2017-04

「天使のささやき」 (The Three Degrees 1974年9月27日) / 「ダイヤモンド・ダスト」 (Jeff Beck 1975年3月29日=アルバムリリース)




☆ 今日やたらあちこちで「天使のささやき記念日」と出ていたので,Wikipediaを見てみた。
> 天使の囁き記念日(てんしのささやききねんび)は、1978年(昭和53年)2月17日に北海道幌加内町母子里(もしり)で日本最寒記録の-41.2℃を観測したことを記念し、1994年に制定された記念日である。

☆ これだけではまだ意味が分からない。コトバンクを見るとこう書いてある。
> 天使のささやきの日
> 2月17日。北海道雨竜郡幌加内町の有志が制定。ダイヤモンドダストを観察する交流イベント「天使の囁きを聴く集い」を開く。1978年2月17日、同町母子里で氷点下41.2度を記録(非公式)したことにちなむ。

☆ どうも「天使のささやき」とは,ダイヤモンドダストのことらしい。しかし70年代フィリー・ソウルを知っている者には「天使のささやき」は日本語盤まで出たザ・スリー・ディグリーズの代表作 "When will I see you again" の邦題に決まっている(爆笑)。

When Will I See You Again (Kenny Gamble / Leon Huff)
全米最高位2位(ビルボード)No.1(キャッシュボックス),全英No.1



☆ しかし「天使のささやき」(タイトルに合わせて日本語歌詩を書いた日本語盤ではなくこのオリジナル盤)はむしろ「ウィル・ユー・スティル・ラブ・ミー・トゥモロー」の系譜に連なる歌詩だったりする。女の子はいつでも不安なのだ。。。

【2017年4月16日追加】
この曲を80年代風に解釈すると彩恵津子の89年盤のようになる。非常に良いカヴァーです。

【ここまで追加】




☆ 「ダイヤモンド・ダスト」といえば,ジェフ・ベックのギター美学の究極かもしれない『ブロウ・バイ・ブロウ』(1975年3月29日)の掉尾を飾る名曲(名演)を思い出す。こちらの方が記念日の趣旨には近いのかもしれない。

Diamond Dust (Bernie Holland)



Personnel

Jeff Beck — electric guitars, bass
Max Middleton — keyboards
Phil Chen — bass
Richard Bailey — drums, percussion

George Martin — producer; string arrangements

↓ 本日の決定打(苦笑)


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サンカイ記



☆ いきものがかり(日頃このブログに登場しない名前である)の「放牧」宣言は,古い人間にはYMOの「散開」を思い起こさせた。ただ「時代かな」と思うことは,YMOの場合はビートルズ以来定番の「解散説」が吹き荒れていて三人ともそれに飽きて「じゃあいっそ逆さまに読んだらどうだろう」という発想に至り,うまいこと「散開」という具合の良い単語に辿り着いたのだろう。

☆ 事実としてYMOの三人はその語義どおり「散開」し,ひょんなことから90年代に「再会」した時は御丁寧にもその略称(YMO)にバッテン(☓印)をつけて登場した。それに比べていこものがかりの「放牧」が清々(すがすが)しく感じられるのは,「放牧」という言葉は本来的に元に戻ることが前提(でないと畜産業は成り立たない)ところにある。




☆ Chaosという言葉は,日本語(ローマ字)の発音では「ケイオス」に近い。昔はそんな名前の会社が上場していたがブッ潰れてしまった。。。ちなみにこの曲は「君に胸キュン」のカップリングで『浮気なぼくら』に収録されなかった曲である。

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今年最後の曲



☆ どうせブロックされて「A Happy New Year」が出せないだろうから「笑ってはいけない」見ながら適当に書いた今年最後のエントリー。改めて拙訳を故モーリス・ホワイト(Maurice White、1941年12月19日 - 2016年2月3日)に捧げます。




September (Maurice White/Al McKay/Allee Willis)
Do you remember the
ねえ,覚えてるだろ?
21st night of September?
9月21日の夜のことさ
Love was changing the minds of pretenders
ぼくの中のコイゴコロはちゃんとした形になったのさ
While chasing the clouds away
心の中のモヤモヤを追い払った後にね

Our hearts were ringing
ぼくたちの気持ちは響き合っていたんだ
In the key that our souls were singing.
ぼくらの魂がその扉の鍵を開けるため声を合わせるかのようにね
As we danced in the night,
ひと晩中君と踊っているうちに
Remember how the stars stole the night away
夜空の星たちがその夜をさらっていったんだ

Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

Ba duda, ba duda, ba duda, badu
Ba duda, badu, ba duda, badu
Ba duda, badu, ba duda

My thoughts are with you
ぼくの思いは君に真っ直ぐさ
Holding hands with your heart to see you
手を取り合っただけできみの心持ちをこんな近くに感じることができる
Only blue talk and love,
さえない話も恋のことも
Remember how we knew love was here to stay
ぼく達が恋することを知って,それがここにあると気付くまでのことだった

Now December found the love we shared in September.
いまは12月,9月にぼく達は恋に落ちそれを育み合ってきた
Only blue talk and love,
さえない話も恋のことも
Remember the true love we share today
ぼく達が本当に愛し合っていることを思い起こさせるだけなんだ

Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

There was a
そうさ
Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

The bell was ringing, aha
ぼく達を祝福する鐘が鳴り響いている,だろ
Our souls were singing
二人の心は響き合っている
Do you remember
覚えているだろ
Never a cloudy day
ぼくらの心の中の曇りは一掃されたんだ

There was a
そうさ
Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

There was a
そうさ
Ba de ya - say do you remember
Ba de ya - ね,覚えてるだろ
Ba de ya - dancing in September
Ba de ya - 九月のあの夜ぼくたちが踊ったことを
Ba de ya - never was a cloudy day
Ba de ya - 心の中の曇りが一掃されたあの夜のことさ

Ba de ya de ya de ya
Ba de ya de ya de ya
ba de ya de ya de ya
De ya

Ba de ya de ya de ya
Ba de ya de ya de ya
ba de ya de ya de ya

↓ もっと良い訳詞ならここ
http://oyogetaiyakukun.blogspot.jp/2013/09/september-earth-wind-fire.html

☆ 上の訳詞サイトの理解は正しい面があると思う。ただどちらとも取れる。あの日に鳴り響いていた「倖せの鐘」は,Only blue talk and love という歌詩からも,この解釈の通り今はないものとも取れるし,それは読み過ぎとも取れる。なぜならこの曲のタイトルの通り話されている物語は9月21日の夜の話だからだ。確かにこの曲の物語が語られているのは12月なのだが,そこで語られているのはやはり9月21日の夜のことでしかないし,それがきっかけになった「物語」のことだからだ。だから正直な感想を言えば,どちらでもいい気がする。

☆ アース,ウインド,アンド ファイヤーはヴォーカルとバンド(及びパフォーマンス)の複合グループで,例えばラジオから聞く分には,ファルセット隊などヴォーカルのインパクトが非常に強いけれど,ヘッドフォンで聴くとベースのドライブ感が実に気持ち良い。このベースは単純な縦ノリを許さず(笑),勝手に身体が横揺れするのである(爆)。


お知らせ

☆ このエントリーのすぐ下にあったエントリーは廃番になりました。

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それでも続いていく歌のように



☆ 2016年の物故者というWikipediaを見ている。自分の知っているミュージシャンや音楽関係者の名前もたくさんある。

1月8日 オーティス・クレイ・・・まだあまり聴いていなかった70年代ソウルの第一人者のひとり。
1月10日 デヴィッド・ボウイ・・・落ちてきた地球から去っていった。
1月18日 グレン・フライ・・・イーグルスの柔らかな面を担っていた。
2月3日 モーリス・ホワイト・・・70年代ソウル第一の貢献者と言って良い。
2月22日 村田和人・・・素晴らしい歌手でありソングライターでありバックコーラスであり夏男だった。
3月8日 ジョージ・マーティン・・・ビートルズを引いた部分を聴いてほしい。
3月10日 キース・エマーソン・・・今年は皮肉にもEL&PのEとLが相次いで亡くなることになってしまった。
4月21日 プリンス・・・殿下死すとも音楽は氷上で輝く。これもまた時代の流れなのか。
4月26日 戸川昌子・・・ぼくが最初に見た時はもう作家さんだった。シャンソンを歌うところを見たことはない。
5月5日 冨田勲・・・人は死して名を遺す。いや「きょうの料理」の音楽を遺す。
しかし1970年代のシンセサイザーはクラフトワークとテクノポップの前は冨田とジャン・ミシッェル・ジャールだった。
5月13日 永田文夫・・・どちらかというと書籍で縁があった印象がある。
5月18日 伊藤ユミ・・・60年代最大のアイドルデュオ(いわば60年代のマナカナ)の妹さん。
7月7日 永六輔・・・全米No.1ヒットを書いた唯一の日本人作詩家となる。
代表的戦後文化人(こう言われると本人は嫌な顔をするだろう)。
7月12日 大橋巨泉・・・テレビの親であり子である。ジャズの本を1冊くらい遺しても良かったのでは。
7月26日 中村紘子・・・わが国でクラシックピアノを最もポピュラーにする功績があったもと才媛。
8月22日 トゥーツ・シールマンス・・・縁が無くあまり聴く機会がなかった。
10月16日 たかしまあきひこ・・・ヒゲダンス。それだけじゃないという点ではジョージ・マーティンに近い。
11月7日 レナード・コーエン・・・このヒトも残念なことにあまり縁がなかった。
11月11日 りりィ・・・すでに紹介した。役者(子役)⇒歌手⇒役者。90年代以降は安定したお母さん役。
息子も義理の嫁も歌手。
11月13日 レオン・ラッセル・・・縁はあったがこの人についてはブログの他の人が
あまりにもたくさん書いているので遂に何も書けないままになってしまった。
11月30日 朝本浩文・・・ぼく個人としてはミュート・ビートに尽きます。
12月5日 黒沢健一・・・このヒトのバンドも聴く機会を逸してしまった。かなり人気があったのに。
90年代は本当に公私ともにエアポケットだったと思う。
12月7日 グレッグ・レイク・・・プログレッシブ・ロックの中でもっとも端正だったのがEL&Pだという印象がある。
ただプログレはほとんど興味の外側だったこともありあまり真面目に聴いていない。
12月15日 伊藤強・・・ショウビズサイドからの歌謡曲評論では第一人者だった。芸能リポーターとは一線を画し,
『ミュージック・マガジン』的評価の反対側からきちんと歌謡界を評論できる唯一の人だったと思う。

☆ 今年もまだ数日残っている。大滝さんの例があるのであまり考えたくないが,
このタイトルは31日まで更新する必要がありそうだ.

12月25日
Georgios Kyriacos Panayiotou (25 June 1963 – 25 December 2016), known professionally as George Michael





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音楽の神様は,どこかにいる。


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☆ 自裁した中村とうようは日頃からクラシック音楽のことを「黴の生えた音楽」と貶していた。中村の視点にはポピュラー音楽それ自体というより,その母胎にあるであろう民族音楽への憧憬にも似た共感があったからだ。その視点の裏側には同時に1950~60年代的な帝国主義史観が反映されていることに疑う余地もない。少し前に亡くなったフィデル・カストロの存在もまた,中村にとって小さなものではなかったはずだ。

☆ その視点が批判的にとらえたものからは,クラシック音楽やそれを権威主義的に語る一種のスノビズムには,19世紀的帝国主義の残滓と言って良い植民地主義や人種・民族差別など20世紀の諸問題のうち共産主義を除く大半がそこに属していたという主張がある気もする(もっともその共産主義ですら,東西冷戦の構図(パースペクティヴ)の中に取り込まれていったのだから,20世紀のほぼ全部がここに属していたと言い切ってもあながち外れではないと思う)。

☆ ただ中村の視点もまた偏りがないとは言わない。彼にとって幸運だったのは彼がボブ・ディランのノーベル文学賞受賞の知らせを少なくともこの世では知らなかったということかもしれない(同じことは中山康樹にも,たぶん言えるだろう)。もっともこんなことを言ったら中川五郎から「そうじゃない」と言われそうな気もするが。

☆ ある人に話したことがあるが,今年はさまざまな本を濫読していった。もう少しで300冊になるから本に淫したに等しい。その中で今年の後半に読んだ2冊の本には,なぜか音楽の神様がいるような気がした。音楽の神様が何処に居て誰にどうしたのかは,本を読んでもらうしかない。恩田の本からはクラシック音楽のコンクールとフィギュアスケートの大会が相似形のように感じられたし,平野の本からは登場人物を動かしたチェス盤みたいなもの(ハリーポッターの最初の映画で出てきたやつ)は,音楽の神様の掌の上にあるような気がした。そして彼らの本からは中村の主張を優しく撥ねつけているような気もしてくるのである。




☆ そのことはぼくのポピュラー音楽に対する視点にはたぶん何の影響も与えないであろう(そう願いたい)。だがしかし,たとえぼくがその視点にしがみつき続けたとしても,次のことだけは認めざるを得ない。「この世に神様がいるとは,ぼくはあまり信じていないのだが,音楽の神様だけは,どこかにいそうな気がする。」







☆ 『ショパンコンクール』(青柳いづみこ 2016年9月16日)を読むと『蜜蜂と遠雷』(恩田陸 2016年9月23日)を読み解く符号がある。具体的なところも含めて,これは興味深かった。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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