2016-04

バンドが我が意を得る時(フォリナー「Feels Like the First Time」を巡って)



栄光の旅立ち(紙ジャケット仕様)/フォリナー
¥2,365 Amazon.co.jp


☆ バンドとは,多様なバックグラウンドと音楽指向性を持ったミュージシャン(の卵)達が出会って「作り出すもの」だと思う。そうするとフォリナーがデビューした時のエピソードなども,そういうバンド誕生の典型的ストーリーなのかもしれない。この曲が仕上がった時(それは後年出たアルバムに追加収録されているデモテープの段階ですら),おそらくメンバーの全員,少なくともミック・ジョーンズとイアン・マクドナルドの二人は「この曲でシーンをアッと言わせてやる。絶対この曲ならそれができる。」と思ったに違いない。

☆ 実際,この曲は殆ど無名のヴォーカリストを擁した新人グループとは思えない勢いでTop10(最高位4位)ヒットとなった。邦題である「衝撃のファースト・タイム」はワーナーの洋楽部がフォリナーが前年のボストンのように,無名の新人バンドが全米のロック・シーンを大きく変え始めていたことに「衝撃の」の意を掛けたのだろう。それぐらい,この曲のイントロは気合が入っているのだ。そして曲の最後にこんな歌詩が出てくる。

> Open up the door, won't you open up the door?

☆ そういうこと。シーンがドアを閉ざすならば俺達が蹴破ってやるぜと,ジョーンズは高らかに宣言したのだ。そしてそれは彼の望む以上の事実となってフォリナーを一躍トップバンドに押し上げた,いや叩き込んだのである。

Feels Like The First Time (Mick Jones 1977年3月26日)



I would climb any mountain
Sail across a stormy sea
If that's what it takes me baby
To show you how much you mean to me
And I guess it's just the woman in you
That brings out the man in me
I know I can't help myself
You're all in the world to me

It feels like the first time
Feels like the very first time
It Feels like the first time
It Feels like the very first time

I have waited a lifetime
Spent my time so foolishly
But now that I've found you
Together we'll make history

And I know that it must be the woman in you
That brings out the man in me
I know I can't help myself
You're all that my eyes can see

And it feels like the first time
Like it never did before
Feels like the first time
Like we've opened up the door
Feels like the first time
Like it never will again, never again

Feels like the first time, it feels like the first time
It feels like the very first time, very, very, it feels
It feels like the first time, oh it feels like the first time
It feels like the very first time

Open up the door, won't you open up the door? Yeah

Feels like the first time
And it feels like the very first time
And it feels like the first time
It feels like the very first time

And it feels like the first time
It feels like the very first time
Oh it feels, it feels like the first time
Yeah it feels like the first time

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ポピュラー音楽の分析にも「時間」が必要であることについて



☆ ポピュラー音楽の分析にも時間が必要だ。流行は時間を経ることで,その当時の世相や風俗について伝えてくれる資料となる。流行音楽は他の流行(コンテンツ)同様,専ら消費されることを目的としている。この消費財としての「賞味期限」は長くないが,流行音楽が「その時代の消費財のひとつであった」という事実は,後年「その時代」を理解するうえの手掛かりのひとつとなりうるということも示している。

☆ 1970年代末に近田春夫達が「歌謡曲評論」を試みた背景には,他のジャンルの音楽同様に分析が必要ではないかという「動機」があったと推察される。これはポピュラー音楽の製作者サイドからの控え目な異議申し立てであったには違いないが,いかんせん彼等の活動は常にアップデイトを要求されるという点で「ポピュラー音楽」そのものとあまり変わらなくなってしまった。こういう言い方は先人に失礼かもしれないが「ミイラ取りがミイラになる」という感が無きにしも非ずである。

☆ いまは歌謡曲を例にとったが,ほぼ同様のことはジャズやロックの評論にも通底しているように感じられる。桑原茂たちが「スネークマン・ショー」の中でかつて実在したNHKラジオ第1の音楽番組(その頃はNHK FMに移管していた)をパロって,ロック(音楽)評論の不毛を徹底的に笑い飛ばしているが,いみじくもそのギャグが示している「評論」の限界は,基本的に論者の「美学」に依拠するというところにある。

☆ この「美学」の罠から抜け出すために「時間」が必要になる。それはポピュラー音楽から肝心のポピュラリティを幾分か奪うことにもなるし,別の言い方をすれば病原性物質をワクチンに変えるような効果もあるように思う。このアプローチは,消費財としてのポピュラー音楽に幾つかの消費世代を潜(くぐ)らせ,パラダイム的な意味での「時代の変遷」を経た後で,もう少し客観的な視座からこれを分析することができないかという試みである。別の言葉に置き換えるなら,その音楽(作詩)家がその音楽(詩)を作った背景を可能な限り鳥瞰的に眺めてみるということだ。

そういう考察は,単にポピュラー音楽の分析を深めるだけでなく,ポピュラー音楽じたいをひとつの素材として,その時代を文化(世相・風俗)の面から考察することにもつながるものと考えている。

Pulling Mussels (From The Shell)
(Squeeze / Released 9 May 1980 / Chris Difford / Glenn Tilbrook)



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むらさきな雨に塗(まみ)れて



☆ 亡くなって初めてプリンス(以下「殿下」という。)が本名だと知った。R.I.P.(ご冥福をお祈りします)の名の下に冗談みたいなプライスタグや冗談みたいなようつべが並んでいるので,今日はそういうものは一切紹介しない。

☆ プリンスという名のミュージシャンの存在を知ったのは(ローリング)ストーンズの全米ツアー。殆ど無名のミュージシャンがヘッドライナーとして起用されたという話題の主が彼だった。70年代のストーンズはキースがヘロヘロ(名前のとおりのヘロイン中毒)だった割には結構活発だった。良く考えれば毎年なにがしかアルバム出していたからね。ストーンズ。だから渋谷御大みたいなストーンズ・ウォッチャーには早くからその存在は知られていたと思う。

☆ 70年代のストーンズのヘッドライナーと言えば,スティーヴィー(ワンダー)が有名だけど,殿下の場合は,最初から一切妥協しない殿下スタイルだったようで(笑)ステージに上がったは良かったが,ストーンズ目当ての観客から散々な目に遭わされたという話は聞いたことがある。確かにこのステージに出た20代前半に殿下の音楽世界はほぼ完成しており,そうなると後は周囲がその世界を受け入れるかどうかという問題になる訳で,何の予備知識もなくヘッドライナーに殿下が出てきたら「帰れ!」ってなことになるだろう(ちょうど篠島で(吉田)拓郎のヘッドライナーをやった長渕剛のように)。

☆ そういう訳で「そういうヒト」がいるということは分かっていたのだが(爆)その人の作品に本当に気付いたのは『1999』の頃だった。出世曲「リトル・レッド・コルベット」やタイトル曲がヒットして初めて認識した。「ああ,あの時のストーンズのヘッドライナーだった...」って,殿下に対してずい分な物言いだこと(苦笑)。

☆ その次は言うまでもない「When Doves Cry(ビートに抱かれて)」の全米No.1。この時もこう思った。「この邪魔な曲がなければボス(「ダンシング・イン・ザ・ダーク」)が1位になっているのに(再爆)」。とまあ,この時期の殿下って,ずいぶんアンダーレイテッドな扱いだった。さすがにイロモノ扱いからは脱していたが,「When Doves Cry」の強烈な存在感,このベターっとした暑苦しさ(再々爆)は,今までどこでも聴いたものでもなく,明らかに全てが新しい音でもあった。前年の83年にマイケル(ジャクソン)がダンス音楽をそれまでのDISCO時代から別次元にする画期を創造したが,その「メインストリーム・ダンス/ディスコ」に対するミネアポリスの回答は,さらに新しい次元のダンス音楽の創造だった。

☆ このあたりから『サイン・オブ・ザ・タイムズ』までが,リスナーとしてのぼくの殿下歴である。「When Doves Cry」の暑苦しさを一掃した「Let's Go Crazy」は殿下に対する評価を一転させた。このバクダンみたいな曲は,プリンスというミュージシャンがソウルであり,ダンス音楽であり,ロックであり,結局はその全てがプリンスという名の下に統合された音楽であるということを知らしめたからだ。

☆ 『オフ・ザ・ウォール』と『スリラー』でクインシー・ジョーンズを駆使しながら(としか思えない)余人を以て代え難いレベルにダンス音楽(当然ダンスそのものもそこに含まれる)を導き,言うなれば殿堂を築いたのがマイケルだった。ところが気が付くとマイケルの殿堂の隣に全く別の,しかも同レベルの高さを誇る殿堂が築かれてしまった。そういうインパクトは確かにあった。

☆ もちろん彼らのあり方(縮れ毛にパーマをかけ白人のように振舞うがごときパフォーマンス)に厳しいというか冷めた目で批判する向きは少なくなかった。それはたぶん60年代後半から70年代にかけての「ニュー・ソウル」ムーブメントに対する反動としての(言い換えるとカウンター・カルチャーとしてのフォークが商業化された「ニュー・ミュージック」に変化したことへの生理的反発と同根のもの)批判だったと言えよう(そういう発言をした著名氏を,ぼくも確かに知っている)。

☆ それはしかし外見的スタイル(見栄え)の問題であり,彼らが革新していったダンス音楽という点から再評価すれば,著名氏の批判にかかわらず,あれは確かに70年代の「ニュー・ソウル」の血脈を受け継ぐものであったと,ぼくは考えている。

☆ 映画の『パープル・レイン』はありがちなビルトゥングス・ロマンで,出来の良い映画というより,その昔お正月にやっていたバラエティ番組の豪華スクリーン版的なところだったかもしれない。だが,本人の自己満足だったかどうかは別にして(爆),ミネアポリスという地方都市(その割には連邦準備銀行なんかがあるので,それなりに枢要な都市なのだろうが)の音楽シーンが活写されていたのも事実であり,そういう記録としては十分に意義のある作品だったと思う。

☆ たまたま数日前にシーナ・イーストンのことを書いた際に『サイン・オブ・ザ・タイムズ』に触れたが,実際,殿下が,ぼくとほぼ同世代ということは見落としていて,少し感じるところがあった。

R.I.P. Prince Rogers Nelson(June7, 1958 - April21, 2016)

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Funk is (e) music !アース・ウインド・アンド・ファイアー「シャイニング・スター」



暗黒への挑戦/アース・ウインド&ファイアー
¥1,944 Amazon.co.jp


☆ これを書くために調べてみたが,アース・ウインド・アンド・ファイアー(以下「アース」と略す。)の唯一の全米No.1シングルが「シャイニング・スター」だということは改めて興味深かった。アースを日本でCBSソニーが強力にプッシュし始めたのは1976年の『魂(Spirit)』あたりからで,その頃はディスコ文化が日本でも浸透し始めていた。1970年半ばに「浸透し始める」というのは,東京圏、大阪圏で流行し始めているという意味にほぼ等しい。札幌や名古屋や福岡はそれぞれの地域文化があり,東京・大阪のレーダー的な店はあったが,メインコースでないから面白い店という感じだったと思う。結局どこの街でもダイレクトに米英のポップ/ロック/ソウルが一番と思っている若者は山ほどいて,そういう人達が勝手に楽しんでいたのである。そして「浸透する」のは,そういうヒップな連中(そうでない筆者のようなのも多くいたが^^;)の友人・交際関係で少しずつ流行が広がっていくことを指している。

☆ 日本でアースを有名にしたのは長岡秀星だと思う。長岡の手による『All 'N All (太陽神)』以降のジャケットは,スピリチュアル大好きな人達の注目も浴びたと思う。ただそこから80年代初めまでのDISCO時代は確かにチャート上もアースにとって黄金時代だったと思うが,どういう訳かNo.1がない(ちなみにフィリップ・ベイリーとフィル・コリンズの「Easy Lover」ですらNo.1はキャッシュ・ボックスだけ)。No.1という地位は「はずみで届く」ものであることが良く分かる。だから逆にアースにしては「もろファンク」な「シャイニング・スター」が唯一のビルボードHot100 No.1曲という事実が興味深く思えるのだ。

Shining Star (M. White/P. Bailey/L. Dunn)



☆ ファンクという音楽ジャンルはジェームス・ブラウン⇒Pファンク⇒スライ&ファミリー・ストーンと進んでいったことはウィキペディアにも書いてある通りだ。あまりにも正確なので引用する。

> ファンク・ミュージックの大きな特徴は、バックビート(裏拍)を意識した16ビートのリズムとフレーズの反復を多用した曲構成である。ダンス・ミュージックとしての色彩も強いため、とりわけリズムはファンクを位置づける大きな要素となっており、分厚くうねるベースライン、鋭いリズムギター、強いリズムのホーンセクションなど、演奏楽器のすべてがファンクビートを形成していると言える。ベースにはスラッピング、ギターにはカッティングという奏法技術が多用される。そのためポップスなどでもこの技術が使われているだけでファンクという印象を与えるほど影響が大きい。バンドや楽曲ごとにさまざまな特徴があるが、1980年代以降はドラムマシーンによる機械的なビート、アフリカやラテン系のリズム、ラテンやロック、レゲエの要素を取り入れるなど、ジャンルを超えた発展を続けている。

☆ 「分厚くうねるベースライン、鋭いリズムギター、強いリズムのホーンセクション」。これそのまま「シャイニング・スター」という曲を構成する主要な要素で,そこに力強く匂い立つようなヴォーカル(まさにファンクという言葉の「原意」のひとつである)を降り注ぐとこの曲がほぼ出来上がる。そしてここに1970年代という時代の特徴の一端が見える。60年代が(第二次世界大)戦後世代による、前世代との対立・反抗・異議申し立ての時代であったとすれば,70年代は前時代(世代ではない)が提示した問題を解決していく時代であった。

☆ 70年代に起きていたこと。黒人の主張,ウイメンズ・リブ,メディア権力と芸能の大衆化,大量消費社会と公害,資源ナショナリズムと民族意識の再覚醒。2010年代の今から見れば「多様化(ダイヴァーシティ)」のひと言で片付きそうな感じもするが,そういったものが一斉に放たれていったというべきであろう。(アメリカの)黒人問題はその先頭に立っていた。先ほどからわざとブラック・ピープルと書いているのだが,それが70年代だったからで,相対的に見ても1970年代は20世紀の百年間の中でもっともリベラリズムが力を持った時代であったようにも思われる。自由という概念が「○○からの自由(もしくは解放)」という形を取った時代だったのではないか。「シャイニング・スター」で幕を開けるアースのアルバム『That's the Way of the World』にしても,その時代背景を持つ黒人(アフリカン・アメリカン)としての自覚がモーリス・ホワイトをして制作に走らせたのだろうから,邦題の『暗黒への挑戦』は少し贔屓の引き倒しの感はあるが,彼等への共感なしにこの邦題にはならないのである。

☆ ところでポピュラー音楽がポピュラー音楽たる由縁は,その作品が「強い時代性」を持つことにあるが,それだけでは時代を経ることで「使い古しのフォーマット」になってしまう。ある作品が時代を超越するためには,その作品に「何か」が必要になる。その「何か」こそがポピュラー音楽の秘密であるのだが,DISCO時代の覇者たるアースではない,この力強く匂い立つ音楽の中に,存外その秘密が隠されているのかもしれない。

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「モダン・ガール」 (シーナ・イーストン 1980年2月29日)


モダンガール/シーナ・イーストン
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☆ ウィキペディア見てたら,シーナ・イーストンとシーラ・Eの区別がつかないという情けない解説を見た(爆)。あのねえ(笑)。シーラ・Eの「グラマラス・ライフ」とか「シスター・フェイト」のPVでクラクラする前に(再爆),英語版見て彼女が誰の娘かくらい確認しておいでよ(再々爆)。それといくらなんでも007主題歌(「ユア・アイズ・オンリー」)歌手を軽く見たらいかんよ(再々再爆)。シャリー・バッシー(「ゴールド・フィンガー」)以来だとは言わないが,少なくとも直近は米国人歌手(カーリー・サイモン「Nobody Does It Better(007私を愛したスパイ)」)だった訳でしょ。いくらなんでも再編集が必要だよねコレ(再々再々爆)。

Modern Girl (Frank Musker / Dominic Bugatti)



☆ この曲リリースが閏(うるう)日なのも笑えるが,浜田省吾がこの曲を聴いたことは分かった(爆)。浜省の「モダンガール」は,1981年9月21日発売『愛の世代の前に』,彼の20代最後のアルバムの2曲目に座っている。ただ最初シーナ・イーストンを聴いた時の感想は,彼女はオリヴィア(ニュートン・ジョン)の後継者に座れそうだなというものだった。だって世の中は明らかに「ニュー・ウエイブ」していたから(爆)たとえばイギリスだってリーナ・ラヴィッチとかニナ・ヘイゲン(ハーゲン)とか,なんかそんなアイラインも真っ黒な尖(とん)がった娘ばっかりで(笑),少し違うと言えばトーヤ(ウイルコックス)とかケイト・ブッシュとかで,なんか時代が分かりそうだったりするので,アナベラ(ヴァウ・ワウ・ワウ)とかパッツィ・ケンジット(エイス・ワンダー)とかはこの後だもんね(笑)。で,残ってた椅子にあっさり座ってたのがシーナ・イーストンだった感じがする。アメリカは知らんよ(爆)。デビー・ハリーも,まだすっきりしてたし(^^;)。ジョーン・ジェットなんか最近の方がすっきりしてるけど。。。

☆ ウィキペディア(日本版)の解説で言いたいのは彼女が殿下の『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の「ユー・ガッタ・ルック」(’87年全米最高位2位)で共演している(まあ確かにそれだけじゃ終わってないだろうけど^^;)ことだろう。でもねでもね。その前に「モーイング・トレイン」(この題名はドリー・パトンのコメディ映画(主題歌)に出遅れたからだ。ちなみにドリー・パートンの「9時から5時まで」は,今だったらセクハラ(対策)のひと言で片付くことでもあるが,70年代のウイメンズ・リブが80年代のジェンダーフリーに移行する時代を象徴する映画という点での文化人類学価値(何だよ,それ^^;)は高い。という能書きは別にして彼女唯一の全米No.1)もあれば,さっき言った「ユア・アイズ・オンリー」(81年全米最高位4位)もある訳でねぇ。


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再び歩き出すとき 「Europe After The Rain」 (ジョン・フォックス 1981年8月20日)



Europe After The Rain/John Foxx


☆ 坂本龍一が大貫妙子に頼まれて作っていた音楽世界を軽々と作っていたのが,ウルトラヴォックスの3枚目以降のジョン・フォックスという気がしないでもない。ウルトラヴォックスに関しては最初のピストルズ的な「乱暴さ」が,一体どこから3枚目の世界に化けてしまうのかという気が今でもしている(笑)。ジョン・フォックス自身はもう少しエレクトロ・ポップに近いアプローチになっていくのが「Burining Car」なんだろうと思うが,ここはゲイリー・ニューマンという非常に優秀な追従者(喩えが悪くて済まないがオリジナル・ラブに対するフリッパーズ・ギターみたいなもの)が登場し,商業的にも成功したので (そういえばチューブウエイ・アーミー名義で出した全英No.1曲のタイトルも「Cars」だったし^^;),フォックス自身が方向性を少し変えたのがこのアルバム。

Garden/John Foxx
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☆ でも最初にター坊を引き合いに出したように,このアルバムは妙にサカモト的でもある。この曲に目を付けた広告会社のスタッフは優秀で,気が付くと曲のイメージと何の関係もないホンダの新型スクーターのCM曲になっていた(笑)。曲の持つリリカルなムードは例えば「雨に煙る桂離宮」的イメージを日本人には与えることと思う。イントロのピアノの清冽さが実はビート・ミュージック(ダンス・ミュージック)であるこの曲の基本ラインを忘れさせてしまう。非常にうまい演出だと思う。割とぎっしり詰まったビートや歌詩をどこか「開放」してしまうスカスカのピアノの音達。そして後半にまとわりついてくるシンセサイザーの音。この緻密さと「空間」が侘び寂び的な音になんとなく昇華してしまうのである。

☆ 英語版Wikipediaによると曲名はドイツを代表するシュルレアリズムの画家マックス・エルンストの1942年作品『雨後のヨーロッパII』に由来するという。稠密で整然としていながら,どこかスカスカの余韻を併せ持つ,非常に個性的な作品であると思う。

Europe After the Rain (John Foxx)



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ポップ・ソングの定義(その1「嵐の恋」(バッドフィンガー)に3分間の鮮烈を見る)



ノー・ダイス/バッドフィンガー
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☆ 昔アップルといえばビートルズのレーベルだった。スティーヴ・ジョブスもそのことは十分に承知していたがその辺の話はジョブスの評伝を見てほしい,ビートルズが「いなくなる前」にレーベルは何組かの有望新人ミュージシャンを送り出しており,バッドフィンガーはその代表格だったと言えると思う。

☆ バッドフィンガーの日本での出世曲はこの「嵐の恋(No Matter What)」で,あまりに有名な邦題のためオリジナルタイトルが分からず,ネット時代の初期まで入手に苦労した思い出がある。最初にバッドフィンガーのベスト(英米盤)を買って初めてオリジナルタイトルが分かった。和訳サイトを調べていた時にFC2のブログで紹介されているものがあったのでリンクを掲載したい。

http://magicaldoor2009.blog63.fc2.com/blog-entry-30.html


☆ 上記リンクでも紹介されているように,60年代後半にロックが分岐していく中で,複雑化(アート・ロック/サイケデリック・ロック→プログレッシヴ・ロック)、単純化かつ増量(ブルース・ロック→ハード・ロック/ヘヴィ・メタル・ロック)、単純化かつ筋肉化(パンク・ロック)、その他の流れ(グラム・ロック、パワー・ポップ、ソフト・ロック→アダルト・オリエンテッド・ロック、クロスオーヴァー・ロック→フュージョン)とさまざまなスタイルが登場する。ポップ・ロックは他のロックに比べて軽く見られたのも事実だと思うが,音楽が音楽として生き残っていく力では,その当時思われたよりは軽くなかったと言える。

No Matter What (Pete Ham 1970年11月6日)



No matter what you are
I will always be with you
Doesn't matter what you do, girl
Ooh girl, with you

No matter what you do
I will always be around
Won't you tell me what you found, girl
Ooh girl, want you

[CHORUS:]
Knock down the old, grey wall
Be a part of it all
Nothing to say, nothing to see, nothing to do
If you would give me all
As I would give it to you
Nothing would be, nothing would be, nothing would be

No matter where you go
There would always be a place
Can't you see it in my face, girl
Ooh girl, want you

[guitar solo (Joey Molland)]

[CHORUS]

[REPEAT VERSE 1]

Ooh girl, you girl, want you
Ooh girl, you girl, want you.

☆ きっちり3分間にまとめ上げた極上のポップ・ソングである。複雑化させ長く(言い換えれば広大な音のカンバスに)♪の絵を描くプログレッシヴ・ロックやブルーズの連続性を組み立てながら,一つには構造的様式美に向かうヘヴィ・メタルを先導したり,他方では民族音楽など他のルーツの中に更なる発見を見ようとしたハード・ロックなど,音のテーマをどう構成するかという課題がロックという新しい音楽の中で興味を引く最新のモードであった時代に,音楽としてのロックンロールへの本家帰りには,ひとつはロックンロール・リバイバルがあり,他方にパンクへと繋がっていくシンプル・ロックの復権があった。

☆ ポップ・ロックやパワー・ポップは後者の系譜であり,アプローチはお手本とすべき先人(例えばエジソン・ライトハウスであればモータウン・サウンドだし,バッドフィンガーは言うまでもなくマージービートだろう)を,いかに1970年代という最新モードの中で表現するかという点に課題があったのだろう。

Love Grows (Where My Rosemary Goes)
(「恋のほのお」 Edison Lighthouse 1970年1月)




☆ その一つの答えが「嵐の恋」であり,ジューク・ボックスでかかる「3分間の現代芸術(ポップ・アート)」は,こうしてアップデートされていったのである。そしてその普遍性が曲のいのちをこれからも伸ばしていくことになるのだろう。

ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 1/ウォルター・アイザックソン
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ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 2/ウォルター・アイザックソン
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グルーヴとは何か(スタッフ'76年末の珠玉の名演から考える)






☆ Groove という単語は,元々は溝(みぞ)という意味だった。今でも英和辞典を見れば真っ先に「(木材・石材・金属の表面に刻んだ)溝, 溝筋, わだち, 水路;(レコード盤の)溝.」と書いてある。この一番最後のレコード盤の溝が転じてグルーヴになっていくのだが,いわゆるグルーヴやグルーヴィという表現はジャズ・エイジに生まれたようである。またポピュラー音楽でいう「ノリ(の良さ)」が一般語に転じて,最高潮とか調子がいいとか最新のといった,いわゆる「カッコイイ系」の言葉として定着したようである。

☆ だからサイモンとガーファンクルが'67年に「59番街の歌」で "Feelin 'Groovy" と歌った時には「ノリノリだぜ」というニュアンスだし,アース・ウインド・アンド・ファイヤーの「レッツ・グルーヴ」も全く同じノリになる。ちなみにアースのこの曲の日本版がウルフルズの「ガッツだぜ!!('95年)」という感もある(笑)。

☆ グルーヴはだけど,上に置いたスタッフの「ザッツ・ザ・ウエイ・オブ・ザ・ワールド」(アースの曲で元々リチャード・ティーの持ち曲)みたいなものが本質じゃないかなと思う。ティーの最初のピアノ・タッチでニューヨーク「ボトムライン」は熱狂する。一瞬で魔法をかけたかのように。この「間」と「余韻」がティーのグルーヴだとすると,それに続くグルーヴはスタッフという唯一無比の空間を作り出した6人のグルーヴだと思う。

☆ 良く聴けば,それぞれの楽器が干渉しつつもその干渉が響き合って,さらに「間」と「余韻」を深めながら曲が進行していく。それぞれの楽器は控えめにソロを取り(典型は曲のコーダ部分。いまだかつてあんなコーダは知らないし,これからも聴くことはないだろう),その全体が緩やかな(これがスタッフのグルーヴの本質でもあるが)流れとなってライブハウスを満たしていくのである。

☆ だがそれは単なる心地良いBGMであると同時に,原曲の詩が持つ強いメッセージを決して疎かにしない「たおやかさ」に満ちている。この曲の持つ当時の人種問題という背景は,いま(2016年)米大統領選の中で,欧州のテロの嵐の中で,同じように問いかけられ続けている。たとえ作者のモーリス・ホワイトがこの6人の過半の仲間入りし(鬼籍に入っ)たとしても。それは曲の最後に聞こえるメッセージと共に曲の寿命を超えてリアルなメッセージとして生き続けてもいる。

☆ 40年前の年末に奇跡のように起こったグルーヴは,現代的な意味を持って,今も生きた(Live)音楽としてここに遺っている。こういうものが,僕にとっては,永遠のグルーヴなのだと思う。

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バーティー・ヒギンズ「キー・ラーゴ」('82)とその周辺



キー・ラーゴ [DVD]/ハンフリー・ボガート,ローレン・バコール,ジョン・リッジリー
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☆ キー・ラーゴはフロリダ半島の先にある小島で,ジョン・ヒューストン監督1948年作品の題名及び舞台となった。そのことは後で知り,先日廉価版のDVDで映画も見た。実は映画の方の『キー・ラーゴ』を題材にした作品で知ったのである。1982年に全米8位まで上がったバーティー・ヒギンズの「キー・ラーゴ」だ。

Key Largo (Bertie Higgins / Sonny Limbo)



☆ バーティー・ヒギンズは1944年12月8日フロリダで生まれた。この曲がヒットした時には37歳だったことになる。遅咲きというよりワン・ヒット・ワンダーのリストに加えられそうで気の毒な気もするが,映画の『キー・ラーゴ』を題材にしたというより,キー・ラーゴの主演で私生活でもカップルになったハンフリー・ボガートとローレン・バコール(いわゆる「年の差カップル」ではある^^;)のことを歌っている。

☆ でもヒギンズのこの曲は北米ではヒットしたようで(全米・カナダともアダルト・コンテンポラリー・チャートではNo.1。カナダではナショナル・チャートでも最高位3位という大ヒットだった),この曲が収録された彼のアルバム『Just Another Day in Paradise』も、全米アルバムチャートで最高位38位を記録している。しかし欧州大陸では全くヒットの形跡がなく,そもそもディストリビュートしていたのかもわからない。そしてこの曲とアルバムタイトル曲の次にリリースされ,全米でもヒットに至らなかった曲がなぜか日本にやってくることになる。

Just Another Day in Paradise/Bertie Higgins
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☆ 郷ひろみが「哀愁のカサブランカ」をリリースした経緯は,この曲に関するWikipediaの叙述が詳しい。「キー・ラーゴ」のヒットは82年で(年間チャート17位)で,日本でディストリビュートしていたCBSソニー(当時)が,彼の「カサブランカ」の方が日本人に分かりやすいと思ったのではないか。(この曲は全米では3枚目シングルのA面で,「キー・ラーゴ」のB面は別の曲(「White Line Fever」)である。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%80%E6%84%81%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AB

☆ 「哀愁のカサブランカ」(リリース:1982年7月17日)は,山川啓介が日本語詩をつけているが,当然翻案されたものになっていて原詩とは別物だ。だが題名が彼の初期の代表作「よろしく哀愁」に繋がるところが上手い。曲・編曲の良さと歌手の力量がうまく調和してこの年を代表する曲になったと言える。

☆ が,話は「キー・ラーゴ」に戻る。白黒の101分の映画では,第二次世界大戦(欧州=イタリア戦線),ネイティブ・インディアンの問題,まだバティスタ政権下にあったキューバと国内指名手配中のギャングと1948年という時代のリアルな部分が背景にあるので,単なる冒険物とは言い切れない複雑なもの(映画自体の味わいにもなるだろう)があるような気がする。

☆ 「カサブランカ」を下敷きにしたというか,そのワンシーンだけ拝借した作品にはアル・スチュワート'76年の大傑作「イヤー・オブ・ザ・キャット」があるし(そういえばこの曲も最高位8位だった),バティスタ政権の崩壊といえばフォナルド・フェイゲン'82年作品『The Nightfly』の7曲目「The Goodbye Look」が思い起こされる。

☆ この映画の主要キャストで最後に亡くなったのがローレン・バコール(2014年8月12日)だということである。

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じぶんタイプの365面体



追憶のハイウェイ61/ボブ・ディラン
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☆ ボブ・ディランの良き聴き手でもないくせに(そのくせ数年前に最新盤までのオリジナルは一そろい揃え,80年あたりまでは聴いている)こんなタイトルで再開しようとしているのは,平均寿命なるものを一つのトラックと考えた場合に第三コーナーを超え第四コーナーに向かいつつある自分を意識するからだ。

☆ Revist(再訪)する先は,おそらく対角線上の第一コーナーから第二コーナーを回るあたりになると思う。それは自分の記憶力のまだ生きているらしい部分であるし,もはや白秋といっていい自分から見た青春でもある。昔,阿久悠が言い当てたように「青春時代が夢」なんてことは,ジイさんになってしみじみ思うことであるだろうが,洋の向こうじゃ「ロケンロールには年食ったが,死ぬにはちいと早過ぎる」という標語が40年ほど前には確立していた訳だから,聖人ならぬ凡人の一人として先人の轍を踏むのも,自分に残された数少ない自己表現らしいとも思っている。

☆ 清水俊二の訳したフィリップ・マーロウの科白を借りれば「しっかりしてなかったら,生きてはいけない」訳で逆に「生きている資格」があるかどうかは「やさしくなければ」分からないところだ。どっちにしてもやさしいかどうかはわからないが,しっかりしていたから(=ほんとうは左右に傾き,酔っぱらってふらつきながら),自分という365面体(命名:俵万智)を日夜転がして(命名:ブライアン・ジョーンズ)行く訳なのである。

☆ 再訪されたこのブログは当初のコンセプトに立ち戻り,テキスト中心の内容になる。といって中年後期のおっさんが酒も飲まずにクダ巻いているだけなので,折悪しくここを通過した人の過半には何の益もないスペースであろうことを予想する。またどうにも洋楽と邦楽の切り分けがうまくいかなかったので,結局ごった煮になってしまう(当初は)のも致し方ないと思っている。過去ログの再掲も課題だが,それも考えながら進めたい。

☆ いつまで続くかわからないが,とにかく再訪することにしたのである。

テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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