2017-03

「Lovin' You」 (Covered by Janet Kay 1991年)





☆ ポピュラー女性歌手で「最高音競争」をすればベスト4にはケイト・ブッシュとマライア・キャリーが残りそうな気がするが(笑),もしかしたら優勝はミニー・リパートンかもしれない(爆)。そのミニーの代表作(1975年1月13日)をラヴァーズでカヴァーしたのがジャネット・ケイ(1991年)だ。

☆ ジャネット・ケイは日本で特に人気のあったラヴァーズ・ロック歌手で,いとうせいこうが相当入れ込んだレビューを書いているのを見たことがある(笑)。90年代初めはユーロ・ディスコ(「お立ち台」時代)やラヴァーズが主流になっていたが既にクラブ・シーンに音楽の主流が移りつつあった。話が脱線するが,当時のシーンはそんな感じであるので,音楽や若者の「バブル」には,経済のバブル期(80年代後半)の後も(90年代前半まで)続いていたという感覚がある。結局バブルは大人のバブルが子供(ギャル・コギャル)に転移していったため,思ったより長い期間だったとも思えるのだ。

Lovin' You (Minnie Riperton / Richard Rudolph)
Song by Janet Kay



☆ ミニー・リパートンのオリジナルは70年代半ばの音らしく,クレジットの関係上シークレット・ゲスト扱いのスティ-ヴィー・ワンダーが奏でるキーボードがミニーの超美声(言い過ぎだとは思わない。彼女の声は本当に神がかっている)を彩っている。このオリジナルが全米No.1に輝いたのは1975年4月5日。翌週には「奇跡の初登場No.1」第一号のエルトン・ジョン「フィラデルフィア・フリーダム」にその席を譲る。この時ミニーは27歳。その僅か4年後に乳がんのため夭折してしまった。

☆ そんなミニーのオリジナルに対して,ジャネット・ケイはラヴァーズの歌い手らしく素直に(曲をあるがままに受け入れて)優しく歌っている。ミニーの超美声とはまた違う,ラヴァーズらしい好解釈だと思う。彼女のカヴァーが優れているのは,オリジナルに対して真正面から挑むのでもなければ,斜(はす)に構えて違う角度からのアプローチという「ワンイシューで勝負する」のでもなく,オリジナルの良い部分を生かしながら,ラヴァーズの特徴の「ゆったりしたリズムに乗せて朗々と歌う」戦略を取ったことにあると思う。これはいとうせいこうでなくとも「一目惚れ」ならぬ「一聴惚れ」する歌じゃないか(* ´ ▽ ` *)。

※元記事:2014年3月29日を改稿。
スポンサーサイト

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

それは無意識の覚悟だったのか?



親愛なる者へ親愛なる者へ
2,916円
Amazon



☆ 中島みゆきの『親愛なる者へ』は,1979年3月21日に発売された。みゆきにとって5枚目のアルバムであり,初のNo.1獲得アルバムでもある(前年の秋から冬にかけてシングル「わかれうた」が彼女にとって初めてのNo.1シングルとなった)。ニュー・ミュージック・ムーブメントにいちばん勢いのある時期であり,1位にはほとんど障害もなかったが,おそらくこのアルバムが結果として今に続く中島の音楽世界の基盤になったのではないかとぼくは思っている。

☆ アルバムとしての『親愛なる者へ』は機会を改めて書きたいと思うが,上に書いた考えの根拠がアルバムのラストに置かれたタイトル曲(正確には「断崖-親愛なる者へ-」)にあると確信しているからだ。

うたまっぷ 中島みゆき 断崖-親愛なる者へ-
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=57692

☆ 「アザミ嬢のララバイ」から「わかれうた」を経てこの曲に繋がる(そして「悪女」へと続いていく)中島みゆきの詩の世界には,明らかに「夜のお姐さん」の雰囲気が濃厚にある(彼女たちの化粧の噎(む)せかえるような「あれ」だ)。この濃厚さは化粧品会社が自然に若い女性全体に拡散させてしまったので,今では戯画的な部分を除いてそんなものは残っていない。だからこの世界は70年代末の濃厚さを独特のものとして感じるしかなく,いずれそれは古典(的な文化・風俗)になっていくものであろう。

☆ その濃厚さを残していくことが歌姫たる中島みゆきの使命となったと書けば書き過ぎの誹(そし)りは免れないだろう。しかしどう考えても酌婦・娼婦の唄でしかない「アザミ嬢」が示した覚悟はこの曲でこう語られている。

> だけど死ぬまで春の服を着るよ
> そうさ寒いとみんな逃げてしまうものね (そう)みんなそうさ

☆ そして「いま崩れゆく崖の上」に立つ「彼女」は,もはや自分のことを「そ(う)して あたしは いつも 夜咲く アザミ」と自嘲することすらない。「(そう)みんなそうさ」と言い切る覚悟があるからだ。みゆきの詩には明らかに弱者たる自分がある。この歌詩をみて「いじめ」だの「ハラスメント」だのという問題が先取りされているなどとしたり顔で語るより,むしろそうした問題が本質的な人間の性(さが)に起因するものではないかと疑わせる事実があるのだ。

☆ 誰が見てもインチキでしかない「春の服」(春が意味=隠喩するモノも,別にある)を着る覚悟を示すことで,中島みゆきは「この世界」に別れを告げたのだ。それは崩れゆく崖の上に立ちながら

> 流し目を使う 昔惚れてくれた奴に

そして思わず呟くのだ。

> あぁ なさけないね

☆ これは「引かれ者の小唄」ではない。覚悟を決めた人間の照れ笑いなのだ。見ている者はいっしょにその苦笑いに付き合ってあげなければならないだろう。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

恋とはどうしようもないもの(はじめり)




☆ スタンダールの『恋愛論』の話を聞いたのは,高校の現国あたりだったと思う。もちろん有名なエピソード(出版された当時は全然売れなくて,作家が「この本の進化は百年経たないと分からないだろう」と悔しまぎれに言ったことが現実化して古典になったという,あの話)もその時に聞いた。後年,その本を読んでみて,いちばん印象に残ったのは,これもまた有名な「ザルツブルクの小枝」の話。岩塩が結晶作用で大きくなることを人が人を恋する気持ちに譬えたあの話だ。今頃になって振り返ってみれば化学(自然科学)の視点を心理(人文科学と自然科学の境界)に持ち込んだこと自体が,啓蒙思想(ユマニズム)の本家たるフランス人の面目躍如という気がしないでもないけれど,そういう小理屈は抜きにしても(苦笑)この洞察は当を得ているし,やっぱり「恋愛上手はフランス人かな」と危うく思わせるところもある(爆)。

THE ROOSTERSTHE ROOSTERS
1,572円
Amazon



☆ このカテゴリ名は当然ザ・ルースターズの曲名から来ている。これもどうでもいい話なのだが,「古典はそれが生まれた時代には最新の流行である(ただし上述のスタンダールの例を見るまでも無く,学術・芸術を中心に例外もまた多い)」という当たり前のことをぼくたちは忘れてしまう。あるいは学生の時に「勉強」させられるために,そう思えなくなってしまう。これは残念な話でもある。そして恋とはそのかなりの部分が「どうしようもないこと」で終わってしまうものであることは,古代ギリシアであろうが中世であろうが,近世(ロココ時代のフランスとか江戸時代とか基本的に場所は選ばない)であろうが変わらない訳で,例えば本邦の古典で言えば源氏や伊勢は明らかに「恋とはどうしようもないもの」の文脈の下にある(はずだ)。分からないのは当時の人が使った言葉が今のぼくたちのそれとは大きく異なっているからに過ぎな(。式部や伊勢の作者に今の若い人が面と向かって「ヤバい」と言っても彼らはキョトンとするだろう。どこの宇宙の言葉かと...)。






☆ 次はここから始める。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「黄土高原」 (坂本龍一 1986年4月21日=アルバムリリース)



未来派野郎未来派野郎
3,041円
Amazon





2013年7月5日
☆ 『未来派野郎』にはどことなく安定したものを感じる。それはテクノロジーとポップ音楽との「折り合いのつけ方」のようなものが見えるからかもしれない。「黄土高原」であれば途中で輝く吉田美奈子のコーラスの「光」のせいもあるかもしれない。

☆ この曲に流れる穏やかさは坂本龍一というどこか尖(とんが)ったところが売り物だったミュージシャンの地肌というか,彼の音楽のベースにある素養のようなものを感じさせるからかもしれない。

以下2017年3月24日付記
☆ Wikipediaのこの曲の解説を引用する。
> 坂本の作品では数少ない、オーソドックスなコード進行を持つ楽曲のひとつ。テクノの呪縛がとけて、いわゆるフュージョン的なテイストが全面に出ている。エレクトリックピアノの演奏は、手で演奏したものを一度NEC PC-9801対応のカモンミュージック社製音楽制作ソフト“レコンポーザ”に取り込んで細かくエディットされ、人間とコンピュータの中間の独特なノリを狙っている。16分音符と32分音符の組み合わせによる細かなシーケンスフレーズが曲を通して流れ続けているが、このシーケンスフレーズは、Roland社のMC-4とDX-7で作られている。なお、MC-4は4ヴォイスを全て使って打ち込みがされており、打ち込んだのは坂本本人である。加えて背景に流れているフィルターが変化するシンセのパッドはプロフィット5で、Roland社のMC-4のCV-2にフィルターの変化情報を入力し、フィルター情報はプロフィット5に直接繋いで鳴らしている。

☆ 1985年前後は,音楽のディジタル化が制作サイドからCDという手段を経て販売=消費サイドを動かし始めた時期である。まだこの時期はディジタル制作をすること自体に先進性があった(=つまり試行錯誤が多く見られた。例えば山下達郎の『ポケット・ミュージック』の初版のように)。テクノ・ポップを通過することでそのプロセスを体得していった坂本龍一にとっては,そのステップから次のステップへと踏み出していく時期であり「未来派」は単に歴史的な芸術ムーヴメントの象徴としてではなく,坂本にとっての「未来」への図面のひとつであったのかもしれない。

> パッヘルベルのカノンをモチーフとしたコーラスは、吉田美奈子による多重録音による。レコーディング中にたまたま遊びに来た飯島真理が気に入り、歌詞をつけて12インチシングル「遥かな微笑み」としてカヴァーしている。なお、曲名の「黄土高原」は「こうどこうげん」とも「おうどこうげん」とも発音できるが坂本自身は前者を使用している。アルバム『メディア・バーン・ライヴ』にはライヴヴァージョンが収録されている。

☆ この時期の美奈子は80年代初頭のファンクからさらに黒人音楽の根源へと自らのアプローチを掘り下げようとしている過程だった。だからカノンのモチーフ(先行事例として彼女とも縁の深い山下達郎の「クリスマス・イブ」があったが)を美奈子が解釈するとかようにゴスペル的な血の通った瑞々しいア・カペラ・コーラスになるところも興味深い。飯島真理はこの時代には彼女の音楽的立ち位置とは別に「アイドル的」でもあったから,教授はさぞかしお気に召したことだろう(爆)。

『palette(パレット)』 (飯島真理 2007年)
( 「遙かな微笑み ―黄土高原― 」(1986年7月21日)収録)

palette(パレット)palette(パレット)
2,983円
Amazon


☆ しかし曲を通しで聴いた印象は「整っている」ということだ。たくさんの音とリズムを重ねながら,端正に整理されている。ヘンな譬えだけれど,図書館で分類目録順に並んだ蔵書のような印象でもある。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「We Need Some Money」 (Chuck Brown And The Soul Searchers 1984年)



The Best of Chuck BrownThe Best of Chuck Brown
(2005/04/12)
Chuck Brown

商品詳細を見る


☆ チャック・ブラウンについて英語版Wikipediaにはこう紹介されている。
Charles Louis "Chuck" Brown (August 22, 1936 – May 16, 2012) was an American guitarist, bandleader and singer who is has garnered the honorific nickname "The Godfather of Go-Go".

☆ ここでいう"Go-Go"は,60年代のゴーゴー・ダンスやゴーゴー・ファンドとは何の関係もない,1970年代後半からワシントンD.C.を中心に流行りだしたファンクの一変形だ。チャック・ブラウンはそのムーヴメントを象徴するミュージシャン。前の時代の音楽で言えばボ・ディドリーだったり,以前にも書いたことがあるがアダム・アントが英国でやり始めたジャングル・ビートに近い音楽だと思う。むしろゴーゴーがジャングルやヒップ・ホップと相互に影響を与えていたことは,後年この曲がサンプリングなどを経て再評価され,チャック・ブラウン自身も晩年ではあったが来日していることからも分かる。たぶんその頃にはレア・グルーヴ扱いであっただろうが,この人自身は生涯現役に近い活動をしていた。

We Need Some Money

We Need Some Money(Full Length Version) (Chuck Brown And The Soul Searchers)
※5分20秒前後に一か所ノイズが入っています※




A Searchers Inc. Production.
Recorded and mixed at Power Station, NY.
Mastered at Sterling Sounds, N.Y.
Published by Z-Kidd Music BMI and Someofeach Music BMI.
(P) 1984 T.T.E.D. Records Arranged By – The Soul Searchers

Executive Producer – Maxx Kidd, Reo Edwards
Producer – Reo Edwards, The Soul Searchers
Written-By – C. Brown, M. Johnson, D. Tillery, J.B. Buchanan, M. Fleming

NOTES
A Searchers Inc. Production.
Recorded and mixed at Power Station, NY.
Mastered at Sterling Sounds, N.Y.
Published by Z-Kidd Music BMI and Someofeach Music BMI.
(P) 1984 T.T.E.D. Records
"Look out... Soul is Back!"

☆ NYのパワーステーションで収録されたということが誇らしげに書かれているが,最後の言葉がソウル・マンの気概を感じさせる。
「気を付けな...モノホンのソウル・ミュージックが戻ってきたぜ!」

☆ 以前にも紹介したが,山下達郎が自分の番組で1984年のベスト・レコードに,この盤を取り上げていた。彼も青山か渋谷かどこかでこのシングルを買った時にレーベル面を見ているはずである。当時のマイケルやプリンスに対する彼のスタンスを考えれば,この"Look out... Soul is Back!"はまさに当を得たコピーだったに違いない。

Master Card, VISA, American Express,
マスターカード,ヴィザ,アメリカン・エクスプレス
Ain't got no business with no credit cards
カードなしにゃ商売も出来ねえ
But cash is the Best
でも現ナマが一番だ

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Birdland」 (Weather Report 1977年3月=アルバムリリース)


初出:2013年7月9日
ヘヴィー・ウェザーヘヴィー・ウェザー
(2013/10/09)
ウェザー・リポート

商品詳細を見る


☆ クロスオーヴァーとかフュージョンとかいう言葉を耳にしたころの代表的な作品。AORには入れて貰えない(笑)が,エレクトリック・ジャズ起源のクロスオーバー音楽の格好良さがプンプンする作品。このアルバムと言えば天才ジャコ・パストリアスだけど,スタジオ録音ではわりと大人し目に弾いているのがかわいい(笑)。

Birdland (Zawinul[Joe Zawinul])




☆ ジャコ・パストリアス在籍時の傑作といえば『8:30』。このライブでの「バードランド」は疾走しながらスウィングするという今ならネ申技とか書かれるような素晴らしい演奏。このスウィングを体感して分かるように,何だかんだ言っても彼らは骨の髄からジャズの人達なんだなあ。百歩譲ってもAORには入れられないか(苦笑)。

Birdland (『Weather Report 8:30』Version)




☆ この曲の神技ヴァージョンといえば,既出ですが(汗)マンハッタン・トランスファーのあれ。完コピのイントロからあっという間にマン・トラ・ワールドに引きずり込む(笑)。いろいろ言う人がいるが,原曲へのリスペクトなしにこのチャレンジは無い。原曲に対する「遊び」の部分も含めヴォーカル・グループの底力をまざまざと見せつけたこのヴァージョンこそ,AOR的解釈に相応しいと思う。




2014年3月17日記

☆ 「バードランド」は東京都中央区銀座にあるやきとり屋さんではなく,ニューヨーク・ブロードウエイの52丁目にあったジャズ・クラブ。ビリー・ジョエルが1978年に『52番街』で描いたようなジャズ・クラブ。今ある店は1986年に営業を始め,44超目に移転して現在に至るとウィキペディアの解説に書いてあった。

バードランド

☆ 「バード」がチャーリー・パーカーの仇名であることを知っている人も減ってきたかもしれない。同名の歌手がいるが,彼女はたぶん解っていると思う(同じようにSuperflyもカーティス・メイフィールドのことを知っていると思いたい)。

☆ 「バードランド」は,ウエザー・リポートの1977年作品『ヘヴィー・ウエザー』の冒頭を飾る曲だが,このアルバム『ヘヴィー・ウエザー』は,この時代のジャズ/フュージョン最大の成功作のひとつというべき作品だ。これはエレクトリック・ジャズがロックやポップ・ミュージックに文字通りクロス・オーバーしていく過程そのものであり,その最大のカタリスト(触媒)となったのは言うまでもなく文字通りの天才ベーシスト,ジャコ・パストリアスの存在だろう。彼のベースが全てを支配したわけではない。そうではなく総てのミュージシャンの想像力を最大限に刺激した。だから天才だと思うのだ。しかしこの曲,いやこの時代のウエザー・リポートの破壊力はライブにおいてその神髄を如何無く発揮した。その時期の最高の演奏が彼等の公式ライブ盤『8:30』に記されている。

☆ 『8:30』のヴァージョンでは,ジャコのベースが走り出すと同時に,レコードのピッチを上回るスピードで演奏が展開されていく。その圧倒的速さ,そして破壊力。レコーディングされた演奏を聴き返すだけでこうなのだから,この会場にいたかった。至福を味わいたかった。シャッフル・ビートでだんだん熱を増していく演奏は,俗な言い方で言えば「クールな熱情」そのものだ。この曲をジャズとかクロスオーバーとかそういうカテゴリの中に入れておくのが勿体ない。これは間違いなくこの時代のポップ音楽のひとつの到達点だった。彼らは先駆者であり,挑戦者であり,革命家だったのである。

☆ ところで『Heavy Weather』は1977年作品,『8:30』は1979年作品だ。マンハッタン・トランスファーが「バードランド」をカヴァーした『エクステンションズ』を発表したのは1979年10月31日。おそらくレコーディングの頃に『8:30』はリリースされていたから,『8:30』のライヴ・ヴァージョンは耳にしていたかもしれない。というのもマン・トランのヴァージョンはヴォーカルで出来るだけ途中の楽器音を再現しようとしているふしがあるからだ。

2017年3月20日付記

Live Concert, Offenbach, Germany, Sept. 29, 1978



PERSONEL
Wayne Shorter - soprano and tenor saxophones, lyricon, percussion
Joe Zawinul - electric and acoustic pianos, synthesizer, organ, percussion, guitar
Jaco Pastorius - electric bass, drums, percussion
Peter Erskine - drums, percussion

☆ オッフェンバッハでのライブはラフな部分(ミスタッチ等)が若干あるが,ウエザー・リポートが単なるクロスオーヴァー/フュージョン的なジャズをやっていたのではなく,最もロック的なアプローチをジャズの形を失うことなく果敢に挑戦したことを如実に表している記録だと思う。そこにあるのはリードギター(とリード・ヴォーカル)の代わりをベースとサックスとキーボードが担うフォーピースのロック・バンドの変形である。その音楽の再現性はロックに通じ,そのリズムの精髄はドラムスのスキッフルビートとベースのフォービートがミックスしたポリリズムであり,コーダ部分のジャムり方はロックの即興演奏では全くなく,ジャズ以外の何でもない。そんな革新的いや革命的な曲にリアルタイムで出逢えて本当に幸運だったと思う。




個人的に凄いと思うベースプレーヤー
1960年代後半~70年代前半
ジョン・エントウィッスル(ザ・フー)
1970年代
ジャコ・パストリアス
(ウエザー・リポート)
1980年代
マーク・キング
(レベル42)

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

シュールの行方



初出:2014年6月30日

MONTAGEMONTAGE
(2013/04/10)
南佳孝

商品詳細を見る


☆ 78年の『サウス・オブ・ザ・ボーダー』からこのアルバムまでの間が坂本龍一のいわゆる「アルバイト期間」だった(笑)。そういえば佳孝氏のアルバムの中にはYMOになる前の三人が揃ってクレジットされている作品もある。だから『モンタージュ』のA面の殆どがテクノ(ハウスと言った方が良いかも)的な要素を反映させている。だけどテクノでタンゴをやるのはムーンライダーズの流れとかあがた森魚(ヴァージン・Vs)とかけっこう流行っていたんだな,あの頃のトーキョー。業界的には東京ロッカーズにばかり目が行ってたような気がするけども。

☆ 作曲:南佳孝と来れば組み合わせる作詩家はやはり松本隆か来生えつこになるだろう。松本=南は代表作がごまんとあるが,「モンロー・ウォーク」を代表とする来生作品も捨て難い。特にこの曲は彼も個人的に思い入れがあるようで,当時のMCでは詩の一説を引いて激しく同意していた(爆)。ちなみにこの路線では82年作品『Seventh Avenue South』に収録された「Down Beat」が最高傑作だと思うが,それはまた,別の話。

「コンポジション・1」 (作詩:来生えつこ / 作曲:南佳孝)



2017年3月17日追記
☆ 売野雅勇が河合奈保子の「エスカレーション」の詩を書いた時に,それまでの河合奈保子の路線をチェンジするという意味で遠回しではあったが来生えつこの作詩を貶していた(河合の前作品が来生の作詩。そういえば全く同じパターンを1年前に中森明菜でやっていた)。売野の発言はやや気負いがあって「それは違うだろ」と思ったのは,作家としての来生えつこが人(=歌手のキャラクター)を見て詩を書き分けていたことを知っていたからだ。気心の知れた南佳孝に書いた上の曲のシュールな詩を女言葉に書き換えれば,別にその当時の河合奈保子が歌っても全然違和感が無かっただろうし,その方が面白味もあったかもしれない。例えばこんなふうに。。。
" 遊び慣れてる オトコの言い草は 「カワイイ人なんだ」 笑わせないで "
こっちの歌詩の方が「エスカレーション」より,ずうっとシュールだと思うけど(笑)。

☆ シュールというコトバは,最近聞かない。もっともあの当時の用法だって,原意(シュールリアリズム [surréalisme] から転じた「現実を超越していて、真の理解が不能だというさま。(引用:コトバンク,出典元:大辞林 第三版)」)から相当離れていて,超現実主義というより,「物事(特に恋愛沙汰など人の感情に関すること)をクールに割り切ること,またはそういう言動」くらいの意味に使われていた(形容動詞的に「シュールな○○」という形でね)。

☆ この「シュール」は,今の「クール」や「スマート」につながる部分もあるけれど,どちらかというと今ではシュールの部分が単体で「チョー(なんとか)」と都合良く和訳されて使われている気がする。で,この論法でいくと「彼女はシュールだ」は「あの娘はチョー現実主義者だ」になるんだろうか?これって「ハルキスト」と同じくらい「座りの悪い」言葉だと思わない(爆)?

☆ あの時代(70~80年代初頭)で「シュールな人」って誰だっただろ?秋吉久美子や桃井かおりは近そうで違うな(何となく思ったのは「傷だらけの天使」のホーン・ユキがやってた探偵事務所の女の子かな)?とまあ,改めて考えてみると居そうで居ない気がする,こんなヒト。あの時代で殆ど居なかったとすれば今は絶滅ではなく元々想像上の存在だったのだと,それこそ「シュールに割り切った」方が良い気がする(苦笑)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

何だか良く分からないままに大ブームの時代(その2.0)



噂
2,037円
Amazon



初出:2011年7月23日

☆ サウンドがガラッと変わったことで人気者になったバンドは数多い。あるいはもともと人気があったバンドのサウンドがガラッと変わったことで新しい(それも前よりも非常に多い)ファンを獲得したバンドも少なくない。フリートウッド・マックの場合は1970年代を代表するベストセラーアルバムとなって結実するのだが,その快進撃はこの曲から始まる。

(Go Your)Own Way (Lindsey Buckingham)


Loving you
Is it the right thing to do?
How can I ever change things
That I feel?

If I could
Maybe I'd give you my world
How can I
When you won't take it from me

You can go your own way
Go your own way
You can call it
Another lonely day
You can go your own way
Go your own way

Tell me why
Everything turned around
Packing up
Shacking up's all you wanna do

If I could
Baby I'd give you my world
Open up
Everything's waiting for you

You can go your own way
Go your own way
You can call it
Another lonely day
You can go your own way
go your own way

You can go your own way
Go your own way
You can call it
Another lonely day
You can go your own way
go your own way
You can call it
Another lonely day

You can go your own way...
You can call it another lonely day...
you can go your own way...

☆ その頃ヒットチャートに狂喜していた若者は全く知らない話だったが,このアルバム制作時のフリートウッド・マック内の人間関係は最悪の状態だった。そうした現実から逃れるように作品に没頭したということ(ウィキペディアの解説)だが,傑作とは得てしてそういう状態の中から生まれるものである(ビートルズでもそうだった)。

Classic Albums: Rumours [DVD] [Import]Classic Albums: Rumours [DVD] [Import]
(2005/02/22)
Fleetwood Mac

商品詳細を見る


初出:2013年9月26日
初出(1):Musically_Adrift@ameba http://ameblo.jp/definitivegaze/entry-10524689112.html
初出(2):Musically_Adrift@ameba http://ameblo.jp/definitivegaze/entry-10524701241.html
初出(3):Musically_Adrift@ameba http://ameblo.jp/definitivegaze/entry-10524716940.html
=1=
☆ 1970年代全米チャートを代表するモンスターアルバムは3枚ある。一枚目はピーター・フランプトンの『Comes Alive』二枚目がこのフリートウッド・マックの『噂(Rumours)』三枚目がオリジナル・サウンドトラック『Saturday Night Fever』。元々イギリスのブルース・ロックのムーブメントの頃に結成されたフリートウッド・マックは,メンバー交代とともにサウンドの色を変え,商業的な成功を収めた前作『ファンタスティック・マック(Fleetwood Mac)』ではボブ・ウエルチに代わりリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスの二人が加わり,バンドはポップ・ロック・バンドとしての形を整える。
Go Your Own Way (Lindsey Buckingham)
Released January 1977 #10 US,#11 CAN CER,#1 NL,#38 UK

☆ 1982年「Mirage」ツアーからロス・アンゼルスでの演奏。


☆ リンジー・バッキンガムのア・カペラ・ヴァージョン。曲の輪郭がはっきり掴める。
※このヴァージョンはインストゥルメンタル・パートは無音で,画面だけが動くので留意方。


=2=
噂 35周年記念盤 デラックス・エディション噂 35周年記念盤 デラックス・エディション
(2013/02/27)
フリートウッド・マック

商品詳細を見る

☆ この曲でスティーヴィー・ニックスは全米の歌姫の座に就いた。7年後にマドンナがその地位を襲名するまでの間,彼女が歌姫だったのである。

Dreams (Stevie Nicks)
US Released March 24, 1977、UK June 1977
US,CAN #1 NL #8 UK#24



☆ 静かな曲だ。スティーヴィー・ニックスは少し癖のある濁(だみ)声なのだが,この曲では不思議とそれが目立たない。おそらく「ソフト・ロック」という言い方が出来る最後の方の作品で,数年後であれば「メインストリーム・ロック」もしくは「AOR」となったことだろう。

Dreams (Fleetwood Mac) Live 1979


=3=
☆ フリートウッド・マックの女性ヴォーカルは,スティーヴィー・ニックスとクリスティーン・マクヴィーの二人となり,スティーヴィーは先に書いたようにアメリカの歌姫になる。クリスティーン(マクヴィー)にその気がなかったとしても彼女もまた才能あふれたミュージシャンであるとともに,ヴォーカルも取れるキーボーディストであり,このシングルはそれを証明するものだった。

Don't Stop (Christine McVie)
Released US July 6, 1977 / UK March 1977
#1 CAN,#3 US,#4 NL,#32 UK



If you wake up and don't wanna smile
If it takes just a little while
Open your eyes and look at the day
You'll see things in a different way

Don't stop, thinking about tomorrow
Don't stop, it'll soon be here
It'll be, better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

Why not think about times to come
And not about the things that you've done
If your life was bad to you
Just think what tomorrow will do

Don't stop, thinking about tomorrow
Don't stop, it'll soon be here
It'll be, better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

All I want is to see you smile
If it takes just a little while
I know you don't, believe that it's true
I never meant any harm to you

(Repeat Chorus 2x)
Don't stop, thinking about tomorrow
Don't stop, it'll soon be here
It'll be, better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

Oh... Don't you look back
Oh... Don't you look back
Oh... Don't you look back

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

何だか良く分からないままに大ブームの時代(その2.1)


噂(リマスター&ボーナス・ディスク・エディション)噂(リマスター&ボーナス・ディスク・エディション)
(2010/05/26)
フリートウッド・マック

商品詳細を見る

初出:2013年9月27日
初出(4):Musically_Adrift@ameba http://ameblo.jp/definitivegaze/entry-10524772442.html
初出(5):Musically_Adrift@ameba http://ameblo.jp/definitivegaze/entry-10524810259.html

=4=
☆『噂』からの最後のシングルは,これもクリスティーン・マクヴィーがヴォーカルを取る「You Make Lovin' Fun」だった。スティーヴィー(ニックス)に比べると彼女のヴォーカルはソウルフルでこの二人の女声の違いがフリートウッド・マックというバンドのレンジを広げていたことが分かる。今聴いても実にクールな曲。

You Make Loving Fun (Christine McVie)
Released September 1977(#9 US #7 CAN #45 UK)


☆『噂』は全世界で3,000万枚以上を売り上げるという文字通りのモンスター・アルバムとなった。なぜこれほどまでこのアルバムが成功したのかは,ヒット作の常として未だに謎である。ただ,非常にバランスの取れたアルバムであり,ソフト・ロックがAORへと展開していく時期に,元々ブルース・ロック・ムーブメントにその源を持つフリートウッド・マックがここまで支持を受けたということは象徴的な感じがしないでもない。ブルースやソウルという土台にバッキンガムとニックスという曲も作れてグループの華たりうる個性が出会ったことで,グループにとってのカタリスト(触媒)的な効果があったともいえる。また,この二人の加入前にグループを離れたボブ・ウエルチが,パリス(ポリスではない^^;)での活動の後ソロアルバム『French Kiss』を引っさげてシーンに華々しく復帰したのも偶然とはいえ,象徴的な気がする。彼らは皆,このときが「旬」だったのだ。

You make loving fun(1977 LIVE Full version)


=5=
French KissFrench Kiss
(2008/04/29)
Bob Welch

商品詳細を見る


☆ フリートウッド・マック繋がりで元メンバーのボブ・ウエルチの大ヒット作『French Kiss』に(笑)。ところで常々疑問(愚問でもある)に思っていたのだが,「フランス流の接吻」はライト・キスなのかディープ・キスなのか。ついでだから調べてみた(自爆)。

Sentimental Lady (Bob Welch #8 1977)



☆ 米国版Wikiを見ているとこのアルバムは当初パリスのサード・アルバムとして作られていたらしい。結局ソロデビュー作の形を取り,大成功(全米アルバムチャート最高位第12位,プラチナレコード)となる。ところで先ほどの「フレンチ・キス」については日本版ウィキペディアの「接吻」の項に実に詳細な描写があるので(爆)そちらを参照されたい。ひとことで言えば「フランス流のオープンなディープ・キス」のことを「イギリス人が揶揄して」名付けたということだそうだ(再爆)。しかしこの曲も実に時代を先取りした「AOR」だと思う。AORファンはもう少し視野を広げると,こういう曲をどんどんコンピレーションの中に入れられると思うのだが,どんなものか。

Ebony Eyes (Bob Welch #14 1978)
Backing vocal:Juice Newton


☆ 途中,どこかで聴いたフレーズが出てくるが,これはボブの方が先で,ジェフ・リンは後から使っている(ELO「Last Train To London」)。もっとも完全に無意識の仕業だろう。両者がこの件で「揉めた」という話を聞いたことがないから。こっちの方がロックっぽくて好きだ。


お約束の落書き帖
(1)ボブ・ウエルチはジャック・ウエルチ(GE前CEO)とは何の関係もない(そっちのウエルチはプラスチック事業で成功して出世街道をまっしぐらの時期ではあるが)。
(2)パリスはヒルトンの娘とは何の関係もない(下らな過ぎてコメントもない。ただし渋谷陽一大先生が絶賛したにも拘らずコケたことは事実ではあるが^^;)。
(3)ウィキペディアの解説によるとフレンチキッスはディープなものである(爆)。

2017年3月11日付記
☆ フリートウッド・マックはイギリスの60年代後半に巻き起こったブルース・ロック・ムーブメント(同時期のアメリカはサイケデリックからニューロックに移りつつあった。ちなみにプログレッシブ・ロックはこれにほんの少し遅れてイギリスを席巻する)の中から登場した。ブルース・ロックはやがてパブ・ロックの一つの水脈になり,海を越えて西海岸ロックに定着する(初期のスティーヴ・ミラー・バンドなど)が,フリートウッド・マックはボブ・ウエルチが加入した頃から今で言うメインストリーム・ロック(むしろA.O.R.かもしれない)に移行していく。



☆ フリートウッド・マックをスーパースターに押し上げたのは1975年7月11日発売の同名アルバム(邦題『ファンタスティック・マック』)だ。ボブ・ウエルチが脱退し,リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスが加入したこの時期がいわゆる「黄金期ラインナップ」となる。前々回紹介したピーター・フランプトン『カムズ・アライブ!』は4月10日にNo.1になった後,7月24日,8月14・21・28日,9月11・18・25,10月2・9日とNo.1になっているが,このアルバムは9月4日にNo.1になっている。

Rhiannon (Stevie Nicks )
Release:1976年2月4日,全米最高位11位


☆ 『噂(Rumours)』は「リアノン」の発売からちょうど1年後,1977年2月4日にリリースされた。その頃のナンバーワン・アルバムはバーブラ・ストライサンド『スター誕生(オリジナル・サウンド・トラック)』で,これに前年末から快進撃を続けていたスティーヴィー・ワンダー『ソングス・イン・ザ・キー・オブ・ライフ』や日本のファンには(ポールの強制送還事件で)特に印象深い『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』,そしてイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』がNo.1を争っていた。『噂』が最初にNo.1を取ったのはアルバム発売からたった2ヵ月の4月2日。翌週も1位を取るが,イーグルスが逆転。そこから5週間『ホテル・カリフォルニア』が首位をキープするが,5月21日から8週間連続,『バリー・マニロウ・ライブ』に7月16日だけその座を譲ったが,7月23日から11月26日まで4ヵ月半19週にわたり首位を独占した。12月になってそれに代わったのがリンダ・ロンシュタット『Simple Dreams(夢はひとつだけ)』だった。

☆ 1976~7年という時期はスティーヴィー,イーグルス,フリートウッド・マックという70年代を代表する作品が次々にメガヒットした時期だったが,『噂』の破壊力はすさまじく,アルバムは全世界で4,500万枚を売り上げている。その頃我が国ではディスコ曲が爆発的に流行っていた。この系譜は後年(1980年代後半~90年代前半)ユーロ・ディスコとして大復活するが,ミュンヘンサウンドも一部含まれてはいたが(突破口としてのドナ・サマーの役割は本当に大きかった),全米チャートではあまり取り上げられないものばかりだった。チャート小僧(当時)としてはなかなか面白くない状況が続いていた。だから「オウン・ウエイ」「ドリームス」「ドント・ストップ」「ユー・メイク・ラヴィン・ファン」といったこのアルバムからのシングル曲はたいそう優遇したものである(爆)。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

何だか良く分からないままに大ブームの時代(その1)




☆ 音楽に音楽の神様がいるように,ポピュラー音楽にもポピュラー音楽の神様がいると思う。別の言い方をすれば芸術には芸術の神様がいるように,芸能にも芸能の神様がいる。神様は時々悪戯をして,考えてもみなかった大ブームを誰かの頭上に降り注ぐのである。

☆ 1970年代はとくにそういう「何だか良く分からないままに大ブームの時代」だった気がする。こういうことは今でも起きているし(昨年の大ヒット=ポピュラーソングではない=の中にも確かに「そういうもの」と思われるものが入っている),本当は時代を選ばない(ポピュラーソングの世界で言えばエルヴィスやビートルズやボブ・ディランはその典型であるはずだ)。そういうものをチョッとだけ取り上げてみたい。

Show Me the Way (Peter Frampton)
Studio Take Release 1975年2月
Live Version Issued 1976年2月(最高位米6位=ビルボード,カナダ2位,全英10位)
サタデー・ナイト・ライブの映像



☆ Wikipediaの記載によると,ピーター・フランプトンはデヴィッド・ボウイの高校の後輩だったらしい。彼の活動はスティーヴ・マリオットとのハンブル・パイが本格的なスタートで,その後ソロとなりライブを積み重ねて1976年の『フランプトン・カムズ・アライブ!』(1976年1月6日)で人気が爆発する(4月10日以降合計10週No.1全米売上800万セット(LP2枚組),全世界では1,100万セットを売り上げている)。

☆ ライブ活動を積み上げてメジャーになるのは,メインストリーム・ロックでもいわば王道パターンである。そしてまたそのライブの勢いや熱狂をライブ・アルバムという形で提示することは,シングルヒットに乏しいミュージシャンにとっては格好のショウケースとなる。日本のミュージシャンにこれを当てはめると,前者は浜田省吾,甲斐バンド,ハウンドドッグらで後者はRCサクセションである(という引用をしてしまう人間がこれを書いている^^;)。

☆ ライブの魅力が「熱」であることは,ポピュラー音楽では早くから知られていた「秘密」だった。ビバップの時代のジャズを思えばいい。そこには名曲ではなく名演があると言われたが,それこそがこの音楽の持つ「ライブ感」であった。ロックンロールでもそれは同じで,特にホールからスタジアムに巨大化していく過程である70年代半ばにこのライブアルバムが途方もないヒットとなったことは,その後のポピュラー音楽の方向性を決めたと言って良い。

☆ この曲でフランプトンが駆使するトーキング・モジュレーターは,少し前に紹介したジェフ・ベックなども使っていた(『ブロウ・バイ・ブロウ』2曲目「シーズ・ア・ウーマン(ビートルズのカヴァー)」参照)。Wikipediaにも書いてあるがジェフはある時フランプトンのこの曲を偶然聴いて,それ以降トーキング・モジュレーターを使うのを止めてしまったという。逆にフランプトンはトーキング・モジュレーターで自らのブランドを立ち上げたことが同じ記載の中で触れられているが興味深い。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Paint Me Down」(Spandau Ballet Live at the Sadlers Well Theatre 1983


DiamondDiamond
Amazon


☆ スパンダー・バレエはニュー・ロマンティックスのムーヴメントに乗って浮上したが(82年だったか83年だったかの暮れには,同じムーブメント最大の功労者であるデュラン・デュラン(どちらも5人組グループ)と英人気テレビ番組でクイズ対決をした(要するに日本で言うアイドル,向こうで言うティニー・ホッパーだった)ことがある。



☆ だが彼等は早い時点でニュー・ロマンティックス(以下「ニュー・ロマ」と略す。)から方向転換し,ブリティッシュ・ファンクに向けたアプローチを取り始めた。良く考えるとデュラン・デュランもニュー・ロマ的なエレクトロ・ポップはごく初期にしかやってない。ニュー・ロマの中心にはミッジ・ユーロがジョン・フォックスから引き継いだウルトラヴォックスとスティーヴ・ストレンジのキャラクター立ちだったヴィサージがいたが,どちらかと言うと百花繚乱だったエレ・ポップ(トーマス・ドルビー,スロッビング・グリッスルからゲイリー・ニューマン,シンプル・マインズ,OMD,ヒューマン・リーグまで)の一亜種だった感が強い。



☆ ただスパンダー・バレエがブリティッシュ・ファンクに接近していたのはこのセカンド・アルバム『ダイヤモンド』のみで,そこからはどちらかと言うと米国で言う「メインストリーム・ロック」や「ブルー・アイド・ソウル(もしくはAOR)」に接近し,代表作『トゥルー』に向かって突き進んでいく。ここで紹介するYouTubeは彼らがスターダムを確立した時期のライブで勢いも感じさせるが,もしかするとバンド,特にヴォーカルのトニー・ハドレーはロキシー・ミュージックのサウンドを意識していたかもしれないという気もする。

This is Spandau Ballet singing "Paint Me Down" Live at the Sadlers Well Theatre in London, UK - May 1 1983
This track was taken off the Laserdisc titled "Over Britain"
YouTube posted by James Bonisteel 2013/04/30

Paint Me Down (Gary Kemp)



☆ ぼくは昔からニュー・ロマは80年代にパンク/ニューウエイブのムーブメントを受けて英国のショウビズが仕掛けたトレンドだと思っているが,デュラン・デュランもスパンダー・バレエもそのトレンドを潜り抜けたところに価値があったとも思っている。



テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Another Star」 (スティーヴィー・ワンダー 1977年8月) その1



キー・オブ・ライフキー・オブ・ライフ
(2012/09/19)
スティーヴィー・ワンダー

商品詳細を見る





2007年10月25日
Another Star (S.Wonder)

La la la la la la la la la
La la la la la la la la la

La la la la la la la la la
La la la la la la la la la

For you
君にとっては
There might be in brighter star
それは輝き薄いよその星のこと
But through my eyes the light of you is all I see
だけど僕の瞳を捉えて離さないのは輝く君の姿

For you
君にとっては
There might be in another song
その耳をすり抜けていくだけのただの歌
But all my heart can hear is your melody
だけど僕に聴こえるのはこの心を揺さぶる君の旋律

So long ago my heart without demanding
とてもとても前から僕の心は求めることを失っていた
Informed me that no other love could do
もう新しい恋の知らせなんて来るはずはないのだと
But listen did I not though understanding
だけど理屈を超えた所で何かが起こってしまった
Fell in love with one
激しい恋に落ちてしまったんだ
Who would break my heart in two
僕の心を真っ二つに引き裂くような女性(ひと)と

For you
君にとっては
Love might bring a toast of wine
恋はワインで乾杯をするようにやって来るものかもしれないけれど
But which each sparkle know the best for you I pray
そのワインの煌めきの一つ一つが僕の君に対するささやかな思いなのだ

For you
君にとっては
Love might be for you to find
恋は君を見つけくれるものなのかもしれないけれど
But I will celebrate our love of yestarday
それでも僕は昨日恋に落ちた僕たちを祝いたいのだ

So long ago my heart without demanding
とてもとても前から僕の心は求めることを失っていた
Informed me that no other love could do
もう新しい恋の知らせなんて来るはずはないのだと
But listen did I not though understanding
だけど理屈を超えた所で何かが起こってしまった
I fell in love with one
激しい恋に落ちてしまったんだ
Who would break my heart in two
僕の心を真っ二つに引き裂くような女性(ひと)と

For you
君にとっては
There might be in another star
それは輝き薄いよその星のこと
But through my eyes the light of you is all I see
だけど僕の瞳を捉えて離さないのは輝く君の姿

For you
君にとっては
There might be in another song
その耳をすり抜けていくだけのただの歌
But in my heart your melody will stay with me
だけど僕の心の中で君の旋律は僕と共にある...

La la la la la la la la la
La la la la la la la la la

(Repeat and fade)

※残念ですが以下の画像は再生不能です。
↓ 1995年スペイン・マドリッドでのライブ放送から(スペイン語の対訳字幕つき)この曲がフィナーレだったようで,珍しいスティーヴィーの退出時の映像が見られた


↓ 久保田利伸「You were mine」。このライブではオリジナルからの引用をキチンとやっていて好感が持てる



↓ この曲といえばこれでしょ。橋本以蔵脚本。陣内孝則,柳葉敏郎,三上博史,三田寛子,浅野ゆう子,工藤静香。。。最後は笑えるが,皆さんお若い(^o^)



(この回は非常に長いのでここまで、次回はこの曲について)

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Another Star」 (スティーヴィー・ワンダー 1977年8月) その2



キー・オブ・ライフキー・オブ・ライフ
(2012/09/19)
スティーヴィー・ワンダー

商品詳細を見る


Another Star (S.Wonder)

Personel
Bobbi Humphrey - Flute
George Benson - Guitar & Background Vocals
Hank Redd - Alto Saxophone
Raymond Maldonado - Trumpet
Trevor Laurence - Tenor Saxophone
Steve Madaio - Trumpet
Nathan Alford, Jr. - Percussion
Carmello Hungria Garcia - Timbales
All Other Instruments Stevie Wonder
Josie James - Background Vocals

2008年4月5日
☆ 1976~7年を代表する,というより70年代の黒人音楽を代表する歴史的名盤『Songs In The Key of Life』から3枚目のシングルとして,1977年9月にリリースされたが,アルバム自体が売れ過ぎてしまったせいか,悲しいほどヒットしなかった(Top40在位4週,最高位32位)スティーヴィー・ワンダーのシングル。以前訳詩を試みたので(2007年10月25日),今日はレビューだけ書く。

☆ スティーヴィー・ワンダーの功績はたくさんある。まず名前の通り "Little Stevie Wonder" の時代から,ショウビズと戦いながら,確りと自分の音楽世界を問うてきたこと。特に70年代は「ニュー・ソウル」の旗手として,強いメッセージ性と優れた音楽性を共存させた奇跡のような作品を(ベリー・ゴーディとマネジメント上では戦いながら^^;)作り続けたこと。そしてマーティン・ルーサー・キング牧師の誕生日をナショナル・ホリデイにする運動の先頭に立ったこと。彼は自分の出自を意識しながら,名声やレコードセールスを使って,積極的にアフリカン・アメリカンのコミュニティにコミットし,その成果を還元してきた。今で言えば「一人CSR」みたいなものだ。

☆ しかし,そういった社会運動家としての功績は米国内でのことであり,日本では「ディスコ=不良の音楽」などという愚にもつかない偏見が罷り通っていた時代に,最高レベルの黒人音楽をわかりやすく広めるという功績を残したのが,70年代のスティーヴィーだったと思う。それは,80年代になって黒人音楽が「ブラック・コンテンポラリー」の名の下に定着し,やがて優秀なフォロワー達を90年代以降の邦楽の世界に輩出させることになる。スティーヴィーはそうしたポピュラー化の功績を先導した。彼の音楽がその扉をこじ開けたことで,その他のたくさんのミュージシャンが正当な評価の機会を得たのだと思う。

☆ ではそんなスティーヴィーに死角は無かったのか?実は決定的な要素があった。その音楽は素晴らしいのだが,ヴォーカルは普通なのだ。普通という言い方は彼には気の毒かもしれないが,マーヴィン・ゲイ,スモーキー・ロビンソン,ダイアナ・ロスはもちろんのこと,例えばダニー・ハザウエイ,フィリップ・ベイリー,ライオネル・リッチーなど彼より優れたヴォーカリストは山ほどいた。この曲を聴いても良く分かるが,スティーヴィーのヴォーカルは意外にもシャウトするほど伸びていく。強いて言えばその「強いヴォーカル」がヴォーカリストとしてのスティーヴィー・ワンダーの魅力である。反面,聴き込んでいくとその単調さに気付くかもしれない。どれだけ聴いても飽きることのないマーヴィンのシルク・ヴォイスと比較するのは酷な話だが。

☆ だが言うまでもなく,それを補って余りあるのが彼の曲作りの才だ。この曲「Another Star」は,「サルソウル(=サルサ+ソウル)」という当時の流行を取り入れた作品だが,一番の特徴は「リズムが歌っている」ところにある。ポリリズムを刻む様々なパーカッションの「音の鮮やかな」こと。イントロからハッキリ見える打楽器としてのピアノ(メロディとリズムを同時に紡いでいる),それどころか,リズムギターはもちろん,管楽器やコーラスも「音とリズム」の両方で彩りを添えている。ここには,ディジタル以降の音楽の持つ「リズムがメロディを圧倒する」音ではなく,「リズムとメロディが相互に影響を与えながら一つに溶け合っていく」という音楽の理想形が見える。ディジタル音楽の最大の弱点は「音が塗りつぶされてしまう」ことだと思うのだが,アナログ・ミュージックにそれが無いのは,人間という「ゆらぐ」ものが実際に音を出しているから,その音が微妙にゆらいでいるからなのかもしれない。もちろんこのことは,この曲の演奏がいい加減だということではなく,明らかに当時としては圧倒的に進んでいた。一つ一つの音やリズムが「この場所にあるべき位置」に収まっていながら,ライブ感を全く失っていない。とんでもなく凄い演奏だと思う。

☆ このアルバムはレコード(アナログ・ディスク時代)の各面(当時は12インチ×2+8インチ×1という変則盤で,CD化後の曲順(Disc-1=LP-A,B,E面,Disc-2=LP-C,D,F面)は「間違って」いる。)の一部がノン・ストップになっていて,この曲も前の曲「As」からタイムレスで続いている。2曲合わせると楽に15分を超える大作だが,実際この2曲は「蝶結びのリボン」のようにペアにするのが相応しい気がする。「As」もこの曲もリフが延々と続くのだが,「As」が後半のメロディを続けるのに対し,この曲はイントロのメロディがキー・メロディとして,曲の土台となって流れていく。大滝(詠一)さんが良く言う「早いリズムの上に載せて朗々と歌う」の典型みたいな作品である。80年代のディスコだったら,当然この2曲がペアになった「45回転の12インチ盤」が出ていただろう。そういう意味でも「早過ぎた作品」であり,いくらカットしてもこれだけの超大作はラジオ局からは敬遠されただろう。ヒットしなかった最大の理由はそこ(オン・エア率が低かったこと)にあるのは間違いない。

☆ しかしこの作品は,例えば久保田利伸の初期の代表曲「You were mine」などに引用されているように,80年代以降のブラック・ミュージックやその優秀なフォロワー達に強い影響を与えており,たかが数週のスマッシュ・ヒットなんて言葉で片付けてはならないのである。今聴いても素晴らしい作品だと思う。

【追記】
☆ 非常に重要なことを書き漏らしていたので追記する。この曲のパターンを最初に本格的に導入した(ヒット)曲は,サザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」だ。桑田の歌詞の速さに惑わされずに曲の構成をよく聴けば解ると思う。


2012年1月28日 付記
☆ この曲は『Songs In The Key Of Life』からの3枚目のシングルとしてカットされたが,さほど大きなヒットにはなっていない(Billboard Hot100 最高32位)。当時のメガヒットアルバムとしてはイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』,ピーター・フランプトン『カムズ・アライブ』そして翌年のフリートウッド・マック『噂』がある。イーグルスとマックはシングルも全てヒットしていた。この曲のヒットが小さかったのは曲が長すぎたからだということは間違いない。こういうタイプの曲の場合パート1/パート2にすることはよくある方法だが,彼ははその方法は取らずシングルヴァージョンは5分17秒となっている。

Single Edit(5:17) Reached No. 29 in the UK Charts 1977.



☆ 当時はディスコの絶頂期だったが,彼は4拍のディスコビートを使う代わりにパーカッションを多用したポリリズムに乗せて朗々と歌っている。それでもディスコ向けの曲ではあったようでビルボードのディスコチャートでは最高位2位を記録している。またアルバムとしての『キー・オブ・ライフ』(LP)でも「As(永遠の誓い)」からの流れで,12インチサイドの最後(D面)を飾る重要な曲でもある。

2013年4月9日 付記
☆ スティーヴィー・ワンダーの『Songs In The Key Of Life』からのサード・シングル。この超大作(LP2枚+4曲入りEP=全21曲)のD面は「As(7:08)」とこの曲(8:08)という大曲が2つ入っていて,どちらもシングル・カットされた。アルバムが大ヒットした割にチャート・アクションは高くない。シングル・エディットしていたが,ワンフレーズを展開する曲なのでエアプレイに乗せるには長過ぎたのが大ヒットしなかった(最高位:米32位)理由かもしれない。

☆ チョッと泣けてくるほどピュアな歌詩だと思う。


テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

ムッシュのこと



☆ 平日の夜から深夜に移る時間帯に「フォーク・ビレッジ」という番組があった。70年代の半ばになる少し前(要はこのブログ主の年齢がそのあたりで止まった頃)から聴いていたが(爆)。その番組のホストDJがムッシュだった。スパイダース(バンドとしてはGSよりも早く始まっている)の作品はGSブームの名作は良く知っていたが,ぼくがラジオで聴き始めた頃のムッシュは何となく親しみを覚える人というイメージだった。たまたま「シンシア」がヒットした頃からその番組を聴いていたのでこのアルバムが一番思い出深い。

あゝ我が良き友よ


☆ 「我が良き友よ」は吉田拓郎の作品ではあるが,ここで描かれている無頼はヒッピーやフーテンの時代よりも古い旧制高校の世界のようで興味深かった。破帽・マント・高下駄でデ・カン・ショの時代である。明らかにこの時代の人間がエスタブリッシュメントになりつつある時に,それに対する異議申し立てとして物申した時代の代表選手のような拓郎がこの曲を書いたことは,違和感はなかったが何となく面白くは感じた。たぶんそれはムッシュが飄々と歌っているからだろうと思う。

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」 (作詩・作曲:かまやつひろし 編曲:Greg Adams)



☆ 『あゝ我が良き友よ』は,かまやつさんがいろんな仲間と作った作品で,個人的にはその創られ方がリンゴ・スターの『Ringo!』みたいな作品だと思っている。その中で彼の自作曲がシングルのB面に入っている。曲に関するデータなど知らないままラジオから流れてくる曲を聴いていたものだが,Wikipediaで見るとこの曲(シングル発売1975年2月5日)の演奏はタワー・オブ・パワーだという。RCサクセションが『シングルマン』をレコーディングしたのが1974年12月-75年3月とあるので,時期的にも符合していてこちらも興味深い。

☆ ムッシュの番組では当然,彼の新譜が1曲ずつ紹介されたが,その時からすごく気になっていた曲だった(改めて今聴いてみると曲のニュアンスが,ある曲=思い出そうとしているのだが浮かんでこない=のフレーズに結びついてしまう)。ゴロワーズやジタンには縁がなかったが(ジタンを知ったのはちあき哲也が書いた「飛んでイスタンブール」(庄野真代)の出だしのところ。その後F1カーで嫌というほど見た=笑=),この曲が後年(お馴染みの90年代)再評価されたというのも良く分かる。これは「語り系ソウル」(バリー・ホワイトとかがやったらサマになるあれ)の流れの作品だが,シブ格好よすぎるのである。やっぱりムッシュは大人だった。

☆ ぼくにとってムッシュは初めて知った時から大人だったし,そのままの大人(良い方に良い方に重ねていった見本のような人)だった。改めてご冥福をお祈りします。

R.I.P. かまやつ ひろし / ムッシュかまやつ(本名:釜萢 弘(かまやつ ひろし)、1939年1月12日 - 2017年3月1日)

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

恋の断捨離



「ニートな午後3時」 (作詩:三浦徳子/作曲:小田裕一郎/編曲:大村雅朗)


↑1981年2月5日リリース(7A0049 SEE・SAW/CANYON)
シングルヴァージョンかなと思ったけど,やっぱりアルバムヴァージョンっぽい(^^;)

☆ なぜかこのYouTubeのジャケ写はこの曲ではなく,その次のシングル「倖せにボンソワール Bonsoir L'amour」だけど,この10年ほどに数回出た彼女のベスト盤にはどちらのジャケットも使われていて,みき姐のフォトジェニックぶりが印象に残ってしまう。

☆ 結果から言えば気の毒な歌である。作詩はデビュー盤からの縁がある三浦徳子で作曲は松田聖子に書いた作品で注目株だった小田裕一郎,編曲はこれも彼女とは(同時に松田聖子とも)縁の深い大村雅朗。資生堂のタイアップを得てこの時代なら外しようがなかった(80年「不思議なピーチパイ」(竹内まりや),82年「い・け・な・い ルージュマジック」(坂本龍一+忌野清志郎)と前後の年の同時期に出た大ヒットを見てほしい)。しかしセールス的にはアッコ(矢野顕子)が軽やかに歌うテクノポップ「春咲小紅」に惨敗。チャンスが暗転したことの影響は結果としては致命的だったと書かざるを得ない。とても残念なことだが。

☆ さらに気の毒なことに,この言葉と同じ発音を持つ略語をイギリスから仕入れて喧伝した東大教授(現任,当時は助教授)が,2004年頃から村上龍のJ.M.M.などで発言しまくってそれが2ちゃんねるなどに定着。この曲のタイトルに対するスティグマ(悪しき烙印)となってしまった。本来なら出世曲となるべき曲をこんな形で凌辱され気の毒としか言いようがないのである。だけどここまで書いてきたことは,この曲とは何の関係もない。だからここから後がこの曲に関する本当の話である。

☆ この曲,基本的にはポップスなんだけれど,大村雅朗のアレンジはディスコの範囲にあるとはいえ,それはファンキーというよりファンクそのものだ。ものすごくスムーズなBPM(=Beat Per Minute)に三浦徳子も歌詩を書きこんでおり,みき姐はそれをタイプライターのキーを叩き込むように歌っている。つまりそうとうテクニカルで立て込んだ曲なのだ(この曲をカラオケで歌うとしてAメロのブレスをどこでどの程度入れるか考えてみてほしい。あるいはフックのところでビブラートを利かせた後のブレッシングのことを)。比較しても仕様がないのだが「春咲小紅」は作詩は「ほぼ日」の糸井重里,作曲はアッコちゃん本人で,編曲がymoymoつまりY.M.O.,これはアッコがY.M.O.のワールドツアーのサポートメンバーのキーパーソンだったことを思えばものすごく強力なスタッフだと言えた。そして彼女の天然ふわふわ感がテクノのアレンジでポンポンと跳ね上がって実に気持ちの良いテクノ・ポップに仕上がっている。

☆ テクノに対してディスコ/ファンクは,やはり(この時代としては)一歩遅れている感覚は否定しえない。だから曲自体の比較は勝負ありなので止めておくべきだろう。それを別にしてこの歌のテクニカルな難易度の高さは,デビューして二度目の冬が過ぎるころの歌手としては相当な上出来だと言わざるを得ない。ちなみに個人的に春系列の化粧品ソングの頂点は「君は薔薇より美しい」だと思う(過去に何回か触れてきた)。

☆ Neatという言葉で思い出すのは,ザ・ダムドのファーストアルバムの1曲目でなければこの曲であるが(爆),三浦徳子がこの言葉に込めた意味は何だろう?当然オファー元は化粧品会社であるから,「美」ということは通奏低音として要求される。それではこの作品のストーリィからどういう「美」を表すかと言えば「変化」であり「過去との決別」である。彼女(三浦)が意識したかどうかは別として「真夜中のドア」のテーマである「あの頃に対する思い」が,ここでは主人公が変わっていくため整理されるべき「過去」として意識されている(それも「真夜中のドア」に対してずっと短い期間の中で)。

☆ ぼくは三浦徳子の書く「ニート(Neat)」は断捨離のようなものではないかと思っている。無くしかけた恋の記憶をを未練として引きずるのではなく,「歩道に花束」を「まき散ら」すように整理して捨て去ることで「私は,変わる。」ことをこの言葉に含意させているのではないかと思う。それは未練を残す男に対して「私は(そこに)いない」と告げることに何の躊躇いもない(ここには心理の相克があって,みき姐はそれを意識してわざと抑えて歌っている)ことでもわかるだろう。三浦の歌詩でいえば,”私はなぜか「私はいない」と答えたの” と書いている。なぜかは「躊躇い」ではあるが,結論は「私はいない」で間違いない。そんな彼女は中途半端な男の思いを断ち切ってさっさと生まれ変わるからShe's Just Neat(断捨離してスッキリと小奇麗になる。言い換えれば髪をスパッとショートに変えるあの感覚)なのである。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

«  | HOME |  »

プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

最近の記事

最近のコメント

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング

FC2ブログランキング

カレンダー

02 | 2017/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

最近のエントリ

最近のトラックバック