2017-10

「いつか街で会ったなら」 (吉田拓郎 Covered 1977年4月25日)




☆ 数年前から新聞の一面広告で五十嵐淳子の姿を見かける。いまふうの言い方をすれば美魔女なんだろうが,彼女の不在を思う時,この曲が思い浮かばれる。日本テレビの刑事ドラマは案外興味がなく,見ていない。後から見たのも探偵ドラマ(「傷だらけの天使」)だし,中村雅俊に至っては出世作の青春ドラマも見ていない。

☆ かくも長きテレビドラマへの不在は,単に塾通いのラジオっ子だったからというあっけない理由である。学校から戻って夕方に軽食を取って学習塾に通うという中学生時代のパターンがゴールデンタイムのテレビを遠ざけ,深夜枠のラジオに生活の楽しみが移った後では,高校になってもそのパターンのままラジオを聴きながら殆ど集中しない勉強をダラダラとやって過ごすなんて日常だったのだろうと思う。

☆ というわけでドラマ自体にはトンと縁がなかったのに,ヒット曲という繋がりでこの時代のドラマの主題歌には深い思い入れがある。日テレの刑事ものなどそんな名曲のオンパレードだったりするが,この曲はその中ではわりと初期の方の作品。

「いつか街で会ったなら」 (作詩:喜多条忠 / 作・編曲:吉田拓郎)



☆ で,「俺たちの勲章」に関連するデータをWikipediaから。
・1975年4月2日から1975年9月24日まで、東宝製作により日本テレビ系列で放送された刑事ドラマ。放送時間は毎週水曜日20:00 - 20:55、全19話。
・吉田拓郎が音楽を手がけたのは、本作が中村主演の『われら青春!』と同じプロデューサーで、気心知れていたため、中村が大ファンだった拓郎に音楽を頼めないかと、プロデューサーに依頼したことによるもの。

☆ 中村雅俊の「いつか街で会ったなら」は,1975年5月1日リリース。編曲は大柿隆。オリコン最高位は週間4位,75年度年間16位。累計130万枚のヒット曲であり,彼の歌唱法をほぼ決めた作品である(スージー鈴木はこのことをよ~く確認すること=爆)。
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「となりの町のお嬢さん」 (吉田拓郎 1975年9月25日)



初出:2013年8月25日
☆ 1975年。俗に言うところのギョーカイ激震の中,船出したフォーライフ・レコード第1回新譜がこの曲。吉田拓郎自身が個人的な問題を抱えていた中,典型的なショーネン系の作品に腰を抜かしたり,呆れたり,腹を立てたり(爆笑)。。。いま思えば作品で勝負すると決めた拓郎の覚悟のほどがリアなんとかだったこちらまで届かなかっただけのこと。それから2か月ほどしてオールナイト・ニッポン月曜の生放送中に離婚宣言が飛び出して業界の一部の顰蹙を買ったのはかなりの昔話。顔を顰(しか)めた側が持ち出した論理は「公共の放送中にプライヴェートな事を言った。公私混同だ」そりゃあそうかもしれないが,芸能人やら政治家やら他人の私生活に土足で取材する側が持ち出す論理じゃないよね(再爆)。

「となりの町のお嬢さん」 (作詩・作曲:吉田拓郎 / 編曲:松任谷正隆)



☆ それにしても「吉田拓郎のフォーク・ソング」の美味しい処が全て突っこまれたこの曲。いま聴けばかなりの名曲だった(爆)。これを踏み台に「明日に向かって走れ」で「人生を語らず」路線に修正してフォーライフからのファースト・アルバムに進んでいく。さっきの話題で言えば,本音は既にムッシュ(かまやつひろし)に提供した「水無し川」で吐露していたのだが。

2017年9月8日付記
☆ この曲を改めて聴いてみるとコレットの『青い麦』だとかロバート・マリガン監督作品「おもいでの夏(Summer of '42)」だとかの作品の正統な後継者であるような気がする。まあ厨房に毛の生えた年齢ではそれらの小説映画は興奮剤にしか作用しないので(自虐),そんな連中からジイさんと呼ばれる年齢になって振り返ってみれば「ああ,そうか」と思ってしまうだけのことである。

☆ 今さらながら松任谷正隆のカントリー・ロックふうのアレンジが光っている。松任谷のイメージの片隅にはヒルビリーのイメージがあったはず。もっとも海に囲まれた日本の田舎を大草原の代わりにイメージさせたところに彼のアレンジの鋭さがあるのだが。

☆ 「となりの町のお嬢さん(の後継者)」たちは,この後は急行「うち房」・「外房」の代わりに,竹芝桟橋から東海汽船に乗ったり,成田空港から飛行機に乗ったりして同じようなことを都下やアジア・オセアニアの各地で繰り広げるのだが,所詮入り口で相手にされなかった厨房にはせいぜいこの曲をお慰みにするくらいしか出来ることはなかった。

☆ とはいえ40年の歳月はこの曲ですら「古き良き時代の一頁」に織り込んでしまう。残ったモノは「永遠のほろ苦さ」だけだったのかもしれない。


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「知識」 (吉田拓郎 1974年12月10日=アルバムリリース 廃盤 )




☆ 『今はまだ人生を語らず』が再発できない理由は,A1「ペニーレーンでバーボン」の3番に「つんぼ桟敷」という言葉があるからだということになっている。ぼくはそこだけではないと思っている。同じような理由でオミットされていた井上陽水「自己嫌悪」(アルバム『氷の世界』収録)が復活しているからだ。本当に再発できない理由は,この歌詩の流れにある

テレビは一体誰のためのもの
見ている者はいつもつんぼ桟敷
気持ちの悪い政治家どもが
勝手なことばかり言い合って


ここなんだと思う。90年頃にいちばん力のあった誰だとは言わないが(爆),気持ちの悪い奴らが言いがかりをつけているというのがおそらく真相だろう。これに唯々諾々と従っているような会社だから今の為体(ていたらく)なのかもしれないが。

知識 (作詩・作曲:吉田拓郎)



☆ たくろうの「知識」で揶揄されているのは,近年見事にフェイド・アウトした「パイプのおっさん」だろうと想像はつくが(爆),むしろ彼のように引き際を弁(わきま)えた大人から遥か遠く離れた似非知識人たちがデヴィッド・バーンがそのバンド名で予言した通りトーキング・ヘッズ(もとい「コメンテーター(ズ)」)として,一日中液晶やらプラズマやら有機ELやらの画面を占領している事実ではないかと思う。

☆ 日本語は呼吸をするたびに劣化しているような気がする。粉飾決算を不適切会計と言い,ポルノスターを艶系女優と呼び,泣きべそを号泣と喚(わめ)き,苦言を激怒と盛る。バカじゃないかと思う。本当に拓郎が歌うように

理屈ばかりをぶら下げて
首が飛んでも血も出まい

こんな日本に誰がした。。。

我々がしたのである。





☆ この記事はもう少し前に用意していたのですが,事情により少し遅れて出すことになりました。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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