2017-10

謎の大ヒット曲シリーズ② 「Pop Muzik」 (M 1979年3月25日)


Pop MusikPop Musik
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この曲のWikipedia英語版の解説
"Pop Muzik" is a 1979 song by M, a project by English musician Robin Scott, from the debut album New York • London • Paris • Munich.
「ポップ・ミューヂック」は1979年の英国人ミュージシャンロビン・スコットのプロジェクト名であるMの作品,これはMのデビューアルバム『ポップ・ミューヂック(New York • London • Paris • Munich)』に収められた曲である。
The single, first released in the UK in early 1979, was bolstered by a music video (directed by Brian Grant) that was well received by critics.
このシングルは1979年初めに英国でリリースされ,ブライアン・グラントが監督したMVによって補強され,多くの音楽評論他達に知られるようになった。
The clip featured Scott as a DJ singing into a microphone from behind an exaggerated turntable setup, at times flanked by two female models who sang and danced in a robotic manner.
ビデオ・クリップの中でスコットは大袈裟なターンテーブルの後ろでDJの姿でマイクを握りしめて歌い,それに2人のモデル風美女がロボット的な動作で踊る映像が挟み込まれている(←百聞は一見に如かず。YouTube参照)。
The video also featured Brigit Novik, Scott's partner at the time, who provided the backup vocals for the track.
ちなみにこのビデオでバックアップヴォーカルを取っているBrigit Novikは当時のスコットのパートナーだとか。

Pop Muzik (Robin Scott)



☆ 曲に歌われている4つの都市(の属する国)からチャート・アクションを見ていく。全米No.1(ビルボードHot100,ちなみにキャッシュボックスとレコードワールドはなぜか最高位4位),全英最高位2位(アート・ガーファンクル「ブライト・アイズ」の6週間No.1に阻まれた),仏第12位,西独No.1。その他No.1の国は豪州,カナダ,デンマーク,スウェーデン,スイス,南アフリカ。最高位2位はオーストリア,アイルランド,同3位はベルギー,オランダ,ニュージーランド,同5位はイタリアとノルウェー。ここまでくれば大旋風である。日本でもディスコでは大ヒットしている。またニューウエイブ系の尖(とん)がったお兄さん,お姉さんにも受けまくっている。原題がドイツ語の「Musik(ムジーク)」をさらに捻っているところに反応して邦題も「ポップ・ミュージック」ではなく「ポップ・ミュー(ヂ)ック」である。この辺から早くも「拘りの差別化」が始まっているのだが,バブルの話はもう終わったので以下省略(爆)。

☆ で,これに目を付けたのが坂本龍一で,一度アルバムを共同制作している(がそれっきりだった。そういえば,坂本はトーマス・ドルビーとも組んでいたな)。でもこの曲,ビルボードの1980年年間チャートランキングで40位だから相当なヒット曲ではある。ちなみに曲に出てくるパリとミュンヘンは当時の英国のミュージシャンなら意識すべき場所で,特にエレクトロ・ポップということでは外せない場所だったと思う。





☆ 余談の余談だけど,昔ヒューイ・ルイスがレイ・パーカー・ジュニアにヒット曲「ゴーストバスターズ」のモチーフは,ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「アイ・ウォント・ア・ニュー・ドラッグ」からの借りものだと訴えたことがあったが,むしろモチーフでいうなら「ポップ・ミューヂック」だったんじゃないのか(つまり二人とも引っかかる)と,ぼくは思っている。
【更にしつこく追加】
☆ 改めてこの単調な曲(笑)を聴いていて,まあ「ディスコの時代」の作品だからということはあるけれど,エレ・ポップという外套を外してよくよく曲を聴いていると,これはもしかしなくても60年代モータウン・サウンドの焼き直しだという気がしてきた。60年代モータウンのあのリズムを前面に押し出してくる方法は,まさにこの音楽がダンス・ミュージックとして生まれたことの証明であり,その「ダンス・ミュージック」という骨格は少なくとも80年代はじめくらいまでは,かなり広範に有効であったのだなあと思わざるを得ない。
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謎の大ヒット曲シリーズ① 「Popcorn」 (Hot Butter 1972年)


Popcorn (Gershon Kingsley)



① バンド及びこの曲について(YouTube 投稿者 parsec85 氏の解説)
Hot Butter was an instrumental cover band fronted by the keyboard player Stan Free.
ホット・バターはキーボードプレイヤーのスタン・フリーが中心となって結成されたインストゥルメンタルのカヴァーバンドだ。
The other band members were Dave Mullaney, John Abbott, Bill Jerome, Steve Jerome, and Danny Jordan.
他のバンドメンバーはDave Mullaney, John Abbott, Bill Jerome, Steve Jerome, and Danny Jordanだった。
They are best known for their 1972 cover of the Moog synthpop instrumental, "Popcorn", originally recorded by its songwriter, Gershon Kingsley in 1969.
彼らの作品で知られているものは1972年のムーグ・シンセポップ・インストゥルメンタル曲「ポップ・コーン」だが,これはGershon Kingsleyの1969年作品のカヴァーだ。
The track became an international hit and sold a million copies in France alone, one of that country's fastest million sellers.
このカヴァー曲は世界的にヒットし,フランス国内だけでも100万枚(ミリオンセラー)となり,この国で最も早くミリオンセラーに到達した曲としても知られている。
Sales in the United Kingdom topped 250,000, and with big sales in the United States, the disc amassed over two million globally.
英国では25万枚以上を売り上げNo.1ヒットとなり,米国などでも大ヒットしたこの曲は全世界で200万枚以上を売り上げている。

② この曲について(Wikipedia英語版より)
Hot Butter's version of "Popcorn" became the second primarily electronic-based piece of music to reach the American popular music charts, three years after "The Minotaur" by Dick Hyman & His Electric Eclectics.
ホットバター・ヴァージョンの「ポップコーン」は電子楽器をベースに用いたアメリカのポピュラー・ソングとしては,この曲の3年前のDick Hyman & His Electric Eclecticsの「The Minotaur」に続くものとなった。
The Hot Butter recording peaked at no. 9 on the Billboard Hot 100 and no. 4 on the Easy Listening chart.
ホットバターの「ポップコーン」はビルボードHot100の最高位は9位,イージーリスニング・チャートの最高位は4位だった。
The single had great success in Australia where it reached no. 1 for 8 weeks.
この曲が最大の成功をおさめた国のひとつは豪州で,No.1を8週間続けている。
It was also no. 1 in Switzerland, where it topped the chart for 10 weeks and stayed for 17 weeks in the top 10.
同じように大ヒットを記録したスイスでは10週間No.1を続け,トップ10には17週間滞在した。
In Norway, it was no. 1 for 6 weeks and featured for 21 weeks in the top 10.
ノルウェーでは6週間No.1を続け,トップ10には21週間ものあいだ滞在した。
It was also no. 1 in Germany and reached no. 5 on 22 July 1972 in UK and no. 15 in Canada - October 1972.
またこの曲は西独でもNo.1となり,英国の最高位は5位,カナダは最高位15位。これらは1972年10月のことである。
In France, this version of "Popcorn" is the 131st best-selling single of all time, with about 900,000 sales.
フランスでは90万枚以上を売り上げ,同国でのシングル盤売り上げ記録の131位にあるという。




☆ 日本でこの曲がどれくらいヒットしたのかはよく知らない。しかし,ぼくが子供の頃からこのメロディはありとあらゆるラジオCMのBGMとしてひっそり,もしくはこっそり使われていた。

BUTTERBUTTER
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☆ 微妙にピッチが違うよね日本盤と本国盤。。。
☆ で,下の方の『バター』ネタ(笑)。今さらだけど,佐藤正午に直木賞を贈るの30年遅かったよねえ。このロジックだったら次回は片岡義男で、その次は椎名誠でいいよねえ...

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「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」 (サザンオールスターズ 1981年6月21日)


初出:2006年2月18日

ステレオ太陽族ステレオ太陽族
2,365円
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☆ 『ステレオ太陽族』はサザンオールスターズの勢いがいちばん無かった時代の作品。だから駄作というのは当たらない。クレジットにも出てくる故八木正生氏の粋なアレンジが光る「ラッパとおじさん(Dear M.Y’s Boogie)」もあれば,高樹澪の(スクリーン)デビュー作で彼等が初めて音楽監督をした『モーニング・ムーンは粗雑に』から名作の呼び声高い「栞(しおり)のテーマ」まで佳曲が揃っている。

☆ しかし,先行シングルとしてカットされたこの曲「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」は,まるっきり当たらなかった(Wikipediaのこの曲の解説にはご丁寧にも「サザンオールスターズのシングルとしてはオリコン最低位と最低売上枚数作品である。」と記載されている)。この曲の土台になったのは,映画『ア・ハード・デイズ・ナイト(ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!)』のアルバムに収録されていた "You can't do that" だ。一見違う曲のようだが,明らかに元歌を換骨奪胎しており,アレンジの隅々に元歌を想起させるような工夫を凝らしている。

☆ "You can't do that" という曲は,このアルバムが発売された当時,ビートルズのライブのセットリストには必ず入っている曲だった。たいていオープニングの「ツイスト&シャウト」に引き続いて演奏されたと思う。リード・ヴォーカルは勿論ジョン。



☆ そう。このシングルはジョン・レノンが射殺された後にその事件を土台にして書かれた作品だ。だから我々からすれば名前も書きたくない犯人の名前が歌われている。ジョンがヴォーカルの曲で,しかも"You can't do that"というタイトルの曲をわざわざ元歌に選んだところに桑田佳祐の衝撃と怒りを感じるが,そこは一筋縄ではいかない彼のこと,そんな内心を微塵も見せないおちゃらけ風の展開とわざとらしい掛詞などですっかり装飾されている。だからかもしれないが,当時はジョン・レノンのことを歌ったものだという話以上の評価はなかった。

☆ このアルバム発売時のサザンオールスターズのツアータイトルは「サザンオールスターズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」だったし,最近は口にしないものの桑田のビートルズからの影響は,彼の家族との関係にも繋がっているので,けっこう奥が深い。まだジョンが存命の頃,桑田が評して「スケベの寸止め」という絶妙の言葉でジョンを褒め称えたことがあった。

☆ 冬季オリンピック(注釈:トリノ オリンピック 2006年2月10日~26日)の開会式にオノ・ヨーコが出て来て,ピーター・ゲイブリエルにジョンの代わりをして貰い「イマジン」を歌って貰ったのは,少しだけ複雑な気がする。ジョンはそこにいないことを思い知らされるからだ。しかし,この現実を生きながら見なかった彼は,幸せだったのか,不幸せだったのか。。。

You Can't Do That (Lennon–McCartney)



2017年8月5日付記



☆ サザンオールスターズというか桑田佳祐にはずいぶん蒙を啓かれた。彼がいなければセロニアス・モンクも弘田三枝子も聴くようにはならなかったと思う。モンクとミコってレンジの広さが彼のミュージシャンとしての幅だと思う(残念ながらサザンを聴く前からエリック・クラプトンは聴いていたのだが=笑=)。だからこのブログもどきにもときどき場違いにセロニアス・モンクが登場する訳だが,元は全てこのアルバムで桑田佳祐が八木正生の手を借りたことに始まり,その数年後にセロニアス自身が亡くなってしまったからでもある。



☆ セロニアスに関しては村上春樹もエッセイ集を残しているし,好きなものはやはり集まってくるのかなという気もする。





☆ 一読したが,当方からも言いたいことが有るような無いような。。。
この曲に関してひとつだけ指摘しておけば「そんなこたぁね(え)だろ」の後の歌詩は「よく見りゃ "What can I do" 」と歌っても何の違和感もないこと。"What can I do"=俺に何が出来る とは桑田の目から見たジョンがM.C.(殺害犯)に「言いたい台詞」が潜んでいるのである。そしてそれは "You can't do that" とも当然に対をなしていること。それくらい読んでから書いてくれよ(^^)。

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「Saturday in the Park」 (シカゴ 1972年7月)



シカゴVシカゴV
1,512円
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Saturday in the park (Robert William Lamm)



Saturday in the park
土曜の午後の公園のことだった
I think it was the Fourth of July
あれは独立記念日(7月4日)だったかな
Saturday in the park
とにかく土曜日に公園に行ったのさ
I think it was the Fourth of July
7月4日のことさ
People dancing, people laughing
人々は踊ったり,笑みを交わしたりして
A man selling ice cream
アイスクリーム売りも出ていたっけ
Singing Italian songs
そいつはイタリア語で歌ってるんだ
Eh cumpari, ci vo sunari
なんたら,かんたら
Can you dig it (yes, I can)
あの唄,訳せるかい(まあ,できなくもないか)
And I've been waiting such a long time
そんな具合で,ぼくはずっとそこに立っていたのさ
For Saturday
平和な土曜日を過ごすために

Another day in the park
公園に行ったのはそれとも別の日だったかな
I think it was the Fourth of July
でもやっぱり独立記念日(7月4日)だった気がする
Another day in the park
もしかしたら別の曜日だったかもしれないけど
I think it was the Fourth of July
ともかく7月4日に公園に行った時のことさ
People talking, really smiling
人々は語らい,本当にニコニコしていた
A man playing guitar (play a song, play a song, play on)
ギターを演奏している奴もいた(ある曲を演奏し,別の曲に移り,そんな感じでずっと弾いていた)
Singing for us all (singing for us)
ぼくたちがその歌を一緒に歌うために(ぼくたちのために)
Will you help him change the world
その歌声で彼が世界をほんの少しでも動かせるようにと
Can you dig it (yes, I can)
君もやってみたいかい(たぶん,するんじゃないの)
And I've been waiting such a long time
そんな具合でぼくはずっとそこで過ごしていたのさ
For today
今日,この日のためにね

Slow motion riders fly the colours of the day
スローモーションのライダー達はその日の色に染めながら飛んでいき
A bronze man still can tell stories his own way
日灼(や)けした男は彼のやり方で同じ話をまだ続けている
Listen children all is not lost, all is not lost
子供達よ聞きなさい,まだすべてが失われたわけじゃない,すべてが失われたわけじゃない

Oh no, no
ああ,なんて,ことだ

Forty days in the park
40日の間,公園では
And every day's the Fourth of July
毎日が独立の日のようで
Forty days in the park
40日もの間,公園では
Every day's the Fourth of July
毎日が独立記念日のような感じで
People reaching, people touching
人々は手を伸ばし,お互いに触れながら
A real celebration
本当の祝祭を感じていた
Waiting for us all (waiting for us all)
ぼく達みんなを待っているかのように(待っているかのように)
If we want it, really want it
もしそれを望んでいるのなら,本当に望んでいるのなら
Can you dig it (yes, I can)
そうやってみるかい(まあ,出来るとすればね)
And I've been waiting such a long time
そんな具合でぼくはずっとそこで待っていたのさ
For the day
その日が来ることを
Yeah, yeah, yeah
ああ,そう,だよ

全米最高位3位(ビルボードHot100),カナダ2位,全豪43位

PERSONEL
Robert Lamm – lead vocals, piano
Peter Cetera – lead vocals (chorus), backing vocals, bass
Terry Kath – electric guitar, backing vocals
Lee Loughnane – trumpet
James Pankow – trombone
Walter Parazaider – alto saxophone
Danny Seraphine – drums, congas

英語版Wikipediaより
The line "singing Italian songs" is followed by "Eh Cumpari" and then Italian-sounding nonsense words, in the studio version of the song, rendered in the printed lyrics as "?". Piano, guitar, and vocal sheet music arrangements have often read "improvised Italian lyrics" in parentheses after this line. However, in a film of Chicago performing "Saturday in the Park", at the Arie Crown Theater in Chicago, in 1972, Robert Lamm clearly sings, "Eh Cumpari, ci vo sunari," the first line of a song known as "Eh, Cumpari!", which was made famous by Julius La Rosa in 1953.



Notes:ウォーターゲート事件
1972年6月17日にワシントンD.C.の民主党本部で起きた盗聴侵入事件に始まったアメリカの政治スキャンダル。1974年8月9日にリチャード・ニクソン大統領が辞任するまでの盗聴、侵入、裁判、もみ消し、司法妨害、証拠隠滅、事件報道、上院特別調査委員会、録音テープ、特別検察官解任、大統領弾劾発議、大統領辞任のすべての経過を総称して「ウォーターゲート事件」という。

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土曜の夜の話





☆ モット・ザ・フープルの「土曜日の誘惑(Roll Away the Stone)」は邦題の付け方が微妙な作品のひとつだろうと思う。この曲のブリッジのところでイアン・ハンターがリンジー・ディ・ポールと掛け合いをしているのだが,その中に確かに「土曜の夜」というセリフがある。ただ曲のテーマは,よくある若い男が若い女を口説いているというパターンで,タイトルからして「(心の中にある)重石(おもし)をどけなよ」ということは,さっさと踏ん切りをつけて俺のところに飛び込んで来いという,いかにも「オトコジェンダー丸出し」の作品だ(爆)。まあ,そこまで考えると微妙ながらも「的は外していない邦題」なのかもしれない(再爆)。

☆ そういえばこれも周知の話だが,この曲で印象的なギターを弾いているアリエル・ベンダーとはルーサー・グロスナーの変名だ。当時モット・ザ・フープルではリード・ギタリストだったミック・ラルフスが自作曲があまりに取り上げられないことに業を煮やしてバンドを脱退,ポール・ロジャースらと組んだバッド・カンパニーの有名なデビュー曲「キャント・ゲット・イナフ」でリベンジを果たすのだが,後任として入ったグロスナーには契約上か何かの理由があって名前を一時的に変える必要があったようだ。彼にアリエル・ベンダーという名前を提供したのがリンジー・ディ・ポール。この時代の彼女はアイドル的な人気もあった歌手で「恋のウー・アイ・ドゥー」は日本でもヒットした。いつの時代も若い人たちの周囲は華やかで賑やかだという感慨を抱くのもこちとらがジイサンになった証拠だろう(自爆)。

Roll Away the Stone (Ian Hunter)
1973年11月リリース
全英最高位8位



☆ 若干ややこしい話をすると,モット・ザ・フープルからイアン・ハンターが(入ったばかりのミック・ロンソンと共に)脱退する直前に「Saturday Gigs(モット・ザ・フープル物語)」というシングルを出している。

(Do you Remember)Saturday Gigs (Ian Hunter)
1974年10月リリース



☆ これは邦題の方が正しく(笑),グループを離れる気になったからかどうかは知らないが,イアン・ハンターが書いた物語は確かにモット・ザ・フープルという「少し早くシーンに来てしまったバンド」の登場,失意,どん底,脱・どん底(D.T.B.W.Bかよ^^;)を描いていて,これはこれで興味深い。


☆ 今ごろ(いったん投稿後)気付いたが,掛け合いの最後のリンジーの科白,あれ自分の曲名「Ooh I Do」の自己パロディだ(゚д゚)。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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