2018-07

「ネグレスコ・ホテル」 (BORO 1983年1月1日)




☆ 井上大輔(忠夫)は,1960年代を代表する名曲「ブルー・シャトウ」(ジャッキー吉川とブルーコメッツ 1967年3月15日)の作者として我が国のポピュラー音楽の歴史に名を刻む人である。でもぼくは個人的に彼の作・編曲の頂点にこの曲を推したい。イントロから示される荒涼感は,和モノAORを軽く突き抜けている。それはBOROの書いた詩ともシンクロして,映画的な情景を容易に浮かばせる「力」を持っている。「ブルー・シャトウ」に聴ける哀愁感は確かに日本人のメンタリティに強くアピールして(Wikipediaのブルーコメッツの解説が指摘するように)GSの日本化(=歌謡曲化)を招いたのは事実である。だがしかし,同じアメリカのロックンロールやリズム&ブルーズを母体としても英国に行けば英国流になるし,豪州や北欧に行けばやはりその風土の影響を受けて音楽のフレーム自体が変わっていく。ヨナ抜き音階だけが和風な作品でないのと同じように,ジャズやロックだって和モノに変化するのが音楽の本質だ。なぜなら,それがその時代にその場所で生きている人々が「聞いている」音楽というポピュラー音楽の特性であるからだ。

☆ 日本の風土と日本語。それをひとつの制約として捉えたとして,そこからいかに離れていくかが70年代の日本のポピュラー音楽の抱えた問題であった。最も大きな問題としては言語にあり,別の問題としては音楽の取り込み方があった。日本語という制約から自由になるために日本語を捨てるという選択もあったが,そこに踏みとどまり「日本語でロックを語ること」から日本の70年代ロックの進歩が始まった。たぶん同じことは75/57調という言語的制約を飛び越えようとした90年代以降の日本のラップ/ヒップホップのミュージシャン達にもあったのだと思う。

☆ そういう制約から離れて楽曲至上主義的なアプローチを目指したミュージシャンも多かった。90年代半ばくらいまでの山下達郎はその典型だと思う。井上大輔のこの曲にもそうしたアプローチを感じる。曲のタイトルに採られた「オテル・ネグレスコ」は南仏ニースのリヴィエラ海岸にある著名な5つ星ホテルで,BOROの詩の描くアメリカ西部の情景とはかなり違うのだが,そういう感慨に有無を言わせないのがこの曲であり,アレンジである。

「ネグレスコ・ホテル」 (作詩:BORO / 作・編曲:井上大輔)



☆ おそらくこの「荒涼(荒寥)感」はBOROの感情を溢れさせたヴォーカルが招く部分が大きいのだと思う(実はこの曲が大好きでカラオケでたま~に歌うのだが,そのたびに自爆してしまう=笑=)。ヴォーカルの持つ熱量の高さを確(しっか)りと受け止め,余韻さえ残させる端正なアレンジは上質の洋酒のようにほろ苦く,薫り立つ。ノーブルと言っても良いくらいだ。この曲はそのヒットの大きさと関係なく,1980年代を代表する曲の一つに挙げられるべき作品であると思う。

NOTES (削除された別のYouTube投稿者の記載による)
「シンビーノ」CMソング 
アルバム「A LITTLE BEST SONGS」収録 
アルバムのミュージシャンクレジットはこちら↓
【Guitars】 速水清司・今剛【Bass】上阪さとる・美久月千春 
【Keyboards】深町栄・難波正司・山田秀俊 
【Percussion】成田昭彦・浜口茂外也 
【Drums】鈴木二朗・林立夫 森本尚幸




☆ そういえばこの曲が(それなりに)ヒットしていた頃に,BOROがCX「夜のヒットスタジオ」に出たことがあって,他の出演者のセットが全て終わった後に,なんとなく別セットで歌い始めるまで「出演ないのかな?」と訝しく思ったことを思い出す。あれだったら「ミュージック・フェア」の方が良かったかもしれない(笑)。
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「破れたハートを売り物に」 (甲斐バンド 1981年9月21日)



☆ 甲斐よしひろは本質的なロマンチストである。甲斐が書いてきた卓越した作品(「翼あるもの」,「Lady」,「安奈」,「Season」など)には共通のヒロインがいて,それは甲斐よしひろが作り出した(実在しない)ひとつのイデーである。イデー(イデア)はプラトンの言葉で大辞林にはこう書いてある「プラトン哲学の中心概念。個々の事物をそのものたらしめている根拠である真の実在」。

「破れたハートを売り物に」(作詩・作曲:甲斐よしひろ)
※「(マイナス)シングル・コレクションVol.2 (1990年12月19日)」ヴァージョン



☆ 良く知られた「シンセ・ドラムが躍動し過ぎる」シングル・ヴァージョンから肝心のシンセ・ドラムを差し引いたヴァージョンで,メッセージ性はこちらの方が高い。この曲のヒロインも実在しない。いまだに「ひとりぼっち」の主人公の心の中に密やかに棲んでいるだけの存在である。甲斐よしひろは当時この曲について「ひとりぼっちは嫌だ」がキーワードだというようなことを話しているが,それはこの曲の主人公の存在自身であり,彼を取り巻いている関係性のない「世間」との対比でもある。

☆ 近代に個人主義が確立することで,多くの(若い)人は地縁や血縁の軛(くびき)から自由になった。しかし「自由になる」ということは,同時に「すべての物事に自分で責任を持つ」ということでなければならない。そこに「孤独な群衆(デヴィッド・リースマン)」が発生する理由があり,その「孤独」の中からいかに新しい「関係性」を他者との間で取り結んでいくのかという課題が,この時代の主力テーマになっていくのである。

☆ ポピュラー音楽の世界はそうしたセンシティヴな要素が一番表面に出てくる世界であり,甲斐やほぼ同世代である浜田省吾や山下達郎にも同じようなテーマが歌(歌詩)づくりのバックグラウンドになっている(歌詩の現れ方に差はあるが,松山千春なども同じ指向を持っている)。

☆ この曲の主人公は,つかこうへいの言う「傷つくことだけ上手になって」いる存在で,彼がが引き摺るものは甲斐が採取したプレスリーの曲名(ただし曲名のみ)「One Broken Heart for Sale」である。で,これを書くとまたぞろ「剽窃ですか」と言い出す手合いが出てくるのだが,じゃあその「売り物」は誰に対して「売り物にしているのか?」と問いたい。あのね。この主人公は「マッチ売りの少女」と同じなのだよ。そのハートは(さしあたって,もしかすると少女と同じように死ぬまで)自分にしか「売れない」のだよ。だからこの曲は「One」が入らない。むしろ「Every Broken Heart for Sale」なのである。ひとりの問題なんじゃない。群衆ひとりひとりの問題を(不肖^^;)甲斐よしひろが代表して歌っているのだ。

☆ そのメッセージは「漂泊者(アウトロー)」の「誰か俺に愛をくれ」「ひとりぼっちじゃ生きられないさ」と双子をなす。それは「どこにもいない=どこかにいる」,「おまえ」を「見つけ出して」,「二人で」「越えていく」ことを夢見て「さまよう」という図式である。これがロマンチズムでなくて何だというのか。

Live Act Against AIDS '93 (Unplugged Version)


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「Come On Eileen」 (Dexys Midnight Runners 1982年6月25日)~Too Rye Ayeの謎が解ける




☆ アメリカのチャートにしか興味のない人には,80年代を代表する "OHW" の1曲なんだろうが(大ッ嫌いなコトバなので,略称しか書かない),デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの「カモン・アイリーン」は不思議なテイストを持った作品だった。ケヴィン・ローランドが2トーン・ムーヴメントの掉尾にデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズを率いて英国シーンに登場した時,1960年代の英国北部で好まれたノーザン・ソウルの継承者(New Soul Vision)として彼は名乗りを上げ,ほどなくプレス(音楽紙業界)と徹底的に対立する。2トーン・ムーヴメントもThe (English) BeatとUB40の登場で音楽的段階を進めていたし,スペシャルズは分裂し,マッドネスは我が道を歩み始めた(そういえばそのどさくさの中から出てきたのがバナナラマだったりするのだが)。こうしたムーヴメントの変化と関係ないところで「トランペットがプレイするバンド」(マーク・ノップラー:ダイアー・ストレイツ「悲しきサルタン」の歌詩)が新たなムーヴメントを作り出すのに成功し,天才ケヴィン・ローランドはそれに飽き足らずバンドの方向を勝手に変えてしまう。称して「ケルティック・ソウル」。

Come On Eileen
(Kevin Rowland / Jim Paterson / Billy Adams)



☆ アイルランドにルーツを持つミュージシャンは多い。ジョン・レノンもそうだし,数年前の夏に「Oliver's Army」を解析したエルヴィス・コステロもそうだ。ケヴィン・ローランドもそうしたミュージシャンのひとりとして誰も見たことも聴いたこともない「ケルティック・ソウル」を勝手に創り出してしまった。そのアルバムのタイトルが『Too Rye Aye(女の泪はワザモンだ!!)』という滅茶苦茶な邦題がついたセカンド・アルバムである。この原題,長いこと意味が分からなかったのだが,この間偶然読んだ本にその答えらしきものが載っていた。それもデキシーズとは何の関係もないところに。。。


同書P.101より引用(これは19世紀以降の米国の船乗りの歌について書かれた部分である)
> (前略部分には船上では出身や肌の色による差別は陸上ほどないということが書かれてある) また,多人種間で優秀と認められていたのがハワイ人だった。ハワイ人は現地語でハワイ人を意味する「カナカ」を姓にして歌に登場することが多く,「ジョン・カナカ」といえばハワイ人の水夫のことである。「船長の声が聞こえた気がしたぞ / ジョンカナカナカ / トゥーレイアイ / 仕事はあした 今日は休み / ジョンカナカナカ / トゥーレイアイ」(「トゥーレイアイ」はアイルランドの歌にある合いの手で,特に意味はない)。

☆ これだ。確かに「カモン・アイリーン」の中でもこの言葉は合いの手のように使われているし,意味もない。だとしたら,変な邦題付ける前に素直に『トゥー・レイ・アイ』で邦盤リリースしとけばよかったのだろうけど,それじゃあ誰も意味が分からないことになるのか。この記述を見てピンと来たのは,このアルバムが前作の「ノーザン・ソウル・リヴァイヴァル」から "アイリッシュ海を越え" 「ケルティック・ソウル」と展開を遂げたことだ。つまり
> 「トゥーレイアイ」はアイルランドの歌にある合いの手
だということ。

Notes(Wikipedia英語版より)
最高位(週間)
No.1:全米(ビルボード/キャッシュボックスとも),豪州,ベルギー,アイルランド,ニュージーランド,南アフリカ,スイス,全英
第2位:カナダ、第4位:オランダ、第5位:フランス、第6位:西独 
(年間=1982年)
No.1:全英、第5位:ニュージーランド、第8位:ベルギー、12位:豪州、28位:オランダ、32位:カナダ
(1983年)12位=全米(ビルボード)、13位(キャッシュボックス)
> The song reached number one in the United States on the Billboard Hot 100 charts during the week ending 23 April 1983.
この曲は1983年4月23日付ビルボードHot100の第1位となった。
"Come on Eileen" prevented Michael Jackson from having back-to-back number one hits in the US: "Billie Jean" was the number one single the previous week, while "Beat It" was the number one song the following week.
「カモン・アイリーン」は,マイケル・ジャクソンの二つのナンバーワン・ソング(「ビリー・ジーン」と「今夜はビート・イット」)に挟まれる形でナンバーワンになっている。

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朱夏(その2) 「嵐の季節」 (甲斐バンド 1978年10月5日=アルバムリリース)




「嵐の季節」 (作詩・作曲:甲斐よしひろ)



☆ ライブで叩き上げてきたミュージシャンは絶対的に強い。70年代の日本ではそんなミュージシャン達がごろごろしていた。しかもマネージメントが近いところに集まっていて,それはこの国のショウビズを歌謡曲からニュー・ミュージックを経てJ-POPに移動させる原動力となった。そのラインにいたミュージシャンは井上陽水であり忌野清志郎であり浜田省吾であり山下達郎であり,そして甲斐よしひろだった。このラインの背景にひとつの事務所が浮かんでくるが,今さらショウビズの話はしない。なぜなら名前を挙げたミュージシャン達は全て浮き沈みはあったがライブで徹底的に鍛えられ(生きている者は皆)現役のミュージシャンであるからだ。

☆ フォークブームの掉尾を飾るように上京しヒット曲にも恵まれたものの,一時的なブームの後で長いロードで鍛え上げざるをえない時代を越え,ようやく手応えを感じ始めた時,本当のスポットライトが注ぎ込む。それはフォークがニュー・ミュージックとパッケージを変えることで音楽のあり方を変えることを求められる代わりにシーンへの切符を次々に渡されるという状況だった。もともとの「フォーク・ブーム」とは関係無いところから音楽を目指した者達は,語るべき言葉と音を用意しシーンの中に堂々と乗り込んでいく。それは短かった春の次にやって来る「夏の時代」だった。

☆ 誰とは書かないが,この時代にデビューしたある作家のことを思い出す。上目で睨みつける顔を肖像写真に使っていたのは彼が描く小説の世界と濃密な関係があったのだろうが,その地べたからの視線(目線?そんな「へたれたコトバ」は当時存在しなかった)は世の中を捉まえようとする作家の強烈な意思を感じさせた。そういう人は当然今も現役で怒涛の如く書き続けているし,近影をみても本質は変わらない視線に相変わらず射竦(すく)められることになる。

☆ この世界に似ているのだ。このアルバムに流れる甲斐よしひろの視線あるいは視点が。それは明らかに自分の目の前に来た夏を捉まえんとする視点である。この意思があってCMのタイアップは成功を約束されたのであろう。しかし大事なのは露出の機会ではなく,捉まえる意思の強さなのである。

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ソングライター・チームの変遷(その2)


イースト・サイド・ストーリー(紙ジャケット仕様)イースト・サイド・ストーリー(紙ジャケット仕様)
(2007/04/25)
スクイーズ

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初出:2010年9月23日 (歌詩表示のみ)

2012年1月31日
☆ 今でこそスクィーズの代表曲になっているこの曲だが,当時は全く売れていない(全英41位,カナダ45位,全米49位,全豪90位,日本に至ってはシングルはおろかアルバムすら当時は未発売)。既にニュー・ロマンティックやファンカラティーナといった新しいポップにニューウエーブが移行しつつあったことも背景にある。ただ流行色の強いブームが去るとこういう曲が「発掘」されるのは良くある話で,この曲もそうやって再評価された。

☆ リード・ヴォーカルは当時スクィーズに加わっていたポール・キャラック。2番の途中に入るヴォーカルはこの曲とアルバムのプロデューサーでもあったエルヴィス・コステロと曲の作者でもあるグレン・ティルブリック。また,バックコーラスはコステロと当時ソロ活動を始めたばかりのポール・ヤング(と英語版Wikipediaのこの曲の解説に書いてあった)。

☆ こうして彼は悔い改めるのだが...というのがこの歌詩(下記参照)。ディフォードとティルブリックが「80年代のレノン/マッカートニー」の異名を取った時期の名作のひとつだ。

2013年7月16日
☆ スクィーズ(Squeeze)の第4作『イースト・サイド・ストーリー』は,LP時代は国内盤すら出なかった。数年前に紙ジャケットで発売された時に逃さず手に入れて本当に良かったと思っている(笑)。アルバムの3曲目に入っている「Tempted」はシングル・カットされたが大したヒットにならなかった(UK #41, Canada #45, US #49, Australia #90)。

☆ この曲のオリジナルは,当時スクィーズのキーボードを担当していたポール・キャラックがリード・ヴォーカルを取っていた。しかし程なくキャラックはスクィーズを脱退(その後一時的に復帰するも再度脱退)し,グレン・ティルブリックが代わりに歌っている。

☆ Wikipediaのこの曲の項を見ると,シングル・カットした時点ではヒットしなかったこの曲だが,その後いろいろな使われ方をしている。バーガーキングやハイネケンはCMソングに使用し,ビデオゲーム(テレビゲーム)の「Grand Theft Auto: Vice City(2002)」や「Rock Band(2007)」に使われている。You Tubeを見る限り,その事がこの曲の評価を歪めているとしか思えず,心が痛む。

☆ アマゾンのレビュアーの多くが指摘しているように,このアルバムはスクィーズの最高傑作と言って良く,その象徴のような佳曲がこの曲だと思う。


2014年5月19日

East Side StoryEast Side Story
(2006/06/22)
Squeeze

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Tempted (Glenn Tilbrook / Chris Difford)


I bought a toothbrush, some toothpaste
歯ブラシと歯磨き粉を買ったんだ
A flannel for my face
顔を拭くフランネルのタオルや
Pyjamas, a hairbrush
パジャマやヘアブラシも買った
New shoes and a case
新しい靴や鞄もね
I said to my reflection
鏡に映った自分にこう言った
Let's get out of this place
さあ,ここから出て行こう

Past the church and the steeple
教会の尖塔の前を通り抜けるのさ
The laundry on the hill
丘のところにある洗濯屋の前を過ぎて
Billboards and the buildings
広告看板やら建物の前を過ぎる頃に
Memories of it still
むかしの記憶がまだ
Keep calling and calling
ぼくのことを呼んでいるだろうが
But forget it all
全部忘れてしまえ
I know I will
そうした方が良いのは分かってるのさ

Tempted by the fruit of another
愚かにも誘惑の果実を口にして
Tempted but the truth is discovered
誘惑された。その事実が明るみにされた
What's been going on
何をどう続ければいいというのか
Now that you have gone
今や君は立ち去ってしまった
There's no other
そこには誰も残っていない
Tempted by the fruit of another
愚かにも誘惑の果実を口にして
Tempted but the truth is discovered
誘惑されただけ。でも,その事実だけが残ったのさ

I'm at the car park, the airport
空港の駐車場に来た
The baggage carousel
手荷物検査場では
The people keep on crowding
人々がいつものように群がっている
I'm wishing I was well
ぼくは自分がもう少ししっかりしてたらと思っている
I said it's no occasion
ぼくは言った。なにも起っちゃいないのさ
It's no story I could tell
きみに言い訳するような話は無いんだよ

At my bedside empty pocket
ぼくのベッドの脇はからっぽのポケットだし
A foot without a sock
足は靴下すら履いていない
Your body gets much closer
きみの身体がもっと近づくと
I fumble for the clock
ぼくは思わず時計に手を伸ばしそうになる
Alarmed by the seduction
誘惑された不安に囚われてしまって
I wish that it would stop
その警告音が止んでくれればと思ってしまう

Tempted by the fruit of another
愚かにも誘惑の果実を口にして
Tempted but the truth is discovered
誘惑された。その事実が明るみにされた
What's been going on
何をどう続ければいいというのか
Now that you have gone
今や君は立ち去ってしまった
There's no other
そこには誰も残っていない
Tempted by the fruit of another
愚かにも誘惑の果実を口にして
Tempted but the truth is discovered
誘惑されただけ。でも,その事実だけが残ったのさ

I bought a novel, some perfume
ぼくは小説本と香水を買った
A fortune all for you
君に幸運が届きますようにと
But it's not my conscience
でもそれはぼくの良心からのものじゃなかった
That hates to be untrue
不実だと嫌われるだけのもの
I asked of my reflection
ぼくは鏡に映った自分にこう問いかけるだけ
Tell me what is there to do
ぼくはこれからどこでどうすればいいんだ

Tempted by the fruit of another
愚かにも誘惑の果実を口にして
Tempted but the truth is discovered
誘惑された。その事実が明るみにされたのだ
What's been going on
何をどう続ければいいというのか
Now that you have gone
今や君は立ち去ってしまった
There's no other
そこには誰も残っていない
Tempted by the fruit of another
愚かにも誘惑の果実を口にして
Tempted but the truth is discovered
誘惑されただけ。でも,その事実だけが残ったのさ

Tempted by the fruit of another
愚かにも誘惑の果実を口にして
Tempted but the truth is discovered
誘惑された。その事実が明るみにされたのだ

(Repeat 4 Times and Fade away)



2017年5月19日付記

☆ スクィーズはニューウエイブ・ムーブメントの中でエレポップに近い位置でスタートしたが,本質はキンクスに通じるイギリス人らしいひねりの効いたメインストリーム・ロックだと思う。だからエルヴィス・コステロが彼らをプロデュースするというのはピッタリはまっていると思う(少なくともトッド・ラングレンがXTCをプロデュースしようとしてアンディー・パートリッジと揉めに揉めるなんて話よりは(〃▽〃))。

☆ 上にも書いたように,ディフォード/ティルブリックは80年代のレノン/マッカートニーとまで言われたのだが,日本ではどこで間違ったのか「通好みロック」の列に並ばされてしまい,それでも熱心なファンがいれば来日も出来るわけでそれはそれで目出度い話なのである(苦笑)。スクィーズが通好みで終わったのは彼らがバンドのためのソングライター・チームであったことが最大の原因だろうと思う。


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Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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