2018-07

「Freeway of Love」 (Aretha Franklin 1985年6月)



初出:2012年4月8日(2018年3月12日追記)
WHO's ZOOMIN WHO Deluxe EditionWHO's ZOOMIN WHO Deluxe Edition
(2012/03/30)
ARETHA FRANKLIN

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☆ アレサ大姐御御年43歳の時の大ヒット曲。ディスコ音楽全盛期には過去の人扱いされ,失意のうちに70年代を終えたアレサは,スティーリー・ダンが「ヘイ・ナインティーン」の中でちょこっとからかった1980年に長年在籍したアトランティックからアリスタに移籍,少しずつ昔日の勢いを取り戻し始めていた。それに決定的な影響を与えたのが80年代を代表するプロデューサーのひとりであるナラダ・マイケル・ウォルデンで,彼がアレサと手掛けたこのアルバムとこの曲の大ヒットで,おそらく「ヘイ・ナインティーン」に出てきた女の子も,誰が「クイーン・オブ・ソウル」であったか思い知らされたに違いない(笑)。



Knew you'd be a vision in white
How'd you get your pants so tight?
Don't know what you're doin'
But you must be livin' right, yeah

We got some places to see
I brought all the maps with me
So jump in, it ain't no sin
Take a ride in my machine

City traffic's movin' way too slow
Drop the pedal and go, go, go

We goin' ridin' on the freeway of love
Wind's against our back
We goin' ridin' on the freeway of love
In my pink Cadillac

☆ もちろんこの曲は「いかにも80年代」というシャープな音で,60年代の「ソウル・クイーン」時代のアレサの熱唱が好きな人には,物足りなく感じるところがあるのは否めない。しかし,前年のチャカ・カーンもそうだが,時代の波を乗り越えてシーンの最前線に斬り込んでいく勢い,私こそがソウルの女王よと言わんばかりのこの生き生きした歌唱を聴いていると,敏腕プロデューサーの助力を得て流行にちょいと乗ったくらいでガタガタ言いなさんなと弁護の一つも言いたくなるのである(苦笑)。ちなみにこの曲で彼女は1986年のグラミー賞Best Female R&B Vocal Performanceを受賞(この時で通算10回目)している。

☆ もう一言付け加えるなら,サザン・ソウルの女王だったアレサの作品としては,この曲はタイトルからも明らかなようにモータウンを意識した構成の曲で,歌詩のキャディ(ラック)に加えてPVの中にご丁寧にもフォードやGMのビルまで登場するのはご愛敬という気もする。どちらにしても女王は女王としてしっかりアップデートしているわけで,スティーリー・ダンの歌の通りなら24,5歳になった彼女にもそれくらいは十分認識できたことと思われる(爆)。

PERSONNEL
Aretha Franklin: Lead Vocals
Narada Michael Walden: Drums, Percussion
Randy Jackson: Electric & Synthesized Bass
Walter Afanasieff: Keyboards
Preston Glass: Keyboards & Keyboard Vibes, Backing Vocals
Greg Gonaway: Tambourine
Santana Rhythm Section: Percussion
Clarence Clemons: Saxophone, Guest Appearance (courtesy of Columbia Records)
Carolyn Franklin, Sylvester, Jeanie Tracy, Vicki Randle, Jim Gilstrap, Kitty Beethoven, Laundon Von Hendricks: Backing vocals

最高位
No.1:ビルボード(ダンス・クラブ曲、R&B/Hip-Hop曲)
第3位:全米、ニュージーランド、16位:スウェーデン、
27位:蘭、ベルギー、51位:全英


☆ クレランス・クレモンズのクレジットの中にある" Guest Appearance"はチョイうけた。アレサと彼は同年生まれでもある。この曲でのクレランスはドラムを叩くウォルデンすら「食って」いて,実にイイトコこを独り占めしている感がある。スプリングスティーンのツアーの真っ最中だったから結構なハードワークだったと思うけど,これだけゴキゲンに決められたら「ええとこ取り」しても皆んな納得だろう(笑)。あとアルバムの『WHO's ZOOMIN WHO』に関して付け加えれば大姐御アレサを引っ張り出す原動力となったアニー・レノックス(exユーリズミックス)の功績は大変大きなものがある。彼女が影の殊勲者だと思う(^o^)。

あと5本掲せたら,暫く遊びに出ます。
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Whitney Elizabeth Houston (August 9, 1963 - February 11, 2012)



初出:2012年2月12日(一部改稿)
R.I.P. Whitney Elizabeth Houston (August 9, 1963 - February 11, 2012)
そよ風の贈りものそよ風の贈りもの
(2006/11/22)
ホイットニー・ヒューストン、ジャーメイン・ジャクソン 他

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「Greatest Love All」 (1986年5月14日)
Greatest Love All (Music:Michael Masser / Lyrics: Linda Creed)


☆ 上に示したホイットニー・ヒューストンのデビューアルバムの日本盤ジャケットは,彼女がシンガーである前にモデルとして活動していたことを示す証拠だ。母親のシシー・ヒューストンを始め,親戚にディオンヌ・ワーウィックがいてアレサ・フランクリンとも浅からぬ縁であった彼女は,まさにサラブレッドとして華やかに登場し,そのソウルフルな力強い声でたちまちにトップシンガーの地位を得た。当時ぼく達はまだソウル・ミュージックの本質を知らなかったが,彼女の登場は格好の道標(みちしるべ)となった。ちなみに米国盤のジャケットは下のものになる。

Whitney Houston: The Deluxe Anniversary EditionWhitney Houston: The Deluxe Anniversary Edition
(2010/01/26)
Whitney Houston

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☆ やがて彼女の力強いヴォーカルをマンネリと感じ始めた頃から,順風満帆であったその人生に翳りがさし始める。理想の組み合わせと思われたボビー・ブラウンとの結婚は,彼のDVなどが原因で破綻した(本国版Wikipediaに記されていた,彼女の死を知らされたボビーのコメントには感慨深いものがあった)。『ボディ・ガード』(92年)でスクリーンを魅了するも,90年代後半からは新しい歌姫達に道を譲っていった(またぼく自身が新しい音楽を追いかけなくなった)。そういったことは,おそらく彼女のメンタル面に厳しいダメージを与えただろう。依存症のニュースで見た彼女の姿は,第一線のエンターテイナーとして生き(サバイバルし)つつも,その身も心も疲れ果てていたのではないかと思う。

☆ 48歳という人生は今の世の中では明らかに短い。しかし(マイケル・ジャクソンもそうであったように)彼女の残した幾つもの歌唱は永遠に記憶の中に残っていくだろう。

ホイットニー・ヒューストン バービー人形

2013年7月10日(一部改稿)
「そよ風の贈りもの(You Give Good Love)」 (Whitney Houston 1985年2月22日)

☆ ホイットニーの母シシー・ヒューストンはスウィート・インスピレーションズのリード・ヴォーカルだった(アトランティック・ソウルの廉価盤再発の一環でアルバムが出た)。
スウィート・インスピレイションズスウィート・インスピレイションズ
(2012/10/03)
ザ・スウィート・インスピレーションズ

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☆ 母親のデビューが1967年で彼女のこの曲はそれから18年目ということになる。当時ホイットニーについて入っていた情報は,モデル(実際に10代の頃からモデルとして活動している)出身で母親も歌手,伯母に当たるのがトップ歌手のディオンヌ・ワーウィック(この曲の翌年「That's What Friends Are For」で第一線の歌手であることを強く感じさせた)。つまりサラブレッドにして美形という今どきなら「ゴリ押し」とか言われそうなプロフィールだった(笑)。

You Give Good Love (La La)


☆ Wikipedia英語版のエピソードによると,この曲は当初ロバータ・フラックのところに行く予定だった。が,ホイットニーのプロデューサーだったカシーフ(Kashif)は,この曲がホイットニーにあっているのではないかと感じ,レコード会社(アリスタ)に進言し,彼女のシングルとなったそうだ。曲は新人の事実上のデビュー曲(実際は3枚目のシングル)としては恵まれたスタートを切り,全米最高位3位となり一躍注目の的となった。

☆ そして次のシングル「Saving All My Love for You(すべてをあなたに)」が全米No.1(1985年10月21日)に輝き,彼女の栄光の日々が名実ともに始まることになる。

「Saving All My Love For You(すべてをあなたに)」(1985年8月13日)
Saving All My Love For You (Michael Masser / Gerry Goffin)


最高位
No.1:全米,全英,アイルランド、第5位:ニュージーランド,スイス
第7位:仏、第8位:加,アイスランド、第10位:ノルウェー
12位:墺、16位:蘭、18位:西独、20位:豪

2017年12月29日追記
☆ ホイットニー・ヒューストンはその悲劇的な最期が衝撃を与えたが,彼女とアニタ・ベイカーが80年代のレディ・ソウルだったことは疑うまでもない(シャーデー(・アドゥ)はその次の世代の先駆者であると考えている)。彼女達は60~70年代の先達を引き継ぐ存在であり,なかでもホイットニーはサラブレッドと形容されたように音楽一家の血を受け継ぐものであった(偶然だが先月取り上げたグラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップスの「夜汽車よ!ジョージアへ」は彼女の母親であるシシー・ヒューストンの持ち歌である)。また彼女の出世作である「Saving All My Love For You(すべてをあなたに)」は,米国を代表する作詩家ゲリー・ゴフィンの80年代の代表作でもある。

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「Reach Out (I'll Be There)」 (The Four Tops 1966年8月18日)




☆ フォー・トップスの代表曲であるこの作品は,60年代モータウン作品の中でも特にテンションの高い作品である。リーバイ・スタッブスのヴォーカルは硬質でロック的であり,オペラ的であるとAll Musicの評者であるエド・ホーガンは絶賛しているが(Wikipedia英語版)全面的に賛成したい。イントロから強い磁力で惹きつけ,Aメロから高いテンションをぶつけ一気にトップに持っていくスタッブスの歌唱は,タンバリンが印象的なモータウン・リズムとピタッと符合し強烈なうたの世界を形作っている。

Reach Out (I'll Be There)
(Holland–Dozier–Holland)


Now if you feel that you can't go on (can't go on)
Because all of your hope is gone (all your hope is gone)
And your life is filled with much confusion (much confusion)
Until happiness is just an illusion (happiness is just an illusion)
And your world around is crumbling down, darlin'

(Reach out) Come on girl reach on out for me
(Reach out) Reach out for me
Hah, I'll be there with a love that will shelter you
I'll be there with a love that will see you through

When you feel lost and about to give up (to give up)
'Cause your best just ain't good enough (just ain't good enough)
And your feel the world has grown cold (has grown cold)
And your drifting out all on your own (drifting out on your own)
And you need a hand to hold, darlin'

(Reach out) Come on girl, reach out for me
(Reach out) Reach out for me
Hah, I'll be there to love and comfort you
And I'll be there to cherish and care for you

(I'll be there to always see you through)
(I'll be there to love and comfort you)

I can tell the way you hang your head (hang your head)
You're not in love now, now you're afraid (you're afraid)
And through your tears you look around (look around)
But there's no peace of mind to be found (no peace of mind to be found)
I know what your thinking
You're a loner, no love of your own, but darling

(Reach out) Come on girl reach out for me
Reach out, just look over your shoulder
I'll be there to give you all the love you need
And I'll be there you can always depend on me
I'll be there

☆ この曲はアソシエイションの「チェリッシュ」に代わり,1966年10月15日に全米No.1(ビルボード/キャッシュボックス)に輝き,ビルボードでは翌週(10月22日)も連続でNo.1だった。これに代わり1位に立ったのが?(Question Mark) & the Mysteriansの「96粒の涙」。なお全英では10月29日から11月12日まで3週間1位に輝き,ビーチ・ボーイズの「グッド・バイブレーションズ」にその座を譲っている。

☆ ちなみに全米で唯一1位を獲れなかったのがレコード&ワールド誌(最高位2位)。その他の国の最高位は,アイルランド2位,カナダとオランダが6位(オランダは別に8位のものも),ベルギー10位,ニュージーランド11位,西独13位,豪州62位,イタリア68位。

☆ フォー・トップスはこの曲までが絶頂期で60年代後半は少し苦戦する。確かに全米の?& the Mysteriansや全英の(ビーチ・ボーイズというよりシングル曲としての)「グッド・バイブレーションズ」が示すものは60年代前半のモータウンやマージービートとは明らかに異なる音楽の流れが押し寄せていることだった。



☆ まあどうでもいいことだが「Reach Out」の歌詩の中に,彼らが追い抜いた曲名である「チェリッシュ」が出てくる。

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「It's the Same Old Song」 (The Four Tops 1965年7月9日)




☆ 「It's the Same Old Song」は「I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch)」に続いてリリースされたシングルで,前作ほどの大ヒットにはならなかったが,全米最高位5位(ビルボード。キャッシュボックスは6位)、全英でも34位のヒットとなった。この曲はホランド=ドジャー=ホランドを代表するリズムパターンのひとつであることは過去何度か触れてきた。切れの良いリズムと這うようなベースが醸し出す雰囲気は後に「モータウン調(ビート)」と呼ばれることになる。いま聴いてもベースラインが格好良すぎる(笑)。

It's the Same Old Song (Holland–Dozier–Holland)


☆ ザ・クラッシュが1980年12月12日にリリースした3枚組大作『サンディニスタ!』の最初の方に「ヒッツヴィルU.K.」という曲が入っている。このヒッツヴィルとはベリー・ゴーディJr.がモータウン・レコーズの本社を最初に置いたミシガン州デトロイトの地名であり,彼らはモータウンを通じて黒人音楽そして黒人運動のパワーを感じたことを歌っている。ヒッツヴィル=モータウンが英国をヒット(打撃)したと歌うクラッシュは(この曲のリードはミック・ジョーンズだったと思う),そこから二つのルーツ(ロックンロールのルーツである黒人音楽と政治運動のルーツである公民権運動)に辿り着くのである。

☆ 一方モータウン調は強力なリズム・パターンとして70年代までポピュラー音楽に大きな影響を与えていた(この話は既出につき今回は略したい)。

「ヒット曲がきこえる」 (Covered by Original Love)


☆ きょうは田島君に敬意を表して訳詩は省略したい(笑)。



☆ 以前色々書いたように,この曲のイントロは色んな曲に使われているが,最近になって間奏が大滝さんの「バチュラー・ガール」(稲垣潤一・大滝詠一)に引用されていることに気付いた。

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「I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch)」 (The Four Tops 1965年4月23日)



☆ 1960年代の前半をリードしたのはロックとソウルだ。この若い音楽は若い表現者,若い製作者,若く野心的な経営者に支えられそれまで大人が独占し大人が差配(つまりエルヴィスのように大人が認めたら一人前=クリスマス・アルバムが出せる=になる)する世界だった。マルクス主義をかじった人なら直ぐに「搾取」という言葉に辿り着くだろう。70年代半ばに本邦のフォークソングから同じムーブメントが立ち上がったわけだが,アメリカの黒人たちはドゥー・ワップの時代にそれを見つけた。それをポピュライズした成功者がベリー・ゴーディーであり,彼のレーベルタムラ/モータウンである。

I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch)
(Brian Holland / Lamont Dozier)


☆ この曲は1965年6月19日から7月3日まで3週間全米No.1になった。直前のNo.1曲はスプリームス(シュープリームス)「Back in My Arms Again」その前はビーチ・ボーイズの「Help Me, Rhonda」もうひとつ前はビートルズの「Ticket to Ride(涙の乗車券)」。逆に直後のNo.1曲はバーズの「Mr. Tambourine Man」(オリジナルはボブ・ディランの作品)で,その次がローリング・ストーンズの「(I Can't Get No) Satisfaction」でその次がハーマンズ・ハーミッツの「I'm Henery the Eighth, I Am(ヘンリーⅧ世君)」だ。

☆ チャートから分かることはブリティッシュ・インヴェンジョンとモータウンが四つに組んで,そこにブライアン・ウイルソンとマイク・ラブが率いるビーチ・ボーイズがその地位を保つべく頑張っているという構図である。つまりハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスやフランク・シナトラに代表される大人の音楽が入り込む余地が,No.1曲に関しては無くなっているということだ。

☆ ところでこの歌詩。初期ビートルズの曲のように若々しい。ひと言でいえば「自分のアイドルを見つけた男の子の心の弾み」をそのまま曲にしている。ドゥー・ワップの時代にペンギンズの「Earth Angel(アース・エンジェル)」という,まるで「橋本環奈の"天使過ぎる"画像を偶然見つけたヲタ」のような(爆)名曲(1954年10月)があるが,歌詩の背景はまるでその世界である。でも笑ってはいけない。同じような「男の子のときめく」世界は,つい2年前にビートルズが「抱きしめたい」で表現しているのだ。

☆ モータウン・ビートとはホランド=ドジャー=ホランドの作品に聞かれるもので,タイプは二つある。この曲のようなビートがひとつで,もうひとつはスプリームスの「恋はあせらず(You Can't Hurry Love)」で使っているものだ。フォー・トップスはリード・ヴォーカルのリーバイ・スタッブスがいわゆる「剛速球投手型」のぐんぐん押してくるヴォーカルなので,必然的に前者のビートに代表曲が揃っている。

PERSONEL
Lead vocals by Levi Stubbs
Background Vocals by Abdul "Duke" Fakir, Renaldo "Obie" Benson, Lawrence Payton,
and The Andantes: Jackie Hicks, Marlene Barrow, and Louvain Demps
Instrumentation by The Funk Brothers and the Detroit Symphony Orchestra (strings)
Written by Brian Holland, Lamont Dozier, and Edward Holland, Jr.
Produced by Brian Holland and Lamont Dozier

☆ このモータウンの「サウンド・プロダクション」はその後も長期にわたってブラック・ミュージックの枠を超えポピュラー音楽制作の模範となった。今のExile(米国チャートマニアのために敢えて識別して「本邦グループの」と付けておく)ファミリーもまた,その範に倣(なら)っていることは明白である。それほど有効で効果的なサウンド・プロダクションであり,ビートルズに代表されるバンドがロックンロールをロックに引き上げた「革命」だったとすれば,モータウンの音作りはリズム&ブルースをポピュラー音楽に格上げした「革命」だったとも言えるのではないかと思う。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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