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2021-05

Radio☆Rockembourg Script #12 Seven Seas of Rhye


☆ 「輝ける7つの海」は『戦慄の王女 (Queen 1974年3月25日=本邦リリース) 』に初期ヴァージョン(短いインストゥルメンタル)が収録されている。ちなみにぼくがデビュー・アルバムの邦題を書き間違えているのではなく,Wikipedia解説の通りである。

> 本来なら「QUEEN」は「女王」と訳されるべきだが、本作の邦題では「王女」となっている。これについては当時のレコード会社の担当者が「雰囲気で『女王』の使用を避けた」ためと語っている。

Seven Seas Of Rhye [Instrumental]


☆ インストの「輝ける7つの海」がデビューアルバムの掉尾(とうび)を飾ったように,発展形として完成したこの曲はセカンド・アルバム『クイーン II(Queen II 1974年6月25日=本邦リリース)』の掉尾を飾り,かつアルバムに先行してこのシングルが発売された(1974年2月23日)。

Seven Seas Of Rhye (Freddie Mercury)


☆ クイーンというバンドはハード・ロックの新進バンドとして捉えられていたが,70年代前半という時代性はこのバンドにグラム・ロックから今でいうビジュアル系の要素を求めた。ただこのバンドの背骨には他のバンドとは明らかに異なる「美学」があり,フレディが生きている間その「美学」は一貫していた。誰もフレディをリプレースできない以上,「それからのクイーン」は「クイーン的な美学」を形を変えながら表現するバンドになっているのだと思う。

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Radio Rockembourg Program #138 She's Not There(Covered by Santana)


She's_Not_There
Single by Santana
from the album Moonflower
B-side Zulu
Released October 1977
Genre Jazz rock,beat,pop rock
Label Columbia
Songwriter(s) Rod Argent

She's Not There (Rod Argent)


Billboard Hot 100 1977~78年
10/8 88位(New Entry)→77位(10/15)→66位(10/22)→56位(10/29)→46位(11/5)→41位(11/12)→37位(11/19)→33位(11/26)→29位(12/3)→27位(12/10=最高位)→27位(12/17)→54位(12/24)→54位(12/31)※→93位(1/7)→チャート外(1/14)
※1977年12月31日はHot100全曲が前週順位を維持。


Chart (1977–78) Peak position
Australia (Kent Music Report) No.19
Canada RPM Top Singles No.21
Ireland (IRMA) No.4
Netherlands No.3
New Zealand No.9
UK No.11
US Billboard Hot 100 No.27
US Cash Box Top 100 No.20

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いったい現実を把握している者はいるだろうか じいさん学 第73講


☆ これはシカゴがまだ「シカゴ市交通局(Chicago Transit Authority)」と名乗っていたころの作品である。

Does Anybody Really Know What Time It Is?
(Robert Lamm)


☆ この曲の邦題(いったい現実を把握している者はいるだろうか)は70年代の洋楽曲によくあった「意図的に直訳された邦題」のひとつだ。原題は Does Anybody Really Know What Time It Is? なので,有り体に言えばサザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」の「今何時?」というあれである(爆)。ただ,曲がリリースされた1970年10月という「季節」は,まだ60年代の「運動(ムーヴメント)」の余韻が燻ぶっていたから,「いったい現実を把握している者はいるだろうか」という直訳(誤訳に近い)が意味するものは「言葉そのもの」ではなかったかと思う。

☆ ところで初級英語(英会話)で,What time is it の後に "now" を付けてはならないという結構有名なお話がある。日本語の語感は桑田佳祐が歌ったように「今何時?」なんだが,それを直訳すると英語的には答えが無限大(∞)になってしまい「質問(会話)」が成り立たないのだそうだ。"now"は "moment" であり,時間は "moment" の無限の繰り返しだからなのだろう。かくして「今何時?=What time is it?」となる。

☆ シカゴの作品,初期はこうした含意を持つ作品が幾つか見られる。例えばこのコーナーのテーマ曲。

Saturday in the Park (Robert Lamm)


☆ ちなみにGoogleの翻訳機能を使ってWikipedia解説(英語版)のこの曲の項目を引いてみるとこうなった。

> 誰か本当に今何時か知っていますか? もしくは 誰か本当に今何時か知ってる?


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Radio Rockembourg Program #136 LAST PICTURE SHOW (ANRI's song)


meditation_ANRI
『meditation』
杏里 の カバー・アルバム
リリース 1987年11月21日
ジャンル ポップス
時間 54分29秒
レーベル フォーライフ・レコード
チャート最高順位
週間3位 (オリコン)
登場回数20回 (オリコン)

「LAST PICTURE SHOW」
(作詩:吉元由美 訳詩:JOEY McCOY 作曲:ANRI 編曲:入江純)


初稿 2010年7月17日,12月23日,2012年2月18日

☆ 80年代後半に杏里が出したコンピ盤は幾つか音源が限定される楽曲があり,再発が望まれる。こういう作品の場合「You Tube」で探すのも一苦労といった状態なのは非常に残念だ。

☆ 「ラストショー」という70年代終わりには既に名画座でかかるような映画の原題が確か「Last Picture Show」だったと思う。吉元由美も杏里も,たぶん見たことがあるのだろう。

2020年4月29日付記
☆ 10年前にはこう書いていたのだが,2018年にようやく本人の公式チャンネルが開局され,無事に掲載できるようになった(笑)。喜ばしいことだ。Wikipediaの解説にあるように当初は香坂みゆきに提供された日本語詩で確か本人もそのヴァージョンを出していると思う。香坂みゆきは歌と芝居の両方をやっていて,結構気になる楽曲・音源がある(たぶん最大のヒットはエポにかいてもらって資生堂(だったと思う)の「春の化粧品デー」に使った「くちびるヌード」だろうと思う)。それだけでなく彼女はボサ・ノヴァ・アレンジのアルバムとか今ごろなら「AORのレア・グルーヴ」みたいな作品を結構ものしている。この辺,見落とされてると思うのだけどなあ。

☆ ANRIとたばこはあんまり似合ってないけれど(歌手だし),80年代後半,JTが長くタイアップで起用していた。この曲もその一つ。当時ぼくはJTが提供する番組をFMで平日夜に聴いていて,たぶんMCがいとうせいこうだったと思うんだけれど,そういう思い出があります。ぼくはWikipediaの見解と少し異なり,87年の『サマー・フェアウエルズ』から89年の『サーキット・オブ・レインボウ』がチーム杏里(吉元=杏里=小倉)のベスト・シーズンだと思っている。この頃のフォーライフはたぶん「貸レコード屋」を意識したマーケティングをしていて,70年代初めにCBSソニーがやったようなベスト盤の乱発をやっていた。『meditation』から『MY FAVORITE SONGS 2』までの三作はやりすぎ感もあるが,楽曲がそれをカヴァーしているようにも思われる。

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Radio☆Rockembourg Script #11 天使を、ありがとう。


Talking_Heads_More_Songs
More Songs About Buildings and Food


Studio album by Talking Heads
ReleasedJuly 14, 1978
RecordedMarch–April 1978
StudioCompass Point, Nassau
Genre New wave,post-punk,avant-pop,psychedelic funk
Length 41:32
Label Sire
Producer Brian Eno,Talking Heads

Thank You for Sending Me an Angel (David Byrne)


Baby you can walk, you can talk just like me
You can walk, you can talk just like me
You can look, tell me what you see
You can look, you won't see nothing like me if you look around the world

Baby you can walk, you can talk just like me
With a little practice you can walk, you can talk just like me
If that's what you wanna do
Well, you can look, you'll walk in circles around me
But first, I'll walk in circles 'round you
But first I, I'll walk around the world

I'm walking 'round the world, here we go
I, you can walk, I walk in circles 'round you
But first show me what you can do

☆ トーキング・ヘッズが初来日したのは『Fear of Music』のプロモーション・ツアーで,1979年のことだった。

2013年1月15日記

☆ トーキング・ヘッズが初来日したのは『Fear of Music』の後のツアーだったと思う。たぶん日本青年館あたりでライブをしている。それを覚えているのはそのライブの模様が当時数少なかった民放FMライブ番組(というより全国4局体制だった!)の「ゴールデン・ライブ・ステージ」(毎日曜21:00?~OA)で紹介されたからだ。多分そのライブの締めがこの曲だったんじゃないかと思う(当時のエアチェックをお持ちの方は一度ご確認を)。

2021年4月28日付記

☆ このライブ音源が最近CD化されていたので入手して聴いたが,まさに「ゴールデン・ライブ・ステージ」の前半/後半をパッケージしたものだった。同時期のヘッズのライブに比べると曲数が少ない(同時に手に入れた米国でのFM放送音源ライブ盤CDと比較)。たぶんセットリストにはあったものの放送ではカットしたのだろう。このCDのパッケージには音源をNHK(FM)としているが,当時のNHKがこの手のライブを放送するなら1時間フルに使う(最初の3分程度渋谷陽一などの解説が入る)筈で,CMと青木誠氏のMCを省いたライブ放送そのものと思われた。「天使をありがとう(Thank You for Sending Me an Angel)」は,上のYouTubeと同じでアンコール曲として演奏されたもの。米国音源は収録時間の関係(ほぼ75分)でカットされていたようだが,たぶんアンコールでやっているだろう。

☆ ぼくが思うに『ネイキッド』(1988年3月15日)の発表で,デヴィッド・バーンはバンドとしてやるべきことは全部やったと考えたのだと思う。デヴィッドはバンドを「卒業」し,他の三人はそれを肯(がえ)んじなかった。そこからのストーリィは書かない。ただアートとニューヨーク・パンクのスパークという初期衝動から展開してきたトーキング・ヘッズをバーンはもはや続けられないと考えただろうし,たぶんそれは間違っていない。残念ながら。

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Radio☆Rockembourg Script #10 Rock'n 'roll Love Letter【追補あり】



☆ それなりに長く生きてきたので,いろんな人の訃報を見てきた。やはり自分が子供だった(このブログで掲げているような)頃にアイドルだとかスターだと言われた人が亡くなると,享年を見て「あまり変わらないんだ」と驚いたり,思っていたより若かったんだなどと感想を抱いてしまう。キーヨ(尾崎紀世彦)やヒデキ(西城秀樹)の時もそう思ったし,レスリー(マッコーエン)の訃報を見てもそう思う。

☆ ただ改めて感じるのは,あんまり年齢(とし)が違わなかったんだということ。BCRの天下は1970年代半ばから後半で,思ったほど長くない。典型的な70年代アイドル型(異常に盛り上がった後,熱が引くように収まってしまう)だった。だから絶頂期にはうざがっていた連中が妙に懐かしむという絵に描いたような「懐メロパターン」にはまっていた。それに気づいたのも90年代終わりにまだヤフー!音楽掲示板なんてものが出始めたころの話だった。

☆ シングルモルトに馴染み,ブレクジットなんて情けない展開を横目で見ていると,スコットランドってイングランドとは「別物」なんだなと思う。BCRがスコットランドのバンドだと思わせるものはタータンチェックのコスチューム(間違いなく意図的なものだ。結局90年代以降の「コスプレ」の元祖は70年代の世界のアイドル展開戦略の中から出てきたものだし)くらいしかないけれど,だからこそ70年代アイドルの光と影を背負ったところがあって「懐メロ」といわれてもそこにある「ほろ苦さ」は本物じゃないかなと思ったりもするのだ。

Rock and Roll Love Letter (Tim Moore)


R.I.P. Leslie Richard McKeown
(12 November 1955 – 20 April 2021)

【4月27日付記】
☆ BCR(ローラーズ)が70年代英国のティニー・ホッパー(アイドル・ポップ)の系譜にあることは間違いなく,ど真ん中のポピュラーソングだとは思う。ビートルズ云々という話は,ビートルズ再結成の声がまだまだ大きかった時期だし(76年にコンピ盤『ロックンロール・ミュージック』の発表と共に英パーロフォンがシングル盤を一斉に再発した「事件」もあった)「サタデー・ナイト」を24時間ぶっ通しでかけたおめでたいステーションが米国にあったらしいし(←これはビートルズの人気がアメリカで爆発した時に起きたことの繰り返し)。

☆ ティニー・ホッパーといってもジャンルが広い。今では何反論されるか分からないが(苦笑)T-REXだってクイーンだってその他のグループと一緒くたにされてミーハ...まあいいか。



☆ この曲のWikipedia(英語版)解説によるとピンク・レディーと新田恵利がカヴァーしている。それと名前からもわかるようにレスリーその人は両親がアイルランドから移ってきたアイルランド系のヒトではある。

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制服クエスト じいさん学 第72講


☆ かくてじいさんは無人の宿屋でボヤく。



☆ 中高の6年間を詰襟で過ごしたぼくは,制服にあこがれのない世代だったと思う。当時も一部の高校(私立が多かったが公立もあった)でブレザーが制服だったところもあったが,それらもまた「控え目」な感じだった。思春期の男性から見て女子生徒のセーラー服はその名の通り「制服」でしかなく,警官とか看護婦(当時の呼び名)みたいなものでしかなかった。だからこの世代は「卒業」という言葉がそれなりに意味を持っていたのだと思う。

☆ もちろん当時から「ある種の嗜好(フェティシズム)」の対象に「制服」があったのは事実だ。それが今ごろ世界中で猛威を振るう「コスプレ」に繋がるとは昔のスケベおやじ達も想定の範囲外だったとは思うが(爆)。一方,1980年代半ばに『東京女子高制服図鑑』が刊行される頃,当時の「ポストモダン的空気」の下,制服のデザインで差別化するという今から思えばけっこうイージーな戦略を各高校が採り始めた。

☆ コスプレの裏歴史はエロまんがの歴史だと思っているのだが(苦笑),最初に記した「卒業」の幾つものミーニングが示しているように,「解放に対する抑圧」だったり「性的体験」だったりかなり複合的なところに「制服」のメタファーが隠されているような感じがする。それを大昔のエロまんが的に身も蓋もなく表現するのではなく(逆に言えばシンプル・牧歌的・(特にPolitical Correctness的な)無意識の「お花畑」というかホッブス的「リヴァイアサン」というか^^;),身も蓋も取り付けたうえ御丁寧に可愛らしいパッケージングを施したのがアニメ(二次元)的「コスプレ」なのではないか,と考えてしまう。

♪ Steely Dan "My Old School"


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Radio Rockembourg Program #135 Start Me Up


Start_Me_Up
Single by The Rolling Stones
from the album Tattoo You
B-side No Use in Crying
Released 14 August 1981
Recorded January & March 1978 (basic track)
April–June 1981 (vocals and overdubs)
Genre Hard rock
Length 3:34
Label Rolling Stones
Songwriter(s) Jagger/Richards
Producer(s) The Glimmer Twins



Billboard Hot 100 1981~82年
8/22 61位(New Entry)→35位(8/29)→29位(9/5)→19位(9/12)→11位(9/19)→10位(9/26)→9位(10/3)→7位(10/10)→3位(10/17)→3位(10/24)→2位(10/31=最高位)→2位(11/7)→2位(11/14)→4位(11/21)→7位(11/28)→10位(12/5)→28位(12/12)→31位(12/19)→39位(12/26)→39位(1/2)→47位(1/9)→56位(1/16)→83位(1/23)→98位(1/30)→チャート外(2/7)
※1982年1月2日付はHot100の全曲が前週順位を維持

Weekly charts
Chart (1981)/Peak position
Australia (Kent Music Report)/No.1
Austria (Ö3 Austria Top 40)/No.14
Belgium (Ultratop 50 Flanders)/No.7
Canada Top Singles (RPM)/No.2
Germany (Official German Charts)/No.36
Ireland (IRMA)/No.11
Italy (Hit Parade Italia)/No.43
Netherlands (Dutch Top 40)/No.9
Netherlands (Single Top 100)/No.5
New Zealand (Recorded Music NZ)/No.33
Norway (VG-lista)/No.8
Sweden (Sverigetopplistan)/No.14
Switzerland (Schweizer Hitparade)/No.5
UK Singles (OCC)/No.7
US Billboard Hot 100/No.2

PERSONNEL
The Rolling Stones
Mick Jagger – lead vocals, backing vocals
Keith Richards – electric guitar
Ronnie Wood – electric guitar
Bill Wyman – bass guitar
Charlie Watts – drums

Additional personnel
Michael Carabello – cowbell
Barry Sage – handclaps

Wikipedia解説
The basic track "Start Me Up" was recorded during the January and March 1978 sessions for the Rolling Stones' album Some Girls.
> 「スタート・ミー・アップ」のベーシック・トラックは『女たち』製作中の1978年1~3月のセッションの中で製作された。

The song began as a reggae-rock track named "Never Stop", but after dozens of takes it was abandoned. "Start Me Up" was not chosen for the album and was saved for later use.
> 曲は当初「ネヴァー・ストップ」という題でレゲエ・ロック形式で作り始めたものの,数十回のセッション後,放棄された。「スタート・ミー・アップ」はそのアルバムに収録されることはなかったが,後で使えるように遺された。

Richards commented:
> リチャーズは(経緯を)こう話している。
It was one of those things we cut a lot of times; one of those cuts that you can play forever and ever in the studio.
> この曲は俺たちがスタジオの中で飽きもせずに演奏した中で何度もボツにしたもののなかのひとつだ。

Twenty minutes go by and you're still locked into those two chords ...
> セッションが20分も進んでいるのに,たった二つのコードに引っ掛かっているような状況さ。

Sometimes you become conscious of the fact that, 'Oh, it's "Brown Sugar" again,' so you begin to explore other rhythmic possibilities.
> 曲を聞いてりゃ,たまにこんなことに気付くはずだ「おい,これって「ブラウン・シュガー」の焼き直しじゃないのか」ってな。それでもっと違うリズム展開の可能性を探すことになるのさ。

It's basically trial and error. As I said, that one was pretty locked into a reggae rhythm for quite a few weeks.
> 全く絵に描いたような「トライ&エラー」だったぜ。いま話したようにレゲエ・リズムを使おうと数週間あれでもないこれでもないって引っ掛かっていたんだ。

We were cutting it for Emotional Rescue, but it was nowhere near coming through, and we put it aside and almost forgot about it.
> 俺たちはこの曲を『エモーショナル・レスキュー』に収録しようと思っていたんだが,うまいはめ込み位置が見つからず,こいつを脇に除(よ)けたまま,殆ど忘れてしまっていたのさ。

☆ この後の話は良く知られているように契約の関係上あと1枚アルバムを制作する必要があったストーンズが,そのアルバム(『刺青の男』)に収録したという話になる。



☆ ちなみにストーンズのNo.1を阻止したのはクリストファー・クロス「アーサーのテーマ(邦題:ニューヨーク・シティ・セレナーデ)」,ホール&オーツ「プライベート・アイズ」,オリヴィア・ニュートン=ジョン「フィジカル」。

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deaconblue

Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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