2017-06

Clock of the Heart(四の舞...いつまでやっとるんかい!)




☆ 著者によるとこの本が解説したいことは「バブル期に,その震源地たる東京で,何が起こっていたか。人々はどんな気分で,何を考え,何をして暮らしていたのか」だそうだ(まえがき P.3)。方法論としては間違っていないと思うのだが,個人的にバブルが最初に発生した場所は東京ではなく大阪だと思っている。その結末は「イトマン事件」として世に知られることになるが,この大阪の雰囲気(東京がなんぼのもんじゃい⇒東京に攻め上る=典型例は広域暴力団を含むバブル紳士及び吉本の芸人軍団)が東京に伝染していき,東京で元々発生していたマーケティング優先,感性指向,軽薄短小,ハイテク,政治力学,ニューアカ(デミズム)とニューエイジ(新・新興宗教ブーム)により増幅されたもの,それが東京バブルだったのではないか。

☆ バブルの宗教はいまだ有力な「拝金教」である。拝金教と新自由主義は名の如く「コインの表裏」だったし,1:99(ウォール・ストリートを占拠せよ運動)やトマ・ピケティや左派系政治家のミニブームでも分かるように今でもそうである。つまりバブルの本質部分は破裂を乗り越えてのうのうと生き延びているのが実態で,そこから見ればバブルなど単なる徒(あだ)花でしかないのもまた明白である。そういうしたたかな前提に立てば,新自由主義の何処がここまで膨れて破裂したのかを政治経済学的に検証する価値は確かにあると思う。でもそれはこの本の目的ではない。この本には考現学のアプローチでこの時期(時代とも言いにくい)を探りたいという思いがあるようで,それはアカデミズムではないが少なくともその礎石にはなり得ると思う。

Time(Clock Of The Heart) (Culture Club 1982年11月19日)



☆ ところで「いつまで総論のところで止まっているのか(怒られる前にギャラリー全員の立ち去る靴音が聞こえるので^^;)」,ということで次回からは少し各論に入ろうと思います。


☆ ダイヴァーシティなきょう日から見るとトム・ロビンソンが異議申し立てをしていた1978年とジョージ・オ’ダウド(ボーイ・ジョージ)が登場した82年ではかなり様相が違っていた。間にイアン・デューリーの「ヒット・ミー」だとかダイアー・ストレイツの「Les Boys(アルバム『メイキング・ムービーズ』収録)」などを挟んだからかもしれない。それでも彼の名を全米に広めた「Do You Really Hurt Me(君は完璧さ)」のMVは異化がテーマだったが。
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うたかた(三の舞)





☆ アルビン・トフラーの描いた「プロシューマー」は,様々なヴァリエイションを生むことになる。その一つは数年前に持て囃された「ノマド」だし形を変えればベンチャー企業家だってそうかもしれない。知的生産に絞り込めばアイフォーンのアップルのように生産せずに製品を企画する生き方などプロシューマー的生き方かもしれない。でも「究極のプロシューマー」は内田樹などが嘆息する「消費しか知らない若者」ということになるし,そういう人達にちゃっかり商売をしようとすればホイチョイ・プロダクション(ズ)のような生き方がそうかもしれない。


☆ バブルに向かう時代の空気の一つに「ニュー・アカデミズム」があった。しかし,70年代から「ニュー何とか」という言葉がどれだけ使い捨てされたことだろう。「ニュー・ファミリー」然り「ニューミュージック」然り。


☆ 1970年代くらいまでの「戯画」で「変わり者」は哲学書(なぜかジャン=ポール・サルトルの名前だけ書いてあったりする)を手に小難しいことを話すのがステロタイプ(ステレオタイプ)だった。80年代に哲学はどこかに行ってしまう(そんなことはないことは2000年代の中島義道などを見れば分かるけど)。その代りにニュー・アカデミズムが風の又三郎のようにやって来て,すぐにニュー・エイジに入れ替わった(歌舞伎みたいに)。


☆ その時代の「動力」となったキーワードが「感性」である。今ごろこの言葉を使えば一笑に付されるだろうが,マッキンゼーやボストン・コンサルティング・グループにフィーが払えない連中は仕方がないので代用していた。哲学の後退と感性の興隆は,元々軽佻浮薄を促進しつつあった世相を強力に後押ししたと思う。後者の目から見て前者は嘘っぽく見えたか「ダサい(この時代に起源をもつ言葉でもある)」。もっと世の中は軽やかに乗り越えられる筈だという根拠のない自信が出来上がりつつあった。それは今だったら「レジリエンス」と呼ばれる「たおやかさ」には進まず,むしろとんねるずの素人芸のような勢いとしたたかさに進んでいく。

☆ 山本七平ではないが,日本という国は「空気」のあり方がそのまま時代を作ってきた印象がある。必ずしもそれは日本人に普遍化させられないことだと橘玲は言うが,バブルからその破裂までの日本と今の日本とを見て共通するものを考えた場合,ぼくには前者に軍配を上げざるを得ないのだ。

You Spin Me Round (Like a Record) (Dead or Alive 1984年11月5日)





R.I.P. Peter Jozzeppi "Pete" Burns(5 August 1959 – 23 October 2016)

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うたかた(二の舞)




1.優雅な生活が最高の復讐である(Living Well is the Best Revenge)



☆ 1980年代の前半。何処からともなくこの言葉が聞こえてきた。ひとつ確実に覚えているのは村上春樹で,彼がスコット・フィッツジェラルドについて書いた何かに「それ」はあった。最近読む機会があったので村上春樹の本をいろいろ読んでいたら,フィッツジェラルドの『夜はやさし』の中に出てくるようだ。ただそれとは別に幾つかの方向からこの言葉は響いていた。あやしいのは「本の雑誌」か「(ニュー)ミュージック・マガジン」あたりなのだが,意外に「GORO」あたりからだったかもしれない。

☆ バブルのベースになったことはボブ・ディランの歌ではないが「時代は変わる」ということだったと思う。80年代の初めにはコンピューターは現在の姿に向けて変身しつつあった。それはアルビン・トフラーが『第三の波』で想定した通りだし,日本電気(NEC)などは早くもコンピューターとコミュニケーション(C&C)をキャッチフレーズにしていた。何かが変わるという点で冷戦構造もデタント(緩和)と緊張(レーガン政権)の狭間にあったことは,アンディ・パートリッジが1980年に「Living through another Cuba」で「我々は真ん中にいる子豚チャンだ」と吠えたとおりだった。

☆ そういえばバブル時代を経ていまだに「日本の上下」に誤解されている本がある。

2.ジャパン・アズ・ナンバーワン(ナンバーワン国家として(仮定法)の日本)



☆ エズラ.F.ヴィーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』はちょうど大学に入った頃,教養課程の某教授に夏休みの課題図書として読むことを指示された(レポートも書いて出したはず)。読んだ時の第一印象は「これは日本礼賛本ではないぞ」ということだった。日本の社会構造がアメリカのそれとどう違っていて,対米でどういう点が強みになっているかという分析が本の主題だったからである。ところがそれから40年近く,最近になっても,最上段の本や別の人々(多数の企業経営者・学者・官僚・政治家などを含む)のあちこちでこの本を日本礼賛本であるかのように受け止め,それを暗黙の前提として話を進めている文章を飽きるほど見ている。

☆ あのねえ。ヴォーゲル教授がやったことは「ストラテジック・アナリシス(戦略的分析)」以外の何でもないの。だから今世紀に入って教授が中国に関して同様の分析を試みているのも当然のこと。この人はアメリカの国益を考えてそういう本を著しているのであって,媚日派とか知日派とかいうのはトンデモナイ誤解だよ。ただこの「誤解」がバブルの動力になったのは確かだ。喩えが悪いが,どこかの偉い人に連れて行ってもらった夜のお店で,日ごろ絶対に相手にされないような綺麗なお姐さん達にチヤホヤされて舞い上がった夜郎自大みたいなもので,字義通りに言い換えれば,夜郎国の王様が中国の皇帝の使者(単に通過するだけの人)に向かって「その中国という国は儂の国と同じくらい大きいのか?」と尋ねるようなもので,綺麗なお姐さんだか合衆国だかは知らないけれど内心「なにこのダサオヤジ」と思っていてもハイハイとやり過ごすくらいの器量は持っている。たまにやり過ぎと思えば,産業スパイ事件や対共産圏輸出規制違反などという口実で思い切り叩く,そうすればいいやと思っているわけだ。

☆ でも夜郎国の王様みたいな日本国の勘違いな人達は,産業の高度化の重要性や社会保障拡大に対する適正な負担(分かっていたのは田中角栄と大平正芳の二人だけだったようだが=分かっていても出来なかった宮澤喜一は論外),「今日が良ければそれで良し」政策を弥縫的に(付け焼刃で)進めていくしかなかった。そんなこと考える前にまだイデオロギーに固執していればよかった人達はそれにすら劣ることになる。

☆ そこで世の中はどう言い出したか? 「これからは感性の時代だ」。この「感性」というヤツがバブルの最高のカタリスト(触媒)だったのである。(以下「三の舞」に続くが,どこまで舞うつもりだ?)

Missing You (John Waite 1984年6月)


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うたかた(序)1.01





☆ この間『1984年の歌謡曲』の感想みたいなものを書いたが,ここ数カ月バブル(及びその後)に関する書籍がかなり出ている。どっちかというとバブルの経済的側面に関して30年が時効になるのかは知らないが当事者や関係者が「それぞれの理由により」重たい口を開き始めた。それが某東洋経済誌の「バブル検証」特集という流れになり(笑)この本に辿り着いた。

☆ ただ,この本の著者はバブルの東京にいたわけではなく(あとがきにそのことが触れられている),どちらかというと1985~91の年代的再検証という感じでジャーナリスティックでもアカデミックでもやや中途半端の感がある。また当人が現場にいなかったということはこの本の弱みと言え,かなり丹念に検証しているものの,検証の対象にズレがあるきらいもある。

☆ 本来的には「バブルの時代(仮に著者の意見を取り1985~91とするが)」に関しては,最良の素材は当事者のオーラル・ヒストリー(例えば いとうせいこう,あるいは泉麻人とか山田五郎とか)であり,Fast(次善)はその時代のやや尖がった雑誌であり,Slow(並)はその当時の若者~中年男性(女性)向け雑誌と写真誌であり,Late(参考程度)は一般週刊誌(ポスト・現代・宝石/セブン・微笑・女性)であり,それ以下が新聞および新聞系(隔)週刊誌(AERAなど)であろう。それは「情報感度」の問題だと思う。情報感度の低い人達がたまたま起こった事象(例えば宮崎勤のケース)に反応して「おたく文化」に関心を示すといった例では,相当遅れているとしか思えないからだ。

☆ さらに「バブル」という定義そのものが曲者なのである。経済事象としてのバブルはこの本の最初に定義しているところだが,「この本」的なバブルの起点である1985年は「プラザ合意」の年であり,バブルに繋がる内需主導経済を招かざるを得ない「超円高」がそこにあったことを考えるべきだ。N証券のK天皇(失笑)が「ウォーターフロント銘柄」(皮肉にも「その土地」が今東京都を揺るがしている)の一大推奨販売に走ったのは1986年。こういう視点がなくて(経済)バブルは語れない。

☆ ところがその一方で構造主義が「ニュー・アカデミズム」として注目されたこと(さすがにこの本でも指摘している)1980年代前半の「空気」(先駆者はジャンル違いながら,間違いなく『なんとなく、クリスタル』である)はバブルを誘発する土壌だった。花が咲くには土がいるという当たり前の話である。その辺を「上部構造」と「下部構造」と気取ることもないのだろうが,結局「バブル」の総体とは,そういうものの全てが絡み合ったものだったはずで,その辺にこだわるべきなのだろう。

☆ ところでカテゴリ名のA.K.A.は「優雅な生活が最高の復讐である」というスペインの諺だ。なんでこのタイトルなのかなのかは,また別の話。

Voices Carry ('Til Tuesday 1985年3月28日 全米最高位8位)





PS. ☆ この「Voices Carry」がヒットした頃思っていた。なんで電電公社(当時)は薬師丸ひろ子(「あなたを・もっと・知りたくて」1985年7月3日)じゃなくて,この曲をCMに使わないんだろうって。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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