2007-04

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Singlle's Review(24) 「とんぼ」(長渕剛 1986年)

とんぼとんぼ
(1988/10/26)
長渕剛

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☆ 田舎者の歌である。典型的な田舎者の歌である。それもハッキリ言って最低クラスの田舎者の歌である。しかし,それがどうしたというのか。そこには意外にも透き通るほど透明な意志がある。踏みにじられ,蹴飛ばされ,テメエの力を頼りに這うように生きていくことになっても,この街で生き続けることを選んだ主人公の自嘲と誇りがない交ぜになった言葉の向こう側に,その意志が見える。それはこの「くそったれ」の街が俺の行き場所であり生き場所であり,死に場所であるという宣言である。

☆ 長渕剛は鹿児島に生まれた。郷土からはフォークの英雄,吉田拓郎が生まれている。拓郎は進学のため住んだ広島でフォーク村のメンバーになったが,長渕が同じ目的で福岡に出て来た頃には,フォークは終わりつつあるムーブメントだった。その代わりに都会的な装いのニュー・ミュージックが闊歩し,地元ではロックバンドのブーム(めんたいビート)が起こっていた。彼にとって福岡はあまり居心地の良い場所ではなかったかもしれない。

☆ これは以前のブログやOOPS!に書いたのだが,「とんぼ」の歌詞で主人公が乗った列車は「北へ」向かう。この方向感が重要だ。東京に向かうのに「北へ」進むのは,伊豆諸島でない限りイメージできないだろう。どう考えても南か東か西なのだから。「北」という方向を意識できるのは,ブルートレインで鹿児島本線を北上し,山陽線から(正確には博多以降)は「東」に向かうという鹿児島出身の長渕の方向感覚なのである。このイメージは,例えば小林旭の歌が東京から東北へ向かう同じようなブルートレインのイメージがあること,あるいはマイ・ペースやARBの歌にあるように東京へ・東京からという東西感覚にも通じる。強いて言えば「北」という方向性は,最初に書いた彼のミュージシャンとしてのキャリアに起因するものである。

☆ 長渕が二度目のデビュー(この事に絡む話があるので後に述べる)をした後,師匠格でもある吉田拓郎のコンサートに出演した有名な事件がある。拓郎が三河湾に浮かぶ篠島でコンサートを開いた時,前座に指名されたのが長渕である。当然,客は本チャンの拓郎目当てであるから前座に出て来た長髪で気の弱そうな兄(あん)ちゃん等に用はない。さっそく口の悪い連中が吠え始めた。「帰れ!帰れ!」。それに対して長渕は大きな声で言い返した。「帰らないよ!」。この一件が長渕剛という若い音楽家が注目を浴びるきっかけになった。その後「乾杯」という名作で世の評価を得たものの,フォーク路線は師匠格の拓郎も含めてどことなく行き詰まりを見せ始めていた。

☆ こうした状況で長渕がドラマに出るようになったのは,自身の結婚も含めて世の中に知られるようになった反面,歌手としての方向性に悩んでいたからではないかと思う。そして下手な役者をしながらその歌の方向性を大きく変え始めた長渕は,自分の原点に辿り着く。それは強面のチンピラということではない(爆)。田舎者ということである。
=以下続く=

以上 2007-04-17 12:55:00

=↑の続き=

☆ 1970年代後半のフォーク・ミュージック・シーンでは,ひとつ上の世代が持っていた明らかな「反体制志向」がだんだん薄れていく過程であったように感じる。これは例えばティン・パン・アレーのようなプロフェッショナルな音楽への志向に対する極めて冷淡な態度と軌を一にしていた。そこでキーワードのように扱われたのは「生き様」という言葉だった。

☆ やや皮肉な感があるが,この手の「生き様」戦略を打ち出して成功したのは小学館の一連の本である。その最初に糸井重里による矢沢永吉のインタビューを元に構成した『成りあがり』があるのは皮肉な気がする。もっともこの手法は残間 里江子がプロデュースした山口百恵の『蒼い時』で一般化し,本来は写真集を出すべきワニブックスまでせっせとアイドルやニューミュージックの女性歌手にインタビューをしてゴーストライターにまとめさせた「アイドル本」を量産していた。

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☆ 話がそれたが,長渕剛が歌手として建て直しを考えた時,恐らくここに戻ってきたのではないかと思う。「都会における田舎者の生き様」というテーマである。チンピラとかヤクザとかやくざ医師とか彼が選んだ素材は,有り体に言えば「どこかから都会にやってきて,そこに住み着いた人間」というテーマに沿っている。それは歌手を目指して上京し,一度はデビューしながら時機を得ず挫折し,再デビューまで雌伏するうちに世の中がどんどん軽い方向へ向かっていった。その居心地の悪さとそういう「世間」に何を見せつけてやりたいのかという彼自身の葛藤の産物でもあったのだろう。

☆ さて,前回チラと書いたが,長渕剛と桑田佳祐の因縁について聞いた話を書いておきたい。元々はどこかのフェスティバルか何かで桑田が冗談で長渕をおちょくったことが原因だという。たわいもない話だが,恐らくその前史があるのだろう。桑田佳祐という男は,軽さで売っているように誤解させるのが上手だが,実際はかなりシリアスな毒舌家である。桑田の毒舌はたまにしか出ないが,容赦がない。決して毒舌に走らない所ジョージの醒めた感覚とは大違いである。

☆ その俎上に載せられたことを長渕が根に持ったのは間違いなく,このドラマか何かの中でわざわざサザンオールスターズが曲を演奏しているテレビを消してそれを罵倒するような台詞がを吐いているそうだ(このドラマ見るには見たが,そこまで細かいところまで見なかったから真実かどうか知らない)。その後,長渕の二度目の結婚につながる醜聞が出て,桑田が「すべての歌に懺悔しな」を書くことになる。

☆ 喧嘩の経過は別にどうでも良く,その背景の方が興味深い。はじめに書いたように,長渕は「(都会に出て来た)田舎者の生き様」という方向性を見つけた。一方,元々都会人である桑田は,都会的な軽さを駆使し,現実を「おちょくる」ことで批評性を示していく音楽家である。両者が相容れないのは火を見るよりも明らかだ。さらに言えば長渕の最初のデビューは桑田よりも早い。しかし,二度目のデビューは遅い。長渕から見れば桑田は後から出て来て「軽さ」で人気者になった軽佻浮薄な輩であり,桑田から見れば,長渕はデビューに失敗して出直してきたのだから後輩だ。それも生き様だか何だか知らないものを引き摺って売り物にしているダサイ奴ということになる。多分こんなところが背景にあるのだろう。

☆ これは両者の対立やそこに喙を入れてきた松山千春などこの世代のミュージシャンの人間模様をおもしろおかしく描くことが目的ではない。どういう動機で「とんぼ」という作品が結実したか考えた時,その善し悪しは別の問題として,都会人と田舎から山出しでやって来た者とのスタンスの明白な違いこそが,この曲の妙に苦くて澄み切った感情の流れを裏打ちするものなのだということを指摘したかったのである。「とんぼ」は80年代後半を代表する作品ではあるが,そのテーマは70年代(後期)的なフォークのあり方とその到達した地点,そしてその限界を示すものとして興味深い。

以上 2007-04-17 12:54:00

テーマ:Single's Review - ジャンル:音楽

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