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2018-10

かつての「若きソウル音楽の叛逆児」へ


若き魂の反逆児を求めて若き魂の反逆児を求めて
(2004/02/25)
デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ

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親愛なるケヴィン,

今さらながら貴方達のファースト・アルバムの開幕を告げる3つの曲が持つ意味を考えることを許していただきたい。貴方があのアルバムのレビューを見て直ちにプレスに叩きつけた絶縁状は,若かったぼくにも小気味良く響いたものだった。それでも38年も経ってみると,やはりあれが短いながらも貴方達が身を以て示した叛逆のファンファーレだったことが,ぼくにも良く分かるのだ。

そのファンファーレである「Burn It Down(焼きつくせ)」のイントロで短くラジオから「サンプリング」される3つの曲の意味を,ぼくなりに考えている。当時,プレスの示した解釈はこんなものだった。

「Smoke on the Water」=ハード・ロック(2世代前のポピュラー音楽)
「Holidays in the Sun」=パンク・ロック(1世代前のポピュラー音楽)
「Ratrace」=スカ/ブルービート(直近のポピュラー音楽)
そして "For God sake, Burn it down" で終わる短い宣言の直後に「只今のポピュラー音楽」として,この曲のイントロが高らかに鳴り響く。そういう構成なのだと。

ケヴィン,貴方は不服だったと思うが,これはこれで「それなりに」筋の通った解釈ではある。しかし,その解釈では "For God sake"が読み解かれていない。だからぼくは自分の拙い解釈を此処に示したいのだ。

「Smoke on the Water」が実話に基づく作品だというこの曲のエピソードは有名だ。スイスか何処かで彼ら(ディープ・パープルのメンバー達)が目撃したカジノ・ホテル(Gambling House)の火事がこの曲のモチーフになっている。そのエピソードから導き出されるものは「火事」つまり「物理的な破壊」だ。そしてそれは貴方の曲の新しいタイトル(この曲は当初「Dance Stance」というタイトルでシングル・カットされている)もまた「焼き尽くす」のである。何のために?For God sake.

「Holidays in the Sun」は言うまでもなくジョニー・ロットンが破壊(叛逆)した事実を指している。つまり単なる一世代前のポピュラー音楽としてのパンクではなく,破壊衝動の体現としてのパンク・ロックである。

「Ratrace」は同世代のスノッブ層からヒーローに祭り上げられそうになったスペシャルズの面々が「お前らなんか友達でも何でもない」と吐き捨てることで「友だち幻想」を叩き潰している。それはジョー・ストラマーがかつて言った「パンクは格好ではなく姿勢だ」に通じる。つまり破壊する対象とそれに向き合う姿勢のことだ。

この三つの象徴を受けてケヴィン,貴方は音楽の神様に宣言したのだ, "For God sake, Burn it down" と。従来の総ての音楽に対する訣別とそれを焼き尽くすことで自らの退路を断つという覚悟を。

もちろん貴方が「There, there, my dear」の詩(ことば)の中で吐露したように「若きソウル音楽の叛逆児」は「どこにもいなかった」。たぶん今もいない。まるで神(の子たるキリスト)のように。どこにもいないから,このアルバムが残った。貴方の言葉が残った。そういうことではないかと,ぼくは思っている。敬具

Burn It Down (Kevin Rowland)


YouTubeはこのアルバムの全曲がかかる設定のようです。ご注意を。
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「Cause We've Ended As Lovers」 (Jeff Beck 1975年3月29日=アルバムリリース)



Cause We've Ended As Lovers (Stevie Wonder)
(dedicated to Roy Buchanan and thanks to Stevie)



PERSONNEL
Musicians
Jeff Beck – guitars
Max Middleton – keyboards
Phil Chen – bass
Richard Bailey – drums, percussion

Technical
George Martin – production, orchestral arrangement
Denim Bridges – engineering

Artwork
John Berg – design
John Collier – cover art

Jeff Beck and Eric Clapton Secret
- Cause We've Ended As Lovers - (Policeman's Other Ball)
(Song play 2:05~4:55)


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「Chinatown」 (Joe Jackson 1982年6月=アルバムリリース)



Chinatown (Joe Jackson)


Trying to find chinatown
どこが中華街なのか探していた
Trying to find chinatown
中華街はどこにある

A hungry man
腹ペコな男は
Can hold out a long time
そう長いこと,飢えをしのぐ余裕はない
For some soul food
ほんの少しのソウルフード
Good food, whole food
旨いもの,食べられる物は何でも
I know I was that man
分かっているよ,自分のことなのさ
Maybe sometimes hold out a little too long
たぶん時々,拘りが少しだけ長くなってしまうのさ

I took a right
正しい方を選んだつもりだったが
Then I took a wrong turn
違う方に向きを変えていたようだ
Someone asked me for a quarter
誰かが寛大な処置を求めていたようだけど
It didn't seem to fit
ちっとも,それ向きじゃなかった
He didn't look too much like a chinaman
そいつはどう転んだって中国人には見えなかったから

Trying to find chinatown
じゃあ中華街はどこだ
Trying to find chinatown
どこへ行けば中華街なんだ

An old black man
年老いた黒人の男が
Pushing a shopping trolley
ショッピングカートを押している
Filled with tin cans
中に缶詰が山と積まれていた
Avoided his glance
そいつの視線を避けながら
I'm nervous and I'm lost
俺はイラつき,自制心を失っている
And I don't see too many restaurants
レストランなんて代物は,どこにも見えなかったから

A guy laid out
男が倒れていた
With a knife in his back
背中にナイフが突き刺さっている
A cop came along
お巡りがやってきて
Told him, move on
男に言った「動けよ。
Go home and sleep it off
お家(うち)に帰って,さっさとおねんねしな」
I didn't know if I should get involved
こいつに係すりあうべきか,俺には分からなかった

Trying to find chinatown
だけど中華街はどこだ
Trying to find chinatown
中華街を探しているんだ

☆ 『ナイト・アンド・デイ』LPのA面5曲はシームレスで繋がっている。CDのディジタルデータでは「ぶつ切り」にせざるを得ない。新天地ニューヨークに立った男は,心の飢えを満たす場所を探している。

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Street Fighting Man (The Rolling Stones 1968年8月=米国リリース)



Street Fighting Man (Jaggar / Richards)


Ev'rywhere I hear the sound of marching, charging feet, boy
Cause summer's here and the time is right for fighting in the street, boy

But what can a poor boy do
Except to sing for a rock 'n' roll band
Cause in sleepy London town
There's just no place for a street fighting man
No

Hey! Think the time is right for a palace revolution
But where I live the game to play is compromise solution

Well, then what can a poor boy do
Except to sing for a rock 'n' roll band
'Cause in sleepy London town
There's no place for a street fighting man
No

Hey! Said my name is called disturbance
I'll shout and scream, I'll kill the king, I'll rail at all his servants

Well, what can a poor boy do
Except to sing for a rock 'n' roll band
Cause in sleepy London town
There's no place for a street fighting man
No

Wikipedia(日本版)解説より
> 歌詞は、1960年代後半に世界中で起こっていたベトナム反戦運動に強い影響を受けており、1968年3月にロンドンの米大使館前で起こった大規模な反戦デモ(ジャガー自身も参加した)や、同年5月に起きた五月革命が、この歌詞を書かせる原動力となった。歌の中でジャガーは変革の必要性を強く説いているが、サビでは「貧乏な餓鬼に何が出来るんだ?ロックバンドで歌う以外に」という自嘲的なフレーズが聴かれる。この歌詞の内容と、同年に起こったシカゴでの暴動の余波を受け、本曲はいくつかのラジオ局で放送禁止になった。

> ジャガーはこの曲について、1995年のインタビューで「今の時代に共鳴する歌とは思えないし、そんなに好きな歌でもない」と語っているが、コンサートでは頻繁に演奏されており、また多くのコンピレーション・アルバムに収録されている。

Personnel

Mick Jagger – vocals, percussion
Keith Richards – amplified acoustic guitars, bass guitars, slide guitar
Brian Jones – sitar, tamboura
Charlie Watts – drums

Dave Mason – shehnai, bass drum
Nicky Hopkins – piano

☆ 最近,我が国の1968年をテーマにした新書が発刊された(『1968年』 中川右介著:朝日新書)。1968年というと半世紀前のことになる(正直,ゾッとする^^;)。この年は荒れた年でこの曲が全米リリースされた8月に起きた最大の事件はワルシャワ条約機構軍のチェコスロバキア侵攻(チェコ事件 8月20-21日)だろう。また,この年は米大統領選挙(共和党候補リチャード・ニクソンが,民主党候補ヒューバート・ハンフリーを破った)の年で,8月には5-6日に共和党大会がフロリダ州マイアミ,22-30日には民主党大会がイリノイ州シカゴで開催されたが,後者はシカゴ暴動を招く大荒れの大会となり,ストーンズのこの曲はそのとばっちりを受け全米で放送禁止となった(その結果ビルボードHot100の最高位は48位止まり)。この年の米国は本当に荒れており,4月にはマーチン・ルーサー・キングJr.(キング牧師)が,6月には民主党の大統領候補最右翼と言われたロバート・ケネディ上院議員(もちろん兄は故ジョン・F・ケネディ元大統領)が暗殺されている。荒れる68年はフランスにも飛び火していて,5月にはパリで学生の大規模な暴動(5月革命)が発生し,これが遠因となって翌年,シャルル・ド・ゴール将軍は大統領を辞任することになる。

☆ 1968年が荒れたのは,ある意味で必然的だった。この年に20歳だった若者は,「戦争を知らない子供達」(1947-8年生まれ)。1947年はわが国でも「ベビーブームの年」と記憶されているように,「戦争の反動」が出生数の激増を招いた時期だった。言い方は悪いが,このことは「世代で輪切り」すると「世界中が中国(人間で溢れているという意味)になった」ということでもある。日本でのこの世代を堺屋太一が「団塊の世代」と名付けたように,西欧や米国(だけでなく,例えば東欧のチェコスロバキア=当時=)は「若い国=若者が多い=世代間対立が起きやすい」の図式が成り立っていた(ちょうど浜田省吾がその9年後に「まだ若かったロックンロール」と歌ったように)。

☆ そのロックンロールはミック・ジャガーの言にある「哀れな厨房にロックンロールバンドでもやる以外に何ができる」に象徴されるように対抗文化(カウンター・カルチャー)の代表だった。ウィキペディアの賢いライターはミックのこの歌詩を「自虐的なフレーズ」と書いているが,それは皮相的な評価で,前の年にジョン・レノンが「レボリューション」の歌詩に「毛主席の肖像写真を掲げて歩いたって,世の中はこれっぽっちも変わらないぜ」と歌ったことと同期している。ジョンが「(文化大革命時の)紅衛兵の猿真似だ」と断じたように,ミックは「ロックンロール・バンドで歌うこと(が自分のできる暴動だ)」と主張しているのである。「自分にできることやれ(やる)」と告げているのだ。

☆ さて,超一流のエンターテイナーとしてのミック・ジャガーが1995年に語ったことは27年前の彼自身への裏切りであろうか?そういうシニカルな視点は,ポピュラー音楽家が長生きした時に受ける最大のデメリットだろうと思う。反面,「街の暴れ者」達はその命脈を断つことなく,どの世代からも同じように登場していく。その場所が(寺山修司が「書を捨てて」向かった)リアルな街角であろうと,電脳空間の中であろうと,「暴れ者」達や「やんちゃ」の本質は何一つ変わりはしない。「ストリート・ファイティング・マン」のメッセージは,「若者」という集団が生まれる限り「有効」であるのだ。


☆ そういえば泉谷(しげる)が一時期バックバンドの名を「ストリート・ファイティング・マン」にしていたな(爆)。

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小田裕一郎さんを偲んで



「ニートな午後3時」 (作詩:三浦徳子/作曲:小田裕一郎/編曲:大村雅朗)


松原みき(1959.11.28~2004.10.7)
三浦徳子(?~Present)
小田裕一郎(1950.3.25~2018.9.17)
大村雅朗(1951.5.8~1997.6.29)

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「Another World」 (Joe Jackson 1982年6月=アルバムリリース)


ナイト・アンド・デイ<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様)ナイト・アンド・デイ<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様)
(2010/02/24)
ジョー・ジャクソン

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Another World (Joe Jackson)


I was so low
ぼくはとても落ち込んでいた
People almost made me give up trying
たぶんみんなは,ぼくがこの結婚生活を
維持することを諦めてると思っていた
Always said no
常に否定はしていたけれど
Then I turned around saw someone smiling
ある時ぼくは誰かが振り向きざまに微笑みかけるのが見えた

I stepped into
そうやってぼくは
I stepped into
入っていこうとしていた
Into another
ここじゃない
Into another
別のところに
I stepped into
ぼくはなんとか
I stepped into
入ろうとしていた
Into another
ここじゃない
Into another world
どこか別の世界にね

There was no light
光は見当たらず
I was going to all the wrong places
どこか間違った場所に,ぼくは進もうとしていた
Like day from night
夜の闇の中に真昼の輝きが差し込んでくるかのように
Suddenly I saw a thousand faces
突然ぼくは,そこにたくさんの顔を見た

I stepped into
そうやってぼくは
I stepped into
入っていこうとしていた
Into another
ここじゃない
Into another
別のところに
I stepped into
ぼくはなんとか
I stepped into
入ろうとしていた
Into another
ここじゃない
Into another world
どこか別の世界にね

☆ 賑々(にぎにぎ)しいパーカッションの乱打で,この夜(よ)の幕が上がる。東海岸のポピュラー・シーンにおいて,ラテン・フレイバーは「コパカバーナ」(バリー・マニロウ)を持ち出すもなく,「大人ディスコ」からスパイロ・ジャイラに典型のラテン・フュージョンにまで大横断の最中だった。この流れはエスティファン夫妻が「コンガ」などを携えてマイアミから上陸するまで続くわけだが,その間隙にスティングより早く「紐育の英国人」としてジョー・ジャクソンは滑り込んだ。

☆ 『ナイト・アンド・デイ』の「ナイト・サイド(アナログLP:A面)」は,「あそこ(英国)」から「ここ(紐育)」に逃げるように移動することで人生をリセットしようとしている男(たぶん彼自身)が,そのパーカッションの響きに魅せられたかのようにふらふらと現実を離れる瞬間から始まる。

☆ この賑やかさが『ナイト・アンド・デイ』の「ナイト・サイド」に流れるトーンである。それは現実逃避の祭典でもあり,紛(まご)うことなき「都会の輝き(ジェイ・マキナニー流に言えば『ブライト・ライツ・ビッグ・シティ』)だったのだ。


☆ しかしこの曲といい翌年のスティング(ポリス)の「Every Breath You Take」といい,結婚生活の破綻は名曲の源なのかね。そういえば拓郎(「明日に向かって走れ」)や陽水(「Good, Good-Bye」)もそうだったorz...

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「Swing」 (ジャパン 1680年10月24日=アルバムリリース)


☆ ジャパンが,そのバンド名から日本の聴衆の興味を引き,(どっかに「元祖ヴィジュアル系」なんて書いてあったが(下記参照)笑),このバンドにとって最終的にそのことは幸いしたと思う。当時のビクター音楽産業は絶頂期のピンク・レディーを抱えていたからか,洋楽部が意外と強く(ドナ・サマーのカサブランカも扱っていたけど)ヴァージン・レコーズと契約してニュー・ウエイヴ系のミュージシャンの発掘にも余念がなかった。実際にマガジンやXTCはそこから出ているし,移籍したジャパンやシンプル・マインズもここが押さえることになる。

☆ 正確に言えばジャパンのディストリビューションはアリオラで,たまたまビクターが日本でのディストリビューションを手掛けていた(そして大当たりした)。結果,彼らがアリオラから移籍する時は日本側のプッシュがあってヴァージンに移った(WikipediaやCDの赤岩氏の解説のとおり)。そして様相は違うのだがアリオラでの3枚のリリースから移籍先のヴァージンで飛躍していくという彼らの歩みはジョン・フォックス時代からミッジ・ユーロに移ったウルトラヴォックス(アルトラヴォックス)のそれにちょっと似ている。

☆ ジャパンも最初は初期のウルトラヴォックスに似てラフな面があった。しかしヴォックスの『システム・オブ・ロマンス』がそうであるようにジャパンの『クワイエット・ライフ』もバンドが方向性を見つけ出すプロセスを示す1枚となった。そしてバンドはさらに変容して『ジェントルマン・テイク・ポラロイド(孤独な影)』に進んでいく。

Swing (David Sylvian)



☆ ジャパンがそのヴィジュアルからもグラム・ロック(ボウイとロキシー)の影響下にあるのは間違いないが,ニュー・ウエイヴがエレ・ポップと融合してニュー・ロマンティックスのムーヴメントに向かっていったことはバンドにとって幸運だったと思う。ニュー・ロマンティックスほどの派手派手しさはデヴィッド・シルヴィアンには似合いそうもないが(爆),一方にオータナティヴ系の音が控えていたから彼らの作り出す音のレンジにとっては丁度収まりの良い状況が生まれていた。

☆ このアルバムはバンドにとって過渡期の作品と見られているが,どちらかと言えばバンドの音を決定した作品のように思える。ただ最高傑作は次の作品だろうという意見には反対しない。


☆ ヴィジュアル系の元祖がジャパンだと言われたら,それを言ってる人はたぶんニューヨーク・ドールズを知らないのだろう。ジャパンがまだ「ミーハー人気」と思われていた時期には,デヴィッド・シルヴィアンの名前だけで嫌悪していた(ニューヨーク・ドールズのデヴィッド・ヨハンセンのもじりだと決めつけてた)人も当時はいたのだから(苦笑)。

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「ひき潮」 (矢沢永吉 1976年9月21日)



☆ 1978年8月28日。矢沢永吉が後楽園球場で開催したコンサートの終了後,会場に流れたのがこの曲だった。矢沢という人は若い頃の言動が増幅され変な誤解を受けてしまったが,明らかにこの国の20世紀後半を代表する作曲家の一人である。もちろん永ちゃんは「ロックの矢沢」なのだが,彼の本領は図抜けた作曲能力であり,おそらく範としたミュージシャンはポール・マッカートニーだろうと思われる。そしてまた,ポールのように長期間その国のポピュラー音楽に多大な影響を残す作品を書き続けてきた。

「ひき潮」 (作詩:山川啓介 / 作曲:矢沢永吉)



☆ ミュージシャンはソングライター(作詩家/作曲家)であるタイプと作詩または作曲の(ほぼ)専業というタイプがある。井上陽水,中島みゆき,松任谷由実,浜田省吾,桑田佳祐らは前者であり,彼や吉田拓郎は後者(作曲主体)である。矢沢が尖がっていた頃のパブリックイメージと彼の作品とは本質的に関係がなく,ただ「歌手としての矢沢」がいろんな作詩家の作品(主人公)を「演じている」という図式がある。それは当然彼の歌手としての資質(声のトーン・声域・声量・リズム感)を反映していく訳で,そのこと自体は普通の歌手と何ら変わらない。ただ作曲家としての彼の立場から見れば,作詩家の提供する物語にどういう音で色付けしていくかという作業になる(とうぜん「詩先」「曲先」でその結果は変わってくる)。

☆ だけどこの曲を作った20代の彼はやはり天賦のものを持っている訳で,年齢を重ね豪華な演奏に包まれても,その曲の持つ本質と山川啓介の書く詩の物語は凡百の作品を変えた地点に位置すると言うしかないのだ。

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プロフィール

deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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