2017-04

土曜の夜の話





☆ モット・ザ・フープルの「土曜日の誘惑(Roll Away the Stone)」は邦題の付け方が微妙な作品のひとつだろうと思う。この曲のブリッジのところでイアン・ハンターがリンジー・ディ・ポールと掛け合いをしているのだが,その中に確かに「土曜の夜」というセリフがある。ただ曲のテーマは,よくある若い男が若い女を口説いているというパターンで,タイトルからして「(心の中にある)重石(おもし)をどけなよ」ということは,さっさと踏ん切りをつけて俺のところに飛び込んで来いという,いかにも「オトコジェンダー丸出し」の作品だ(爆)。まあ,そこまで考えると微妙ながらも「的は外していない邦題」なのかもしれない(再爆)。

☆ そういえばこれも周知の話だが,この曲で印象的なギターを弾いているアリエル・ベンダーとはルーサー・グロスナーの変名だ。当時モット・ザ・フープルではリード・ギタリストだったミック・ラルフスが自作曲があまりに取り上げられないことに業を煮やしてバンドを脱退,ポール・ロジャースらと組んだバッド・カンパニーの有名なデビュー曲「キャント・ゲット・イナフ」でリベンジを果たすのだが,後任として入ったグロスナーには契約上か何かの理由があって名前を一時的に変える必要があったようだ。彼にアリエル・ベンダーという名前を提供したのがリンジー・ディ・ポール。この時代の彼女はアイドル的な人気もあった歌手で「恋のウー・アイ・ドゥー」は日本でもヒットした。いつの時代も若い人たちの周囲は華やかで賑やかだという感慨を抱くのもこちとらがジイサンになった証拠だろう(自爆)。

Roll Away the Stone (Ian Hunter)
1973年11月リリース
全英最高位8位



☆ 若干ややこしい話をすると,モット・ザ・フープルからイアン・ハンターが(入ったばかりのミック・ロンソンと共に)脱退する直前に「Saturday Gigs(モット・ザ・フープル物語)」というシングルを出している。

(Do you Remember)Saturday Gigs (Ian Hunter)
1974年10月リリース



☆ これは邦題の方が正しく(笑),グループを離れる気になったからかどうかは知らないが,イアン・ハンターが書いた物語は確かにモット・ザ・フープルという「少し早くシーンに来てしまったバンド」の登場,失意,どん底,脱・どん底(D.T.B.W.Bかよ^^;)を描いていて,これはこれで興味深い。


☆ 今ごろ(いったん投稿後)気付いたが,掛け合いの最後のリンジーの科白,あれ自分の曲名「Ooh I Do」の自己パロディだ(゚д゚)。
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「土曜の夜は僕の生きがい」 (エルトン・ジョン 1973年7月16日)



黄昏のレンガ路黄昏のレンガ路
1,490円
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☆ 前回の所さんの元ネタは意外とエルトン・ジョンではないかと思っている(爆)。エルトンの7枚目のスタジオ・アルバムで初の2枚組だった『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード(黄昏のレンガ路)』からの先行シングルとして1973年7月16日(月曜日)にシングル・カットされた(最高位:英国 第7位,米国 12位)。

Saturday Night's Alright for Fighting (Compose Elton John / Lyrics Bernie Taupin)



☆ 1973年ってグラム・ロックの全盛期で,このアルバムジャケットの絵に見えるエルトンのブーツも何やらヒールがやたら高いが(爆),当時からこの今日はエルトンには珍しい「ジャンプ・ナンバー」と評価されていた。どっちかと言うとタイトルからしてもモット・ザ・フープル風の不穏さ(したがって次世代であるストラングラーズのそれとはかなり違う=笑=)が漂っているのが73年っぽい。もっともアルバムタイトル曲が暗示する「金ぴかバブル」はむしろイーグルスに3年ほど先行していたかもしれない。

☆ Wikipediaのこの曲の解説(英語版)を見ると,ザ・フーやローリング・ストーンズ的な音作り(実際,フーは91年にカヴァーしている)を指摘している。またクイーンのフレディ・マーキュリーがお気に入りだったらしく,77年以降コンサートで数多く取り上げている。

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土曜小ネタSHOW (不定期開催 第1回)



正気の沙汰でないと (作詩・作曲:所ジョージ 編曲:クニ河内)



☆ このタイトルを見ただけで爆笑する貴方はたぶん40代後半以上であろう(爆)という『TV海賊チャンネル』のテーマ曲。あの頃の土与の夜の乱痴気っぷりは,今の規制だらけのテレビマンにはさぞかし恨めしいことだろうと衷心より同情したい。火をつけた最初は東京12チャンネル時代のテレビ東京で(それ以前の日本テレビ「11pm(土曜日)」は省略する)「独占!おとなの時間」⇒「ナイトショー」ときた流れだろう。そこに文化放送のテレビ版とニッポン放送のテレビ版を狙ったCX「オールナイトフジ」が火をつけて土曜の深夜帯は「エロ解放闘争」になった。あと周辺諸国の顰蹙を買ったNSB(後のラジオたんぱ→らじおNikkei)の短波放送もあったが,まあそれはテレビじゃないので省略。

☆ で日テレの参戦が『TV海賊チャンネル』。その名を馳せたのは「シェイプアップ乱」(徳弘正也 1983~86 少年ジャンプ)の小ネタにも使われた「ティッシュタイム」だが(爆),良く考えるとティッシュという英語の元々の意味は「皮膚」なので,ここまで来ると殆どシャレでは済ませられないことになる(再爆)。で「エロ解放闘争」はお上の目に留まり(悲),早々に終結となるのだが,その途中には所さんの「シカウチさん発言」などいろんなおまけもついていたのである。



所さんの「シカウチさん」発言

☆ フジサンケイグループのプリンスだった鹿内春雄(しかない はるお 1945.05.15~1988.04.16)氏は,1970年代後半から当時パッとしなかったフジテレビを「面白くなければテレビじゃない」の「軽チャー路線」で快進撃をする原動力となった。(この人自身も奥様の話とかいろいろあるが今日は略)その鹿内氏が日テレが仕掛けアークヒルズに引っ越したテレ朝が追従した「エロ開放路線」が単なる過激路線に走ることを批判したことがある。で,批判された対象となった所さんは元々はキャニオンレコードに所属し「オールナイトニッポン」を担当するなどフジサンケイグループとは縁もあったのだが,自分の持ち番組を「権威」から批判されたことに反発した。ただ(いまだにネタになるらしい「月極(つきぎめ)」を「げっきょく」,「(東京都)江東区(こうとうく)」を「えとうく」と読んでいた)所さんは「鹿内(しかない)」氏の名字を「シカウチ」と読んでその名声を高めたのである。

PS. そういえばこの曲に「いい加減にしろよ」のモチーフが隠れてたりして(再爆)。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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