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2020-01

「Slip Slidin' Away」 (ポール・サイモン 1977年10月)



初出:2013年3月5日(歌詩のみ)




Slip Slidin' Away (P.Simon)

Slip slidin' away
Slip slidin' away
You know the nearer your destination
The more you're slip slidin' away

I know a man
He came from my home town
He wore his passion for his woman
Like a thorny crown
He said Dolores

I live in fear
My love for you's so overpowering
I'm afraid that I will disappear

Slip slidin' away
Slip slidin' away
You know the nearer your destination
The more you're slip slidin' away

I know a woman
Became a wife
These are the very words she uses
To describe her life
She said a good day
Ain't got no rain
She said a bad day's when I lie in bed
And think of things that might have been

Slip slidin' away
Slip slidin' away
You know the nearer your destination
The more you're slip slidin' away

And I know a fa-ther
Who had a son
He longed to tell him all the reasons
For the things he'd done
He came a long way
Just to explain
He kissed his boy as he lay sleeping
Then he turned around and headed home again

Slip slidin' away
Slip slidin' away
You know the nearer your destination
The more you're slip slidin' away

God only knows
God makes his plan
The information's unavailable
To the mortal man
We're working our jobs
Collect our pay
Believe we're gliding down the highway
When in fact we're slip slidin' away

Slip slidin' away
Slip slidin' away
You know the nearer your destination
The more you're slip slidin' away

Slip slidin' away
You know the nearer your destination
The more you're slip slidin' away
Mmm...

2020年1月23日

☆ 1978年の今頃のチャートを見るためBillboard Hot100 の78年1月21日付を見ていた。このネタは「その頃のチャート」で使いまわせるのだが(自爆),ポール・サイモンのこの曲は最高位近くの第6位にいた。この週を見てると7位「ヘイ・ディニー」(ショーン・キャシディ),11位「浮気なスー」(レイフ・ギャレット),14位「ラブ・イズ・シッカー・ザン・ウォーター」(アンディ・ギブ)とこの当時の米国アイドル男性歌手御三家が顔を合わせている。もちろんNo.1の「ベイビー・カム・バック」(プレイヤー)は本邦A.O.R.ファンのネ申曲だし(爆),『サタデー・ナイト・フィーバー』旋風が始まったばかりのビージーズ「愛はきらめきの中に」が2位。ドリー・パートン「Here You Come Again(愛のほほえみ...だったと思う)」が3位となかなか面白いチャート。

☆ これはサイモンが米CBSレコードに一区切りつけた『グレイテスト・ヒッツ(エトセトラ)』からの曲で,個人的にはかなり好きな曲。下手に訳そうと思ったが最近の多忙に負けて時間が取れなかった(自爆)。

PERSONNEL

Paul Simon - vocals, acoustic guitar
Richard Tee - Fender Rhodes
Anthony Jackson - bass guitar
Steve Gadd - drums
Ralph MacDonald - temple blocks, triangle, tambourine, shakers
The Oak Ridge Boys - backing vocals

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テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「波(Wave)」 (アントニオ・カルロス・ジョビン 1967年9月=アルバムリリース)


初出:2013年8月23日

WaveWave
(1990/10/25)
Antonio Carlos Jobim

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☆ トム・ジョビンの『波』のジャケット写真は元々は上記の緑色のものだった。しかしなぜか理由は分からないが,今は下にあるオレンジ色のものに代わっている。

波
(2013/06/19)
アントニオ・カルロス・ジョビン

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☆ 我が国でジョビンに比すべき作曲家は誰だろうと考えてみたが,古賀政男か服部良一だろうなと思った。その音楽が成立した民族的背景を考えれば古賀メロディーだろうが,音楽の位置(ボッサ・ノヴァ)の近似性からだと服部良一かもしれない。

☆ ジョビンのどこが魅力的かといえばそのピアノのタッチだろう。この曲では間奏のピアノのタッチが実に官能的だと思う。

PERSONNEL:
Lewis Eley, Paul Gershman, Louis Haber, Julius Held,
Emanuel Green, Leo Kruczek, Harry Lookofsky,
Joseph Malignaggi, Irving Spice, Louis Stone,
Raoul Poliakin, Gene Orloff (violin),
Harvey Shapiro, George Ricci, Charles McCracken,
Abe Kessler (cello),
Joseph Singer (french horn),
Urbie Green, Jimmy Cleveland (trombone),
Raymond Beckenstein, Romeo Penque, Jerome Richardson (flute, piccolo),
Antonio Carlos Jobim (piano, guitar),
Ron Carter (bass), Claudio Slon (drums),
Dom Um Romao, Bobby Rosengarden (percussion),
Claus Ogerman (arrange, conduct)

2015年5月13日(2020年1月21日追記)

波
(2014/06/11)
アントニオ・カルロス・ジョビン

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☆ ジョビンがCTIレーベルに残した作品は,昔であれば「イージーリスニング」の言葉で括られたと思うが,今の時代から評価し直しするならば「60年代末に既にそこにあったフュージョン」であり「20年早かったウインダム・ヒル的世界」だったかもしれない。この曲を見つけて英語詩をつけて歌ったフランク・シナトラはさすがと言うべきであると思う。

Wave (Antonio Carlos Jobim) ※発売時のジャケットは緑色



☆ ちなみにこの曲の英語版Wikipediaの「Notable recordings」一覧には名だたる歌手に混じって日本人で唯一松原みきの名前が挙がっているのが興味深い。

「WAVE」 (Covered by 松原みき 1984年10月21日=アルバムリリース)
(Antonio Carlos Jobim / Arranged by Norio MAEDA)



※同じ曲。今はこのオレンジ色でA&Mのロゴ入りのものに変わった。



☆ いつも同じことを書いているのだが,間奏のジョビンのピアノ・タッチが実に官能的だと思う。彼はブラジル人らしくエピキュリアンのところがあって艶話もある(例えば日本のピアノは女性のように云々とか)。60年代のジャズシーンなど全く僕の理解の外にあるのだが,モダン・ジャズがバップからフリーを経てエレクトリック・ジャズ(クロスオーヴァー/フュージョン)に移っていったのだろうとは思っている(ジャズおじさん達にこの一文が見つかりませんように^。^;)。

☆ ジョビンがこの作品を書いた頃はボッサ(ノヴァ)は既に名前ほどノヴァな(新しい)音楽ではなくなっていたが,ワールド・ミュージックの先駆としての位置を彼の音楽は得ていただろうと思う。「カフェで聴くお洒落な音楽」という誤解と共にボッサが定着したのは,彼等に続く世代には「困ったレッテル」だったとも思う。でもこのピアノタッチはエピキュリアンの奏でる究極の快楽のようでもある(こんなこと書くから...)

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「How Deep Is Your Love(愛はきらめきの中に)」 (Bee Gees 1977年9月)


初出:2007年12月10日

サタデー・ナイト・フィーバーサタデー・ナイト・フィーバー
(2007/09/26)
サントラ、クール&ザ・ギャング 他

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☆ 『サタデー・ナイト・フィーバー』を発表したのはRSOというレーベルだったが,翌78年の同社のボーナスは社員に家一軒と自動車一台だったと当時,小林克也が話していた。あたしはその放送を聞いただけで,真偽のほどは知らない。ただ,数年後,この好景気の反動からRSOレーベルは倒産してしまう。これもどこかで記事を見ただけで実際のところは分からない。はっきりしているのは,この2枚組のサウンドトラックが「物凄く売れた」という事実と,これをきっかけに80年代前半までやたらサウンドトラックアルバムが売れる時代が来るということである。

☆ 1977年末の全米チャートは,デビー・ブーンとアンディ・ギブの二人の若いミュージシャンが話題を浚っていた。前者はパット・ブーンの娘で後者はビージーズのギブ兄弟の弟だったが,ともかくも凄いブームだったことには間違いない。デビーのスロー・バラード「You Light Up My Life」はいま聴いても良い曲(ただし邦題の「恋するデビー」は何とかして欲しい^^)で,前年のロッド・スチュワートを超える長期No.1ヒットとなった。

☆ そんな訳で,シングルチャートで大旋風が起こっていた頃,アダルト・コンテンポラリー・チャートに居座っていたのが,ビージーズのこの曲である。これも今聴いてもやはり良い曲だ。しっとりとしたモデレートなバラードだ。もっとも世間的にはこの次のシングルから「大フィーバー」となってしまうのだが。

How Deep Is Your Love
(Barry Gibb / Robin Gibb / Maurice Gibb)


☆ フィーバー期の日本(笑)でビージーズに向けられた冷たい視線は,「小さな恋のメロディ」の反動が大きい。しかしビージーズのダンス路線はこの曲よりも前に「ジャイブ・トーキン」で全米No.1を奪取した時から始まっていたから,洋楽のチャートマニアには「何を今さら...」てな優越感があったかもしれない。 「"ジャイブ・トーキン"とか"ユー・シュッド・ビー・ダンシン"が全米でヒットしてたの,知らなかったの?」てな具合だ。嫌なガキだねぇ(爆)。

☆ フィーバー話は別の機会に譲るとして,この曲。アダルト・コンテンポラリーチャートではダントツの一位だった。同じ頃リンダ・ロンシュタッドがロイ・オービソンの美しいバラード「ブルー・バイユー」でこれを猛追するも届かず。リンダマニア(当時)としては悔しい思いをしたということも今となってはちと懐かしい。30年経ってギブ兄弟の二人も早世したアンディの後を追うように今は亡く,ビージーズという美しいコーラスグループはもうその影も形も残っていない。それが世の倣いゆえ,凡庸な聴き手としてはただ「あの日」の感傷に浸りながら,しばしその声を愛でるだけである。


2019年12月16日付記

☆ この曲が『サタデー・ナイト・フィーバー』の爆発的ブームの扉を開いた事実は,ビルボードHot100のチャートからも容易に分かる。

Billboard Hot 100 1977~78年
9/24 83位(New Entry)→49位(10/1)→34位(10/8)→24位(10/15)→20位(10/22)→15位(10/29)→11位(11/5)→9位(11/12)→6位(11/19)→3位(11/26)→3位(12/3)→3位(12/10)→2位(12/17)→No.1(12/24)→No.1(12/31)→No.1(1/7)→2位(1/14)→2位(1/21)→7位(1/28)→7位(2/4)→10位(2/11)→10位(2/18)→10位(2/25)→10位(3/4)→15位(3/11)→35位(3/18)→33位(3/25)→32位(4/1)→48位(4/8)→49位(4/15)→55位(4/22)→55位(4/29)→59位(5/6)→ランク外(5/13)

☆ No.1こそ3週だが(理由はデビー・ブーン「You Light Up My Life」のメガヒットや先に紹介済みのクリスタル・ゲイル「Don't Make My Brown Eyes Blue」のような有力曲に上位進出をしばらく阻まれたこと)Hot10在位17週は驚異的だし,その後も30位台で踏みとどまるなど,大ヒット曲特有の面白い現象を示している。

最高位
No.1:全米(ビルボード,キャッシュボックス,ラジオ&レコーズ),ブラジル,カナダ,チリ,フィンランド,フランス
第2位:全米(レコードワールド),アイルランド,イタリア,南ア
第3位:豪州,英国  第4位:スウェーデン 第5位:ノルウエー
第6位:ベルギー,ニュージーランド 第7位:スペイン
第8位:オランダ 第21位:西独 不明:日本

ビルボード・オールタイム・チャート(1958–2018)第42位


☆ 77年末~78年初には「長寿曲」が目立った。後で田中康夫が有名にしてくれたポール・デイヴィス「I Go Crazy」は,その後ソフト・セル「Taited Love」に抜かれるまでHot100在位最長を誇ったし,この曲だってニューエントリーから33週もHot100に留まっていて,なおかつHot40には26週(半年!)も留まっていた。

【ご参考】
Linda Ronstadt ベストチャート(本文参照)
1977年12月17日付
1.You Light Up My Life (Debby Boone)
2.How Deep Is Your Love (Bee Gees)
3.Blue Bayou (Linda Ronstadt)
4.Don't It Make My Brown Eyes Blue (Crystal Gayle)
5.It's So Easy (Linda Ronstadt)

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「Kiss of Life」 (SADE 1993年4月26日)


初出:2011年12月6日(2019年12月12日内容修正・追加)

SADE Kiiss of Life Cover

☆ シャーデーは寡作なバンドである。最初の三作こそ1984年(『ダイヤモンド・ライフ』)85年(『プロミス』)88年(『ストロンガー・ザン・プライド』)と続いたが,92年に『Love Deluxe』を出した後は,2000年『Lovers Rock』2010年『Soldior of Love』というペースだ。ライブも少なく,今年(注:2011年)10年ぶりのツアーを行っていて,今月(注:12月)の豪州,そして最後にドバイで終了ということで東アジアの予定はなかったのが残念だ。

Kiss of Life (1993年4月26日)
(Sade Adu /Stuart Matthewman / Andrew Hale / Paul Spencer Denman)


☆ この曲は『Love Deluxe』からの3枚目のシングルとして1993年4月にリリースされた。今回のツアーセット・リストにも入っている秀逸な小品である。このアルバムの後比較的長い休止時期があったのは彼女の個人的な事情(子育てなど)があったようだが,その辺の事情は最新のコンピレーション盤である『The Ultimate Collection』のライナーノーツに詳しい。興味がある方は是非一読を。

最高位
Billboard Hot100:78位,Hot R&B/Hip-Hop Songs:10位,Adult Contemporary:20位、全英:44位

アルティメイト・コレクション(初回生産限定盤)(DVD付)アルティメイト・コレクション(初回生産限定盤)(DVD付)
(2011/06/22)
シャーデー

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☆ こうやって聴いていると彼女の作品の中で最もクワイエット・ストーム色が強い作品だと思う。シャーデーはロンドンのクラブシーンから彗星のように登場したのでどうしても「お洒落系」と思われてしまうが,彼女(アドゥ)自身は明らかにそういう系ではなく,もっとナチュラルというかロハス的な人のように感じられる。シーンとの距離の取り方も意識的だし,70年代の後半にジョン(レノン)がやったことをもっとナチュラルな形でやり遂げてしまったような印象がある。ぼくにとってはそれは悪くないことだと感じられる。

シャーデー: ラヴァーズ・ライヴ [DVD]シャーデー: ラヴァーズ・ライヴ [DVD]
(2002/06/19)
シャーデー

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☆ 90年代に「クラブ」じゃなくて「大人ディスコ」があったら,こんな感じで踊る人がたくさんいたんだろうなと思う(^_^)。

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「Special to Me」 (Bobby Caldwell 1978年)


Special to Me (Bobby Caldwell / Marsha Radcliffe)


Wikipedia(英語版)の彼の項目に,ものすごく興味深いことが書いてある。

> Bobby Caldwell was born in Manhattan, but grew up in Miami.
ボビー・コールドウエルはマンハッタン生まれだがマイアミで育った。
> His mother sold real estate and one of her clients was reggae singer Bob Marley; Caldwell and Marley became friends.
彼の母親は不動産売買をしており,その顧客の一人にレゲエ・シンガーのボブ・マーリィがおり,コールドウエルはマーリーと仲良くなった。
> Growing up in Miami exposed Caldwell to a variety of music such as Haitian, Latin, reggae and R&B.
マイアミで育つ中,コールドウエルはさまざまな音楽の影響を受けた。それはハイチ音楽,ラテン音楽,レゲエ,そしてリズム&ブルースだった。

☆ この記述は彼が単にAOR(アメリカではアダルト・コンテンポラリー・ミュージックになるとわざわざ注釈がついている)やブルー・アイド・ソウルで売ってきた訳でも,目先を変えるためにレゲエに挑戦した訳でもないことが分かる。そしてこの解説にはさらに興味深いことが書いてある。

> Singer Boz Scaggs advised Caldwell to write songs for other musicians after TK Records shut down.
ボズ・スキャッグスは(コールドウエルがレコードを出していた)TKレコーズが倒産した後で彼に他のミュージシャンに曲を書くことを提案した。

> Caldwell wrote "The Next Time I Fall", which became a hit for Amy Grant and Peter Cetera,and songs for Roy Ayers, Chicago, Natalie Cole, Neil Diamond, Roberta Flack, Al Jarreau and Boz Scaggs.
コールドウエルは "The Next Time I Fall" という曲を書きエイミー・グラントとピーター・セテラ(元シカゴ)がデュエットしたその曲はヒットを記録した。彼はまたロイ・エアーズ,シカゴ,ナタリー・コール,ロバータ・フラック,アル・ジャロウそしてボズ・スキャッグスに曲を提供した。

☆ ボビー・コールドウエルが出てきた時,ボズ・スキャッグスのコピーであるかのような冷めた見方があった。だからボズが80年代前半の休息期間を経てボビーの「ハート・オブ・マイン」をタイトルにしたアルバムを発表した時,それらの人が腰を抜かしたのは言うまでもない(笑)が,Wikipediaのこのエピソードは,もっと知られても良いのではないかと思う。

☆ このWikipediaの記述から分かったことが幾つかある。

(1) ボビー・コールドウエルがTKレコードからデビューした理由
→・マイアミに住んでいて,そこにあった独立系レーベルだった。
 ・KC&ザ・サンシャインバンドが大当たりして新人を抱える余力があった。
 ・R&B,ソウル系の音に強く,ボビーの音楽志向に合っていた。
→だから白人であることが分からないようジャケットをイラストにした。
(翌年,テキサス州サンアントニオ出身のミュージシャンが同じ手法を用いた。クリストファー・クロスだ。)

(2) ボズがボビーの作品を取り上げた理由
→・TKレコードが81年に破産した時,ボズ自身が一時リタイア中で音楽から離れていた。
(聞いた話ではロブスター料理のお店などをやっていたらしい。)
 ・ボズ自身,ヒットを掴むまで下積みが長かったし,AORも,この時は既にトレンドでなかった。
(この時代は明らかにビート優位のダンス音楽の時代(そこにMTVが割り込んでくる)であり,ブルー・アイド・ソウルは「ロックン・ソウル」のホール&オーツやピーター・セテラ時代のシカゴなどを数少ない例外として,総じて不振となり始めていた。)
 ・ボズはボビーの作曲能力を評価していた。

『Bobby Caldwell』(1978)
Billboard Top200
189位(New Entry:1978.11.18)⇒最高位21位('79.3.10・17)

Album PERSONNEL
Bobby Caldwell – vocals, keyboards, guitar, bass
Benny Latimore – keyboards
Alfons Kettner – guitar
Steve Mele – guitar
George "Chocolate" Perry– bass
Richie Velazquez – bass
Ed Greene – drums
Harold Seay – drums
Joe Galdo – drums

☆ この曲は日本では「まるでシングルのように」エアプレイがかかっていた人気曲だ(実際にシングルになっていた👇)。アルバムのオープニングでブルー・アイド・ソウルの定番のような滑らかな魅力的な作品だ。





☆ 上のYouTube(CBSソニーがディストリビュートしたTK盤シングルの方)コメント欄が当時六本木などのデスコでお遊びになったお歴々の暖かいメッセが見られ「時代」を感じさせる。ま,一方にはこの手の輩を「なんクリ野郎」と呼んで締めてた人達(その可能性が高いのがゲージツ家のクマこと篠原勝之氏など)もおった訳で,この時代までは軟派と硬派という分類が有効だったと思わざるを得ない(爆)。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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