとっては何のハンデにもなっていなかった。

2017年4月2日追記
☆ 本当は別のを用意していたのだけれど,「東京のソメイヨシノが満開になった」ニュースに合わせてこれに差し替え。この少し後に松田聖子のコンサートを見に行った時「髪を切ろうかなと思っているのだけれど,どう思う?」というMCがあった。実際にはその時の歌(「夏の扉」)が変形レイヤードの「聖子ちゃんカット」の最後のシングルになった。ちなみにその時の会場の反応は賛否相半ばという感じだった。ついでに言うと会場の男女比率は3対1~4対1くらいだったかな。

☆ 当時いろいろ言われたことが,この曲の時期にもまだ尾を引いていたけれど,松田聖子というヒトは「歌が好きで歌手になった」ことが最大の強みだった(この時期の「アイドル扱いされていた女性歌手」は,82年組あたりまでは間違いなく歌手志望の女の子が過半だった。勿論モデルさんや女優志願の子が手っ取り早くパブリシティを得るために歌手としてシングルを出す例もそれなりに多かったが)。それが「ぶりっ子批判」を乗り越えて歌手松田聖子を確立させる原動力だったことは間違いない。親を説得し倒して久留米を出たことに比べれば,そんなことは松田聖子にとっての障害ではなかったのだと思う。

SEIKO JAZZ(通常盤)SEIKO JAZZ(通常盤)
3,456円
Amazon



 
PS.とはいえ,娘さんも一本立ちして,ご本人もますますお盛んなようですが,松田聖子がジャズを歌う時代になったのかとも(平岡正明が生きていたら何と言っただろうか...)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

«  | HOME |  »

プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング

FC2ブログランキング

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

最近のエントリ

最近のトラックバック