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2020-02

「ロンリー・ハート(Lonely Hearts)」 (クリエーション 1981年4月21日)


☆ 70年代後半の日テレ(AX)は刑事ものと青春ドラマの主題曲の宝庫だった。確かこの時代のテーマ曲ばかりを取り揃えたBOX SETが出た時「ウイッシュリスト」に入れようか真剣に悩んでしまった(笑:結局高すぎたため,やめた)。当時のぼくはラジオっ子だったのでテレビドラマに一向に興味がなく(唯一の例外が再放送ではまった「傷だらけの天使」),これら「主題歌のヒット」はラジオのチャート番組で知るというパターンばかりだった。思えばラジオが「若者のメディア」だった時代なのでラジオの話で盛り上がると「あいつはラジオっ子だから」と認定され,テレビの話題を理由に「外される」こともない良い時代だった。

☆ 日テレの刑事ものはロケの関係からか横浜びいきだった気がする。ぼくはカップス(ゴールデン・カップス)の黄金時代は知らないが,カップスにいた人達のその後については例えば柳ジョージのようにかなり影響を受けたと思う。60年代に竹田和夫が始めた時にはブルース・クリエイションだったのが(これも日テレ絡みとはいえ)「スピニング・トウ・ホールド」の頃はクリエイション、この曲の頃はクリエーションとなんだかジェファーソン・エアプレインみたいな変化(ジェファーソン・エアプレイン→ジェファーソン・スターシップ→スターシップ)だなあと思った。

「ロンリー・ハート(Lonely Hearts)」 (作詩:大津あきら / 作曲:竹田和夫)



☆ クリエイション時代,特に「スピニング・トウ・ホールド」の印象が強いので,こんな凄いヴォーカルがいたんだと思ったら(最近教えてもらって)ザ・カーナビーツのアイ高野(アイ たかの、1951年1月12日 - 2006年4月1日)だった。カーナビーツと言えば本家ゾンビーズ(当然ヴォーカルはコリン・ブランストーン)をも圧倒した翻訳ポップスの大傑作「好きさ好きさ好きさ(I Love You)」のあのアイ高野を擁したグループサウンズだけど,確かにティーンエイジャー(彼が16歳の時の歌唱)であれだけの代表曲を持ってしまうことは後年の苦労が理解できる(後年の成功の規模は違うけどスティーヴ・ウインウッドもそうだし)。

☆ でもこの曲はテレビドラマを見ないぼくにとってもワン・アンド・オンリーの記憶に残るヒット曲だ。
【Notes】(Wikipediaの同曲の項より引用)
1981年4月~9月に、日本テレビ系列で火曜日夜21時より放映されたテレビドラマ「プロハンター」の主題歌に採用。また当ドラマ放送中のBGMも、クリエーションが担当した。

オリコンチャート上において、シングル発売当初は伸び悩んだが、1981年夏頃からじわじわと順位を上昇し、週間最高は8位まで上昇。37.7万枚を売上げ、1981年度の年間ランキングは37位。クリエーション(前バンド・クリエイション名義も含めて)としては最大のヒット・シングルである。

TBS系列の『ザ・ベストテン』では、シングル発売から5か月経過後の1981年9月24日放送時第9位に初登場。その後同年10月8日に最高の第8位迄ランクされ、10月22日放送時の第9位迄、合計で連続5週間ランクインされた。

☆ この頃はライヴァル局のタイアップソングでも放送する時代になっていた。それをやれなかった某FMのチャート番組は「スポンサーを元に戻せ」という抗議の葉書が来た(以前のスポンサーはタイアップに関係ない会社だったため)という笑えないエピソードもある。その頃の基準から言えば「タイアップ(=番宣)」でゲストを呼ぶ現代のテレビ局(NHKですらそうなっている)がネット(アマゾン・プライムビデオやネットフリックス)に負けるのも仕方ないように思えてしまう。

☆ テレビを見ていないぼくが言うのもおこがましいけど,この曲が主題歌だったドラマ「プロハンター」のスタッフを見たら主演の二人(草刈正雄と藤竜也)は旬のヒトだし,制作側は村川透,長谷部安春,崔洋一などこの手の作品(映画含む)をリードしていく監督が揃っていて,今のネットフリックスの活況にも似た現場だったんだろうなと思ってしまう。違いがあるとすればその頃の日本はまだ(今に比べても)まだ貧乏で「カネがない分知恵を出す」しかない時代だったのだろうなということだ。

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「フランス海岸」 (大沢誉志幸 1987年9月21日=アルバムリリース)



「フランス海岸」
(作詩:銀色夏生/作曲:大沢誉志幸/編曲:安部隆雄)


☆ 『まずいリズムでベルが鳴る』(1983年6月21日)で颯爽と大沢誉志幸は登場した(気がした)。銀色夏生とのコンビは1980年代の邦楽を代表するソングライター・チームの一つだと思っている。このコンビは「そして僕は途方に暮れる」(1984年9月21日)の大ヒットを生んだが,ぼく個人は87年の『SCRAP STORIES』が一押しだ。「フランス海岸」のどこか惚(とぼ)けたモダニズムは,ほろ苦さを余韻に残す名曲だと思っている。

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「夏のクラクション」 (稲垣潤一 1983年7月21日)



「夏のクラクション」
(作詩:売野雅勇、作曲:筒美京平、編曲:井上鑑)



☆ 売野雅勇は初期 中森明菜の一連作などの「尖った詩」で一時代を作った(今年亡くなった千家和也の70年代半ばの一連の作品と比較できる)。ただ「エッヂの立った作風」だけが彼の作詩の総てではないことは,このリリカルな詩の世界が静かに主張している。この曲では井上鑑のアレンジが出色で,一連のナイアガラ・シリーズを経て「音像の立体感」を高める仕上がり(特にコーラスパートだけを集中して聴いてほしい)が絶妙になっている。そこにバラードの名手というより「日本のマイケル・ボルトン」とでもいうべき稲垣潤一がしっとりと歌い上げるのだから,これで名曲でなければ何が名曲という作品になっている。だけど82年組の2年目というアイドル全盛時代(に加えてMTVもあって洋楽が意外と強かったこともあり)大ヒットとは至らずオリコン最高位25位という「記憶に残る」ヒット曲となった次第である。

☆ その頃,田舎から上京して関東地区の一角で暮らしていたぼくは,まだ学生気分が抜け切れず,毎日2時間の残業を経て9時頃独身寮に戻り,0時台の深夜ラジオ(ぼくの「アイドル」さんがDJをする日があった)を聴いて寝ていた。その夏に彼女の深夜放送で良くかかっていたヒット曲がこの曲だった。他にも色々かかっているはずなのだが,(彼女の持ち歌を除けば)これしか覚えていない。あの夏(関東地方で久しぶりに過ごした夏)も蒸し暑い夏だった。


☆ YouTubeのイラストはたぶん鈴木英人だろうが,このオープン(ポルシェ356 アメリカンロードスター)がカルマンギアだったらもっと良かった(カルマンギアのオープンモデルはレアモノだけどね^_^;)。しかし9月の「プレミアム・フライデー」がこの曲とは,どんだけ温暖化だよ(苦笑)。

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アンコールコール



☆ アンコールのコールはいろいろあって,一番単純なのが「アンコール!」と連呼する奴で,変型版には「日本チャチャチャ」の「日本」のところをグループ名に変える奴がある。どうもこれはフットボールの応援から来ているようだが(例:England!チャチャチャ)詳しいことは知らない。

☆ レイニーウッドが売れ始めた頃は,一番手っ取り早いプロモーションツアーは学祭のゲストだった。意外と学祭で鍛われたバンドは多い(その頂点が白井貴子とかの女のバンドだったと思う)。で,ぼくの街の某大学の学祭に彼らが出ることが分かり,ホイホイと切符を買って見に行った。

☆ 柳ジョージの印象はシャイな人だなというものだった。レイバンのサングラスでのパブリシティーは強面(こわもて)だと思っていたが,そうではなくて優しい目を意識的に隠していたのだろう。そういえば昔,渋谷陽一が評していたがサングラスが目(表情)を「隠す」のに対し化粧は逆に顔を「強調する」(=攻撃的だ)。たぶんその話は忌野清志郎の化粧の話だったのだろう。1980年頃はまだ男の化粧品は限定的であり,男の化粧は歌舞伎くらいしかなかった。

☆ サングラスの効果は目や顔の一部を晒さないというより,その間に着色されたレンズを入れることで自らを一歩退いている(客観視している)ということはあったと思う。だから浜田省吾はたぶん最後まで(パブリシティにおいて)サングラスを手放さないだろうし,かつて偶然彼が奥様と一緒にいるところをキャッチした写真週刊誌もサングラスを外した浜省はキャッチできなかった。

「雨に泣いてる...」 (柳ジョージ&レイニーウッド 1978年12月1日)



☆ で,その学祭でジョーさんはこのシングルのジャケットにあるように煙草を挿したままドリンク(酒かどうか不明)のカップを持ってたら客席から「煙草が渋い」と声がかかり,思わず照れていたのを思い出す。ミュージシャンと言う前にバンドマン(バンドリーダー)なんだなあと思ったものだ。

R.I.P. 柳ジョージ(1948.01.30~2011.10.10)
&萩原健一(1950.07.26~2019.03.26)


☆ ところでこの曲のタイトルはようつべのジャケットに表記通りは「雨に泣いてる...」で「雨に泣いてる」ではない。そう言えば「北斗の拳」(武論尊/原哲夫)のケンシロウの科白。第1巻の最初の科白は「おまえはもう死んでる」で「死んでる」ではない。

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「能古島の片想い」 (井上陽水 1972年12月10日=アルバムリリース)



☆ 博多湾は日本海側にあるので能古島から船が南に向かうと渡船場に着く(笑)。ちなみに能古渡船場から能古島までは15分ほど。井上陽水がいちばんリリカルなフォーク歌手だった時代はこのセカンドアルバム『センチメンタル』なのだと思うが,その中でも最もリリカルな曲がこの曲なんだろうと思う。

「能古島の片想い」 (作詩・作曲:井上陽水 編曲:星勝)



☆ 星勝のアレンジが焦眉で,デキシー風に振った後ストリングスで締めるコーダは絶品。初期の陽水は声のトーンが高い分,高音部で音が割れる(最初期の松田聖子のように),この時代の彼の曲がリリカルなのは,そうした声質も一因だろうと思う。


☆ しかし曲もアレンジも(おそらく詩も)ホントにビートルズ・チルドレンだなあ。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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