2018-06

スマートホンからのテスト

☆ いろいろ事情があって、PCからの投稿がやりにくくなった。

スマホからだと、制約も多く、内容もひどく薄くなるだろうが、このまま終らせるのも少し残念なので、とりあえずテストしてみる😓
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テーマ:Musically_Adrift - ジャンル:音楽

「Pretzel Logic」 (Steely dan 1974年6月20日)


プレッツェル・ロジックプレッツェル・ロジック
(2011/10/12)
スティーリー・ダン

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PRETZEL LOGIC (Walter Becker / Donald Fagen)


I would love to tour the Southland
南部をぐるりと旅してみたいんだ
In a travelling minstrel show
ミンストレル・ショーの一座に加わってね
Yes I'd love to tour the Southland
In a traveling minstrel show

Yes I'm dying to be a star and make them laugh
ああ,死んでお星さまになれるのなら,周囲を笑わかせることもできるわな
Sound just like a record on the phonograph
蓄音機の上に載ったレコード盤のような音を響かせてね
Those days are gone forever
でもそんな良き日々は永遠に去ってしまったのさ
Over a long time ago, oh yeah
遠い遠い記憶の果てにね,ああ,そうさ

I have never met Napoleon
ナポレオンって奴には逢ったことはないけれど
But I plan to find the time
そいつが生きてた時代を再現してみたいんだ
I have never met Napoleon
ナポレオンって奴には逢ったことはないけれど
But I plan to find the time
奴が生きてた時代を想ってみたいのさ

'Cause he looks so fine upon that hill
だって丘の上に立つ奴の勇姿は惚れ惚れするほどだったのに
They tell me he was lonely, he's lonely still
人々はぼくに言うのさ,丘の上に立つナポレオンは孤独だったと,今でもそうだと
Those days are gone forever
そんな栄光の日々はずっと遠くに消え去ってしまったんだと
Over a long time ago, oh yeah
遥かに遠い記憶の彼方にと,やれやれ

I stepped up on the platform
階段を上がってプラットホームに着いた時
The man gave me the news
男が知らせてくれた
He said, You must be joking son
あいつは言った「よお,お前。その恰好マジかよ。
Where did you get those shoes?
そんな靴をいったい何処で仕入れて来たんだい?」
Where did you get those shoes?
「いったいぜんたい,どこで仕入れたんだよ?」

Well, I've seen 'em on the TV, the movie show
いやね,むかし見たテレビ映画で,こういうのを見かけたんだよ。
They say the times are changing but I just don't know
人々は「時代は変わる」なんて言うけれど,僕にはワケワカンナイね。
These things are gone forever
そんな時代は永遠に去ってしまったけれど
Over a long time ago, oh yeah
遠い遠い記憶の向こう側にね,ああ,まったくそうさ

☆ 少し長くなるが,ミンストレル・ショーに関してWikipediaの解説を一部引用する。
> ミンストレル・ショー(minstrel show)とは、顔を黒く塗った(Blackface)白人(特に南北戦争後には黒人)によって演じられた、踊りや音楽、寸劇などを交えた、アメリカ合衆国のエンターテインメントのこと。ミンストレルとは、原義では中世ヨーロッパの宮廷にいた吟遊詩人や宮廷道化師たちを指すが、アメリカではミンストレル・ショーに出演する芸人たちのことをミンストレルと呼んだ。
> ミンストレル・ショーは、明白なアメリカ演劇の形式の最初のものである。1830年代と1840年代には、それはアメリカの音楽産業の出現の核であり、数十年の間、白人の黒人に対する見方を提供した。一方では、それは人種差別の側面を強く持ち、また他方では、初めて黒人の民俗文化の側面をはっきりと自覚させたのである。
> ミンストレル・ショーは、そのステレオタイプ的でしばしば見くびったやり方で黒人を風刺した。ミンストレル・ショーは1830年代に簡単な幕間の茶番劇(Entr'acte)として始まり、次の10年には完全な形を成した。19世紀の終わりまでには人気に陰りが出て、ヴォードヴィル・ショーに取って替わられた。職業的なエンターテインメントとしては1910年頃まで生き残り、アマチュアのものとしては地方の高校や仲間内や劇場などで1950年代まで存続した。
> 独立以来、アメリカでは黒人やインディアンをはじめとする有色人種に対する人種差別が合法なものとされていたが、人種差別との長い戦いの末に1964年に公民権法が施行され、有色人種が法的にも社会的にも人種差別に勝利し、政治的な影響を持つようになった結果、ミンストレルは人種差別を助長するものとして大衆性を失った。

☆ 去年の暮れから今年の初めにかけて,あるバラエティ番組の演出でこのミンストレル・ショーに関連がある騒ぎがあった。その時は事情は分かっていたが,敢えて黙っていた。日本人が顔をドーランか何かで黒く塗りたくったり,必要以上にこんがりと肌を焼いているのは,黒人(文化)に対する一種のWannabe(憧れやリスペクト)の顕れで,当事者たちの認識もそういうことを示している。その言葉に嘘はないと思うが,やはり「公民権法」から50年以上を経過して一種のPolitical Correctnessとなっている以上,こうした演出はやはり差し控えるべきだと思う(肌を焼くのは本人たちの自由だから構わないとも思うが)。

☆ 一方,プレッツェルという食べ物に関してWikipediaにはこういう解説が載っている。

> プレッツェル(ドイツ語: Brezel: ブレーツェル)は、ドイツ発祥の焼き菓子。独特な結び目の形に作られている。
> プレッツェルには柔らかく焼き上げた大きい種類と、固く焼いた小さい種類がある。パンのように柔らかく焼き上げたプレッツェルは、焼きたてを食べ、長期の保存には向いていない。スナック菓子のように固く焼きしめた小さいプレッツェルは保存性がある。
> 日本ではグリコのプリッツを代表とするスティックタイプのプレッツェルが製造されており、広く親しまれている。 またアメリカ製のハードタイプのプレッツェルも販売されており、輸入食料品店などで入手することができる。 無印良品などもスナックタイプ(ハードタイプを砕いて一口大にしたものに、チーズパウダーなどで味付けを施したもの)を販売している。

☆ プレッツェルという名前のお菓子はたぶんカバヤが先に出したのではないか。江崎グリコはプレッツェルという名称が使えなくてプリッツという名前にした。そしてプリッツにチョコレートをコーティングした時にそれを食べる時の音からポッキーという名前をひねり出してこれが大当たりした。そんな気がする。ようつべに見えるアルバム・ジャケットはプレッツェル売りの隣に棒に刺さったプレッツェルが見えるが,これは当然「柔らかく焼き上げた大きい種類」だろう。

PERSONNEL
Donald Fagen: lead and backing vocals, electric piano
Walter Becker: lead guitar
Dean Parks: rhythm guitar
Plas Johnson: saxophone
Ollie Mitchell: trumpet
Lew McCreary: trombone
Michael Omartian: acoustic piano
Wilton Felder: bass
Jim Gordon: drums
Tim Schmit: backing vocals

☆ ティモシー・B・シュミットはこの頃はPOCOに在籍していたのだろうか。あと,後年この曲を演奏するステージにマイケル・マクドナルドがいた時はプラットホームのくだりは彼がフェイゲンと交代してリードを取ることが多かったと記憶している。

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「Green Flower Street」 (Donald Fagen 1982年10月1日=アルバムリリース)


NightflyNightfly
(1993/04/21)
Donald Fagen

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Green Flower Street (Donald Fagen)


Uptown
山の手の
It's murder out in the street
どこかの街区で殺人事件が起きた
Uptown
It's murder out in the street
That's where I found my mandarin plum
そこはぼくがマンダリン・プラムの香りを見つけた処だった
That's where you'd be if you found one
きみがそこにいても,やはりそれを見つけられることだろう
Where the nights are bright
そして夜は輝きを増し
And joy is complete
お楽しみを最後まで味わえる
Keep my squeeze on Green Flower Street
緑花通りで最後の一滴まで搾りつくすって寸法さ

Since May
5月になってから
There's trouble most every night
ほぼ毎晩のように揉め事が起きている
Since May
There's trouble most every night
(Trouble every night)
(毎晩,揉めているのさ)

Where once we danced our sweet routine
でもそこでぼくらは毎日のお楽しみで踊り狂っていた
It reeks of wine and kerosene
ワインやら灯油やらの匂いに咽(むせ)ながらね

Where the nights are bright
And joy is complete
Keep my squeeze on Green Flower Street

There's a special place for lovers
恋人同士にはとっておきの場所なのさ
One we understand
まったく知っての通りにね
There where neon bends in daylight sky
真っ昼間の空の下,ネオンが瞬(またた)いているような
In that sunny room she soothes me
晴れやかな部屋の中,彼女はぼくの気持ちを落ち着かせようとする
Cools me with her fan
扇を使い,僕の頭を冷やしてくれる
We're drifting
ぼく達はただ,揺蕩(たゆた)うのさ
A thousand years roll by
このまま千年もの間,揺られ続ける...

Lou Chang
ルウ・チェンのことで
Her brother he's burning with rage
あの娘(こ)の兄貴は怒りに身を震わせている
Lou Chang
Her brother he's burning with rage
I'd like to know what's on his mind
ぼくは彼の心の中の何が,そこまでの怒りを呼び起こすのか
知りたいと思う
He says hey buddy you're mot my kind
彼は言うのさ。「よう,相棒。だけどお前はオレとは違う種類の人間なのさ」

Where the nights are bright
And joy is complete
Keep my squeeze on Green Flower Street

PERSONNEL
Donald Fagen – lead vocals, synthesizers
Larry Carlton – lead guitar
Frank Floyd – background vocals
Rob Mounsey – synthesizers
Dean Parks – guitar
Greg Phillinganes – electric piano, clavinet
Jeff Porcaro – drums
Chuck Rainey – bass
Zachary Sanders – background vocals
Valerie Simpson – background vocals
Starz Vanderlocket – percussion

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お歴々の皆様




☆ だいだい「お歴々」は「皆様」なのであるから,サハラ「砂漠」と言ったり,リオ・グランデ「川」とかメナム・チャオプラヤー「川」と言ってるのと同じくらい変なハナシなのだ。でも "Respectable Street" を「ハイソ通り」とか「セレブの皆様」などと訳すと「痛快!OL通り」とあまり変わらなくなってしまい(苦笑),アンディがこの曲に託した「皮肉」が大いに減ぜられてしまいそうなので,敢えて「お歴々の皆様」として「後は放置」するのも恥だが役に立たないだろう。

☆ 西部邁の遺書らしき新書を読んでいるのだが,佐藤優が 片山杜秀との対談(『平成史』(小学館))の中で,彼について触れていて,人間は年老いると(だったかどうか忘れたが)その人間の20歳頃の思考(志向)に戻っていくようなことを話していて,その発言は佐藤自身が最近よく口にする(ものを文章で見る)ようになっており,彼自身にも当てはまるのかもしれないと思った。そこで自分にそれを当てはめると,XTCのサード・アルバム『BLACK SEA』の頃の話に辿り着く。

☆ ぼくが住んでいた街にも当時から何軒かの輸入盤屋があり,ニューウエイブ小僧だったぼくはよく遊びに行った。英国盤は塩ビの質が高いことや盤厚があることから総じて米国盤より音質が良く,ポンドがまだ価値の高い時代だったこともあって,高嶺(値)の花だった。そんなものを買うにはそれなりのお金と度胸が必要で(だからニューウエイブの時代が「ようつべ」の生まれる前で良かったのか悪かったのか正直なところ分からない),まずは米国盤で1枚試してみて(XTCの場合はサード・アルバム『ドラムス&ワイヤーズ』,その盤にボーナスEPが付いていたのも非常に良く(爆)すっかり聴き込んで次の盤は英国盤にしようなどと思っていた。

☆ で,その店(某大手のフランチャイジーが或る処にあった)に行って新譜の予告などを見ていたら「XTC BLACK SEA」と貼っていたのがその年の夏だったと思う(英国では1980年9月12日リリース)。で待てど暮らせどレコードが出ない。そのうち発売延期あったか入荷延期だったかの文字が加わって,結局めでたく手に入れたのは12月頃だったのかなと思う。そして針を落として瞬間,驚いた。なんだこのヒスノイズは!まだ買ったばかりだぞと思った瞬間にギターのイントロが始まり,そこから怒涛の重低音ポップが始まった。それが1曲目の"Respectable Street" 。

☆ じつはアルバムを手に入れる前に(予算的にも手が届く)シングルを買い始めていた。この曲のシングルはアルバムよりも後の81年3月だが,先行シングルの "Generals and Majors" だとか "Towers of London" なんかはしっかり買っていた(笑)。さすがに7インチシングルは国内盤と比べて歌詩がないくらいの差で値段も600円くらいで大差なかったので気軽に買えたのだ。

XTC -BBC RADIO 1 Live in Concert - Hammersmith Palais, London, 22nd Dec 1980


☆ その頃,NHK-FMでは時々渋谷陽一をMCにBBCのライブ録音を放送することがあった。上のようつべ(後日輸入盤CDで入手している)もその中のひとつで,最上段に置いている『チョークヒルズ&チルドレン』の記述では,このハマースミス・パレでのコンサート当日アンディは風邪を引いていて,喉の調子も悪く,熱もあったようだがかなり無理をしてというより録音を聞けばわかるが気合と根性で(爆)見事にステージをこなしてしまった。こういうことの反動が後日ステージフライト(演奏恐怖症)に彼を追い込んだのかもしれないが,それにしてもこのライブ(当時はFM放送をステレオチューナーとデッキ経由でカセットテープに録音してせっせと再生して聴いていた)はこの時代のニューウエイブバンドの演奏の中でもベストのものの一枚だろうと思う。

NOTES(by egidio sabbadini)

XTC BBC RADIO 1 Live in Concert
Live at the Hammersmith Palais, London, 22 December 1980.

All tracks recorded 22nd Dec 1980
Produced by Pete Dauncey
Engineered by Paul Nixon
Rematered by Nick Watson -S.R.T.

Band line-up : Andy Partridge ,Terry Chambers,Dave Gregory, Colin Moulding.

Track Listing :

Life Begins At The Hop
Burning With Optimism's Flame
Love At First Sight
Respectable Street
No Luangage in Our Lungs
This Is Pop
Scissors Man
Towers Of London
Battery Brides
Living Throught Another Cuba
Generals And Majors
Making Plans For Nigel
Are You Receiving me?

An original sound recording made by BBC Radio 1' Live in concert'.
ブラック・シーブラック・シー
(2011/06/08)
XTC

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「回想(I Wish)」 (Stevie Wonder 1976年11月)



I Wish (Stevie Wonder)



Looking back on when I
時々想い返すのさ,じぶんが
Was a little nappy-headed boy
幼く能天気な少年だった頃のことをね
Then my only worry
その頃の唯一の心配は
Was for Christmas what would be my toy
クリスマスに自分宛のおもちゃがプレゼントされるかってことさ
Even though we sometimes
いまでもそうだけど,ぼくらはたまに
Would not get a thing
欲しいものが手に入らないとしても
We were happy with the
しあわせな気持ちにはなれるかもしれない
Joy the day would bring
その日が来るってことでね

Sneaking out the back door
裏口から忍び出て
To hang out with those hoodlum friends of mine
やくざな友達とたむろっているのさ
Greeted at the back door
裏口で出迎えてくれるのは
With 'Boy thought I told you not to go outside'
「あんな子達と付き合っちゃダメよ」って連中だ
Tryin' your best to bring the
せいぜい出来ることは
Water to your eyes
きみの目に涙を溜めさせるだけだっていうのに
Thinkin' it might stop her
お袋が背中を鞭でたたくことを
From whippin' your behind
何とか終わってほしいって願うあいだ


I wish those days could come back once more
でも,そんな日々ですらもう一度戻ってきてほしいと思うことすらあるのさ
Why did those days ever have to go
どうしてあの日々が遠くに過ぎ去らなくてはなかったのかと
I wish those days could come back once more
そんな日々でも,もう一度戻ってきてほしいのだ
Why did those days ever have to go
どうしてあの日々が遠くに過ぎ去らなくてはなかったのか
'Cause I love them so
だって,あんなに愛しい日々はもう無いのだから

Brother says he's tellin'
兄貴は言うのさ。やつの話は
'Bout you playin' doctor with that girl
女の子とお医者さんごっこするとかそんなこと
Just don't tell I'll give you
この話を他でするんじゃないぜとかね
Anything you want in this whole wide world
この世の中じゃお前さんが欲しいと思うものがあらゆる処にあるものさ
Mama gives you money for Sunday school
母親は日曜学校に行かせるときに小銭を持たせてくれる
You trade yours for candy after church is through
教会でのお説教が終わった後にお前さんはその金で飴玉を仕入れるのさ

Smokin' cigarettes and writing something nasty on the wall
粋がって煙草くゆらせ,至らないことを壁に書きつけるのさ
(you nasty boy)
(とんだ悪たれ坊主だよ)
Teacher sends you to the principal's office down the hall
そして先公はお前さんを校長室に呼びつけるって具合だ
You grow up and learn that kinda thing ain't right
お前は成長して学んでいく,その類のことをしちゃいけないってことを
But while you were doing it, it sure felt outta sight
それでもお前がそういうことに励んでいる時にゃ,そんなお説教は眼中にもないのさ

I wish those days could come back once more
Why did those days ever have to go
I wish those days could come back once more
Why did those days ever have to go

Stevie Wonder ~ I Wish 1976 Funky Purrfection Version (11:42)


☆ この曲の主人公は1990年代のVシネマの主役...かもしれない(ホンコン・ノワールでもよろしい)。当時モータウンはビクター(ビクター音楽産業)が日本でのディストリビューションをしていたが,スティーヴィーがこの国で本当に「売れ始めた」時期,シングルの邦題は「サンシャイン」,「迷信」,「悪夢」と続いた。そして『キー・オブ・ライフ』から先行ングルとしてリリースされ,全米No.1(1977年1月22日付)となったこの曲の邦題が「回想」である。この邦題(曲名)の付け方,ビクターのアイドルで当時売り出し中の岩崎宏美に似ていた(Debut「二重唱」⇒2nd「ロマンス」⇒3rd「センチメンタル」⇒4th「未来」)。ただし,以前「悪夢」のところに書いたように,それぞれの邦題は曲の内容に沿ったものであり,むしろ名人技に近いと思う。

☆ この曲は最初にリズムパターンがあって,その上に楽器(インストゥルメンツ)を積み重ねて出来上がっている。後年,スティーヴィーはそのプロセスを再現したことがあるらしい(出典:Wikipedia 「回想 (スティーヴィー・ワンダーの曲)」。この曲が流行った頃に同級生の男が何かぶつぶつ口ずさんでいるので,よく聞いてみると彼はこのベースラインを鼻歌のように歌っていたのだった。この男は後年「それなりの」人物になった(ヘルマン・ヘッセ「車輪の下」ふうに言えば)が,全米ヒット曲と繋がるイメージはなかったな。

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みなさんは、しあわせでしたか?

☆ そうであってほしいと思います。40年経って,やはりあれは革命だったと言い切れるので。

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もう泣かない(『Don't Cry Now(ドント・クライ・ナウ)』(1973年9月22日))



☆ 以下はWikipedia英語版『Don't Cry Now』の解説を中心にした。

Don't Cry Now is the fourth solo studio album by Linda Ronstadt and the first of her studio releases for Asylum Records, following six albums recorded for and released on Capitol Records in 1974.
> 『ドント・クライ・ナウ』 はリンダ・ロンシュタットの4枚目のソロアルバムで,それまでの6枚(ストーン・ポニーズ時代とソロ時代各3枚)を発表したキャピトル・レコーズからアサイラム・レコーズに移籍しての第1弾作品である。

It was reissued on Rhino's Flashback Records in 2009 and has never been out of print. It has been certified Gold and has sold approximately 800,000 copies in the United States alone.
> この作品は2009年にライノ・レコーズ系のフラッシュバック・レコーズが再発するまで(米国では)廃盤となっていたが,米国だけで約80万枚を売り上げた作品である。

Background(作品の背景)
The tracks on Don't Cry Now were produced individually, some by John Boylan, who produced Ronstadt's preceding eponymous album; some by singer/songwriter J. D. Souther; and, for the first time in what would ultimately be a long and highly successful professional relationship, by British musician Peter Asher, former member of the '60s rock duo Peter & Gordon. Asher was the head of A&R for Apple Records prior to his move to USA.
> 『ドント・クライ・ナウ』に収録された作品は複数のプロデューサーによって制作されている。そのうちの幾つかは前作『リンダ・ロンシュタット(同名アルバム)』をプロデュースしたジョン・ボイランによるもので,別の部分はシンガー・ソングライターのJ.D.サウザーが手掛けているが,それらを除く作品は60年代のデュオ,ピーターとゴードンで活躍し,その後リンダのプロデュースなどで長きにわたり世界的な成功を収めた英国人ミュージシャンのピーター・アッシャーが初めて手掛けたものである。彼は渡米(後述)するまではアップル・レコーズの筆頭A&Rマンだった。

Love Has No Pride Live ( Eric Kaz / Libby Titus)
★ ABC Concert 1973


☆ ピーター・アッシャーはポール・マッカートニー作品(クレジット上はレノン=マッカートニー)「愛なき世界(A World Without Love)」(1964年2月28日)でデビュー,グループ解散後は前述のとおりアップル・レコーズのA&Rマンとしてアーティスト・マネジメントに携わっていた。彼は当時英国で活動していたジェームス・テイラーがワーナー・ブラザーズと契約し活動の本拠を母国に戻すことになった際に彼のマネージャーとして渡米した(この部分Wikipedia「ピーター&ゴードン」の項より)。

☆ ジェームス・テイラーといえば一時期一緒だったカーリー・サイモンともども70年代米国のシンガー・ソングライター・ムーヴメントの立役者だ(その影響は日本でも五輪真弓,荒井由実と広がっていく)。一方,ピーター・アッシャーと来ればリンダの音楽上の(多分それ「だけ」の)パートナーでそうは言っても公私にわたり彼女を支えたともいえる存在でもある。一方,日本では「You're Only Lolely」の大ヒットのせいかAOR歌手と思われているJ.D.サウザーは,アッシャーと違って(笑)リンダとはつかず離れずの中となる。先ほどの曲のヒット以前,サウザー=リンダの元カレというのは本邦洋楽ファンの間では有名な話だった(苦笑)。

Silver Threads and Golden Needles (Dick Reynolds / Jack Rhodes)


This album contains three songs composed by Souther (Souther and Linda would become romantically involved and he would write several songs for her) one by Randy Newman, a cover of a Neil Young ballad, one originally from the Flying Burrito Brothers, and a version of the Eagles' "Desperado," which the band had released earlier that year.
> このアルバムにはサウザーが作った曲が3曲ある(彼とリンダは恋仲になり,サウザーはリンダのために数曲書いている)。1曲はランディー・ニューマンの作品で,ニール・ヤングのバラード曲も1曲カヴァーしている。その他にはフライング・ブリトー・ブラザーズのオリジナル作品があり,イーグルスの「ならず者」も収録されている。「ならず者」はこの年の春(1973年4月17日)にリリースされたイーグルスのセカンド・アルバムのタイトル曲をカヴァーしたものである。

☆ イーグルスの同名デビューアルバム(1972年6月1日)の2曲目にしてセカンド・シングルとなった曲が「魔女のささやき(Witchy Woman)」(Don Henley / Bernie Leadon Released1972年8月1日:全米最高位9位)で,魔女が誰なのかは言うまでもない(爆)。イーグルスのファンだって彼らが五大湖のあたりから西部を目指したのは誰のせいだったかくらいは知っているだろう。

☆ 「ならず者(Desperado)」(Glenn Frey / Don Henley)はシングル・カットこそなかったが,初期イーグルスのアイコンといえる代表作である。この曲にまつわるエピソードはリンダの歌手としてのキャリアのお終いのところでも出てくるが,それはまた別の話。ドン・ヘンリーの歌唱はいかにも「青春の痛み」を感じさせる繊細さを秘めているが,リンダの歌唱の熱量はそれを遥かに上回り圧倒的とも言える。「Long Long Time」で花開いた「情念の歌姫」リンダ・ロンシュタットはこの歌唱で歌手としてのポジションを明確に得たのだと思う。

Desperado (Glenn Frey / Don Henley)
Live in Berkeley, California. July 18th 1974.


☆ もっともイーグルスと同じでカントリー色の強い歌手と思われていた彼女がアルバムからカットした曲はボニー・レイットのカヴァー「Love Has No Pride」(全米最高位:51位)と「Silver Threads and Golden Needles」(全米最高位:ポップ67位,カントリー20位)だった。アルバム『ドント・クライ・ナウ』の最高位は45位で,それでも彼女のソロアルバムの中では最高位だったのである。


☆ この記事を区切りに遊びに行ってきます。See You!

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42年目に逢えました



☆ しばらく,この曲に関するWikipediaの解説を引用。
> 「夢で逢えたら」(ゆめであえたら)は、大瀧詠一が作詞作曲、プロデュースした楽曲。数多くのカバーがあり、ナイアガラ・レーベル随一のスタンダード曲である。未発表であった大瀧詠一本人による歌唱版(セルフカバー)が、大瀧の死後の2014年12月に公表された。
> 1976年、吉田美奈子、シリア・ポールが最初に歌っているが、一般的には吉田美奈子の代表曲として知られている。元々はアン・ルイスに書いた楽曲であったが、当時の彼女のスタイルに合わずにボツになる(のちにルイスも英語詞で歌うことになる)。
> 「大瀧詠一作品集 Vol.2」のライナーの自身談によると、シュレルス(The Shirelles)の「フーリッシュ・リトル・ガール」(Foolish Little Girl)を下敷きの一つとして作ったという。

Foolish Little Girl (Helen Miller / Howard Greenfield)
(The Shirelles 1963年3月 / 最高位 全米:4位、全英:38位)


> また、間奏に台詞が存在するのは吉田に提供した作品『わたし』が台詞始まりであったことから継続性を持たせ、発展させる、というところからきているという。台詞の内容は都都逸の「ひとり寝るのは 寝るのじゃないヨ 枕抱えて 横に立つ」から着想を得たという。
> 京浜急行電鉄の京急蒲田駅で2008年12月11日から列車接近メロディーとして使用されている。この歌の代表的歌手の一人である鈴木雅之(ラッツ&スター名義)が京急蒲田駅近辺出身であることから、ご当地ソングとして公募の中から選ばれた
> 吉田美奈子、シリア・ポール版では、中間に歌詞が追加されている。さまざまな歌手・グループによって歌われている。
> 2018年3月21日には、今までに発表された様々な歌手による「夢で逢えたら」を収録したコンピレーションアルバム『EIICHI OHTAKI Song Book Ⅲ 大瀧詠一作品集Vol.3 「夢で逢えたら」(1976~2018)』が発売され(た)。

☆ 師匠亡き後のナイアガラの展開には頭が下がる。ひとりのミュージシャンのカヴァー競演集というコンセプトは無くもなかったが,ナイアガラ唯一のスタンダード曲なんて書かれたからこういう展開になったのだろうか?



次号(3/30)で何度目かの完結。そのあと暫く遊びに行ってきます。人のいなくなった街角から。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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