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2019-07

「More Than a Feeling(宇宙の彼方へ)」(ボストン 1976年9月)


初出:2011年2月28日

☆ 先日,内舘牧子のエッセイを読んでいたら映画の邦題が原題のカタカナ版ばかりで寂しいような内容だったが,洋楽も洋画と似たようなもので気の利いた邦題をつける人がどんどん減っていった。

☆ ボストンのデビューシングルの邦題は,おそらくアルバム・ジャケットとブラッド・デルプのスーパーヴォーカルの成せる技だとは思うが,それにしても曲のイメージを上手く捉えて見事なタイトルと言えると思う。下に掲げた歌詩はそこ(宇宙の彼方)までは連れて行ってくれないが(爆),ある朝起きたら何かが変わっていたという「変身」パターンの深い歌詩だと思う。

More Than a Feeling (Tom Scholz)


I looked out this morning and the sun was gone
今朝,外を見た時 陽は既に去っていた
Turned on some music to start my day
ぼくは一日をスタートさせようとラジオのスイッチを入れた
I lost myself in a familiar song
そして聞き覚えのある曲に魂を奪われた
I closed my eyes and I slipped away
ぼくは目を閉じ,その音楽の世界に滑り込んでいった

It's more than a feeling (more than a feeling)
それは全ての感覚を超越していた(感性を超えていた)
When I hear that old song they used to play (more than a feeling)
ずっと昔にかけたことのある筈の,その古い曲を聴いた時
I begin dreaming (more than a feeling)
ぼくの中で夢が広がり始めた(感性を超えたまま)
'till I see Marianne walk away
マリアンヌ(自由の女神)が歩き去るまで
I see my Marianne walkin' away
ぼくは女神がそこから歩き去るのを見ていた

So many people have come and gone
あまりにもたくさんの人々が行き交う中
Their faces fade as the years go by
彼らのことはいつの間にか忘れ去られてしまう
Yet I still recall as I wander on
でもぼくはさまよい歩きながら,その人達を呼んでいる
as clear as the sun in the summer sky
なつぞらに燦然と輝く太陽のように

It's more than a feeling (more than a feeling)
When I hear that old song they used to play (more than a feeling)
I begin dreaming (more than a feeling)
'till I see Marianne walk away
I see my Marianne walkin' away

When I'm tired and thinking cold
この暮らしに飽きて,心が寒々とするとき
I hide in my music, forget the day
ぼくは音楽の中に身を隠し,嫌な一日を忘れようとする
and dream of a girl I used to know
そしてかつて馴染んでいた女の子の幻影がそこにある
I closed my eyes and she slipped away
ぼくはそっと目を閉じ,彼女はそこへ滑り込んでいく
She slipped away
彼女は静かに滑り込んでいく

It's more than a feeling (more than a feeling)
When I hear that old song they used to play (more than a feeling)
I begin dreaming (more than a feeling)
'till I see Marianne walk away

2019年7月15日
☆ 1976年はアメリカン・ロックにとって重要な結節点だったと思う。ボストンとフォリナーの登場は当時ハード・プログレ(今はなぜか「アメリカン・プログレ・ハード」と呼ばれるようだ)という新しいジャンルを開拓した。それまでのアメリカン・ロックは地域性(ウエスト・コースト/イースト・コースト/サザン・ロック)が重要視されていたが,アメリカン・ハード・プログレは重厚な音と分かりやすい曲調というこれから10数年の音楽(メインストリーム・ロック)を形成する画期となった。

☆ 上に書いた古いレビューでは主人公がどう変わったのかを読み切れなかったが,ヘタクソなりに訳してみて曲のテーマが温故知新(古いモノの中に新しいものを見出す)が転機になるということにあるところから,トム・ショルツ自身の体験が反映していることが想像できる。

☆ この曲やアルバムが出た当時のアナログ技術を考えると,作品は驚異的であり,一部に「これは人工的に合成した音(ギター・シンセサイザー=そういうモノがあったのかどうかついぞ知らないのだが)の使用だ」という断定もあり,ショルツは次のアルバム(『Don't Look Back』 1978年8月2日)の注意書きにわざわざ「このアルバムではシンセサイザー類は一切使用していない」と書くくらいこの噂に悩まされたようだ。

☆ ただシングルやこのようつべのPVを見てもショルツ自身が少なくともエフェクターをフル活用して「ボストンの音」を紡ぎ出しているのは分かる。この「力強さ」こそが80年代を通じてメロウメタルやパワーバラードなどの形で再演されるメインストリーム・ロックの鍵だった。だから1976年はロック音楽の歴史の結節点だと,ぼくは考えている。
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「Everybody Wants to Rule the World(ルール・ザ・ワールド)」 (Tears for Fears 1985年3月18日)



初出:2013年8月1日

シャウト+7シャウト+7
(2011/11/09)
ティアーズ・フォー・フィアーズ

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☆ 世の中に「金字塔」と呼ぶべきアルバムが何枚か存在する。もっとも,見方を変えればリスナーの数だけその人にとっての「金字塔アルバム」が存在するともいえるが,ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下TFFと略す)の『Songs from the Big Chair』は,少なからぬ人にとって80年代の金字塔作品に挙げられるものだと言えるかもしれない。

☆ この曲は『Songs from the Big Chair』からの3枚目のシングルとして1985年3月に英国でリリースされ,翌月には最高位2位を記録している。米国ではこの曲はアルバムからのファースト・シングルとしてリリースされ,7月8日,15日の2週にわたり全米No.1に輝いた。それはTFFにとって全米攻略の第一歩になった。ちなみにこの曲の前後のNo.1ヒットはワム!「恋のかけひき(Everything She Wants)」とブライアン・アダムス「Heaven」でまさに当時の新しいスターたちの活躍が窺えるチャートだった。



Everybody Wants to Rule the World
(Roland Orzabal, Ian Stanley, Chris Hughes)

Welcome to your life
君の暮らしにようこそ
There's no turning back
引き返すことはできないけど
Even while you're sleep
君が眠っている時ですら
We will find you
わたしたちは君を容易(たやす)く見つけるだろうから

Acting on your best behaviour
君はここで最上の振舞いを示すことで
Turn your back on mother nature
母なる自然の元に帰ることができよう
Everybody wants to rule the world
誰もが自分の思ったように物事を進めようとするものさ

It's my own design
これはわたしが自分で設計したものだ
It's my own remorse
そしてわたし自身の悔恨でもある
Help me to decide
わたしが決断することを助けてほしい
Help me make the
わたしを助けてほしい
most of freedom and of pleasure
放縦と快楽の大部分を作り出しながら
Nothing ever lasts forever
決して永遠に続くことがないことから
Everybody wants to rule the world
誰もがこの世界を自分のものにしようとしているのだ

There's a room where the light won't find you
その光がきみを照らすことができない余地がある
Holding hands while the walls come tumbling down
その壁が崩れ落ちる前に手を取って抜け出す余地が
When they do I'll be right behind you
それがなされた時,わたしはきみのすぐ背後にいるだろう

So glad we've almost made it
われわれがそれをほとんどなし得たことを喜びたまえ
So sad they had to fade it
奴らがその力を褪せさせなければならないことは残念だ
Everybody wants to rule the world
だって誰もが世の中を自分の思い通りにしたいと思っているのだから

(間奏)

I can't stand this indecision
わたしはこういう優柔不断なことに耐えられないのだ
Married with a lack of vision
向こう見ずな結婚のようなことには
Everybody wants to rule the world
誰だって自分の結婚生活を想った通りに進めたいものだろう

Say that you'll never never never need it
きみはそんなものは絶対の絶対の絶対に願え下げだと言えるか
One headline why believe it ?
その一行の見出しを信じるのはどういう訳だ
Everybody wants to rule the world
だれもが自分の望んだように物事を進めたがっているのに

All for freedom and for pleasure
Nothing ever lasts forever
Everybody wants to rule the world

☆ Wikipedia(En)の解説によると,この曲はアルバムに最後に収録された。ローランド・オーザバルはシャッフル・ビートで作ったこの曲を最初,他の作品と毛色が違うことを理由にアルバムに収録するのを躊躇(ためら)っていたが,最終的にアルバムに収録されることとなり,ヒット(特に全米での大ヒット)につながった。

☆ ここで歌われている「世界」とは,当時エスカレートしつつあるように見えた米ソ軍拡競争下の世界で,曲もそれに対する皮肉を込めた異議申し立て(いわゆる「反核運動」)という面もなきにしもあらずだったが,第一義的にはそうではなく,それぞれの人々の身の回りの小さな「世界」のことである。そういう意味でこの曲はミニマリズム的な世界観がある。それは「個と個」という小さな世界,いや宇宙の衝突や相克,葛藤が個々に与えるものについての洞察ともいえるのだ。

2019年7月9日付記
Credits and personnel

Tears for Fears :
Roland Orzabal – guitar, keyboards, vocals
Curt Smith – bass guitar, lead vocals
Ian Stanley – keyboards, LinnDrum programming, Oberheim DMX
Manny Elias – drums, Oberheim DMX

Additional personnel :
Neil Taylor – second guitar solo
Chris Hughes – producer, drums, Oberheim DMX, MIDI programming
Dave Bascombe – engineer

週間チャート
No.1:全米(ビルボードHot100,キャッシュボックス),カナダ,ニュージーランド
最高位2位:豪州,英国,オランダ,アイルランド
最高位3位:ベルギー
伊,西独:最高位11位
スイス最高位13位
南ア:最高位14位
仏:最高位18位
墺:最高位19位

年間チャート(1985年)
米(キャッシュボックス:3位,ビルボード:7位)
ニュージーランド:9位
カナダ:19位,オランダ:20位,英国:24位,
ベルギー・オランダ:31位,豪州:36位,伊:86位

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「夢の夢(#9 Dream)」(John Lennon 1975年1月31日)


初出:2016年12月7日「ぼくは幸福な夢を見ていた,たぶん。」

「夢の夢(#9 Dream)」 (John Lennon)


So long ago
それはとても昔のこと
Was it in a dream, was it just a dream?
あれは夢の中だったよ,ただの夢だったんだ
I know, yes I know
ぼくは覚えてる,そうとも覚えているんだ
Seemed so very real, it seemed so real to me
すごくリアルな出来事として,ぼくにとってはそうだったんだ

Took a walk down the street
街をそぞろ歩きしていたんだ
Thru the heat whispered trees
熱にうなされた木々の間をを抜け
I thought I could hear (hear, hear, hear)
ぼくはそこで何かの声が聞こえた(確かに,ぼくには,聞こえた)
Somebody call out my name as it started to rain
雨がそっと降り始めるように,誰かがぼくの名前を呼んでいるのだ

Two spirits dancing so strange
ふたつの心は不思議な踊りを踊っているようで

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

Dream, dream away
夢だったんだ,過ぎ去っていく夢だったんだ
Magic in the air, was magic in the air?
辺りは魔法にかけられたかのように,魔法にかけられたかのように
I believe, yes I believe
でもぼくは信じている,そう,ぼくは信じてる
More I cannot say, what more can I say?
それ以上,どんな言葉にも表せないのさ,どう言えば良いというのだ

On a river of sound
河の流れる音が聞こえる
Thru the mirror go round, round
鏡を抜けて,ずっと,ずうっと
I thought I could feel (feel, feel, feel)
ぼくはそのさまを感じることができた(そうとも,ぼくは,感じた)
Music touching my soul, something warm, sudden cold
その音楽がぼくの心に触れる時,何か生暖かい感触の後,突然冷たく変わるのを
The spirit dance was unfolding
魂がそこで踊っているさまを

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé
Ah! böwakawa poussé, poussé

☆ 1975年の冬,これは74年からの続きの冬。ジョン・レノンの『Walls And Bridges(心の壁、愛の橋)』からのセカンド・シングル。9という数字が縁起が良いとか最強だとかいうのは賭け事の世界と占いの世界だろうが(そういえば両者は結構隣接している気がする)この曲に満ち溢れている多幸感は最初に聴いた時から強く印象に残っている。そういえばジョージ・ハリソンも80年代後期に『クラウド・ナイン』を発表している。ナインという数字は日本では「苦」に通じるという迷信があるが,どうもそういうことでもなさそうな気がする。

☆ ジョンのことを考えてみると,この後ロックンロールのオールディーズをカヴァーしたアルバムとベスト盤を出してハウスキーパー(主夫業)をすることで70年代後半をパスした。彼とヨーコにとってはそれは悪いことではなかったと思う。特に80年代に入る瞬間(1980年12月)にジョン・レノンという人間が吹き消されてしまったことを考えれば,それは彼等にとっての良き(方向に向かう)夢の始まりだったのかもしれない。

☆ さすがにここでぼくもジョンと同じ夢を見たなどと宣(のたま)うつもりはないが(苦笑),ぼくはぼくなりに何かの夢の欠片(かけら)をこの曲に感じていたことは確かだ。この曲の存在が同時期の他のヒット曲とは違うという感覚はその頃からぼくの中にはあった。それが何なのかはわからない。確かにわかることは,今ではそれはこの曲の邦題の通りの「夢の夢」と化して,もうどこにもない(ジョン・レノンがこの世のどこにもいないように)ということだけかもしれない。

☆ 今さらのように村上春樹の「蛍」と「ノルウエイの森」を再読しているのだが,死のもたらす喪失感を感じることが出来るのは生者だけであるという当たり前のことに何度も魂を揺さぶられるのである。

2019年7月7日追記

☆ Wikipediaのこの曲の解説を見ていると,pousséがpussy(子猫だが俗語で女性器)に聞こえるだとか,”曲のバックで囁いているのは私よ”争いだとか,かなり下世話な話が書いてある(笑)。そういう話はジョンがいなくなった後に伝承を巡る検証のように書かれているのだろうが村上春樹的「やれやれ😥」感は否めない(爆)。

☆ こういう曲を過去のショーケースから取り出して感じることは,最初の文章にも書いた多幸感だ。ジョンとヨーコが(彼の浮気が原因で)「シュールな別居生活」を送っていたことは当時リア厨だったぼくですら知っていた。ぼくは幸運にして「シュールな別居生活」なるものを現在まで体験したことがないので(自爆),ふたり(ジョンとヨーコ)にとってどういうものだったのかは分からない。ただその後にショーンが生まれたことでジョンは大きく変わったのは確かだし,彼にとって大事なものが何だったのかは分かる。この曲の多幸感はしかしその事実とは関係ない。考えようじゃ,オトコのいい加減さの顕(あらわ)れでもある。しかし作品のクオリティの高さがそういう下世話な話を軽く笑い飛ばしてしまう。そんな事情を知ったところで,この曲の価値は微動だにしませんよということだろう。それはそれで,かなり幸せなことであり,そういう作品にリアルタイムで出会えたことは喜ばしいことなのであろう。

PERSONNEL
The musicians who performed on the original recording were as follows:
John Lennon – vocals, acoustic guitar
The 44th Street Fairies: Lennon, May Pang, Lori Burton, Joey Dambra – backing vocals
Ken Ascher – clavinet
Jesse Ed Davis – guitar
Nicky Hopkins – electric piano
Arthur Jenkins – percussion
Jim Keltner – drums
Bobby Keys – saxophone
Eddie Mottau – acoustic guitar
Klaus Voormann – bass guitar


最高位
全米 Billboard Hot100:9位、CashboxTop100:10位
全英:23位、全加:35位、日本(オリコン):97位

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「マーマレイド・グッドバイ -Marmalade Goodbye-」 (山下達郎 1988年10月19日=アルバムリリース)


☆ ポピュラー・ソングにはその作品が作られた時代が反映される。バブルの時代に山下達郎はただ一言「ぼくはおしゃれじゃないから」と書いて,その時代の喧騒から抜け出す主人公を描いた。この曲に関する(彼自身の)解説はWikipediaの『僕の中の少年』の各曲解説の中にあるので,そちらを参照していただきたい。このアルバムが異彩を放つのは,彼の今までに発表したアルバムの中で唯一タイトルが日本語であることや私生活や自分の感情を抒情的に曲の中に表すことを極力避けている彼にしては珍しく私生活や私的感情を垣間見ることができる部分が多くあることだ。

「マーマレイド・グッドバイ -Marmalade Goodbye-」
(作詩・作曲:山下達郎)


☆ 例えばアルバム冒頭曲の華やかさや掉尾を飾るタイトル曲の主題は明らかに彼ら夫妻に生まれた子供のことを暗示しているし,この曲と「蒼茫」には明らかに時代に対する彼のスタンスが明示されている。それはWikipediaの「解説」を見る限り意識的なものではないが,そうであるからこそ,図らずも時代の本質を衝くことになったのだと思う。それと同じ感覚をぼくは村上春樹の『ダンス、ダンス、ダンス』の中でも強く感じている。あの小説を書いた時,村上は日本にはいなかったと思う。しかし彼が描いたもの,たとえば五反田君のマセラッティに象徴されるもの,あれは紛う事なきあの時代の日本のバブルの煌びやかさであり,空疎さであったと思う。



☆ この曲でCMタイアップの最後となったホンダ・インテグラは元々ファミリー層をターゲットにしたクイントという車種だった。クイントは名前の通り5ドアのクルマで当時のホンダはシビック,バラード,クイント,アコード,プレリュードあたりがラインナップだったが,商品力の弱かったバラードとクイントがそれぞれCR-Xとインテグラに代わり80年代ホンダの快進撃が始まる。この時代には2代目 AB/BA1型プレリュードがラベル「ボレロ」を使ったCMで大当たりして「デートカー」の王者として君臨していた(それを追い落としたのが日産S13型シルビアで当時の日産はマッキンゼーの教示を受けたセグメント戦略をポストモダン手法のCM手法で広めることに同社の商品力が追いついた上げ潮の時代だった)。あと『僕の中の少年』絡みの話で定番をひとつ挙げると「踊ろよ、フィッシュ」のANA沖縄ツアーのキャンペンガールはそれが実質デビューの石田ゆり子。

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「雨の日と月曜日は(Rainy Days and Mondays)」 (カーペンターズ 1971年4月23日)【7月7日校正2稿】


Rainy Days and Mondays (Paul Williams / Roger Nichols)

Talkin' to myself and feelin' old
Sometimes I'd like to quit, nothin' ever seems to fit
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down

What I've got they used to call the blues
Nothin' is really wrong, feelin' like I don't belong
Walkin' around,
Some kind of lonely clown
Rainy days and Mondays always get me down

Funny, but it seems I always wind up here with you
Nice to know somebody loves me
Funny, but it seems that it's the only thing to do
Run and find the one who loves me
(No one who loves me)

What I feel has come and gone before
No need to talk it out
We know what it's all about
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down

【Short interlude】

Funny, but it seems that it's the only thing to do
Run and find the one who loves me

What I feel has come and gone before
No need to talk it out
We know what it's all about
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down
Hangin' around
Nothin' to do but frown
Rainy days and Mondays always get me down

☆ Wikipedia 英語版のこの曲の解説より
> The song was composed in 1971 by the then fairly unknown composers Roger Nichols and Paul Williams. It was released as the first track on the album Carpenters, popularly known as the Tan Album, and the B-side on the single is "Saturday", written and sung by Richard Carpenter.
> この作品は1971年に当時は全く無名の作詩・作曲家チームだったロジャー・ニコルズとポール・ウイリアムズによって作られた。この曲はTan Albumとして名高いカーペンターズの同名アルバムの1曲目に収録されており,シングルのB面曲「Saturday」は作者でもあるリチャード・カーペンターが自ら歌っている。

☆ プロジェクトとしてのカーペンターズ,またそのキーマンとしてのリチャード・カーペンターの「目利き力」が,このグループを凡百のポピュラーソンググループと隔絶させている。ニコルズ/ウイリアムズ(彼らはどちらも詩と曲が書けるという意味ではレノン=マッカートニーに近いソングライター・チームだと思う)を事実上世の中に送り出した。リチャードの目利き力はこの後レオン・ラッセルやニール・セダカなど様々なソングライターの作品を取り上げていった。

☆ カーペンターズは70年代前半のミドル・オブ・ザ・ロードであり,その正統性がユーミン流に言えばプチブルジョワジー好みの音楽(小市民ポップス=一種のポリティカル・コレクトネスのポピュラー音楽的なアイコン(象徴))としていわれなき(多分にイデオロギーがかった)揶揄と非難を受けてきた。そのことが彼らの音楽の「正当性」を失わせ,現代に至るまで極めてアンダーレイテッドな評価に甘んじていることは度し難いと強く感じている。

☆ 70年代前半にリチャードとカレンが取り上げたのは小市民の「良い子(娘)」のための健全なポップスなどではない。個化・孤独化する都会生活の中でささやかに生きていく人たちに寄り添う音楽だ。その歌詩の主題はミニマリズムを遥か手前で予期しているし,彼ら自身はみずからが受けた「世間的(ステロタイプな)非難や揶揄」を理不尽なものと感じつつ,答えを音楽で示していくと決めた一種の作品至上主義がある。そこには厳しい孤独があり,カレンの死に繋がる非情さもあった。

☆ 時代的誤解と過小評価の問題は60年代だったらビーチ・ボーイズやキンクスも当てはまる。もっともカーペンターズは基本的な立ち位置がショウビズの線上にあるから60年代のバンドの過小評価とはまた別の問題を抱えていると言える。それはロックとソウルを中心とするポピュラー音楽の分化過程に起因している。

☆ ただ彼ら兄妹が見出してレコード盤に刻み込んだ「現在の孤独」は上っ面のポピュラー音楽として消化された後に,パンドラの匣の底に佇んでいる。それは50年近くたった今でも変わらぬ光を鈍く放っている。

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「冷たい雨」 (ハイファイセット 1976年4月20日)


☆ ハイファイセットには可能性があった。あの時代に本当に「ニューミュージック」(ジャズエイジ・ショウビズからのポピュラー音楽の自立)があったとするならば,彼らやサーカスやイブやタイムファイブやシャイニー・ストッキングスがやっていた音楽がミドル・オブ・ザ・ロードになる「べき」だった。そういう音楽とアイドル歌謡(の製作者達)が競り合うことでこの国のポピュラー音楽は磨かれる可能性はあった。だけどそんなナロー・パスは誰も選ばなかった。その結果が数年前の12月の服部克久氏の発言だったとするならば,これくらい日本のポピュラー音楽にとって「残念な話」もなかっただろう。

「冷たい雨」 (作詩・作曲:荒井由実)

※ このヴァージョンのバンドアレンジはコーダのフェイドアウトを除いてほぼシングルヴァージョンの完コピである。これが当時のバックミュージシャンの「力量」なのだ。

☆ ユーミンが75・6年に話していたようにライター(制作側)に移っていたらどうなっただろう。同じことを山下達郎で考えてもいい。そうすれば日本のポピュラー音楽はもっと豊穣になっていただろうか?残念ながら,ぼくにはそうも思えない。70年代の製作者達に何が足りなかったのだろう。酒井正利氏がいろいろ書いているが,だれかきちんとオーラル・ヒストリーを取るべきではないか?少なくとも酒井氏や高久氏や小杉氏には。いろんな人が物故者になって,この国のポピュラー音楽の興隆期の記録がその人とともに消えていくことは文化的な損失だと思うのだが。

☆ 「冷たい雨」に関して言えば,この曲でユーミンは山本潤子に音域いっぱい声を使わせて彼女のレンジの広さを曲の魅力にしている。高い音階はどうしても声に力が必要になるが,その声の強さ・高さがこの曲の物語の主人公である女性の心の震え,感情の発露と重なっているから聞く人の心を揺さぶるのだ。これはテクニックではあるけれどポピュラー音楽にとって最も重要かつ必要な要素である。個が屹立して「うた」になる時代は,たぶんそうでない時代よりも「うた」にとっては幸せな時代だったのではないか。

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「グッドラック・アンド・グッドバイ」 (岡崎友紀 1976年4月20日)


☆ アイドルの王道が歌手であったのは1970年代の事だった。理由もあってショウビズのメインストリームが映画からテレビに移行したこと。テレビが映画より低く見られていた理由は「間口が広い」からで,スターが今のようなコモデティ(フツーの人プラスアルファ程度の希少性)になっていく背景には,文字通り「あまねく伝える」ブロードキャスティングのマジックがあった。

70年代アイドルの王道 スカウト⇒モデルもしくは端役⇒注目されて本格プッシュ(歌手もしくは女優)⇒大人気⇒いろいろ...

☆ 子役からスターになる人は現在もたくさんいるが,歌手という経路を選ぶ必要は無くなっている。たまたま本人が「歌が好き」だったり「(役柄も含めて)歌える」という条件を満たすか,気まぐれプロジェクト的に歌手デビューさせるかでもなければ,昔加賀まりこがドリフの聖歌隊で長さんに無理やり独唱させられそうになるという現代で言う「セクハラギャグ」のようなことは起こらない。現役なので敢えて名を伏けど某女優を含め歌手だったことが黒歴史の人は70年代アイドルデビュー組には掃いて捨てるほどある(爆)。

☆ で昔の東芝音工(東芝EMI)にはなぜかそういう人がたくさんいて(笑),「Myこれ」あたりで特集していれば面白かったのにとは思うけど,名曲だっていろいろあるのだ。岡崎友紀さんの場合は80年の半分覆面曲「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」(Yuki)が最大のヒット曲だけど,この曲(ユーミンの提供曲で彼女のヴァージョンはセルフカヴァー)だってノンヒットのわりに名曲だ。

☆ 歌に「語り」が入るのはこの時代が最後のほうで(この時期の最高傑作はアン・ルイスのデビュー曲),50年代から続くアイドル・ポップスの歴史の一区切りという意味もあると思う。

「グッドラック・アンド・グッドバイ」 (作詩・作曲:荒井由実)


☆ ここのところ「よいかよ」の人の記事をヤフーで見たり,スージー鈴木がチェッカーズの事を書いてる記事を読んだりしたが,なんか違うんだよね(笑)。まあポピュラー音楽は個人の楽しみ事なので,野暮な話はしたくないけど。

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「雨のステイション」 (ハイ・ファイ・セット 1977年2月5日=アルバムリリース)



きょうのニュース(2019年6月14日)

チケット高額転売が禁止に。チケット不正転売禁止法 施行

「チケットの高額転売」が禁止される。2019年6月14日からチケット不正転売禁止法がスタートし、興行主等による販売価格を超える価格での転売が禁止となる。違反時の罰則は、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金、またはその両方。

人気のコンサートや舞台、スポーツイベントなどのチケットを、業者や個人が買い占め、オークションやチケット転売サイトなどで定価を上回る価格で販売する「高額転売」の対策としてチケット不正転売禁止法が制定された。

高額転売の問題は、「本当に必要としている消費者にチケットが回らない」、「興行主や出演者などに対価が払われない」など。加えて、転売時の代金支払いトラブルや、公演中止や延期時の保証が不十分といった課題もある。

チケット不正転売禁止法では、国内で行なわれる映画、音楽、舞踊などの芸術・芸能や、スポーツイベントなどのチケットのうち、興行主の同意のない有償譲渡を禁止する旨が明示された座席指定等がされたチケット(特定興行入場券)の不正転売等を禁止している。

特定興行入場券の条件は、以下の3点。

・販売に際し、興行主の同意のない有償譲渡を禁止する旨を明示し、その旨が券面(電子チケットは映像面)に記載されていること
・興行の日時・場所、座席(または入場資格者)が指定されたものであること
・例えば、座席が指定されている場合、購入者の氏名と連絡先(電話番号やメールアドレス等)を確認する措置が講じられており、その旨が券面に記載されていること

同法では、特定興行入場券の不正転売と不正転売を目的とした入場券の譲り受けを禁止。違反した場合の罰則は、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはその両方。

チケットを購入した公演に急用でいけなくなった場合は、正規のリセールサイトでの転売を推奨。正規リセールサイトでは、興行主の同意を事前に得ているため、定価での転売が行なえる。

なお、招待券などの無料で配布されたチケットや、転売を禁止する旨の記載がないチケット、販売時に購入者や入場資格者確認が行なわれていないチケット、日時のないチケットなどは、特定興行入場券には該当しない。そのため、チケット不正転売禁止法の対象外となる。

Impress Watch,臼田勤哉

最終更新:6/14(金) 0:00 Impress Watch

http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/ticket_resale_ban/index.html

「雨のステイション」 (作詩・作曲:荒井由実)
3rd アルバム 『Love Collection』(1977年2月5日)収録


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Author:deaconblue
「音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた優しい個人的背景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。」(引用元:村上春樹「ポケット・トランジスタ」(『村上ラジオ』2001年6月8日所収))

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