2018-04

みなさんは、しあわせでしたか?

☆ そうであってほしいと思います。40年経って,やはりあれは革命だったと言い切れるので。
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もう泣かない(『Don't Cry Now(ドント・クライ・ナウ)』(1973年9月22日))



☆ 以下はWikipedia英語版『Don't Cry Now』の解説を中心にした。

Don't Cry Now is the fourth solo studio album by Linda Ronstadt and the first of her studio releases for Asylum Records, following six albums recorded for and released on Capitol Records in 1974.
> 『ドント・クライ・ナウ』 はリンダ・ロンシュタットの4枚目のソロアルバムで,それまでの6枚(ストーン・ポニーズ時代とソロ時代各3枚)を発表したキャピトル・レコーズからアサイラム・レコーズに移籍しての第1弾作品である。

It was reissued on Rhino's Flashback Records in 2009 and has never been out of print. It has been certified Gold and has sold approximately 800,000 copies in the United States alone.
> この作品は2009年にライノ・レコーズ系のフラッシュバック・レコーズが再発するまで(米国では)廃盤となっていたが,米国だけで約80万枚を売り上げた作品である。

Background(作品の背景)
The tracks on Don't Cry Now were produced individually, some by John Boylan, who produced Ronstadt's preceding eponymous album; some by singer/songwriter J. D. Souther; and, for the first time in what would ultimately be a long and highly successful professional relationship, by British musician Peter Asher, former member of the '60s rock duo Peter & Gordon. Asher was the head of A&R for Apple Records prior to his move to USA.
> 『ドント・クライ・ナウ』に収録された作品は複数のプロデューサーによって制作されている。そのうちの幾つかは前作『リンダ・ロンシュタット(同名アルバム)』をプロデュースしたジョン・ボイランによるもので,別の部分はシンガー・ソングライターのJ.D.サウザーが手掛けているが,それらを除く作品は60年代のデュオ,ピーターとゴードンで活躍し,その後リンダのプロデュースなどで長きにわたり世界的な成功を収めた英国人ミュージシャンのピーター・アッシャーが初めて手掛けたものである。彼は渡米(後述)するまではアップル・レコーズの筆頭A&Rマンだった。

Love Has No Pride Live ( Eric Kaz / Libby Titus)
★ ABC Concert 1973


☆ ピーター・アッシャーはポール・マッカートニー作品(クレジット上はレノン=マッカートニー)「愛なき世界(A World Without Love)」(1964年2月28日)でデビュー,グループ解散後は前述のとおりアップル・レコーズのA&Rマンとしてアーティスト・マネジメントに携わっていた。彼は当時英国で活動していたジェームス・テイラーがワーナー・ブラザーズと契約し活動の本拠を母国に戻すことになった際に彼のマネージャーとして渡米した(この部分Wikipedia「ピーター&ゴードン」の項より)。

☆ ジェームス・テイラーといえば一時期一緒だったカーリー・サイモンともども70年代米国のシンガー・ソングライター・ムーヴメントの立役者だ(その影響は日本でも五輪真弓,荒井由実と広がっていく)。一方,ピーター・アッシャーと来ればリンダの音楽上の(多分それ「だけ」の)パートナーでそうは言っても公私にわたり彼女を支えたともいえる存在でもある。一方,日本では「You're Only Lolely」の大ヒットのせいかAOR歌手と思われているJ.D.サウザーは,アッシャーと違って(笑)リンダとはつかず離れずの中となる。先ほどの曲のヒット以前,サウザー=リンダの元カレというのは本邦洋楽ファンの間では有名な話だった(苦笑)。

Silver Threads and Golden Needles (Dick Reynolds / Jack Rhodes)


This album contains three songs composed by Souther (Souther and Linda would become romantically involved and he would write several songs for her) one by Randy Newman, a cover of a Neil Young ballad, one originally from the Flying Burrito Brothers, and a version of the Eagles' "Desperado," which the band had released earlier that year.
> このアルバムにはサウザーが作った曲が3曲ある(彼とリンダは恋仲になり,サウザーはリンダのために数曲書いている)。1曲はランディー・ニューマンの作品で,ニール・ヤングのバラード曲も1曲カヴァーしている。その他にはフライング・ブリトー・ブラザーズのオリジナル作品があり,イーグルスの「ならず者」も収録されている。「ならず者」はこの年の春(1973年4月17日)にリリースされたイーグルスのセカンド・アルバムのタイトル曲をカヴァーしたものである。

☆ イーグルスの同名デビューアルバム(1972年6月1日)の2曲目にしてセカンド・シングルとなった曲が「魔女のささやき(Witchy Woman)」(Don Henley / Bernie Leadon Released1972年8月1日:全米最高位9位)で,魔女が誰なのかは言うまでもない(爆)。イーグルスのファンだって彼らが五大湖のあたりから西部を目指したのは誰のせいだったかくらいは知っているだろう。

☆ 「ならず者(Desperado)」(Glenn Frey / Don Henley)はシングル・カットこそなかったが,初期イーグルスのアイコンといえる代表作である。この曲にまつわるエピソードはリンダの歌手としてのキャリアのお終いのところでも出てくるが,それはまた別の話。ドン・ヘンリーの歌唱はいかにも「青春の痛み」を感じさせる繊細さを秘めているが,リンダの歌唱の熱量はそれを遥かに上回り圧倒的とも言える。「Long Long Time」で花開いた「情念の歌姫」リンダ・ロンシュタットはこの歌唱で歌手としてのポジションを明確に得たのだと思う。

Desperado (Glenn Frey / Don Henley)
Live in Berkeley, California. July 18th 1974.


☆ もっともイーグルスと同じでカントリー色の強い歌手と思われていた彼女がアルバムからカットした曲はボニー・レイットのカヴァー「Love Has No Pride」(全米最高位:51位)と「Silver Threads and Golden Needles」(全米最高位:ポップ67位,カントリー20位)だった。アルバム『ドント・クライ・ナウ』の最高位は45位で,それでも彼女のソロアルバムの中では最高位だったのである。


☆ この記事を区切りに遊びに行ってきます。See You!

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42年目に逢えました



☆ しばらく,この曲に関するWikipediaの解説を引用。
> 「夢で逢えたら」(ゆめであえたら)は、大瀧詠一が作詞作曲、プロデュースした楽曲。数多くのカバーがあり、ナイアガラ・レーベル随一のスタンダード曲である。未発表であった大瀧詠一本人による歌唱版(セルフカバー)が、大瀧の死後の2014年12月に公表された。
> 1976年、吉田美奈子、シリア・ポールが最初に歌っているが、一般的には吉田美奈子の代表曲として知られている。元々はアン・ルイスに書いた楽曲であったが、当時の彼女のスタイルに合わずにボツになる(のちにルイスも英語詞で歌うことになる)。
> 「大瀧詠一作品集 Vol.2」のライナーの自身談によると、シュレルス(The Shirelles)の「フーリッシュ・リトル・ガール」(Foolish Little Girl)を下敷きの一つとして作ったという。

Foolish Little Girl (Helen Miller / Howard Greenfield)
(The Shirelles 1963年3月 / 最高位 全米:4位、全英:38位)


> また、間奏に台詞が存在するのは吉田に提供した作品『わたし』が台詞始まりであったことから継続性を持たせ、発展させる、というところからきているという。台詞の内容は都都逸の「ひとり寝るのは 寝るのじゃないヨ 枕抱えて 横に立つ」から着想を得たという。
> 京浜急行電鉄の京急蒲田駅で2008年12月11日から列車接近メロディーとして使用されている。この歌の代表的歌手の一人である鈴木雅之(ラッツ&スター名義)が京急蒲田駅近辺出身であることから、ご当地ソングとして公募の中から選ばれた
> 吉田美奈子、シリア・ポール版では、中間に歌詞が追加されている。さまざまな歌手・グループによって歌われている。
> 2018年3月21日には、今までに発表された様々な歌手による「夢で逢えたら」を収録したコンピレーションアルバム『EIICHI OHTAKI Song Book Ⅲ 大瀧詠一作品集Vol.3 「夢で逢えたら」(1976~2018)』が発売され(た)。

☆ 師匠亡き後のナイアガラの展開には頭が下がる。ひとりのミュージシャンのカヴァー競演集というコンセプトは無くもなかったが,ナイアガラ唯一のスタンダード曲なんて書かれたからこういう展開になったのだろうか?



次号(3/30)で何度目かの完結。そのあと暫く遊びに行ってきます。人のいなくなった街角から。

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私が書きました 「Ai No Corrida (愛のコリーダ)」 (チャズ・ジャンケル 1980年)


初出:2013年1月15日
愛のコリーダ愛のコリーダ
(2005/09/25)
チャズ・ジャンケル

商品詳細を見る


☆ チャズ・ジャンケルはイアン・デューリーの長年の(曲作りの)パートナーだった。イアンのブロックヘッズ時代の名作の過半はデューリーの猥雑な詩にジャンケルがファンキーな曲をつけたものである(その頂点が全英No.1の「Hit Me With Your Rhythmstick」であることはそういう棒をお持ちでない方にも容易にお分かりになることと思ったりする=自爆=)。その唯一の例外がこの曲で,上に掲げたアルバムのセルフレビューで彼自身がその辺の事情を詳しく語っている(彼がクインシーの自宅に招かれた時のエピソードなどもあってなかなか興味深い内容だった)。

Ai No Corrida
(Lyrics:Kenny Young / Compose:Chaz Jankel)


☆ という訳でジャンケルは曲は書いているが,歌詩は書いていない。歌詩はケニー・ヤングが書いているようだ(Wikipedia 英語版)。「愛のコリーダ」はこの映画(日仏合作)の邦題であり,オリジナルタイトルは「L'Empire des sens(仏)」「In the Realm of the Senses(英)」である。

☆ この曲を選んだのは言うまでもなく大島渚の訃報を目にしたからである。R.I.P.

PS.いちおうお約束だから最後に書いておくが,この曲名を「I Know Corrida」と思っていた人がクインシー以下多数居たという都市伝説(出元は小林克也)がある。

2018年3月19日付記
☆ チャズ・ジャンケル(Chaz Jankel)はイアン・デューリーと活動していた時はチャス・ジャンケル(Chas Jankel)と表記していた。理由はよく知らないが,トヨダが米国で車を売るにあたってトヨタと言い換えた(だから自動織機や通商の会社はトヨタではなくトヨダと読む)のに似たような理由があったのかもしれない。

☆ ジャンケル自身のノートによると,この曲が頭に浮かんだ時「しめた!」と思ったらしい。傑作をものしたという勘が働いたのだと思う。だからジャンケルはこの曲をブロックヘッズに渡さず自らのソロ作のメイン作品に選んだ。ケニー・ヤングがこの曲を貰った頃,大島渚の映画はたぶんロンドンでかかっていたのだろう(日本映画にはまだその程度のパワーがあった)。だがどっちにしてもその映画を見たこともなかったジャンケルには関係のなかったことで,同じような事情がクインシー御大にもあったらしい状況は小林克也の広めた「都市伝説」にそれらしさを加えている(笑)。

☆ ディスコでは当然クインシー盤しかかかっていない(笑)。しかしWikipediaの解説を見るとベルギーでかなりヒットしていて(最高位18位),興味をそそるところである。ちなみにクインシー・ジョーンズの名前でクレジットされた「愛のコリーダ」(1981年4月リリース)はパティー・オースチンら若手をゲストに招き,全英14位,全米(ビルボードHot100)28位のヒットとなったが,売上と関係なく一番ヒットしたのは曲のタイトルに過剰反応した極東の島国であろうと思われる(爆)。

☆ チャズ・ジャンケルはその後,ジョーンズに招待されて一度だけその豪邸を訪ねたことがあるという。まあ確かにマイケル・ジャクソンじゃなくて自分の名義でヒットを飛ばせたのだから作者を招待したくなるクインシー御大の気持ちも分からないではない(笑)。でも70年代末の飛ぶ鳥を落とす(と言っても大ヒットは「Hit Me with Your Rhythm Stick」だけだが)ブロックヘッズに親しんだニューウエイヴ小僧の耳にはデューリーの『Do It Yourself』で縦横無尽に暴れているジャンケルの音の骨格がこのヒット曲からもしっかり聴こえてくるのではあるが。そしてミュージシャン(作曲家・アレンジャー)としてのジャンケルの力量は,クインシー御大がほぼ完コピでカヴァーしたという事実からも明白に分かることだろう(笑)。



残り2本で遊びに行きます。
人通りもすっかり減った元商店街から。

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な・め・ん・な・よ


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1,836円
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Don't Bring Me Down (Jeff Lynn)



You got me runnin' goin' out of my mind,
きみに振り回されて,ぼくはもう,どうにかなりそうだよ
You got me thinkin' that I'm wastin' my time.
全体きみは,ぼくの時間をさんざ無駄に使わせようと
思ってるんじゃないのかい
Don't bring me down, no no no no no,
勘弁してくれよ,たまらないせ,そういうことさあ
I'll tell you once more before I get off the floor
こっから出てく前に,もう一回だけ言っておきたいよ
Don't bring me down.
人のことを馬鹿にしないでくれ

You wanna stay out with your fancy friends.
きみはいつも素敵なお友達と外で会うのに忙しいようだけどさ
I'm tellin' you it's got to be the end,
そんなことばかりしてると,お終いになっちまうって言ってるだろ
Don't bring me down, no no no no no no no no,
勘弁してくれよ,ホントいい加減にしてくれないか
I'll tell you once more before I get off the floor
こっから出てく前に,もう一回だけ言っておきたい
Don't bring me down.
馬鹿にしないでくれ

Don't bring me down, groos
馬鹿にしないでくれ,ったく
Don't bring me down, groos
Don't bring me down, groos
Don't bring me down.
馬鹿にしないでよ

What happened to the girl I used to know?
むかしの知り合いの女の子に
どんなことが起きたか,知ってるかい?
You let your mind out somewhere down the road,
きみは理性ってものを
どっかその辺の道端に打ち棄ててしまったようだね
Don't bring me down, no no no no no,
ふざけないでくれよ,分かってるのか,どういうことか
I'll tell you once more before I get off the floor
こっから出てく前に,きみに言わせてもらおう
Don't bring me down.
バカにするんじゃないよ

You're always talkin' 'bout your crazy nights,
きみはいつものアホみたいな
夜中の乱痴気騒ぎの話をしていたいんだろ
One of these days you're gonna get it right.
そんな日々にだって
きみがマトモに扱うべきってものはあるんだよ
Don't bring me down, no no no no no,
分かってるのかよ,まったくのところ
I'll tell you once more before I get off the floor
こっから出ていく前に,言わせてもらう
Don't bring me down.
ふざけるのもいい加減にしろ

Don't bring me down, groos
ざけんじゃねえぞ,ったく
Don't bring me down, groos
Don't bring me down, groos
Don't bring me down.
ふざけんじゃねえ

You're lookin' good just like a snake in the grass,
きみときたら
草むらに潜んでる蛇のように素晴らし過ぎる
One of these days you're gonna break your glass.
でもそのうちいつか
きみはそのグラスを割ってしまうのさ
Don't bring me down, no no no no no no no no,
知ったこっちゃない,そん時こっちに押し付けるんじゃねえぞ
I'll tell you once more before I get off the floor
こっから出ていく前に言っておくが
Don't bring me down.
舐めた真似するんじゃないよ

You got me shakin' got me runnin' away
おまえさんはぼくを振り回して,駆けずり回らせている
You got me crawlin' up to you everyday,
あんたのために,ぼくは始終這いずり回る羽目になってる
Don't bring me down, no no no no no,
舐めてくれるなよ,ったく何んてこったい
I'll tell you once more before I get off the floor
ここから出てく前に,おまえに言っておきたいぜ
Don't bring me down.
俺を舐めるなよ

I'll tell you once more before I get off the floor
最後に,出ていく前に,オマエに言っておく
Don't bring me down.
な・め・ん・な・よ !

(ドア閉)

☆ 同じ歌詩を同じように訳してたら,どうしてプロモビデオの最後が「燃えてるのか」わからないと思うけど...

Don't Bring Me Down (Jeff Lynn)
Released 1979
PERSONNEL
Jeff Lynne – vocals, guitar, piano, synthesizer
Bev Bevan – drums, percussion
Richard Tandy – grand piano, synthesizer, electric piano, clavinet
Kelly Groucutt – bass, vocals

最高位
第1位:カナダ、
第2位:オーストリア、スイス
第3位:英国、米国(レコード・ワールド誌)
第4位:米国(ビルボードHot100、キャッシュボックス)
It is their highest charting hit in the United States to date.
第5位:ベルギー、西独、オランダ
第6位:豪州、アイルランド、ニュージーランド
第9位:南ア、第10位:スペイン



あと3記事で暫く遊びに行きます。歌詩を真に受けて怒らないように。

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ロック人文政経学(1) 偉大な兄弟に「持株会社」は似合わない




☆ 『1984(年)』で,ジョージ・オーウェルが「偉大な兄弟」と描いたのは『動物農場』で言えばナポレオン(という登場キャラクター=豚)だろうが,明らかにスターリンのことを指している。『1984』はスターリンの粛清や記憶抹消といったふるまいを描いているが,オーウェルが「予言」したことはインターネットの登場で簡単に実用化された。我々の近くにはそういう発展で無理に統一を図ろうとする小国と超大国が存在しているが,それは今日の課題ではない。

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☆ ジャニス・ジョプリンが加わっていたバンドの名前をビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーと名付けたのは,スターリンが死んでも「スターリン的なもの」は大なり小なり「世界中のあらゆる組織・集団」に巣くう不治の病であることを(自らのバンド名で)皮肉ったものと言えよう。

☆ ところで今日び "Holding Company" というと「持株会社」というのが通り相場になっている。まあマーケットの話だから「通り相場」でも仕方がないが(笑),これは違うだろ。これはどう考えても「偉大な兄者と(その)取り巻き連中」でしかない。偉大な兄者が偉大である所以は取り巻き連中とガッチリ固まって利権を独占しているからなのだが,ジャニスのところはそうじゃなかったことは歴史が証明している。もっとも国名や元首の名前は挙げないが,世界中にこういう連中は満ち溢れているようで。さてジャニスでも聞いて今日はお終いにしようか。悪かったね。ホワイトデイにこんな話して。



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☆ ところで☝のYou Tubeでジャニスの持ってるマイク・スタンドはとても振り回せる代物じゃなかった。これから5,6年も経つとユーミンがロッド・スチュワートのマイク・プレイをうっとりして見たり,まだ若かった西城秀樹がそれに挑戦したりする時代になる。


☆ 最近,扁平なナレーションを売り物にしているナレーターが一人いる。あの声を聞いていると吐き気がする。ジャニスもたぶん一緒だろうと思いたい。あと4回ほどで遊びに行きます。

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「Freeway of Love」 (Aretha Franklin 1985年6月)



初出:2012年4月8日(2018年3月12日追記)
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(2012/03/30)
ARETHA FRANKLIN

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☆ アレサ大姐御御年43歳の時の大ヒット曲。ディスコ音楽全盛期には過去の人扱いされ,失意のうちに70年代を終えたアレサは,スティーリー・ダンが「ヘイ・ナインティーン」の中でちょこっとからかった1980年に長年在籍したアトランティックからアリスタに移籍,少しずつ昔日の勢いを取り戻し始めていた。それに決定的な影響を与えたのが80年代を代表するプロデューサーのひとりであるナラダ・マイケル・ウォルデンで,彼がアレサと手掛けたこのアルバムとこの曲の大ヒットで,おそらく「ヘイ・ナインティーン」に出てきた女の子も,誰が「クイーン・オブ・ソウル」であったか思い知らされたに違いない(笑)。



Knew you'd be a vision in white
How'd you get your pants so tight?
Don't know what you're doin'
But you must be livin' right, yeah

We got some places to see
I brought all the maps with me
So jump in, it ain't no sin
Take a ride in my machine

City traffic's movin' way too slow
Drop the pedal and go, go, go

We goin' ridin' on the freeway of love
Wind's against our back
We goin' ridin' on the freeway of love
In my pink Cadillac

☆ もちろんこの曲は「いかにも80年代」というシャープな音で,60年代の「ソウル・クイーン」時代のアレサの熱唱が好きな人には,物足りなく感じるところがあるのは否めない。しかし,前年のチャカ・カーンもそうだが,時代の波を乗り越えてシーンの最前線に斬り込んでいく勢い,私こそがソウルの女王よと言わんばかりのこの生き生きした歌唱を聴いていると,敏腕プロデューサーの助力を得て流行にちょいと乗ったくらいでガタガタ言いなさんなと弁護の一つも言いたくなるのである(苦笑)。ちなみにこの曲で彼女は1986年のグラミー賞Best Female R&B Vocal Performanceを受賞(この時で通算10回目)している。

☆ もう一言付け加えるなら,サザン・ソウルの女王だったアレサの作品としては,この曲はタイトルからも明らかなようにモータウンを意識した構成の曲で,歌詩のキャディ(ラック)に加えてPVの中にご丁寧にもフォードやGMのビルまで登場するのはご愛敬という気もする。どちらにしても女王は女王としてしっかりアップデートしているわけで,スティーリー・ダンの歌の通りなら24,5歳になった彼女にもそれくらいは十分認識できたことと思われる(爆)。

PERSONNEL
Aretha Franklin: Lead Vocals
Narada Michael Walden: Drums, Percussion
Randy Jackson: Electric & Synthesized Bass
Walter Afanasieff: Keyboards
Preston Glass: Keyboards & Keyboard Vibes, Backing Vocals
Greg Gonaway: Tambourine
Santana Rhythm Section: Percussion
Clarence Clemons: Saxophone, Guest Appearance (courtesy of Columbia Records)
Carolyn Franklin, Sylvester, Jeanie Tracy, Vicki Randle, Jim Gilstrap, Kitty Beethoven, Laundon Von Hendricks: Backing vocals

最高位
No.1:ビルボード(ダンス・クラブ曲、R&B/Hip-Hop曲)
第3位:全米、ニュージーランド、16位:スウェーデン、
27位:蘭、ベルギー、51位:全英


☆ クレランス・クレモンズのクレジットの中にある" Guest Appearance"はチョイうけた。アレサと彼は同年生まれでもある。この曲でのクレランスはドラムを叩くウォルデンすら「食って」いて,実にイイトコこを独り占めしている感がある。スプリングスティーンのツアーの真っ最中だったから結構なハードワークだったと思うけど,これだけゴキゲンに決められたら「ええとこ取り」しても皆んな納得だろう(笑)。あとアルバムの『WHO's ZOOMIN WHO』に関して付け加えれば大姐御アレサを引っ張り出す原動力となったアニー・レノックス(exユーリズミックス)の功績は大変大きなものがある。彼女が影の殊勲者だと思う(^o^)。

あと5本掲せたら,暫く遊びに出ます。

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24時間のシンシア



☆ ぼくの基本的な認識では,70年代までは歌手がアイドルをやる時代だったので,アイドル期を超えた女性歌手はそこで引退するか,女優になるか,歌手のままでいるかという選択を迫られていた。たいていの人が女優の道を選んだ。アイドルが出来るくらいだから何処かに華があるわけだし,仕事が面白くなってきた人もいただろうし,当時のショウビズは結婚しても仕事を続けられる数少ない職業の一つでもあったから。

☆ それが変わってくるのは70年代にウーマン・リブと言い,その後ジェンダー論に昇華していった女性・男性論の進展を社会が受容していったからで,(専ら為政者サイドも)いろんな理由があって自由主義社会を「開放」していく戦略を取ったことがその流れに棹差した。で,80年代になるとアイドルが歌手をやる時代に代わっていて,秋元が小泉に歌わせたように「職業としてのアイドル」が確立されると,あとは何でもありの世界になっていく。

☆ 歌手がアイドルをやる時代の歌手の中でもシンシアは知的で自覚的な女性だったと思う。彼女が最終的に一回歌手を辞めたのは(アイドル全盛期の「引退」騒動を除く。その後短期間復帰するが引退と解釈している)詳しい事情は書かないが,そういうショウビズの仕組みに嫌気がさした部分も大きかったと思う。シンシアのアルバムには『午後のシンシア』はあるが『夕方』や『夜』はない(「人恋しくて」,「夜霧の街」と "夜霧のコンサート" は例外)。本当は22時のシンシアも(アルバムという形で)聴いてみたかったし,27時のシンシアだって知りたいと思っただろう。でもたぶんぼくたちは18時より後のシンシアは知らないまま彼女は幕の向こう側に帰っていった。

「春の予感 -I've been mellow-」 (作詩・作・編曲:尾崎亜美 1978年1月21日)
セットからも分かるようにCX「夜のヒットスタジオ」。いうまでもなく直前の歌は「迷い道」(渡辺真知子)。




以下Wikipediaのこの作品の解説より引用
> 1978年、資生堂春のキャンペーン・ソングに起用された本楽曲は、シンガーソングライター・尾崎亜美が他者に楽曲提供をした初めての作品にあたる。作詞・作曲・編曲すべてを尾崎が担当しているが、南沙織の全シングルA面楽曲中、作詞・作曲・編曲すべてが同一の作家によるものは本楽曲のみである。尾崎は同曲で、東京音楽祭ゴールデンカナリー賞作詞賞を受賞した。

近々「遊びに行きます」。しばしのさよなら

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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