2017-08

「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」 (サザンオールスターズ 1981年6月21日)


初出:2006年2月18日

ステレオ太陽族ステレオ太陽族
2,365円
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☆ 『ステレオ太陽族』はサザンオールスターズの勢いがいちばん無かった時代の作品。だから駄作というのは当たらない。クレジットにも出てくる故八木正生氏の粋なアレンジが光る「ラッパとおじさん(Dear M.Y’s Boogie)」もあれば,高樹澪の(スクリーン)デビュー作で彼等が初めて音楽監督をした『モーニング・ムーンは粗雑に』から名作の呼び声高い「栞(しおり)のテーマ」まで佳曲が揃っている。

☆ しかし,先行シングルとしてカットされたこの曲「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」は,まるっきり当たらなかった(Wikipediaのこの曲の解説にはご丁寧にも「サザンオールスターズのシングルとしてはオリコン最低位と最低売上枚数作品である。」と記載されている)。この曲の土台になったのは,映画『ア・ハード・デイズ・ナイト(ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!)』のアルバムに収録されていた "You can't do that" だ。一見違う曲のようだが,明らかに元歌を換骨奪胎しており,アレンジの隅々に元歌を想起させるような工夫を凝らしている。

☆ "You can't do that" という曲は,このアルバムが発売された当時,ビートルズのライブのセットリストには必ず入っている曲だった。たいていオープニングの「ツイスト&シャウト」に引き続いて演奏されたと思う。リード・ヴォーカルは勿論ジョン。



☆ そう。このシングルはジョン・レノンが射殺された後にその事件を土台にして書かれた作品だ。だから我々からすれば名前も書きたくない犯人の名前が歌われている。ジョンがヴォーカルの曲で,しかも"You can't do that"というタイトルの曲をわざわざ元歌に選んだところに桑田佳祐の衝撃と怒りを感じるが,そこは一筋縄ではいかない彼のこと,そんな内心を微塵も見せないおちゃらけ風の展開とわざとらしい掛詞などですっかり装飾されている。だからかもしれないが,当時はジョン・レノンのことを歌ったものだという話以上の評価はなかった。

☆ このアルバム発売時のサザンオールスターズのツアータイトルは「サザンオールスターズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」だったし,最近は口にしないものの桑田のビートルズからの影響は,彼の家族との関係にも繋がっているので,けっこう奥が深い。まだジョンが存命の頃,桑田が評して「スケベの寸止め」という絶妙の言葉でジョンを褒め称えたことがあった。

☆ 冬季オリンピック(注釈:トリノ オリンピック 2006年2月10日~26日)の開会式にオノ・ヨーコが出て来て,ピーター・ゲイブリエルにジョンの代わりをして貰い「イマジン」を歌って貰ったのは,少しだけ複雑な気がする。ジョンはそこにいないことを思い知らされるからだ。しかし,この現実を生きながら見なかった彼は,幸せだったのか,不幸せだったのか。。。

You Can't Do That (Lennon–McCartney)



2017年8月5日付記



☆ サザンオールスターズというか桑田佳祐にはずいぶん蒙を啓かれた。彼がいなければセロニアス・モンクも弘田三枝子も聴くようにはならなかったと思う。モンクとミコってレンジの広さが彼のミュージシャンとしての幅だと思う(残念ながらサザンを聴く前からエリック・クラプトンは聴いていたのだが=笑=)。だからこのブログもどきにもときどき場違いにセロニアス・モンクが登場する訳だが,元は全てこのアルバムで桑田佳祐が八木正生の手を借りたことに始まり,その数年後にセロニアス自身が亡くなってしまったからでもある。



☆ セロニアスに関しては村上春樹もエッセイ集を残しているし,好きなものはやはり集まってくるのかなという気もする。





☆ 一読したが,当方からも言いたいことが有るような無いような。。。
この曲に関してひとつだけ指摘しておけば「そんなこたぁね(え)だろ」の後の歌詩は「よく見りゃ "What can I do" 」と歌っても何の違和感もないこと。"What can I do"=俺に何が出来る とは桑田の目から見たジョンがM.C.(殺害犯)に「言いたい台詞」が潜んでいるのである。そしてそれは "You can't do that" とも当然に対をなしていること。それくらい読んでから書いてくれよ(^^)。
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「Saturday in the Park」 (シカゴ 1972年7月)



シカゴVシカゴV
1,512円
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Saturday in the park (Robert William Lamm)



Saturday in the park
土曜の午後の公園のことだった
I think it was the Fourth of July
あれは独立記念日(7月4日)だったかな
Saturday in the park
とにかく土曜日に公園に行ったのさ
I think it was the Fourth of July
7月4日のことさ
People dancing, people laughing
人々は踊ったり,笑みを交わしたりして
A man selling ice cream
アイスクリーム売りも出ていたっけ
Singing Italian songs
そいつはイタリア語で歌ってるんだ
Eh cumpari, ci vo sunari
なんたら,かんたら
Can you dig it (yes, I can)
あの唄,訳せるかい(まあ,できなくもないか)
And I've been waiting such a long time
そんな具合で,ぼくはずっとそこに立っていたのさ
For Saturday
平和な土曜日を過ごすために

Another day in the park
公園に行ったのはそれとも別の日だったかな
I think it was the Fourth of July
でもやっぱり独立記念日(7月4日)だった気がする
Another day in the park
もしかしたら別の曜日だったかもしれないけど
I think it was the Fourth of July
ともかく7月4日に公園に行った時のことさ
People talking, really smiling
人々は語らい,本当にニコニコしていた
A man playing guitar (play a song, play a song, play on)
ギターを演奏している奴もいた(ある曲を演奏し,別の曲に移り,そんな感じでずっと弾いていた)
Singing for us all (singing for us)
ぼくたちがその歌を一緒に歌うために(ぼくたちのために)
Will you help him change the world
その歌声で彼が世界をほんの少しでも動かせるようにと
Can you dig it (yes, I can)
君もやってみたいかい(たぶん,するんじゃないの)
And I've been waiting such a long time
そんな具合でぼくはずっとそこで過ごしていたのさ
For today
今日,この日のためにね

Slow motion riders fly the colours of the day
スローモーションのライダー達はその日の色に染めながら飛んでいき
A bronze man still can tell stories his own way
日灼(や)けした男は彼のやり方で同じ話をまだ続けている
Listen children all is not lost, all is not lost
子供達よ聞きなさい,まだすべてが失われたわけじゃない,すべてが失われたわけじゃない

Oh no, no
ああ,なんて,ことだ

Forty days in the park
40日の間,公園では
And every day's the Fourth of July
毎日が独立の日のようで
Forty days in the park
40日もの間,公園では
Every day's the Fourth of July
毎日が独立記念日のような感じで
People reaching, people touching
人々は手を伸ばし,お互いに触れながら
A real celebration
本当の祝祭を感じていた
Waiting for us all (waiting for us all)
ぼく達みんなを待っているかのように(待っているかのように)
If we want it, really want it
もしそれを望んでいるのなら,本当に望んでいるのなら
Can you dig it (yes, I can)
そうやってみるかい(まあ,出来るとすればね)
And I've been waiting such a long time
そんな具合でぼくはずっとそこで待っていたのさ
For the day
その日が来ることを
Yeah, yeah, yeah
ああ,そう,だよ

全米最高位3位(ビルボードHot100),カナダ2位,全豪43位

PERSONEL
Robert Lamm – lead vocals, piano
Peter Cetera – lead vocals (chorus), backing vocals, bass
Terry Kath – electric guitar, backing vocals
Lee Loughnane – trumpet
James Pankow – trombone
Walter Parazaider – alto saxophone
Danny Seraphine – drums, congas

英語版Wikipediaより
The line "singing Italian songs" is followed by "Eh Cumpari" and then Italian-sounding nonsense words, in the studio version of the song, rendered in the printed lyrics as "?". Piano, guitar, and vocal sheet music arrangements have often read "improvised Italian lyrics" in parentheses after this line. However, in a film of Chicago performing "Saturday in the Park", at the Arie Crown Theater in Chicago, in 1972, Robert Lamm clearly sings, "Eh Cumpari, ci vo sunari," the first line of a song known as "Eh, Cumpari!", which was made famous by Julius La Rosa in 1953.



Notes:ウォーターゲート事件
1972年6月17日にワシントンD.C.の民主党本部で起きた盗聴侵入事件に始まったアメリカの政治スキャンダル。1974年8月9日にリチャード・ニクソン大統領が辞任するまでの盗聴、侵入、裁判、もみ消し、司法妨害、証拠隠滅、事件報道、上院特別調査委員会、録音テープ、特別検察官解任、大統領弾劾発議、大統領辞任のすべての経過を総称して「ウォーターゲート事件」という。

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土曜の夜の話





☆ モット・ザ・フープルの「土曜日の誘惑(Roll Away the Stone)」は邦題の付け方が微妙な作品のひとつだろうと思う。この曲のブリッジのところでイアン・ハンターがリンジー・ディ・ポールと掛け合いをしているのだが,その中に確かに「土曜の夜」というセリフがある。ただ曲のテーマは,よくある若い男が若い女を口説いているというパターンで,タイトルからして「(心の中にある)重石(おもし)をどけなよ」ということは,さっさと踏ん切りをつけて俺のところに飛び込んで来いという,いかにも「オトコジェンダー丸出し」の作品だ(爆)。まあ,そこまで考えると微妙ながらも「的は外していない邦題」なのかもしれない(再爆)。

☆ そういえばこれも周知の話だが,この曲で印象的なギターを弾いているアリエル・ベンダーとはルーサー・グロスナーの変名だ。当時モット・ザ・フープルではリード・ギタリストだったミック・ラルフスが自作曲があまりに取り上げられないことに業を煮やしてバンドを脱退,ポール・ロジャースらと組んだバッド・カンパニーの有名なデビュー曲「キャント・ゲット・イナフ」でリベンジを果たすのだが,後任として入ったグロスナーには契約上か何かの理由があって名前を一時的に変える必要があったようだ。彼にアリエル・ベンダーという名前を提供したのがリンジー・ディ・ポール。この時代の彼女はアイドル的な人気もあった歌手で「恋のウー・アイ・ドゥー」は日本でもヒットした。いつの時代も若い人たちの周囲は華やかで賑やかだという感慨を抱くのもこちとらがジイサンになった証拠だろう(自爆)。

Roll Away the Stone (Ian Hunter)
1973年11月リリース
全英最高位8位



☆ 若干ややこしい話をすると,モット・ザ・フープルからイアン・ハンターが(入ったばかりのミック・ロンソンと共に)脱退する直前に「Saturday Gigs(モット・ザ・フープル物語)」というシングルを出している。

(Do you Remember)Saturday Gigs (Ian Hunter)
1974年10月リリース



☆ これは邦題の方が正しく(笑),グループを離れる気になったからかどうかは知らないが,イアン・ハンターが書いた物語は確かにモット・ザ・フープルという「少し早くシーンに来てしまったバンド」の登場,失意,どん底,脱・どん底(D.T.B.W.Bかよ^^;)を描いていて,これはこれで興味深い。


☆ 今ごろ(いったん投稿後)気付いたが,掛け合いの最後のリンジーの科白,あれ自分の曲名「Ooh I Do」の自己パロディだ(゚д゚)。

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「土曜の夜は僕の生きがい」 (エルトン・ジョン 1973年7月16日)



黄昏のレンガ路黄昏のレンガ路
1,490円
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☆ 前回の所さんの元ネタは意外とエルトン・ジョンではないかと思っている(爆)。エルトンの7枚目のスタジオ・アルバムで初の2枚組だった『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード(黄昏のレンガ路)』からの先行シングルとして1973年7月16日(月曜日)にシングル・カットされた(最高位:英国 第7位,米国 12位)。

Saturday Night's Alright for Fighting (Compose Elton John / Lyrics Bernie Taupin)



☆ 1973年ってグラム・ロックの全盛期で,このアルバムジャケットの絵に見えるエルトンのブーツも何やらヒールがやたら高いが(爆),当時からこの今日はエルトンには珍しい「ジャンプ・ナンバー」と評価されていた。どっちかと言うとタイトルからしてもモット・ザ・フープル風の不穏さ(したがって次世代であるストラングラーズのそれとはかなり違う=笑=)が漂っているのが73年っぽい。もっともアルバムタイトル曲が暗示する「金ぴかバブル」はむしろイーグルスに3年ほど先行していたかもしれない。

☆ Wikipediaのこの曲の解説(英語版)を見ると,ザ・フーやローリング・ストーンズ的な音作り(実際,フーは91年にカヴァーしている)を指摘している。またクイーンのフレディ・マーキュリーがお気に入りだったらしく,77年以降コンサートで数多く取り上げている。

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土曜小ネタSHOW (不定期開催 第1回)



正気の沙汰でないと (作詩・作曲:所ジョージ 編曲:クニ河内)



☆ このタイトルを見ただけで爆笑する貴方はたぶん40代後半以上であろう(爆)という『TV海賊チャンネル』のテーマ曲。あの頃の土曜日の夜の乱痴気っぷりは,今の規制だらけのテレビマンにはさぞかし恨めしいことだろうと衷心より同情したい。火をつけた最初は東京12チャンネル時代のテレビ東京で(それ以前の日本テレビ「11pm(土曜日)」は省略する)「独占!おとなの時間」⇒「ナイトショー」ときた流れだろう。そこに文化放送のテレビ版とニッポン放送のテレビ版を狙ったCX「オールナイトフジ」が火をつけて土曜の深夜帯は「エロ解放闘争」になった。あと周辺諸国の顰蹙を買ったNSB(後のラジオたんぱ→らじおNikkei)の短波放送もあったが,まあそれはテレビじゃないので省略。

☆ で日テレの参戦が『TV海賊チャンネル』。その名を馳せたのは「シェイプアップ乱」(徳弘正也 1983~86 少年ジャンプ)の小ネタにも使われた「ティッシュタイム」だが(爆),良く考えるとティッシュという英語の元々の意味は「皮膚」なので,ここまで来ると殆どシャレでは済ませられないことになる(再爆)。で「エロ解放闘争」はお上の目に留まり(悲),早々に終結となるのだが,その途中には所さんの「シカウチさん発言」などいろんなおまけもついていたのである。



所さんの「シカウチさん」発言

☆ フジサンケイグループのプリンスだった鹿内春雄(しかない はるお 1945.05.15~1988.04.16)氏は,1970年代後半から当時パッとしなかったフジテレビを「面白くなければテレビじゃない」の「軽チャー路線」で快進撃をする原動力となった。(この人自身も奥様の話とかいろいろあるが今日は略)その鹿内氏が日テレが仕掛けアークヒルズに引っ越したテレ朝が追従した「エロ開放路線」が単なる過激路線に走ることを批判したことがある。で,批判された対象となった所さんは元々はキャニオンレコードに所属し「オールナイトニッポン」を担当するなどフジサンケイグループとは縁もあったのだが,自分の持ち番組を「権威」から批判されたことに反発した。ただ(いまだにネタになるらしい「月極(つきぎめ)」を「げっきょく」,「(東京都)江東区(こうとうく)」を「えとうく」と読んでいた)所さんは「鹿内(しかない)」氏の名字を「シカウチ」と読んでその名声を高めたのである。

PS. そういえばこの曲に「いい加減にしろよ」のモチーフが隠れてたりして(再爆)。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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