2017-10

後期ROXY MUSIC三部作=3= "AVALON"



初出:2006年5月5日
☆ 『Avalon』というアルバムを聴いて最初に気付くことは,リズムキレのよさだ。特に,リマスターした盤はドラムスやパーカッションが立ち上がってくるのが目に見えるほどである。これは前作『Flesh+Blood』で明らかになった音の奔流とでもいえる傾向にアクセントを加えることで,より全体を引き立たせようという意図があったのだろう。

☆ 『Avalon』は,ロキシー・ミュージックという異形のバンドの到達した場所である。だから,そのことを以て彼らの最高傑作と評されることに激しく抵抗するファンがいてもやむを得ないと思う。そこに広がる音は悪く言えばイーズィ・リスニングと聴きまごうばかりのスムーズィな音である。しかし,『Flesh+Blood』の時にも書いたように,フェリーマンザネラマッケイの三人はあたかもドナルド・フェイゲンウォルター・ベッカーが行った作業に似たことを企てていた。

☆ 『Avalon』が制作される前にスティーリー・ダンは,苦心惨憺の産物『Gaucho』を発表し,事実上の解散に陥った。更にジョン・レノンが凶銃に斃れたことに衝撃を受けたフェリーは,ジョンのソロ時代の作品をカヴァーしたロキシー・ミュージック名義のシングル "Jealous Guy" をリリース。実に皮肉なことにロキシー・ミュージック全英No.1ヒットとなった。これら一連の出来事が『Avalon』の前奏曲になったと決めつける訳にはいかないが,前史として軽視できないと思う。

☆ アルバムのオープニングを飾るのは "More Than This"。このキャッチーな作品は,アルバムからの先行シングルとしてカットされ,全英チャートを賑わせた。しかし,この曲に「夜に抱かれて」などというおぞましい邦題をつけたレコード会社の担当はいったい何を考えていたのか。小一時間問い詰めるどころか,小突き回したい(爆笑)。

☆ "More Than This"はイントロの強いアタックから引っ張っていく強さを感じる。『Flesh+Blood』の出だしが10カウント・アップだったのと比較しても,彼らの,自ら創り出す音に対する自信の深さを感じる。この曲ではフェリーの軽くファルセットをかけた声すら,ひとつのインストゥルメント(楽器)として,全体の中に溶け込んでいる。ブライアン・フェリーという人は,基本的にロキシー・ミュージックフロント・マンであり続けた。それはイーノ追い出した一件からも容易に理解されるが,その彼がここに来て,自らの声すら全体役割一部にする。つまり一歩退いた位置から全体の音作りを行っている。これがロキシー・ミュージックの辿り着いた地点なのだ。

☆ "More Than This"にはそんな特徴があるにも拘らず,作品全体のスムーズな流れと,アクセントをつけるパーカッション立って聴こえるようなミックス(ボブ・クリアマウンテン!)の力量のせいで,全体の幕開けを告げる役割を果たしている。その中でコーダ部分で潮が引くようにフェイド・アウトさせるフェリーキーボードが奏でる主旋律に,このアルバム全体テーマ暗喩として窺うことが出来る。

☆ 2曲目"The Space Between"は,ロキシー流ファンク。前作『Flesh+Blood』でも,ニュー・ロマンティックスなどの当時のイギリスの音楽シーンにおける新しい傾向とシンクロしていることを指摘したが,やはりここでも相互作用のようなものを感じる。直接,この作品が影響を与えたとは思わないが,例えばレベル42に代表されるブリティッシュ・ファンクや,ニュー・ロマンティックスでは特にスパンダー・バレエの諸作品(『True』,それ以上に『Parade』)に影響を与えていると思う。興味深いのは,このファンクの傾向といえば翌年(83年)に,デヴィッド・ボウイナイル・ロジャースと組んで『Let's Dance』を成功させたことにも繋がっているようにも感じる。

☆ 3曲目 "Avalon" は,アルバムのタイトル曲だが,ここではブラック・コンテンポラリーの色合いすら感じさせる。ここでも隅々まで行き渡る音の奥行きが美しい。初期のロキシーはアバンギャルドである代わりに音的には隙間の多いものだった。それに対して,この曲は隙間を丁寧に音とリズムで埋め尽くしている。埋め尽くしてはいるが華美でもなく,必要なもの必要なところ綺麗はまっている感じがする。

☆ 4曲目 "India" は,"Avalon"と次の "While My Heart Is Still Beating" を繫ぐブリッジ。単純なメロディーが続くが,そのまま5曲目 "While My Heart Is Still Beating" のイントロの役割を果たしている。

☆ 5曲目 "While My Heart Is Still Beating" はロキシー・ミュージックらしい哀調が冴えるナンバー。でもその哀調は例えば "A Song For Europe" の重々しさとは異なり,必要な音が必要なところに整理されている感じがする。LP時代はここまでがA面

☆ 6曲目 "The Main Thing" は,この後のフェリーのソロにも引き継がれるような曲。こういうリズムを彼は重視するようになっていく。しかしリズムを中心としたこの曲は,ロキシーの諸作品の中でも異彩を放っている。7曲目 "Take A Chance With Me" は,前の曲とうって変わって,神秘的インタールードの後に,短いイントロから入っていく。 "The Main Thing" のリズム重視のムードをいったん冷まして,ニュートラルまでもっていったと判断したところから, "Take A Chance With Me" が始まるという構成になっている。前後の曲の違いを念頭において,単純に繫ぐのではなく,一息入れることがアルバム全体の流れを損なわないようにするという効果となっている。

☆ 8曲目 "To Turn You On"。このあたりからアルバムは終点に向けて走り出す。その構成は『Abbey Road』 のB面後半のメドレーにも似ている。ロキシーがそのことを意識していたかどうかは分からない。しかし,アルバムとそれを携えたツアーをもってロキシー・ミュージックはその歴史を終えたことを思うと,このあたりまで来るとちょっとした感慨を覚えてしまう。

☆ 余談だけど,今でも幸運だったと思うのは,『Avalon』のツアーを見ること(しかもかなり前の方の真ん中の席で!)が出来たことだ。ステージの袖で今からステージに出るぞというフェリーさんの姿を垣間見ることが出来たのは実に幸運だった。それにしてもロキシーの三人は揃って背が高くて,近くで見ると気圧される感じがしたのも懐かしい。

☆ 9曲目 "True To Life" 。フェリーのソロ作からのシングル "Slave To Love" にも一脈通ずる作品だ。しかし,あとでこの "Slave To Love" が,後日㌧でもない映画(= "9 1/2Weeks"1986年)で使われるとはフェリーさんも努々(ゆめゆめ)思わなかったことだろう(爆)。"To Turn You On"ともども余韻強い曲で,ロキシー・ミュージックというバンドが辿り着いた高みをここに示している。音が,ヴォーカルが,パーカッションが,ギターが,キーボードが,ベースが,アレンジが,そしてマスタリングが,全てがその場所を指し示している。

☆ 10曲目 "Tara" は,余韻のような短いインストゥルメンタル。この音が消えていく時,ロキシー・ミュージックは改めてその終焉を告げる。後に残る寄せて返す波の音は,伝説の地 Avalonに我々が降り立ったことを示している。ここにブライアン・フェリーの強い個性が作り出した音の世界はいったんの大団円を迎えるのである。

後期ロキシー・ミュージックとは何だったのか。口の悪い評論家は,フェリーのソロ・アクトを隠蔽したものだという。残念ながらそれは全くの見当はずれだ。ロキシー・ミュージックという名の下に集ったフェリーマンザネラマッケイの三人が改めて彼らの音楽を再構成し,さらに磨きをかけ,この時代で最も洗練された音楽に仕立て上げたのだ。それは一聴すると単なるスムーズ・ミュージックのように聴こえるかもしれない。しかし,仕立ての良い服も着こなしてみなければその真の価値が分からないように,後期ロキシー・ミュージックが発表した三枚のアルバム聴き込むほどにその価値輝かせることに気付くだろう。おためごかしなダンディズムなんて薄っぺらな評価ではなく,最高作品を追い求めたミュージシャンたち静かな熱情をほんの少しでも拙文から感じてもらえれば嬉しく思う。


2017年5月5日付記
More than This (Bryan Ferry)

最高位 ノルウェー2位,全英・全仏・全豪・アイルランド・スイス6位,スペイン10位,ニュージーランド12位,ベルギー13位,スウェーデン17位,イタリア21位,ドイツ24位

☆ 今さらながら,アヴァロンというコンセプトを考えた時,ロキシー・ミュージックが残した航跡を辿る旅だったのかなあという気がしている。アヴァロンが行き着く先であったかどうかは分からない。ただロキシーのデビュー盤のあの「やんちゃぶり」はここには何処にもない。それは大人になったなどという月並みな言葉ではない。また11年前に既に確認しているようにこのグループが音を通じて映像を表現することに成功していたのだろうと思えるのだ。

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後期ROXY MUSIC三部作=2= "FLESH+BLOOD"



初出:2006年5月4日

☆ 『FLESH+BLOOD』は『Manifesto』の翌年に発表された作品であるのに,前作に見られた過去のロキシー・ミュージックを彷彿とさせるものが綺麗さっぱり取り払われていた。そこにある隅々まで磨き上げられた音は,あたかもドナルド・フェイゲンウォルター・ベッカーが『Aja』で体現した音がコンコルドに乗って大西洋を越えていったかのような感がある。それはかつてこのアルバムのレビューを書いた今野雄二が評したように,最初の "In the Midnight Hour" のイントロでフェリーが "1","2"...とテンカウントする間に催眠状態に誘い込むかのようでもある(この評は今野が書いたロキシーのレビュー内容で唯一ぼくが評価に値すると思う評である)。

(注記)実際は逆で,フェリーとマンザネラとマッケイがニューヨーク/パワーステーションでボブ・クリアマウンテンと創りあげたと言った方が正解だろう。

☆ オープニングから劇場をイメージさせる"In the Midnight Hour"は,ご存知ウイルソン・ピケットスティーブ・クロッパーの作品。今年64歳で亡くなったピケットの精力的な歌とは対照的に,テンカウントのイントロで始まるこの曲はゆったりした河のように流れ,その音は屹立した世界を見せる。ここではニューウエイブの中から生まれてきた耽美主義・審美主義的な傾向にロキシーなりの反応を見せていることが分かる。もともとロキシー・ミュージックというバンドはイーノが離れた後,フェリーの美的感覚が強くカラーとして出ていた。しかし,再結成後のロキシーは,その基本的なトーン維持したまま,よりポップな審美主義を意識していたように感じる。

80年代初めからムーブメントになりつつあったニュー・ロマンティックスは,いわば1周遅れてきたグラムであり(その時期,本当にネオ・グラムというムーブメントもあった。前者は商業的に成功し,後者バウハウスとかニュアンスはかなり異なるがジョイ・ディヴィジョンとか=は,90年代のグランジ・ロックまで影響を及ぼしている),ロキシー・ミュージック復活時機を得たものといえた。しかし,それは結果論に過ぎず,彼らはあくまでも彼らのスタンスで彼らのフィールドに立っていた。それはこの曲を含むカヴァー曲が単純なカヴァーに留まらず,ロキシー・ミュージックというフィルターを通して彼らなりに昇華した音として目の前に出されていることからも分かるだろう。

☆ そのことは2曲目 "Oh Yeah" で明らかになる。1曲目の速度を上げることも落とすこともなく,緩やかに流れていく。それは当時やたらと言われたソフィスティケイテッドという表現がピッタリだったし,まがうことなきAORそのものだ。この評価は,ロキシーのファン,AORファンのいずれをも貶めるものでは無い。それは研ぎ澄まされ,奥行きを持ち,ポール・キャラックの印象的なストリングスをバック・トーンにする音を通じてひとつの世界が,物語が出来上がっているということなのだ。

☆ このアルバムの特徴は,だいたい3,4分の曲が多く極端に長い曲が無い。これはシングル・カットを意識したのかもしれない。3曲目 "Same Old Scene" はシングルカットされたが,後からサウンドトラックに収録されて,再度シングルカットされた1曲だと思う。また,前作『Manifesto』と比べると,歌詞が長くなっている気がする。このように,このアルバムでは物語を紡ぎ出そうというアプローチが感じられ,それはロキシーとしての最後の作品となった『Avalon』を経て『Boys And Girls』,『ベイト・ノワール』と続く80年代のブライアン・フェリーのソロ活動へ引き継がれていく。

☆ 4曲目 "Flesh and Blood" アルバムのタイトル曲は重厚な感じがロキシーらしさを感じさせるが,ここでもアラン・スペナーのよく歌うベースが,以前とは違う印象を与えている。LP時代のA面最後の曲でもある5曲目 "My Only Love" も "Same Old Scene" の系統にある美しく印象的な曲。ここでは,アンディ・ニューマークがドラムスを叩き,アラン・シュワルツバーグサイモン・フィリップスがパーカッションとしてクレジットされている。豪華すぎるが,どういうことなのか(^^;)。。。この後数年間は,フェリーといえばこんな感じの曲というイメージがある。

☆ 6曲目 "Over You" はアルバムからシングル・カットされた実にポップでわかりやすい曲。印象的なキーボードはフェリー自身による。アルバム全体に流れるゆったりしたテンポがここでも曲のアクセントとなっているが,強いリズムがそれを感じさせない。この辺のアクセントの取り方はボブ・クリアマウンテンのエンジニアリングの力量だろう。そしてフェイドアウト/フェイドインで次の7曲目 "Eight Miles High(霧の8マイル)" に続く構成も秀逸だ。

☆ その "Eight Miles High" は,Byrds(バーズ)のカヴァー。サイケデリックの黎明期の名曲としても有名なこの曲を,オリジナルとは違った角度でミステリアスなムードだけをうまく残しながら手堅く料理している。この辺は "In the Midnight Hour" の処理にも似ていて,単なるカヴァーではなく,その素材にロキシー・ミュージックというスパイスを利かせながら,ニューベル・キュイジーヌに仕上げてしまったという感じだ。

☆ 8曲目 "Rain,Rain,Rain" は,やっぱりロキシー・ミュージックにはこんな曲調の曲が必ず1曲は入るよねというタイプの曲(笑)。ちょっとシンコペートした裏打ちリズムだが,ロキシー・ミュージック的な。。。という比喩しか思いつかないほど彼らのオリジナリティを感じる。9曲目 "No Strange Delight" もそう。ただ,曲で語られる物語は別として,やはりアルバム全体の流れがこのあたりで少々途切れてしまう感じがする。単独ではそんなに悪い曲では無いのだけど,最初から聴いてくるとどうしても途切れた感じがする。この辺を更に突き詰めてシームレスにしてしまったのが『Avalon』なのだが。。。

☆ その "No Strange Delight" も重たい渾沌の余韻を振り切るように,最後の曲10曲目 "Running Wild" が始まる。 "Running Wild" は,『FLESH+BLOOD』というアルバムを締める曲というだけでなく,これから先のブライアン・フェリーの音の傾向を示唆した作品である。そこに現れた緩やか穏やかな音の流れ,すみずみまで研ぎ澄まされた音への感覚,リズムとメロディが一体に調和する,まさにひとつの美意識で築きあげた世界がそこにある。ある意味,桃源郷であり,現実を遠く忘れさせる力のある物でもあるが,あくまでも有限作り物としての運命からは逃れられない世界が,そこにある。

☆ たぶん我々はその世界の端っこに足を踏み入れ,しばしのまどろみを得るのだろう。癒しということばで軽々しくは言いたくないが,邯鄲の夢のようなまどろみを与え,ロキシー・ミュージックは,最後の地へと向かう。


2017年5月4日付記
In the Midnight Hour (Wilson Pickett, Steve Cropper)


☆ ウイルソン・ピケットの「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」がビルボードR&BシングルのNo.1に輝いたのは1965年8月7日。前後のNo.1ソングはフォー・トップス「アイ・キャント・ヘルプ・マイセルフ」とジェームズ・ブラウン「パパズ・ガット・ア・ブランニュー・バッグ(パパのニューバッグ)」である。ロキシーのカヴァーはそれから15年を経たものである。11年前にこの曲を評した「ポップな審美主義」は今見ても的を外してはいないと思う。

☆ 審美主義やその言葉自体の持つ重さ(重苦しさ)はポップ・アートの世界では脱構築されていると思う。そういうモノが出てきた時には「アニメとどこが違うのか」みたいな現代美術とアニメーションの双方に対して失礼なアナクロニズムに属する評価もしばしば見られたようだが,今ではそれが開き直って「審美主義がポップでなくて何のさ」みたいな傾向にあるのはご愛嬌だと思う。たぶんその変化の過程にはディジタル化という要素が大きかったと思う。アンディー・ウォーホールや細野晴臣の頭の中にしかなかったものが,今では簡単にコピーされ(あるいはヴォーカロイドさん達の姿を借りて)世界中に果てしなくばら撒かれているのである。これは「ある種の審美主義の終わり」であり,今野雄二がそれに殉じたくなった気も分からないではない。でもぼくたちはだらしなく(あるいは不甲斐なく)その現実を是として受け入れるしかなく,そんな立場から1980年には少し早すぎたフェリーさんの「ポップな審美主義」を自家薬籠中の物として何食わぬ顔で消費し尽くしているのである。


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後期ROXY MUSIC三部作=1= "MANIFESTO"



初出:2006年5月3日
☆ 最近とんと聞かなくなったが,一時期,永田町を席捲したマニフェストもこのアルバムタイトルと同じ綴り(=言葉)だ。そういえば北川教授がまだ三重県政を司っていた頃にブレア内閣が選挙の際に掲げたマニュフェストを参考にしたのは難くないが,ブレア自身が若い頃フェリーさんを聴いていたかどうかまでは,こちらでは見当もつかない。しかし,このアルバムの頃,ロキシーが全英チャートでいかに活躍していたかを知れば,トニー・ブレアが若い頃に耳にしていなかったとは,まあ考え難い(笑)。

☆ ジャケットが示唆するように,これは作り物の世界である。マニュフェスト(マニフェスト)は文字通りロキシー・ミュージックの復活宣言と取られたが,むしろ今から見ればブライアン・フェリーによる作り物世界への傾倒宣言だったと思わざるを得ない。まあ今野雄二大先生的なダンディズム(=本家のダンディズムとは全く関係ない,曰く言い難いミョーな言葉として)の体現というヘンテコリンな評価が定着した中,このレーベルを剥ぎ取る努力は無駄にも見えるので(苦笑),言いたい方には勝手に仰有いませ。

☆ ロキシー・ミュージックが登場したフィールドはグラム・ロックだ。グラマラスなロックとは,世間(つまり権威)を挑発するかのような派手な化粧に覆われた偽悪の世界である。ここでは2曲目のTrashに文字通りその残滓が窺える。タイトル曲の重さは,ニューウエイブの一部にも通暁したロキシーの音の美意識の現れだが,むしろ彼らの後期の成功を支えたのは3曲目Angel Eyesや8曲目Dance Awayのようなディスコでもヒットしたダンス・ナンバーだ。これらはヒット・チャートに並んでいても何の違和感の無いポップ・ナンバーだ。

☆ ブライアン・フェリーに何らかの美意識を感じる人にとっては4曲目のStill Falls The Rainのような曲が後期ロキシー・ミュージックを代表する曲だということになるだろう。ここでフェリーがジキルとハイドに託したものは,ズルい男の身勝手さなのだろうが,そんな男も小娘に振り回された挙句がTrashになってしまうところが面白い。でも印象深いリフで終わっていくこの曲はたぶん『MANIFESTO』のベスト・トラックだろう。

☆ 5曲目Stronger Through the Yearsは,ポール・キャラックとおぼしきキーボードで始まるややヘヴィ目のナンバー。昔のロキシーとは色合いが異なるアバンギャルド臭が感じられる。これはむしろニュー・ウエイブからオータナティブに移っていく流れに呼応しているようにも感じる。もともとイーノを擁した最初期のロキシーは尖んがったバンドという強烈な印象をシーンに与えて登場したのであるから,ここでアバンギャルド風の音作りをやっても本家帰り的な印象を覚える。ロキシーの場合は,ここから尖った部分を綺麗になめしてしまい,美しい余韻だけをその場に残すような音作りに変わっていく。

☆ LP時代のB面1曲目でもある6曲目Ain't That Soも,そういうアプローチを感じさせる。ブルージィな主旋律を飾る音は漆器のように幾重にも塗り重ねられて深み奥行きを持っていく。音と音が重ねられる中で数少ない言葉のイメージが膨らんでいく。後期のロキシーはこういうアプローチに突き進んでいくのだが,これはその習作という感じがする。

☆ 7曲目My Little Girlはインパクトの強い2曲の間に埋もれて印象が弱い。8曲目は先にも触れたDance Away。後期ロキシー・ミュージックを代表するヒットチューンのひとつであり,ポップでキャッチーというヒット曲の見本のような作品でもある。だからといってフェリーさんがディスコ音楽ににじり寄ったのではなく,その時期のロキシー・ミュージックが作ったダンス・ヒットという点ではLove Is A Drugのようなタイプの曲だと言ってもいいだろう。ただ,後期ロキシーの曲は,いかにも緩やかな流れのようなスムーズさを湛えていて,そのあたりが個性になっている。

☆ 9曲目Cry,Cry,Cryもポップで力強いリズムで押してくるナンバー。この曲あたりになると,ロキシー・ミュージックというよりフェリーがソロ名義でやっていた音に近いような感じがする。実際,ソロアルバムが不評でロキシー再編という皮肉な評価も当時,聞こえていた(アルバムや2枚のシングルのヒットであっという間にそういう批評は消し飛んでしまった)。10曲目,アルバムの最後の曲Spin Me Round。タイトルから受けるイメージとは異なり,美しい小品に仕上がっている。オルゴールに例えた自分自身の音がゆっくりと途絶えていくさまを表しながら,アルバムは幕を閉じる。みごとな構成だ。

☆ 『MANIFESTO』は,確かに後期ロキシー・ミュージックの始まりの作品である。だが,そこにはまだ試行錯誤や顔合わせ的な意味もあっただろうし,取りやめになったフェリー自身のソロ作品からの延長線上のものも含まれていたのかもしれない。しかし,ここに再び集まったフェリー,マンザネラ,マッケイの三人が改めてロキシー・ミュージックの名の下に,70年代末から80年代初めにかけて遺した音楽は,その美しさを永遠に留めることになる。旅はまだ,始まったばかりだ。

2017年5月3日付記
Still Falls the Rain (Ferry, Manzanera)


☆ 10年以上前に書いたものを今ごろ見返してみると,こっ恥(ぱ)ずかしいところも多々あるが(苦笑),人間の美意識なんて,そう簡単には変わらないものだなという気もする。やはりここに置かれたロキシーの音は多分に心地良い。そしてその心地良さと裏腹に歌詩の中身が自分の冴えない人生に反響しながら,沁みてくる。そして現実世界は(この感慨は「近ごろの若い者は」系と同じく,いつ・どんな時代でも同じなんだろうと思うが)息をするほどに悪くなっていく。自分が年齢(とし)ばかり食って,その美意識とは反対方向に進むにつれて,自分の見ている景色に出てくる後世代もまた劣化が著しいように思える。若者からすれば「お前自身の劣化度合いが目糞を嗤う糞そのものだろう」と毒づかれそうだが,その前にこの国の責任ある立場なる者たちの劣化度合いを言っているので,ゆめゆめ早とちりしないように。またそれは,そんな「責任ある立場」にすら相手にされないようなゴマメが夜中の孤独な犬のように吠えているだけだということもまた先刻承知であることは付言しておく。


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DTBWB「カッコマン・ブギ」のプロファイリング




カッコマン・ブギ」 (作詩:奥山恍伸 / 作曲:宇崎竜童)




初出:2007年1月21日

☆ 「スモーキン・ブギ」で当てたダウン・タウン・ブギウギ・バンドが,余勢を駆って送り出した第二弾。。。ところが本来はB面だった曲が大当たりして,更に運命が変わってしまうところが激動の70年代に相応しい(笑)。ところでこの曲の歌詞は,ハヤリモノのオンパレードなので,分解する。

・ 銀座原宿六本木・・・今も昔もファッションというとこの辺り。渋谷新宿池袋に出番はなく,青山代官山は三下扱い。。。ということだろうか。逆にフォーク系は表参道原宿(吉田拓郎→山田パンダ「風の街」)となる。

バギー・パンツ(baggy pants)
は,Yahoo!ビューティーのファッションディクショナリーによると(以下の引用解説も全て同),オックスフォード・バッグスを原型として生まれた、股上が深く、ヒップから裾にかけて極端に太いシルエットをもつパンツ。バッグ(袋)のように太いというところから名付けられたもので、特に'73年頃に流行したことが知られている。また、これの裾を絞ってテーパード・シルエットとした感じのものをバギー・トップやトップ・パンツ、トップ・バギーなどとよんでいる。

ヒップボーンも同じ解説から類似項目の「ヒップ・ハンガー」を見ると,ヒップにひっかけてはく感じからこうよばれる股上の浅いパンツの総称。別に腰骨にひっかけてはく感じからヒップボーン・パンツ、また股上(ライズ)が浅いところからローライズ・パンツの名もある。’60~’70年代の若者向きのパンツに多く見られたもので、俗にローライザーともよばれた。ちなみに股上の深いタイプはハイライザーという。

・ ここでヒップ・ボンというのは腰骨のこと。腰骨のところで引っ掛けるようにズボン(ジーンズ)を履くのが当時ツッパリ連中の間で流行りだした。やがてボンタンみたいな不細工な流行のツッパリファッションになっていく。

・ アフロヘアー。ひと言で言えばパパイヤ鈴木みたいな髪型。70年代の終盤(に,ジョン・トラボルタが出てくる)まで圧倒的にディスコで流行った。なんせ山口百恵ですら一度だけ挑戦した(数日で元に戻されてしまったが^^;)という記録が残っている。

・ ラメラメシャツ。ラメが入っているシャツ。。。では解説になってないか(笑)。ラメクロス (lame-cloth)を引用しておくと,金属糸(ラメ、ラメ糸)を部分的に使った織物のこと。金属糸には、金、銀、アルミなどの箔を、漆で和紙にはり合せた切箔のものと、これを普通糸と撚り合わせたものがある。最近はポリエステル・フィルムにアルミを蒸着したものなどが多い。用途はイブニング・ドレス、ブラウス、縁飾り、婦人用帽子、袋物など。

ロンドン・ブーツ (London boots)。当然1号2号は関係ない。これも引用する。底とヒールが極端に厚く高くなったロング・ブーツで、’70年頃にロンドンでうまれ、当時流行ったグラム・ロックのミュージシャンたちによって履かれたことから一般化した。ユニオン・ジャック(英国の国旗)や爬虫類(はちゅうるい)を部分使いにしたものなど、派手に過激な感じのものが代表的で、主にベルボトム・ジーンズと組み合せて用いられた。’70年代の代表的な風俗ファッションのアイテムで、現在でもロックを愛好する人たちの一部で見られる。

・ いちばん分かりやすい例は,デヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』(及びそのジャケット)だろう(爆)。興味深いのは,当時70年代前半。日本ではロックだけでなくフォークをやっていたミュージシャンの間でもベルボトム・ジーンズと厚底のロンドンブーツは定番に近かった。要するに誰にでも流行っていたのである。



・ スリーピース。今はチョッキと言ったら嗤われるというより骨董品でも見る目で見られるようだが(苦笑),ヴェストとチョッキは絶対に違うものだと思っている。ジャケット+チョッキ+スラックス。この三つ揃い(スリーピーセズ)が本当のスリーピースだろう。ちなみにヴェストの解説を見ると,「胴着、チョッキ」の意で、シャツなどの上に着用する袖のない胴着のこと。イギリスではウエストコート、フランス語ではジレという。まあそういうことなのである。

= ここから2016年11月26日追記 =
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの謂れはここに示したWikipediaで見てもらうとして,70年代前半のロックンロール・リバイバルを代表する三つのバンド(キャロル・クールス・DTBWB)のひとつである。ロックンロール・リバイバルはロックという複雑化しつつある音楽(プログレッシブ・ブルーズ・ハード・ソフト)に対するアンチテーゼであり,一面でニュー・ソウルに対するファンクの対抗(ジェームズ・ブラウンやスライやラリー・グレアムやジョージ・クリントンなど)やドゥー・ワップ・リバイバル(ディオン)とも相通じる部分があった。またその本質が反商業化であればパンク・ロックの胎動とも言えたし,ことさら日本ではまるでジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』の亡霊の如く「ロック=不良の音楽」という馬鹿げた図式(モット・ザ・フープルが「ロックンロール黄金時代」で罵倒した)が罷り通っていた。その辺の今に延々と続くくだらないパターナリズムを反映したエピソードは,NHKとキャロルの因縁とか掃いて捨てるほどあるが,ここでは書かない。

☆ 確かにジェームズ・ブラウンを見に行った若き日の山下達郎がリーゼントのお兄さん達に長髪を引っ張られたなんて物騒な時代(70年安保の熾火かもしれない)ではあったが,宇崎竜童のやりたかったことはブルーズ・ロックの現在形であり,ファーストアルバムから発禁食らって何となく強面イメージが出来た不幸もあり(音の方向性は全然違うが頭脳警察みたいだ),そこから転じたブギウギ作品群は逆に軽薄短小を先取りしつつ,(後年の宇崎のベースとなる)世相風刺をしっかり挟み込んだ作品集でもあった。

☆ 今で言う「スマート」や「クール」の語源は,1950年代後半の石原裕次郎の時代(それは同時にロックンロールやロカビリーの親世代でもある)なら「いかす」で,(その変形のリバイバルが90年代の「いかすバンド天国」),それから長いこと「格好良い⇒カッコイイ」がそれに代わった。そういえば「ダサい」が生まれたのはこの少し後である。ここに描かれた70年代の流行服飾風俗は何となく一巡して(コギャルの愛した「どデカブ-ツ」などの変異はしたが)90年代後半に)その一巡も終わり,今はまたダサい状態に近いのかもしれない。で,この曲のエンディングがエルヴィスのパロディで終わるのもそうした世代感の反映でもあると思う。

☆ ツナギ(自動車工場の整備服)が象徴するのは,揃いの衣装がなくてという懐事情とは別に,この音楽が誰に支持されていたかの象徴でもある。それは結果として宇崎や矢沢を長年困らせることにもあったが,上から目線の連中よりは...とは思ってしまう。この時代にはまだ「敵」なるものがそれなりに見えていた時代で,全員を豊かにするという幻想作戦が効果を発揮したことが,それを見失させ,「No.1としての日本」という冷静な分析本をよく読みもせずにのぼせ上がった挙句が平成大バブルとガラバゴス・ジャパンであったとすれば,これほどカッコワルイことも無いであろう。



☆ ざっくりの生歌生演奏でこれくらいだから,当時の「プロミュージシャン」に要求されるものはそれなりに厳しかったとも言える。とはいえ伴奏は結構締っていると思う。あと曲間の早口言葉はハナモゲラ的ではあるが勿論無関係。

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「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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