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2019-09

「Long Hot Summer」 (The Style Council 1983年8月8日)




<曲の紹介> Wikipediaの解説より
"Long Hot Summer" is a song by the English band The Style Council which was their third single to be released.
「ロング・ホット・サマー」は,英国のバンド スタイル・カウンシルの3枚目のシングルとしてリリースされた。
It was composed by lead singer Paul Weller, recorded between 12 and 17 June 1983 in the Grande Armée Studios in Paris, and released on 8 August 1983.
この曲はバンドのリードシンガー,ポール・ウエラーが作り,83年の6月12日から17日にかけてパリのGrande Arméeスタジオで録音され,8月8日にリリースされた。
In addition to being sold as a conventional two track 7" single, "Long Hot Summer" was also simultaneously released as a four track 7" and 12" EP titled Á Paris which also contained the song "The Paris Match" plus two keyboard instrumentals, "Party Chambers" and "Le Depart".
この曲は通常の7インチバージョン(「ロング・ホット・サマー」)の他に,「The Paris Match」並びにキーボードインストの「Party Chambers」,「Le Depart」2曲を加え7インチと12インチのEP 『Á Paris』としてもリリースされた。
It was also included on the 1983 mini-album Introducing The Style Council.
この曲はまた83年発売のミニアルバム『Introducing The Style Council』にも収録されている。

The promotional video for "Long Hot Summer" was filmed on the River Cam in Cambridge.
「Long Hot Summer」のプロモ・ビデオはケンブリッジのRiver Camで収録された。
The song reached the position of number three in the UK singles chart making it the Style Council's biggest hit, and it remains a staple of Paul Weller's live concerts.
この曲は全英チャート最高3位となり,スタイル・カウンシルにとって最大のヒット曲となった。またポール・ウエラーのライブでも演奏される曲となっている。

By coincidence the British summer heat wave of 1983, most notably July, turned out to be one of the hottest on record – something that would not have been known at the time the song was written and recorded.
偶然にも1983年の英国の夏は熱波に襲われ,特に7月は過去の暑さを更新するほどであったが,この曲が書かれ,レコーディングされた頃には誰もそんな暑い夏が来ることになるとは知らなかった。

PERSONNEL
Paul Weller – lead vocals, guitars
Mick Talbot – keyboards
Steve White – drums



☆ 実は別の記事を用意していましたが,急きょ差し替えすることにしました。ちなみに今日も明日も明後日も仕事です。
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「Someone, Somewhere In Summertime」 (Simple Minds 1982年11月)




Best of Simple MindsBest of Simple Minds
(2001/10/05)
Simple Minds

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初出:2011年8月15日
☆ スコットランド出身のジム・カーがシンプル・マインズを始めた頃は,数あるエレクトロ・ポップ・バンドの一つに過ぎなかった。シンプル・マインズがヴァージンに移籍した1980年にはこの分野の先駆者だったマガジンが解散し,シンプル・マインズはその後を継ぐバンドと目された。これは当時のLPのレビューにも書いてあることだが,マガジンの個性はただのエレクトロ・ポップでは無かったので(もう少しプログレ的でありかつフリーキーでもあった)この時点のシンプル・マインズは,むしろヴィサージとかミッジ・ユーロの入った後のウルトラヴォックスみたいなバンドと思われていたのかもしれない。





Stay, I'm burning slow
そこにいて,ぼくの心がゆっくりと燃え立つまで
With me in the rain, walking in the soft rain
この降りしきる雨の中,やわらかな雨にまみれて歩くのさ
Calling out my name
ぼくの名を呼びながら
See me burning slow
ぼくの心がゆっくり燃え立つさまを見て


Brilliant days, wake up on brilliant days
輝く日々に,輝く日々に向けて目を覚まし
Shadows of brilliant ways will change all the time
キラキラ輝く影に照らされ,その瞬間を変えていく
Memories, burning gold memories
あの思い出,燃えたぎるような黄金の夢が
Gold of day memories change me in these times
あの素晴らしい黄金の記憶の中で,ぼくは少しずつ変わっていく


Somewhere there is some place, that one million eyes can't see
どこかで,そうどこかで,数え切れないほどの瞳がそれを捉えられないところで
And somewhere there is someone, who can see what I can see
どこかで,その人の姿を,ぼくは確かに見た


Someone, Somewhere In Summertime
誰かに,どこかで,あの夏の日
Someone, Somewhere In Summertime
Someone, Somewhere In Summertime


Moments burn, slow burning golden nights
燃え尽きる瞬間のように,ゆっくり燃えていく黄金の夜のように
Once more see city lights, holding candles to the flame
もう一度だけ街の灯りが見えた,蝋燭の炎を揺らめかせながら
Brilliant days, wake up on brilliant days
Shadows of brilliant ways will change me all the time


Somewhere there is some place, that one million eyes can't see
And somewhere there is someone, who can see what I can see


Someone, Somewhere In Summertime
Someone, Somewhere In Summertime
Someone, Somewhere In Summertime
Someone, Somewhere In Summertime
Someone, Somewhere In Summertime


☆ ただしこの曲で幕を開くシンプル・マインズのアルバム『New Gold Dream(81-82-83-84)』は明らかにバンドに良い方向性を与えた。この曲も小ヒットし,日本では(おそらく)サントリーのCMタイアップがあってシングルカットもされている。そしてXTCの重低音ポップ・アルバム『Black Sea』を成功させたスティーヴ・リリーホワイトとの出会いが,バンドに更なる成功を与えることになるが,それはまた,別の話。


最高位 英国:36位,アイルランド:19位,豪州:51位

2019年8月12日付記
☆ この曲はアルバム『New Gold Dream(81–82–83–84) 黄金伝説』からのサードシングルでアルバム冒頭曲。上にも書いたようにサントリーがCM曲として使い,シングルカットもされた(似たような題の曲がその後多くリリースされたため,正確な邦題を忘れた^^;)。

☆ シンプル・マインズは元々エレポップでもバンド名のようにシンプルな作品を書いていたが,ジム・カーの力量が上がったから(同じことはこの時代のニュー・ウエイブのソングライター全般に言える)曲のヴァリエイションが広がり,このバンドの場合は音の色彩感覚がどんどん上がっていった。

☆ オータナティヴ系がより実験的な尖った音か初期プログレの混沌とした音に回帰するのに対し,後で十把一絡げに「ニューロマンティック」とレッテルを張られたバンド群はメロディー重視もしくは音響重視(ジョン・フォックスやゲイリー・ニューマンら)な特徴があった。後者はもちろん「ニューロマ」とは関係なく独自の道を進んでいくが「サウンド・デザイン」を意識したことでは同じ視点に立っていたように思う。

☆ しかしニューロマやファンカラティーナはやはり当時の「お洒落音楽」と目されたところがあり(後者はクラブ・ミュージックの原初形と目される),ショウビズ色が強くなったことも事実だし,そのムーヴメントとほぼ同時にPV/MTVの時代が来て,カルチャー・クラブの全盛期がいきなり始まることになる。


☆ 訳詩はあまりにもテキトーな「やっつけ仕事」なので,当てにしないこと(自爆)

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「Everybody Wants to Rule the World(ルール・ザ・ワールド)」 (Tears for Fears 1985年3月18日)



初出:2013年8月1日

シャウト+7シャウト+7
(2011/11/09)
ティアーズ・フォー・フィアーズ

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☆ 世の中に「金字塔」と呼ぶべきアルバムが何枚か存在する。もっとも,見方を変えればリスナーの数だけその人にとっての「金字塔アルバム」が存在するともいえるが,ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下TFFと略す)の『Songs from the Big Chair』は,少なからぬ人にとって80年代の金字塔作品に挙げられるものだと言えるかもしれない。

☆ この曲は『Songs from the Big Chair』からの3枚目のシングルとして1985年3月に英国でリリースされ,翌月には最高位2位を記録している。米国ではこの曲はアルバムからのファースト・シングルとしてリリースされ,7月8日,15日の2週にわたり全米No.1に輝いた。それはTFFにとって全米攻略の第一歩になった。ちなみにこの曲の前後のNo.1ヒットはワム!「恋のかけひき(Everything She Wants)」とブライアン・アダムス「Heaven」でまさに当時の新しいスターたちの活躍が窺えるチャートだった。



Everybody Wants to Rule the World
(Roland Orzabal, Ian Stanley, Chris Hughes)

Welcome to your life
君の暮らしにようこそ
There's no turning back
引き返すことはできないけど
Even while you're sleep
君が眠っている時ですら
We will find you
わたしたちは君を容易(たやす)く見つけるだろうから

Acting on your best behaviour
君はここで最上の振舞いを示すことで
Turn your back on mother nature
母なる自然の元に帰ることができよう
Everybody wants to rule the world
誰もが自分の思ったように物事を進めようとするものさ

It's my own design
これはわたしが自分で設計したものだ
It's my own remorse
そしてわたし自身の悔恨でもある
Help me to decide
わたしが決断することを助けてほしい
Help me make the
わたしを助けてほしい
most of freedom and of pleasure
放縦と快楽の大部分を作り出しながら
Nothing ever lasts forever
決して永遠に続くことがないことから
Everybody wants to rule the world
誰もがこの世界を自分のものにしようとしているのだ

There's a room where the light won't find you
その光がきみを照らすことができない余地がある
Holding hands while the walls come tumbling down
その壁が崩れ落ちる前に手を取って抜け出す余地が
When they do I'll be right behind you
それがなされた時,わたしはきみのすぐ背後にいるだろう

So glad we've almost made it
われわれがそれをほとんどなし得たことを喜びたまえ
So sad they had to fade it
奴らがその力を褪せさせなければならないことは残念だ
Everybody wants to rule the world
だって誰もが世の中を自分の思い通りにしたいと思っているのだから

(間奏)

I can't stand this indecision
わたしはこういう優柔不断なことに耐えられないのだ
Married with a lack of vision
向こう見ずな結婚のようなことには
Everybody wants to rule the world
誰だって自分の結婚生活を想った通りに進めたいものだろう

Say that you'll never never never need it
きみはそんなものは絶対の絶対の絶対に願え下げだと言えるか
One headline why believe it ?
その一行の見出しを信じるのはどういう訳だ
Everybody wants to rule the world
だれもが自分の望んだように物事を進めたがっているのに

All for freedom and for pleasure
Nothing ever lasts forever
Everybody wants to rule the world

☆ Wikipedia(En)の解説によると,この曲はアルバムに最後に収録された。ローランド・オーザバルはシャッフル・ビートで作ったこの曲を最初,他の作品と毛色が違うことを理由にアルバムに収録するのを躊躇(ためら)っていたが,最終的にアルバムに収録されることとなり,ヒット(特に全米での大ヒット)につながった。

☆ ここで歌われている「世界」とは,当時エスカレートしつつあるように見えた米ソ軍拡競争下の世界で,曲もそれに対する皮肉を込めた異議申し立て(いわゆる「反核運動」)という面もなきにしもあらずだったが,第一義的にはそうではなく,それぞれの人々の身の回りの小さな「世界」のことである。そういう意味でこの曲はミニマリズム的な世界観がある。それは「個と個」という小さな世界,いや宇宙の衝突や相克,葛藤が個々に与えるものについての洞察ともいえるのだ。

2019年7月9日付記
Credits and personnel

Tears for Fears :
Roland Orzabal – guitar, keyboards, vocals
Curt Smith – bass guitar, lead vocals
Ian Stanley – keyboards, LinnDrum programming, Oberheim DMX
Manny Elias – drums, Oberheim DMX

Additional personnel :
Neil Taylor – second guitar solo
Chris Hughes – producer, drums, Oberheim DMX, MIDI programming
Dave Bascombe – engineer

週間チャート
No.1:全米(ビルボードHot100,キャッシュボックス),カナダ,ニュージーランド
最高位2位:豪州,英国,オランダ,アイルランド
最高位3位:ベルギー
伊,西独:最高位11位
スイス最高位13位
南ア:最高位14位
仏:最高位18位
墺:最高位19位

年間チャート(1985年)
米(キャッシュボックス:3位,ビルボード:7位)
ニュージーランド:9位
カナダ:19位,オランダ:20位,英国:24位,
ベルギー・オランダ:31位,豪州:36位,伊:86位

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おい、そこのお前、こっち見ろ。そっちじゃない!


One Step Beyond (Cecil Campbell)



Tarzan's Nuts (Smash / Barson)
A cover of Tarzan's March written by Sydney Lee



In the City (McPherson, Barson, Smash, Foreman, Crutchfield, Inoue)
日本タイトル「シティ・イン・シティ」



Our House (Foreman / Smyth)





☆ そう言えば大昔に誰かが「ソノシート」で「ターザンの歌(Tarzan's March)」をラジオでかけたことがあって,マッドネスの曲(の元ネタ)を「こども合唱団」が歌っていてビックリしたことがある。ちなみにYouTubeの掉尾を飾るビクター洋楽部の帯付きファーストアルバムはぼくの家に現存している(爆)。

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1980年頃のパワー・ポップ


☆ パワー・ポップという言葉は90年代後半にもあったが,ぼくが聴いていたのはニュー・ウエイブ初期のそれだった。何をパワー・ポップと言うかはそれこそ人それぞれだと思うし,エルヴィス・コステロやジョー・ジャクソンのようにパワー・ポップ・バンドから万華鏡のように変化したミュージシャンも少なくないから。ぼく個人がパワー・ポップ(バンド)と思っているのはモーターズとブラム・チャイコフスキーあたりだ。ここはニック・ロウやイアン・デューリーらのパブ・ロックとも違うし,もちろんモーターヘッドのようなヘヴィ・メタルとも違う。

☆ パワー・ポップをギター・サウンドとして理解するならモーターズのファーストやそこから分かれたブラム・チャイコフスキーの作品がそうだろうと思う。ぼくはパンクの政治性には最初拒否反応が少しあったので(程なく変わった),ニュー・ウエイブはパワー・ポップ系とニューロマに連なるエレクトリック系から入っていった。そういう意味でもこの辺の音には馴染みが深い。

Strange Man, Changed Man
Bram Tchaikovsky's first album title track released March 1979



☆ ぼくはこのアルバム(LP)は米国盤で買ったので,アルバムのトップはこの曲だったような気がする。アルバムを出したレーダーというレーベル(昨年CDで再発が出ている)はスティッフを離れた後のコステロもリリースしていたのではなかったかと思う。彼もモーターズの時はニック・ガーヴェイとアンディ・マックマスターにバンドの「顔」を取られてヴォーカリストとしてはサブに徹していたが,自分のリーダーアルバムになると水を得た魚のように歌っている。次の曲("Lonely Dancer")にシームレスで続くため途中でぶつ切りになってしまうのは残念だが,それでもパワー・ポップってこういう音だったんだよねといえる音なのだ。



☆ しかしそれにしてもいい加減な芸名である(ブラームス+チャイコフスキー)。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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