2016-12

今年最後の曲



☆ どうせブロックされて「A Happy New Year」が出せないだろうから「笑ってはいけない」見ながら適当に書いた今年最後のエントリー。改めて拙訳を故モーリス・ホワイト(Maurice White、1941年12月19日 - 2016年2月3日)に捧げます。




September (Maurice White/Al McKay/Allee Willis)
Do you remember the
ねえ,覚えてるだろ?
21st night of September?
9月21日の夜のことさ
Love was changing the minds of pretenders
ぼくの中のコイゴコロはちゃんとした形になったのさ
While chasing the clouds away
心の中のモヤモヤを追い払った後にね

Our hearts were ringing
ぼくたちの気持ちは響き合っていたんだ
In the key that our souls were singing.
ぼくらの魂がその扉の鍵を開けるため声を合わせるかのようにね
As we danced in the night,
ひと晩中君と踊っているうちに
Remember how the stars stole the night away
夜空の星たちがその夜をさらっていったんだ

Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

Ba duda, ba duda, ba duda, badu
Ba duda, badu, ba duda, badu
Ba duda, badu, ba duda

My thoughts are with you
ぼくの思いは君に真っ直ぐさ
Holding hands with your heart to see you
手を取り合っただけできみの心持ちをこんな近くに感じることができる
Only blue talk and love,
さえない話も恋のことも
Remember how we knew love was here to stay
ぼく達が恋することを知って,それがここにあると気付くまでのことだった

Now December found the love we shared in September.
いまは12月,9月にぼく達は恋に落ちそれを育み合ってきた
Only blue talk and love,
さえない話も恋のことも
Remember the true love we share today
ぼく達が本当に愛し合っていることを思い起こさせるだけなんだ

Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

There was a
そうさ
Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

The bell was ringing, aha
ぼく達を祝福する鐘が鳴り響いている,だろ
Our souls were singing
二人の心は響き合っている
Do you remember
覚えているだろ
Never a cloudy day
ぼくらの心の中の曇りは一掃されたんだ

There was a
そうさ
Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

There was a
そうさ
Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

Ba de ya de ya de ya
Ba de ya de ya de ya
ba de ya de ya de ya
De ya

Ba de ya de ya de ya
Ba de ya de ya de ya
ba de ya de ya de ya

↓ もっと良い訳詞ならここ
http://oyogetaiyakukun.blogspot.jp/2013/09/september-earth-wind-fire.html

☆ 上の訳詞サイトの理解は正しい面があると思う。ただどちらとも取れる。あの日に鳴り響いていた「倖せの鐘」は,Only blue talk and love という歌詩からも,この解釈の通り今はないものとも取れるし,それは読み過ぎとも取れる。なぜならこの曲のタイトルの通り話されている物語は9月21日の夜の話だからだ。確かにこの曲の物語が語られているのは12月なのだが,そこで語られているのはやはり9月21日の夜のことでしかないし,それがきっかけになった「物語」のことだからだ。だから正直な感想を言えば,どちらでもいい気がする。

☆ アース,ウインド,アンド ファイヤーはヴォーカルとバンド(及びパフォーマンス)の複合グループで,例えばラジオから聞く分には,ファルセット隊などヴォーカルのインパクトが非常に強いけれど,ヘッドフォンで聴くとベースのドライブ感が実に気持ち良い。このベースは単純な縦ノリを許さず(笑),勝手に身体が横揺れするのである(爆)。


お知らせ

☆ このエントリーのすぐ下にあったエントリーは廃番になりました。

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本邦泡沫辞典について



☆ 本邦泡沫辞典は,本邦における泡沫語を収集する一つのささやかな試みである。泡沫語とは流行語の中で一時期に過剰に使用され,やがて打ち捨てられたコトバのことである。それは死語のことではないかと訝しがる人もいると思う。しかし泡沫語は単なる死語ではなく,過剰に人口に膾炙し(この過程をバブルとみなす)捨てられる(もしくは捨てられていく運命にありそうな)コトバと理解している。




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「Time Passages」 (Al Stewart 1978年9月=米,11月=英)



初出:2007年12月25日

Time Passages 
Composed By  Al Stewart/Peter White

It was late in December, the sky turned to snow
12月も終わろうとする頃,天気は雪模様に変わろうとしていた
All round the day was going down slow
僕の周りを過ぎゆく日々も,心なしかゆっくり動いていた
Night like a river beginning to flow
それでも夜は川のようにゆったりと流れ始め
I felt the beat of my mind go
僕は心がこの場所から立ち去るように命じているのを感じていた
Drifting into time passages
時の流れの中へ漂うように
Years go falling in the fading light
この街で過ごした日々が,消えゆく灯りの中に溶けていく
Time passages
時の流れは
Buy me a ticket on the last train home tonight
田舎に戻る最終の切符を買いなさいと僕に囁いている

Well I'm not the kind to live in the past
そう。僕は過去の栄光にすがって生きるような柄じゃない
The years run too short and the days too fast
その日々はあまりに短く,日々はあっという間に過ぎ去ってしまう
The things you lean on are the things that don't last
君が頼りにしている物事も,いつまでもそのままではいられない
Well it's just now and then my line gets cast into these
だから今こそ,僕の生きてきた道を投げてみよう
Time passages
時の流れの中に
There's something back here that you left behind
君が捨て置いた何かが手もとに戻って来るのがわかる
Oh time passages
ああ,時の流れは
Buy me a ticket on the last train home tonight
田舎に戻る最終の切符を買いなさいと僕に囁いている

Hear the echoes and feel yourself starting to turn
心に反響する声を聞けば,それは過去を振り返るように促している
Don't know why you should feel
なぜそう感じるのかよく分からないままに
That there's something to learn
そこには何か学ぶべきことがあったからなのか
It's just a game that you play
それとも無為に過ごした遊びの時間に過ぎなかったからなのか

Well the picture is changing
でも,情景は移り変わり
Now you're part of a crowd
今では君はただの観衆の一人に過ぎない
They're laughing at something
皆は大きな声で笑い
And the music's loud
通りに響く音楽も大きい
A girl comes towards you
少女が君の方へ歩んでくる
You once used to know
どこかで見知った顔だから
You reach out your hand
君はその手を差し伸べようとするが
But you're all alone, in these
気が付けば君だけが取り残されている
Time passages
そして時の流れは
I know you're in there, you're just out of sight
そこにいるように思えた君が,いつの間にか視界から消えてしまう
Time passages
そして時の流れは
Buy me a ticket on the last train home tonight
田舎に戻る最終の切符を買いなさいと僕に囁いている

初出:2015年12月10日

タイム・パッセージ/アル・スチュワート
¥1,234 Amazon.co.jp


Time Passages (Al Stewart / Peter White)



From Wikipedia Time Passages (song)
> "Time Passages" is the title of a 1978 US Top Ten hit by singer-songwriter Al Stewart which was produced by Alan Parsons and was the title track for Stewart's 1978 album release. The single reached No. 7 on the Billboard Hot 100 chart in December 1978, "Time Passages" also spent ten weeks at No. 1 on the Billboard Easy Listening chart, the longest stay at number one on this chart in the 1970s.

2016年12月30日付記
☆ このWikipediaの記事にある通りで,「タイム・パッセージ」は「マイ・ライフ」(ビリー・ジョエル)を筆頭とする居並ぶ名曲を退け,1978年冬のビルボード・アダルトコンテンポラリー・チャートを長く制した。昔のブログに書いたように,当時全国に4つしかなかった民放FM(JFNの前身)で土曜の夜にサントリーが提供するアダルト・コンテンポラリー・チャートの紹介番組があった(女優の十朱幸代さんがその美声でDJ役をやっていた)。その番組を毎週聴くのが受験生だったぼくの楽しみのひとつで,この曲は結果として「イヤー・オブ・ザ・キャット」以上にぼくにとって馴染み深い曲となった。

> A radio edit of the song was often played instead of the album version, which is over six minutes long; however, both versions were heard over the airwaves during the late 1970s. The familiar final line to the chorus is, "Buy me a ticket on the last train home tonight". Less lyrically complex than a typical Al Stewart composition - the singer's previous Top Ten hit "Year of the Cat" exemplifying his usual style - "Time Passages" was one of two songs on the Time Passages album written by Stewart with the intent of the tracks’ having hit single potential, the other being "Song on the Radio" which was the follow-up single and reached No. 29.

2016年12月30日付記
☆ アル・スチュワートの70年代初めの作品はブリティッシュ・フォーク・ムーヴメントの色が濃い作品であるが,アラン・パーソンズと組んだ1976年の『イヤー・オブ・ザ・キャット』からは単にポピュラー音楽(ソフト・ロック/AOR)的アプローチをするに留まらず,アラン・パーソンズの構成力でアルの音楽世界を一気に押し広げるのに成功したと言える。もっともベースになっているアルの「私的記録」はその音楽じたいの芯となってしっかり存在しているので,両者の相乗効果がこの成功に結び付いたのだと思う。それにしても老いても枯れない彼のライヴを見ることができた東京の人達は幸せなものであるorz...

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「Partners in Crime」 (RUPERT HOLMES 1979年10月5日=アルバムリリース)





初出:2006年10月8日

☆ AORの名盤というより,典型的なニューヨーカーの作品であり,そういう意味ではビリー・ジョエルやと比較しても良いほどのシンガー・ソングライターだ。AMGで彼の項を引くと,似たようなアーティストの欄にドン・マクリーンやフィービー・スノウ,キャロル・キングの名前が見える。ビリーとの最大の差は前者が『ピアノ・マン』以降,基本的にシンガー・ソングライターというスタンスを崩さなかったのに対して,ルパートは彼自身のキャリア上の成功が遅れたこともあって,歌手よりも作詞作曲者としての活動が先にあったところであろう。お馴染みバーブラ・ストライサンドなどルパートを高く評価するミュージシャンは多かったが,ミュージシャンとしての成功の時期はそれほど長くはない。

☆ 父親が米国空軍に勤務していたので英国で生まれたルパート・ホームズ(世代的にもAmerica=グループ名=の三人に似ている)は,幼少の頃に米国東海岸に移り,そこで成人した。ルパート・ホームズのバイオグラフィーを見て感じる違和感はこれが理由なのだが,この作品を聴いても解るように,まさに70年代末のニューヨークという舞台があって存在する作品だ。何というのか,この路線がそのまま80年代の日本でお洒落なドラマ風の世界に展開していった感じはあって,康夫ちゃんあたりに「あんたのせいよ」とでも一発かましておいたほうが良いように思えるのだが(^▽^;)。

Partners in Crime (Rupert Holmes)





2016年12月28日記

☆ ルパート・ホームズに関してはこれに加えて書くことは,あまり無い。まあ,このアルバムの数年後八神純子が彼の許に師事しに行ったとかそういうエピソードがあることはあるが,ぼくにとってのルパートはこのアルバムに尽きる。それもAOR的名曲として知られる「エスケイプ(ピニャ・コラーダ・ソング)」や「ヒム」じゃなくてアルバムタイトルのこの曲に尽きる感がある。これか完全な個人の好みである。それ以上に語る言葉を,ぼくも知らない。

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それでも続いていく歌のように



☆ 2016年の物故者というWikipediaを見ている。自分の知っているミュージシャンや音楽関係者の名前もたくさんある。

1月8日 オーティス・クレイ・・・まだあまり聴いていなかった70年代ソウルの第一人者のひとり。
1月10日 デヴィッド・ボウイ・・・落ちてきた地球から去っていった。
1月18日 グレン・フライ・・・イーグルスの柔らかな面を担っていた。
2月3日 モーリス・ホワイト・・・70年代ソウル第一の貢献者と言って良い。
2月22日 村田和人・・・素晴らしい歌手でありソングライターでありバックコーラスであり夏男だった。
3月8日 ジョージ・マーティン・・・ビートルズを引いた部分を聴いてほしい。
3月10日 キース・エマーソン・・・今年は皮肉にもEL&PのEとLが相次いで亡くなることになってしまった。
4月21日 プリンス・・・殿下死すとも音楽は氷上で輝く。これもまた時代の流れなのか。
4月26日 戸川昌子・・・ぼくが最初に見た時はもう作家さんだった。シャンソンを歌うところを見たことはない。
5月5日 冨田勲・・・人は死して名を遺す。いや「きょうの料理」の音楽を遺す。
しかし1970年代のシンセサイザーはクラフトワークとテクノポップの前は冨田とジャン・ミシッェル・ジャールだった。
5月13日 永田文夫・・・どちらかというと書籍で縁があった印象がある。
5月18日 伊藤ユミ・・・60年代最大のアイドルデュオ(いわば60年代のマナカナ)の妹さん。
7月7日 永六輔・・・全米No.1ヒットを書いた唯一の日本人作詩家となる。
代表的戦後文化人(こう言われると本人は嫌な顔をするだろう)。
7月12日 大橋巨泉・・・テレビの親であり子である。ジャズの本を1冊くらい遺しても良かったのでは。
7月26日 中村紘子・・・わが国でクラシックピアノを最もポピュラーにする功績があったもと才媛。
8月22日 トゥーツ・シールマンス・・・縁が無くあまり聴く機会がなかった。
10月16日 たかしまあきひこ・・・ヒゲダンス。それだけじゃないという点ではジョージ・マーティンに近い。
11月7日 レナード・コーエン・・・このヒトも残念なことにあまり縁がなかった。
11月11日 りりィ・・・すでに紹介した。役者(子役)⇒歌手⇒役者。90年代以降は安定したお母さん役。
息子も義理の嫁も歌手。
11月13日 レオン・ラッセル・・・縁はあったがこの人についてはブログの他の人が
あまりにもたくさん書いているので遂に何も書けないままになってしまった。
11月30日 朝本浩文・・・ぼく個人としてはミュート・ビートに尽きます。
12月5日 黒沢健一・・・このヒトのバンドも聴く機会を逸してしまった。かなり人気があったのに。
90年代は本当に公私ともにエアポケットだったと思う。
12月7日 グレッグ・レイク・・・プログレッシブ・ロックの中でもっとも端正だったのがEL&Pだという印象がある。
ただプログレはほとんど興味の外側だったこともありあまり真面目に聴いていない。
12月15日 伊藤強・・・ショウビズサイドからの歌謡曲評論では第一人者だった。芸能リポーターとは一線を画し,
『ミュージック・マガジン』的評価の反対側からきちんと歌謡界を評論できる唯一の人だったと思う。

☆ 今年もまだ数日残っている。大滝さんの例があるのであまり考えたくないが,
このタイトルは31日まで更新する必要がありそうだ.

12月25日
Georgios Kyriacos Panayiotou (25 June 1963 – 25 December 2016), known professionally as George Michael





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「千年紀末に降る雪は」 (キリンジ 2000年1月19日=c/w)


2012年12月30日記

33
(2000/11/08)
キリンジ

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☆ エリザベス女王が "Annus Horribilis(恐ろしくひどい一年)" と漏らしたのは今から20年前の年(2016年注:1992年)の暮れのことだった。女王はなお健在であるが,わが国にとっての酷い一年は大英帝国のそれに勝るとも劣らないように思う。2012年はどん詰まりだったのか「どん詰まり一丁目一番地」だったのか,それはもっと先になってみないと分からない。

☆ 年の暮れに思い出す曲の一つにキリンジ「千年紀末に降る雪は」がある。この作品もまた「ねじれたクリスマス・ソング」ではあるが,堀米高樹の人物観が良く出ていると思う。

KIRINJI 19982008 10th Anniversary CelebrationKIRINJI 19982008 10th Anniversary Celebration
(2008/12/10)
キリンジ

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☆ このベスト盤が高樹、泰行の兄弟別に編まれていることが,今年届いた残念な知らせ(2016年注:堀米泰行のキリンジ脱退)の伏線になったのかどうかは良くわからない。ただ「段ボールの宮殿」から「Drifter」まで一直に伸びた線は,まぶしい。


2013年9月28日記

アルカディアアルカディア
(2000/01/19)
キリンジ

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「千年紀末に降る雪は」(作詩・作曲 堀込高樹)

戸惑いに泣く子供らと嘲笑う大人と
恋人はサンタクロース 意外と背は低い
悲しげな善意の使者よ

あいつの孤独の深さに誰も手を伸ばさない
歩行者天国 そこはソリなんて無理
横切ろうとするなんて気は確かかい?
「赤いオニがきたよ」なんて洒落てみるか

遅れてここに来たその訳さえ言わない
気弱なその真心は哀れを誘う
永久凍土の底に愛がある
玩具と引き替えに何を貰う?
My Old Friend.慰みに真っ赤な柊(ひいらぎ)の実をひとつどうぞ
さあ、どうぞ

砂漠に水を蒔くなんておかしな男さ
「ごらん、神々を祭りあげた歌も、貶める言葉も今は尽きた。」
千年紀末の雪に独り語ちた

君が待つのは世界の良い子の手紙
君の暖炉の火を守る人はいない
永久凍土の底に愛がある
玩具と引き替えに何を貰う?
My Old Friend.慰みに真っ赤な柊の実をひとつどうぞ
さあ、どうぞ

帝都随一のサウンドシステム 響かせて
摩天楼は夜に香る化粧瓶
千年紀末の雪!
嗚呼、東京の空を飛ぶ夢をみたよ

君が待つのは世界の良い子の手紙
君の暖炉の火を守る人はいない
この永久凍土も溶ける日がくる
玩具と引き替えに都市が沈む
My Old Friend.慰みに真っ赤な柊の実をひとつどうぞ

知らない街のホテルで静かに食事
遊ばないかと少女の娼婦が誘う
冷たい枕の裏に愛がある
夜風を遠く聞く 歯を磨く
My Old Friend.慰みに真っ赤な柊の実をひとつどうぞ
さあ、どうぞ

キリンジさん『千年紀末に降る雪は』の歌詞

ムラサキ☆サンセットムラサキ☆サンセット
(2001/11/07)
キリンジ

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33
(2000/11/08)
キリンジ

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2016年12月24日記

☆ メジャーデビューシングルがクリスマスソングの極南(2016年12月8日参照)だったことと関係があるのかどうかは知らないが,その曲をも超えたキリンジのクリスマス・ソングの極北を2016年のクリスマス・プレゼントの代わりにここに置いておく(笑)。

☆ 堀米高樹がキリスト者なのかどうかは知らないが,この曲の歌詩はサンタクロースやクリスマスの関する伝説に関する高い見識が実は隠れている。最初にユーミン(「恋人はサンタクロース」)が出てくるのはジャブみたいなお約束で(爆),キリンジの歌詩分析サイトの一切を見る前に分かった事だけ書いておこう(自爆)。

↓ 君が待つ世界の良い子の手紙(英文)の書き方
https://eikaiwa.weblio.jp/column/knowledge/santa-claus-letter

↓ 玩具と引き換える意味
http://www.1xmas.com/about/post.html

↓ 柊(ひいらぎ)の実の意味
http://www.y2asmr.net/xmaskazari.html

↓ 少女の娼婦の意味
http://www.pleasuremind.jp/COLUMN/COLUM006.html

☆ 摩天楼が化粧瓶であった時代は,おそらく山下達郎が「あしおと」を発表した1983年から変わっていないだろうから(そうでないと資生堂に合わせる顔が無いということもあるけれど),三菱地所が「見に行こう」と若い女の子に言わせる前(つまり丸ビルが建て替えられる前)からずっとそうだったのだろう。この曲の舞台は中央通りと晴海通りが交わるあたりにあった歩行者天国以外に考えられないのだけれど,永久凍土には東京砂漠(もちろん前川清時代のクールファイブの曲でバブル期まで某建設会社のテーマソングだった)の比喩であるし(苦笑),最後に沈んでしまう永久凍土は「日本沈没」以外の何でもないし(堀米兄はSF世代の申し子であろうし=苦笑=)。そして曲の最後にそんな状況をあっさり横に置く描写が出てくるところは「Drifer」にも通じている。この最後のあっさりとした冷や水のような歌詩が,コーダの長い余韻を招くのである。まさにクリスマス・ソングの極北と言って良いのだと思う。

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音楽の神様は,どこかにいる。


蜜蜂と遠雷蜜蜂と遠雷
1,944円
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☆ 自裁した中村とうようは日頃からクラシック音楽のことを「黴の生えた音楽」と貶していた。中村の視点にはポピュラー音楽それ自体というより,その母胎にあるであろう民族音楽への憧憬にも似た共感があったからだ。その視点の裏側には同時に1950~60年代的な帝国主義史観が反映されていることに疑う余地もない。少し前に亡くなったフィデル・カストロの存在もまた,中村にとって小さなものではなかったはずだ。

☆ その視点が批判的にとらえたものからは,クラシック音楽やそれを権威主義的に語る一種のスノビズムには,19世紀的帝国主義の残滓と言って良い植民地主義や人種・民族差別など20世紀の諸問題のうち共産主義を除く大半がそこに属していたという主張がある気もする(もっともその共産主義ですら,東西冷戦の構図(パースペクティヴ)の中に取り込まれていったのだから,20世紀のほぼ全部がここに属していたと言い切ってもあながち外れではないと思う)。

☆ ただ中村の視点もまた偏りがないとは言わない。彼にとって幸運だったのは彼がボブ・ディランのノーベル文学賞受賞の知らせを少なくともこの世では知らなかったということかもしれない(同じことは中山康樹にも,たぶん言えるだろう)。もっともこんなことを言ったら中川五郎から「そうじゃない」と言われそうな気もするが。

☆ ある人に話したことがあるが,今年はさまざまな本を濫読していった。もう少しで300冊になるから本に淫したに等しい。その中で今年の後半に読んだ2冊の本には,なぜか音楽の神様がいるような気がした。音楽の神様が何処に居て誰にどうしたのかは,本を読んでもらうしかない。恩田の本からはクラシック音楽のコンクールとフィギュアスケートの大会が相似形のように感じられたし,平野の本からは登場人物を動かしたチェス盤みたいなもの(ハリーポッターの最初の映画で出てきたやつ)は,音楽の神様の掌の上にあるような気がした。そして彼らの本からは中村の主張を優しく撥ねつけているような気もしてくるのである。




☆ そのことはぼくのポピュラー音楽に対する視点にはたぶん何の影響も与えないであろう(そう願いたい)。だがしかし,たとえぼくがその視点にしがみつき続けたとしても,次のことだけは認めざるを得ない。「この世に神様がいるとは,ぼくはあまり信じていないのだが,音楽の神様だけは,どこかにいそうな気がする。」







☆ 『ショパンコンクール』(青柳いづみこ 2016年9月16日)を読むと『蜜蜂と遠雷』(恩田陸 2016年9月23日)を読み解く符号がある。具体的なところも含めて,これは興味深かった。

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「Don't Look Back」(Boston 1978年8月2日)





2007年4月28日

Boston - Don't Look Back (Scholz)




Don't look back a new day is breakin'
振り返るんじゃない 新しい一日が始まろうとしている
It's been too long since I felt this way
この時が来るのをどれほど待ち望んだことだろう
I don't mind where I get taken
どの生き方を選ぼうとも後悔しない
The road is callin' today is the day
その道は僕に呼びかけている 今日こそがその日だと

I can see it took so long to realize
僕には解る それが正しい選択だったのか気付くまで長い時間がかかることが
I'm much too strong not to compoimise
でも僕は十分に逞しくなれた もう妥協して生きていくことはない
Now I see what I am is holding me down
僕は今,何が自分を押さえつけようとしていたのかも分かる
I'll turn it around
僕はそいつをひっくり返してみせるさ
Oh,yes,I will
ああ,そうだとも

I finally see the dawn arrivin'
遂に僕は新しい夜明けがやって来るのが見えた
I see beyond the road I'm drivin'
僕には自分が進んでいくこの道の彼方が見える

It's a new horizon and I'm awakin' now
新しい地平が広がり,今や僕は目覚めている
Oh I see myself in a brand new way
僕は自分自身が全く新しい道にいることが分かる
The sun is shinin' the clouds are breakin'
太陽は降りそそぎ,雲は晴れていく
'Canse I can't lose now, there's no game to play
もはや僕は敗者ではなく,ゲームの時間は終わったのだ。

I can tell there's no more time left to criticize
僕は伝えることができる あら捜しする時間など,どこにもないと
I've seen what I could not recognize
僕には分かる,今まで理解できなかったものが
Everthing in my life was leading me on
僕の人生を導いているあらゆるものが
But I can be strong
だけど僕はもっと強くなれる
Oh yes, I can
ああ,なれるとも

I finally see the dawn arrivin'
遂に僕は新しい夜明けがやって来るのが見えた
I see beyond the road I'm drivin'
僕には自分が進んでいくこの道が解る
Far away and left behind
遥か彼方も,過ぎ去った過去すらも
Left behind...
過ぎ去った過去ですら...

Oh the sun is shinin' and I would be gone
太陽が輝く,出発の時間だ

Don't look back a new day is breakin'
振り返るんじゃない 新しい一日が始まろうとしている
It's been too long since I felt this way
この時が来るのをどれほど待ち望んだことだろう
I don't mind where I get taken
どの生き方を選ぼうとも後悔しない
The road is callin' today is the day
その道は僕に呼びかけている 今日こそがその日だと

I can see it took so long to realize
僕には解る それが正しい選択だったのか気付くまで長い時間がかかることが
I'm much too strong not to compoimise
でも僕は十分に逞しくなれた もう妥協して生きていくことはない
Now I see what I am is holding me down
僕は今,何が自分を押さえつけようとしていたのかも分かる
I'll turn it around
僕はそいつをひっくり返してみせるさ
Oh yes, I will
ああ,できるとも

I finally see the dawn arrivin'
僕は遂に新しい日の夜明けがやって来たことが解ったんだ
I see beyond the road I'm drivin'
僕には自分が進んでいくこの道の彼方が見える
Far away and left behind
遥か遠くも,通り過ぎた過去も,そのすべてが

Don't look back
振り返るんじゃない

Don't look back
振り返るんじゃない

Don't look back
振り返るんじゃない

Don't look back
振り返るんじゃない

Notes :
This translation is especially dedicated to the late Brad Delp(Jun12,1951~Mar9,2007).
この拙訳を故ブラッド・デルプ氏(ボストンのヴォーカリスト。1951年6月12日~2007年3月9日)に心より捧ぐ。


2011年6月30日


☆ ボストンは全てにおいて創造者であった。後からのこのこやって来て「産業ロック」などと仰るのなら,トム・ショルツがどんな思いでそこに「コンピューター・シンセサイザー類一切不使用」と記したのか,知ったらどうだ。そして歌の通りに,過去を振り返るな。たとえ長くなくとも,未来はそこにある。過去の耳ではなく,今現在の耳で聴けばいい。


2016年12月21日
☆ ボストンの最大の謎はブラッド・デルプの自死だ。いま改めて英語版Wikipediaを見たが,彼が亡くなって10年近くになろうかというのにその死は影を落としている。そのことはぼくを複雑な思いにする。彼の死はこの曲にはどうしてもそぐわないからだ。

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ウインターズ・ビール



「Winter's Tale 〜冬物語〜」 (高野寛 / 田島貴男 )
(高野寛 & 田島貴男 1992年11月4日)



☆ 今年も近くのコンビニエンスストアに「冬物語」が入荷したので飲んだ。といってもそれは先月の話で,あっという間にその棚は赤星(サッポロラガー)に席を譲ってしまった。もっとも三船敏郎が黙って飲んでいた(笑)赤星は昔ながらの苦みの効いたラガーなので悪い気はしない。苦味という点ではキリンの一番搾りの摘みたてホップ(これも秋冬シーズンモノだけど)も美味しい。尿酸値を気にしなければビール好きの季節は冬だろう。鍋の季節だからねえ(笑)。

☆ 1992年にはバブルは確かに終わっていた。株式市場が先導し不動産市場がそれに続いた。燥(はしゃ)いでいたバブル紳士達の顔が青ざめていった。まだ堀米高樹が描いた段ボールの宮殿は見えなかったが,それは着実に忍び寄っていた。目先突破楽勝主義が大手を振っていたのは若者向けのドラマ界くらいじゃなかったのかな。この曲の華やかさにはそういうもうひとつの世界が着実に忍び寄ってくる音が紛れ込んでいる。だから再演されることは,これからもないのかもしれない。曲に何の罪もないとはいえ。



かくしてぼくも新しい「五反田君」を,つい先日目撃することになった。ドナルド・フェイゲンが「グラマー・プロフェッション」の中で貶した「ハリウッドのミドルネーム」を,またしても見ることになってしまう。小説中の彼と実際の彼の年齢がほぼ同じというのも,一体どういう偶然なんだろうか?

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ポリティカル・コレクトネスってなんだろう(なんだかなあ)?!



☆ テレビが面白くなくなったと言われて久しいけれど,松本人志の抱えている苛立ちを考えれば仕方がないかなあという気もする。松本は実感していると思う。俺が子供の頃にテレビを見て笑い転げた(当然その後にPTAから下劣番組と指弾された),あれと同じことが今のテレビでは「やってはいけない」。それも年表か巻物みたいに細々(こまごま)と。その中でどうやって笑いを取るかが「笑ってはいけない」シリーズに結実しているが,熟れ過ぎというよりネタ切れに近いガス欠になってしまっている。

☆ ポリティカル・コレクトネスの話題はドナルド・トランプがなぜ支持されたかということと同根のような気がする。右へ左へロジックをくししながらサヴァイバル・ゲームと割り切ったヒラリー・クリントンが何だか「さもしく」見えてしまったのではないか。そんなタテマエだらけの状況にウンザリして(これはエーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』で描いたものでもある)トランプへカードが向かった。この手のコレクトネス(正しさ)追求は,狭く論ぜられるコンプライアンス論議とも共通していて,もっと言えばムスリムの女性にヴェールを付けさせない一方でクリスマスシーズンを「ハッピー・ホリデイズ」なんて言い換える小賢しさと同工異曲じゃないか。


↑ ちなみにこの人達はアンディ・パートリッジ,コリン・モールディング,デイヴ・グレゴリーつまりXTCの三人です。


☆ 東方三賢人なんて知らない人が大多数の我らにとってはクリスマスもハロウィンもコマーシャルなイベントでしかないとは思う。だったらもう少し世の中も「いい加減」になったらどうだ。せめて松本がやりたいようなコント番組を作っても何とか機構行きにならない程度の。今さらベルーシの「黒ん坊(ニガー!)」ネタまで緩まなくてもいいからさ。






しかしねえ。サビのメロがまんま「スリープウォーカー」じゃん。田島君(爆)。

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テクノロジーと流行歌


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☆ テクノロジーの進歩の影響をもろに受けることは,ポピュラーソングの宿命だ。だいいち録音や再生方式から違う。ぼくが流行歌を聴き始めた頃の懐メロは戦前の流行歌だったから,みな78回転のSP盤であり再生すればパチパチと焚き火のようなヒスノイズの中から古色蒼然とした演奏と歌が浮かび上がってくるようなものだった。ティーンエイジャーだったぼくは当然こう思った「古臭い」。この古臭さはちょうど図書館や家にある黴臭い本の臭いを感じた時のような感覚だった。ちなみに歌謡曲という言葉は戦時体制になる昭和初期に流行歌という言葉に軍部が文句をつけて言い換えさせられたものである。

☆ 録音のテクノロジーは第二次世界大戦後に飛躍的に向上した。モノラルからステレオ,そしてアナログからディジタル。音声データが1と0で表されるようになると音楽は記号化したように思う。テクノロジーはポピュラー音楽と融合し,それを一面で進化させ,他面で堕落に導いたと思う。その反動が昨今のライブ(興行)中心主義であることは否定しえないが,初音ミクのような存在がそれすら曖昧にさせている。こんな状況では進化論を否定することに宗教的意義を感ずる人の気持ちも分からないでもない。

☆ 流行歌のもう一つの側面は「歌は世につれ」ることだ。これは歌詩の問題ともいえる。ボブ・ディランは結局ストックホルム行き(ノーベル文学賞受賞)を高弟というべきパティ・スミスに依頼した。非常に良い判断で適切な人選だと思う。でもディランの果たした意義を理解しない人にとっては冷笑の対象に過ぎないだろうなとも思う。「ブロウイング・イン・ザ・ウインド」や「ライク・ア・ローリング・ストーン」の詩として持っている意義は流行歌という枠を超え,たぶん古典になる。それはその時代に対して投げかけられたことで,その時代を反射し,時代の息吹を後世に残す「長く有効な鏡」であるからだ。




☆ 流行歌は生き延びていかないといけない。すべてのクラシック音楽は生き延びた流行歌だ。古典音楽権威主義者(あるいは文壇の権威主義者でもいい)達がいかにポピュラー音楽に対して「上から目線」(この吐き気を催す言葉を何とかしてほしい)で臨もうとも,古典とは生き残った流行に過ぎない。だからポピュラー音楽も偉いなどという土俵には乗りたくもないが,それが事実なのである。

☆ 例えば1980年代後半の「バブル」で「トレンディ」な時代(これだけで唾棄する若者も多い)は,いまみちともたかが描いたバービーボーイズの曲達が十二分に体現されている。いまみちの詩は普遍性も高いが,やはりバブル時代という同時代性がより高い。それはバブルの時代と同じように歴史の後景に飛び去ってしまうと途端に古色蒼然の類になるかもしれない(同じことは湯川れい子が書いた小林明子の「恋に落ちて」の歌詩にも言える)。しかし30年ほど経った今から見てもこれらは1980年代後半の日本というひとつの文化(風俗)の姿を遺しているし,それはやがて歴史的な資料に変わっていくかもしれない。流行歌とは本質,そういうものではないのか。そしてその中の運よく生き延びたものがクラシックになっていくのである。例えばアメリカにおけるガーシュウィンのように。

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羽生結弦の「レッツ・ゴー・クレイジー」





> フランスのマルセイユで8日に開幕したフィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナルで、男子ショートプログラム(SP)に出場した羽生結弦(ANA)は、今季世界最高の106・53点で首位に立った。(読売新聞 12/10(土) 18:14配信 以下引用同じ。)

☆ 1994年12月生まれの羽生結弦が,彼の生まれる10年前の曲を選んで大会に臨んだ。ぼくはもちろんフィギュアスケートにも彼にも全然興味関心はなく,昨日の晩,たまたまついていた報道番組のスポーツコーナーでいきなりこの曲名を耳にし,何だろうと思ってテレビを見たのが全てだった。

☆ フィギュアスケートのフリースケーティングのルールを見ると「演技時間は4分30秒で±10秒の幅が認められている」とWikipediaの解説にあったので,この曲のシングル演奏時間4分40秒は規定通り。しかもコーダの盛り上がりはフィギュアスケーティングの華の部分でもあり,考え抜かれた絶妙の選曲と言えた。演技を見るともなく見ていると(なんたってBGMが殿下なのだから見ざるを得ない(爆)),確かに不安定な部分もあったが,おそらく考えたことはほぼ表現出来たのであろう。彼の表情や動作から見えた自己採点は満点ではなさそうだったが,それでも納得した感じは見えた。しかしその演技が今季最高点に繋がったのは,この競技をあまり知らないぼくにも何となく納得できるものだった。

Let's Go Crazy (Prince)
Single Released by Prince and The Revolution (1984年7月18日)
全米No.1(1984年9月29日,10月6日)



☆ フィギュアスケートの選曲がクラシックから広がったのは最近のことだと思う。昔は競技会が終わった後のエギシビションはポピュラーの曲もかかっていたが,あくまで例外的な位置づけだったと思う。プリンス&ザ・レボリューションがこういう競技会でかかるとは思わなかった(殿下もあの世で苦笑いしていただろう。あの「伏せ字」部分も,そのままかかっていたからね=爆=)。この曲を選んだのも曲の勢いや斬新さで選んだのだろう。これをきっかけにどういう曲が選曲されるか野次馬的な関心は出たがそれでもやはりあまり関心がない競技なので,何かのついでに見てみようかなと思う(たぶん彼は今シーズンはこれを使っていくだろうけど)。

> 羽生は11月のNHK杯から得点を上積みし、「まだまだ伸びしろがある」との言葉を実証した。

> 4回転ループはNHK杯と同じように着氷で姿勢が乱れたものの、踏ん張って出来栄え点の減点を低く抑えた。プリンスの曲に乗って観客の心をつかむ「ロックスター」としての演技力は向上し、プログラム構成点(5項目で各10点満点)は、「音楽の解釈」など3項目で9・50点以上に乗せた。

> 左足甲の靱帯(じんたい)の治療のため、今季は新プログラムへの着手が遅れた。所属先の城田憲子監督も「12月の全日本選手権に間に合えば」と考えていたような状態だったが、新技の4回転ループに挑戦し、短い期間で形を整えてきた。

☆ 讀賣の記事にひと言申しておくが(笑),殿下はロックスターではないぞ(爆)。あのジミ・ヘンドリクス直系のギター・プレイを聞けば「ロック」と言いたくなるのも分からんでもないけど(苦笑),(今では)ミネアポリスの伝説は,やわなブラコンではなく,やっぱり「ソウル・ミュージック」なのだ。

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「双子座グラフィティ」 (キリンジ 1998年8月26日)


ペイパー・ドライヴァーズ・ミュージックペイパー・ドライヴァーズ・ミュージック
(1998/10/25)
キリンジ

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初出 2011年12月17日

「双子座グラフィティ」 (作詩・作曲 堀米泰行)

☆ これは南半球のクリスマス・ソングだそうである。確かに歌詩の中に「聖火」や「シュハキマセリ(主は来ませり=♪「もろ人こぞりて」)」といった言葉が潜んでいる。




= 以下2016年12月7日追記 =

☆ という訳で,この曲は正味「クリスマス・ソングの極北」ならぬ「極南」なのである。今年のオリンピックは南アメリカ大陸で初めて行われた。つまり北半球の夏=南半球の冬(8月5日~21日)に「夏季オリンピック」が行われたことになる。オーストラリアで行われた時はどうだったかといえば,1956年メルボルン大会は11月22日~12月8日,2000年シドニー大会は9月15日~10月1日だった。この季節の差が出る理由(地軸の傾きとかそういう話)は中学の理科の時間に習ったが,同じようなことを考えれば「ホワイト・クリスマス」を熱望するのはカリフォルニアの子供だけでなく,南半球(赤道近辺でもいいけれど)の子供たちになるのかもしれない。

☆ という訳で,デュオとしてのキリンジはこの曲でメジャーデビューした。冨田恵一の洒落たアレンジも格好良く,真夏にクリスマス・ソングを引っ提げて(笑)。その後の活躍はまた,別の話。

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ぼくは幸福な夢を見ていた,たぶん。


#9 Dream (John Lennon 1975年1月31日 全米最高位9位)




So long ago
Was it in a dream, was it just a dream?
I know, yes I know
Seemed so very real, it seemed so real to me

Took a walk down the street
Thru the heat whispered trees
I thought I could hear (hear, hear, hear)
Somebody call out my name(John) as it started to rain(John)
Two spirits dancing so strange

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

Dream, dream away
Magic in the air, was magic in the air?
I believe, yes I believe
More I cannot say, what more can I say?

On a river of sound
Thru the mirror go round, round
I thought I could feel (feel, feel, feel)
Music touching my soul, something warm, sudden cold
The spirit dance was unfolding

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

Ah! böwakawa poussé, poussé...

☆ 1975年の冬,これは74年からの続きの冬。ジョン・レノンの『Walls And Bridges(心の壁、愛の橋)』からのセカンド・シングル。9という数字が縁起が良いとか最強だとかいうのは賭け事の世界と占いの世界だろうが(そういえば両社は結構隣接している気がする)この曲に満ち溢れている多幸感は最初に聴いた時から強く印象に残っている。そういえばジョージ・ハリソンも80年代後期に『クラウド・ナイン』を発表している。ナインという数字は日本では「苦」に通じるという迷信があるが,どうもそういうものでもなさそうな気がする。

☆ ジョンのことを考えてみると,この後ロックンロールのオールディーズをカヴァーしたアルバムとベスト盤を出してハウスキーパー(主夫業)をすることで70年代後半をパスした。彼とヨーコにとってはそれは悪いことではなかったと思う。特に80年代に入る瞬間(1980年12月)にジョン・レノンという人間が吹き消されてしまったことを考えれば,それは彼等にとっての良き(方向に向かう)夢の始まりだったのかもしれない。

☆ さすがにここでぼくもジョンと同じ夢を見たなどと宣(のたま)うつもりはないが(苦笑),ぼくはぼくなりに何かの夢の欠片(かけら)をこの曲に感じていたことは確かだ。この曲の存在が同時期の他のヒット曲とは違うという感覚はその頃からぼくの中にはあった。それが何なのかはわからない。確かにわかることは,今ではそれはこの曲の邦題の通りの「夢の夢」と化して,もうどこにもない(ジョン・レノンがこの世のどこにもいないように)ということだけかもしれない。

☆ 今さらのように村上春樹の「蛍」と「ノルウエイの森」を再読しているのだが,死のもたらす喪失感を感じることが出来るのは生者だけであるという当たり前のことに何度も魂を揺さぶられるのである。

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「金色の髪の少女(Sister Golden Hair)」 (America 1975年3月19日)


初出 2008年1月18日

再稿 2014年11月21日


ハート[紙ジャケットCD]ハート[紙ジャケットCD]
(2007/07/11)
アメリカ

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Sister Golden Hair  (Gerry Beckley)

Well I tried to make it sunday,
僕は日曜日に何とかしたいと思い描き,
but I got so damn depressed
結局ひどい失望を味わうだけだった
That I set my sights on monday
月曜日に僕の目に映ったものは,
and I got myself undressed
何の手入れもできていない自分自身の姿だった
I ain’t ready for the altar
僕は何の変化の準備もできていないけれど,
but I do agree there’s times
今がその時だという事は分かっている
When a woman sure can be a friend of mine
あの娘(こ)が,きっと僕と仲良しになってくれるとね

Well, I keep on thinkin’’bout you,
ああ驚くほどさ,
sister golden hair surprise
あの娘のことばかりずっと考え続けているんだ
And I just can’t live without you;
あの娘のいない生活なんて考えられない,
can’t you see it in my eyes?
この眼を見たら分かるだろう

I been one poor correspondent,
僕はただの しがない通信員さ,
and I been too, too hard to find
あの娘が僕に気付いてくれるなんてとても無理だとしても
But it doesn’t mean
だからといってさ,
you ain’t been on my mind
あの娘が僕の心の中にさえいないって訳じゃないんだ

Will you meet me in the middle,
ねえ,街の真ん中で会ってくれないかい,
will you meet me in the air?
皆んなの噂になっても会ってくれるかい?
Will you love me just a little,
チョッとだけでも僕のことを好きになってくれるかい,
just enough to show you care?
チョッとだけでも気にかけてくれるかい?
Well I tried to fake it,
チョッとでも噂をでっち上げたいくらいさ,
I don’t mind sayin’,
何を言われたって構わない,
I just can’t make it
上手く行かないんだから

Well, I keep on thinkin’ ’bout you,
ああ驚くほどさ,
sister golden hair surprise
あの娘のことばかりずっと考え続けているんだ
And I just can’t live without you;
あの娘のいない生活なんて考えられない,
can’t you see it in my eyes?
この眼を見たら分かるだろう
I been one poor correspondent,
僕はただの しがない通信員だ,
and I been too, too hard to find
あの娘が僕に気付いてくれるなんてとても無理だとしても
But it doesn’t mean
だからといって,
you ain’t been on my mind
あの娘が僕の心の中にさえいないって訳じゃないんだ

Will you meet me in the middle,
ねえ,街の真ん中で会ってくれないかい,
will you meet me in the air?
皆んなの噂になっても会ってくれるかい?
Will you love me just a little,
チョッとだけでも僕のことを好きになってくれるかい,
just enough to show you care?
チョッとだけでも気にかけてくれるかい?
Well I tried to fake it,
チョッとでも噂をでっち上げたいくらいさ,
I don’t mind sayin’,
何を言われたって構わない,
I just can’t make it
上手く行かないんだから


全米No.1 1975年6月15日
☆ 最初の時にも書いたが,1970年代の全米No.1曲の中で一番可愛い曲かもしれない。この愛らしさは男の子の女の子に対するいちばん純真な部分のような気がする。そういうものが絶えて久しいのがぼく自身だが(苦笑)。

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「キラー・クイーン」 (クイーン 1974年10月11日)




☆ 最初に聴いた時は少し違和感があった。当時の友人にクイーンを絶賛しているヤツがいて,その音楽の新しさを彼が評価していたからだ。彼の言うクイーンの新しさは,ハード・ロックとクラシック音楽の融合で,それは既存ロックの進化形であるプログレッシブ・ロックとも異なっており,似た傾向を示していたディープ・パープルがハード・ロック色を前面に押し出すようになったので,クイーンのやっているアプローチは彼ら独自のモノになっているという理屈だった。たまたま初めて聞いた彼らの曲が「Seven Seas Of Rhye(輝ける七つの海)」だったこともあり,クイーン=ハード・ロックという図式がぼくの頭の中にも出来ていたこともある。

☆ ここからかなり大幅に話が脱線するが,「Seven Seas Of Rhye」を初めて聴いたのはBCL(ブロード・キャスト・リスニング)でソニー・スカイセンサーのダイヤルを回して見つけた落合恵子のミニ番組だった。ちなみにBCLとは1970年代にソニーのスカイセンサーを皮切りに松下などがこぞって参戦した高性能トランジスタラジオとかアマチュア無線などを駆使して国内外の放送局(ローカル局や外国の日本語放送局)を聞き,受信した証拠としてベリカードを入手するという,インターネットに先駆けるウエブ活動だった(褒め過ぎだろ^^;)。当時は国内の中波局のタイムテーブルとベリカードの写真を添えた一覧が売り物の「ランラジオ」という雑誌が自由国民社だったと思うが出ていたくらいである。

☆ 当時落合女史は文化放送からフリーになった直後くらいだったと思う。文化放送という局は,ぼくらから見れば,東京ローカルみたいな存在で(ラジオ関東=後のアール・エフ ラジオ日本ほどではなかったが),難聴局でもあった。ぼくらは西の街に住んでいたので大陸や半島の中波局が日本語放送も含めて大幅に混信してくるので(それは初期タモリの芸のベースにもなっている),とにかく東日本の局を受信するのは一苦労であった。しかも25時になると「オールナイト・ニッポン」が始まるため受信出来てもどこの局の「オールナイト・ニッポン」なのかを判別することはほぼ不可能だった(爆)。

☆ そんな厳しい条件下(笑)近県のローカル局の放送枠に彼女の名前があったので,名高きレモンちゃんの声を聞くべくスカイセンサーを駆使した結果にこの曲に辿り着いたのである(自爆)。

Seven Seas Of Rhye (Freddie Mercury)



☆ ピアノとギターによるその曲のイントロを聴いただけで,ぼくは彼のクイーン評を一瞬で正当なものであると感じた。最後のおちゃらけみたいなコーダは良く分からなかったが(爆),それでも全体的に格好良いという評価に収まった。で,次のシングルを期待して待っていたら,この曲が出てきたので,ぼくは「何か違う」気がした。凝った曲だとは思ったが,どこか気取った感じがしたのだ(今だったらもう少し肯定的に「おしゃれ」だと感じたかもしれない)。しかもこの違和感は全く別の理由で爆発的に増大した(笑)。この曲はクイーンの大出世曲だったが(全英2位,全米12位),おそらく本国以上に人気が爆発したのが日本だったのである。理由は良く分からない。あえて勇気を振り絞って書いてみると(笑),昨今のビジュアル系を40数年前に先取りしていた当時のクイーンが「少女趣味」のスイートスポットに偶然ミートしてしまったからではないかと思う。

Killer Queen (Freddie Mercury)



☆ クイーンが爆発的に売れたことは,(誠に失礼ながら)洋楽にもそういう「ミーハー層」が存在していることをレコード業界に明らかにした。邦楽がヤングアイドル(だってそうだろアンダー15でばんばんティーンズの女の子達がデビューしていたのだ)なら,洋楽にもGS以来絶えて久しいミーハー路線が可能だと彼らレコード業界人は気付いたのだ(笑)。その結果,60年代初めのような「アイドルを探せ!」状態となった洋楽が見つけた切り札は言うまでもなくスコットランドのタータンチェック集団,ベイ・シティ・ローラーズだった。BCLがいつの間にやらBCRに化けてしまった!1970年代の日本のポピュラー音楽(邦・洋楽)の「爆発的ブーム」と言うと,「たいやきくん・BCR・ピンク・レディー」の三点セットになると思うが(爆),クイーンの成功はそういうものの素地となった気がする。

☆ この曲だけでなく,クイーンの曲に出てくる「小道具」達は,あとから「こんなものだったのか」と気付くことがいっぱいあって,このバンドを聴き続ける楽しみのひとつになっていた。で,この曲の出だしに「モエ・エ・シャンドン」が出てくる。このフランスを代表する企業(今ではLVMH)の醸造する発泡酒(シャンパン^^)の実物を見たのは酒屋ではなく,テレビ。フォーミュラ・ワンの表彰台名物 "シャンパン・ファイト" で,だった。あのでかいモエ・エ・シャンドンが女王のキャビネットにどれだけ常備されていたのかは,詩を書いたフレディしか知らないとは思うが,この曲のおかげで,後年いろんな場所でこのお酒とそれを注いでいただく方を含めて多少のご縁ができたことは今更ながら幸甚なことであった(再爆)。


☆ ちなみに,ン十年前に仕事で上京した時,表参道のクレヨンハウスを覗きに行って,お土産にディック・ブルーナのウサギのコースターか何かを買ったのでした(#^.^#)。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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