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2019-08

「冷たい雨」 (ハイファイセット 1976年4月20日)


☆ ハイファイセットには可能性があった。あの時代に本当に「ニューミュージック」(ジャズエイジ・ショウビズからのポピュラー音楽の自立)があったとするならば,彼らやサーカスやイブやタイムファイブやシャイニー・ストッキングスがやっていた音楽がミドル・オブ・ザ・ロードになる「べき」だった。そういう音楽とアイドル歌謡(の製作者達)が競り合うことでこの国のポピュラー音楽は磨かれる可能性はあった。だけどそんなナロー・パスは誰も選ばなかった。その結果が数年前の12月の服部克久氏の発言だったとするならば,これくらい日本のポピュラー音楽にとって「残念な話」もなかっただろう。

「冷たい雨」 (作詩・作曲:荒井由実)

※ このヴァージョンのバンドアレンジはコーダのフェイドアウトを除いてほぼシングルヴァージョンの完コピである。これが当時のバックミュージシャンの「力量」なのだ。

☆ ユーミンが75・6年に話していたようにライター(制作側)に移っていたらどうなっただろう。同じことを山下達郎で考えてもいい。そうすれば日本のポピュラー音楽はもっと豊穣になっていただろうか?残念ながら,ぼくにはそうも思えない。70年代の製作者達に何が足りなかったのだろう。酒井正利氏がいろいろ書いているが,だれかきちんとオーラル・ヒストリーを取るべきではないか?少なくとも酒井氏や高久氏や小杉氏には。いろんな人が物故者になって,この国のポピュラー音楽の興隆期の記録がその人とともに消えていくことは文化的な損失だと思うのだが。

☆ 「冷たい雨」に関して言えば,この曲でユーミンは山本潤子に音域いっぱい声を使わせて彼女のレンジの広さを曲の魅力にしている。高い音階はどうしても声に力が必要になるが,その声の強さ・高さがこの曲の物語の主人公である女性の心の震え,感情の発露と重なっているから聞く人の心を揺さぶるのだ。これはテクニックではあるけれどポピュラー音楽にとって最も重要かつ必要な要素である。個が屹立して「うた」になる時代は,たぶんそうでない時代よりも「うた」にとっては幸せな時代だったのではないか。

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【追記あり】 「グッドラック・アンド・グッドバイ」 (岡崎友紀 1976年4月20日)


☆ アイドルの王道が歌手であったのは1970年代の事だった。理由もあってショウビズのメインストリームが映画からテレビに移行したこと。テレビが映画より低く見られていた理由は「間口が広い」からで,スターが今のようなコモデティ(フツーの人プラスアルファ程度の希少性)になっていく背景には,文字通り「あまねく伝える」ブロードキャスティングのマジックがあった。

70年代アイドルの王道 スカウト⇒モデルもしくは端役⇒注目されて本格プッシュ(歌手もしくは女優)⇒大人気⇒いろいろ...

☆ 子役からスターになる人は現在もたくさんいるが,歌手という経路を選ぶ必要は無くなっている。たまたま本人が「歌が好き」だったり「(役柄も含めて)歌える」という条件を満たすか,気まぐれプロジェクト的に歌手デビューさせるかでもなければ,昔加賀まりこがドリフの聖歌隊で長さんに無理やり独唱させられそうになるという現代で言う「セクハラギャグ」のようなことは起こらない。現役なので敢えて名を伏す某女優を含め歌手だったことが黒歴史の人は70年代アイドルデビュー組には掃いて捨てるほどある(爆)。

☆ で昔の東芝音工(東芝EMI)にはなぜかそういう人がたくさんいて(笑),「Myこれ」あたりで特集していれば面白かったのにとは思うけど,名曲だっていろいろあるのだ。岡崎友紀さんの場合は80年の半分覆面曲「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」(Yuki)が最大のヒット曲だけど,この曲(ユーミンの提供曲で彼女のヴァージョンはセルフカヴァー)だってノンヒットのわりに名曲だ。

☆ 歌に「語り」が入るのはこの時代が最後のほうで(この時期の最高傑作はアン・ルイスのデビュー曲),50年代から続くアイドル・ポップスの歴史の一区切りという意味もあると思う。

「グッドラック・アンド・グッドバイ」 (作詩・作曲:荒井由実)


☆ ここのところ「よいかよ」の人の記事をヤフーで見たり,スージー鈴木がチェッカーズの事を書いてる記事を読んだりしたが,なんか違うんだよね(笑)。まあポピュラー音楽は個人の楽しみ事なので,野暮な話はしたくないけど。

2019年7月20日追記
☆ 多メディア化は,より多くの人をスタジオ(昭和の御代なら「ブラウン管」)の向こう側に送り出したが,同時に上に書いたようにタレントというコモデティの総量を増すこととなり,小学生の「憧れの職業」がプロ野球・サッカー選手から「ユーチューバー」になったことがその一つの象徴だろうと思う。

☆ 希少性というものは,希少であるから「何かをすること」に意義があるのであり,昔から敵意を持った言葉として使われてきた「ジャリタレ(これは単に「年が若いのでちやほやされているタレント」という意味の他に「道に転がっている砂利のように "どこにでもある(レベルの顔なのにテレビに出ている)" 程度のタレント」というかなり悪意に満ちた意味がある)」がいま風に言えばコモデティということになるのである。

☆ 一般人との垣根の低さに加え「自分表現手段」という武器(多くの場合,銃刀類のように容易に凶器となる)が人口に膾炙した結果,タレント(一括りにされて気の毒な人間国宝級 [ただし若い頃の「やんちゃ」は無いことになっている例が多い] からかなりヤバいご商売まで含む)は常時評価の対象であり,ちょっとでも気に入らないタレントが何か失策をした途端に「炎上」して「廃業」に至る羽目に陥る。最近よく見かける女性をターゲットにしているらしい某サイトは「嫌いなタレント」についても語ろうと煽っているが,マイナス情報を書き散らして書き散らした本人以外の誰の生産性が上がるのか?ハッキリ言って嘆かわしい。多様性ということに不感症なのだ。気に入らない人間でも直接的な危害を与えない限り放置する。リスクマネジメントの基本なのだけど人間の本性はそれをなかなか許容してくれない。

☆ 槇原敬之が書いた「世界に一つだけの花」という曲は,さまざまに解釈されている。ぼくの解釈では,この曲は「多様性」を謳っているのだと思う。誰かが書いていたように,確かに花屋の店頭に並ぶまでの間に花卉(かき)は選別されているかもしれないが,寅さんなら「それを言っちゃあ,おしめえよ」。主人公はあくまで通りかかった花屋の店頭で見た花のさまざまな姿を見て,多様性がもっと大事にされる世界になればよいと思ったのではないか。一人一人が唯一のものであるというメッセージは,他者を押しのけるのでもなければ,1位になれない言い訳(「2位じゃダメなんですか」)でもないと思う。

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「雨のステイション」 (ハイ・ファイ・セット 1977年2月5日=アルバムリリース)



きょうのニュース(2019年6月14日)

チケット高額転売が禁止に。チケット不正転売禁止法 施行

「チケットの高額転売」が禁止される。2019年6月14日からチケット不正転売禁止法がスタートし、興行主等による販売価格を超える価格での転売が禁止となる。違反時の罰則は、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金、またはその両方。

人気のコンサートや舞台、スポーツイベントなどのチケットを、業者や個人が買い占め、オークションやチケット転売サイトなどで定価を上回る価格で販売する「高額転売」の対策としてチケット不正転売禁止法が制定された。

高額転売の問題は、「本当に必要としている消費者にチケットが回らない」、「興行主や出演者などに対価が払われない」など。加えて、転売時の代金支払いトラブルや、公演中止や延期時の保証が不十分といった課題もある。

チケット不正転売禁止法では、国内で行なわれる映画、音楽、舞踊などの芸術・芸能や、スポーツイベントなどのチケットのうち、興行主の同意のない有償譲渡を禁止する旨が明示された座席指定等がされたチケット(特定興行入場券)の不正転売等を禁止している。

特定興行入場券の条件は、以下の3点。

・販売に際し、興行主の同意のない有償譲渡を禁止する旨を明示し、その旨が券面(電子チケットは映像面)に記載されていること
・興行の日時・場所、座席(または入場資格者)が指定されたものであること
・例えば、座席が指定されている場合、購入者の氏名と連絡先(電話番号やメールアドレス等)を確認する措置が講じられており、その旨が券面に記載されていること

同法では、特定興行入場券の不正転売と不正転売を目的とした入場券の譲り受けを禁止。違反した場合の罰則は、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはその両方。

チケットを購入した公演に急用でいけなくなった場合は、正規のリセールサイトでの転売を推奨。正規リセールサイトでは、興行主の同意を事前に得ているため、定価での転売が行なえる。

なお、招待券などの無料で配布されたチケットや、転売を禁止する旨の記載がないチケット、販売時に購入者や入場資格者確認が行なわれていないチケット、日時のないチケットなどは、特定興行入場券には該当しない。そのため、チケット不正転売禁止法の対象外となる。

Impress Watch,臼田勤哉

最終更新:6/14(金) 0:00 Impress Watch

http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/ticket_resale_ban/index.html

「雨のステイション」 (作詩・作曲:荒井由実)
3rd アルバム 『Love Collection』(1977年2月5日)収録


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「カンナ8号線」 (松任谷由実 1981年11月1日=アルバムリリース)




初出:2006年7月30日

カンナ の花の色は,それこそいろいろあるが,リンク先に示した真赤な花のイメージが強い。昔,まだ大地がアスファルトに覆いつくされる前のこと。夏の花と言えば,向日葵ガーベラグラジオラスダリヤ(ダリア) と様々あるが,リンクした殆どのページの花が赤い(向日葵とダリヤは別だけど)のはどうしてだろう。また,カンナとグラジオラスの違い にあるように両者はよく似ているが全然別の種の植物だというのも興味深い。ちなみにこれを検索していて最も興味深く感じたのは,向日葵がキク科の植物だということだった。

☆ カンナ8号線の8号線 は,東京都市計画道路環状第8号線(通称名:環八通り)と言うそうだ。東京湾があるから環状にならないだろうなどというツッコミは慎太郎の前で言い給え(爆)。ユーミンのコンサートでこの曲が盛り上がっていた頃など,まだ世田谷区と大田区の道が殆どだったのだろう。この道は羽田空港に向かって延びている。本当は羽田空港から都心部を回避して広がっている産業道路という使命があったのだろうと思われるが,全然違う道になってしまったのはユーミンひとりの手柄でもない(苦笑)。

「カンナ8号線」 作詩・作曲 : 松任谷由実 編曲 : 松任谷正隆

チェックのシャツが風に膨らむ
後姿を
波をバックに焼き付けたかった
目蓋の奥に

それは儚い日光写真 
切ない陽炎
胸のアルバム閉じる日が来るの
こわかったずっと

雲の影が貴方を横切り...

想い出に惹かれて 
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は 
もうどこにもいない

カンナの花が燃えて揺れてた 
中央分離帯
どこへ行こうか待ち遠しかった 
日曜日

恨まないのも可愛くないでしょう
だから気にせずに

ドアを開けて波を聴こうよ...

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

2017年7月21日追加

アルバム参加ミュージシャン
(出典:Wikipedia「昨晩お会いしましょう」)
キーボード:松任谷正隆
ドラム:林立夫、島村英二
ベース:高水健司、岡沢茂
エレクトリック・ギター:松原正樹
アコースティック・ギター:松原正樹、吉川忠英、瀬戸龍介
パーカッション:斉藤ノブ、Pecker
サキソフォン:Jake H. Conception
トランペット:中沢健次、岡野等
フルート&ピッコロ:衛藤幸雄
リリコン:村岡建
ストリングス:トマト・ストリングス・アンサンブル
コーラス:松任谷由実、BUZZ、山本潤子、田井康夫、タイムファイブ、伊集加代子、鈴木宏子、和田夏代子、杉真理
シンセサイザー・プログラミング: 浦田恵司

☆ この曲に関する上記Wikipediaの解説は以下のとおり。

> 朗々としたエレキ・ギターの演奏で知られるミディアム・ナンバー。ユーミンのライブの定番曲である。誰もが見過ごすような中央分離帯のカンナの花にかつての恋心の輝きを投影するという、ユーミンならではの着想が光る。曲名はカンナの花と環状8号線にかけている。ベストアルバム『Neue Musik YUMI MATSUTOYA COMPLETE BEST VOL.1』『SEASONS COLOURS -春夏撰曲集-』にもそれぞれ収録されているが、前者についてはイントロを数秒カットした状態で収録されている。

☆ 荒井由実の「乙女チック路線」をまっすぐに伸ばしたところにある作品だと思う。カンパチ(お魚みたいだな^^;)は羽田空港の近くが起点なので晴海をイメージさせる「埠頭を渡る風」(1978年10月5日)とは少しテイストが違うけれど,明らかにこれらの作品は荒井由実の成長線上にある。ユーミンの主要な楽曲テーマのひとつに「失われつつある若さ(青春)」があるのは「あの日に帰りたい」1曲でも容易に想像がつくが,彼女なりの現実主義が顔をのぞかせるこの歌詩こそ,この曲のテーマであろう。

想い出に惹かれて
ああここまで来たけれども
あの頃の二人は
もうどこにもいない

☆ ヒトはどんなに嫌でも年を取らざるを得ないし(その先には死が待っている),どんな人もそれを避けることはできない。恋愛や若さの「死」は(望むと望まざるとにかかわらず)その人を「成長」させる。この成長は必ずしも進歩や前進とも限らず,退歩や退行となることもあるわけで(そのひとりが,いまこうして,こんなものを書いている),彼女の見る「現実」もまたそういうものなのである。

カンナ

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「雨の街を」 (荒井由実 ♪1976年3月14日「セブンスターショー」)


ひこうき雲ひこうき雲
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☆ 弾き語り期のユーミンを代表する "乙女チック" の名作。秋雨は降る毎に少しずつ季節を冬に押しやっていく。ミッション系の高校にいた彼女にはキリスト教の季節感が自然に備わっていたのだろうと思う。このヒトの場合,遊びを肥やしにした最良のパターンでデビューに辿り着いているが,その中にスキゾイド的に「乙女チックな私」が潜んでいるのが面白い。




キャラメル・ママ (後ろから)
林立夫(ds) 松任谷正隆(Key) 細野晴臣(bs) 鈴木茂(g)
荒井由実(p)
※残念なことに2ハーフのリフレインのコーダに向かう部分で切れているが,曲の90%は演奏されている。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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